5ー035 ~ 後始末と展望台・勇者3人PT
「お姉さま?、タケル様のお部屋で何があったのですか?」
「ん?、いや、知らぬ」
「…何も?」
「…な、何かあったのか?」
「それを問いかけているのは私なのですよ?、お姉さま」
「…何かあったとは聞いてないのじゃ」
「そうでしょうね。…はぁ…。タケルさまの部屋にある機器類が全て使用不能になっていたんです。ホームコアは停止して再起動も不能、転移石板も壊れてました。ピヨのトイレ…は今は困りませんが、動作不能でしたし今は不要ですので撤去しておきました」
「し、知らぬのじゃ」
「私は上空のエスキュリオスから戻るだけでしたので転移石板が無くても今回は何とかなりましたが、もし里や森の家から戻る場合、母艦が居なければ戻れないところでした」
「……」
「地上を監視していた者たちが、ホームコアとの通信が切断された時刻に異常な魔力値を計測したと青い顔で報告を上げてきまして、私やベートリオ様がすぐ対処できたからいいものの、危うく大騒ぎになるところでした」
「……」
「その原因としての最有力候補、寧ろお姉さましか原因として考えられないのですが?」
「……」
「どうなんです?」
「済まぬ…、吾のせいなのじゃ」
「それはわかってます。私が尋ねているのはその理由です」
「う…、あの者にちと釘をさしたのじゃ」
「ん?、ああ、クリスさんですか。それがどうして…、あ、さては余計な脅しを入れたのでしょう?」
「よ、余計なとは何じゃ、必要な」
「川小屋の管理システムが使い物にならなくなることの方が重要です。タケルさまのお部屋以外のものは空調や照明など一部動作可能でしたが、ホームコアや管理システムの事を思えば些細なことです。被害総額を知りたいですか?」
「済まなかった。悪かったのじゃ」
「はい、充分に反省してくださいね?、だいたい釘をさすぐらいなら言葉で少し言えば良いだけではありませんか。何も力を奮ってまで脅す必要は無いはずです。しかもタケルさまとあたしが居ない時を見計らいましたね?、なおさら質が悪いですよ?、幸い水回りはアクアに頼んであるので事無きを得ましたが――」
リンのお説教はまだまだ続く。
●○●○●○●
夕食前に川小屋に戻ってこれた。
しかし何だか雰囲気が妙だった。
入口に結界が無かったのと、いま目の前でちょっとぴりぴりしてるリンちゃんのせいかも。
「おかえりなさいませ、タケルさま、どこに行かれてたんです?」
と言ってる表情は笑顔だけどいつもよりちょっと声も硬いっていうか…。
また黙ってひとりで出掛けたからぴりぴりしてるのかな…?、という事は俺のせいか…。
でもさー、ここでヒマそうにしてたら模擬戦してくれだの指導してくれだの言われそうだったからなぁ…。
- ただいま。えっと、散歩してたらほら、前は何も無かったけど、今は何かいろいろ建てられてるし道もできてるでしょ?
「そうですね」
だから、なんか言い訳しなくちゃいけないような気がしたんだよ。
- それで地図作って見てみたら前にロスタニアの山沿いのとこにダンジョンじゃなかった場所があったんだけどね、
「はい」
- そこが、こう、崖になってて岩が風化してて崩れたりしてるとこでね、
「はい」
- そこの麓のところって木が少なかったからか、村ができつつあってさ、
「はい」
俺は川小屋に入ってすぐのところでリンちゃんに言い訳してるんだけど、ここでリビングのところに居たシオリさんが地図をぺらぺら見て、俺が言ってる箇所を確認しているようだった。
あ、あの地図、今日俺が作ってネリさんたちに取られたやつだ。
- そんなとこに上から落石とかあったら大変だろうと思って、補強工事をしてたんだけどね、
「はい」
- そしたらロスタニアの調査隊ってひとたちに見つかっちゃって『崖の上下で行き来が可能なようにできませんか?』なんて言われたんで、じゃあどうせならってことで階段と展望台と滝と住居と用水路と道を作ってたんで遅くなっちゃったんだよ。
「…はい?」
滝ってのは、実は崖の上の奥の方に池があってさ、その池ってカルバス川本流に合流してる支流の一部が分岐してきて流れ込んでるんだけどね、出て行くところが無いなと思って首飾りのウィノアさんに尋ねたら地下に浸み込んで、崖を形成している岩の裏側を通ってそのまま地下水としてカルバス川本流に繋がってるんだってさ。
で、そのままだと崖の表面が風化していくに従い、水の浸食と相俟ってぼろぼろ崩れていくんだと。それが現在下に散らばってる落石と、でっかく剥がれた岩の板なんだって教えてもらったんだ。
そんなの聞いちゃったらほっとけないだろ?
というわけで、ウィノアさんと相談&協力してもらいながら適度に水の流れる先を作ったのが、滝と用水路なわけ。階段は崖にめり込む形でつくるし、崖の補強が目的なんだから柱も何本か作ることになる。それで間を壁と窓で埋めたら住居ができちゃったわけだ。
住居って言うからにはちゃんと水が各フロアで使えるようになっている。そこはウィノアさんがちゃちゃっとやってくれた。下水も完備してるって言ってたけど、俺がしたことは作った住居のここにパイプを通してここに穴を開けてくれと言われて従っただけだったりする。
水道は例の、『押す』って書いてる円形の石を押し込んだら水が出て、しばらくしたら石が元通り出っ張って水が止まるやつね。どーなってんだって思ったら水圧を利用してた。スゲー。
そんでもってそんな集合住宅になるならと、外観を整えたら神殿みたいになっちゃってさ、そしたら前に噴水があったら綺麗だよね、ってことで高低差を利用した噴水ができてしまった。
立派な建物があったら道もちゃんとしないとねってことで、村までの道と用水路ができたってわけ。
まぁそんなの一言じゃ伝わらないよね、ってことでポーチから用意しておいた俯瞰図と地図を取りだして見せる。
- こんな感じ。こっちが元で、こっちが後。
元はゆるいV字型に切れ込んだような崖で、そこに崩れた岩と岩板が屋根になった浅い洞窟があった場所。
それがなんということでしょう、両サイドに螺旋階段の塔が見え、前庭には噴水のある池、そこから流れる清らかな水路が模様を織りなす美しい神殿のような建物になっているじゃありませんか。
もちろん緩やかなカーブを描く道には柵があり、区画整理されたような枠がある事からもわかるように、今後は道沿いに建物が造られることでしょう。
最初に『帰ってこれた』って言ったのはそういう作業が結構時間がかかったからだ。
「……はぁ、もういいです。タケルさま、入浴は…不要そうですが、食事の前に入られます?」
予想はしてたけど、ささっと見てさっと返されてしまった。
入浴が不要だと言われたのは、最後に滝と滝つぼや小川の開通の時にずぶ濡れになったりしたのを、ウィノアさんが過保護を発揮して綺麗にしてくれたからで、例によってほんのり花か何かのいい香りがしてるせいだろう。
おかげですぐバレるんだよ。ウィノアさんこれわざとやってるんだろうね。いいけどさ。
- ん、今はネリさんたちが入ってるみたいだから、寝る前でいいかな。
「そうですか。今日はちょっとホームコアが不調でして、ご不便をおかけすることがあるかも知れません」
- あ、それで入口の結界が無かったんだ。いま入ってるネリさんたちは大丈夫なの?
「はい、あ、それは大丈夫です。では夕食の支度をしますね」
- あっはい、お願いします。
リンちゃんの雰囲気が事務的っていうか堅いっていうかそんな感じがまだあったので、つい『お願いします』と頭を下げてしまった。
そう言えばテンちゃんは…、って反応がいつもより小さいな、俺の部屋の隅に居るみたいだけど、あそこってピヨのトイレじゃなかったっけ…?、何であんなとこに?
「はー、お腹空いたー、あ、タケルさんおかえりなさい。どこ行ってたの?」
「ちょっと!、まだ開けないでよ!、あ!」
俺の部屋の入口って、脱衣所に繋がる扉の横なんだよ。と言っても1mぐらい間に壁があるんだけどね、そこに行こうとしたらネリさんが脱衣所の引き戸を開けて出てきて、声を掛けるもんだからネリさんを見たら、奥にまだ下着っていうかヒモパン姿のカエデさんが、って急いで横を向いたよ。全く…。
「あーごめんごめん、でもタケルさんだから見られてもいいじゃん」
「そんなわけ無いでしょ!、早く閉めなさいよ!」
「はいはい」
どこ行ってたの?、と問いかけられていたけど、俺はこのまま部屋に入っていいんだろうかと逡巡していると、シオリさんに手招きされた。まぁ反対側を向いたらそっち見えるもんね。
「タケルさん、ちょっと」
はいはい、と返事をして行くと、俺が手にしている紙を指さした。
「良かったら見せて頂けません?」
どうぞ、と手渡すと、ビフォーとアフターを見比べて2秒停止。口が半開きのままゆっくり俺を見て、また手元の紙を見て、また俺を見た。
そりゃね、俺もやり過ぎだと思ったよ?、終わった後でだけど。
だってウィノアさんが言うんだもんよー、ここはこういう装飾はいかがでしょう?、とか、この柱はこういう流水紋がステキですよ?、とか、この蛇口はこういう意匠でとか、洗面台じゃなくて何て言うのか忘れたけど水の受け皿の外側はこんな模様でとか、やたら注文があったんだよなぁ…。
外壁の模様は、やけにおおざっぱだなーなんて思ってたら全部繋がってんのな。
さらに夕方や朝だと見る場所によっては建物を虹が囲む、らしい。
夕方は滝の下の池の四阿というか休憩所みたいになってる場所からね。
早朝だと建物に向かう道の途中の広場から。広場には水場を作れって言われて作ったら、そこに噴水ができてたんだよ。
そういう設計なんだってさ。
元々そっちを流れて行く地下水のせいで崖の内側っていうか岩の内側って浸食されててぼろぼろだったみたい。作業すんの大変だったよ。全部ウィノアさんの指示でしたことだけどさ。すげー穴掘ってすげー埋めたりパイプ設置したりした。あんなのウィノアさんが補助してくれなかったら『勇者の宿』に帰還してたかも知れん。呼吸やら不安やらで生きた心地がしなかったね。
とにかく、だから滝と言っても何て言うか、水煙みたいな滝。
一応、池の水の出口でもある小川なので崖の上から落ちてくるんだけど、それ自体の水量は大した事なくて、そっちよりもその下、つまり地下水がほとんどだから滝壺なんて全然深くない。
出てくる場所が細いのがいくつもあって、出たらすぐばらばらの水煙になる、そんな滝。
たぶんちょっと前の元の世界だったらマイナスイオンがどうのって名所になりそうな感じだね。
「あ、あの、地図で言うここ、よね?」
と、テーブルに置いてあった地図を指さす。
- はい。そこです。ダンジョンじゃ無かった穴があったとこです。
「ダンジョンじゃ無かった…?、ああ、そう書かれてたわね。ここ、そんなに危険な場所だったの?」
- はい。今すぐ崩れる危険があるというのではなくて、そのうち落石があったり、何年かしたらまた岩が剥がれて落ちてくる、みたいな気の長い危険です。
何せウィノアさんが言うんだから、もしかしたら何年じゃなく何十年かも知れないけどね。
「気の長い危険…、なるほど…。それでこんな立派な建物、どうするんですか…?」
- 僕からは特に何も。
「え?」
- 調査隊って名乗ってたロスタニア兵のひとと一緒に居た襟…じゃなくて、毬…?、いや、エリかな?、たぶんエリなんとかさんってひとが、教会で一時預かって管理します、って言ってました。
「ああ、エリマリゼね。そう、だったら悪いようにはならないわね。あ、タケルさん、この紙は写してからお返しした方がいいかしら?」
そう、そのエリマリさんだった。エリだったかマリだったかわからなくなってた。
- いえ、説明するためだけに必要だったんで、もう不要です。
「では有難く」
「あ、シオリさんちょっと見せて」
「いいわよ」
俺の後ろでうずうずした表情で待ってたネリさん、と、カエデさんが豆乳のビンをそれぞれ持ったまま、シオリさんから紙を受け取ってその向かいに座った。
ちなみにビンって言ってるけど、ガラスじゃなくてプラスチックか何かの樹脂だ。
今のところ、脱衣所の冷蔵庫に並んでいる豆乳はそのタイプだ。紙パックのものもあるみたいだけどね。豆乳以外のはだいたい紙パックだ。そういえば炭酸飲料ってリンちゃんがコップに入れて提供してくれるのはあるけど、パックとかボトル(ビン)のは無いな。
「うわ、何これお城?」
「噴水じゃんこれ、すごー」
シオリさんが何か言いたげに俺を見た。
「こっちの雲みたいなのって何?」
「シオリさん?」
「え?、ああそれ滝だそうよ?」
「「滝!?」」
たぶんやりすぎだとかそんな事だろう。
「なんかすごいね、見に行きたい」
「どこにあるの?」
「えーっと、ここ…ってことは、ここからだいたい50kmぐらい?」
「遠くない?」
「明日行く海岸より近いよ?」
「海岸ってどれぐらい?」
俺はそろそろ部屋の隅っこでじっとしてるテンちゃんが気になるんだけどな、と思ったところでリビング横の廊下の奥の扉が開いてサクラさんとクリスさんとカズさんが順に入ってきた。
「あ、タケルさんおかえりなさい」
- た、ただいま。
前に見た時はここって廊下に出る扉があったと思ったんだけどなぁ…。
「どこに行かれてたんです?」
サクラさんもか…。
その後はサクラさんたちにも説明をして、呆れられたり驚かれたりしているうちに、夕食が食卓に用意され、そっちに行って食べ始めた。
隣のリンちゃんにこそっと、『テンちゃんは?』って言うと薄く笑みを浮かべて食事の手を置き、その表情のまま俺に向き直って答えた。
『お姉さまには反省してもらってます』
その瞬間、皆の動作もピタっと停止し、1秒以内に再度動き出したが全員の顔から表情が消えていた。
- 反省…?、何があったの?
ちらっと先輩方を見回したけど、誰もこっちを見ようとしない。
「タケルさま?」
- はい…。
「タケルさまは何も心配される事はありませんからね?」
にこっと笑顔。
- そ、そう?、でも、
「タケルさま?」
- はい。
「大丈夫です」
- はい。
はい、って言うしかないよね?、これ。
ここでありがとうとか言うとまた何か言われそうだしさ…。
今日のリンちゃん、凄みがあってこわいなー…。
まぁ他のひとがこれだけ居るところで、あまり精霊さんであるリンちゃんにあれこれ言い返すのもね…。
え?、俺だってそういう気遣いぐらいはするさ。
いやほら、宗教って怖いし。
●○●○●○●
「タケルさま」
夕食後、謎のアイコンタクトを交わした俺以外が全員外に出たので鍛錬だろうと思い、俺もと一瞬思ったけどまた指導してくれだの模擬戦だの言われたらやだな、と他にすることを探すことにした。
そこで部屋の隅でまだじっとしてるテンちゃんの事を思い出して、部屋に行こうとしたら呼び止められた。
- ん?
「今日はお姉さまは反省中です。せめて今日だけはそっとしておいてくださいね?」
- あっはい。
反省中かー。
そう言えば前にファーさんが謹慎だったとき、俺と話したりすると反省にならないとか言ってたっけ。
理由はよくわからないけど、精霊さん的な何かがあるんだろう。
俺も叱られたくは無いので従おうとは思う。
けどね…?
「ところで念のためにお伺いしますが、確かカエデさんの頼みでどこかに行かれるご予定だったと思います」
- え?、ああ、はい。
「そのカエデさんは明日明後日と戻られないそうですが、タケルさまは何かご予定はありますか?」
また勝手に出かけてしまうんじゃないかって思われてそうだな、これは。
- 大丈夫、のんびりしたいと思ってるから。
「…ほんとですか?」
ほら疑ってる。
- ほんとだって。あ、リンちゃんは今って忙しい?
「え?、あたしですか?、それはそれなりにする事はありますが…」
- じゃあさ、そろそろあのティアラっていう衛星も裏側に行っちゃうみたいだし、見納めに行こう。
確か最初に聞いたとき、1年で1周みたいなことを聞いた覚えがあるんだよ。
見える側が昼間になっちゃうのかな、まぁ新月みたいなもんか。
んじゃ前にテンちゃんと見たときが一番良かったのか。満月だったしさ。
裏側に行くって意味なら今は半月みたいになってるのかも知れない。
そうなんだよ、この星の衛星(月)って複数あって同じ位置じゃないから、満ち欠けがそれぞれ違うんだよ。元の世界の月より小さいのばっかだから迫力は無いけどその分、数が多いのでこれはこれで結構綺麗だよ。実際どんな大きさなのか知らないけど、小さい岩や氷なんかも散らばってるし、街の明かりがほとんど無いから星がめちゃくちゃ見える。
「え?、いま、ですか?」
- そう、いま。
言いながらリンちゃんの手を取り、リビングから廊下を通って家の裏に出た。
うん、結界が無いな…、ホームコアが不調って言ってたけど何があったんだろうね。
「タケルさま…?」
抵抗せずに引っ張られてきたけど、俺が止まって空を見上げたのを見てどうするのか不安に思ったのかもね。
その、見上げた空は日没直後のようで、西側はやや赤いがそれほど夕焼けが濃いわけじゃなかった。
- じゃ、空がよく見えるとこに行こう。
「はい」
ひょいとお姫様抱っこをするとそのまましっかり抱き着いてきた。
飛ぶってわかったんだろうね。
実はまだどこに行くかは決めてなかったんだよ。
それで軽く飛んで空がよく見える場所ってったら、まずあの展望台じゃなくて『バルカルの大岩』を思いついたんだけど、あそこってハムラーデルの拠点なんだよね。夜まで頂上に誰か居るとは思えないけどさ、巡回の兵士さんが上がって来て見つかったらまたややこしい事になりそうだからパス。
次に思いついたのはテンちゃんの隠れ家の上ね、でもあそこはでっかい木が邪魔で空がよく見えないからパス。
で、じゃあどこがいいかっていうと、今日作って来た崖の上の展望台。
そこって灯台みたいには高くないけどちょっとした見晴らし台みたいなのを設置したのでそこがいいなってね。
まさか今日作ったとこで誰か住み着いたりはしてないだろうし、兵士さんだって配備されないだろうから、利用するなら今だなって思ったわけだ。
- リンちゃん、着いたよ。
「はい…」
返事をして俺の肩に埋めていた顔を離し、でも上着の襟のとこをちょんと摘まんで持ってる。
これは降りる気が無いな…。
空港の展望台のように、屋上っぽく作ったこの場所は、結構広い。
リンちゃんにソファーとテーブルを出してもらおうと思ってたけど、仕方がないのでさくっとテーブルを作り、柔らかい結界でソファーを作って座った。
もちろんリンちゃんは抱いたまま。
背もたれに身を預けるといい感じで空が見渡せる。
- おー、星がどんどん増えていくね。
「はい…」
って、ここってロスタニアだからか、山のほうから下りてくる風のせいか、ちょっと肌寒いな。
後ろに衝立でも立てておくか。
- リンちゃん、寒くない?
「大丈夫です…」
こうしてくっついてると可愛いんだよな。
まぁ他のひとが居る場所でこんなことできないけどさ。
しかし見つからないな、ティアラ。
ティアラじゃない衛星(月)なら見えるけどね。
いま見えてるのは満月みたいなのと三日月とか三日月の太いやつ。
あ、そうか。
もう下弦の月以上の月齢って言っていいのか知らないけど、満ち欠け具合だから、真夜中をすぎないと見えないのか。
- ティアラはまだ見えないけど、他の星々だって綺麗だからいいか…。
「はい…」
そうして、完全に夜になるまでの間、黙って空を見続けた。
- たまにはこういうのもいいね。
「はい」
リンちゃんを隣に座らせて、ポーチから水筒とコップを取り出すとリンちゃんが俺の手首を掴んだ。
「温かいお茶の方がいいのでは?」
そう言ってもう片方の手でポケットからカップを取り出して置いた。
- じゃ、お願い。
「はい♪」
淹れてもらうのを待ち、ふーと軽く吹きながら俺の適温まで冷まして飲む。うん、温まるね。
少しそうして半分ほど飲んでからカップを置いた。
- リンちゃん、今日何があったの?
そう問い掛けると少し考える素振りを見せた。
「実は…、お姉さまがクリスさんに釘をさしたらしいです」
- それって、模擬戦とか指導とかのことで?
「はい。問題はそのやり方でして、観測データによるとタケルさまのお部屋を闇で隔離したみたいです」
- あー、テンちゃんなりの脅しを入れたんだ…。
そりゃクリスさんからするとさぞ恐ろしい思いをしたことだろうね。
「はい。それでタケルさまのお部屋に設置されているホームコア以下、管理システム中枢や転移石板などが全て壊れました」
- あー…。
そうなっちゃうかー…。
「タケルさまの別宅に設置するホームコアは一般のものとは違って、その、結構お高いんですよ」
- え、そなの?
「はい、一般ホームコアには母艦と通信したり範囲結界機能など必要ありませんし、部屋や規模の増設や、規格外の住居に対応していません。特別製なんです」
- そうだったんだ。んじゃ川小屋はどうなるの?
「皆さんが眠られたあと、今晩中に総入れ替えですね」
- え?
「家屋データは幸いエスキュリオスにも森の家にもバックアップされてますから、新しいホームコアにインストールをお願いしていますし、あたしがする事はエスキュリオスに受け取りに行って戻り、古いコアと管理システムを設置しなおして起動、各回路との接続を確認したらテストモードにして動作チェックを見届けてから、エラー箇所を全て入れ替えるだけです」
だけ、って…。
- いやそれ何時間かかるの?
「テストが全てクリアでしたら1時間ほどですが、エラーがあるとひとつずつ潰してテストし直しますので最長で朝までかかります」
- リンちゃん眠れないじゃん。
「タケルさま、あたしは光の精霊ですよ?、数日眠らないぐらいなんともありませんよ?」
- いやそりゃそうだけどさ、
「なら今はこうして、あたしを甘やかして下さい」
そう言って俺の腕を抱きしめ、そっと寄り添うリンちゃん。
甘やかすために連れ出したわけじゃないんだけどな、とは言えない俺は、すっかり冷めたお茶を飲み干してから、ソファーの背もたれに身体を預け、数えるのもアホらしい数の星空を見上げることにした。
●○●○●○●
翌日。
今日はカエデ、ネリ、カズの3人で島の魔物討伐のため、早朝から出かける予定の日だ。
朝食後すぐに出て、183km先の沿岸部にある騎士団の拠点に行き、そこで1泊する。
その拠点は現在、3国それぞれの騎士団が20名ほどずつ詰めており、沿岸警備や地域の警邏などを行っている。
ネリ単独だと街道を避けて走り続けて2時間というところだ。
以前、メルがまだこの地に居た頃にもそうやって走っていたし、タケルが戻って来た頃には川の上を例の足の下に障壁を張って足場にする空中走法で渡ることもできるようになっていた。
当時はまだカルバス川本流に架橋されて居なかったが、今ならそこを他者の迷惑にならない程度の速度で利用するだろう。
カエデはそのような空中走法はできないし、馬より早く走れるようになっているとは言っても、ネリほどの速度は出せない。
さらにカズはもっと遅い、と言っても常人の枠はとっくに超越している。
あくまで勇者にしては、という条件での話なのだ。
まぁ中には兵士や騎士にも常人を超越した者が居ないわけでは無いが。
カズは川小屋に来てからめきめきと成長してはいるが、それでも馬より早いとまでは行かないため、その拠点まで走り続けてだいたい4時間はかかる。しかも到着したらへとへとの汗だく状態だ。
いや、普通の馬ならそんな距離を休憩無しで走り続けるのは無理があるだろう。
この世界の軍馬や伝令用の乗馬ならなんとか、というところではあるが。
とにかく、そのカズの速度に合わせるので、行くだけで1日仕事となる。
そうして騎士団の駐屯地から沿岸近くにネリが作った小屋、こちらは『川小屋』とは異なり本当に小屋レベルだが、そこに泊まる事にしたようだ。
カズだけは騎士団の天幕にお邪魔させてもらうらしいが。
もちろんそのための伝令は昨日のうちに送ってある。
「え?、お、私だけ別なんですか?」
「そりゃだってあの小屋は狭いし2人用だもん」
「そうなの?」
「あ、カエデは知らないんだっけ」
「うん。そんなとこに泊まれるとこがあるんだ、って、あ、ここみたいな小屋じゃないの?」
「ここは小屋じゃないでしょ」
カズもうんうんと頷いた。
「でも川小屋って言ってるじゃないの」
「それはタケルさんがそう呼んでるだけ。作ったのはリン様だけど、そのリン様も川小屋って言ってるよ」
「そうなんだ。じゃあその海近くの小屋は?」
「そっちはあたしが作ったんだよ」
「え?、ネリが?」
「うん。あ、小屋の横に日よけ屋根とテーブルと椅子があるけど、それはタケルさん」
「大丈夫なの?」
「何が?」
「寝てる間に壊れたりは…」
「しないって、タケルさんが他所の大陸に飛ばされてた間、ずっとあたしとサクラさんが使ってたんだから」
「へー」
カエデにとっては、ネリがそんな前から小屋を建てられるほど魔法が上達していたというのに、ちょっと嫉妬心めいたものを感じてしまったようだ。
「あの、ネリ先輩」
「ん?」
「俺も頑張れば、出先にそうやって小屋を建てられるようになれるのでしょうか」
「なれるなれる」
「あんたそんな軽く言って」
「その程度の事なんだってば。ちゃんとテキスト読んで、覚えて、練習してたらあたしだってできるようになったんだからね」
「そうなんですね」
「うん、だから練習あるのみ!、あたしがそうだったんだもん、目の前にいい例が…、あ」
「何よ」
「ううん、タケルさんも同じことを言ってたなって」
「何て?」
「目の前にお手本があるんだからできるって信じないと、って」
「へー」
「なるほど…」
そんな事を話しながらのジョギングペースだったが、ネリが『そろそろちゃんと走るよ』と言ってから、カズには喋る余裕が無くなったようだった。
途中、橋をタダで渡るための許可証を荷物から探し回ったり、ネリが勇者の鑑札を持ってきて無かったりというトラブルもあったが、予定時刻を少しオーバーした程度で、騎士団の拠点に到着した。
次話5-036は2023年12月29日(金)の予定です。
(諸事情で延期が続いています‥)
20230630: 衍字削除。 美しいる神殿 ⇒ 美しい神殿
(どこからきた「る」? 自分でもさっぱりです)
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
入浴はあるけど描写無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
タケルは無意識にフィルタリングするので気付いてませんが、
お怒り中のリンからはやや威圧気味に魔力が漏れています。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
ピヨのトイレ改め反省室に…?
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
尊敬の対象なんですよ、これでも。
しばらく出番がありませんが一応。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
タケルの首飾りに分体が宿っている。
今回名前と活躍の伝聞はたっぷり?
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
引率してるつもり。
ジローさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号3番。イノグチ=ジロウ。
ハムラーデル王国所属。
砂漠の塔に派遣されて長い。
2章でちらっと2度ほど名前があがり、
次に名前が出てくるのが4章030話でした。
ヤンキーらしいw
今回出番無し。
なかなか登場までいかないですね。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
『嵐の剣』という物騒な剣の持ち主。
カエデたちには砕けた口調になります。
シオリのほうがやや先輩です。
実は剣の腕だけで言えばメルより強いのです。
剣の腕は勇者最強です。
実は黒鎧に封じられていた期間が長いのもあり、
これでも闇属性への耐性が高いのです。
そうでなければテンの力に当てられてすぐに気を失います。
耐えられたからこその不幸ですね。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
クリスとはこの世界に転移してきた時に少し話した程度だが、
互いに気にかける程度の仲間意識はある。
今回出番無し。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
なのでカエデにはまだ少し苦手意識があります。
許可証や連絡の手配を指示したのはこのひと。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての先輩であるシオリに、
いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。
達人級との差は大きいけど、
タケルとの模擬戦のおかげで一歩近づいたと思われます。
こちらはこちらで仕事があります。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
魔力操作・魔力感知について、勇者の中では
タケルを除けば一番よくできる。
やっぱりカエデとは仲がいいように見えますね。
こっちも引率してるつもり。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
以前の自分からすれば、
とんでもない速度で長距離を走っているのに、
目の前で余裕で喋りながらの2人を見てました。
信じようと決意を新たにしたのでそうなれると信じています。
性格的に、信じたらまっしぐらです。
ティアラ:
この世界でタケルたちが居る惑星に、数ある衛星のひとつ。
種々の氷が主成分なのと、同軌道上周囲に岩石や氷が多く
存在するため、宝石を散りばめた頭環に例えられこの名が付いた。
ティアラと呼ぶのは精霊たち。
人種は地域によって呼称が異なる。
母艦エスキュリオス:
光の精霊さんたちの航空母艦のひとつ。
生物学の大型研究施設がある。
現在は川小屋付近の上空に停泊している。
総指揮官はベートリオ。
エリマリゼ:
ロスタニアのイアルタン教司祭。
調査隊に同行しているので従軍司祭とも言われる。
たまたま崖沿いに調査を進めていたところ、
タケルが崖沿いに飛び回っているのを見つけた。
飛行可能な勇者はタケルだとシオリから知らされていたので、
何をしているのかと兵士たちに呼んでもらった。
彼女は崖の補強工事と聞いて、今後の維持管理のために
上下移動が可能にして欲しいと言っただけ。
報告のためにどうなるのか調査の帰りに見に来たら
えらいもんができていて驚いたひとり。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。





