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5ー017 ~ 王城での数日

 スティさんの絵を見終えて、さっき座ってたソファーに戻った。テンちゃんとリンちゃんからよく描けているとひと通り褒められた彼女は、満足そうな笑顔で一礼し、俺たちが席に戻ろうとするのに合わせて着替えに行くといってこの部屋を辞した。


 戻る途中、ちらっとウィルさんと机を挟んで並んで立って話しているカエデさんとメルさんの様子を見た。

 メルさんが前に行って少ししてから、魔力が働いてたなーって思ってたんだよ。


 まぁテンちゃんとリンちゃんが一瞬ちらっと見ただけで何も言わなかったし、そのままリンちゃんに飲み物をどうするか聞かれたり向かいにテティさんとアイン王子が来たからね。

 ならいいかってね。

 それでもまぁ、まだほんのりと魔力が働いてるいるし、カエデさん大丈夫かな、ぐらいの気持ちで見ただけなんだよ。






 どうやら盗聴防止、という程効果が高い訳では無いけど、一定範囲より外には声が聞こえにくくする魔道具のようだった。


 カエデさんは後ろから見ても緊張しているのがよくわかる程で、話しているのはほとんどメルさんとウィルさんのようだった。


 なんだか意外だな、カエデさんって勇者歴そこそこあったはずだし、ネリさんみたいに飄々(ひょうひょう)と、っていうと微妙に意味が違う気がするけど、相手や周囲に自分のペースが変わりにくい印象だったんだよ。そりゃもちろん言葉遣いは変えるけどね。図太いっていうかさ、物怖(ものお)じしないと思ってたんだけど…。


 でも今のカエデさんを見ているとどうやらそうじゃないらしい。

 メルさんで慣れたんじゃなかったのか…?

 それとも案外ハルトさんが過保護だったとか?


 そんな事を思いながら座る。


- あ、そう言えばさっきカエデさんが、親書がどうとか荷物がどうとか言ってたよね?


 「うむ」

 「はい、何でしたら川小屋まで取りに行ってきますけど…?」


 左右のふたりを交互に見て言うと、リンちゃんが気を利かせてくれた。けどで終わってるところをみると、あまり気は進まないんだろう。笑顔じゃないし。


- どのみち川小屋には寄る事になるから、一応聞いてみるけど、急ぎじゃないなら今すぐ取りに行かなくてもいいかな。


 時間的余裕はありそうだから、メルさんたちが親書を急いで受け取りたいって理由でも無いなら急ぐ必要は無い。

 だって本来ならカエデさんがハムラーデル王都から街道の途中で早馬に託すようなものだと思うんだよ。だったらまだここに届いているはずは無いんだから、急がなくてもいいでしょって話なんだよ。


 それにこの世界、郵便物って複数出すのが普通みたいなんだ。

 それは国同士のやりとりでも同じで、別経路で最低2通出すんだってさ。

 だからもしカエデさんの荷物にある親書が届かなくても、たぶん何とかなる。


 「わかりました。あ、でも川小屋に寄るのでしたらその前に森の家へ寄って下さい」


 だから川小屋に行ってから、親書だけメルさんの部屋に送って貰えばそれで…、ん?


- 森の家に?、いあまぁ寄るつもりだったけど、なんで?


 「川小屋への補給物資は森の家でまとめてありますので…」


- なるほど。


 と返事をしたらテンちゃんが袖をついっと引いた。

 ん?、と見ると正面を見ろとのジェスチャー。


 見るとテティさんとアイン王子が不思議そうに、そして何か言いたそうに見ていた。


- あ、えっと、何でしょう?


 と問い掛けると、テティさんがアイン王子の耳元に囁き、そしてアイン王子がひとつ頷いて言った。


 「メル姉さまのお部屋には秘密があるのですね!」


 テティさんの表情変化を見ると、たぶん微妙に違う事を言わせようとしたっぽい。ほんの少し首を傾げていた。眉もぴくっとしたし。


 そうですね、秘密ですと言おうとしたところで、こちらに歩いてきていたメルさんが先に答えた。


 「ふふっ、私はタケル様の魔法の弟子で、剣の師匠ですからね」

 「メル姉さますごいです!」

 「……」


 ん?、テティさんが羽扇で口元だけをさっと隠して小さく舌打ちをしたような…。


 「メルリアーヴェルお姉様、そちらの方は…?」

 「あ、こちらはハムラーデル王国所属の勇者カエデ様です」

 「ど、どう、どうぞよろしくお願いします」


 ぺこりとお辞儀をするカエデさん。一瞬の空白。


 「あ、そうでいらっしゃったのですね、リステティール=エーリォン=ジル=ホーラードと申します。よろしくお願い致しますわ」

 「あ、あの、アイネリーノ=カロリアム=スィル=ホーラードです。勇者カエデさま」

 「し、シノハラ=カエデ、です、ハムラーデル所属です」


 すっと立ち上がり、優雅な仕草でスカートを広げて礼をするテティさんと、彼女に合わせてすぐ立ち上がり、右手を胸に添えて愛らしい笑みで言うアイン王子に、上げた頭をまた下げるカエデさん。

 やっぱり緊張しまくってるみたいだ。


 タイミングがわからなくて、俺、座ったままだったんだけど良かったのかな…?


 「ささ、カエデ様」


 メルさんが袖を引き、俺からみて横のソファーへと誘導して、まだどこか挙動不審なカエデさんを座らせ、自分も隣に座った。


 見ていても仕方ない。

 とりあえずリンちゃんを見て小さく頷くと、リンちゃんも同じように小さく頷いてにっこり。可愛い。

 いや、そうじゃなくて同じティーセットを出してあげて、って意味だったんだけど。


 しかしメルさんが部屋付の女官さんに合図してティーセットを用意してもらってた。


 あ、ティーセットと言っても、元の世界やアリースオムで見たような、カップとソーサーが同じ素材で同じデザインというものではなく、ソーサーは木製で布が張られているものだ。コースターの上品なもの、という感じ。

 この世界ではこっちが標準(スタンダード)なんだよ。


 どちらかというと、カップを置くときにカチャっと音がしないし、気を遣わなくて済むので俺はこっちのほうがいいと思ってる。


 「タケル様、リン様、私たちも頂いてよろしいでしょうか?」


- あ、どうぞ。


 さすがはメルさん。俺を先にして呼ぶところはよくわかってる。

 俺は別に気にしないんだけど、リンちゃんはそういうのに敏感だからね。

 ほら、俺が返事をしたらリンちゃんがすっと立ち上がってソファーの後ろ側をまわり、テーブル上の水差しと同じものをもうひとつ、エプロンのポケットから取り出してメルさんの前に置いたよ。微笑んで、澱みのない動作で。


 「同じものです、どうぞ」

 「ありがとうございます」


 それに小さく頷いてまた戻ってくるリンちゃん。

 メルさんの方は、カエデさんの分も注いでから宥めるような感じ。


 「どうぞ、カエデ様」

 「はい…」


 のろのろと両手で大事そうにカップを持ち上げてぐーっと飲み始めた。

 カエデさんらしく無いなと思いつつ、何となく様子を窺う俺たち。と、向かいのソファーのテティさんとアイン王子。

 スティさんはまだ着替えに行ってから戻ってない。


 「カエデ様、この部屋に来てからずっと緊張し続けてませんか?」

 「そ、それはその…」


 きょろきょろと視線を彷徨わせるカエデさん。

 意外な一面と言えばいいのだろうか。


 俺と目が合うと、助けて欲しそうに見えたので、さっき考えていた質問をする事にした。


- メルさん、カエデさんが言ってたハムラーデルからの親書って、急ぎます?


 「はい?、あ、いえ、だいたい内容は伝わりましたし、期間的には余裕がありますので急ぎはしません。ですがあまり遅いとそれはそれで困るというか、返答の都合もありますので…」


- でしたら、任命式が終わってからになりますが、そのあと2日ぐらいして川小屋へ寄るつもりなので、そのときカエデさんの荷物から出してメルさんの部屋に送る、という事でいいですか?


 「あ、それなら問題ありません。(むし)ろ早い方…、あ、先程兄との話にも出たのですが、タケル様の任命式典の予定を繰り上げようかと考えているようです」


- あ、そうなんですか?


 「はい、もともと人数を用意するものでも無ければ、タケル様のご希望もあってあまり大々的に公表はしない事になりましたし、言ってみれば形式的なものですので、それほどお時間もかかりませんから」


 ぶっちゃけたなぁ…、まぁ俺としてはそのほうが助かる。カエデさんも助かるだろう。


- なるほど。助かります。


 「その表向きの理由として、ハムラーデル王国から勇者タケル様派遣の依頼があったという形にするようですよ?」


 何が面白いのか笑みを浮かべて言うメルさん。


- そうなんですか。


 「はい、既にアリースオム皇国の件も同じように記録されています。ふふっ、我が国の勇者様は古参勇者様方から頼りにされてますね、私たち王族も鼻が高く存じます」


 うわー、やめてくれ…。

 あ、メルさんがこういう言い方をするのは、ちょっと楽しんでるって事だ。


- それは良かったです。ところで任命式の予定はいつごろになりそうですか?


 俺がさらっと流したからか、メルさんはすっと笑みを消して真面目な表情になった。

 別に相手をしなかったからって気分を害した訳じゃ無いと思う。魔力の感じが平静だったからね。


 「今日言って明日という訳には参りませんが、こちらで調整して今日中には決まると思います」


 メルさんの隣でそれを聞いたカエデさんが、何だかさらに縮こまった気がした。


 カエデさんのせいじゃないんだから、気にしなくてもいいのに…。






 それから大した事の無い話を少しして、一旦俺たちが泊っている離れ、迎賓館らしいけど、そこにカエデさんを連れて行く事になった。


 メルさんは心配そうにしていたけど、俺たちの方に案内として来ないのは、このあと用事があるからだそうだ。なるほど。


 大した話じゃないのは、任命式に誰が来るとかの話ね。

 王族の皆さんと、護衛の騎士さんたち、儀仗兵と言われる近衛騎士団の何人か、それと、この国の宰相とか大臣とか言われてるひとたちだそうだ。


 結構多いんですね、ってつい言ったら、

 『これでもかなり絞ったんですよ?』

 なんてメルさんは言ってたけど、俺からすれば多いと感じたんだよ。


 それら参加者たちの予定を合わせるというか、日時を繰り上げる理由として、ハムラーデルからの依頼を利用するんだそうだ。


 ウィルさんのところでカエデさんがやたら緊張したのは、ウィルさんから、

 『それをこの後すぐ予定に割り込ませますので、これから私と一緒に謁見の間で王に直接お話して頂けませんか?』

 と言われたからだそうだ。


 カエデさんは『む、無理です無理です』って泣きそうな表情になったので、メルさんが急いでフォローしたらしい。『執務中に表情を崩す事の無かったあの兄が微笑み寄りの苦笑いで相好を崩していましたよ』と言って楽しそうに言うのはいいけど、そんな事を言うからカエデさんがまたカチコチに戻ったんだよ…。

 せっかく飲み物をちびちび飲んでクッキーを齧って、落ち着いてきていたってのに。






 そんなこんなで部屋を出る前に、『あ…』と、思いだしてさっき上空から描いた地図や王城の見取り図をポーチから出してメルさんに手渡し、ウィルさんに渡して下さいとおねがいをしてから、リンちゃんたちと一緒に部屋を出た。


 「タケルさんはいつも通りなんですね…」


 一応、女官さんが先導してくれる後ろをついて歩いていると、きょろきょろしつつ俺の隣に来て袖をちょいちょいと引き、小声でカエデさんが言ってきた。


- え?、何がです?


 「あ、ううん…、えっと、王族の方々の部屋じゃないですか、あそこ」


- うん、そうみたいね。


 俺も王族サロン、なんて勝手に名前つけて呼んでるぐらいだからね。


 「メルさん、メル様だってお姫様みたいな恰好してましたし、」

 

 みたい、じゃなくて中身も本物のお姫様なんだけど。


 「王太子殿下だっていらっしゃったんですよ?、緊張しないほうがどうかと思いますよ…」


- …なるほど。


 そういうもんか…。

 言われてみれば確かに、元の世界で首相だの大臣だの皇族だのに面会するって想像…、だめだ、想像できないや。

 だって何があればそんな事になるのかさっぱりわからん。

 想像のしようがないじゃないか。


 でもまぁ緊張するだろうなってのはわかる。


 逆にこっちの世界だと、王様だのお姫様だの言われたところで、いまいちピンと来ていないんだよ、俺は。

 だから物語やドラマを見ているような、とはまたちょっと違うけど、頼れるリンちゃんやテンちゃんだって一緒だからね、態度が間違ってたら注意してくれるだろう、なんてやや甘えがあるのも事実だ。


 もちろん俺だって、王族の方々を侮ったり軽く見ているわけじゃ無い。


 (まつりごと)を行い国を治め、営むってすごく大変な事だと思うし、尊敬もしてる。

 だからって必要以上に、その場で求められている訳でも無いのに頭を下げて(へりくだ)らなくてもいいかなと思ってるってだけなんだ。


 まぁそれが通るのもテンちゃんとリンちゃんが居るからなんだろうね。






●○●○●○●






 予定の入れ替えが比較的楽だったからか、翌々日の午前中に任命式を行いますと伝えられたのは昼食の後だった。意外と早かったな…。


 なんてふわっと思ってたらどうやら違ったらしい。テンちゃんに言われた。


 『其方がメルに予定はどうなるのか尋ねた故、急がせる事になったのじゃ』


 俺がメルさんに尋ねたのは、催促した訳でも早くしてとお願いをした訳でも無かったんだけどなぁ…。


 テンちゃんはさらに、『これも勉強なのじゃ』と不敵な笑みを浮かべてたけどさ…。


 そんな勉強したくないなぁ…。






 カエデさんはその昼食は辞退して、部屋を割り当てられて女官さんたちが着替えを持ってきたらすぐに入浴して部屋に籠ってしまった。まぁいろいろあって疲れたんだろう、という事にしておこう。


 午後からメルさんが来て、というか昼食の後『後程お迎えに上がります』と言ってたんだけど、誰を迎えに?、何しに?、って俺にはさっぱりだったんだよ実は。

 とにかくメルさんが来て、その恰好が既に物語ってたので目的は分かった。

 だって甲冑装備で兜を片手に抱えてたんだよ。騎士団に行くしか考えられない。


 どうやらカエデさんを無理やり訓練に連れ出して元気にさせようという魂胆らしい。


 正直、意味が解らない。


 混乱から緊張の連続で、精神的に疲れてるひとを無理やり訓練に連れ出したら元気を取り戻すのか?

 どういう理屈なんだ?、脳筋か?、筋肉理論ってやつか?


 と、釈然としないまま、カエデさんの部屋へ向かうメルさんを見送ってしばらくすると、カエデさんを連れて来たんだよ…。


 「ホーラードで名高い鷹鷲隊(おうしゅうたい)の訓練にご一緒させて頂けるなんて楽しみです」


 なんて言ってんの。笑顔で。意味が解らない。


 メルさんの方は、『カエデ様を案内するという名目で体を動かせるので助かっています』と満面の笑顔で言っていたので、双方がいいなら俺がどうこう言う事も無い。


 結局、テンちゃんもそれに付いて行くし、例の(すす)の箱を持って行く都合もあるので俺も一緒に、当然、リンちゃんも一緒に行った。


 俺はそんな脳筋たちには付き合ってられないので、箱を置いてリンちゃんと一緒にさっさと騎士団から出たんだけどね。






 ま、俺たちふたりは夕食前までの数時間、のんびりと王都観光を楽しむというかぶらぶら歩いて、王都を市バスのように巡っている乗合馬車を利用したりしたわけだ。

 リンちゃんもご機嫌で、そうしてにこにこしているリンちゃんを見ている俺も楽しかったよ。


 何かよくわからない、って事も無いけど、宝石が付いてるシンプルなアクセサリを何個か買ったし。もちろんリンちゃんにあげたんだけども。


 実は最初その店に入った時、さっと見回したリンちゃんはあまり興味が無さそうだったんだよね。


 でも俺が、これなんかは似合うんじゃないかな、ってのをいくつか候補を挙げていくと、上品な服装をした初老の店員さんが来て、さりげなく補足してくれてさ、意匠はあまり凝っていないのがいいとか、いろいろ問われるままに答えてたらずらっとペンダントやらブローチやら髪飾りやらが並べられて、俺もちょっと調子に乗ったのもあって、リンちゃんに似合いそうなのを片っ端から買ってしまった。


 値段の数字は聞いてもよくわからなかったので、金貨や大金貨が入ってる袋と、白金貨が入ってる袋をポーチから取り出して口紐を解き、『これで足りるのかな…?』ってぼそっと言ったら、それまで余裕のある態度だった店員さんが慌てて必要な分を取り出してくれて助かった。白金貨の方は中身を見てさっと口を縛り直してたよ。二度見してたけど。


 店を出るとき、どこに居たんだろうって数の従業員さんたちが整列してお辞儀をしてたよ。


 しばらく歩いてからリンちゃんが、『あれ、あの店にあった高額商品の半分ほどですよ?』と、呆れたように言ってたけど、俺の左腕をぎゅーっと抱えてたから問題無い。寧ろ楽しんでたみたいだし。


 一応、メルさんにあとで聞いたんだけど、宝石周りの彫金加工は注文されたあとで施されるもので、俺がシンプルなデザインだなって思ってたのは、あくまで中心となる宝石のサンプルというか見やすいように単純なものにしてあるんだと知った。

 もちろんそのまま買って、あとでお抱えの業者に周囲の装飾を任せるというのもあるので、買って帰っても問題は無いらしい。


 で、『私たちでもそんなまとめ買いはしませんよ…?』とも言われたけどね。


 リンちゃんは、それら宝石類は里の方でちょいと加工するつもりのようだ。

 何でも、ちょっとした魔法の補助具にできるほどの大きさと品質なんだそうだ。へー…。


 他にもあちこちお店に寄って、物色したり買ったりしたが、特に問題も無く、楽しいデートだった。別にロマンス的な事は何も無かったけどね。






 そして、騎士団へテンちゃんを迎えに寄ったんだけど、オルダインさんとテンちゃんが悪い笑みをしてこそこそ話していた。


 「カエデは煽てて乗せればああなるのはわかっておったが、何だか心配になるのじゃ…」

 「私としましては効率重視のハムラーデルで最新とされる兵の運用方法や考え方がよくわかりましたので、助かっているのですが」

 「其方も中々のワルよのぅ」

 「ふぉっふぉ、何の何の、テン様程ではありませんぞ」

 「確かに、最初に乗せたのは(われ)なのじゃ、ふっふっふ」

 「ふぉっふぉっふぉ」


 こんな感じだった。


 何なんだこのふたり…w






 翌日も朝早くからメルさんが迎えに来て、カエデさんを連れてった。もちろんテンちゃんも付いて行った。


 そういう予定だって昨日聞いたので、例の(すす)の箱はそのまま防水布カバーをして置いたままだ。だから俺たちは王族サロンの方で朝食を摂るので、まだ時間的に余裕。

 メルさんたちは騎士団での早朝訓練をしてから、そのまま騎士団で食べるんだってさ。


 カエデさんも慣れたのか、それともお姫様姿じゃないメルさんに安心を覚えたのか、俺の知ってる明るいカエデさんになってた。


 良かった良かった。






●○●○●○●






 結局、朝市とやらは見なかったが、なんだかんだでリンちゃんと一緒に観光気分でうろちょろしまくった。

 乗合馬車が巡回してるのはいいね。


 行かなかったのは劇場と、冒険者ギルドと、その朝市ぐらいだ。

 劇場は演劇内容が水の精霊降臨の件で、それがいくつかの劇団でちょっとずつ違う内容らしくて、乗合馬車の中で話しているひとたちがそんな話をしていたので避けた。

 他のは勇者伝説とかそんなだもん、小さな民間の劇場もあって、そこはラブロマンス系だったし、宮廷なんとかがどうのこうのって書かれてたのを乗合馬車の窓から見た。

 まぁ行かないよね。俺も興味無いし。


 冒険者ギルドの近くも馬車が通るんだけど、降りなかった。いや別に用事無いじゃん?、寄ってややこしい話になったら困るし。行かないって。


 朝市に行かなかったのは単純に時間帯の問題だ。

 王族サロンで朝食を摂ってから行くともうピークを過ぎてるどころか片付けたあとなんだってさ。さもありなん。


 おかげでリンちゃんはずっとにこにこしていて、いつものようにテンちゃんにちくっとイヤミや皮肉を言ったりするような事も無かったので、俺も妙な気を遣うような事も無く、実に穏やかな日々を過ごせた。と言う程の日数も無かったんだけどね。






 ああそうそう、王都の地図はめちゃくちゃお礼を言われた。ウィルさんだけじゃなくスティさんも王様も丁寧にお礼を言ってくれてこっちが逆に恐縮した。

 何故かリンちゃんとテンちゃんだけじゃなく、メルさんまでが胸を張って誇らしそうにしてたけど…。


 ついでに執務室に飾りたいから大きな羊皮紙に描いてくれないかと言われた。

 もう一度描きに行ってもいいけど、見ながら複写すれば行けそうだったので、でっかい羊皮紙を用意してもらってすぐ前のを見ながら焼き付けて渡した。

 驚かれるのは今更だね。


 メルさんは瞬きを忘れたかのようにじーっと見ていたけど、あとでちょっと尋ねたらまだ地図を描くのはできないらしい。

 『単純な形は描けるようになったのですが…』って言ってた。どういうのかなと思ったら線をちょっと引くとか、子供が壁に落書きするような単純図形って意味だった。

 円なら円、正方形なら正方形というように正確には描けないんだってさ。どっか歪むらしい。

 練習あるのみですよ、と答えておいたけど、内心では『雑念が多過ぎるんじゃないですか?』と少し思ってる。俺の左腕に手を添えてたリンちゃんも不思議そうにしてたけど何も言わなかった。きっと機嫌がいいからだね。






 任命式も特に何も言う事は無く、あっさりしたもので、言われたように謁見の間へ行き、床に印があるところまで進んで右膝をつき、右手を左胸に添える。頭は下げない。

 すると王様ともう一人四角いお盆に畳まれた布が乗せられたものを両手で恭しく持ったひとが目の前まで降りてきて、王様も片膝をついて目線を合わせ、俺に立つように言い、ホーラード所属の勇者として任命すると言って一歩下がる。

 お盆を持ったひとが俺に近寄り畳まれた布を差し出す。それを俺は広げて背中に羽織る。それで終わり。

 そのまま踵を返して退室すればいいんだけど、つい俺が一礼して回れ右をしたのは良く無かったらしい。敬意を示すなら右手を左胸に添えるだけでいいんだってさ。


 でも大きな実績のある勇者から頭を下げられるホーラード王、という意味では良かったとか何とか、ウィルさんから苦笑いで言われちゃったよ。


 という事で、ホーラード王都アッチダでの用事も終わったので、翌日の朝から一旦『森の家』に帰る事になった。






次話5-018は2022年07月08日(金)の予定です。




●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   でもここのところ出ませんね…。入ってるんですけどね。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   ヒマそうなようでやや忙しい、そんな日々。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   たっぷりタケルと一緒におでかけができてご機嫌週間でした。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   騎士団で遊んでたわけですね。


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。

   尊敬の対象なんですよ、これでも。

   つまりタケルに縁のない芸事に堪能という…。

   生かされない不遇な配置という事に。

   今回出番無し。そろそろ森の家に戻ってるのでは?

   そのうち出番がきます。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   タケルの首飾りに分体が宿っている。

   今回はちょっと登場。と言っても声だけ。

   王城で出てくるととんでもない騒ぎになるので、

   決して出てくるな声も出すなと言われています。

   タケルが呼び掛ければ別なのです。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 モモさん:

   光の精霊。

   『森の家』を管理する4人のひとり。

   食品部門全体の統括をしている。

   今回出番無し。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回は名前がちょっと出たのみ。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   やっと普段の調子になったらしい。

   タケルと一緒じゃないのでセリフはほぼありませんが。


 ジローさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号3番。イノグチ=ジロウ。

   ハムラーデル王国所属。

   砂漠の塔に派遣されて長い。

   2章でちらっと2度ほど名前があがり、

   次に名前が出てくるのが4章030話でした。

   ヤンキーらしいw

   今回出番無し。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   現在快復ターン中。

   今回出番無し。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   今回出番無し。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。

   ティルラ王国所属。

   勇者としての先輩であるシオリに、

   いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。

   勇者としての任務の延長で、

   元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。

   今回出番無し。


 ネリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。

   ティルラ王国所属。

   サクラと同様。

   魔力操作・魔力感知について、勇者の中では

   タケルを除けば一番よくできる。

   結界の足場を使った戦闘がメルに遠く及ばないのは、

   メルが達人級の剣士であることと、

   そもそも身体能力や身体強化はメルのほうが圧倒的に上だから。

   今回は名前のみの登場。


 カズさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。

   ロスタニア所属らしい。今の所。

   体育会系(笑)。性格は真面目。

   呆けていたのは、勇者食堂にいた、

   一目惚れしちゃった娘が精霊様だと感づいたから。

   今回出番無し。


 ホーラード王国:

   勇者の宿がある、1章からの舞台。

   名称が出たのは2章から。

   2章の冒頭に説明がある。


 メル:

   ホーラード王国第二王女。

   2章から登場した。

   いわゆる姫騎士ではあるが、剣の腕は達人級。

   それに加えて無詠唱で魔法を駆使できるようになっており、

   『サンダースピア』という物騒な槍まで所持している。

   もしかしたら人類最強かもしれない。


 ホーラード王家の面々:

   王と王妃、それと末弟の名前は今回初登場。

   王妃、姉、妹、弟の発言も初登場。

   それぞれの存在は2章で示唆されていた。はず。

   姉と妹には婚約者が存在する。

   以下、メルから見た関係と少し紹介を。


 ソーレス:

   メルの父。ホーラード王。温厚な性格。

   平凡だが穏当で良い治世をすると評判は上々。


 ルティオネラ:

   メルの母。ホーラード王妃。

   5人の母で、それも既に成人済みの子が2人いるとは思えない程、

   やや細身。国内の美容関係のトップに君臨する。

   だがそれは当人ではなく、配下に付いているものたちのせい。

   持ち上げられるのもお役目と割り切っており、性格はさっぱり系。

   愛称はルティ。


 ウィラード:

   メルの兄。ホーラード王太子。既に立太子の儀は終えている。

   民の信頼篤く、これも良い治世をするだろうと期待されている。

   婚約者候補が多いが、まだ決まっていないのが欠点。

   愛称はウィル。


 ストラーデ:

   メルの姉。第一王女。隣国ティルラに婚約者が居る。

   相手はティルラ王国王太子ハルパス。将来的にはティルラ王妃となる。

   演劇や歴史に戯曲、フィクションなどに幼少の頃より興味があり、

   いまやホーラード国内のみならずティルラなどの隣国の、

   芸能関係に幅広く影響を齎す存在。

   絵姿が最も多く売れているのは、その均整の取れたスタイルのため。

   愛称はスティ。


 リステティール:

   メルの妹。第三王女。1年違い。

   婚約者が居るとは当人の弁。実際は婚約者候補だが、

   周囲もそのうち確定するだろうと温かく見守っている状況。

   宝飾品や工芸品に興味を持ち、そのため高価なものを蒐集するのが

   父王と兄たちの悩みの種。

   メルに対抗心がある。

   ストラーデと同様にスタイルがよく、年の割に大きめの胸が自慢。

   愛称はテティ。


 アイネリーノ:

   メルの弟。第二王子。4つ違い。

   母親似で女の子かと思われるくらい線の細い、愛らしい顔つきで、

   城内の女官たちの人気を一身に集めている。

   当人は草花が好きな極めて大人しい性格。

   わがまま傾向があるリステティールからは溺愛されていて、

   よく一緒にいる。というか付きまとわれている。

   メルリアーヴェルについては崇拝の対象であり、英雄視もしており、

   近寄るのも話しかけるのも畏れ多いなんて思っていたりする。

   メルからするとそれが懐かれていない、

   嫌われているのではないかと心配になる原因でもある。

   愛称はアイン。


 オルダインさん:

   ホーラード王国の騎士と兵士の頂点である騎士団長。

   団長という名称の理由が今回出ましたね。

   メルリアーヴェル姫の剣の師匠でもあります。

   もちろん達人級。

   全盛期の頃より多少衰えはあるにせよ、それでもすごい爺さんです。

   今回ちょっと登場。


 ベルガーさん:

   ホーラード王国の鷹鷲隊(おうしゅうたい)の隊長。

   数ある騎士隊の中で、鷹鷲隊(おうしゅうたい)は一番有名。

   王国民の尊敬と信頼を集めています。

   この超人ですら、達人級には1歩及ばずなのです。

   今回も登場せず。訓練場には居ましたけどね。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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