1ー039 ~ 燻製小屋
結局その日は1日、森の家に居た。
ぼーっと座ってるのがなんだか辛くて、剣でも振るか、って庭――だよな?、何だか前より広くなってるような気が…――で剣の訓練をしていたら、リンちゃんに見つかって叱られた。
その声でベニさんも来て叱られた。
それなら魔法の訓練ならいいかな、って言ったら『あれだけ魔力を消耗したのをお忘れですか!』って2人から叱られた。
その騒ぎでモモさんアオさんミドリさんも来た。
「今日1日ぐらいは休養して皆を安心させてくださいね」
「昨日は本当にひどい状態だったのですよ?、元気になったのを見せたいのかもしれませんが、限度というものがありますよ」
「急ぎの御用があるのでしたらタケル様の代わりに私がやりますよ~?」
ミドリさんだけ方向性が違う気がしたけど、やんわりと窘められてしまった。
仕方がないのでリビングのソファーでぼーっとしていたら、アオさんがチェスっぽいボードゲームを持ってきて、『お相手してもらってもいいですか?』ってちょっと照れたように言ってくれたんだけど…。
- すみません、それルールを知らないんですよ…。
断ったつもりだったのに、教えてもらいながら覚えることになってしまった。
こういうの苦手なんだよ…。
小学校ん時だったかな、地区の自治会だか子供会だか何かで、ルール知らないから無理だって言ってるのに、近くにいたおばちゃんに、『やってみないと分からないでしょ!、全くそれでも男かい?!、情けないねぇ!』とか言われて、ルールばっちり知ってて強いからなのだろう、相手にあぶれている女の子の前に座らされたんだよ。
渋々、本当に渋々、風車に立ち向かうドンなんとかって騎士のほうがマシだろうっていうような心境で始まったんだよ。
コマは先に並べてあったから、尚更わけがわからなかった。
しかもルールの説明なんて誰もしてくれない。
これはこっちに行けるの?、って尋ねたときだけ答えてくれて、何をどうすりゃいいのかもさっぱりわからない。
とにかくキングのコマを取られたら負けってことだけは分かったけども。
それなのに、そいつ、俺のキングのコマを残して他のコマ全部とりやがったんだ!
ああ、今なら知ってるよ!、途中で『負けました』って終了できるって。
でもその時は、キングが取られていないならまだ終わってない、って言われてさ、その拷問のような、どうすりゃいいんだよ…ってずっと苛まれる時間を過ごしたわけだ。
ひでぇだろ?、俺その手のボードゲーム、人生初だったんだぜ?、それでそんな事されたらさ、もうこの手のゲームなんて二度とやるか!、ってなるじゃん?、な?
しかも途中ずっと笑ってやんのよそいつ。最後、俺のコマがキングだけになった瞬間『ぎゃっははは、裸の王様だ!、あーっははは』って笑い転げやがったんだ。
俺、しばらく夢に出たよ?、これ。
ということがあってから、対戦型のボードゲームなんて見るのもイヤでさ、他人がやってるのを見ても何とも思わなくなったのは成人してからかな。
大学のサークルの部室にあったから、時々誰かがやってたりしたし。それで慣れた。
アオさんも女性だし、でも無下に断るのもアレだし…、きっとアオさんも俺がヒマそうにしてるのを見かねて、気を遣ってくれたんだろうし、で、内心すごくイヤだったんだけど、顔には出さないようにして、教わったんだ。
アオさんは、最初からいきなり対戦のようなことをせずに、ひとつずつのコマの働きを丁寧に教えてくれた。
そして、一通り教えてくれたあと、いわゆる将棋でいう詰将棋のような、パズルを組んで、『次はあなたの番です、どうすればこのキングがとれますか?』ってのをずっとやってくれたんだ。
結局、昼食までの間、一度も対戦なんてしなかった。
俺も、こういう楽しみ方があるのか、って思ったしパズルを解くのは嫌いじゃなかったので、結構楽しめた。
お昼ができたって呼ばれたときに、アオさんに『楽しかったです、ありがとうございます』って言ったらにっこり微笑んでくれた。
対戦型のボードゲームをちょっと見直したのもあって、何か嬉しかった。
●○●○●○●
お昼のデザートに出た木の実が、いい香りだったんで、あれ?、もしかしたらこれって最初の頃一度だけ燻製に使ったことあったような…?、って思ったんで、尋ねた。
「ああ、これはクラムの実といいまして、火を通すとこのように軟らかくなって香りが立つんです」
まだあるようなので、少し分けてもらって、あの時の燻製を再現してみることにした。
あの時は、外側の殻を割って中身を取り出したはいいけれど、そのまま食べるには硬いしどうしたもんかと思って、軽く火で炙ったらいい香りがしたから、ガリガリ削って燻すほうに使ったんだっけかな?
いや、そうしようとして、削ったやつを集めてた器に手があたって、台から落ちちゃって、そんで燻製塩汁を作ってた鍋に少し入ったんだった。
ああそうそう、そんで急いで匙でその粉を取り出そうとしたんだけど、溶けたみたいになって焦ったんだった。あはは、そうそう。
そんで結局少しそいつが混じった汁に肉を漬けて、あとは当初の予定通りに残った実を削ったやつと、サクラみたいな香りがする枝とで燻したんだった。
おお、ちゃんと思い出せたぞ。
あれが結構美味い燻製になったんだよな、でもそれからその実が見つからなくて1度もできなかったんだ。
よし、再現してやろうじゃないか!
●○●○●○●
それで燻製できるところに行ってちょっと試してみたいことがあるって言ったらさ、『ご案内します』って言われて、え!?、って戸惑ったよ。
だってちょっと燻製するのに、まぁ最初のは俺だけのやつでいろいろ小さかったけどさ、モモさんたちが燻製してるとこって、リンちゃんがふたまわりぐらい大きいのつくった燻製器や竈やらを移設した部屋のことだよね?
そんな『ご案内』なんて大げさなものでは…、場所教えてくれたら行ってくるよ?
と、思ったのだが甘かった。
うん。『ご案内』、必要だったよ。
最初に聞いたとき、もう謎のいやな予感メーターの針が右側にぐいーんって動いたんだよね。
『すぐ隣』って聞いてたから、いつも出入りしてる庭だの玄関だのリビングのほうじゃなくて、裏手にあるんだろうなーぐらいに思ってた。
え?、どこ行くの?、っていうぐらいの距離に作られてた。いや、距離的には30mぐらいしかないんだけど、結界があって見えない。
魔力感知には反応あったんで、なんかでかい結界があるなーって、前から気にはなってたんだけど、まさかそれと燻製小屋とが結びつくわけないじゃん!?
で、ペンダント渡されて結界に入って、柱んとこで登録してペンダントを返し、改めてその建物を見た俺。
- えーっと、一応訊くけど、これ、何ですか?、倉庫?
『燻製小屋ですよ?、タケル様。ご案内しますって言ったじゃないですか』
微笑でそう答えるミドリさん。
- そうですね…、わかりました、んじゃ中へ入りましょうか。
小屋ってレベルじゃねーぞこれ!、もういやな予感がビンビンだぜ!
中に入ると靴を脱いでこちらへって横手の布をよけて通された。
うわーなにこれ、廊下の途中で周囲からシュババババってなんか空気吹き付けられたぞ!?
「そちらで手と顔を洗ったら、こちらに着替えてくださいね」
- あっはい…。
俺、これ知ってる。営業で上司についてった食品工場がこんな感じだった。
ほらな?、小屋じゃないだろ?、工場だよなこれもう絶対。
うん、こうなったらもう腹括った。どうせ頭巾やマスクなんてのがこの着替えに、な?、ちゃんとあったよ。
そうだよな、あれだけの人数が俺のレシピの燻製を求めていたんだから、こうなるのも必然ってもんだよな…、でもさ、この規模の工場を、モモさんたち4人で回せるもんか?、ちょっと不安になってきたんだけどさ、今のうち覚悟しといたほうがいいかな?
でもちょっと言わせてくれ。
俺は、あくまで、一人でやっていた時のように、気軽に、この、クラムの実だっけ?、これの、テストを、したかっただけなんだよぉぉ!!
こんな工場でやるのなんて求めてないっ!!
「タケル様?、どうされました?」
- あっはいはい、着替えましたよ。
「ではこちらへどうぞ、紹介しますので」
紹介?、誰に?、うん、もういいや、流れに乗ろう。
「こちらがこの燻製小屋の作業管理責任者、N>H#=(さんです」
「お初にお目にかかります、タケル様。ミルクとお呼びください」
- タケルです。よろしくお願いします…。
な?、作業管理責任者だってさ。
な?、とんでもないことになってたろ?





