4ー096 ~ それぞれのその後
【カエデとハルト】
- ふひー、やっと帰ってきたって感じー。
「お前、それは王都に戻ってから言う台詞だろう?」
茜色の空の下、梯子をのぼって垂れ布を手で除けながら中に入ると、いつものように明かりが自動的に点いたのに思ったより安堵したのかどっと疲れが出た。ついでに声にでちゃったけど、続いて入ってきたハルトさんにはそれが聞こえたみたい。背嚢を下ろしながら呆れたように言われた。
- あれ?、ハルトさん何でこっちに?、通達があるって言ってませんでしたっけ?
梯子をのぼってくる音がしていたのでついて来ていたのは知ってたけど、この砦に一緒に来る理由に『俺は砦の管理官に通達がある』と言っていたのを出発前に聞いていたのでちょっとわざとらしく尋ねてみた。
「ああいや、洗濯物を洗濯機に入れてからにしようと思ってな…」
- そうですか、じゃあそっちは譲りますから、お風呂は譲って下さいね。
「え?、あ、ああ、仕方ないな」
そう言いながらハルトさんは背嚢のベルトと紐を外して荷物を取り出していく。
あたしも背嚢を下ろして洗濯物を取り出した。
- あ、ハルトさん夕食は何にします?
「え?、何にしますって、選べるのか?」
驚いたのか、手が止まってる。うふふ。
- んとね、確かお肉とお魚があったはず。あと煮物いくつか。
「そんなにあるのか?」
- うん、冷蔵庫にあったはず。でもデザートは無いと思う。
残っててもとっくに賞味期限が切れちゃってるはず。
前に来た時にあったデザートは全部持ってって途中で食べちゃったし。
「飲み物はどうだ?、以前はそこに飲み水があったが…」
と、給水器が置かれていた場所を指差した。
- 一応、ここのお水はそのままでも飲めるけど…、ちょっと見てきますね。
「あ、おい洗濯は俺が先――」
- わかってますって!
あたしが洗濯物を抱えて脱衣所を開けて入ったのを見て、急いで言ったハルトさんに、重ねるように言いながら、広い脱衣所のまんなかにある広い台の上にどさっと洗濯物を置いた。
脱衣籠をひとつとってきて、とりあえず洗濯物をどさっとそこに入れ、棚にぐいっと押し込むようにして乗せてから、台の横にさりげなくついている冷蔵庫を開いてのぞき込んだ。
- んー、あー、やっぱり豆乳は無いかー…。
扉の内側にずらっとあった豆乳は全て無くなっていて、空っぽだった。
庫内の奥にはカラフルな四角い紙パックのようなものが並んでいるのが見えた。
- あれ?、こんなの前からあったっけ…?
「どうした?」
横にしゃがんで同じように覗き込みながらハルトさんが言う。
- わ、びっくりした。
「おおすまん、いや、お前仮にも斥候をしていたならこれくらい気付くだろう?」
- それはそれ、これはこれですよ。急に近くで言われたらびっくりしますって。
「そうか、それで何があった?」
- あ、これですこれ。
と、手を伸ばしてオレンジ色のパックをひとつ取り出して渡した。
「これは?」
手にしたパックの周囲を見回している。
あたしも隣の赤いパックを取り出して、同じように周囲を見てみた。
- 何も書いてませんね…
「飲み物なのか?」
同感かも。持った感じ液体が入っているのはわかったので、たぶん飲み物だろうとは思うけど…。
- ここに▼マークがあるので、ここを引っ張ったら開くんじゃないかな、あ、コップ持ってきますね。ハルトさんは洗濯をセットしてて下さい。
「ああ」
ピーピー言い出した冷蔵庫を閉め、立ちあがってそう言うと、音が鳴ったのに少し驚いた顔をしていたハルトさんも手のパックを台の上に置いて立った。
ちらっと見えたけど、床に置いてたんだ…、洗濯物。
ごちゃっと積んであるんだけど、大丈夫かな…?
台所からコップを持ってくると、洗濯機を覗き込んでいるハルトさん。何やら唸っている。
- どうしたんです?
台の上にコップを2つ置いて尋ねると、ハルトさんは覗き込む姿勢をやめ、こっちを見た。
「いや、前にリン様に注意されたのは守ってるはずなんだが…」
さっぱりわからない。
- 何を注意されたんです?
「一度に多くを入れるなと。分けて入れろと言われたんだ」
- そりゃそうでしょうね。それで?
「そうしたはずなんだが、警告音がしてな…」
ピーピー言われたのか…。
- 見てみます。
手でそこをどけと合図をして場所を代わってあたしが覗き込み…、すぐに原因がわかった。
やっぱりだ…。
- ハルトさん…、
「な、何だ?」
- 確かにこの洗濯機は高性能ですよ?、でも革物と布物は別にしないとダメですよ…。
「だ、ダメか…?」
- あとほらこれ、こういう金属部分は外して下さい。
中から胸当てのパーツを取り出して、取り外し可能な金属部分を指差して注意した。
「全自動では無かったのか…」
ハルトさんの思ってる全自動ってどんなのなんだろう…?
- そういう部分以外は全自動なんです!!
呆れたせいで思わず息を吸い込んだから、大声になってしまった。
「う…」
- あのね、考えてみて下さいよ。水の量から汚れ度合いで洗剤の量から何から何まで、布などの素材によって洗い方まで変えてくれるんですよ?、これ!
実は洗い方の違いなんてよく知らない。
でもリン様が言ってたんだよね。
「あ、ああ…」
- 元の世界であたしのいた時代の洗濯機も相当すごかったんですけど、これはそれ以上なんですよ?、ほんとに全自動なんです!
そう、元の世界での洗濯機も全自動って書かれてたけど、洗剤の量や洗う強さ、水の量などはいちいち設定しなくちゃダメだった。
「す、すまん…」
- 革製の防具と布の服や下着をごっちゃにして入れてしまったら、どれを基準にすればいいのか、洗濯機さんが困るでしょ!?
「そ、そうだな、すまん…」
- もー、謝るなら洗濯機さんにですよ、だいたい革のものが洗えるってだけでもすごい事なんですからね…?
これまでは手で洗ってたんだから…。
ほんとにすごいと思う。
以前、一体どういう風に洗ってるのか気になって開けようとしたら開かないし…。意外と音は静かだし、振動とか全然無いのが不思議。
「すると、こういうのは一緒に入れるなという事か…?」
- はい、できたら上着は上着で、鎧下は鎧下で、下着と肌着って別にしたほうがきれいに洗ってくれますよ。
それぞれ布の厚さや、汚れ度合いが違うからね。
今回は血糊がべったり、なんて事は無かったけど、魔物侵略地域だったときの『川小屋』に居た頃、魔物やトカゲの血で汚れてた防具や衣類もちゃんときれいになってたもん。
あの時とは洗濯機の形が違うけど、きっと仕上がりは同じはず。
「そうだったのか…」
- あとはあたしやりますから、ハルトさんは作戦室のほうに行って下さい。
「ん?、ああ、わかった」
すごすごと肩を落とした雰囲気のハルトさんが脱衣所を出るのを見送り、とりあえずは革製のものは金属部分を外さなくちゃだし、先に布物だけでも放り込んでセットしようか、と思った。
そして蓋を閉めてボタンを押し…、しゃがむ前に視界の隅にコップと紙パックが映ったのに気がついた。
- あ、忘れてたよ…。
●○●○●○●
ハルトさんが魚がいいと言ったので、あたしも魚にした。
タケルさんたちと一緒に居た時によく食卓に出ていた、魚の切り身の燻製だ。
冷蔵庫で凍っていたそれをあの魔法レンジで『チン』すると、焼きたてのようになるんだからすごい。
何でほんのり焦げ目がついてるんだろうね?、まるで火に炙ったみたい。
電子レンジじゃなく魔法レンジだから何でもアリなのかも…。
食卓に持って行った時、ハルトさんが目を丸くして『カエデはこんな料理ができるようになったんだな…』なんてしみじみ言ってたけど、勘違いされると後々困るので急いで訂正したよ…。
- 何だかんだありましたけど、戦争にならなくて良かったですね。
こうして落ち着いて美味しいタケルさんちのごはんを食べると、早く戻れて良かったって実感が湧いてきた。
「ああ、そうだな。カエデ、お前の働きのおかげでもあるんだぞ?」
だって戦争に発展してたらハルトさんたちは、あたしたちが居たハムラーデル国境の方には来れなかったと思うし、この砦のこの部屋に来るルートも取れなかったかも知れないから。
って、え?
- あたしの働き?、王都に伝えて国境に兵を多く配備できたって事ですか?
「それもある。だがお前が国境からしょっちゅう斥候に出て目立っていただろう?」
- あれ?、目立ってました?
「らしいぞ?、あれほど目立つ斥候はそう居ないだろうと、アリザン側では威力偵察だと思っていたそうだ。条約締結会議の席で苦笑しながら言われたぞ」
そんなに目立っていたとは思わなかった。
あたしとしては、結構広い範囲だったから、急いで偵察してまわってたつもりなんだけど…。
随伴の斥候兵たちが付いて来れなくて、『次から騎乗していいですか?』って言ってたのに頷いたせいかな…?
- そうだったんですかー、あれ?、でもその会議、あたし出席してませんよね?、あたしって何で国境から呼ばれたんですか?
そう、そこが不思議だった。
戦争になったらやだなーって思ってたら急に停戦の使者が来て、条約締結の会議があるからと言われてあたしが呼ばれて、随伴の兵たち数人と使者の案内でアリザンの本陣に行ったらハルトさんたちが居たのよねー。なのに会議には出席して無い。
「そりゃお前はハムラーデル側には勇者がついてるぞとあれだけ喧伝していたようなもんなんだ。停戦交渉するなら立会人として呼ばれるのは当然だぞ?」
- え?、でも会議は…?
「あの場には俺が居るんだから会議は俺だけでいい。出たかったのか?」
- あ、いえそれは遠慮します。
「そう言うと思ったから会議には呼ばなかったんだ。出ても問題無かったんだがな…」
それでもし1度でもそんな会議に出席してしまったら、次からハルトさんの代わりにってあちこち行かされるに決まってる。
- はい、そういう会議はよくわからないのでー。
「お前だってもうベテランの勇者なんだから、いつまでもそんなでは困るんだがなぁ…」
- あ、そう言えば何でこっちルートだったんです?
「ルート?、帰りか?、言っただろう、通達があると…」
- はい、それは聞いたんですけど、国境側ルートだったら先に王都へ帰れますよ?
「ああ、そういう意味か。あちら側は混雑するだろう?、走り抜けるわけには行かないじゃないか。いずれにせよここの砦にも用事があるんだし、だったら先に済ませてしまったほうが良い。それに、ここに寄るならお前も嬉しいだろうと思ってな」
- ああ、だから急いで帰りましょうって言ったのに反対しなかったんですか。洗濯物が貯まってたからじゃなかったんですね。
「う…、洗濯の事もあるが、お前が風呂に入りたいと言うからだな…」
- だって身体を拭くだけでろくに洗う暇なんて無かったんですよ?、それに周りみんなそうだからか国境の砦なんてすごく臭かったし…
「今までそんな事は言わなかったじゃないか、何でまた急に…」
しまった、食事中に言う話題じゃ無かったかも…。
- そりゃあ自分で桶にお湯を出せるようになったんですから、こまめに清潔にしますよ。でもそうすると周りの兵たちが…
「ああ、そういう事か…、それでいつも斥候に出ていたんだな」
- 今頃気付いたんですか?、じゃあ一体何だと思ってたんです?
「そりゃお前、勇者らしく率先して勤勉さを皆に示すようになったんだなと感心していたさ。じゃなきゃ斥候らしからぬ目立つ動きは納得できなかったからな」
見ていたわけじゃないはずなのに、まるで見ていたかのように言わないで欲しい。
- あー…、それもちょっとはありますよ?、ちょっとは。
「おい、…まぁ理由は何であれ、お前が斥候に出てアリザン側を牽制してくれていたのはかなり助かった」
- それでアリザン側に停戦交渉がし易くなったなら良かったじゃないですか。
「ああ、だから感謝してる。しかしだな…」
- 何です?
「お前ずっと往復してたらしいじゃないか。いつ眠ってるんだって逆に心配されたぞ?」
- あはは…。
実はちゃんと眠ってた。
ちゃんとって言っても、まとまった時間、例えば6時間とかは眠っていないだけで、合計すると1日8時間ぐらいは睡眠時間は取って、国境砦には入らずに専用の天幕で眠ってた。
その間、往復してる斥候兵たちは、あたしが居るのと同じように騎乗して走り抜けていただけ。竿の先に人形みたいな布をつけてたらしいけど…。
よく見れば、あたしが先頭で走っていない事がわかるはずなんだけどね。
あ、そうそう、ハルトさんに言われてここから王都とかを急いで走ってたせいか、魔法の訓練をするようになったからか、なんか夜目が利くようになってきたみたい。
夜中でも走ってたのはそのおかげ。
夜も斥候隊は普通に警戒するって言うから、じゃあ昼間と同じように走ればいいじゃん、って思ったのよ。
それと、昼間何往復かしていたし、同じ道順を通るなら月明かりでも行けますって兵たちが言ってくれたのもある。
ハルトさんにそんな種明かしはしないけど、国境の外を訓練気分で走り回ってただけで役に立てたなら良かったかな。
●○●○●○●
【シオリの帰還】
早朝、村人たちが活動を開始する音とともに目覚め、朝の冷たい空気に身を引き締められつつ、並んで井戸水を汲み上げ、桶に移して顔を洗いました。冷たいけど気持ちがいいです。
この季節なら、ロスタニアの井戸は、表面の氷をまず割らないと桶でなんて汲み上げる事ができませんが、ここならそのような事は無いようですね。
- ふぅ…。
顔を洗うと湖を超えてきた風がよく感じられます。
この湖の畔にあるこの村を過ぎれば、ティルラ国境防衛地だった場所には昼前に到着するでしょう。
「シオリ様、おはようございます。ささやかではございますが朝食をご用意致しました」
顔を拭いてさっぱりしたと思ったら、村長夫妻が駆け寄ってきて挨拶をした。
- おはようございます。朝食は不要と言ったはずですが…、でも折角ご用意して頂いたのですから、頂きましょう。
夫妻の顔色を窺い、無下にする事も無いかと思い直しました。
昨晩立ち寄り、雨風が凌げればどこでも構いませんと言ったのですが、つい先日重要な客用の離れを建てたのですと言われ、そこに泊めて頂けたのです。
私にとっては幸い、この村はイアルタン教の信者たちの村のようで、お礼にと経典に因んだ説話をすると大変喜ばれました。
ホーラードで聞いていた通り、この街道沿いの村落は、バルカル合同開拓地の開発が急ピッチで進められている影響で、物流が増加している事で立ち寄る商人も増え、大変景気がよく安全に旅ができるようですね。
開発奨励地域では税金が免除されますので、運べば運んだ分、他所へ運ぶより安く済み、得をするのですから、その街道沿いの村落も物資が安く手に入ります。
ちょうど収穫の時期でもあったため、租税の代わりに食料などの物資はその開発奨励地であるバルカル合同開拓地へ運ぶことで、輸送費を安く済ませる事ができ、そちらに運び込むことで税も一部が免除されたのですから、景気がよくなるのも当然と言えましょう。
まぁそれでなくともこのような主要街道沿いの村落は、元々景気は悪くないものですが…。
と、私が帰路についているのは、ホーラードでの所要が終わった、つまりタケルさんの所属があっさりとホーラードで認められたからです。
「これなら私たちが根回しする必要なんて無かったのかも知れませんね」
所属が決まったと、いち早く伝えに来てくれたメル様、メルリアーヴェル王女様は、笑顔でそう仰っていました。
- そうですね…、おそらくロミが何か裏でいろいろとしていたのでしょうけど…。
「ロミ様がですか?、うーん、そうですね、あまり認めたくは無いのですが、ホーラード貴族や有力者にはそのルーツを現在のアリースオム皇国に持つ者も結構居たようですから…、そうですね、認めなければなりませんね…」
メル様はタケルさんの家、『森の家』でロミから言われた事を気にされていたのでしょう。祭壇譲渡騒動の合間に、そうして調べていたのでしょうね。
- ロミもそう無茶はしないと思いますよ?、あまり気にされない方が…
「あ、済みません。それは兄上にも言われましたし、大丈夫です」
- そうですか?、それとアリースオムの件、戻り次第声明を発表するよう取り計らいますので。
「あ、はい、わかりました。ですがシオリ様、父上と兄上に会われなくて良かったのですか?」
- 今回は勇者のひとりとしてホーラードに立ち寄っただけですから、こうしてメル様とお会いするのも友人として、ですよね?
「はい、そうですね、ふふっ」
改めて思いますが、メル様と良好な関係になったのも、タケルさんのおかげなのかも知れません。
これまでロスタニアは、アリースオム皇国を国として認めなかった事と、ティルラ王国との宗教的立場の違いから、ホーラード王国とは一歩引いた関係だったのです。
そのうち、アリースオム皇国を国として認める声明を出すことで、ホーラード王国との関係が少し良くなるだろうというお話を、メル様を間に挟んではいますが、ホーラード王国のソーレス王と書面にてやりとりができたのは僥倖でした。
そんな事もあり、ホーラードとティルラの国境までは、メル様が護衛について下さってました。
と言っても、私も単身ですしメル様も単身で、たった2日間でしたがまるで二人旅のようでした。
身体強化のコツを聞いたり、教本や教本に無い魔法談義をしたりもしましたし、大変有意義で楽しい旅でした。休憩以外はほとんど走っていただけのような気もしますが…。
そうして日の沈む頃に、『川小屋』へと戻って来る事ができたのです。
これでやっとまともなお風呂に入ることができます。
- ただいま戻りました。
「おかえりーなさいー、サクラさーん!、シオリさんだったー」
入り口の垂れ布を避けて中に入ると、食卓にはネリが頬杖をついていたのを起こして台所に向かって叫びました。
このネリという後輩勇者はよくわからない子ね…。
どういう事?、と思っていると台所からサクラが出てきました。
「あ、おかえりなさい。シオリ姉さんだったんですか」
サクラは手を拭いながら台所から出てきて、私が旅装を解くのを手伝ってくれました。
この家の中は快適な温度ですね。外より幾分か温かくて、心から『帰ってきた』という気になりますね。
- サクラまで…、何なの?
「ネリがですね、何か魔力あるひとが走ってくるよって言うんですよ」
「勇者かもって言ったじゃんー」
「ああそうだったな。それでたぶんそれならシオリ姉さんじゃないかって話してたんですよ」
- そうだったの…。
という事は、ネリはタケルさん並みの魔力感知力という事…?
- それっていつの事なの?
「ほんのついさっきですよ、そんな、タケルさんじゃないんですから何十kmも先からわかりませんよ」
と、サクラがネリを見る。
ネリはうんうんと頷いていた。
- そうなのね、でもここから感知できたのならすごいわね…。(小声で)私も負けてられないわ…。
「にっひひ…」
「変な笑い方をするな」
「はーい」
- ところですぐお風呂に入りたいわ、いいかしら?
一応礼儀として尋ねておきます、順番に割り込むかも知れませんからね。
「あ、今はカズが入ってますので、その後でいいならどうぞ」
「えー」
「えーじゃない。長旅で疲れてるんだからそれくらい譲ってもいいだろう」
「はーい…」
尋ねて正解でしたね。
- カズって、勇者カズ?
「え?、はい、そうですよ、ロスタニア所属って聞いてますけど?」
- じゃああのカズなのね。どうしてここに?
復活してたなんて聞いていない。
それにカズにはロスタニア国境の兵舎に部屋があったはず。なぜここに逗留しているのかがわかりませんね。
「あ、えっとですね、」
「タケルさんがここに泊めていいって言ったみたいだよ」
「そう…、だったか?、ここで現地の話を聞けって事じゃなかったか?」
「そうだっけ?、でもリン様言ってたよ?、タケルさんがここに入るためのペンダントをリン様にもらって、カズに渡したって」
「それはそうなんだが…」
- あー、ちょっと待って。
「はい」
- つまり彼はここが私たち勇者の拠点だと、タケルさんから聞いて来てるわけね?
「はい」
なるほど…、そういう事なら…?
- いつからここに?
「…2週間ぐらい…?」
「もっと前じゃなかったっけ?」
「いや1か月は経ってないはずだぞ?、3週前は確か水運路と分担の会議があったがその時にはまだ居なかったはずだから…」
「でも2週間ってことは無いよ?」
- だいたいわかったからいいわ。するとそれからずっとここに居るのね?
「はい」
- ここで何してるの?
「訓練…ですね」
「うん、タケルさんがここに寄越したって事は、あたしたちに面倒見ろって言ってるんだと思う」
「そうだな、リン様もそれらしい事を仰っていたような…」
「だって手配書を持ってきたのってリン様だもん」
手配書…?
「似顔絵と言え」
「ああうん似顔絵」
似顔絵…?、えらい違いね。
- その似顔絵とか手配書って?
「タケルさんがカズの顔を写真みたいに羊皮紙に書いて、それをリン様が届けて下さったんですよ」
- …なんて畏れ多い事を…。
「姉さん、タケルさんですから…」
「タケルさんだもん、しょうがないよ…」
あのひとは全く…。相変わらず精霊様を使い走りさせて…。
- それでリン様は何と?
「こういう者が来ますから、登録処理をしろと…」
「登録するってことはここに泊めろって事だよねって」
「そうだな」
「だから毎日剣と魔法の訓練してるよ」
「そうだな」
このふたりが面倒を見てるならさぞ成長している事でしょう…。
- そういう事なのね…。
「初級魔法ならもう無詠唱でできるようになってるよ。身体強化はいまいちだけど」
え?、あの子って魔法は全然だったはずよ…?
「それはネリから見てだろう?」
「そうだけど?」
「お前とメル様の身体強化を基準にするのはハードルが高くないか?」
- 待って、それってどれぐらいのレベルなの?
「私よりは劣るかと」
「サクラさんは無意識に身体強化を偏らせてるからレベル高いよ?、そんなの基準にしちゃダメだと思う」
「そうは言うが、誰を基準にすればいいんだ?」
「ほらー、結局自分を基準にするしかないじゃん」
- あーわかったから、訊いた私が愚かだったわ。
と言った瞬間、脱衣所の扉がすっと開き、バスローブ姿のカズが現れた。
「お風呂、お先でした、げぇっ!、シオリ様!」
- げぇっとは何よ!
「す、済みません!、つい!」
「つい、げぇって言っちゃうんだ、ぷぷっ」
「ネリ」
「はーい」
- 全くもう…、サクラ、荷物。
「え?、あ、はい」
サクラが差し出した私の背嚢を片側の肩によいしょと引っかけた。
- ほら、そこをどいてちょうだい。私が入るんだから。
「は、はい済みません!」
ハルト程では無いけど、上背があるがっちりとした身体をぴったりと壁に寄せた横を通り抜けて脱衣所に入り、すっと扉を閉めました。
扉のすぐ外で、カズが溜息をついたのがわかりました。
どういう意味なのか、あとで詰問しなくてはいけませんね。
次話4-097は2022年01月28日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
お風呂は登場するけど描写無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
今回は名前のみCパートに登場。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
モモが里に戻っている間は、
板挟みをモモが代わりになっていたようですね。
今回は名前のみCパートに登場。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
今回登場せず。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
1500年も踊ってたんですからねー
タケルの認識はそこ止まりですけども。
今回登場せず。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回登場せず。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回はABパートに登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使い継続中でまた移動。
今回はABパートに登場。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
今回は名前のみCパートに登場。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回は出番無し。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
げぇっ!w
今回はCパートに登場。ぎりぎりw
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
今回はCパートに登場。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての先輩であるシオリに、
いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
今回はCパートに登場。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
今回はCパートに登場。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。