1ー030 ~ サイモン
例によって『鷹の爪』の4人は森の家の設備に驚喜した。とくにお風呂の設備に。
ここは風呂場なんて1つしかないので、もちろん交代で入った。
「いろいろすごい!、すごかった!、とにかくすごかった!」
「いいから髪拭いてさっさと服着て来い!」
バスタオル姿で脱衣所から飛び出してきて大興奮で報告しまくるエッダさん。報告になってないけど。
それを注意してるのはクラッドさんね。
エッダさんが飛び出してきたときには何事か!、って思ったようで一瞬で椅子から立ち上がって背中と腰に手をやっていたのはさすがだ。
大楯と剣はリビングの壁にかけてあるんだけどね。
お風呂上りに脱衣所の冷蔵庫から豆乳を渡されたのだろう。飲み終わったビンはあっちに回収箱があるのでちゃんと入れてきてほしい。あーもー振り回したら雫が飛ぶじゃないか。
あとはまぁ、お決まりのトイレ設備だの水道設備だのというのやら、洗髪用品で髪がツヤツヤのサラサラになっただのというような話だ。
改めて言うようなことでもない。
「タケル様はこんな生活をなさってたんですね…」
しみじみ言うプラムさん。
「そりゃ実際に泊まるわけじゃないなら『キチン宿』で充分なわけだよ」
納得した様子のサイモンさん。
エッダさんはリビングのソファーでいろいろ喋ってる。時々『ズルい!』とか聞こえるのをクラッドさんが隣で相手している。
モモさんとベニさんは俺たちにお茶を用意したり、お茶請けを補充したりして、対面キッチンの向こう側でにこにこしている。
アオさんとミドリさんは暖炉のそばの小テーブルのところで、何かチェスみたいなボードゲームで対戦しているようだ。
ああ、あれ『勇者の宿』で待機してる兵士さんがたまにやってたな。
「こんな、美しい女性たちに囲まれて生活していたなんて、びっくりだよ…」
サイモンさんはチラチラとモモさんを盗み見ているようだけど、たぶんもう見てるのバレてますよ。
- 毎日ここに帰って住んでいるわけではないんですよ。時々ですね。
「そうなのかい?」
実際、ここに寝泊りしたのはまだ数えるほどしかない。
- はい、ここはできてまだ新しいんですよ。でも帰る場所があるのは良い事だとは思います。
あれこれ変わってるの知らなかったしな。俺の家っていう実感はまだないけど、帰ってきても良い場所だとは思ってる。
「拠点か。冒険者をしているといつかは、とは思うんだけどね。野営や宿屋に慣れてしまったというか、家を持ったところで今の生活だと家を空けることが多くなってしまうし…」
「でもいつかは、それが冒険者を引退したときか、腰を据えてかはわかりませんけれど、家をもちたいという気持ちはありますよ。ですからタケル様が少し羨ましいです私は」
「それはあるね。でもプラムは実家があるだろう?」
「今更実家に戻っても邪魔者扱いされるだけですよ」
「それもそうか」
- ところで、今後の予定ですが、ツギのダンジョンの3層について、調査依頼って出るでしょうか?
「あの調子ではすぐに、という訳じゃないだろうが、出るだろうね」
- 査定ですか?
「うん。でももしかしたら、調査依頼を先に出してくる可能性もある」
- 遊ばせておくわけにはいかない、と?
「まぁ、そうだね。もっと泥臭い意図もあるかもしれないが、それは考えなくてもいいだろう。それでタケル君、調査依頼が出たら受けるのかい?」
- はい、乗りかけた船、と言いますか、やりかけた仕事を今回途中で切り上げて帰ってきちゃいましたし。あれ?、もしかしてサイモンさん?
ふと、何となくだが『受けるのかい?』と言ったサイモンさんの表情は、口元には微笑みがあったが、俺の返事を聞いているうちに目だけが笑っていないような気がして、これはもしかしたら断るつもりなのではないかと思ったのだ。
「うん、そのもしかして、だね。クラッドたちとも少し話したんだが、正直『鷹の爪』としてはあの2層にいたヒュージスネークですら荷が勝ちすぎるんだ。1層のジャイアントリザードですら無傷で倒せるのはおそらく同時に相手取るなら4体、いや3体だろう。そのまま連戦となると3回目には危ういかもしれない。それぐらいのリスクがある魔物なんだよ、あれは」
- そうですね、言われてみればその通りです。僕だって魔法であっさり対処してますが、魔法が無ければあんなでかいヘビは倒せる自信がないですね。
「だからもしギルドから3層の調査依頼がでても、断ろうかと思っているんだよ、タケル君がやる気を出している所に水を差すようで悪いんだけどね」
- いいえ、それはリーダーとして正しい選択だと思います。
「そうかい?、そう言ってくれると気が楽になるよ。クラッドたちと話したときにはプラムは居なかったが、どうだい?」
「そうですね、私がタケル様や師匠に付いて行ったところで、お荷物どころか足を引っ張ることになるでしょうね。気持ち的には行動を共にして、常に教えを乞いたい、教わりたいと思っていますが…」
- サイモンさん、
「ん?」
- サイモンさんは別にすぐこの街というか『ツギの街』を離れる予定があるわけじゃないんですよね?
「うん、そうだね。まだこの街で活動するだろう」
- プラムさん、どれぐらい本気で僕たちと行動を共にしたいと思ってますか?、あ、もちろんずっとではありませんが。
「ご迷惑をお掛けするのを承知で、せめて魔法感知でエッダの手伝いがある程度でもできるようになるまでは…、と思っています」
うん、目が真剣だ。隣のリンちゃんを見ると、プラムさんを見つめていた。
「その意気や良し!、デス。あたしを師匠と呼ぶならお前は弟子なのデス。ビシビシ鍛えてやるデス!」
あ、黒リン入ってる、まずい、サイモンさんがちょっと引いてる。あ、サイモンさんは黒リンモード初めてか?
- あ、ちょっとちょっと、リンちゃん待って。サイモンさん、こういうわけなのでプラムさんをしばらく預かっても構いませんか?、『ツギの街』を離れるかどうか尋ねたのはそういう意図だったんですが、もう当人たちがやる気になっちゃってますね、あはは…。
「うちとしてもプラムを鍛えてもらえるなら助かるから、むしろぜひお願いしたいかな」
- わかりました。そういうわけでプラムさん、もし3層の調査依頼が出れば僕たちはそれを受けます。そのときついて来ても構いません。安全は保障できませんが、何とかなるとは思っています。それでもいいなら一緒に修行しましょう。
「はい!、よろしくお願いします、タケル様、師匠!」
普段のプラムさんからはちょっと考えにくいけど、このひとって、こと魔法に関しては結構熱血なんだよね。
ここんとこヒマさえあれば魔力感知とか魔力操作の訓練やってるしさ。
俺なんかより相当訓練時間多いよ?、だからこの迫力も頷ける。
うん。頷けるから、こっち来ないで?、ハウスハウス。
●○●○●○●
翌日、サイモンさんには森の家の実際の場所を教えて、結界を通る許可証――ペンダントだった。こういうの好きね、精霊さん――を渡しておいた。
『キチン宿』に飛んで、ぞろぞろ部屋から出て行った。やはり宿の店主は受付カウンターのところで怪訝そうな顔をしていた。でも何も言われなかったので良し。
冒険者ギルドに行ってみたが、昨日の今日では特に進展があるわけでもなし、なので裏で訓練をし、昼食を食べに行き、また訓練をしたりという、平凡な1日となった。
さらに翌日。
冒険者ギルド前でばったりサイモンさんに会った。というか待っててくれていたようだ。
ちょっとゆっくり目に出たもんな。待たせちゃいましたか?、って訊いたけどそれほどでもないって言われた。
ギルド長からサイモンさんの居る宿に昨夜、呼び出しがあったようだ。
『キチン宿』には伝えたらしいけど、宿のおっちゃん今朝なんにも言ってくれなかったぞ?、まぁ安宿ってそんなもんかもしんないな…。
一緒に中に入ると、受付のおっちゃん…ダミアンさんだっけ?、そんな悪魔みたいな名前じゃなかったような気が…、うん、魅惑のバストの受付嬢じゃないもんね、忘れたごめん。
おおっとリンちゃんどうして急にピタっとくっついて俺の腕を抱えてるのかなー?、こっちは何でもありませんよー?、何かありましたかー?
とにかくそのひとが後ろを振り返り、奥のほうに合図した。
またギルド長室かなーなんて思ってたら、ギルド長が出てきて、手招きしてそのまま裏から出ていった。
サイモンさんと顔を見合わせて、二人して『しょうがないな』、みたいな表情でついていく。
倉庫につくと、先日と同じようにギルド職員たちがいて、ギルド長が話す。
「んじゃ残りのを出してもらえるか?、あと7匹だったよな?」
- はい。でもそれって蛇だけですよ?、小型から中型のトカゲが結構あるんですけどどうしましょう?
「なんだと!?、聞いてないぞ!?、どれだけあるんだ!」
そんな怒鳴らなくても…、何匹あったかな?、倒したやつ片っ端から入れてったんでちゃんと数えてないな。
とか考えながら腰のポーチに手を突っ込んでリストって感じで思い浮かべてみると、突っ込んだ手の感触っていうか、何かよくわからないしくみでイメージが浮かぶんだよね、魔法って不思議。
- えーっと…、36匹ですね。
「そんなにあるのか…、しかしよくそれだけの量が入るな。前に聞いたことのある魔法の袋はそんなに入るもんじゃなかったと思ったが……、とにかくそいつはあとだ、ヘビだけ出してくれるか?」
- わかりました。
そう言ってヘビの死体を倉庫に並べていく。7匹。あ、結構余裕あるな、短い…といっても15mぐらいだけど、30mのよりは細いもんな。それでも直径たぶん60cmぐらいあるんだけど。
並べてる途中、ギルド長と職員さん1人が打ち合わせをしているのが見えた。
たぶん段取りとかだろう。
- これでヘビは終わりです。
「ご苦労。あの端の空いてるところにそのトカゲも並べられるだけ並べてくれ、少し間隔をあけてくれると助かる。出してくれたトカゲはすぐ買い取れるぞ」
- そうですか、わかりました。
まぁ36匹だもんな、さっきちらっと『剥ぎ取りの依頼』とか、『張り出します』とか聞こえたんで、手隙の冒険者向けに剥ぎ取りの依頼でも掲示板に出すんだろう。
状態のあまりよくないやつ、何匹かポーチにおいといて、俺も剥ぎ取りの練習しようかな。プラムさんが剥ぎ取り上手かったし、教えてもらいながらさ。
なら、状態のいいものから並べていくか。
- これぐらいでいいですか?
「ご苦労さん、しかしヘビと違ってトカゲのほうは倒し方が一定してないな。このあたりのはお前さんで、これは『鷹の爪』か?、手前のほうは随分荒いな、何だこの切り口は」
「ヘビにかみ千切られたやつですね。酷いのは革もズタズタだったので置いてきましたが、ましなのは持って帰ったんですよ」
「そういうことか。よし、わかった。んじゃギルド長室に来てくれ」
「はい」
査定か依頼か、どっちかな?
●○●○●○●
「査定だが、ジャイアントリザードについてはほぼ最高額の値がついた。王都のギルドからも応援が来てくれてな。話をしてみたが、ヒュージスネークの皮と一緒に一部ジャイアントリザードの皮もオークションに出してみようかと考えている」
「はい」
「そこで、だ。全部買い取るよりも、そのオークションに出品しないものだけを買い取り、あとはオークション結果を待つほうがお前さんがたには得なんじゃないかと思ってな、どうしたい?」
「うちはそれで問題ありません。タケル君はどうだい?」
- あっはい。それでお願いします。
「そうか。ならそうしよう。今日のヘビもたぶん、いや、全部オークション行きのほうがいいだろう。30匹分のトカゲについては買取査定を今やってもらっている。あとでカウンターで金を受け取るといい」
「わかりました」
「で、だ。ダンジョン調査の話だが…、一応は前回依頼したものはまだ完了扱いじゃなかったが、内容が内容だったので、あれで一旦完了のサインをした。これが報酬の明細だ、確認してくれ」
と、木板2枚に挟まれた書類をサイモンさんに渡す。
受け取って開いて書類を確認するサイモンさん。
横から覗き込むのもアレなんで、書類を見ているサイモンさんを何ともなしに見ていたんだが、彼はしばらく書類を目で追ってから、すこし溜息をついた。
「タケル君、これはほとんどタケル君の成果だ。
うちとしては最初の1戦と、ジャイアントリザード10体の剥ぎ取り、1層の細々とした調査、2層では軽い斥候と進行ルートの確保…という程でもなかったが、それと2層から帰還まで12名の救助補佐ぐらいなんだよ。
だからこんな大金を貰えるような仕事をしたとは考えていないんだ。
本当に頭割りにしてしまっていいのかい?」
- はい、その件は最初にお話したときと、途中に確認しましたよね?、こちらもサイモンさんたちが居てくれて助かったってところがかなりあるんですよ。
むしろ2チーム合同で折半だなんてこちらが恐れ多いぐらいなんです。
って何度も言ってますよね?、ですから頭割りでお願いします。
「そうか、タケル君がそう言ってくれるのなら。ありがとう」
- こちらこそですよ。いろいろと勉強になりました。ありがとうございます。
そう言うとサイモンさんは少し驚いたようだったが、ギルド長に向き直ると、
「確認しました」
と言ってささっとサインをしてギルド長に返す。
ギルド長は頷いてから明細書のほうをサイモンさんに手渡しながら、
「ここで預り証を出すこともできるが、現金のほうがいいだろうとおもって用意してある」
と言って皮袋がまとめて入れられた木箱を足元から2つ、持ち上げて執務机の上に置いた。
「金貨でいいんだよな?」
ニヤリと笑うギルド長。
「小分けしてくれたんですか、ありがとうございます」
「なに、こちらも数えるついでだ。皮袋はサービスしておく」
「助かります」
サイモンさんがこちらの分の箱を持ち上げて俺に渡す。
脇においていた皮袋に自分たちの分をいれていく。
俺のほうは箱をリンちゃんに向けたらリンちゃんが皮袋を鞄に入れていった。
あ、箱を渡したつもりだったんだけど。いいのか。箱は返すんだし。
「それで、3層の調査依頼を出したとして、受けてくれるのか?」
サイモンさんの動きが一瞬だけピタっと止まった。
その一瞬を見て、でも予想はしていたのだろう、ひとつ頷いた。
「やはりダメか?、勇者様はどうだ?」
- 僕のほうは受けても構わないと思っています。
安堵の溜息を少しついたギルド長。渋い表情のサイモンさん。
大丈夫ですって、ちゃんとわかってます。責めたりしませんって。
「ギルドとしては助かるが、勇者様んとこはその2人だけだろう?、依頼しておいて何だが、大丈夫なのか?」
- あ、『鷹の爪』からプラムさんをお借りしますので、3人ですね。
「プラム…、ってーと魔法使いか。前衛はお前さんがやるのか?、いや、詮索しちゃいかんな。サイモン…、も認めてるのか。なら問題ないという判断なんだな?」
ちらっとサイモンさんの様子を見たんだろう。
- はい。今回は遭難者も居ないでしょうし、調査だけで済みますから。
「そうか、ならよろしく頼む。いつ出られる?」
- 今日は準備にあてて、明日の午前中に出る感じでしょうか。
「行く前にギルドに寄ってくれ。依頼書を作っておく」
- はい、わかりました。
サイモンさんとの話でも言ったけど、やっぱり『やりかけの仕事』って感じなんだよね、だから依頼があってもなくても行くつもりだったんだ。
あ、今日のうちにサイモンさんに準備するものとかちゃんと聞いておこう。
こういうのは大体分かってるつもりでも足りないことがあるからな。
ギルドを一緒に出たけど、なんか話し辛そうな雰囲気を漂わせて宿に戻ろうとしていたサイモンさんを呼び止める。
- あ、サイモンさん!
「ん?、ああ、どうした?」
- 大体わかっているつもりですけど、やっぱりちゃんと用意するものとか聞いておきたいなって思いまして。
「あ、そうか。うん、じゃ一緒にきてくれるかい?」
- はい。あ、サイモンさん、依頼を断ったことはちゃんと話し合ったじゃないですか。大丈夫です、わかってます、僕は気にしませんよ?
「そうか。ありがとう、それと、プラムのことくれぐれもよろしく頼むよ」
そう言って少し微笑んだサイモンさん。
そんなに気にすることないんですよ?、前にも言ったけどリーダーとして正しい判断だと思いますし。とは口にしないで返事に篭めることにした。
- はい!、頼まれました、あはは。
言いながら歩いてサイモンさんを追い抜くと、彼は軽く僕の肩をぽんと叩いて横にならんで歩き始めた。





