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5ー013 ~ 騎士団の訓練場2

 結局、部屋に戻らず、でもメルさんと黒竜の対戦ではなく、興奮が収まらない兵士さんたちから選ばれた100名とテンちゃんが操る黒い人型16体との戦闘を見ることになった。


 と言うのも、テンちゃんを宥めている間にオルダインさんたちが戻ってきて、『よろしければテン様が指揮される集団というものを、彼らに経験させてやっては頂けますまいか』と言ったからだ。


 「ふむ…、ならば先の其方らの戦いを参考に、人型の強度を調整してみるのじゃ。それとあれら全員でどうじゃ?」

 「全員ではなく入れ替わり交代100名でいかがですかな?」

 「逐次投入の愚ではないか?」

 「そこは訓練でございます故、問題ではありませんぞ?」

 「わかったのじゃ、それで良いのじゃ」


 よくわからないが、時間短縮になるっぽい。


 そんなわけでささっと組み分けが決まり、その短い間にオルダインさんとテンちゃんが打ち合わせをして開始距離などの細かい決まりができたようで、てきぱきと準備が終わり、戦闘が始まった。


 兵士さんたちは、それぞれの隊からバランス良く分けられていて、全員が整列している前に100名の綺麗な長方形になっている。まずは彼らが先鋒って事だろう。

 それから戦闘中の人数が減ると、追加でどんどん後ろから増援参加するんだそうだ。


 本来なら弓兵がどばーっと射かけてきてからになるらしいが、今回はその後からという設定らしい。なので弓しかできない兵士さんはあそこには参加せずにこっちで待機、見学だ。


 オルダインさんや鷹鷲隊(おうしゅうたい)の隊長を含めた上級者たち、さっきとんでもない戦いをしていた超人たちも見学。しかし半分だけは戦闘前に指示と注意をするためだけに兵士集団のところに居る。もちろん戦闘参加はしないし、開始後からは指示も出さないんだそうだ。


 戦闘中の指揮は、それぞれの集団ごとに隊長を任じて、経験を積ませるみたい。


 実際の戦闘時は、魔道具を使ったり音で指示を出したりするらしいが、今回は使用しない。

 魔道具だって燃料となる魔石が必要なので、今日の訓練にそれを使う予定では無かったからとか言ってた。魔石の魔力チャージにもお金がかかるんだとさ。充電池みたいなもんか。


 そして黒い人型のほうだけど、さっき戦ってたオルダインさんたちにみえる。真っ黒だけど。それが率いる100体。

 オルダインさんたちにも判ったみたいで、何故か喜んでいた。


 あ、ちなみにオルダインさんはでっかいアイロンみたいな形の盾、いわゆるヒーターシールドっていうのを持っていた。訓練用だからかも知れないけど、模様も塗装もないつるんとした表面のものだ。傷などは残ってるけどね。

 だから黒い人型たちも同じ形の、真っ黒の盾を持ってる。もう片手には同じ形の剣。

 異なるのは体格とか、鎧の形とかだ。


 「あれ団長と隊長じゃないですか?」

 「おお、俺が居るな、じゃあその隣はお前か?」

 「そうなりますね」


 と、最初に気づいたひとたちが小声で言うのを聞いたオルダインさんがそちらを見て、すぐに自分たちだと気づいたようだ。

 真っ黒なのによく自分だとかわかるもんだなぁ…。


 「む?、おお!、あれは私ですかな?」

 「参考に、と言ったであろ?、似せて作らねば操作しにくいのじゃ」

 「それでは後ろの兵たちを半分にしてもあれらには荷が重いですぞ?」

 「なら減らすのじゃ」


 という事で超人の影が100から16に減った。


 16でも過剰戦力だと思うよ…?


 というかオルダインさんか隊長さんがひとりだけでもあの兵士さんたち全滅するでしょ。

 だって普通の兵士は甲冑姿で何mも飛び上がったり一瞬で15mもの距離を詰めて斬りかかったりなんてできないと思うし。


 「あくまで訓練なのじゃ、適度に調整はするのじゃ」


 テンちゃんはそう言ってたけどね…。






 そしてやっぱり「始め!」の合図無く、始まった。


 弓の応酬や騎馬兵がいないので、盾を構えた集団と、一列に並んで盾を構えた黒い人型たちが接近していく地味な始まり方だった。


 兵士さんたちの盾は長方形が湾曲した、いわゆる大楯というやつだ。そして後ろに槍。


 映画などでよく見かける戦列だけど、俺はそんな戦いには詳しくないので、そういうもんなのか、ぐらいしかわからない。


 ある程度接近すると長方形の後列が分かれて、黒い人型を包み込むかのように左右から隊列が変わって行く。


 相応に、黒い人型のほうも湾曲するように並びが変わり…、急に4体ずつの4つに分かれて散弾のように散って突っ込んだ、というか大楯を軽く飛び越えた。


 その急変に対応できなかったんだろう、着地点周辺の兵士たち数人が吹っ飛ぶのが見えた。悲鳴が上がっている。直後に怒号というか立て直すための命令が飛び交う。


 「あー、俺たちでもそうするよなぁ…」

 「そうだな、騎馬相手だと後ろも備えるものなんだがな」

 「相手が重装備だから考えなかったんじゃないですかね?」

 「訓練ではあそこまでやらんからなぁ…」


 と話す上級騎士さんたち。

 思うけど、あの黒い人型たちは普通のひとたちからすると距離がわからなくなるせいもあるんじゃないかな。

 ある程度以上の魔力感知か気配察知ができないと、目に頼る事になるからね。

 のっぺりしてて光の反射が無い黒い物体は、見ていると目がおかしくなったように感じるもんだ。そういうのを忘れてる気がするね、こっちの超人たちはさ。


 「ふふっ、ああなっては時間の問題だな」

 「そうですなぁ、増援も遅いですな、姫様」

 「いち早く動いたのは鷹鷲隊(おうしゅうたい)の者のみか…」

 「そこは、日ごろの隊別訓練の成果でしょうな」


 隣ではそんな事を話す超人代表みたいなメルさんとオルダインさん。


 その間にもぽんぽんと景気よく兵士さんたちが飛ばされている。

 隊列はもうがたがたでひどいもんだ。

 長い槍なんて振り回す隙間がないからか、構える事もできずに吹っ飛ばされている兵士さんが、大楯や剣を持っている兵士の邪魔になってしまっている。

 もちろん増援に来た兵士さんたちも近寄るのが困難になってしまった。


 ある程度の人数が減ると、飛ばされる兵士の頻度がかなり減った。


 直接には見えないけど、魔力感知で見ると黒い人型たちは集まって菱型になってゆっくり進んでいるようだ。


 増援の兵士が2重に盾と槍を構えているからだろう。


 黒い人型を追う形の生き残り兵士たちもそれに倣ってなんとか隊列を繕っている。


 が、黒い人型の進行方向が変わり、隙間をこじ開けるようにして食い込み、食い荒らし始めた。


 「何をやってるんだ、見捨ててどうするんだ」


 なるほど、前方を固め過ぎたってわけか。

 隙間を作り、誘い込むようにしておき、後ろ側へ回り込む部隊が、壊滅状態の兵士たちを助けなくちゃいけなかったのかな。


 やっぱり俺にはこういうのは見ていてもよくわからんな。


 とりあえずあっちで人助けでもするか。暇だし。


- じゃあちょっと怪我人を助けてきますね。


 「あ、私も行きます」


 メルさんも来るようだ。






 怪我人というのは、テンちゃんの攻撃でケガをしたわけじゃなくて、吹っ飛ばされた場所が良くなかったり、味方の武器に当たってケガしたり、落ちた時に打ちどころが悪かったりしたひとたちの事だ。


 それを、メルさんと左右に分かれて回復していくんだが、走って行く間に『タケル様、完全に回復する必要はありません、多少痛みが残る程度にしておいてもらえますか?』と言われたので内出血はそのままにしておいた。


 まぁ普段から鍛えている兵士さんたちだし、酷いケガになっていたのは数人程度だったけどね。軽装でも一応金属製の胸当てや革鎧を着けているってのもある。


 リンちゃんは黙って俺についてきてたけど、特に何も言わなかった。

 少し不満そうではあったよ。


 で、だよ。


 俺たちが救護し始めると、戦闘のほうも苛烈になったんだ。何故か。


 というか明らかにメルさんの方よりも俺の側にすっ飛んでくる兵士さんの方が多い。

 絶対これ狙ってやってるんだよ、テンちゃんが。






 そんなこんなで、空の色が少し変わってきた頃、終了の合図が出て戦闘終了となった。

 戦闘自体は1時間もかかってない。


 勝敗というのは無くて、400名弱の兵士さんたちの8割が脱落判定され、黒い人型は半数に減っての結果だった。

 半数まで減らせたんだから、ある意味大したもんじゃないのか?、と俺は思うんだけどなぁ…。


 とにかくこれで一旦解散となるんだと。食後に反省会らしい。

 皆さん散らばった装備などを片付けながら訓練場を、結構てきぱきと駆け足で出て行った。俺たちの近くを通った兵士さんたちは立ち止まって敬礼をして、治療のお礼を言ってた。ぎこちないけど返礼はしたよ。


 俺とリンちゃんとメルさんは、テンちゃんとオルダインさんが残っているテーブルのところまで戻った。


 「やはりやるのか?、メルよ」

 「はい!、お願いします!」

 「仕方無いの…」


 肩を少し落とし気味にしながらも、さっと手を振るようにして強固な障壁を張るテンちゃんは、続いて箱の(すす)を操作して背中に翼のある厳つくもでっかいトカゲを作った。

 いわゆるドラゴンだな。

 伏せている身体を伸ばせば頭から尻尾まで50mはありそうだ。もう怪獣だなこりゃ。


 「おお!、このような魔物が居たのですか、テン様」

 「うむ」


 メルさんは薄く笑みを浮かべて槍のカバーを外し、準備運動をし始めたし…。


 「メルよ、これはブレスを吐く故、心するが良いのじゃ」

 「はい!、ありがとうございます!」


 ノリノリだな。というか目がきらっきらしてる。


 俺はちょっと気になったので、小声でリンちゃんに尋ねた。


- リンちゃん、これって…。


 「はい、竜族です。お姉さまが昔、この手の大物を何体か倒したみたいです」


- テンちゃんだけって事は、ないよね?


 「お姉さまの戦闘には、普通の精霊は近寄れませんから…」


 え?

 ああそりゃそうなんだろうけど。


- そうじゃなくて、他の精霊さんたちだって討伐した事があるんじゃないかなって。


 「んー、そうですね…」


 ちらっと視線をメルさんとオルダインさんへと動かしたのがわかった。

 ああ、ここじゃ言いにくいのか。


 その間に、テンちゃんがメルさんだけじゃなく、オルダインさんにも注意事項を話し終えて、メルさんが開始位置に着くと、伏せていた真っ黒ドラゴンが四つ足でメルさんを睨みつけたのが合図なのか、メルさんが槍を構えてさっと横に10m近く飛び退き、着地と同時に風雷を放った。


 とほぼ同時に首でメルさんを追った黒ドラが口を開けてブレスを放つ。ブレスも真っ黒のビームだ。


 互いの中間点でそれらがぶつかり、ばばっ!と音と光を散らしてメルさんの風雷が消滅、やや勢いを減じた黒ブレスが直進したが、メルさんはもうそこには居らず、回り込むように10m程の距離から斜めに、今度は水雷を放った。


 黒ドラはさっきよりも口を大きく開けて、太いブレスをばっと放って対処した。

 が、距離が近いのと、メルさんの放ったのが水雷なので、ぶつかった場所では大きな爆発が起き、灰色の煙がもうもうと発生した。


 反動でか予定行動なのか、黒ドラは尻尾をメルさんの居た逆側から振ってきていて、そのまま捻りつつ身体を起こして後ろ足で立つ。


 メルさんは尻尾を空中にジャンプして回避、そのまま空中に障壁で足場を作ってミサイルのように突っ込む。


 それを黒ドラの前足が迎え撃ったが空振り。

 メルさんが途中で障壁を蹴って方向を変えたからだ。


 だがそれを黒ドラは前足の甲側で払いのけた。


 宙返りと障壁の補佐できれいに着地しようとするメルさんへ、黒ドラのブレスが襲い掛かる。


 しかしまだ煙がもうもうと立ち込めているのもあってか狙いが甘く、メルさんは空中で姿勢を変えつつ障壁を駆使し、薙ぎ払うように動いたブレスを避けた。


 「うーむ…」


 この一瞬の攻防を見たオルダインさんが唸っている。


 メルさんは槍を構え直して不敵な笑みを浮かべている。


 …なんだこれ…。






●○●○●○●






 結果的には相打ちのようになり、引き分けとなった。


 メルさんは悔しそうにしながらも大満足な様子だった。


 そりゃまぁ肉薄してたし?、片腕をもぎ取って、尻尾もぶった切ってたし?

 黒い(すす)でできたドラゴンじゃなかったら、それぞれダメージ的には相当だろうから、ひるむ隙もできただろう。感電してひるむのもあっただろうね。

 でも黒ドラにはそれが無いからね。


 メルさんの方は、何度か吹っ飛ばされてたけどブレスが当たったり掠ったりは一切無かった。さすがというところだね。

 空中での障壁を使った機動なんかは相当練習したんだろうと思う。


- 僕ではあんな風に使うにはかなり練習しないとやれる自信は無いですよ、すごいですね、メルさん。


 俺は褒めたつもりだったのに、何故か笑顔をやめて複雑な顔をされた。


 「ありがとうございます。タケル様にそう仰って頂けると励みになります」


 と、言葉ではそう言って敬礼していたが…。






 メルさんとオルダインさんが着替えに行き、俺たちはこの場で待つ事になった。

 騎士団の食堂に用意されているって聞いたからだ。


 先に行っていてもいいと言われたが、ここでお茶でも飲んでのんびり待つ方がいいと思ったのでこうしたってわけ。

 飲んだのはお茶じゃなくて果実水だったけど。


 「お姉さま、それはどうするんです?」


 リンちゃんが尋ねたのは、今日大活躍だったでっかい木箱入りの(すす)だ。

 テンちゃんの魔力に染まってるので、そのままではポーチに入れられないんだろう。


 「あると便利なんじゃがの…」

 「そのままじゃポーチに入れられませんよ?」


 やっぱりね。


 「せっかく扱いやすく染めたのじゃが…」

 「それはわかりますけど、どのみち転移もできませんから、あきらめるか魔力を抜くかして下さい」


- テンちゃんを包むあの袋じゃダメなの?


 「あれはお姉さまが魔力を極力抑えているから使えているんです。その(すす)にはそんな能力はありませんから、魔力を抜かなければ転移できませんし、抜いたなら箱ごとポーチに入れられます」


- なるほど。


 「しょうがない…、抜くのじゃ…」


 しょんぼり、という雰囲気で椅子から降り、箱の所にしゃがんで魔力を抜き始めるテンちゃん。絵面がすごく哀愁を誘っている。


- あれ?、テンちゃんちょっと待って。


 「ん?、何じゃ?」


- それって中和だよね?


 「うむ。散らすわけにもいかぬのじゃ」

 「タケルさま、まさか…」


- え?、あ、うん、吸収すればいいかなって。


 「其方……」

 「……」


 じーっと見られた。


- え?、何か変なこと言った?


 「いや、良いのじゃ。タケル様よ、では頼むのじゃ」


 はいと言って席を立ち、テンちゃんの隣に立って箱を上から見た。


 「お姉さま?」

 「中和するより早いのじゃ」

 「でもそれって結構な量が…」

 「それもそうなのじゃ、タケル様よ、行けそうか?」


- 確かに結構な魔力量ありますね、これ。吸収してテンちゃんに返せばいい?


 「タケルさま…?」

 「そ、其方がそう言うなら、それが良いのじゃ」


 と言って俺の右腕にむんにゅぅっとしがみついて、両手で右手を包むように持った。いつの間に手袋を外したのか、素手だった。相変わらず素早い。


 はーーっとリンちゃんの大きなため息が聞こえた。

 なんか不機嫌っぽい。椅子に横向きに座り直してる。こっちを見たく無いという雰囲気。


 「あ、あの者らが戻る前に済ませるのじゃ」


- あっはい。


 急がなくちゃと思いながらテンちゃんに同調して箱の(すす)から魔力を吸い上げ、ほぼそのままをテンちゃんに送り渡していく。


 しばらくそうしてやっと半分ほど吸い上げて送ったぐらいから、テンちゃんの鼻息がやたら聞こえる事に気づいた。


 あ、そう言えば魔力のやりとりがどうのとか前に聞いたような…。あーそうか、それでリンちゃんが不機嫌になったのか。

 でももうこれをやり切らないと、終わらせないとだし、今更やめられない。


 何とか終わり、火照っているテンちゃんに、ポーチに入れるからと言って離れてもらい、木箱に取っ手を付けてからポーチに入れた。

 山盛りだった(すす)は半分ほどに減っていたけど、魔力の分で量が減ったんじゃなくて、魔力でふわっと空気が間に入っていたからのようだ。

 木箱には蓋があったはずなんだけど、見当たらなかったので、片付けられてしまったんだろう。代わりに布をかぶせてロープで縛っておいた。


 手を軽く洗ってからリンちゃんの隣に座り直し、何か話題は無いかと考えて、さっきのメルさんが何か妙だったよねって言うと、しょうがないひとを見るような目で見られた。


 「空を自在に、それも超音速で飛べるタケルさまにああ言われては、メルさんも素直に喜べないと思いますよ?」

 「そもそも其方ならあの程度の相手、近寄る必要すら無いのじゃ。近寄らねば倒せぬメルに謙遜などするからあんな顔をされるのじゃ」


- はい、言い方を考えてから言うようにします…。


 ふたりして言われてしまった。

 話題を間違えたっぽい。


 そういう事だったのか…、俺としては素直に賞賛したつもりだったんだけどな…。


 おかげでテンちゃんが当時どうやって倒したのとか、尋ねにくくなってしまった。


 まぁ、なんとなく想像はつくけどね。

 広範囲を闇にしたとか、消滅させたとか、そんなとんでもないのだろうと思うし。






 先にオルダインさんが着替えて戻ってきた。

 サーコートみたいなデザインの服だった。別に鎖が編み込んであるとかじゃなくて普通の服っぽいけど、でも仕立てのいい貴族らしい服だった。いあ、なんとなく。貴族らしいとかよくわからないし。


 オルダインさんはさっと俺たちの様子を見たようだけど、全く顔色を変えず、テンちゃんに訓練への協力について改めてお礼を言って頭を下げた。

 テンちゃんは『(われ)が好きでした事なのじゃ、礼には及ばないのじゃ』といいつつも、まんざらでもない様子で席を勧めた。


 小さいコップを出して、テーブルに出てあった水差しから果実水を入れてオルダインさんの前に出したら、一瞬躊躇(ためら)ったように見えたが『頂きます』と言って口にしてから、『これは良いですなぁ…』と言って残りを一気に飲んだ。

 やっぱりこのひとは豪快だね。上品なんだけど豪快。


 そうしてるとメルさんが軽く駆け足で戻ってきた。


 メルさんは来た時のようなドレス姿じゃなく、王子様みたいな服になってた。

 足にぴったりとしたズボンに編み上げのショートブーツ、そしてかっこいい上着とシャツ、首元の布飾り。うん、お姫様じゃなくて王子様だなこれ。


 『お待たせしました、どうぞこちらから』と言うメルさんに続いてぞろぞろと付いて行くと、広めの小奇麗な部屋に通された。そこに食事の用意がされていたんだ。


 「ここは騎士団に来客があったときに使われる部屋なんです」


 そう笑顔で言うメルさんに従って座ると、部屋の隅に立っていた給仕服のひとが開けっ放しの扉の向こうに合図をし、料理が運ばれてきた。


 「料理はほぼ騎士や兵士たちのと同じなのです。堅苦しいものではありませんのでお気を楽にお召し上がりください」


 はいと返事をした。

 そう言えばティルラ国境防衛拠点のときにも、メニューは同じって言われた覚えがある。ホーラード王国騎士団ではそういう決まりなんだろう。


 言われたように運ばれてきたメニューは、コース料理のように何度も運ばれるのではなく、一度に皿がずらっと並べられていくものだった。

 結構量が多いな…。


 「あっ、訓練後の食事は多めなのを忘れていました。あの、多ければ残して頂いても構いませんので…」


 俺に言ったのではなく、テンちゃんとリンちゃんに言ったようだ。

 俺の分としてもちょっと多いんだけど、食べられなくは無い。


 「ふむ、ではお言葉に甘えるのじゃ。リンよ、こちらの皿の分を半分ずつにするのじゃ」

 「そうですね、それくらいに減らした方が良さそうです。メルさん、すみませんがこちらのひと皿をお返しするという事でお願いします」


 リンちゃんが手で示した肉料理のお皿を、メルさんが手を伸ばして自分の方に動かした。

 ちらっとそれに目線を動かすオルダインさん。


 「大丈夫です、今日はたくさん動きましたので、これくらい食べられます」


 だそうだ。

 何気にメルさんって結構食べるよね…。ちっさいのに。っと、基礎代謝が高いんだろう、魔力もいっぱい消費するし、今日消費してたし!


 だからその澄ました笑顔で見るのやめて?、メルさん。


 給仕のひとがカートの上にお皿などを置いてから一礼し、壁際に下がる。


 「では精霊様に感謝して、頂きましょう」






●○●○●○●






 翌日。

 王室のサロンと勝手に呼んでるが、その隣の部屋で朝食を摂ってからすぐにこの部屋にぞろぞろと移動した。もちろんホーラード王室の皆さんと一緒に。


 スゲー緊張した。


 皆さん食べる姿がお上品なんだよ。そして話すのは料理(皿)が下げられて次のが運ばれてくる間、ナイフなどを手にしていない時だけなんだ。

 何だかナイフやフォークを手にしたら話してはならない決まりでもあるのかな…?


 リンちゃんもテンちゃんも至って普通に上品な食べ方をしているし、微笑みも完備、いや完美と言える。


 だが俺の方はそうはいかない。

 元の世界で入社時の研修でマナー講座があったぐらいだからね!

 そんなのもうほとんど覚えてない。


 何とか見様見真似で頑張ってたらバレてたっぽくて、『マナーなどお気になさらずとも構いませんよ?』とウィラード王子から言われてしまった。

 お礼を言ったけど、やっぱり頑張ったよ。


 でもちょっと、お箸が欲しかったし、器を持ち上げたかった。






次話5-014は2022年05月20日(金)の予定です。


20220514:誤解を避けるため、「くろ人型」を「黒い人型」に変えました。



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   今回も入浴シーン無し。ここんとこ無いですね…。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   ひとを褒めるのも難しいですね。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   難しい年ごろ?、でもないか。

   またお姉さまだけ…とか思ってそうですね。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   鼻息w


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。

   尊敬の対象なんですよ、これでも。

   つまりタケルに縁のない芸事に堪能という…。

   生かされない不遇な配置という事に。

   今回出番無し。そろそろ森の家に戻ってるのでは?


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   タケルの首飾りに分体が宿っている。

   今回も出番無し。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 モモさん:

   光の精霊。

   『森の家』を管理する4人のひとり。

   食品部門全体の統括をしている。

   今回も出番無し。そろそろファーと一緒に戻った頃。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回出番無し。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   今回出番無し。


 ジローさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号3番。イノグチ=ジロウ。

   ハムラーデル王国所属。

   砂漠の塔に派遣されて長い。

   2章でちらっと2度ほど名前があがり、

   次に名前が出てくるのが4章030話でした。

   今回出番無し。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   現在快復ターン中。

   今回出番無し。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   今回出番無し。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。

   ティルラ王国所属。

   勇者としての先輩であるシオリに、

   いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。

   勇者としての任務の延長で、

   元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。

   今回出番無し。


 ホーラード王国:

   勇者の宿がある、1章からの舞台。

   名称が出たのは2章から。

   2章の冒頭に説明がある。


 メル:

   ホーラード王国第二王女。

   2章から登場した。


 ホーラード王家の面々:

   王と王妃、それと末弟の名前は今回初登場。

   王妃、姉、妹、弟の発言も初登場。

   それぞれの存在は2章で示唆されていた。はず。

   姉と妹には婚約者が存在する。

   以下、メルから見た関係と少し紹介を。


 ソーレス:

   メルの父。ホーラード王。温厚な性格。

   平凡だが穏当で良い治世をすると評判は上々。


 ルティオネラ:

   メルの母。ホーラード王妃。

   5人の母で、それも既に成人済みの子が2人いるとは思えない程、

   やや細身。国内の美容関係のトップに君臨する。

   だがそれは当人ではなく、配下に付いているものたちのせい。

   持ち上げられるのもお役目と割り切っており、性格はさっぱり系。

   愛称はルティ。


 ウィラード:

   メルの兄。ホーラード王太子。既に立太子の儀は終えている。

   民の信頼篤く、これも良い治世をするだろうと期待されている。

   婚約者候補が多いが、まだ決まっていないのが欠点。

   愛称はウィル。


 ストラーデ:

   メルの姉。第一王女。隣国ティルラに婚約者が居る。

   相手はティルラ王国王太子ハルパス。将来的にはティルラ王妃となる。

   演劇や歴史に戯曲、フィクションなどに幼少の頃より興味があり、

   いまやホーラード国内のみならずティルラなどの隣国の、

   芸能関係に幅広く影響を齎す存在。

   絵姿が最も多く売れているのは、その均整の取れたスタイルのため。

   愛称はスティ。


 リステティール:

   メルの妹。第三王女。1年違い。

   婚約者が居るとは当人の弁。実際は婚約者候補だが、

   周囲もそのうち確定するだろうと温かく見守っている状況。

   宝飾品や工芸品に興味を持ち、そのため高価なものを蒐集するのが

   父王と兄たちの悩みの種。

   メルに対抗心がある。

   ストラーデと同様にスタイルがよく、年の割に大きめの胸が自慢。

   愛称はテティ。


 アイネリーノ:

   メルの弟。第二王子。4つ違い。

   母親似で女の子かと思われるくらい線の細い、愛らしい顔つきで、

   城内の女官たちの人気を一身に集めている。

   当人は草花が好きな極めて大人しい性格。

   わがまま傾向があるリステティールからは溺愛されていて、

   よく一緒にいる。というか付きまとわれている。

   メルリアーヴェルについては崇拝の対象であり、英雄視もしており、

   近寄るのも話しかけるのも畏れ多いなんて思っていたりする。

   メルからするとそれが懐かれていない、

   嫌われているのではないかと心配になる原因でもある。

   愛称はアイン。


 オルダインさん:

   ホーラード王国の騎士と兵士の頂点である騎士団長。

   団長という名称の理由が今回出ましたね。

   メルリアーヴェル姫の剣の師匠でもあります。

   もちろん達人級。

   全盛期の頃より多少衰えはあるにせよ、それでもすごい爺さんです。


 ベルガーさん:

   ホーラード王国の鷹鷲隊(おうしゅうたい)の隊長。

   数ある騎士隊の中で、鷹鷲隊(おうしゅうたい)は一番有名。

   王国民の尊敬と信頼を集めています。

   この超人ですら、達人級には1歩及ばずなのです。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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