2ー004 ~ 罪と告白
メルリアーヴェルが13歳になって少し経った頃。
年に2度ある騎士団合同演習日の前日、『騎士団の合同演習にはいままで参加させてもらったことがないな』などと考えながら城の廊下を歩いていると、城の下働きの者たちが話しているのが聞こえた。
宝物庫のこともこういう風に知った彼女は、それ以来、城の者らが話している声に耳を傾けることが多くなっていた。
演習場に行く騎士団は、本部から郊外、と言っても王都を出てしばらくの所にある平野部――そこが『演習場』と呼ばれている――までを行軍する。
その、言ってみればパレードのようなものに、騎士たちを狙う、もとい、騎士たちに憧れの感情を抱いている女性たちは、キャーキャーと黄色い声援をあげてそれを見物する。
王都の正門から出て、演習場へ行くルートの途中に小高い丘がある。
街はそう高い建物などないので、見渡すことができる観光スポットでもある。
そこから、街をでて行進する騎士団を見ることができる。
そうした絵画もあるぐらいなのだ、それが今の流行でもあったりする。
そんなことを聞いてしまったら、そりゃ是が非でも見物に行きたいのが姫騎士たる彼女だ。
だが明日のその出発式では、騎士団本部で王家一同が他の重要で急な用事でも発生しないかぎり列席して見送るのが通例だ。
だから丘に場所をとって待機することができない。
王都の中央ではなく、やや正門寄りに位置している王城と騎士団本部から、メインストリートを通って行進する合同演習に参加する騎士団員たち。
それらが正門を出て行く姿を見るのだから、先頭集団が進発するのを騎士団本部前の広場で見送り、王や王妃たちの歩みに合わせて城へ戻ったときには正門近くまで進んでしまっているだろう。
それから王城の厩舎にこっそり行き、いつも使わせてもらっている馬を用意していてはとても間に合わない。
だから城まで戻らずに、王家一同が退席するタイミングで皆から離れて急ぐ必要がある。
そして正門に近い別の門――教会の近くには王都の外にある墓地に通じる門がある――から出て、街道を逸れて丘へ先回りすれば間に合うかもしれない。
身体強化をしてそんな距離を走り続けるのは今までに試したことが無いので、もし丘に走って行けたとしても現地でへとへとになっていては見物などできないだろう。
そこで、演習日ということで多忙を極める騎士団の厩舎から、1頭拝借すればいいと思った。『たくさん居るんだから1頭ぐらい大丈夫でしょ』と考えた。
以前にも借りたことはある。あの時は近くにいた厩務員に『すまぬが借りるぞ!』と、通りすがりに言っただけだった。あとできちんと返すし、軍事演習の無い日ならばそれだけで良かったのだから。
なんて軽く考えているが、実際1頭でも居なくなったら大変なことになる。
まずその厩舎を管理している者が厳しく取り調べを受ける。
そして演習に参加する予定の馬であれば、普段世話をし乗るはずだった兵士も、厳しく取り調べを受ける。
見つからない、紛失した、盗まれた、などという騒ぎになると騎士団の中隊長や隊長、団長といった管理職にも責任が及ぶ。
これが戦争中や遠征などの場合であれば、ある程度混乱などがあるので罪に問われることはないが、肩身が狭くなる程度で済んだだろう。
だが演習に出るときなのだ、それも城の隣にあるような、重要施設である騎士団本部でのことなら話はかなり重くなるのだ。
そんなことになるとは予想だにせず、メルリアーヴェルはまんまとスキをみて馬を一頭調達してしまった。
たまたまその馬は、彼女が出産に立ち会い、その後も何かと気に掛けてしょっちゅう世話の手伝いをしただけあって、『サンダースピア』を持っていないなら、馬のほうも彼女が大好きだ。当然呼ばれれば喜んで行く。
街の人たちも、メルリアーヴェル姫が馬を連れているなんて珍しくもなんともないので、一人と一頭だけだが、あとで他のお付きの者や近衛兵なども行くんだろう、と思う程度に慣れてしまっていた。
そんなこんなで噂の丘から騎士団の行進を見ることができたメルリアーヴェルは、上機嫌で、これまた裏からこっそり馬を返しに戻ったのだった。
一方、騎士団の厩舎では、やっぱりというか当然というか、大変なことになっていた。
連れ出された馬の担当騎士、厩舎の責任者である厩舎長、中隊長、隊長、そして騎士団長までが青い顔をして騎士団の会議室で取調べをし、騎士団の運営や管理をする役付きの者らと相談していた。演習に出るはずだった隊長以下は連絡を受けて急ぎ戻ってきてのことだ。
まだ担当騎士や厩舎長は罰を受けたりするところまでは進行していなかったのがある意味幸いだった。
方々探し回っていた厩務員や演習に出なかった騎士や城の衛兵たち。
メルリアーヴェルが戻った門にも当然その手配が来ていたので、ゴキゲンに鼻歌など歌いだすぐらいだった彼女も、門に到着したときに衛兵その他がすごい勢いで殺到して驚いた。
急いで馬から降りて応対するメルリアーヴェル。
衛兵たちも彼女の顔はちゃんと知っている。
「どうしたのですか一体」
「騎士団から馬が一頭盗まれたのです」
「な、なんですって!?」
まさか自分が乗ってっちゃった、そして今までまさに騎乗していたこの馬のことだということに思い至ることなく、そして衛兵たちも彼女が乗っていた馬がその盗まれた馬だなんて思うわけもなく、そのままメルリアーヴェルを通してしまう。
「とにかく騎士団に行ってみます」
「まだ不逞の輩が潜んでいるかもしれません、お気をつけて」
「わかった」
ってなもんである。
騎士団長とタメを張るぐらいの実力をもつメルリアーヴェルなのだ。
若くてもこの王都の兵士で彼女のことを知らない者など居ないのだ。
彼女としても、こっそり『借りた』だけという認識なのだ。盗んだなんて思ってもいない。
ところがこれが門ではなく騎士団に到着すると話は変わってくる。なんせ盗まれたとされる馬に乗ってメルリアーヴェルがやってきたのだ。
当然ながら、彼女が盗んだなんて思う訳が無い。
「おお、姫さまではないですか。こ、この馬は!!」
「おお、姫さまが取り返してくださったのですね!、さすがは姫さま!」
「とにかく皆様がお待ちです、会議室で詳しいお話を!」
こうなる。
あれよあれよと言う間に、会議室に通されたメルリアーヴェル。
もうここまで来るといくら脳筋的な考え方を持つ彼女であっても、自分がちょっとこっそり『借りた』つもりの馬が盗まれたって大事になっちゃっているってことがわかってしまっている。
王女スキルで無表情だが内心ものすごく焦っている。背中なんて汗びっしょりだ。
「姫さまが馬を取り戻してくださったと伝令がありましたが、どういう状況で取り戻して頂けたのかご説明を頂けませんか?」
「そ、それはだな…」
「盗人共は始末されたのですか?、それとも取り逃がしてしまわれたのですか?」
「い、いや、その…」
「取り逃がされたのですか、それほどの組織立った犯行だとは…」
「今回は幸いにも馬一頭で済みましたが、警備体制を見直したほうが良いのでは?」
「そうですな、勤務体制を調整して、ここと、ここ、それからこちらに人員を増やすというのではどうでしょう?」
「うーん、それだとこのルートが…」
「歩哨の頻度を上げますか?」
「この樹が死角になって…」
「しかしこの樹は王子の成人の折に植樹したもののうちの1本では?」
「では切り倒さず移動させますか」
「あっ!あのっ!」
最初はごまかそうなどと少しは、いや、ほんのちょっぴりは思ったメルリアーヴェルだが、これはごまかしてはいけないことだ、悪いのは私だ、ここでちゃんと謝らなければ王族として、いや何より自分が許せないだろう、と、跪いて許しを乞おう、と決心した。
「どうされました姫さま。ご気分でも」
「申し訳ない…。私が悪かったのだ!」
そう言われて面々に思いつくものというと、
「そんな!、たかが盗人を取り逃がした程度で姫さまがそのように思われることはありません!」
こうなる。
「違うのだ!」
言い辛い。今まで、確かにお転婆と言われても仕方が無いことをやってきた自覚はある。しかし悪いこととされるようなことはしてこなかったつもりだ。いや、廊下の壷を落として割ってしまったことはある。あの時は正直に謝って許してもらえた。
だが今回はそんなこととは訳が違う。
多くの者たちに多大な迷惑をかけてしまった。
だんだんと罪の意識、重み、軽く考えていた浅はかな自分。そういったことが圧し掛かってくる。
言葉に出すのが重い。搾り出さなければ声が出ないような気がした。
声よりも涙が溢れる。視界が歪む。そんなことはどうでもいい。話さなければならない。
「わ、私が…、その馬をぬ、盗んだのだ!、いや盗むつもりなどなかった!、本当だ!」
「説明を、頂けますかな?、姫様」
今まで黙っていた騎士団長オルダインが重い声で尋ねた。
尊敬する騎士団長からの重い声。
言葉が詰まる。出せない言葉より溢れ出る涙が恨めしい。
口を開けても声が出ない。今の私は皆から見ると中庭の池の魚のようかもしれない。
情けない。歪む視界に見える騎士団長の表情は今どんなだろうか?
「姫様。落ち着いて、ゆっくりとで構いません。話して頂けますか?」
先ほどよりは優しい声。
いつの間にか側に来た騎士団長がしゃがんで肩に手を置いてくれた。
暖かい手に安堵感が持ち上がる。
頷いてゆっくりと息を吸い、吐く。
順を追って頭で整理しながら言葉を紡ぎ始めた。
「昨晩、正門から出て演習に向かう騎士団の勇姿はとても素晴らしいと、城の者たちが言っていたのを耳にした。
それを丘の上から見ると眺めもよく、行進の様子が見渡せてとても良いということだった。絵画にもなっているのだとか。
私はそれを聞き、さぞ勇壮な光景だろうと、是非とも見たいと思った。
だが出発前の式に出席しなくてはならないし、私がいつも使わせてもらっている馬は王城の厩舎にある。城に戻ってからでは間に合わないだろう。
そこで、演習に使わない馬なら構わないだろうと、借りることにした。
以前にも急用があって借りたこともある。
式典が終わり先頭集団を見送ったあと、すぐに王家が退出するのにあわせて待合所で着替え、騎士団の厩舎へと走った。
ところが厩務員たちは多忙なようで、ほとんど居らず、居ても急いで馬を連れ出す者ばかりだった。
そこに、ふと、私に気付いてくれた馬が居た。あれは出産にも立ち会ったし、小さい頃にも世話を手伝ったりした、私によく懐いていた馬だった。
嬉しくなった私は、名前を呼んだんだ。すると繋がれていなかったのですぐにやってきた。誰も気付いていないようだったし、厩務員も居なかったので、厩舎にかけてある鞍をつけて、そのまま連れて出てしまったのだ。
本当に悪かったと思っている。
まさか演習に参加する馬だとは思わなかったんだ…」
静まり返った会議室で、途切れ途切れではあったがしっかりと話した。
皆は話が終わるまで咳ひとつ立てずに聞いてくれていた。
頬は涙が乾いて少し突っ張った感じがした。それすらも情けなかった。
「よく、話してくださいました」
「こんな、こんな事になるとは…、浅はかだった…」
「あとのことはお任せください。悪いようには致しません。姫様をお部屋へ」
頷いた兵士はたぶん小隊長だろうか、彼に腕を支えられ、会議室を連れ出された。
そこから先は半ば放心状態で、いつの間に迎えが来たのか、侍女に交代して城の部屋に連れてこられたのか、着替えをされたのか、よく覚えていない。
20250205: 誤字訂正。 正直に誤って ⇒ 正直に謝って
// なんとまだこのような誤字が残っていたとは‥orz





