5ー015 ~ カエデ、川小屋へ
「あ、何か来たっぽい。勇者かも」
朝の鍛錬中、ふと手を止めてネリが言う。
ネリが見ている方向へ目を凝らして見ると、カエデが走ってくるのが見えた。
- またか、ん?、カエデじゃないか。
「あの子よく来るの?」
ここのところ毎日この川小屋で寝泊まりをしているシオリ姉さんは、カエデと聞いて複雑な表情だ。
「2回目かな?」
「カエデ先輩ですか、どんな方なんですか?」
カズも手を止めてそう尋ねたが、もう近くまで来ている。
- すぐにわかる。久しぶりだな、カエデ。また問題か?
「お久しぶりですサクラさん、あ、シオリさんも、ついでにネリも」
「ついでにって何よ」
- やめんか。カエデ、急ぎか?
前に出ようとしたネリの腕を掴んで引っ張り戻し、カエデに尋ねた。
「あ、はい、ここだったらタケルさんにすぐに連絡がつくかなって思って」
- そうか、その前に挨拶ぐらいさせてやれ。カズ、いいぞ。
いつ挨拶をすればいいかと直立不動の姿勢になって目で訴えているカズに、そう言って合図をすると、びしっと右手を左胸に添える敬礼をして勢いよく挨拶を始めた。
「ありがとうございます!、勇者番号6番!、サワダ=ヨシカズです!、カズと呼んで下さい!、よろしくお願いします!、カエデ先輩!」
きびきびとした挨拶なのはいいが、やはり少し暑苦しいと感じるのが不思議だ。
「え?、あ、えっと、勇者番号10番、シノハラ=カエデです。カエデって呼ばれてます。よろしくお願いします、カズさん?」
対してカエデの方はカズの勢いに気圧されたように丁寧に返し、頭を下げた。
最後が疑問形なのは、カズのほうが上背もあるし年上に見えたからだろう。
「あ、頭を上げてくださいカエデ先輩!、普通にカズと呼び捨てて下さって結構ですから!」
「は、はい、わかりました」
ずいっと一歩近付かれて半歩下がりながら引きつった笑みで答えるカエデ。
「っプw、下がってんのウケる」
「うるさい!」
「失礼しました、カエデせんぱいー、うふふ?」
「やめてよね!、あんたから先輩とか言われたら鳥肌たつから!」
「そんなこと言わないでくださいよーカエデせんぱーい」
「うわー腹立つ、ネリのくせに!」
おっと、見てないで止めなくては。
- ネリ、カエデも。いい加減にしろ。
「はい、すみません」
「はぁい…」
- そうか、ネリは反省していないようだな。稽古の続きをして欲しい、という事だな?
模擬剣に魔力を込めながらゆっくりとネリに手を伸ばすと、びくっと反応して後ろに飛び退いた。
「あ!、反省してます!、だからそれ置いて下さいサクラさん!」
私は溜息を吐いてカエデに向き直った。
- それで、急ぎなら内容は中で聞いた方が良さそうだな。
「はい、お願いします!」
カエデが言うには、トルイザン連合王国を構成する3国の東側、ゴーンザン王国にある『炎の洞窟』から、魔物が出てくる前兆が現れたという話。それと、ハムラーデル南西部の荒野砂漠にある塔、通称『砂漠の塔』において、飛行する魔物が見られるようになり、防衛線を下げて対処してはいるが、そのため塔の下に集まる魔物の数を減らす事ができなくなったらしい。そして次第に魔物が増え危険度が上がってきたため、増援と支援の依頼が来たという話だった。
その前者、『炎の洞窟』についてシオリ姉さんがカエデに尋ねた。
「確か、10年ぐらい前だったわね、あの時はハルトが対処したんでしょ?」
「はい、今回もそっちはハルトさんが行くって言ってました」
それを聞いて頷いた。
ハルトさんが持っている武器、『フレイムソード』は熱に強いと聞いている。妥当だろうと思う。
普通の武具ではすぐにダメになってしまうらしい。
「じゃあもう片方の、塔の方に貴女が行くの?」
「それなんですけどね…」
と、事情を話してくれたのは、荒野の民は気性が荒く武力を重視し、女性が戦う事についてあまり歓迎しない事、今回、援軍を派遣してその往路にあるが、自分が率いるのは先方への体裁が良くないという事で、少し遅れて到着して欲しいと言われたという話だった。
「ジローという勇者が担当していたわね?」
「そのジローさんだからまとめられてるみたいです」
「私は会った事が無いのよ、どんな子なの?」
「子…っていうか、ヤンキーですね」
「何?、それ」
ヤンキーと聞いて眉根を寄せた私やネリ、それとカズ。
シオリ姉さんがヤンキーを知らないのは仕方ないだろう。世代が離れすぎている。
- 姉さん、ヤンキーというのはですね…
と説明をしたがすぐに訂正された。
おかしい。ジローさんは私よりも世代が上のはずなのだ。
「サクラさんそれ古いよ」
- 古いのか?
頷くカエデとネリ、それとカズ。
それで理解した。
どうやらカエデから見たジローさんの印象についての話だからだ。
ジローさんが私以上の世代が思うヤンキーかどうかは問題では無かったのだ。
道理で発音が妙だったわけだ。
- じゃあ説明は任せた。
「んじゃ私が。ヤンキーというのはですね…」
カエデが説明を始めたが…、私の知るヤンキーとは、アメリカかぶれのアウトローという認識だったが、それとはかけ離れたものだというのが良く分かった。
「つまり、反社会行動をとる若者たちって事?」
「そうとも言いますけど…」
「暴力団一歩手前みたいな感じ…かなぁ?」
「何が違うの?、暴力団って何?」
「えっと、ヤクザみたいな…」
「任侠の人って事?」
「えーっと…」
「うーん…」
昭和初期にこの世界に飛ばされたシオリ姉さんに説明する事の困難さがよく分かったようだ。
それにしても私とカエデは12年だったか、それぐらいしか差が無いというのに、これほどまでに社会通念上の認識が異なるのだなと、少し驚いた。
- あー、とにかく話を戻そう、カエデ、それでどうしてタケルさんなんだ?
「タケルさんなら空飛べるじゃないですか、だったら飛べる魔物の対処もできそうですし、男性だからあっちで疎まれずに済むかなって」
「カエデが楽したいだけじゃん、痛て」
- ネリの言い方は良くないが、タケルさんに丸投げをするつもりなのか?、カエデ。
「え?、いえいえあたしだって勇者なんですから、実力を認めさせ…ようとは思ってますけど…」
皆の視線を感じたのか、そこでぐっと俯きそうだった顔を上げた。
「前とは違うんだって、ジローさんに認めてもらうつもりですよ!?」
- ならいい。それで援軍が到着するのはいつ頃の予定なんだ?
「え?、あー、えっと、4日前に出発したんだから…1か月って言ってたんで、25日後ぐらい、です」
指を折って数えているようだが、指を折る必要があったのだろうか?
- それだけ日数に余裕があるのなら、直接『勇者の宿』の方に行けば良かったんじゃないのか?
「それも考えたんですけど、タケルさんが宿の方に寄ってくれるかどうかわからないじゃないですか、でもここだったらリン様が時々来られるみたいですし…」
「リン様も毎週来るとは限らないよ?」
「え?、そうなの?」
- ああ。3日ぐらいで来られる事もあるが、7日か10日か、決まっているわけでは無いんだ。
「そう言えばシオリさん、タケルさんの家に行った事あるよね?」
そう言えば前にメル様がホーラードの王都に戻られるのに便乗して、リン様の転移で行ったんだった。
ネリはよく思い出したものだ。
「ええ、行ったことはあるのだけど、転移で送って頂いたので、正確にどこにあるのかは知らないのよ。あ、『勇者の宿の村』の、東の森にあるって言ってたわね」
「それはあたしも聞きましたけど…」
ふむ。カエデもそれは知っていたのか。
「勇者隊に訊けばいいんじゃない?」
「知ってるのかなぁ…」
「勇者隊は、ある程度勇者の行動について情報を持っているはずよ?」
「そうなんですか?」
「そのはずなのだけど、タケルさんの行動に勇者隊の斥候は付いてゆけるのかしら…?」
「あー、リン様の転移もあるよね、無理じゃない?」
- そうだな…、しかしある程度は知ってるはずだぞ?
「ねぇ、あたしはあまり覚えが無いんだけど、東の森ってそんなに広かったっけ?」
- 西門から出て、馬車でぐるっと森を迂回して東の森のダンジョン村まで行った覚えしか無いな。
「そうね、私もそうだったわ」
- カエデはどうだ?
「森に入った事なんて無いですよ、でもぐるっと回って3時間ぐらいかかったような…」
やはり相当広そうだ。
- そうか、カズはどうだ?
「森に入った事はありませんね。俺…私は東の村で宿を取って、そこからダンジョンに通っていた時期が長いので、森に用事はありませんでしたから…」
「ふつーは森にわざわざ入らないよ?、タケルさんぐらいだよ?」
「ネリ、タケルさんから何か聞いてない?」
「んー、森で燻製作ってたって言ってたよ」
それがいつも食卓に並ぶ燻製の由来…、なのかどうかはわからないが、今はそんな話はどうでもいい。
「そうじゃなくって、家の場所の事」
「東の森にあるってぐらいしか聞いてないよ?」
「一緒かぁ…」
「あ、あの、彼は村に住んでいるのでは?」
「え?」
- どうしてそう思うんだ?、カズ。
「勇者の宿の近くに勇者食堂っていう店がありまして、」
「「勇者食堂?」」
「何それ」
「あれ?、ご存じ無かったんですか?、結構美味い飯が、あ、そう言えばここでの食事と同じぐらいのような…」
「んじゃ精霊様が関わってるんじゃん」
「何ですって!?」
慌てて立ち上がったシオリ姉さんに皆がびくっとなった。
「ちょ、シオリさん?」
「これが落ち着いていられますか!、精霊様のお店がそのような場所にあるなんて!」
- 姉さん、落ち着いて下さい。…カズ、その勇者食堂がどうした?
シオリ姉さんの袖を引き、座ってもらってからカズに続きを促す。
「は、はい!、そこで働いていた給仕の若い女性たちは、家の近所の子たちだと彼が言ってたんです」
「…ねぇ、それって…」
「わ、私は知らないわ」
- ネリ。姉さんも。
まぁ予想はつく。
この川小屋もそうだが、タケルさんの家を管理しているのがリン様なのだ。それと、タケルさんの家に行った事のあるシオリ姉さんの様子からして、その勇者食堂で働いているという若い女性たちは、精霊様なのだろう。
「どういう事なんですか?」
「カズ、世の中には知らない方がいい事もあるの」
何の事かわからないカズに、ネリが訳知り顔で諭している。
「え…?」
「あたしも気になるんですけど…?、シオリさん、何か知ってるんじゃないですか?」
そうだった、カエデはこういう踏み込みをよくするんだと思い出した。
「し、知らないわ」
白々しく横にぷいっと首を向けて言うが、それはもう知っていると言っているのと同じではないだろうか…。
姉さんが、隠し事がこんなに下手だとは思わなかった。
これでロスタニアではちゃんとやって来れていたのか心配になる。
こうなってしまっては、話してもらったほうがいい。
- 姉さん、ここには勇者しか居ません。できれば知っている事を話してくれませんか?
「……」
- 姉さん。
「…はぁ…仕方ないわね。一般人に他言しないように。これは絶対よ。勇者隊も知らない事なんだから」
と、念を押すように皆を見回して言う。
それに皆が頷くのを見てから続けた。
「タケルさんの家は、精霊様たちが管理して下さっているの」
「精霊様たち?」
「聞きなさい。そしてリン様がここに届けて下さっている食料は、タケルさんの家の隣にある食品工場で作られたもののほんの一部なの」
「「え…?」」
「…え?」
私も驚いた。どこで加工された食品なのだろうとは思っていたが、まさかタケルさんの家の隣の、それも工場でだとは思わなかった。
それにしても驚くのがワンテンポずれているな、カズは。
「そこでは多くの精霊様たちが働いていらっしゃったわ」
「じゃあ勇者食堂の女性も…?」
「おそらくは、そうでしょうね」
「……」
「そんな事だろうと思ったー」
ネリが背もたれに背を預け、ぐーっと伸びをするようにしてから両手を頭の後ろで組んだ。
「貴女、驚かないの?」
「だって、タケルさんだもん、リン様に、テン様でしょ?、アクア様もだよ?」
「それはそうだけど…」
「あ、なんとかって大陸に飛ばされてた時にも大地の精霊様が一緒だったって言ってました」
「カエデそれいつ聞いたの?」
「ハムラーデルの国境に来てもらってた時」
「タケルさんから?」
「ううん、リン様から」
「へー…」
ん?、見るとカズが呆けている。
- カズ?、どうした?、カズ?
「え?、あ、はい」
- どうした?、ぼーっとして。
「い、いえ、何でもありません、あの…」
- 何だ?
「彼は一体いつ、そんなに多くの精霊様方と知り合ったんですか?」
それぞれが顔を見合わせている。
あ、そうだ。
- この中で一番最初にタケルさんと出会ったのはネリじゃないか?
「あ、そうかも。その時にはもうリン様が一緒にいたよ」
「裏の精霊様の泉は?」
「んー、気づいたらあった、って感じ?」
- そうだな、気づいたら木があって、泉があったな…。
「カエデが来る前からあったよね」
- そうだったな。
「それで、あたしはどうしたらいいんでしょう?」
「カエデ…」
話題をぶった切ったカエデにネリが呆れたように言うが、もともとカエデの行動方針を決めるための話だったのだから、強引にでも話を戻したカエデの方が正しいと言えるだろう。
「だって、勇者の宿に行ってもタケルさんと連絡が取れないんじゃ行くだけ無駄でしょ?」
- いや、そうとも言えないぞ?、カエデ。
「え?、あ、勇者食堂で訊けばいいってことですね?」
- うん、そういう事だ。
「わかりました。じゃあ今日はここでご飯食べて、明日行きます」
- そこは今すぐ行くというところでは無いのか?
「だって、ここのご飯は美味しいし、お風呂だって入りたいじゃないですか」
「いいんじゃない?、日程だって余裕あるみたいだし」
- んー、まぁそれでいいなら、いいんじゃないか?
「じゃ、早速お風呂行ってきまーす!」
と言うが早いか、壁際に置いてあった背嚢をぐいっと持ってささっと脱衣所に駆け込んだ。
「はやっ」
- 以前より身のこなしが良くなったんじゃないか?
「あたしだってあれくらい、」
- そうか?、そう思うならあとで相手してもらえばいい。
「あたしだって強くなったんだからー」
- さぁ?、どうだろうな?、はっはっは。
席を立ち、鍛錬の続きをしようと外に出ながら言うと、後ろからぼそっとネリが呟く声がした。
「あー、サクラさん意地悪だよぉ…」
カエデはああ見えて勇者歴30年以上だ。10年ほどのネリと比べると3倍だが、魔力の鍛錬に本格的に取り組んだのはネリの方がやや早い。
武力だと思って鍛えてきた期間は、魔力だと知ってからも決して無駄にはならない。それは私自身が実感している事だし、カエデも同様だろう。
そういう点を加味し、身体強化のみという条件なら、カエデの方が有利だろう。
ただし、最近のネリがこっそり練習している、空中に障壁の足場を作り、それを駆使して立体的な動きをするとなると、カエデが対処できるか怪しいところだと思う。
私の場合は障壁魔法の訓練によって、どこに障壁を置いたかが感知できるようになったからな。ネリがそういう手を使っても対処できるのだが…。
「何だか楽しそうね、サクラ」
- そうですね、ネリもだいぶ強くなりましたから、楽しみですよ。
「あの、サクラ先輩」
ん?、と振り向くと、カズも急いで付いてきていたようだ。
「カエデ先輩ってネリ先輩より強いんですか?」
- 単純な剣技だけで言うなら、カエデの方が強かったな。
「強かった、ですか」
- ああ、過去形だ。今ならいい勝負になるかも知れんぞ?
「そうなんですか?」
「前はどうだったの?」
- 前はネリがこてんぱんにやられてましたね。
「それでもあの態度なの?」
- そこはカエデも良くなかったんですけど…、中身が同じぐらいなんですよ、あのふたりは。
「そういうことなのね、ふふっ」
「私からするとネリ先輩は充分強いと思うんですが…」
- それは今のネリを知っているからだな。カエデだってハルトさんから指導を受けているだろう。
「そうね」
「そうですね」
- ハルトさんの剣はパワー型なんだ。ネリは私の技術を教えてはいるが、私がパワー型ではないからな、それがどういう結果になるかは…、見てのお楽しみ、だな。
と言ってはおいたが、ネリはカエデにはまだ及ばないと思っている。
いい勝負はする、とは思うのだが…。
「はぁ、はぁ、もー、せっかくお風呂に入ったのに、また汗だくじゃないの!、この、ネリバカ!、バカネリ!」
「何よ!、今度こそバカエデに勝てると思ったのに!」
「ネリのくせに生意気!」
「ぎりぎりで焦ってたくせに!」
「っ、この!、負けたくせに!」
「途中すごい顔してたくせに!」
「あ!、あれ何よ!、空中で横に飛ぶとかびっくりしたじゃないの!」
「へへーん、教えないもーん」
「いいよ、あれぐらいなら大した事なかったし!」
「次は絶対勝ってやる!」
- おーい、そのへんにしておけよー!
「「はーい」」
模擬戦の結果は、予想通りというべきか、予想以上にネリが頑張ったが届かなかったというべきか、カエデが辛勝した。
ネリが障壁を足場にする技を出すのが早かったせいで、カエデが何とかそれに対処でき、何度も見せたのでカエデも慣れてしまったのも理由だろう。
「あれ、ほっといていいんですか?」
「いいのよ、あれはああやってじゃれあってるのよ」
「そうなんですか…」
カズが心配そうに、なんだろうか?、やや違うような気もするが、少し寂しそうに尋ねていた。
- 姉さんが言ったように、子犬や子猫の兄弟がじゃれあっているようなものだ。そのうち飽きて収まる。
「はあ、そういうもんですか」
少し声を落とし気味に、だがまだ言い合いを続けているふたりをちらっと見ながら、カズは私たちの後ろから川小屋に入ってきた。
私は姉さんとカズに一言伝え、先に風呂に入らせてもらう事にした。
あのふたりを待っていたら昼食が遅くなってしまう。
何故か食事の用意も後片付けも、私の担当になってしまっている。
ネリは言えば手伝ってくれるが、姉さんもカズもいままで一度も手伝ってはくれなかった。
それにしても、カズはどうして台所に足を踏み入れようとしないのだろう?
●○●○●○●
「どのあたりを散歩したのじゃ?」
「んー…あちらの市場のあたりですよ、お姉さま」
ホーラードの王城が綺麗に見える位置に空中静止して、羊皮紙に焼き付けていると、テンちゃんとリンちゃんが斜め下に見える城下町のほうを覗き込むようにして話していた。
この王城は、尖塔は無いが物見台が2つある。石像の飾り付けは無いが、柱や一部の壁には彫刻が施されていて、なかなかお洒落な雰囲気が垣間見える。
基本的には石造りの建物と建物を渡り廊下でつないであるもので、白い石やレンガが組み合わさって模様を描いている美しいお城だ。
「…そうか…」
「どうしたんです?」
「いや、吾も一緒にと思ったのじゃが、あの密度では…」
「ああ、そうですね…」
なるほど、一般人に触れてしまうとまずいからか…。
「やはり王都というだけあるのじゃ、仕方ないのじゃ」
「お姉さま…」
「気にするで無いのじゃ」
そう言いつつ、俺の右腕にしがみついてくるんだもんなぁ、むにゅーっと。
- じゃ、次の場所に行こうか。
リンちゃんがさっと腰に腕を回してしがみついた。
そんなこんなで、ウィラード王太子から頼まれた、王城と、王城周囲、城下町各方面、全域、王都全域、王都周辺、などの地図を作り上げた。
「はい、え?、カエデさんが?、はい、なるほど、わかりました」
お城に戻ってというか、バルコニーから出てバルコニーに戻ってきたんだけどね。
あ、うん、もちろん王族サロンじゃなくて別の部屋の。
そしたらリンちゃんが誰かから連絡を受けたっぽい。
「タケルさま、カエデさんがタケルさまを探して東の森を彷徨っていたそうで、寮の子たちに不審者が見つかったと勇者隊の詰め所まで連行されたんですが、それで本物の勇者だとわかったそうで、それで事情を尋ねたところ、何でも急用とか…」
あー、あそこ迷いの森だもんなぁ、カエデさん何してんの…。不審者てw
- え?、…急用って?
「それがタケルさまかあたしにじゃないと話せないと…」
なるほど?
- じゃあ一旦森の家に戻る?
「あ、いえ、モモさんがあちらに戻ってますので、こちらに送っていいかと尋ねられたんです」
- それってメルさんの部屋に?
「そうなりますね」
- いやそれはメルさんに訊かないと…
リンちゃんの目線がちらっと俺の後ろを見た。俺も後ろを向いた。
メルさんがバルコニーに出てくるところだったからだ。
「ど、どうかされました?」
扉を開ける前に俺がくるっと後ろを向いたので、少し驚いたんだろう。
- カエデさんをこっちに送っていいかメルさんに訊こうって話だったんですよ。
「え?、あ、私の部屋にですか…、何かあったんですか?」
カエデさんがハムラーデルの勇者だって事はメルさんも知っているので、心配になったんだろう。
- 急用だとしかまだわからないんです。
「…仕方ありませんね、では行きましょう」
そう言うと優雅に踵を返してすすすと歩き、王族サロン部屋の前で俺たちに待つように言い、衛兵さんに目配せをして扉を開けてもらって中に入った。と思ったらすぐに出てきた。
「ではこちらへ」
頷いてついていく俺たち。
そしてメルさんの部屋というか寝室に来て、人払いをしてもらい、リンちゃんが連絡をすると、すぐにモモさんとカエデさんが現れた。
「あ!、タケルさん!?、まず砂漠の塔に来て欲しいんです!、って伝えてもらおうと思って川小屋に行ったんですよ!、それで朝のお祈りのときに頭に声が響いて、」
- あちょっとちょっとカエデさん待って下さい。
「急ぎかって言われて返事したら、はい?」
- ちょっと落ち着きましょうよ。
「え?、はい、」
「タケル様、私はこれで」
- あっはい、ご苦労様でした。
モモさんはにこっと笑みを浮かべたかと思ったら早口で詠唱してさっと消えていった。
「あの、タケルさん?」
- はい?
「さっきのひと、どなたなんです?、あとここどこですか?」
がくっとした。
何も聞いてなかったのか…。
次話5-016は2022年06月10日(金)の予定です。
20220615:誤字訂正。 物御台 ⇒ 物見台
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
入浴はあったけど描写無し。うーん…。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
ヒマですからね。今は。
そろそろ忙しくなりそうな気配。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
むにゅーっとだけ登場ですね。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
尊敬の対象なんですよ、これでも。
つまりタケルに縁のない芸事に堪能という…。
生かされない不遇な配置という事に。
今回出番無し。そろそろ森の家に戻ってるのでは?
そのうち出番がきます。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
タケルの首飾りに分体が宿っている。
今回も出番無し。アクア様として名前が登場。
王城で出てくるととんでもない騒ぎになるので、
決して出てくるな声も出すなと言われています。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
モモさん:
光の精霊。
『森の家』を管理する4人のひとり。
食品部門全体の統括をしている。
今回ちょっとだけ出ました。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回名前のみの登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
やっと出てきましたね。
ジローさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号3番。イノグチ=ジロウ。
ハムラーデル王国所属。
砂漠の塔に派遣されて長い。
2章でちらっと2度ほど名前があがり、
次に名前が出てくるのが4章030話でした。
今回名前のみの登場。
ヤンキーらしいw
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
現在快復ターン中。
今回出番無し。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
今回はAパートに登場。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての先輩であるシオリに、
いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
今回Aパートの主人公。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
魔力操作・魔力感知について、勇者の中では
タケルを除けば一番よくできる。
結界の足場を使った戦闘がメルに遠く及ばないのは、
メルが達人級の剣士であることと、
そもそも身体能力や身体強化はメルのほうが圧倒的に上だから。
今回はAパートに登場。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
呆けていたのは、勇者食堂にいた、
一目惚れしちゃった娘が精霊様だと感づいたから。
今回はAパートに登場。
ホーラード王国:
勇者の宿がある、1章からの舞台。
名称が出たのは2章から。
2章の冒頭に説明がある。
メル:
ホーラード王国第二王女。
2章から登場した。
いわゆる姫騎士ではあるが、剣の腕は達人級。
それに加えて無詠唱で魔法を駆使できるようになっており、
『サンダースピア』という物騒な槍まで所持している。
もしかしたら人類最強かもしれない。
ホーラード王家の面々:
王と王妃、それと末弟の名前は今回初登場。
王妃、姉、妹、弟の発言も初登場。
それぞれの存在は2章で示唆されていた。はず。
姉と妹には婚約者が存在する。
以下、メルから見た関係と少し紹介を。
ソーレス:
メルの父。ホーラード王。温厚な性格。
平凡だが穏当で良い治世をすると評判は上々。
ルティオネラ:
メルの母。ホーラード王妃。
5人の母で、それも既に成人済みの子が2人いるとは思えない程、
やや細身。国内の美容関係のトップに君臨する。
だがそれは当人ではなく、配下に付いているものたちのせい。
持ち上げられるのもお役目と割り切っており、性格はさっぱり系。
愛称はルティ。
ウィラード:
メルの兄。ホーラード王太子。既に立太子の儀は終えている。
民の信頼篤く、これも良い治世をするだろうと期待されている。
婚約者候補が多いが、まだ決まっていないのが欠点。
愛称はウィル。
ストラーデ:
メルの姉。第一王女。隣国ティルラに婚約者が居る。
相手はティルラ王国王太子ハルパス。将来的にはティルラ王妃となる。
演劇や歴史に戯曲、フィクションなどに幼少の頃より興味があり、
いまやホーラード国内のみならずティルラなどの隣国の、
芸能関係に幅広く影響を齎す存在。
絵姿が最も多く売れているのは、その均整の取れたスタイルのため。
愛称はスティ。
リステティール:
メルの妹。第三王女。1年違い。
婚約者が居るとは当人の弁。実際は婚約者候補だが、
周囲もそのうち確定するだろうと温かく見守っている状況。
宝飾品や工芸品に興味を持ち、そのため高価なものを蒐集するのが
父王と兄たちの悩みの種。
メルに対抗心がある。
ストラーデと同様にスタイルがよく、年の割に大きめの胸が自慢。
愛称はテティ。
アイネリーノ:
メルの弟。第二王子。4つ違い。
母親似で女の子かと思われるくらい線の細い、愛らしい顔つきで、
城内の女官たちの人気を一身に集めている。
当人は草花が好きな極めて大人しい性格。
わがまま傾向があるリステティールからは溺愛されていて、
よく一緒にいる。というか付きまとわれている。
メルリアーヴェルについては崇拝の対象であり、英雄視もしており、
近寄るのも話しかけるのも畏れ多いなんて思っていたりする。
メルからするとそれが懐かれていない、
嫌われているのではないかと心配になる原因でもある。
愛称はアイン。
オルダインさん:
ホーラード王国の騎士と兵士の頂点である騎士団長。
団長という名称の理由が今回出ましたね。
メルリアーヴェル姫の剣の師匠でもあります。
もちろん達人級。
全盛期の頃より多少衰えはあるにせよ、それでもすごい爺さんです。
今回は登場せず。
ベルガーさん:
ホーラード王国の鷹鷲隊の隊長。
数ある騎士隊の中で、鷹鷲隊は一番有名。
王国民の尊敬と信頼を集めています。
この超人ですら、達人級には1歩及ばずなのです。
今回は登場せず。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。