2ー006 ~ 苦肉の策
3時間ほど軽い駆け足のペースで乗った。今は休憩をしているところだ。
次は2時間ほど走ったら狩場へ着くらしい。そこで適度に狩りをして、獲物が狩れたならそれを、狩れなければ持参した携帯食と材料で昼食にするのだろう。
「もう予想がついておられるでしょう、姫様の替え玉ですよ」
「必要なのか?」
「これはまだ内定にすらなっていない、言わば内定準備段階という程度のことなのですが…」
騎士団長が渋面をつくって言いづらそうに話し始めた。
「南部の隣国ティルラの国境付近で魔王軍と戦闘しているのはご存知でしょう。
戦闘と言っておりますが魔王軍などというのは存在しないことはご存知ですね。
ただ魔物共が襲来しているのを防いでいるのですが、これが激化しており、少々旗色が悪くなっているという知らせが届いたのです。
最前線の勇者たちも支援してくれており、なんとか持ちこたえてはいるようなのですが、彼らにも担当範囲というものがあるようで、ティルラ方面を支援したがために担当範囲すら押されぎみとなっては本末転倒というもの。
そこに我々『鷹鷲隊』の一部を派遣する話だったのですが、時期が早まった事で用意できる兵数が足りないのです。
そこで、姫様を加えてはどうかという方向に話が進んでしまっております。
本来ならば、姫様が15歳の成人式を終えての話だったのです。
ところが一昨日の話がどこからか漏れたようで、一部の貴族がその予定を早めることで姫様への罰としようなどと言い始めたのです。
昨日の我らの策を逆手にとり、大人しく式典に参加し、消沈した様子を見せてしまったのもまずかったのでしょう。不幸中の幸いといいますか、替え玉だというのは知られてはいないようでしたが。
昨日午後の会議では反論材料も乏しく、ほぼ決まりかけているのが実情です」
言われてはないが想像はできる。かなり反論をして働きかけてはくれたのだろう。
オルダインは済まなそうに話していた。
「そんな話になっていたのか…」
「力及ばず申し訳ないと思っております。我らが出撃することに否やはありません。元よりその予定でした。ですがそこに姫様までを加えるとなると…」
「それで替え玉か…」
「苦肉の策となってしまいました」
「しかしそれをどうするのだ?、替え玉が出撃したなら、私は王都には居られないだろう?、まさか部屋に閉じこもって出てこれないというのは困るぞ?」
さすがに替え玉が出撃して自分が暢気に王都でうろつけるとは思えない。バレバレである。いくら何でもそれぐらいのことはわかる。
「そこで、一計があるのですが」
「うかがおう」
「現在、直轄領都『ツギの街』に12人目の勇者がおられるのをご存知でしょうか?」
「うん、半年ほど前に報告を聞いた覚えがある」
「彼は冒険者ギルドの話では相当の腕に成長したようなのです」
「ほほう、もしかして?」
「そうです。彼を連れて来てはもらえませんか?」
「ふむ、それはいいが、普通に彼に国からの依頼という形ではダメなのか?」
「残念ながら、彼はまだ出現して1年と経っておりません。そのような未熟な勇者では最前戦で役に立たないというのが大方の見解なのです。前例がないので」
「前例、前例か、厄介だな」
「それと、姫様はご存知ありませんか?、未熟な勇者に対して国が表立って働きかけることは禁止されているのです」
「それでは国は勇者に依頼ができないではないか?」
「依頼、という形ならなんとか。しかしそれはあくまで使者を遣わしてお伺いを立てる程度のものです。それも実績の充分にある勇者に対しての場合であれば」
「なるほど、それで未熟な勇者には前例がないということになるわけか」
未熟とされる、まだあまり実績のない勇者に対しては、1つの国が働きかけたり頼みごとをしたりすると、自国に取り込もうとしているのだという誤解が各国に生じることになるため、禁止事項となっているのだ。
「はい。ですから国として動くことはできません。ですが、姫様が単独で接触し、知己を得、友人としてティルラの国境まで共に来ることができれば…」
「その成長著しい勇者を戦力として数えられる、ということか」
これは言ってみればグレイゾーンのようなものだろう。
「はい。今晩の会議の結果によっては、姫様にそのように動いていただく心積もりをしておいて欲しいのです」
「なるほど、承知した」
そう返事をすると、オルダインは目の前にいきなり跪いた。
「まだ成人前の姫様をお守りできませなんだ。それだけが申し訳なく…、」
「言うな!、付け入る隙を作った私にも責任があることではないか。其方がそのように言えば言うほど、私は私自身が情けなくなる」
「姫様…」
彼が面を上げる。彼女は同年代に比べて背が小さいので、それでちょうど同じぐらいの高さに顔があることになる。
「もう取り返せないが、替え玉といういい材料ができたではないか、もし替え玉すらなかったらその勇者を迎えにいくことすらできなかったのだから」
「そうですな。本当に、姫様はよく成長なさいました。このような場合ですがワシは嬉しく思いますぞ」
自分の背が低く成長が遅いことは誰よりもよく知っている。13歳なのに1つ下の妹よりもだいぶ低い。からかわれたこともある。
「何だ、皮肉か?、珍しいこともあるものだな」
「そうですかな?、ははは」
そうして笑っていると、
「お話はまとまりましたか?、そろそろ参りませんか?」
「おお、そうだな。では姫様」
「うん、それで今日は何を狩るんだ?」
「まぁそれは着いてのお楽しみということで」
「そうか」
しかし夜に会議があると騎士団長は言っていたのだから、狩りをして昼食を摂ったらすぐに王都へと戻ることになるだろう。
それにしても勇者か…、とメルリアーヴェルは馬を駆りながら考える。
今まで2人ほど勇者を見たことはある。それは勇者が王都を訪れた際、別に挨拶をする義務があるわけではないが、わざわざ王に謁見を求め、そして本当にただの挨拶をするためだったようだが、謁見の間において王と直接会話をしていたのを玉座の後ろから見ていただけのことだ。
あとは歴史や騎士団の資料室で読んだものに、少し記述があった程度だ。
ストラーデ姉上なら戯曲や演劇などの書物で、自分よりは多くのことを知っているかもしれないが。
半年前に見た報告書では、その勇者は温厚な性格をしているのだそうだ。
過去の勇者には戦闘に関わることを嫌う者もいたというのは資料で見たが、オルダインがあのように話していたし、ギルドからの報告であるのなら、戦闘を嫌う性格というのではないかもしれないなと思った。
戦闘狂でもなく温厚なら、自分のような者でも聞く耳をもってくれるかもしれない、と彼女は少し楽観的に考えることにした。
「(どんなひとだろうな…)」
幼少の頃、勇者の存在を初めて知り、ヒト種のために最前線で魔王軍と戦い、身体を張る勇者に憧れたこともあった。
夢にまで見たような憧れの存在。勇者。
さすがに今はそこまでのことは思わないが、親しみやすくいい人柄であればいいな、と思いを馳せた。
●○●○●○●
ここで少し彼女らの考えに足りない部分を補足しておこう。
メルリアーヴェルとオルダインだけでなくこの計画を考えた者らは、あくまでタケルを迎えに行かせるのが目的であって、姫を宛がって勇者を虜にするなどとは全く考えていない、選択肢にすらない。
当人たちにとってはそういう考えになるのは仕方が無い面もある。
そもそも『貰い手がない』、『いくら容姿が整っていてもアレはない』、『牛馬犬猫も逃げるビリビリ姫』、などと思われているのだ。最後のは誰が思っているのか知らないが、『あてがう』など勇者にとって失礼きわまる、と思っているのだから。
普通なら、一国の王女が勇者を迎えに行く、となるとそれを知った諸国はおそらく全てがその国を糾弾するか、ならば我が国も監視という名目で使者か王族を派遣しよう、ということになる。
とられてなるものか、というやつである。
ところが彼女の場合は、各国に知れた場合でも、『あんなのを送り込んだところで勇者とどうにかなるわけがない』、『万が一があるのならうちの誰かを送り込むほうがまだチャンスがある』と考えるだろう。
何せ各国の適齢期にある王子が揃って首を横に振るのだから。
また、ある国には王子の教育に、『ホーラードのメルリアーヴェル姫と結婚させるぞ』という脅し文句があるぐらいなのだから。
20230506: 衍字訂正。 程度ものもの ⇒ 程度のもの





