2ー016 ~ 第一防衛拠点へ
「再会したときに、姫様がお強くなられたことは分かっておりました。よくぞこの短期間でご成長なさったものだと感心しておったのです。タケル殿との出会いのおかげですかな?、ははは」
この豪傑爺さんなんつー言い方を…。『タケル殿との出会い』のとこだけねちっこく言ったぞ?、オイ。
「そ、そうだな、おお、そうそう其方の孫、プリミェールにも会ったぞ?、彼女にもかなり世話になった」
メルさんもそこで赤くならないで欲しい。露骨な話題の逸らし方してるし…。
「ほう?、あの放蕩娘が姫様のお役に?、それはまた奇縁ですなぁ…」
「その言い方はあまり信じてはおらんな?、彼女がタケル殿のところに居たのには驚いたが、彼女が居らねばここまで効率よく鍛錬できなかったと思う。それほどに世話になったのだ」
- そうですね、メルさん、あ、姫様はこの2ヶ月ほど、プラムさん、あ、プリミェールさんの手記をもとに訓練されておいででした。僕はあまり役立った気がしませんね、ほとんどプリミェールさんと姫様で訓練されてましたし。
「そんなことはない!、タケル殿には感謝してもしきれません、私がどれだけ…」
「2ヶ月!?、プリミェールは近くまでご一緒に?」
「いいや?、彼女は『ツギの街』に居るぞ?」
「計算が合いませんぞ?、姫様…」
あ、そっか、そのへんの話をしておくのを忘れてたよ。また精霊の加護ってことでごまかすかな。片手を軽く上げて注意をひくか。
- あ、それは僕から。
オルダインさんたちが頷くのをみて、話す。
- 姫様とプリミェールさんは2ヶ月間僕の家で訓練していたんです。姫様と僕とこちらのリンちゃんが家を出たのは今朝の早朝、精霊の加護によって近くの湖まで転移魔法で飛んできました。そこからは鷹鷲隊にあわせて昼過ぎに合流する経路をとりました。
「転移魔法ですと?、そのような」
「あるのだ」
- あるんですよ。
あ、かぶっちゃった。
- 精霊の加護です。それ以上の詳しいことは話せません。申し訳ありませんが。
と言ってメルさんをじっと見る。伝わったらしく申し訳なさそうにしている。
でもまぁしょうがないよね、オルダインさんの孫娘プラムさんの話がでちゃったんだし。
「うーむ…、わかりました、タケル殿のお力ということで。それにしてもたった2ヶ月でとは恐れ入ります。プリミェールが関係するというにも驚きましたが…」
- まぁそれは追々。ところで話は戻りますが、この国境線、結構あると思うのですが、たった2箇所なのですか?、防衛拠点。そこがどうにも不思議なんですよ。
「タケル殿が不思議に思うのもわかります。魔王軍と便宜上そう呼称しておりますが、やってくる魔物はどうしてかわかりませんが、地図でいうと、ここと、ここ。この2点の地域を必ずと言っていいほど通ってから広がるので、そこから離れるほど、防衛線がひろがり、困難になります」
- なるほど、だから防衛ラインを下げたくない、国境あたりで維持したいというわけなんですか…。
「はい。それに魔物は人を見つけると襲ってくる習性がありますので」
- そうですね。その2点には何があるんでしょうか?
「残念ながら長年それを調査することができていません。理由はお分かりになるかと思いますが、魔物の密度や頻度の問題です」
- なるほど…。
やってくる魔物がその地域を必ず通る、だから防衛拠点も2つで済む。
もしそこに何かがあるとして、それを破壊や封印してしまうと、魔物は散開した状態でやってくるから、防衛ラインが幅広くなり、今より人員も防壁も必要になってしまう、ということか…、良し悪しだなぁ…。
かといってその2箇所のさらに奥で守るにも、現状から押し戻していかなくてはならないし、やはり人員も足りない、ってことか。
- 防衛の方針ですが、国境まで押し戻すのは必須としても、それだけでいいんでしょうか?、何か方策とかあるんですか?
「国境のところまで押し戻すのに、既に人員が不足しつつあるのです。勇者ハルト様のご助力には往復で20日ほどかかるので、その間のハムラーデル国境への負担が大きいのです。なので、当面は国境付近まで押し戻せればよい、としか…、申し訳ありません」
- いえ、それがわかればそれで構いません。あと、やってくる魔物はどの程度のものでしょう?
「大型のものは、全長30~50mほどの亀の魔物が来ます。大型はそれだけです。あとは中型の角サイまたは角イノシシが2・3頭単位で、小型は角クマが単独で、角サルが数匹単位でやってきます。頻度は中型が一番多いようです」
- そうですか、ありがとうございます。
「これでだいたいよろしいですかな?」
- はい。
「我々でも中型までなら余裕があるのですが、大型は少々てこずります。倒せなくはないのですが、あまり時間をかけてしまうと後続がやってきてしまうのと、死体の処理が難儀なのです」
む、何か期待されてるっぽい?
- 処理、と言いますと、素材の確保も含めて、でしょうか?
「どちらかというとそれはついでの話ですな。早く倒して余裕があれば素材がとれますが、むしろ邪魔にならないようにするほうが先かもしれません」
- 角サイと亀は戦ったことがないので、そのへんはひと当てしてからの話ですね。30mサイズのヒュージスネークの首をぶった切れる程度でいいなら楽なのですが…。
「タケル殿…?」
あ、たとえがよくなかったらしい。またやっちゃったか?
●○●○●○●
翌朝、薄暗いうちに起こしてもらって軽めの朝食。それと出立準備だ。
といっても俺とリンちゃんに関しては、天幕を片付けるなどの作業もない。土魔法で作った小屋を土に戻すぐらいだ。あとは俺のポーチとリンちゃんの鞄にひょいひょいと入れるだけ。
天幕を片付ける兵士さんたちを手伝うにも、俺なんかが行くとむしろ邪魔になるので、申し訳ないなーとか思いつつのんびり待ってた。
あ、ティルラ国境担当の2人の勇者さんの名前、きいといたよ。
2人とも女性だってさ。これから行くほうの担当がサクラさんで、もう一方の担当がネリさんだってさ。
まぁ、まだ『勇者の宿』で回復中だからすぐに会えるわけじゃないけれど、もし俺がここにいる間に復活してやってくるとしたら会えるわけだよね。
怒りっぽくない人だったらいいな…。
話にでてた、ハルトさんは最古参なんだそうな。『フレイムソード』っていう伝説の武器を持ってて、吟遊詩人の歌や、物語にもなってる有名人なんだってさ。
『フレイムソード』ってどっかで聞いたなーって思ったら、『ツギの街』を拠点に活動してる人数の多いチームの名前じゃん。たぶんその武器に肖ってつけた名前なんだろうなー…。
地図でみた距離、たぶん地図はあまり正確じゃなさそうだけど、メルさんが王都から『ツギの街』まで走って10日って言ってたっけね。そんでその距離以上はありそうだったから、それからするとハルトさんに関しては身体強化は確実にできると思う。
なんせ他の勇者を知らないし、身体強化ってそんな長時間やったことないし、いまいち感覚がよくわからん。
なので先輩勇者には会って話を聞いてみたいという気もする。
今すぐは無理っぽいから、そのうち、だけどね。
●○●○●○●
「タケル殿、昨夜も同じようなことをされていましたが、何をなさってるのです?」
ティルラ国境第一防衛拠点へと向かう道すがら、荷馬車の荷の上に乗せてもらって、特にすることもなくヒマなので、電波探知のような魔法を延々とやっていたら、メルさんが不思議そうな表情で話しかけてきた。
何となく興が乗ったというか、結構広範囲に信号が届いて返ってくるのが感知できるようになってるので、楽しくなって、つい、まるでオーケストラの指揮者のような手振りでやっていたんだよね。横で見てたなら不思議に思うのも仕方ない。
というかちょっと恥ずかしい。
- これはですね、あっ、もしかして感知で?
「はい、それもありますが今のタケル殿の手の動きのほうが気になりまして…」
- て、手の動きには理由はないんですよ、ははは…、んっんん。ヒマだったので広範囲に魔力感知をしていました。
手振りのことを言われてちょっぴり恥ずかしかったので、わざとらしく笑ったんだけど反応がなかったので咳払いをひとつ。
真面目に説明をすることにした。
「プラムも言っていた、地形把握や索敵ができる魔法のことでしょうか…?、でもそれとはかなり違っていたように感じましたが…」
ん?、どうやら俺のやってた電波探知魔法のピンガーが原因かな?
プラムさんがやってたのとはだいぶ違うからなぁ…。
- あ、もしかして最初の波が不快でした?
「波、というのはわかりませんが、時々、こう、背筋がピクっとする感じがして…」
それちゃんと魔力感知できてるよ。たった2ヶ月で。俺も他人の事は言えないのは承知だけど、恐ろしい才能だなぁ、勇者じゃないのに。あ、王女様か。王女スキルおそるべし。
- それが分かるということは、魔力感知がちゃんとできてるということですよ。
「そうなのですか!?、あ、失礼しました」
うん。積荷の段差を利用してあぐらかいて座ってもたれてたらリンちゃんが俺の膝を枕にして寝てんのよね。
メルさんは起こさないようにとの意味で謝ったんだろう。
でもこれたぶん、たぬき寝入りだぜ?
- ええ。広範囲と言うぐらいなので、結構強めで極短時間だけの信号を周囲に送って、反射波を感知して周囲を把握する魔法です。
プラムさんのやっているのはそれの簡易版ですね。
僕もダンジョンなどの狭い範囲でしたらそちらを使います。
「目で見るよりも遠くのことがわかるのですか?」
んー、これはやってみせたほうがいいかもね。腰のポーチから羊皮紙を取り出す。
- そうですね、ここに無地の羊皮紙があります。そしてさきほど感知した地形をこれに焼き付ければ……、このようにわかりやすくなります。
「な…!?、え!?…こ…、」
なえこ?、まぁ言葉にならない驚きってやつなんだろう。もう慣れた。
あ、リンちゃんがちょっと笑顔になってる。やっぱりたぬき寝入りだなこれ。
とりあえず頭でも撫でておこう。手触りいいんだコレ。リンちゃんもゴキゲンになるし。
メルさんは背嚢から地図を取り出して、俺が焼き付けたできたてほやほやの地図と見比べているようだ。なんか唸ってる。
「この魔法があれば斥候がどれだけ助かるか…!、いやそれだけではない、斥候が行けない場所のことまで分かってしまうなら戦術が、いや作戦が、何ということだ…」
あ。何か話がイヤな方向に行きそうだからここらで止めないとだめな気がする。
それにこの魔法はたぶん俺しか使えない。他人に伝えられる自信が全く無いし。
勇者相手にすら伝えられるかどうかわからん。
だから過度な期待をもたれても困るし、魔物相手ならまだしも、どっかの国と紛争みたいになった場合に俺に頼られても困るからね。そんなのやりたかない。
- あの、メルさん?、それたぶんお…
「私でも覚えられるだろうか?、タケル殿!?」
おおう、腕にすがり付いてこられた。膝にリンちゃんが頭乗せてるから動けないんで避けられなかった。受け止めるしかないわけで、べ、別に言い訳してるわけじゃないぞ?
ってかメルさん近い近い。
- プラムさんがやっていたものならできるようになると思いますよ。訓練すれば。
でも俺がやってるその広範囲のものは、俺も他人に伝えられる自信がありませんし、俺もどうしてこうなるのかっていう理論がわからずにやってますんで、だから俺しか使えません。(小声で)精霊さんならできるかもしれませんけど、たぶん精霊さんはこんな魔法を使う必要なんてないと思います。
「……なるほど…、プラムのやっていたのは簡易版と仰いましたが、それはどの程度の範囲がわかるのですか?」
- それは術者の技量によると思うので、なんとも…、もともとダンジョンなどの狭い範囲で使うためのものですから、数十m~数百mってところじゃないでしょうか。
「ふむ……、充分か。技量というとやはり魔力感知と魔力操作でしょうか?」
- そうです。それが魔法を扱う全ての基本ですから。
「なるほど!、プラムのテキストを写してきて良かった。タケル殿、これからもご指導をお願いします!」
- あっはい…。
俺の腕から手に移動したメルさんの両手がすごい力で握って、あ、メルさん身体強化切ってないこれヤバい急いでこっちも強化しないと!
プラムさんは短期間って話だったけど、この姫さんはいつまで俺についてくるんだろうか…、と少し薄ら怖い想像をしながら、手が潰れないように魔力で強化をし、顔が引きつらないように耐えていた。





