2ー017 ~ 第一防衛拠点にて
荷台の荷物の上でガタゴトのんびりしてるうちに、予定通り夕刻に第一防衛拠点に到着した。もちろん途中で休憩や昼食の時間はあったが。
天幕など野営の準備を進める兵士さんたちの間を縫って、案内のティルラ王国の兵士さんに続いて騎士団長オルダインさん、鷹鷲隊の隊長、それとメルさんの後に俺とリンちゃんがぞろぞろと歩く。
本営のでっかい天幕に通されたが、これ天幕というかもう普通に木造の建屋だよな。年季が入ってる感じがする。そりゃそうなんだけども。天幕って聞いてたんでちょっと違和感が半端ない。
紹介されたところ、この第一防衛拠点を任されているのはティルラ王国騎士団所属金狼団という団体らしい。
ティルラ王国では騎士団はこういった傭兵団というわけではないが、それぞれ団体名があってそれで一塊。時には合同で事に当たることもあるが、大抵はこのように1団隊で1箇所を担うのだそうだ。
金狼団の団長ビルドさんは痩せ型で茶色と白髪交じりの髪を短くした初老の、眼光の鋭いひとだった。
「勇者サクラ様が倒れてそろそろ4ヶ月になりますが、こんなに早く支援が頂けるとはありがたく存じます。しかも高名なメルリアーヴェル姫様や、勇者タケル様まで。これはかなり希望がもてそうです」
「ビルド団長、到着早々何ですが、現状を伺ってもよろしいですか?」
「わかりました、こちらへ」
オルダインさんが尋ね、ビルドさんが案内したのは作戦用のテーブルだった。
なるほど、以前プラムさんが言ってたように、テーブルの上には俯瞰図のようなものが描かれた羊皮紙が広げられていた。この世界ではこういうのが標準なのかな、元の世界の地図に慣れてる俺にとっては違和感があるな。ところどころが俯瞰図で見る方向が一致していないからかもしれない。
「ここが現在地、そしてここが魔物の第一収束地です。国境はこれで、現在ここまで引いて防衛しております」
「ほう、思っていたよりかなり引いていますな。それほど酷い状況だったのですか?」
「やはり勇者サクラ様が居ないと、厳しいですなぁ。小型中型は何とかなりますが、大型が出てきた場合、どうしても倒して処理するのに時間がかかりますので、そこに小型中型が来ますと、一旦引いて小型中型を先に倒す必要がありますので…」
「ふむ、そうですな、そこはもう仕方ない面もあるでしょう」
「ええ。ですからオルダイン団長のような達人級の方が来られたのは大変助かるのです」
2人とも渋い表情だ。
しかしどうやって防衛ラインを押し上げるのだろう?
そういうことは俺は考えなくてもよくて、とにかく魔物をさくさく倒してればいいのかな?
「一応、今晩より3交代のように私オルダインと、メルリアーヴェル姫様、それと勇者タケル様の誰かが最前線のところに詰めるようにしますが、よろしいでしょうか?」
「それは願ったり叶ったりです。最前線のほうには既に連絡が届いているはずですので、どなたが赴かれても大丈夫です」
「では今晩は私、オルダインが向かうことにします。メルリアーヴェル姫様とタケル様の泊まる場所はこちらで用意しておりますので、あとはうちの隊長たちと兵員の配置や役割について細かい相談をしてもらえますか?」
「わかりました。ではメルリアーヴェル姫様とタケル様はそちらの案内に従って下さい」
やっぱり俺は細かいことを考えなくても済むようだ。何しにきたんだっけ?、ああ、紹介されにきたんだっけ。おっと、その前に。
- あ、オルダイン団長!、ちょっとまってください。
「タケル殿、どうしましたか?」
- こういうのがあるのですが、お渡ししておきますね。
俺はここに到着するまでやってた広範囲レーダー魔法で知った広域地図と、国境周辺の地図を羊皮紙に焼き付けたものを手渡した。
「む?、おおっ!?、これは…、助かります!、ビルド団長!」
オルダインさんはその地図に記されているものがどういうものかすぐに分かったようだ。ビルドさんに見せると彼もすぐにわかったようだ。
「こ、これは…収束地点の向こう側の大型までが、こ、これはいつの時点のものですか!?、それによっては大型が襲来する時刻がわかります!」
2人だけじゃなく周囲にいた兵士さんたちも全員こっちを見た。うわ、目力すごいわ。
- 10分ほど前の状況……です、けど?
答えた瞬間の皆の目のサイズが倍ぐらいになった気がした。一人二人なら慣れたけど、こう周囲から見つめられている状況だと、怖いな。
「何ですと…?、まさかそんな、失礼ですが、本当ですか?」
- はい、あ、そろそろ15分ぐらいになると思いますよ。その大型って亀らしいですが、同じペースで歩むのなら、現在の防衛ラインがここだとすると、およそ4時間後には防衛ライン近くまで来るでしょうね。その後方のものはさらに4時間後ですから、今夜はなかなか忙しくなるんじゃないでしょうか?
「……タケル様、これを一体どこで…」
- ああそれは僕が索敵して描いたものです。ここに居ながらでもできるんですよ。精霊の加護というやつです。何なら明日でもまた描きますよ。
あーあ、絶句しちゃってる。言うんじゃなかったかな?、でも言ったほうがいいよね、こういうのはさ。いつ来るって分かってたほうが断然いいはずだし。
見回すとメルさんはジト目でこっちみてたし、リンちゃんはいつもの左後ろの定位置でにこにこしてた。
- あのぅ、とにかく準備を進めたほうがよくありませんか?
とりあえず再起動を促しておいた。
メルさんに軽くつっつかれた。言い方悪かったかな?、まぁ許してよ。
こういう言い方しかできないんだよ、俺はさ。
●○●○●○●
最初の夜ということで、俺の出番はなく、予定通りオルダインさんが最前線で頑張ったようで、国境方面が騒がしかったが、眠れないほどでもなく、何ということもなく土魔法で作った小屋のベッドで朝起こされた。
うん、リンちゃんにね。いつも通り。
動物が変化した魔物については、倒してもそのまま死体などが残るが、変化が大きすぎる魔物、とくに今回の大型種である家以上のサイズになっちゃってる陸亀は、倒すと肉は一晩かからず消滅するらしい。
肉は、というのは骨や甲羅が残るからだそうだ。甲羅はほとんど岩みたいなものでできているんだそうだ。
そしてそれらは建材などの素材となるんだと。
そういえば東の森のダンジョンでは小鬼がそんな感じで、骨は残るけど肉などは一晩かからず消滅してたっけな。
この地に襲来してくる中型小型はほぼ動物が原型で、サイズも変化がほとんどないので、それらについては肉も骨も全部、死体として残る。
だから食料になるものはいいけど、放置してると腐るし悪臭もでるし疫病のもとになったりするので、倒したらちゃんと処理をしなくてはならないらしい。
大型の亀は、腐る前に肉などは消滅するが、甲羅や骨は邪魔なのでどかさなくてはならず、前線での砦や防壁にも使えるものは使って、なんとかやってるそうだ。
まぁ、片付けるのは俺の仕事じゃないらしいので、気にしないようにしよう。
とにかく、やってきた魔物をできるだけ早く倒して、安全を確保すれば、兵士さんたちが頑張って処理したりどかしたりしてくれる、ってこった。
そんで俺が今何してるかっていうと、起きてすぐの分、って地図焼いて渡してきて、いつものようにポーチから素材だして朝食作って、テーブルに並べて3人で食べてるとこ。
3人ってのは俺とリンちゃんとメルさんね。
メルさんてば何でか天幕が用意されてるってのに、俺んとこ来るんだもんなぁ、しょうがないから小屋を増築したよ。
豪華な――他と比べて――天幕作ってくれた兵士のひと涙目じゃないかな?
ところでオルダインさんが戻ってるんだから今朝からメルさんが最前線に行くんじゃないの?、のんびり朝食食べてっけどさ。いいのかな?
●○●○●○●
朝食後、メルさんがそそくさと最前線へ走ってったあと、俺たちは自由にしてていいって話だったので、自由にさせてもらうことにした。
自由に、ってんだからそりゃもう、楽をするために先に頑張ってしまえばいいや、ってことで、リンちゃんと2人で、たたっと最前線を脇からぐるーっと迂回して、魔物収束地点へ向かってみた。
ん?、いやほら、広範囲探知したところ、大型の亀以外はザコもいいところだし、その亀もどんなのかちょっと見ておきたいってのもある。
だからね、事前に言うと絶対引き止められるので、こっそりバレないように、ね。
はい、やってきました魔物収束地点。
いっぱいザコ居たけど全部真っ直ぐこっちに向かってくるので石弾パスパス俺とリンちゃんで撃ちまくって全部倒した。
倒したやつは片っ端からポーチとリンちゃんのリュックね。
倒すよりも回収のほうが面倒だったぐらい。
亀?、ああ、だいぶ先にいるよ。まだ遠いかな。とりあえずザコ共全部倒してからね。
どうせ亀のほうに近寄っていけば、それまでに居る中型小型は全部こっちにまっすぐ来るし。
亀、動きおっそ…、頭引っ込めるのも遅いから余裕で首落とせるわこれ。
一体これでどう梃子摺れというのだろう?
「タケルさま?、どうされました?」
- いや、なんか弱すぎない?、でかいだけで。
「それは、タケルさまが魔法で簡単に倒してしまうからでは?」
- ああ、それもそっか。剣だけで倒せってったらサイズのせいで苦労しそうだね。確かに。動き遅いから斬れるならどうとでもなりそうだけど。
確かになー、首んとこまで高さがちょっとあるし、甲羅も切れなくはなさそうだけど、でっかいしなぁ…、うん、剣だけで倒さなくても俺は魔法でいいよ。今はもうカーブして撃てるし。
思えば俺も強くなったなぁ…、最初の頃にこんなでっかいの見たら逃げるしかなかったわ、あっはっは。
「それで、この亀も持っていくんですか?」
- 持って行ったほうが素材もあるし、いいんじゃないのかな、って、これポーチに入るのかな?
「それは大丈夫かと。でもポーチに入れること自体が大変じゃないでしょうか?」
- あっ!、ホントだ、これ持ち上がらないぞ?、いやいや、前にでっかいヘビいれたじゃん?
「あの時は尻尾を持ち上げて突っ込めたから…」
- この亀にも尻尾ぐらいあるんじゃないかな?
ちょっと後ろに回ってみてみた。
- あった!、あれ?、でもこれちぎれて落ちてるぞ?、なんで?、俺こんなとこ攻撃してないぞ?
ちぎれた根元側は太くて俺のポーチどころかリンちゃんのリュックの口にも突っ込めない。
お察しのように魔法の袋には一部でも突っ込めないと入らないのだ。
やりようはあるだろう、どこでも削るなり斬るなりして尖った部分を作れば。
でも取り出すときにもその部分を掴んで引っ張り出す必要があるんだよ。
どの部分だったかどんなのだったかを忘れたら取り出せなくなるじゃないか。
そうなると大変なんだよ。
「もしかして、この亀の角ってこの尻尾のところに…」
- ああっ!、ホントだ、道理で頭に角がないなって思った……、尻尾の途中に角かよ…、なんだよもう…。
「どうしましょう?」
- もう放置でいいや。この調子でもうちょっと奥のほうまで調べてみて、魔物がどのあたりで湧いてるかとか、収束地って何なんだとか、見ておかないとね。
「そこまでやるんですか?」
- んー、安心して眠りたいし?
「そうですか、あたしはタケルさまに付いていくだけですから」
- うん、リンちゃんが付いてきてくれるから、こういう計画も立てれるってわけ。
「ふふっ」
そうそう、リンちゃんがごきげんだと安心安心。
んじゃいっちょ広範囲探査やりますかー





