2ー002 ~ 雷槍
メルリアーヴェル姫が11歳のとき、城の侍女か下働きの者らかが、城には宝物庫があり、王族が身につける装身具が収められていて、一度だけ入ったことがあるがそれは高価な装身具が並んでいて夢のようだった、と話しているのを耳にした。
それだけなら彼女にとっては既に知っていることであり、装身具などには興味がないので聞き流すところだった。
だがその次の声は、宝物庫には装身具だけじゃなく伝説の武器もあっただろう?、と聞こえた。
ただ『武器』というだけだったなら、典礼や儀礼用の宝剣なども収められていることは知っていたので、これも聞き流してしまうところだったが、『伝説の武器』となると話が変わってくる。
それからは、何とかして宝物庫に入れないか、目録を見ることができないか、いろいろと画策したが、いくら王族であっても未成人の彼女では許可が下りなかった。
しかし諦めきれず、父である王や兄のウィラード王子にしつこくお願いをしていると、ウィラードがついていくなら許可しよう、という、つい娘に甘い父がそんなことをぽろっと言ってしまったのだ。
そのときの彼女の喜びようったらなかったが、王もいまさら撤回はできず、仕方が無いのでウィラード王子に目録を渡すようにと側近に指示を出して、王子にはくれぐれも危険な武器に彼女が触れることの無いようにと念を押しておいた。
数日後、目録を手にしたウィラード王子と、宝物庫の管理官との3人で宝物庫へと入った彼女は、しばらく武器が飾られ並べられたところを見ていたが、つまらなそうにウィラードに尋ねた。
「このような装飾ばかり派手なものは面白くありません、他には無いのですか?、兄上」
ウィラード王子は『やはり来たか』と小さく呟いてから頷き、
「こちらの棚に積まれているものなら、開けて見てみるといい」
と、棚の下側の引き戸を開け、長いこと人の手が触れていなかったような、布に包まれたものや木箱が積まれている所を示した。
危険なものは宝物庫の奥、そこに厳重に施錠された重厚な扉があり、その向こうに収められている。
今居るここに飾られて並んでいるものは儀礼用の宝剣類だった。
いくつかある棚の下半分、引き戸の中に収められているものは、大したことのないと判断されたものばかりで、目録にもそのように記述されている。
布に包まれたものや木箱にはタグがついており、中身が何なのか一応わかるようにはなっていたが、彼女はまるでそこにそれがあるというのを知っているかのように、布に包まれたものには見向きもせず、古い木箱を取り出し、縛られている今にも千切れそうなほど傷んでいる帯を解き、箱を開けた。
「兄上、この槍はどういったものでしょう?」
「ん?、これは…、A112番か、サンダースピアだな。これに攻撃されると、たまに相手の手が少し痺れることがある、と書かれているな」
「手に取ってみても良いでしょうか?」
「ああ、いいだろう」
薄汚れた古い箱に入れられているその槍は、穂先には革製のカバーがつけられており、柄は金属部分が曇っていて、滑り止めに糸が編まれて巻かれていた。それもところどころが解れていて、長い間手入れする者が居なかったということだろう。
メルリアーヴェル姫がその槍を手にとると、一瞬、槍の長さが縮んだように見えたが、その場にいる全員が、きっと気のせいだろうと思って口にはしなかった。
「兄上、この槍が気に入りました。持ち出しても構いませんか?」
「メルは剣を見に来たのではなかったのか?、それは槍だぞ?」
「はい、でもこれが気に入ったのです。これを使ってみたいのです」
目録を見ても大した武器ではなさそうだ。大仰に『サンダースピア』などという名前だが、たまに相手の手が痺れる程度なら危険ではないだろう。それに危険なものはこんなところには無いはずだ。
おそらく一瞬の間にそう考えたのだろう、ウィラードは少しだけ間をあけたが、許可を出すことにした。
「いいだろう。だが宝物庫にあったものなのだ。国宝だということは分かっているな?、管理には充分気をつけるのだぞ?」
「はい!、ありがとうございます兄上」
たぶん何か気に入ったものがあれば持ち出すかもしれないということは、父と相談したときにも話していたことだ。
しかし最悪ではない。もしかしたら奥の保管庫に興味を持ってしまった場合は厄介なことになり兼ねなかったからだ。できるなら見せずに済ませたいと父王にも言われていたことでもあるし。
妹も喜んでいるようだし、大した説明もないし危険もなさそうだ。もちろんそういうのがまとめられている場所で選ばせたのではあるが。
あのしょぼくれた槍――ウィラードにはそう見えた――の一体何が気に入ったのだろうか?、たぶん名前でも気に入ったのだろう、あとで父王にも話をしてみるかと考えた。
おそらくは想定の範囲内というものだろうが、妹の身に何かあってはという懸念もある。
ウィラードは、安堵と心配が少しずつ混ざったような複雑な表情をした。
メルリアーヴェルとは対照的なその表情に、管理官も小さく溜息をついた。
彼は本来なら『本当によろしいのですか?』と尋ねたかったのだが、王族同士の会話においそれとは口を出せるものでもない。むしろここまで始終黙って無表情に、まるで居ないかのように振舞っていた彼を褒めるべきかもしれない。
「やはり何か持ち出したか…?」
王は執務室に帰ってきたウィラードに、その表情を見てすぐそう尋ねた。
「はい、『サンダースピア』です。目録のこれですね」
「ああ、あれか。知っている。あれなら別にいいだろう」
ウィラードが開いて指で示した場所を見ることもなく王はそう答えた。
「知っておられるということは、使われたことがおありですか?、父上」
「いや、私が子供の頃にな、祖父が宝物庫の武器を検めると仰ってな、それで当時の鷹鷲隊の隊長、今の騎士団長の父親だな、それが槍が得意ということで槍の試験をしたのだ」
「それで、どうだったのです?」
「確か、長さが中途半端で重すぎる、使い辛い槍だという評価だった」
「ここに書かれている電撃については?」
「全く出なかったそうだ」
なるほど本当に大したものではなさそうだとウィラードは思った。父王がほっとした表情をしたのも道理だと納得をした。
しかし目録の記述と試験が異なることには興味がわいた。
「どういうことでしょう?」
「さぁな、私にも分からん、古いものであるしな、伝説というのは誇張されたりすることもあるだろう。危険なものでも無し、メルが気に入ったのなら使わせてやるといい。あれは喜んでおったか?」
「はい。とても嬉しそうでした」
「ならいいだろう。武器などよりも王女らしいことに興味を持ってくれればよかったのだが、もう言っても詮無いことだ、喜んでいるなら悪いことではないだろうしな」
「そうですね…」
「むしろテティ――リステティール。メルリアーヴェルの1年下の王女のこと――のように高価な装飾品をいくつも強請るよりは良い」
「確かに…」
高価な玩具を与えたようなものかもしれない。それでも国宝ではあるが、来歴の記述もないし、効果も知れている。王家の財宝とは言っても換金できるものでもなし、使えるわけでもないなら死蔵と言っても差し支えない槍だったのだ。ならば少なくとも役に立つのであれば悪いことでは無い。
父王の言う、リステティールのようにあれやこれやと尤もらしい理由をつけて宝飾品を蒐集することに比べれば、費用もかからない。
ただ、武器であることには違いがない。あの妹のことだ、使わずに飾っておくはずがない、そういう意味では甲乙つけがたいような気がした。
二人はあらためて顔を見合わせると、揃って小さく溜息をついた。
そしてそれにお互いが気付き、苦笑いをしていた。
●○●○●○●
それからのメルリアーヴェルは、剣の鍛錬も一応続けたが、槍の扱いに比重を置いた鍛錬に切り替えて行った。
剣の扱いも達人級のオルダイン団長と並ぶぐらいになっていたのだ、槍の扱いにもその才能を如何なく発揮してどんどん上達して行った。
彼女もお気に入りの槍には不満が全く無い様子で、それを耳にした王は『あのときの評価は一体何だったんだ』と不思議に思ったが、時折食事などで会話した折に、彼女が嬉しそうに槍や訓練のことをとても眩しい笑顔で話すので、それにすっかり絆されてしまい、そのような疑問など霧散していた。
そして『サンダースピア』を彼女が手にしてから1年ほどが経った。
模擬戦で相手が痺れるなんて毎度のこと、そこまで扱いに長けているが、そんな詳細をいちいち話すこともなかった。彼女にとっては当たり前のことだからだ。
ただでさえ剣の扱いに熟達し、それも達人級ということは普通に剣に魔力を纏わせることができてしまっていたのだ。
もちろん訓練や模擬戦で本気を出すようなまねはしないし、手加減もしているのだが、相手の騎士にしたらたまったものではない。
そしてそんな姫が、城の宝物庫から『サンダースピア』などという国宝武器を持ち出したもんだからますます手に負えなくなってしまった。
それはまさにメルリアーヴェルのためにそこに存在していたかのように、彼女にも騎士たちにも思われたのだ。
持ちやすくバランスがいい。何しろ軽い。12歳の自分にでも軽々と扱える。
先のカバーを外すと中心に太い穂先、けら首――穂先の根元――のところに3つに分かれて短い刃がついていてカッコイイ。――元の世界の一般的な避雷針のようなデザインである――
さらにその手前の口金のところのデザインも雷雲をイメージしたものなのかぐるぐる描かれているのも素晴らしい。
太刀打ち――槍の上半分――には輪――胴金――が4つ嵌められており彼女にとってとてもしっくりと扱いやすくなっている。
そして中心から石突まではしっかりと滑り止めなのか網目状に繊維のようなものがまきつけられている。これも握りやすい。
そう、とにかく彼女にはぴったりだったのだ。いろいろと。
中二心たっぷりで元気が有り余ってるメルリアーヴェルからすると、ビンビンと琴線に触れてしまったという意味も含めて。
もう一度言うが、『サンダースピア』とはなかなか凄そうな名称がついてはいても、目録に記述されていたのは『攻撃された相手の金属部分を伝って、ちょっとビリっとする程度の電撃が発生する』、という程度でしか無い。かなり大げさな名称だ。
ここで、その『サンダースピア』のために一応擁護しておくと、こいつは実はなかなかのシロモノだったりする。
どういうことかというと、まず風属性と水属性に適性がなければ使えない。ビリビリも出ない。当然だろう、この世界では雷属性というのは風と水の混合属性なのだから。
そして属性ということは魔力が一定以上ないと扱えないということになる。
さらに、魔力を篭めたり纏わせたりすることができなければ当然ビリビリも出ない。普通の槍とかわらないわけだ。
だが、これらの条件をクリアすると、篭めた魔力量によっては凄まじい威力を発する、まさに『伝説の武器』なのだ。
そして、適性がある者が魔力を篭めるか纏わせると、その者のイメージ通りに扱いやすいように、柄の長さが変わる。といっても変化範囲は槍として扱える範囲に限られる。何mにも伸びるわけではないし、ポケットに収まるサイズになるわけでもない。当然、穂先のところも変化しない。イメージ通りとは言ってもいわゆる『如意棒』のように自由に変化させられるわけでもない。
それでも、何度も言うが、正真正銘、『伝説の武器』なのである。
ではなぜ宝物庫に安置…、いや埃をかぶって無造作に箱に入っていただけで、カバーはついていたが厳重に高価な布に包まれていたわけでもなく、みすぼらしい箱だったし、鍵がかかっていたわけでもなく、その他のそこそこの武器類がある場所に、そう、放置されていたのか?
その理由はもうだいたいお分かりかもしれない。そうなのだ。この槍は持ち主をかなり選ぶのだ。
達人級の騎士ともなれば、無意識に強化魔法を使っていたり、装備に魔力を纏わせることができるようになるので、そういった者のうち、属性に適性があればビリビリが出せる。
だが魔力操作ができないし、相当の訓練をしなければ制御できないので、たまにビリビリが出る、偶然出る、といった程度でしかないのだ。
それは、無意識に強化魔法を使うことができるようになるまでの達人が、意識して魔力操作をしているのではなく修練によって、それを魔力操作だとは認識せずにやっているからだ。
ならば、それが魔力操作なんだと理解すれば、習得が早くなるのではないかと考えるものも過去には居た。
だが、魔力操作の訓練と武術の訓練とは、魔力操作というカテゴリーにおいてでは、かなり違うのだ。魔力操作は言ってみれば汎用的であり、武術における魔力操作はそれに特化したものだからだ。
確かに、魔力操作の方法ひとつを無意識に発動できるレベルにまで習得できたのだから、他にも応用が利くかもしれない。現に、剣の達人級の者が斧や槍でも魔力を纏わせて戦っていた記録がある。
しかしそれは武術における、あくまでも無意識による魔力操作の応用であり、これが魔力操作だと理解していたかどうかは分からないが、その達人の記録にはその者が魔法にも熟達していたという記述はないのだ。
ぶっちゃけるとそれこそその当人次第の話で、前提条件に2属性の適性があればの話だ。
あとは機会の問題である。
そもそも王家の宝物庫にある武器を与えられたりするほどの武力を持ち、魔力操作として他に転用できる応用力のある者で、この『サンダースピア』に触れたことのある者が居なかったのだから。
それに王家の者は、ある程度は武術も訓練するし鍛錬もするが、国で上から数えたほうが早いようなところまでは、普通はすることはない。どちらかというと軍を動かす指揮のほうが重要だからだ。
武によって成り上がり王家に入るか、簒奪などして王家となるか、ぐらいであるが、この国の歴史では前者はあっても後者はない。
その前者も、宝物庫のリストを見て、武器の記録や説明をみると『サンダースピア』程度の記述では見向きもしないのである。
仮に手にとったとしても、適性や魔力量の条件に合わないため、長さは前の持ち主に合ったものであるから、長さ的には使えないこともないが、不満が残るサイズやバランスの槍、ということになってしまう、ゆえに使えない武器、というレッテルを貼られてしまう。
説明には電撃が出ると書かれていても、出ない。バランスのよくない伝説の武器、ということになる。
柄だけ交換、などできるはずもない。何の素材でできているかすらわからず、口金などと呼んでいるが継ぎ目など見当たらない。少し擦り切れている柄に巻かれた繊維も、一体何でできているのかわからない。そんな武器、一体誰が柄の交換など引き受けるものか。国宝級なのだし。
あとは重さである。魔力を自然に篭めることができないなら、その者にとってはとんでもなく重く思えてしまうのだ。
ただの鉄の棒のほうがまだマシとも言える。
そんな槍、いくら伝説でビリビリするとか電撃を与えるとか言われていたところで、使う者など居なかったのだし、高価だとはわかっていても、使える者もいなければ、伝わっていた能力はただのビリビリする程度、欲しがるものは居てもコストに見合わない。
だから放置され忘れられていたわけである。
箱がぼろぼろだったわけだ。
もちろん魔導師――この国では適性があり魔法が使え、国の研究機関でもある魔法学院で学位を修めた者をそう呼ぶ――なら適性がある者も居るだろう。だがそういう者は武器を扱う訓練をほとんどしていないのが普通なのだ。
ましてや武器に魔力を篭める、魔力を纏わせる、などというのはその武器に熟達した者でなければできないことなのだ。普通は。
ところがそれを一足飛びにやっちゃってしまえるのが普通じゃないこのメルリアーヴェル姫だ。
彼女が手にした時、無意識にいつもやっているように魔力を篭めたため、丁度いい長さになったのだが、彼女はそれに気付いていなかった。
いつもやっているのは、大人の騎士に混じって訓練したりするので、力負けしないようにいつしかそうできちゃっていたのだ。全くおそろしい子である。
当然のことながら周囲の大人には魔力感知などちゃんとできる者などいないので、メルリアーヴェルがそんなことをやっているなど分かろうはずもなく、武の天才だ、あの若さで達人級に片足を突っ込んでいる、などという始末であった。
宝物庫の武器コーナー、陳列されているのではない、箱に入れて無造作に積まれているような場所、そこからこんなものを引き当てるのだから、属性に適性があるやつってものは侮れない。
収納棚の下段の扉が開いたとき、あれこれ物色するようなことすらせず、ほとんどまっすぐ、といっていいぐらいその『サンダースピア』を取り出したのは初歩の魔力感知ができていたがゆえに、適性の合うこの武器に共振現象のように彼女の心に響いたことが理由だろう。
まさに鬼に金棒、メルリアーヴェル姫に雷槍というやつである。
当人にとっては大幸運、周囲にとってはどうなんだろう?
とまぁそんなこんなで、今はまだちょっと、いや、割と?、大分?、相対した者が手加減もあってか、ビリビリを食らって少しの間痺れる追加効果がでるぐらいだが、とにかく騎士団の者にとっては迷惑な、当人にとってはゴキゲンな武器を手に入れることができたのだった。
20180715:漢字ミス。銅金⇒胴金。名称をミスるとは…orz
20210403:サブタイトルのルビを削除





