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4ー090 ~ 繰り上がり第1位

 それからの5日間は、俺の出番なんて配達ぐらいなもんで、あとはたまにテンちゃんと街を歩いたり、温泉で洗われたぐらいなもんだった。

 あ、温泉は2回だけね?、あれから2回だけ。


 できるだけひとりで入るようにしたからね。まぁそれでも押し切られたのが2回ってわけだよ。


 温泉関連ではロミさんにあの軟らかい結界魔法を教えて欲しいと言われて、四苦八苦して…という程でもないが、魔力の流れや使い方などをできるだけ伝える事はできた。


 元々ロミさんはある程度の結界障壁魔法が扱えていたっぽいからね。

 空いた時間にかなり練習していたみたいだけど、弾力や形を思い通りにするところまではまだできないみたいだった。


 でもそんな事を頑張るくらいなら、お風呂用マットを開発したほうがいいんじゃないかと言っておいた。


 「そうね…、それも考えておくわ…」


 と、煮え切らない様子で返事をしていた。俺が例として作った黒いクッション障壁に座って手でぐにぐにと押しながら。


 たぶん、できそうでできないのがじれったい思いなんだろうね。






 リンちゃんは忙しそうにしていた。


 ある時はいつものミニスカメイド服ではなく、よそ行きのようないい感じの、それも光沢がある生地を使った、何というか光の精霊さんらしいと言えばいいんだろうか、そんな服で部屋から出てきた。

 テンちゃんは何も言わなかったが、俺は何とか言葉を絞り出して褒めた。


 「ありがとうございます。2時間ほど出掛けてきます」


 と、実にあっさりしたものだった。


 テンちゃんによると、『対外的に引き締めた気を緩めたくは無かったのじゃ』らしい。

 俺がよく分からないという顔をしていたんだろう、面白がるような笑みで続けた。


 「ん?、行き先が気になるのか?、(われ)は寧ろ其方がリンに行き先を尋ねなかった事のほうが不思議なのじゃ」


 と言って手にしていたカップを置き、俺の腕にいつものように素敵な幸せを押し付けて腕を絡ませた。


 聞くと、例のヴェルマン教のひとたちのところに行ったんだそうだ。

 俺が一緒だと雰囲気がぶち壊しになるのが困るらしく、もし俺も行くと言い出した場合にはテンちゃんが引き留めるような手筈になっていたんだってさ。


 それで、リンちゃんは一旦、上空に停泊中の母艦エスキュリオスに行ってから、設置した地中浄化装置の説明書を持って、随伴の精霊さんたちと共に連絡艇であのヴェルマン教の拠点である浄血施療院に降り、命令を伝える予定なんだと。


 まぁそんなとこに俺がついてってもしょうがないからね。






 ところでファーさんだけど、リンちゃんがずっと多忙であちこち行って不在がちな事もあってか、ずっと謹慎中のままっぽい。


 不憫に思ってリンちゃんの居ないときにこっそり様子を見に行こうかと思ったんだけど、部屋の中をうろちょろしてるんだよ。一体何やってんだろうと感知を高めるというか意識を向けてよくよく観察すると、やっぱりというか何というか、部屋で元気に踊ってたよ…。


 謹慎とは何なのか。

 たぶんリンちゃんが不在なのを感知して、なんだろうけどね。


 で、まぁ一応、心配は心配でもあったんで席を立ってファーさんの部屋へ行こうとしたら、テンちゃんに引き留められた。


 「あの者の様子を見に行くのならやめておいたほうが良いと思うのじゃ」


- ん?、どうして?


 「忘れたのか?、ここはホームコア(ほぉむこあ)によって管理されておるのじゃ。特に今はロミに依頼され、ここのみならず城内の詳細な行動ログとやらを取っておるらしく、扉の開閉や移動は全て記録に残るらしいのじゃ…」


 何とまぁ…、ロミさん…。


- え…、じゃあ尚更注意しなくちゃ。


 「もう手遅れなのじゃ。そこに其方が扉を開けたと知れればさらにあれには不利となろう?」


 あー…、そういう事。


- ところでテンちゃんはここの操作盤が使えるの?


 「それがの…、(われ)が知るものとはほとんど違っておるのじゃ…、基本的な操作はわかるがそのような詳細な設定はさっぱりなのじゃ…」


 肩と眉尻を下げてそんな事を言っていた。

 何でも、俺の部屋に出入りしたり入り浸っていたログを消そうとして、操作盤を弄りながら首を傾げていたらリンちゃんに見つかってこっぴどく叱られたらしい。


 それでここんとこやけに大人しくリンちゃんに従ってたのか…。

 リンちゃんが忙しくしてるのを邪魔しないように気を遣っていたわけじゃ無かったんだな。


 とりあえず隣に座り直して慰めておいた。






 ロミさんの方は、命令書やら今後の作業計画やらでこちらも忙しく、たまにこっちに来ては、俺に直接、『瘴気の森』周辺の村落への通達書や命令書を持って行って欲しいと頼んでくるぐらいだった。


 でも食事の時はちゃんと居たんだよね。

 だから会話はそれなりにしていたよ。


 コウさんはあれから3日間、この城内に留まって書写をしてから、ロミさんが手配した役人や土木作業員たちを率いてあちらに戻った。


 結局、この城内ではコウさんに会う事は無かった。ロミさんも俺とコウさんを会わせたく無かったみたいだったからね。まぁ無理に会う用事も無いので別に構わない。


 配達に行った時にちょっと挨拶をしたが、『よぅ、元気か?』と片手で軽く言われただけだった。


 帰ってから食事の時にそれをロミさんに言うと、ふふっと笑いながら食べる手を休めて言った。


 「結界の内側が全く見えなくなったんですって。それで地響きがずっとしているので中で一体何が起こってるのかって住民たちが不安がっていてね、だから殊更コウは明るく振舞っているみたいよ?」


 なるほど?

 という疑問を察したんだろう。


 「タケルさんと話すと、コウはどうしても警戒を露わにするでしょ?」


- そうなんですか?


 「あれで自分より強い者には臆病なのよ。だからハルトさんには近寄らないようにしていたみたいだし、タケルさんにも自分からは近寄らないわね」


 そうだったのか…。


 ところで地響きがずっと、というのが気になったので、あとでリンちゃんに尋ねた。


 「いくら母艦でもあれだけの量をそのまま隔離収納するのは無理がありますから、現地で粉砕してコンパクトにしてるんです。その音でしょうね」


 と、当然のように言われてしまった。

 あの中では一体どんなSFスペクタクルな事が行われているんだろう…?






 そんなこんなで最後に一度確認のためにロミさんも一緒に、『瘴気の森』を空から見て来る事になった。


 見て来るだけだから、もう現地の事を充分知ってるリンちゃんは無理に一緒じゃなくてもいいのに、『知っているからこそ一緒に行きます!』と言われたのでまた俺の腰にしがみ付いての飛行となった。


 で…、現地だけどさ…。


 結界柱も無くなり、泥水の溜まった穴ぼこが散見される、ひどい土地が広がっていた。

 あれだけあった草木はきれいさっぱりと、見事に無くなっている。


 魔力感知では、ところどころ、ん?、整然と等間隔に腰ぐらいの高さの細い柱が立っているのがわかった。たぶんあれが地中の瘴気を浄化する道具なんだろう。


 「計画ではあの村にヴェルマンテ教の居留地が増設されるのよ」


 そっちの方も見ようと移動したらロミさんが指差した。

 そこは現在建設中の家屋がいくつも見えた。手前にはテントが設営されている。


 「施療院がここにも建つという事で、村民たちの喜びようったら無かったそうよ?」


 だそうだ。


 リンちゃんが命令を伝えて戻った日、ロミさんが丁寧にお礼を言っていたからね。

 浄化が終わるのは何十年か先らしいけど、それまでにだってする事の多い広範囲な土地で、あのハーブ種も薬やらお茶やら、あと食用にもなるらしくて大規模な栽培計画が立ってるとか。

 それで施療院までできるんだから、そりゃあの地域は活性化するだろうね。


 コウさん率いる戦士団は、あの周辺の森にちらほら居る野生動物や魔物を狩り尽くすんだそうだ。


 俺もちょいと寄った時に上空から調べてみたけど、それほど居るわけではないし、鳥の魔物も居なかった。

 コウさんたちの仕事を取るわけにも行かないので、調査だけして地図にしてロミさんに渡しておいた。


 ああうん、いい笑顔でお礼を言われたよ?






●○●○●○●






 ところで、『瘴気の森』に派遣される前にコウさんが行っていた場所の話がある。


 それをね、ロミさんから聞いて、まぁ俺もヒマだったのでちょっと見てきたわけ。同じようにヒマそうなテンちゃんと一緒にね。


 リンちゃんはそれを後で聞いて『あたしも行きたかったです…』って悔しそうな色を仄めかして言っていたけども。


 そこはアリースオムという地域で一番後に合併というか合意だね、それで国の一部となったタラ族が治めている地域、通称、タラムの一部だ。

 前にちらっと話に出たと思うけど、タラ族の地という意味で、タラ+ムと表現するのがこのアリースオムという場所の決まりらしい。


 どうして最後になったかというと、幾つかの理由があって、まず隣接するコァムは前にちらっと話に出た、高地コァムなんだ。

 つまり、間に断崖絶壁がある。それがひとつ。


 そこの間には川があり、地質的な理由らしいけど、川が氾濫するのはタラム側で、氾濫するのは崖が削られて崩れ、川が埋まるかららしい。そんな事を繰り返してきたため、双方はそのあたりに住んではいない。


 そして地図が何年かで変わるので、あまり交流も無かったんだそうだ。


 以前ちょっと、シオリさんが登場する勇者本『勇者姫シリーズ』によく名前が登場するなんとかって王子様、そのモデルとなった人物が亡くなったのもその崩れやすい崖下の街道建設の時だったみたい。


 現在は、あくまで街道周辺はという制限がつくが安全な道になっているので、行き来がしょっちゅうあるんだと。


 その街道は問題の場所をうまく迂回する事で、それとしょっちゅう巡回して対策をし続けているから安全なのであって、この街道の維持費が問題となっていたわけ。


 その対策にコウさんが派遣されてたんだけどね、結局何もできてないので、雑談のついでに相談されたんだよ。






 で、話をよく聞いてみると、その広範囲な問題地域に厄介なものが住み着いているのが最大の理由だった。


 それは植物と動物のコンビで、言ってみりゃアリースオム皇国最大…は『瘴気の森』だったけど、現在繰り上がりで第1位の座に着いたんだから、最大の問題だ。


 「とにかく書状を(したた)めるから、現地に行って話だけでも聞いてきてくれない?」


 何だか詳細な話を避けてるような雰囲気だったけど、暇つぶしにそれくらいならいいかと、ロミさんが用意してくれた書状入りの箱と、配達時に持たされている特使の身分証(?)、を持って、現地へと飛んだ。


 出掛けにお城の出入口で――相変わらず女官さんたちが鋭い視線を周囲に配りながら、さりげなく俺たちの周囲を固めていたのはいつもの事――女官長さんから羊皮紙をどっさりもらったのは、たぶん地図を作るだろうと見越しての事だろうね。






 上空から見たところ、現地はロミさんから聞いていた通り、かなり高く見える断崖絶壁が川沿いに続いていて、川の上流のほうに橋があったり、人の手が入っている街道が九十九折(つづらお)れになっているのも見えた。


 川の水量は結構豊富で、流れが激しい上流と、それを扇状地のように広がる細い川が網の目のように広がると緩やかになり、定期的に氾濫があったせいだろう、肥沃な土壌に恵まれているようだ。

 そう思えたのは、上空からではあるが、見渡す限り青々とした草が生い茂り、黄色い実や白い花がちらほら見える、美しい草原だったからだ。


 魔力感知では牛ぐらいの大きさの動物の群れがちらほら居るようだ。


 この扇状地も相当な広さで、地図にしてみたがざっと200平方kmは余裕だろう。

 川の流れが取り残された三日月湖のようなものまであり、多少の起伏はあるにせよ、地平線まで青々とした草と実と花が咲く草原は、地上に立って見渡すならさぞ美しい光景を見る事ができるだろうと思った。






 そんな長閑(のどか)な地域を通り過ぎ、厳重な石と土組みの堤防のような柵の向こうにある街、の、街道側入り口に降り立ち、門番に書類箱や身分証を見せて少し待つと、数人の騎士がやってきた。そして全員が慌しく降りて馬の首を宥めるように撫でて落ち着かせている。

 先頭にいた身なりの良さそうな若い男性が飛び降りるような勢いで降りて、門番のひとりが馬を落ち着かせていた。


 急いで来たんだろう、その男性は俺たちの前に片膝を着き、息を整える間を惜しむかのようにして言った。


 「ロミ陛下からの特使、勇者タケル様!、ようこそこのタラムへお越し下さいました!、はぁ、はぁ、」


 ん?、書類箱はまだ渡してないし、身分証には俺の名前なんて書いて無いはずなんだけど…、あ、さてはロミさん、ここに俺を寄越す事を予め計画してたんだな…?

 全くもう、あのひとは…、でもまぁ、ヒマだったし、いいけどね…。


 俺が返事をする前に、彼が急いで続けた。


 「お、お話を聞いて頂けるとの事、バータラム城砦(じょうさい)へお連れしたいのですがよろしいでしょうか!?」


- 城砦というと、あれですか?


 と、物見台のような四角い建物がにょきにょき見える間の、これまた四角くて武骨なデザインの建物を指差した。


 「はい、然様でございます!」


 あまりそういうところに行きたくは無いんだけどなぁ…。

 でもしょうがない。


- じゃあ馬に乗って下さい。付いて行きますんで。


 「へ?、あ、あの、馬ならこの門にもご用意がございますが…」


- それが、僕は馬に乗れないので…、それと、走ったほうが早いんですよ。


 「な、なんと…、恐れ入りました。ではお言葉に従って私たちは馬に乗らせて頂きます」


 頷くと、ちょいちょいと袖を引かれた。

 小声でテンちゃんに耳打ちをしておく。


- 大丈夫、走らないから。低空飛行で付いて行くだけ。


 「そうか、安心したのじゃ」


 テンちゃんがほっとした表情の笑顔でいい、前から騎乗して馬の方向を変え、隊列を整えた彼が声を掛けてきた。


 「あの、宜しいので?」


- どうぞ?


 不安そうに頷く彼が前方に向き直って姿勢を正し、号令一下、彼を先頭にして2列縦隊で駆け出す騎士たち。綺麗に馬の足音が揃っていて、とても小気味が良い。


 俺たちを気遣ってか、速度は抑え気味のようだ。


 テンちゃんが軽く添えて持つ俺の右肘、そのまま立っている姿勢で、すっと俺たち浮き上がって彼らに付いて行くのを、後ろで見ていた門番の衛兵さんたちが驚いて声を口々に発したのが聞こえたが、まぁいつもの事だ。


 今回は他から見やすいような飛行結界にしている。

 だって消えたように見えたら驚くどころじゃなかっただろうし、先導している彼らも困るだろうからね。






 普通の街であれば、街壁の内側に沿って道があれば、そこには商店や露店が並んでいたりするものだけど、それは無く、小さな窓がある頑丈そうな家屋が並んでいるだけだった。


 まぁ城砦って言ってたもんなぁ、一体何から、あ、もしかして合併前に戦いとかあったのかな…、でもそれだけではこんな分厚く高い城壁に厳重な物見台、そして頑丈そうな造りの家々など必要無いだろうし…。


 などと考えている間に、大きく開かれた門をくぐり、城砦に到着した。

 途中は街壁の内側沿いに移動して、1度角を曲がっただけだ。


 通って来た道は手入れが行き届いているようで、騎馬の後ろにいたけれど、時々結界の下の方の表面に小粒の砂ぼこりが当たる程度で、彼らが速度をあまり出さなかったせいでもあるんだろうけど、土や石が飛んでくるような事もなく、おかげで高さを取らずに済んだ。


 ここに到着した時に上から見ているので知っていたけど、ここは整然と作られていて、曲がりくねった道などひとつも無いのだ。

 一応、内側の街路には商店などが立ち並んでいるのも知っている。地図にはしていないので何が売られているとかの詳細は知らないけどね。


 「陛下からの書状には『不思議な移動方法』とありましたが、納得致しました。それでは中へご案内致します」


 ほら、やっぱり予め通知が行ってんじゃんよ…。






 中に入ると、たぶん軍議をするための部屋だったんだろう、大きな長いテーブルと、書類や情報を書き記したり張り付けたりするボードが幾つも用意されている部屋で、見るからに偉い立場のひとたちが既に席に着いていて、俺たちが扉番の声で入室すると全員が起立し、そして右手を左胸に添え、項垂れるような礼をした。


 「略式で失礼致します。勇者タケル様」


 そういう挨拶で始まった。


 俺はまぁそういう堅苦しいのは苦手なので、『えっと、楽にして下さい』と言って座ってもらおうとしたんだけど、先に俺が座らないと座れない雰囲気と目線で言われ、しょうがないので座って話を聞いた。


 ある程度の昔語りのような口調で、最初は一体何の話だろうと思ったが、ここに来る途中で見たあの美しいだろうと思えた草原とそこに棲息する動物の話だった。


 ロミさんが困り顔で言うわけだよ…、そりゃ最大の問題になるのもわかる。


 コウさんと戦士団がいくら頑張っても現状維持にしかならなかったのも、ある意味仕方がないね。


 どういう事なのかが、ここで話を聞いてやっとわかった。






 特に名称が決まっているわけではないが、この地元タラ族から『ウゼー』と呼ばれている、牛の2倍ほどの大きな草食獣がいる。


 繁殖可能になった雌は『ンマー!』、雄は『ンモー!』と鳴き、子獣は『ウゼー』と鳴く。よく聞くと『ンゼー』なんだけど、『ウゼー』に聞こえない事も無い。


 子獣はエサを求めるためなのか、はたまた別の理由からか、やたら鳴くんだそうだ。故にこの獣はしょっちゅう聞こえるその鳴き声から『ウゼー』と呼ばれるようになったんだと。


 そう言えばロミさんが前に、トルイザン連合王国の中央に位置するベルクザン王国の王姉殿下の離宮、そこの倉庫に用があって行ったときに出てきたキンキン声のうるさい女性に、


 『ンマーンマーとまるで『ウゼー』という魔獣のようね…』(※)


 と言ってたっけね。これの事だったのか。

 魔獣って言ってたけど、正確には動物らしい。

 でも、この地のというかアリースオムのひとたちからすると、魔物より厄介だから魔獣という認識なんだそうだ。


 そしてこの獣、基本的にうるさい以外は人種(ひと)に対して直接の害は無いらしい。襲ってきたりはしないそうだ。むしろひとから逃げる。そりゃまぁ普通の動物でも大抵はそうだよね。


 ひとの側からも、余程飢えてでもいない限りは、『ウゼー』を食べるような事はしなかったんだと。


 何でかというと、毒があり可食部分がほぼ無い、皮や骨に利用価値が無い、だからわざわざ倒すのに手間のかかる(当時)無害だと思われていた魔獣を狩るなんて、と、放置していた。


 ところがとんでもない事実が発覚した。


 この獣の生息域にはある植物が繁茂している。

 来る時に見た、青々と繁茂していて白い花に小さな黄色い実が付いていたあの植物のことだ。


 この植物、『タビビトゴロシ』なんて物騒な名で呼ばれているもので、茎に小さなトゲはあるが花は白く清らかな印象を与え、美味しそうな黄色の小ぶりな実をつける。


 だが全草、つまりこの植物の全部に毒を有していて、実を複数食べると普通に死ぬそうだ。それも結構苦しんで死ぬらしく、これを食した旅人の亡骸は、ある程度見慣れている村人ですら目を背けたくなる程の苦悶を浮かべているんだそうだ。


 「街道に注意を喚起する立て札があるはずなんですがね…、何故か毎年被害者が出るんですよ…」


 と、補足してくれたのはここに案内してくれた男性で、とても苦い表情だった。


 この植物が厄介なのは毒があるからでは無く、そのしぶとさによるものらしい。


 何と、埋めてしまうぐらいでは余裕で育ち、根こそぎ刈り取っても、根のほんの欠片でも残っていたらそこから増える、雪が降る寒さでも育つ、日照り続きなのに何故かその生息域は青々としている、というような具合だ。


 そして種がとても小さく、土に紛れるともうわからない。実を灰になるまで焼いても種の一部が残って発芽するらしい。凍らせても氷を割って芽を出す。


 さらに、あの土地に油をかけて焼き尽くしても、数か月と掛からずまた復活するらしい。


 とんでもない植物もあったもんだ。


 元の世界に『ワルナスビ』というこれに似た性質を持つ植物があるが、それすらここまでのしぶとさは無かったはず。


 だったらこの地域どころか世界を席巻しそうなもんだよね?


 でもそうではないみたいでそこは何か条件があるんだろう。海辺には生えていないようなので、海水には弱いとか休眠状態になるとか、繁殖しにくいのかも知れないし、他に理由があったりするかも知れない。


 とにかく、この地域にとって最も厄介な植物がその『タビビトゴロシ』なんだそうだ。


 そしてそれを好んで食すのが、『ウゼー』なんだ。


 人種(ひと)には毒でもこいつらには毒じゃ無い。毎日凄まじい量を食べる。と言うか常に食べ続けてその巨体を維持している。


 そんでもってこいつらの排泄物にそのタビビトゴロシの未消化の種が混じるせいで、タビビトゴロシは増えてきたのがわかったんだってさ。


 それが直接的には無害でも討伐任務が発生した理由だ。


 もともとこの地域は肥沃な農業地帯だった。


 ところがそのタビビトゴロシが生息域を拡大し続けたせいで、村人たちは土地を追われ、現在の場所まで下がる事になった。


 という事なんだそうだ。


 そんなもん俺にどうしろと…?






次話4-091は2021年12月17日(金)の予定です。


(作者注釈)

 キンキン声の女性が出てきたのは4章058話です。


20211217:助詞訂正。 ロミさんが ⇒ ロミさんに

20211217:表現の訂正。 「川の水量は」の文。

20211219:タラ族の地、という意味で、タラ+ムとなる事を追加。それにより2箇所の訂正。



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回も入浴シーン無し。触れてはいましたけどねー


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   困惑中。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   光の精霊さんの遺産処理で走り回ってます。

   そんな時に新たな問題に手をつけるタケルw


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   お察しのように出番ですね。


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。

   1500年も踊ってたんですからねー

   タケルの認識はそこ止まりですけども。

   返却の危機!?

   パンと水だけで謹慎中のため出番無しと思いきや、

   部屋で踊ってた…。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回は出番無し。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回は名前のみの登場。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使い継続中でまた移動。

   今回は出番無し。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   タケルがヒマになったと見るや、

   ちゃっかり働かせようとするところはさすがですね。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   今回は名前のみの登場。

   でも何してるとかは出てます。


 カズさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。

   ロスタニア所属らしい。今の所。

   体育会系(笑)。性格は真面目。

   川小屋に到着したので登場人物に復帰。

   今回は出番無し。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   今回は出番無し。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。

   ティルラ王国所属。

   勇者としての先輩であるシオリに、

   いろいろ教わったので、一種の師弟関係にある。

   勇者としての任務の延長で、

   元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。

   今回は出番無し。


 ネリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。

   ティルラ王国所属。

   サクラと同様。

   今回は出番無し。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。

   勇者ロミが治めている国。


 母艦エスキュリオス:

   4章056話で登場した。

   ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、

   その装置ごと回収するために近くに来た母艦。

   4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、

   この母艦が近くに居たままだったから。

   統括責任者はベートリオ。

   補助艇が11機もでているけど搭乗員などには言及されません。

   哀しき裏方さんたちですね。

   裏方さんたちが後始末に精を出しています。


 ウゼー:

   ロミは魔物と言ったが、実は魔物では無く、ただの害獣。

   詳細は本文参照。


 タビビトゴロシ:

   大迷惑植物。

   詳細は本文参照。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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