4ー097 ~ それぞれのその後2
【その後の川小屋での訓練】
「え?、シオリ様も訓練されるのですか?」
その夜、外で魔法の訓練をすると言うので、私も久しぶりにサクラやネリと一緒にと思い、外に出るとカズが意外そうに言ったので、つい不満そうに言ってしまったわ。
- 何よ…。
「あ、いえ、全然文句とかがあるわけでは無くてですね…」
- じゃあ何よ。
「姉さん、カズは姉さんが『杖の勇者』って言われてるから、魔法の達人だって思ってるんですよ」
カズが言い難そうに言葉を濁したのに割り込むと、サクラが見かねたのか助け船を出しました。
そちらを見てから、確認するようにカズを見ます。
- そうなの?
「は、はい!」
- なら、それはこの杖の事ね。私自身は大した事は無いわ。達人だなんてとんでもない。
持ってきた杖、『裁きの杖』を少し持ち上げ、そして下ろしました。
「え…」
「姉さん、そんなに謙遜しなくても…」
- 謙遜じゃ無いのよ。だって私はこの杖を使うための詠唱をいくつか覚えているだけで、魔法技術そのものに関してはタケルさんどころかそこのネリにも敵わないもの。
「ふふーん」
「ネリ」
得意げな表情で胸を張るネリにサクラが注意しました。
本当の事なのだから、別にいいのに…。
「あ、でもタケルさんは別格だよ…、追い付ける気が全然しないもん」
確かに、タケルさんは想像の遥か上を行ってるので別格でしょうね。
実はネリとは最初のうちは避けられていましたが、この地が魔物侵略地域からバルカル合同開拓地という名称になってからは、時々、私が川小屋に泊まった日で時間があれば訓練にお邪魔していたのです。その時にはメルさんも居ましたし、だんだんと一緒に訓練する事にも慣れたのです。
それでネリが私よりも魔法技術、魔力感知と魔力操作の事ですが、それがかなり上なのだと実感したのです。
ネリが私に敬語を使わないのは、私が教えを乞う立場だからです。当初それに気づいたサクラが注意をしたのですが、私が許していると言って止めたのです。
そんな私にサクラが驚いた顔をしたのは少し面白かったですね。
- それでも貴女とメルさんは空中を走れるじゃない?
「え!?」
「うん、そうだけど…」
- あら、カズは知らなかったの?
「はい」
「まだ見せたこと無かったっけ」
「それは障壁魔法がある程度自在に扱えるようになってからにしようという話になってたような…」
「あ、そうでした」
- 言ってはまずかったかしら…?
「どうせそのうちだし…」
「遅かれ早かれですから」
と、ふたりがカズを見た。
「え?」
相変わらず鈍いのね…。
- 貴方次第って事よ、頑張りなさい。
「は、はい!」
- 私も頑張らないとだわ。
「じゃあ今日はその障壁魔法をしよっか」
そう言って魔法の訓練が始まりました。
訓練内容は簡単ですが、訓練自体は結構難しいものでした。
聞けば、これもタケルさんが、『こうすればいいよ』とネリとサクラに教えた方法なのだそうです。
メルさんもその時には居たらしいのですが、メルさんとホーラードで訓練した時には障壁魔法の訓練はしていませんでしたので、私は知らなかったのです。
「姉さん、この訓練は」
- 初めてだわ。
「そうですか、じゃあ最初はゆっくりやりますね」
そう言ってサクラは木の棒の先に小さな光球をつけ、それをゆっくりと私に突くように近づけてきます。
「こうして、体のどこかを狙いますので、障壁で防いで下さい」
- え?、待って、手のひらとかじゃダメなの?
「ダメです。どこを攻撃されても守れるようにするのと、身体の周囲へ自在に障壁を作るのが目的ですから。まさか、できないなんて事は…」
- 大丈夫。たぶん。
「たぶん?」
- 大きさはいいの?
「……毎回全身を覆う障壁を張るつもりですか?」
- そこまでは言わないけど…。
「わかりました。姉さん、棒の先に光球をつけて動かせます?」
- それくらいなら…。
「じゃあ最初は突くほうをしてください。私が障壁で受け止めますから」
そうして私が突いたり薙いだりした棒の先の光球を、サクラが的確に障壁で防いで行きました。
結構素早く突いても、きちんと障壁で防いでいたのには驚きました。
逆に私のほうは、何度か障壁で受け止める事には成功したものの、素早く動かされるとつい大きく張ってしまい、注意される始末…。
というか、サクラは私が張った障壁の大きさを魔力感知で把握している事に驚きでした。
あまり見る余裕が無かったのですが、ネリとカズのほうも、サクラと私のと似たような感じだったそうです。
と言っても、カズのほうは大きく張ると間に合わないらしく、身体を突かれる回数が多かったようですが…。
●○●○●○●
汗をかくほどでも無い訓練なので、ぞろぞろと川小屋のリビングに戻り、各自給水器から水を汲んでからソファーのところに座りました。反省会なんだそうです。
しばらくは、こういう所に注意して、とか、障壁の形を変えるときにはこうするとか、そう言った話をネリとサクラがして、私とカズがふむふむと聞いていました。
障壁の形を変えるというのは、思い描いた形で張る事で、一度張った障壁の形を変える事ではありません。
ネリが言うには、タケルさんには可能なのだそうですが、普通は変形したり穴を開けたりは不可能なのだそうです。『リン様がそう言ってた』らしいので、穴を開けたい場合には予めそういう形で作るか、変形させる場合には、限度はありますが最初からやわらかい障壁にする必要があるのだそうです。それ自体が難しいのですが…。
「あ、リン様かな」
ネリがタケルさんの部屋に繋がる、暖簾がちょっとある廊下のほうを見ました。すると程無くリン様が出て来られました。
「こんばんわ。あ、シオリさん、戻ったのですね」
- はい。お世話になります。タケルさんは無事、ホーラード王国所属となりました。
まだ『勇者の宿』に向かった使者は到着していないはずです。
「そうですか。それは良かったです」
にっこりと笑みを浮かべて答えるリン様。
「あ、タケルさまはアリースオムでの用事を済まされ、ご自宅に戻られましたよ」
「あれ?、ハムラーデル国境じゃなかったんだ」
「シオリ姉さんがホーラードに向かった時に聞いただろう」
「あー、そういえばホーラードに戻って所属がどうのって、あれ?、あの後またハムラーデル国境に戻ったんだよね?」
「そう…だったか?」
リン様は微笑みながら台所に向かいました。
補給をしに来られたのですね。
- その時にロミが一緒だったから、ハムラーデル国境の事が片付いたあと、アリースオムに行ってたのでしょう。
「そうだったんですか」
「何かタケルさんあっちこっち行ってすごいね」
「移動速度が桁違いだからな…」
「うんうん、あたしもあんな風に…じゃなくてもいいから空を飛べたらなー」
「え?」
「前に言っただろう?、タケルさんは空を飛べるんだ」
「信じられないかも知れないけど、ホントだから」
「はぁ、そうですか…」
普通に考えて、人が空を飛ぶなんて信じられなくても仕方ありませんからね。
- まぁ実際に見ても、飛んで運んでもらっても、あれは信じられませんからね…。
「何度経験しても慣れませんね」
「あたしは少しは慣れたけど…、でも怖いよね、やっぱり」
「そうですよ、タケルさまの飛行魔法は異常です」
あ、リン様。
「リン様から見てもそうなんですか?」
「はい。タケルさまは慣性を緩和するために複雑に制御されてますので、感知した実際の速度と、感覚的な速度の差が激しいのです。直線運動ならまだいいのですが、実際には風の影響や気圧差、飛行コースの事もありますのでどうしても曲線を描いてしまいますからね…」
「な、なるほど…」
「そりゃあんな速度を出したら風の影響もすごいよ…」
一体どんな速度だと言うのでしょう…。
「どれくらいなんですか?、その速度」
カズがよく分かっていないなりに、速度というだけで尋ねたのがわかります。
「控えめで、時速500kmだそうです」
「うんうん」
「え…?」
「普通で音速ぎりぎりって言ってたよね」
「はい。先日ハムラーデル国境からベルクザン王国の首都ベルクザバまでを飛んだ時は、音速の数倍だったようです」
「「えええ…」」
オンソクとは何なのかよく分かりませんが、ネリとカズ、そしてサクラの驚きようを見ると、おそらくとんでもない速度なのでしょうね…。
「飛行した時間と距離を考えると、そうとしか思えないんです。無茶苦茶ですよ、ほんとにもう…」
そうして微笑みながら頬を膨らませるリン様はとても可愛らしいのでした。
「あ、そうだリン様、お願いがあるんですけど」
話題を変えるためか、ネリが急に思い出したように言いました。
「何でしょう?」
「裏に行くのに、台所を通るしかないのがちょっと不便かなって」
ああ、タケルさんの部屋の奥に続く、リン様の部屋にも扉がありますが、使いにくいですものね。
「ああ、ではここから裏に行けるように廊下と扉を作りましょう」
「危険はありませんが、一応、外に出るかこの部屋から動かないように」
「「はい」」
そう言うと、リン様はタケルさんの部屋へと入って行かれました。
あちらにも操作盤があるのでしょうか…。
少しするとズズズという音が続き、食卓とリビングルームの間あたりの壁に扉が出現しました。壁に掛かっていた行動予定表などもズレて、リビングルームが扉の半分ほど広がったような気がします。
「終わりました。そちらの扉から裏に抜けられるように廊下を作りました。洗濯機の横に出ます」
リン様が出て来られてそう仰いました。
カズが唖然として呆けた表情で固まっているところをみると、私もだいぶ慣れてしまったのでしょうね。
「リン様ありがとうー」
「ありがとうございます」
ネリとサクラがお礼を言い、私もそれに追従してお礼を言いました。
カズは新しくできた扉を見たままですね。
私も最初のうちはそんなだったのでしょうか…?
いえ、あんな呆けた顔はしていなかったはずです。
彼もそのうち慣れるのでしょう。
●○●○●○●
【アリースオムその後】
「すんません、コウ様」
- おう、どうした?
俺が遅い飯を食ってたら、ベガース戦士団の団長ベギラムの息子、あー名前は、ああ、ボギーだ、元はボギラムだったが似ていてややこしいからって前にボギーにしろって冗談で言ったらそうなっちまったんだったな。
今日は午前にぁちょっとこのガトーリン村で揉め事が起きたせいで昼飯を食いそびれるところだった。だからこの食堂にぁ俺だけが冷めかけた料理をもそもそと食ってたってわけだ。
ガトーリン村はここいらで一番大きい村で、この『瘴気の森』周辺の村落のまとめ役ってやつだ。だから今俺たちが拠点にしてるし、周りを広げて家屋の建設も始まってる。
ああ、マッサルクの都からなんとか施療院の連中も十数名来てたな。小さいが施療院も建設中だったっけ。
「結局あの『瘴気の森』は片付いたんですよね?」
- ああ、そうだぞ?
あのおっそろしい後輩勇者が精霊様を味方につけてな。
全くとんでもねぇ奴だ。
ロミがあんな真剣な顔で釘さして来やがったからな。いいもんが見れたとあの後輩にぁ感謝してぇが、余計な事をすっとまたロミの不興を買いそうだ。
「だったら俺たちは何であそこに入れねぇんです?、入ってるのは後から来たあの施療院の連中だけって、おかしかねぇですか?」
しかしこいつは俺がまだ飯の途中だってのに、向かいに座りもしねぇで…。
- あー…、
俺はそう言ってちょっと待てと手のひらを向けた。
事情はロミからの手紙で知ってる。
実際どう言えばこいつらが納得すんだとか、俺だって考えてなかったわけじゃねぇが…。
そして向かいを指差して座れと指示をし、頷いて座ったのを見て続けた。
- あのよ、お前らを『瘴気の森』に連れてった事があったよな?
「はい」
- あん時、お前らすぐに酔っちまって、大変だったろが。
「ええ、そうでした。けど今はただの荒地じゃねぇですか」
- まだ瘴気たっぷりなんだとよ。
「え…?」
- お前、施療院の奴らが森に、いやもう見たんなら森たぁ言えねぇけどよ、そう言うってこたぁあそこに入って行く連中を見たってこったろ?
「はい、見ました」
- なら、連中の装備も見たんだろ?
あいつらが来た初日に、まず調査に行くっつってよ、白衣の上から白いフード付きのローブきて妙な仮面つけてやがったからな。そんでそいつらが魔道具らしきもんを積んである荷車を引いて押してしながら『瘴気の森』んとこに入って行きやがったのは俺も見た。
「はい…、妙な恰好だなとは思いましたけど…」
- その妙な恰好と、身を護る魔道具を使って、あそこの土地を浄化するのがあいつらの仕事なんだぜ?
「そうなんですか?」
- そうなんだよ。だからあそこはあいつらの仕事場。俺たちの仕事場はこっち。わかったか?
そう言ってフォークを皿の肉に突き刺し、森の方に軽く振ってから手前に向け、言い終えてから口に運んだ。
「…はい」
不満そうだなぁ、おい。
すっかり冷めちまったじゃねぇか…。冷めたら固ぇんだよ、ここの肉はよ…。
- お前よぉ、仕事取られたとか思ってんじゃねぇだろうな?
フォークをちょいちょいと振ってじっと見てから、残ってる肉に突き刺した。
早く食っちまおう。
「っ……はい、すんません」
- ベギラムは何てってたよ?
「余計な事は考えるな、と…」
- ふん、それで親父に反抗して俺んとこに直接来たってのか?
フォークを置き、木のジョッキの水をぐいっと飲んでテーブルにゴンと置いた。
「…はい、その通りで…、申し訳ありません…」
- 最近お前んとこにそういう跳ねっ返りなやつが集まってるって知ってんだよ。
食器を横にずらし、両肘をついてちょっと目を細めて言うと、びくっと身を強張らせた。
「……」
- テイガスン村の連中、施療院は遠いわ隠してた畑やら見つかって課税されるわで不満が貯まってたろ?
あの村は、村長は弱腰で従順なんだが、そのせいか若い連中に強気なのが多いって聞いてる。その筆頭が村長の息子だな。隠し畑やら水田もそいつらが主体になってやってたんだろう。
「!…」
- あそこぁ一番奥だからな、一番強かなんだ。だからお前らに行かせたんだけどよ、湿地の開拓も分配を多くしろとか便宜を図れとか言われていくらか貰ったろ?
ロミからの指示だからな。
収穫予想はまるで見てきたように正確だったし、だからこそ課税額は減らせねぇ。
だが、湿地帯を分配して作物を植えるようにと、もう苗まで用意されてたからな。
俺がマッサルクから帰って来るのに合わせてだから、どんだけ先読みしてんだって話だ。全く恐ろしいったらねぇ。
「ど、どうしてそれを…」
- 何年この仕事やってっと思ってんだよ、ああいいよ、配分の都合上、元々テイガスン村には湿地の配分を多めにする予定だったんだからよ。
課税額が多い順に、湿地を分配する方式なんだってよ。
つまり隠し畑が多い順ってこった。労働力が余ってるんだから精々働かせろってよ。
それを村人たちにぁ隠しておいて、ただ分配するとだけ伝えろってんだから、そういう事なんだろう。
「え…、じゃあどうして…」
一番奥で、一番遠いから若ぇもんに行かせたんだって勘違いしてたんだろうな…。
- そういう美味しい目も見たほうがお前らの為になるって思ったからだな。ついでに言うと湿地の区画整理のために平船つくらせたり杭を打たせたりしてんのぁよ?、お前らみてぇな連中が、施療院の連中にちょっかい出さねぇように、そっちを見ねぇようにするためでもあったんだぜ?
そういう連中をヒマにさせっとろくな事を考えねぇからな。だから村のもんにも手伝わせるように言ってある。
それでもこいつが来たって事ぁ、仕事が足りなかったってこった。俺の見通しが甘ぇのか、ベギラムが手心加えやがったかのどっちかだな。
「…そうだったんですか…」
- お前んとこに集まってる連中にも、ああそれとテイガスン村の連中にも言っとけや、課税された分は開拓がんばりゃきっちり戻って来るってな。開拓奨励地になりゃあその土地に関しては税が減額されんだ。お前そういうとこちゃんと言ってねぇだろ?
「あ…、わかりました、ちゃんと言っときます」
- あとよ、巡回するのぁ測量のためで、木材の調達や魔物の駆逐だってちゃんと意味があんだよ。誰のためにやってんだって、ちゃんと言っとけよ?
「はい!、あ、巡回って魔物探してるだけじゃなかったんですか…」
- お前な…、何のために巡回するやつにあれこれ記録させてると思ってんだ、道具だってちゃんと用意してっだろーが…。
「す、すんません、あれいくつか使い方がわかんねーのがありまして…」
- 馬鹿が!、わかんなかったら親父か年食ってるやつに聞け!、俺たちの飯のタネだぞ!?
「は、はいぃ!」
ちっ、つい怒鳴っちまった。柄じゃねぇってのによ。
- あのな、未開拓の場所ってなぁ、魔物が居る事が多いだろ?
「はい…」
- そういう場所を調べて地形や植生を把握しとくと、戦いやすいんだってこたぁ知ってるよな?
「はい」
- それらの記録は、あとで開拓したりする時にも使えるんだ。つまり、いい金になる。
街や村に売る場合もあるが、アリースオムじゃあロミに売るってか政府に売るって感じだな。
だからタラムの西側みてぇに周囲が調査済みなんてとこより、ここみてぇに未開拓の場所が多いとこのほうが美味しい仕事なんだ。
「…そうだったんですね…」
- だから測量ってなぁ大事なんだ。お前今まで親父たちの背中見てきただろうが、何を見てきたんだ、って、ああそっか、斥候やらには若ぇのはほとんど連れてかねぇわな、知らなくてもしゃーねぇか…。
と言っておくが、道具の使い方ぐらいは教えてるはずなんだがなぁ…。
ちゃんと理由まで説明してねぇのか…、ったく、何やってんだよ…。
こりゃああとで注意しとかねぇとな…。
「すんませんした…、下の者らにもちゃんと言い聞かせます」
- ああ、そうしろ。
そう答えながらもう話は済んだろと手で行けと指示すると、『はい、ありがとうございやした!』って立ち上がってお辞儀をし、そそくさと出て行った。
●○●○●○●
「陛下は明日の午前中に戻られるご予定でございます」
俺がベギラムにあれこれ注意したり指示を出したりしてから、マッサルクまでを走り、そろそろ夕方かって頃にロミの城に着き、ロミの執務室をノックしようとしたら女官長が居たんで、『居るんだろ?』と尋ねたらこれだ。
中に入れてもくれやしねぇ。
- はぁ?、どこ行ったんだ?
「行き先はタラム、バータラム砦でございます」
バータラム砦ってこたぁ、あの『タビビトゴロシ』の野の件か…。
あんなもんそう簡単にぁどうにかなるもんでもないだろ。
- お?、やけにあっさりと教えるじゃねぇか。
「もしコウ様から尋ねられたら素直に答えるようにと言い付かっております」
- ほう?、じゃあタケルも一緒なんだな、勇者タケル。
「いいえ。タケル様は4日前にホーラード王国にご帰還されました」
- なんだって?
「タケル様は4日前に――」
- ああ繰り返さなくていい。ん?、4日前ってこたぁこっちの問題が片付いた翌日じゃねぇか…。
「……」
瞬きもしねぇで動かずじっと見られてるのは居心地が悪ぃな…。
- ロミはいつから出てたんだ?
「5日前でございます」
…計算が合わねぇ…、どうなってんだ…。
- …今日は泊めてもらってもいいか?
「先日のお部屋で良ければ」
- …すまねぇな。頼むわ。
「はい」
女官長直々に案内され、前回泊まった来賓用…じゃないな、来賓のお付きの者用だろう、その部屋に通された。
…まぁいい、一応狭いが風呂もあっからな。助かる。
翌日。鐘の音で目が覚めた。
朝食の時間に起こしてくれと言うのを忘れてたぜ。
一応、ベルを鳴らして女官を呼び、朝食を頼むと素直に持って来てくれて助かった。
量が少なめの飯を食い終わり、こんな事ならあの時写した本でも持ってくるんだったと思いながらだらだら過ごし、ロミが帰って来るのを待った。
部屋を出てうろちょろすっとうるせーのが付き纏うからな。
だいたい部屋に窓もねぇってのが息苦しくてしょうがねーな。
「コウ、起きなさい」
- んあ…?
居眠りしちまってた。
目を開けたら疲れ気味のロミが向かいに座っていて、女官がお茶を用意してるとこだった。
「貴方も疲れてるんじゃないの?、何の用なの?」
かも知れねぇな。油断しすぎた。
いつもならロミが部屋に来た気配で起きていたな。
- ああ、ガトーリンの連中がな、施療院の治療費が安すぎるって、辺境の村だからって手ぇ抜いてんだろって揉めてな。
「あそこならローダンまで出ないと教会が無かったわね。それで?」
そうだ、マッサルクとの間にひとつあるローダンの街に行かないと治療できるとこが無ぇ。
- まだ施療院自体が建ってねぇし、怪我したやつんとこに連れてって治療してもらったみてぇでよ、教会の司祭を呼んできたときは銀貨2枚って言われて、何度も治療魔法を掛けてもらったらしいんだが、施療院の連中は出血を止めるだけの治療魔法しかしてなくて大銅貨1枚だったって、痛いままだって揉めてたんだ。
正確には本人は痛がってるだけで、周囲の連中がうるさかったんだけどな。
「施療院には施療院のやり方があるって、ちゃんと言って収めたんでしょ?」
- まぁそうなんだけどよ…。
「彼らには瘴気を浄化してもらう作業を頼んでいるんだから、本当は治療行為はついでなのよ。彼らだってそんな事を言われて困っていたでしょう?」
- ああ。
「教会とはやり方が違うって事に慣れてもらうしか無いわね」
- そうだな…。
「それで?、それだけのために来たの?」
それと区画の分配について、ある程度裁量を持たせて欲しいと言いに来たんだけど、どうもこの雰囲気だと認めてくれそうにねぇな…、どうすっか。
あ、お茶が残り少ねぇ、話を続けねぇと終わっちまう。
- あのタケルって後輩、もうホーラードに帰ったそうじゃねぇか。
「ええ、そうよ?、女官長から聞かなかったの?」
- 聞いた。タラムに慰問に行ってたってのも聞いた。それにしちゃあ5日も居たってのぁ長ぇから、余程タラムの連中は大変なんだろうな。
「そうね。貴方たちは何もできなかったけど」
- …っ、それを言うなよ…、ありゃあいくら何でも戦士団の手にぁ余るだろう?
「ええ。だから責めるつもりは無いわ」
- どうするんだ?、あの『タビビトゴロシ』の野。
「気になるの?」
今日初めてロミの微笑みを見た。
- そりゃあ何もできなかったからな。気にはなる。
「5日も居たのは、街道が通れなかったからよ」
- なに!?、じゃあ焼き払ったのか!?
「まさか。そんな事をしても無駄になるし、さらに広がってしまうだけよ。貴方それをしようとして住民や現地の兵たちに止められたんだから知ってるでしょう?」
そうだ。必死の形相でそう言われちゃあ止めるしか無かった。
- ああ、じゃあどうして街道が…
「タケルさんが精霊様にお願いをして、一気に片付けたのよ」
- は?
またタケル"さん"かよ!、そんで精霊様か!
「それで壊れた街道や砦も直してもらったの。通れるようになるまでの時間が4日間だったって事よ」
- 待て待て、タケルは4日前、あ、5日前か、ホーラードに帰ったって…
「ええ。『タビビトゴロシ』と『ウゼー』の処理を終えてすぐね。あとは精霊様方が街道や農地、設備や住居などを用意してくれたのよ。貴方も一度見て来るといいわ。素晴らしい街があの一帯にできあがったわよ?」
俺は、疲れ気味で表情が硬かったロミの頬に赤みがさして、嬉しそうに明るい表情になってタラムにできたという街や設備の話を続けるのを、呆気に取られて…、いや、見惚れていたんだろうな…、そしてロミにこんな表情をさせられる後輩、タケルの事を羨ましく…、そしてあいつには見れない今のこの表情は俺だけが見られるものなんだと、無意識に相槌を打ちながら、ただ聞いていた。
次話5-001は2022年02月04日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
今回は名前のみの登場。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
こうして川小屋にはちょくちょく補給に来る。
今回は前半に登場。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
今回登場せず。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
1500年も踊ってたんですからねー
タケルの認識はそこ止まりですけども。
今回登場せず。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回登場せず。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回登場せず。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
今回登場せず。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
今回は後半に登場。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回の後半は彼視点。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
今回は前半に登場。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
今回の前半は彼女視点。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての先輩であるシオリに、
いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
今回は前半に登場。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
今回は前半に登場。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。