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5ー031 ~ 川小屋で模擬戦

 森の家で朝食を食べてから川小屋へ移動した。


 例によってテンちゃんが袋に包まれるのを見たクリスさんが目を丸くしていたけど、いつもの事だね。そのうち慣れてくれるだろう。


 なんかカエデさんの背嚢がみっしり詰まっていて、手にしっかりした布袋かばんが増えていたんだよ。

 布系のものが詰まっているっぽいことが魔力感知でわかったので、たぶんいろいろ服を貰ったんだろう。あの陸上競技の選手みたいな水着とかありそうだけど、どこで着るんだろうね?、本人は喜んでたみたいだからいいんだけどさ。






 川小屋の転移場所は、森の家のように庭じゃなく室内だ。

 というかリンちゃんの部屋ね。俺の部屋とつながってる広いとこ。


 ここに居るはずのひとたちは全員、川小屋の前に居るようだ。午前の鍛錬かな?


 テンちゃんの梱包が(ほど)かれるのを少し待って、『皆さん外に居るようですね』と言ってからぞろぞろと外に出ると、シオリさんとサクラさんをやや前にして4名の先輩勇者たちが斜めに並んでいた。


 「おかえりなさい、タケルさん、テン様、リン様」


 目が合うとにこっと微笑んでシオリさんがまず声を掛けてくれた。

 なんだか機嫌良さそうだ。こちらもただいまと応えた。


 「クリスとはずいぶん久しぶりね」

 「ああ、はい、そうですね」

 「あら…?、貴方そんな性格だったかしら…?」

 「そう言うシオリ、さんも当時を思えば随分明るくなられたようで重畳です」

 「当時…」


 この一瞬の間をうまく突いたサクラさんが、シオリさんの背中にそっと手を添えた。


 「姉さん」


 小声で囁いたようだ。


 「あ、いいわよ」

 「では私から。勇者番号1番、トオヤマ=サクラです。よろしくお願いします」

 「ああ、勇者番号5番、クリス=スミノフだ。クリスと呼んでくれていいよ」

 「はい、ありがとうございます」


 と頭を下げたサクラさんから目線でパスが渡ったんだろう。


 「勇者番号12番、ネリマ=ベッカー=ヘレンです。ネリと呼んでください」

 「勇者番号6番!、サワダ=ヨシカズです!、カズと呼んで下さい!」

 「ああ、元気あるな。よろしく頼む」

 「はい!」


 カズさんはさすが体育会系だな。声がでかい。(※)


 「それでね、クリス」

 「はい」

 「貴方確か盾持ちの剣術、できたわね?」

 「少し学んだ程度ですよ?」

 「それでもいいからカズに指導して欲しいのよ」


 と、シオリさんがクリスさんに頼み事をしている間に、そっとサクラさんが近寄って小声で話しかけてきた。


 「タケルさん、少しいいですか?」


- はい、何でしょう。


 皆に背を向けて言うサクラさんに合わせてこちらも同じように背を向け、小声で応えると、何故かリンちゃんとテンちゃんもそれに(なら)って同じようにした。

 あ、ふたりともちょっと楽しそう。さっきまで無表情だったのに。


 「あ、あの…」


 サクラさんの方は恐縮気味。


- どうぞ?


 気にせず続けて下さいと(うなが)すと、小さく咳払いをした。


 「実は、朝食がまだなんです」


- はぁ。


 何か重要な相談事かと思ったらそれだったんで気が抜けた返事をしてしまった。


 「それと、カズがまだ精霊様に不慣れというか、タケルさんの事を後輩だと認識しておりまして、それでもしタケルさんに失礼があった場合、御二方(おふたかた)がご気分を害されるのではと心配で…」


 ああ、こっちが本題か。

 という事は、一旦俺は場を離れて朝食を作って来ればいいのかな?


 「多少は目を瞑れという事ですか」

 「できれば、ですが…」

 「ふむ、ならば一度手合わせでもさせれば良いのじゃ」

 「お姉さま?」


 と思ったら話が妙な方向に…。


 「魔法ありならタケル様に(かな)う者など居らんのじゃ」

 「なるほど、一理ありますね」


- いやあの、カズさんは先輩ですから、僕は気にしませんよ?


 やんわりと断ろうと思って言ったのだが…。


 「タケルさんはそうでも、その…、他が気にするんですよ」

 「それで先にクリスとの挨拶をしたのじゃな」

 「…はい、お察しの通りですが、彼にはテン様とリン様のことは一応、話してはいるんです。なので決して御二方を軽んじることは無いと思います」

 「ああ、そういう事ですか。つまり彼は一度痛い目に遭わなくては理解ができないのですね」


 リンちゃん…。


 「え…、まぁそう言えなくも無いといいますか…」

 「ではタケルさま、存分に痛め付けてやって下さい」

 「其方…」

 「もちろん多少は手加減して下さいね?、手足がもげる程度に抑えて下さると治す方としても助かります」


- え、そんな無茶はしないよ?


 何でそんな、心胆寒からしめてトラウマを植え付けるみたいな模擬戦しなくちゃいけないんだよ。

 サクラさんが困ってるじゃないか。


 「どうしてです?、野生動物のような判断基準を持つ相手にナメられないようにするには効果的ではありませんか?」

 「其方、一体どうしたのじゃ」

 「だってお姉さま、エサを運ぶ者に敬意を払えるのに、寝泊まりする場所の持ち主に敬意を払えないのでしたら、しっかり(しつ)けるべきではありませんか」


 エサて…。

 それで野生動物って言葉が出てきたのか。


- んー、でも僕と模擬戦したところで話にならないと思うんだけど…。


 「あ、それですがタケルさん」


- はい。


 「メル様にしたような固定や泥沼、飛行魔法を使わず模擬戦らしくできますか?、もちろん直接的な攻撃魔法も使わないという条件で、ですが」


 俺としちゃメルさんとの模擬戦で使ったあれ――風属性魔法による位置固定――が楽なんだけどなぁ。


- 泥沼は使ってませんでしたけど…、という事は相手の移動阻害もせずに、壁なども最低限の防御に使うぐらいで、って事ですか?


 「はい、一般的な初級魔法の防御や、攻撃が当たりそうな場合は障壁を使っても構いません。それで何とか体裁を繕えますか?」

 「制約が多いのじゃ」

 「すみません、何せタケルさんは特殊すぎて…」


 テンちゃんがぽろっと言っちゃったけど、制約が多いのは俺も思った。

 実力を解らせるにはちゃんとした模擬戦、って言い方もどうかと思うけど、そう見えるようにしなくちゃいけないって事なんだろう。


- まぁ、何とかしますよ。気は進みませんけど。


 「よろしくお願いします。では早速あちらにも」


 と、行きかけたサクラさんを急いで止めた。


- 先にサクラさんかクリスさんの相手をさせて下さいね。


 「え?」


- いきなりカズさんの相手をするのではなく、サクラさんかクリスさんと模擬戦をしておきたいんですよ。


 加減ってものを知っておかないとね。絶対言えないけど。


 「それは構いませんが、大丈夫ですか?」


- はい。


 「あの、メル様にしたようなのは禁止ですよ?」

 「大丈夫なのじゃ。存分に胸を借りるが良いのじゃ」


 ちょ、テンちゃんそんなこと言うからサクラさんの雰囲気が変わっちゃったじゃないか。


 「胸を借りる、ですか?」


 ほらぁ、目が本気になってる。


 「うむ。例えばメルが本気でタケル様と戦おうと、タケル様には傷ひとつ付けられはしないのじゃ」


 メルさんの本気か…、やりたくないなぁ。

 でも前の時はともかく、今なら魔法ありなら制約ありでも、どうとでもできそうだけどね。言わないけど。


 「そうまで仰られては、私も楽しみになってきました」


 ちょっと背筋に来そうな笑みで会釈したサクラさんが颯爽と歩いて行く。

 燃えてらっしゃるのか肩のあたりに陽炎(かげろう)を幻視した気がする。


- テンちゃん、サクラさんが本気になっちゃったじゃないですか。


 「あのクリスとやらの剣捌き、観察しておったじゃろ?、それと同様にメルの動きも理解しておろう?」


 森の家でクリスさんの鍛錬を見てたのを、テンちゃんにはしっかりバレてた。


- ええまぁ、そうですけど。


 「ならば何を恐れるのじゃ」


 まぁね、目で追えなくても、実は魔力感知ではしっかり動きを把握できてしまっているんだ。

 そして感知できているってことは地図の投影みたいなもんで動きのトレースができる。そうすると身体強化の応用をすることで、その動きを完全に、いやそれ以上に模倣できる。

 と言っても魔力操作で自分の身体を動かせばの話だ。


 筋力というか素の身体能力ではとてもじゃないが真似なんてできない。

 俺の運動神経ってそれほど良くないし、そういう鍛錬なんてしてないからね。


 なので無理やり動かす事になるんだが…、お察しの通りそれをすると直後がつらいんだよ。

 もちろん回復魔法ってものが使えるので、酷いことにならないようにできる。

 痛みも減らせるし筋肉や関節各部を瞬時に修復もできるからね。

 これは一応、回復魔法のカテゴリーってリンちゃんが言ってたやつの応用ね。


 でもさ、それってズルいなんてもんじゃないだろ?


 そりゃ命が掛かってるような重大な局面ならズルかろうが何だろうが使うよ?

 そう思って一度やってみるかとこっそり試してみたら、とんでもなく痛いので痛覚遮断しながらの修復しながら、なんていう対症療法的な方法に行きついたんだよ。

 でも使えるようになっておいたほうが良さそうな気がしたんでこっそり練習してたのを、テンちゃんには察知されてたんだろう。


 そんなのを模擬戦で使っていいのか?、って思うんだよなぁ…。


 だって魔法無しの純粋な俺の運動能力だけだと、前にメルさんも言ってたように、そこらの新米兵士とどっこいどっこいだよ?、俺。


 「タケルさま、あちらの話もそういう方向になったようですよ?」


 俺が逡巡していると、リンちゃんが後ろをちょいちょいと指さした。






 さっきから聞こえていた会話は、確かにそういう流れになっていた。


 「あの、盾持ちの訓練ならあたしもできますよ」

 「そうなの?」

 「はい、ハムラーデルではそういうのひと通りやるんですよ」

 「ああ、軍学校があったわね」

 「はい、軍学校じゃなくて士官学校ですけど」

 「そう言えばハルトさんも盾を使ってた事があったな」

 「はい、ハルトさんから聞きました」


 という風に、カエデさんも盾持ちの指導ができるって話になり、そこからクリスさんが『現在の実力を見ておきたい』と言ってカズさんに盾を持たせて軽く指導戦を始め、それを眺めているふたりにヒマそうにしていたネリさんが『急に消えたあとどうなったの?』と尋ねて、カエデさんがあちこち運ばれたって話をしていたようだ。


 そこに妙なやる気を燃やしているサクラさんが近寄り、俺と模擬戦するって話を持ってったわけで、クリスさんも自分の名前が出たので話に参加。

 当然、指導が途中になってたカズさんもその話を聞き、後輩勇者のくせになまいきだ、って思ったかどうかまでは知らないけど、そんな目でこっちを見始めたところだった。


 「では食事の用意をしておきますね」


 と、川小屋へ戻ろうとするリンちゃんにテンちゃんが声を掛けた。


 「ん?、其方は見ないのか?」


 リンちゃんは一瞬足を止めて振り向き、


 「あの者らにタケル様をどうにかできるとは思えませんからね。あ、タケルさま」


- はい。


 「先程はああ言いましたが、手足を吹っ飛ばすような事はできれば避けて頂けると助かります」


 と言うとさっさと川小屋の中に入っていった。


- あっはい。


 と返すのが精一杯だった。


 「リン程では無いが(われ)も多少は回復魔法が扱えるのじゃ」


- うん…?


 「何じゃその目は、昔はできたのじゃからその、思い出したのじゃ」


- なるほど。






 「あの、シオリさん」

 「な、何かしら?」


 模擬戦の開始位置に呼ばれて行く途中、カエデさんがシオリさんにこそっと声を掛けていた。


 「あたし、カズとは初めて会ったんですけど、挨拶しなくて良かったんですか?」

 「あ…」(※2)


 カエデさんが気を遣って雰囲気をぶち壊さない事もあるんだなぁ…。






●○●○●○●






 タケルさんはズルい。

 上手く言えないけど、とにかくズルいって思う。


 タケルさんたちが川小屋に戻ってくる前の事なんだけどね、あたしもサクラさんもシオリさんも、タケルさんは凄い、凄いってみんな言うからかな?、だってなかなか信じないカズも悪いと思う。


 このバルカル合同開拓地が魔物侵略地域って名前だった時、国境を防衛するだけでも大変だったのを何とかしたのはタケルさんだし、あんなにあったダンジョンを埋めちゃったのも、何百体もいたトカゲや口から破壊光線を吐く竜族を何体も倒したのもタケルさんだもん。

 それを話したんだけど疑ってたんだよね。疑ってたっていうかなんか納得して無かったみたい。


 そりゃあカズだってここに来た時よりはだいぶ動きも良くなったと思うよ?、あたしにはまだまだ及ばないけどね。でも身体強化だって最初に見た時より効率良くなってるし、初級魔法なら無詠唱でもできるようになってる。


 だから魔法ありの、タケルさんにはいろいろ制約ありの条件で、一度手合わせさせてみるしかないんじゃない?、ってサクラさんとも話してたってわけ。






 それでタケルさんたちが来た日、クリスさんに挨拶したあと、サクラさんがタケルさんたちとこそこそ話してるなーって、ああ模擬戦のお願いをしてるんだろうぐらいに思ってたら、なんかサクラさんがやる気になっててびっくりしたよ。


 タケルさんが言うには、まずサクラさんかクリスさんと模擬戦をしてから、カズとの模擬戦をして下さいって言ったんだってさ。

 そんな事を聞いたもんだからカズが『そんな事は許せません。まずこの俺、私とやらせて下さい!』って鼻息を荒くしていきり立っちゃったんだよ。

 たぶん、ガツンと立場ってもんを解らせてやろうみたいに思ったんじゃないかなって思う。


 どうしようって思ったらタケルさんに聞こえてたのか、『いいですよ、それで』って言ってくれたので、クリスさんとサクラさんが審判役で、そうなっちゃった。


 カズは模擬剣と盾、魔法もアリ。

 でもタケルさんは飛んじゃダメとか、風魔法での物体固定禁止、障壁はいいけど身体の周囲程度、直接当たるような攻撃魔法禁止などなど、こまごまと条件を付けてたら途中でカズが『もういいです、そっちにばかり禁止禁止と条件付けられたら先輩として顔が立ちません』なんて言ったんで、途中で切り上げた。

 だってしょうがないじゃん?

 あーあ、知らないよ?、って思ったけどね。


 で、始めの合図で構えたと思ったらタケルさんが消えて、カズが倒れた。

 それを頭を打ったりしないようにタケルさんが支えながら横にしてて、タケルさんがそこに居たんだってわかった。

 いつの間にそこに移動したのよ?、全然見えなかったよ?

 剣なんて持ってただけ。使ってない。


 何なのよそれ!、ズルいでしょ!






 「あ、軽い脳震盪ですから、このまま寝かせておいて大丈夫ですよ」


 タケルさんがカズの身体に軽く回復魔法を掛けてからそう言ったので、場所を少しずらして次はクリスさんとするみたい。

 サクラさんがクリスさんに譲ったのは、もしかしたらタケルさん対策を考えての事かもしれないね。


 あたしはカズの大楯と剣を預かったんだけど、その時にタケルさんが加減が難しいなってボソッと言ってたのが聞こえちゃってた。

 あれで加減ってどんだけよ…?


 条件はさっきと同じの魔法ありで。

 でもやっぱりクリスさんもサクラさんも一瞬で勝負がついてた。


 クリスさんはタケルさんにすごい速さで剣を振ったらそのままタケルさんに倒れかかって抱きとめられてた。

 一瞬であんなにフェイントや牽制する動きを入れてたのは判ったけど、あたしだったら剣を合わせるのはたぶん無理。

 それを避けてるんだからタケルさんって実はすっごい強いんだと思う。魔法が無くても。


 サクラさんは居合の構えでじりじりと近付いて、間合いのぎりぎりで止まったんだけどそのままタケルさんの方からスタスタと歩いて近付いてって、何してんの?、って思ったらサクラさんは立ったまま気を失ってたみたいで終了。

 わけわかんないんだけど…。


 タケルさんに説明してって言ったら笑ってごまかされちゃった。


 リン様に尋ねようと思ったんだけど居ないのよね。

 入り口近くのテーブルのところでテン様が難しい顔をしてたので近寄りにくかったけど、尋ねてみたんだ。


- ねぇ、テン様。タケルさんは一体何したんですか?


 「ふむ…、まぁ話しても良いか。まずカズとやらじゃが――」


 って話してくれたんだけど、あまりよく解らなかったわ。

 飛行魔法の応用で移動したっぽい事だけは何となくわかった。

 カンセー制御魔法がどうとか、ダンネツがどうとか圧縮が何とかって言ってたけど何のことかさっぱり。

 マジ意味不明だよ?


 クリスさんのは掴んで揺さぶったんだってさ。全然見えなかった。

 魔力も一瞬だったんで何が何やらだった。


 サクラさんのはなんか同調して揺さぶったんじゃないかって言ってた。

 テン様にもそこははっきりわからなかったんだって。


 精霊様にも判らないような魔法って何よ…。


 呆気に取られてたらテン様が苦笑いしながら言ってたよ。


 『タケル様は模擬戦なんぞしとうないのじゃ。故に其方らが二度と相手にしようなどと思わぬようにしたのじゃろうな』


 そりゃね、あんなの見ちゃったら、あたしだってタケルさんに模擬戦の相手をしてもらおうなんて思わないもん。

 だって剣の腕とか技術とか、そんなの以前の問題じゃん?


 ズルいよねー?






 あ、でも遅めの朝食のあと、サクラさんとクリスさんが頼み込んで、リベンジマッチ、じゃないか、もう一度模擬戦する事になったのよね。

 それで、わけもわからず気絶しちゃうようなのも禁止って言われたタケルさんはちょっと困ったような顔をしてた。


 あと、ちゃんと剣を使って下さいって言われてたよ。


 サクラさんが携えたのは愛用の刀っぽい形をした剣だった。びっくり。


- サクラさんそれ使うんですか?


 「ああ、本気を出すにはこれで無いとだめなんだ」


 そうですか…、ヤバい、サクラさんの目がマジだった。


 シオリさんはお昼前に会議があるって走って行っちゃったから、サクラさんを止めるひとがいないのよね。

 でもサクラさんが本気を出さないと敵わないって思ったなら、タケルさんってあれだけのハンデを背負ってても実はすっごい強いってことよね。


 ちなみにカエデはシオリさんに連れて行かれたのでここには居ない。

 何か、「ハムラーデル側の文官たちのためでもある」って言われてたよ。

 あたしはそのへんのややこしい話はサクラさんに任せっぱなしだから何の会議があるのか知らないけどね。


 そんで模擬戦だけど、今度こその居合もあっさりかわされて、っていうかサクラさんがフェイントに引っかかったのを初めて見たわ。

 その後もタケルさんが普通に剣を突き出したのをぎりぎりになってから飛び退いてたし、横から見てるだけでは何が起こってるのか全然わからない。


 またテン様に尋ねたら、別に魔法を使って惑わしているとかじゃないみたい。


 「ただし魔力を感知できる相手には効果的なのじゃ」


 でも横から見ててもあたしの感知力じゃあさっぱりわからないのよね。

 そうしてあたしが首を傾げていたら、『ならば正面から見るといいのじゃ』と仰ったのでぐるっと回り込んでサクラさんの後ろから見てみた。


 そしたらタケルさんとタケルさんの持ってる模擬剣の存在感?、みたいなのが変化してるの。見えてるのに希薄になったり、急に意識に飛び込んで来たり。

 え?、これどういうことなの?


 って思ってたらサクラさんが居合じゃなく普通に構えてタケルさんに斬りかかって行った。やぶれかぶれな気分になったのかな?


 でもそれを少し剣を動かして全部()なして、だんだんとサクラさんの体勢が崩れたと思ったらぴたっとサクラさんの首元に剣が止まった。


 「…っ…、参り…ました…」


 サクラさんの気持ちが全部わかるとは思わないけど、糸が切れたようにその場に座り込んで、がっくりしているサクラさんの悔しさと遣る瀬無さはわかる気がした。


 ちらっと縋るような視線をこちらに向けたタケルさんに手のひらを向けてから、サクラさんのところに駆け寄り、そっと抱き起こしてテーブルの所まで連れて行った。


 「で、クリスさんもですか?」

 「無論です。胸をお借り致します」

 「あ、その剣はちょっとまずいです」

 「(まず)いのですか?」

 「あー、えっと、宿ってる名も無き風の精霊さんに影響がでる恐れがありますので」

 「なるほど、わかりました。では模擬剣でお願いします」

 「はい」


 クリスさんは落ち着いた(たたず)まいでタケルさんから距離を取って構えた。

 すごい。

 それだけで周囲の空気が変わっちゃった。


 サクラさんに座ってもらい、手にしていた刀を外そうとしたけど強く握りしめていたので『力を抜いて下さい』って言ったら、改めてその右手を見て、『強化が解けないの…』って力なく笑みを浮かべたとき、涙が頬を伝って落ちたのを見て、あたしは言葉を失った。






次話5-032は2023年04月07日(金)の予定です。


※:体育会系というのはあくまでタケルの主観です。作者の意見ではありません。

※2:カエデは川小屋に寄ったときにカズとは挨拶しています。

 いろいろありすぎて忘れていただけです。

 別に番号付きでの挨拶は何度しても構わないので、シオリもカエデが忘れて

 いるならそれはそれで構わないと思ったようです。


20230401:空行を追加、表現を訂正。 それに今までメルの ⇒ それと同様にメルの




●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   今回入浴シーン無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   タケルのためを思っての言動でもあります。

   半分ぐらいストレス由来ですが。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   今回は解説役?

   何気にポイント稼ぎになってると思ってます。


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。

   尊敬の対象なんですよ、これでも。

   しばらく出番がありませんが一応。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   タケルの首飾りに分体が宿っている。

   今回出番無し。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回名前だけの登場。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   珍しい事もあるもので。

   もちろんシオリたちが朝食のときに、

   カズと挨拶を交わしましたが、

   カズは内心首を傾げてました。


 ジローさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号3番。イノグチ=ジロウ。

   ハムラーデル王国所属。

   砂漠の塔に派遣されて長い。

   2章でちらっと2度ほど名前があがり、

   次に名前が出てくるのが4章030話でした。

   ヤンキーらしいw

   今回出番無し。

   なかなか登場までいかないですね。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   『嵐の剣(テンペストソード)』という物騒な剣の持ち主。

   カエデたちには砕けた口調になります。

   シオリのほうがやや先輩です。

   実は剣の腕だけで言えばメルより強いのです。

   剣の腕は勇者最強です。

   タケルに負けるのは魔力が絡むからですね。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   クリスとはこの世界に転移してきた時に少し話した程度だが、

   互いに気にかける程度の仲間意識はある。

   今回出番無し。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   なのでカエデにはまだ少し苦手意識があります。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。

   ティルラ王国所属。

   勇者としての先輩であるシオリに、

   いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。

   全力を出してもタケルにあしらわれたのがショックでした。


 ネリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。

   ティルラ王国所属。

   サクラと同様。

   魔力操作・魔力感知について、勇者の中では

   タケルを除けば一番よくできる。

   結界の足場を使った戦闘がメルに遠く及ばないのは、

   メルが達人級の剣士であることと、

   そもそも身体能力や身体強化はメルのほうが圧倒的に上だから。

   今回Bパートの主人公。


 カズさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。

   ロスタニア所属らしい。今の所。

   体育会系(笑)。性格は真面目。

   今回いいとこ無しでした。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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