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2ー012 ~ 困った夜

 メルさんが来てから、彼女は『ツギの街』に帰らずに毎日ずっと森の家に居るわけなのだが、さすがに悪いと思ったので、『キチン宿』の主人に、3人部屋はないかと尋ねたら、4人部屋ならあると言う。仕方が無いので4人分の料金を払うからということで4人部屋に移っておいた。

 まぁ、いろいろ黙認してもらってるわけだし?、しょうがないかという気持ちで。






 それから何日かして、ギルドに用事があった帰りに、宿に戻ってくると『ツギの街』のフェスティバル――って聞こえたんだが要するに何かのお祭りなんだろう――があって、この街の宿屋がパンク状態らしい。


 そういえばギルドでも何だかいつもより人が多かった。人の少ない時間帯を選んだつもりだったのにおかしいな、とか思ったんだよ。

 『ツギのダンジョン』の封鎖が解禁された。ダンジョンの難易度が上がったことが正式に認められた。と窓口のダミアンさんだっけ?、ダンカンさんだっけ?、が言っていたのでそれで人が増えたのかなーぐらいにしか思っていなかったけどね。


 で、申し訳ないんだが、と、王国認定の吟遊詩人――いるんだそんなの…――がどうしてもというので相部屋をお願いしたいんだそうだ。


 正直なところ困る。


 宿を変えたいがそんな混雑する日に他に空いてる宿なんてあるわけがない。

 そうすると街の外で野宿になる。そうやっている見物客や観光客も居るそうだが、そんな装備は用意していない。

 どうせテントがあっても石板を置いて森の家に帰れないなら同じこと、いやベッドじゃないだけ宿より寝床ランクは下がるし、野宿で土魔法を使って小屋とか作ったら騒ぎになるのでできない。


 なので仕方なく承諾した。

 そうすると森の家には帰れないので、プラムさん――なぜ彼女だけ見逃されたのだろう?――だけを森の家において、俺、リンちゃん、メルさんの3人が『キチン宿』で一晩明かすことになった。






 が…、宿のスペースの関係かわからないが、隣が2人部屋で、運悪くそこに宿泊したのが元気の有り余ってる――たぶん――カップルだったのだ。


 下世話な話だが、こんな安宿、防音なんてないので、そりゃもう夜は濃厚なというか熱烈なというか、ああ分かったはっきり言おう。女性のあえぎ声がすごいんだこれが。

 一応は気を遣っていたのか、それとも別の理由かは知らないけれど、思いっきり声を出すんじゃなく、耐えているけどどうしても出てしまうようなそんな声なわけで、だからこそ余計にひどい。


 んなもん、眠れるわけがない。


 俺だって元の世界を通して経験豊富というわけじゃないし、むしろ少ないほうなので、一体ナニをドウすればあんなに…、ということもあり、魔力感知で隣がどうなってるかは距離が近いだけに見たくなくても見えてしまう。


 逆に冷静になる面もあるんだけどね。でもそれは俺ひとりだったらの話だ。


 メルさんは寒くもないのに毛布に(くる)まってこちら側――運悪く声のする壁際のベッドだったんだよ――を向いて、のぼせ上がってるけど目だけは瞑っているという、そんでもって汗かいてるわけで、リンちゃんは俺にしがみついてふんふん言ってて、俺はどうしたもんだか、と頭では思っていたんだが……


 もちょっと言うと、メルさんって自然にアレなんだよ。ほら、魔力を身体に纏うの。

 だからスゲーよく分かっちゃうんだよ、毛布に(くる)まってる中で手がナニでドコにそんで腰とかもぞもぞ動いてるとか顔が赤いとか鼻息が荒いとか汗かいてるとかそんなのが。

 あ、鼻息が荒いのは耳でも分かるけどさ。


 リンちゃんには抱きつかれてて、俺の肩のとこにリンちゃんが顔をうずめているせいで、首がほぼ固定されてしまってて、問題のほうの壁側を向くしかないんだが、そうするとだな、ほれ、メルさんはこっち向いてるわけで、時々へんな声を少し出して目を開けるんだよ。

 で、メルさんの目に魔力が集中してるんでつい目で見てしまう。

 そうすると目がバッチリ合う。


 薄暗いんだけどメルさんはたぶんあんだけ身体強化をやっちゃってるんだから、こっちでリンちゃんが俺に抱きついてふんふん言ってるのばっちり見えてるだろうし、いや、だろうじゃないな、真剣に見てる……のか?、これ。


 メルさんはこっちの様子を見て目が合うと慌てて目をぎゅっと閉じる、つまり(><)(こんな)感じなんだが、すぐまた目をあけてじーっと見る。

 こっちもなんか気まずいので目が合わないように天井の隅っこに視線を固定する。


 固定しててもパッシブに魔力感知しちゃってるのでメルさんが真剣にこっち見てもぞもぞナニしてるのか全部見えてる。そんでもって鼻息に何かピンク色が混じってるような声が小さく時々出る。


 リンちゃんは俺の腕ごとまとめて抱きついてるわけで、俺も下手に声を出したり動いたりがとてもやり辛い。というか今更もうタイミングを逃してしまったために動けない。

 それになんか2人の邪魔をするのがとても怖い。


 壁の向こうのことはまぁおいといても、憎からずどころか可愛いと思ってる2人がそんな状態なので、こっちもなんだか妙な気分になりそうになってしまってて、実にヤバい。


 正直、リンちゃんかメルさんと2人きりだったらやばかった。もう脳内は必死で素数とか円周率とか考えながら全然できなくて途切れてまた最初から、みたいなさ。

 とぎれる原因はそのリンちゃんとかメルさんなわけなんだが。


 何だよこの地獄…。


 あ、だからリンちゃん抱きつくのは我慢するけど、手を下げないでね。


 ウィノアさんも首飾りを微妙に動かさないように。


 え?、相部屋頼まれた吟遊詩人さん?、そりゃあしっかり壁に耳をつけて何やらメモしてましたよ。手元を明るくするためか、ペンダントがちょっと光ってたし。

 ついでにちらちらこっちを見てたよ!


 なんなのあのひと…。


 しかし体力あるなぁ、隣のひとら。いつ終わんの?






●○●○●○●






 昨夜はおたのしみでしたね、と隣のやつらに言いたい衝動を堪えるどころか、こっちはひどい寝不足と気疲れでそんなおふざけやってる余裕がない。


 結局何だったんだ、っていうあの行動がおかしい吟遊詩人のひとがチェックアウトをしたのを見届け、部屋にカギかけて森の家に行って、無理やり剣の訓練をして汗をかき、風呂入ってぐっすり眠った。

 珍しくリンちゃんは近くに居なかったけど、まぁ詮索はしないでおこう。メルさんも部屋に閉じこもってた。これも詮索しないでおく。


 プラムさんは相変わらず庭の隅のほうで訓練してたよ。

 挨拶だけはしたけど、俺の雰囲気がいつもと違うのに気付いたようで、話しかけてきたりはしなかった。






 昼食に起こされたので食べ、また横になり、夕方にはお祭りが気になったので一度『キチン宿』に戻った。


 そのときに宿の主人を脅し……たつもりはないが脅したんだろう、隣の2人部屋のカップルは駆け落ちしてお祭りにまぎれて逃走しようって2人だそうで、予約されていたから泊めたが、まさかそんな事情だったとは主人も知らなかったらしい。

こっちにきた吟遊詩人はその片方の身内が雇った監視役で、雇い主が貴族らしく、金を積まれて逆らえなかったそうな。


 なんてはた迷惑な!


 そんなつまらんことで勇者を煩わせていいのか?、ってついムカついたからか、ポロっと口をついて出たが、宿の主人は、俺が勇者だとは知らないことになっているので…、と、知ってるくせにタテマエでごまかそうとしたので、勇者を煩わしてはならないんじゃないのか?、とちょっと強い口調で言ってしまった。


 主人は青い顔をして、今後このようなことは絶対にないようにしますので、平にご容赦を・・・!!、って必死だったので溜飲が下がるどころかやり過ぎたと内心めちゃくちゃ焦った。こっちも必死でポーカーフェイススキルと無表情スキルを発動したつもりで取り繕ったが、たぶん俺も青い顔してたと思う。


 こういうときはあれだ、『勇者の宿』の兵士グリンさん――あのひと『勇者隊』隊長だったんだよなぁ、知らなかったわ、ってか気付けよ俺――のように、カッコ良くだな。


 この主人は今までいろいろ黙認してくれるいいひと――タケル視点――なんだからこんな風に脅しちゃだめだよなと反省し、彼の肩をポンポンと軽く叩いて去ってみたんだがどうかな?

 なんか去り際に後ろで『ひぃぃ』とか聞こえた気がしたけど、気のせいだよな、気のせい。


 だいたい落ち着いて考えてみりゃ宿の主人は悪くないもんな。

 だから高級燻製セットと、精霊さんブランドのワインと蒸留酒を差し入れして謝っておいた。


 え?、お祭り行かないのかって?、興味はあったけどね、ちょっとパッシブの魔力感知で外の様子を見ただけで行かなかったんだよ。それに俺、人ごみ嫌いなんだよ。

 屋台の食べ物?、何言ってんだよこっちは道路が舗装されてたりするわけじゃないんだぜ?、人が多いと埃とかすげーんだよ。そんなとこで屋台の食べ物?、ムリムリ。






●○●○●○●






 「タケルさま、もしかして転移魔法覚えてしまわれましたデス?」


 戻るとしばらくしてリンちゃんが後ろから声をかけてきた。


 転移魔法ってのは、石板はただのマーカー、つまり位置を発信するためだけのものだってこないだ魔力感知の訓練をしてたらふと気付いたんだよね。


 それであんなに複雑な文様が必要なのか?、って俺も不思議に思ったんだけどさ、じーっとその微量な魔力の流れをみていると、魔法的に特定の波を特定の間隔で極短時間放射する、っていう仕組みを、周囲に漂う魔力を使って効率よく行う仕組みのようだった。


 それが全部の仕組みじゃ無いってことはわかったんだけど、他はまだよくわかんないんだよね。

 ペンダントもたぶん同じような感じで、同行者の範囲を決めるための基点みたいな働きなんじゃないか、って予想はできるんだけど…。なんせ手元にないし、ベニさんとアオさんとミドリさんが身につけてるのは知ってても、まさかそれをじーっと見るわけには行かない。場所が場所だけにね。


 それにさ、リンちゃんが俺に渡さないってのも何か理由があるような気がするし、モモさんに言えばリンちゃんにも伝わる。他の3人に言っても同様に伝わるだろう。

 精霊さんたちに黙って、ってのが現状無理。転送魔法使ってもらうときにリンちゃんに言ってもスルーされたしさ…。

 モモさんが詠唱してた光の精霊の里に行ったとき1度だけペンダント渡されたけど、あのときはまだ今ほど魔力感知できてなかったから、よくわからなかったんだよね。

 『鷹の爪』の人たちと一緒だったときは数が足りないからって言われたし…。

 なんだかなぁ…。


 もしかしたらウィノアさんに…、いや、やめとこう、なんだか不幸になりそうな未来しか見えないし。


 ま、それは置いといて、転移魔法ってのはそのマーカーを頼りにして時空に働きかけて跳ぶ魔法だってことだけはわかったんだよ。

 詳しい内容なんてさっぱりだし理論なんてわかるわけがないのでどうでもいい。


 とにかく覚えたとおりにやれば、俺一人なら使えるようになったんだよ。


 あ、それとさ、どうやらそういう時空関係のことは光属性だってこともわかった。

 道理で魔法の袋、光の精霊さんたちみんな持ってるわけだよね。あと、リンちゃんがやってた修行10年分が5分ほどっていう部屋の名前を言ったらヤバそうなやつも。あれも光属性の魔法でやってたわけだ。たぶん。


 分かった瞬間は、なんかひらめいた!!、みたいな感じ。同時に頭のとこに豆電球が光るってイメージを考えた漫画家さんってすごいと思ったけど。

 何だっけかの偉い物理学者のひとが、時間と空間がどうのとか光速度の2乗がどうのとか言ってたとかなんとか、半分寝てた大学の物理か何かの講義で聞いたような気がちょっとするけれど、だから光属性なんだ!、っていう……。うん。ごめん、偉そうに関連発見みたいなこと言って。どんどんいい加減なこと言ってる気がしてきたわ。理論とか全然自信ないし。


 ああ、話がそれまくってた。






 いつものようにチラっとリンちゃんを肩越しに見て、また前を向いて歩きながら返事をする。


- ん?、うん、まだ1人でしか飛べないんだけどね。


 「……(簡単に真似ができないようにあれほど詠唱までしてダミーや迂回を入れていたというのに…)ブツブツ……」


 あれ?、なんかぶつぶつ言ってる?

 見ると、立ち止まって(うつむ)いてた。なんかまずかったかな?

 慌てて戻って近寄っていく。


- え?、ごめん小声でよく聞き取れなかったんだけど、俺また何か失敗した?


 するとリンちゃんは顔を上げて、

 「いいえ?、さすがは私のタケルさまデス。でも転移魔法は危険なのデス。お一人で使われるのはだめデス。次からは必ずあたしに言うデスよ?」


 うわっ!、笑顔だけどこれ黒リンモードだ!、まずい!


- あ、そうだったんだ、ごめんね、次からちゃんと言うよ。うん、ちゃんと言う。


 えっと、こういう時はあれだ!、抱きしめてごまかすやつ!


 「あっ、タケルさま?」


 抱きしめてリンちゃんの後頭部をあやすように撫でてみる。


- もしかして心配かけちゃったかな?、でも危険だって知らなかったんだ。ありがとう。


 「そ、そうなんですよ?、危険なんですよ?、分かって頂けたのならいいです…」


 ほっ、何とかなったっぽい。






 危険ってどう危険なのか気になったので、リンちゃんが離れてる隙にモモさんに尋ねてみたら、俺の転移魔法は何となくでやっていたため、周囲の範囲設定が甘くて危険なんだそうな。具体的には腰につけた剣の先や、背嚢の端っこを置いてったり、近くにある物体や地面の一部ごと持ってったりする危険が大きいんだと。

 さすがに自分の身体は問題ないそうだけどね。


 まぁ他人が居るような場所では使うつもりは無かったけど、使ってたら近くにいた人の身体の一部を一緒に持ってってホラーになったりするかもしれなかったってことだ。


 なるほど、さすがはリンちゃんだ。黒リンになっちゃうわけだよ。ちゃんと忠告には従おうと思った。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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