4ー088 ~ 気の長い怨念・譲渡式当日
さんざん愚痴を聞かされた。
と言うのもあれから夕食中に女官さんを通じてロミさんに連絡が入り、眉を顰めて席を立ち、30分ぐらいしてから戻って来たロミさんの愚痴を聞かされたのだ。
食べるなら食べる、話すなら話すとどちらかにして頂きたかった。
だってさ、こっちはとっくに食事を終えているわけで、ソファーの方に移ってちょっとお茶を飲みながらリンちゃんの報告やら雑談やらをしていたわけですよ。
そこに不機嫌さを隠そうともせずにロミさんが戻ってきて食事を再開すると、リンちゃんはまた席を立つし、ファーさんは息をしているのか疑うほど、不動のパントマイム状態で固まってるし、テンちゃんはまた俺の右腕を幸せな拘束状態にして目を閉じて凭れかかってるしさ…。
そのロミさんだけど、食卓で食事の続きをするのではなくて、わざわざ女官さんに言ってサンドイッチのようにパンに切り込みを入れたものにメインディッシュの残りを挟んでソファーに運ばせてんのよ。つまり、向かいに座ってそれを食べては文句を言うのを交互に繰り返してたわけ。
正直たまらん。
結局その日は温泉には行かずに、順番に部屋の風呂を使い、俺はさっさと眠る支度をして部屋に引っ込んだ。
リンちゃんは遅くまで何やら連絡をしたり部屋に戻って何かやってたり、かと思ったらまた操作盤のところに行ったりしていたようだった。
テンちゃんは眠る寸前まで俺の部屋で、俺が手の上でいつものように玉を作って浮かせてぐるぐるしてるのを、俺に凭れて見てたよ。ただ黙って。息を潜めて。
そんな事をしてもリンちゃんにはバレてると思うよ?
そして翌日。
「え?、ファーなら自室で謹慎を言い渡しておきましたから、部屋に居ますよ?」
- え?、謹慎なの?
「はい、だってあの者に踊りを教えていた女官がまだ謹慎状態なんですよ?」
何を当然の事を、という表情。ロミさんも笑顔で頷いている。
そうなんだけどね…。
朝食に出て来ないファーさんの事をリンちゃんに尋ねたら、こういうやり取りになった。
- って、朝食抜きなの?
「パンと水は与えてありますので大丈夫です」
いあいあ、それでいいのか?
きっぱりと言われたので言い返しようが無い。
- そ、そう…。
精霊さん同士の話だし、俺からあまり口出しするのもなぁ…。
ファーさんの事はリンちゃんに任せるって最初に言ったのもあるし…。
ま、まぁリンちゃんが大丈夫って言ってるんだから大丈夫だろう。という事にしよう。そうしよう。
朝食はまた味噌汁とパンと野菜のお浸しみたいなのと焼き魚だった。
和食ブームはまだ続いているようだ。
昨日の夕食が洋食っぽい感じだったので油断した…。
そして食べ終わったタイミングで、ロミさんに連絡が入り『…仕方ないわね…』と呟いて席を立った。
眉を顰めていた様子から、またコウさんが何か言いだしたんだろう。戻ってきたらまた愚痴を聞かされるのかな…。
とにかく、女官さんたちには下がってもらってからリンちゃんの話を聞く事にした。
「元々は飛行機械が墜落した場所に巨大亀が居たという事だったようです」
もちろんその巨大亀は既に魔物化したもので、たまたま海上を移動中だったらしい。
それがこの地に上陸しようとしていたのかまではわからないが、この地にトカゲの侵略という痕跡が無い以上、上陸寸前だったのかも知れない。
そしてその飛行機械が、墜落時にそれを道連れにしようとしたのか、それともただの偶然だったのかはわからないが、そのおかげでこの地はある意味助かったとも言える。
「タケルさまが上空から倒したと仰っていた5体の竜族も、瘴気に冒されていたようで、とっくに動く死体と化していたようです」
- え?、あれ竜族だったの?
「気付かずに倒されたんですか?」
- うん、なんかでかいのがいるなーって、面倒だから先に処理してしまえばいいかなって。
「そうだったんですか…、連絡艇から調査に降りた者が散らばっている骨を回収したんですけど、ああもピンポイントに真上から強力な攻撃ができるものだと感心していましたよ?」
- そうなの?
「ええ。我々がやるとあの辺りが焦土になりますから」
ロミさんが居なくて良かったよ。
いたらきっと顔が引きつってただろうね。
- シオリさんの天罰魔法を収束するとああなるんだよ。
「なるほど…」
何やら考え始めた様子のリンちゃんを引き戻すため、気になってた部分を尋ねた。
- それで動く死体って、竜族のアンデッドって事?
「厳密には違うのですが、瘴気に冒され狂ってしまったものですね。以前ダンジョンでトカゲがトカゲの死体に生の角を取り付けて動かしていたのがありましたよね?、あれと原理は同じですが、瘴気と生の角は同じでは無いので動く死体も性能的には劣るようです」
- へー…。
全然わからん。
生の角ってのは、負の魔力によって変化した鉱石で、その負の魔力が詰まっており、生きている動物に付けると魔物化するが、そのままの姿だったり、巨大化したりとさまざまだ。と理解している。
瘴気ってのは、怨念やら何やらがそこらにある魔力に作用して発生する負の魔力と、その副産物である方向性がばらばらな魔力の混合物だそうだ。
どちらが先なのかはよくわかっていないらしい。
卵が先か鶏が先かみたいな話だね。
だったらそれで魔物化するんだから同じようなもんじゃないのか?
と、思ったんだけど、そうではなく、瘴気に冒されて魔物化したものは、竜族の支配が及ばないらしい。
それも、性質によってはアンデッドが生まれて大発生につながるものや、今回のようにやたら動きの遅い動く死体ができたりするものがあるみたいだ。
リンちゃんが性能的には劣ると言ったのは今回のケースなんだと。
とにかくそれで、あの巨大亀の部品だけが動いていたのは何となくわかった。
元竜族の動く死体も、動きがとにかく遅いので、長年かけてそれぞれの位置に移動したんだろうという事が、周囲の木々の生育状況や地形などからわかったらしい。
「それでその、それぞれが目標とする方向を割り出してみたのです」
そう言って端末を取り出し、平面図を浮かび上がらせた。
「怨念の中心が取り込まれたのは700年ほど前で、このあたりだと推測されます」
海から上がって来た元竜族と飛行機械の一部を取り込んだ元巨大亀のコースが、その時点から変わったのが表示されていた。
「おそらくはあの怨念が魔力を取り込んで増幅されたため、数十年の時間はかかっているようですが連動して元竜族の動く死体に影響を与えたのでしょう」
すごい怨念だなぁ…。
「そしてこの中心部はこちらへ向かっていました」
リンちゃんが指差し、平面図にもまっすぐに表示された場所には、村がある。
そこはかなり古くからある村なんだとは聞いていたが、700年以上って事になる。かなり歴史がある村じゃないか?、それ。
それほど進歩はしてなかったみたいだけど、まぁ何らかの理由でもあるんだろう。
別に村の歴史なんて興味無いから、正直どうでもいい。
- へー…。
「そしてそれぞれの元竜族が向かっていたであろう先にも」
と、リンちゃんが表示させた先、そこにもそれぞれ村があった。
東側のほうは、結構距離があるけどね。そっちは前に俺がこのマッサルクって都から『瘴気の森』周辺までの間を地図にしてロミさんに渡していたけど、ついーっとっそっちの方まで平面図をずらして見せてくれたところを見ると、リンちゃんはそれをデータとして取り込んでいたようだ。
- なるほど。
「でもあのペースだとここに到着するまでまだ何百年もかかりますけどね」
何とまぁ気の長い怨念だね。
恨みを晴らす相手なんてとっくに寿命が尽きてるじゃないか。
んじゃあれ、結局は処理する事になったんだろうけど、急いで倒す必要は無かったって事か。ほぼあの位置から動かないんだから。
巨大亀の部品によって運ばれていたあの中心部分が、さらに移動が遅かったのは、木石を結界がじわじわと取り込み、後ろ側では出て行くようになってたからなんだと。
そうやって途中であの石像、取り込まれた当時はまだ石像では無かったらしいけど、それが取り込まれたと見られるんだってさ。
壊れて停止した魔力炉でも内部には相当量の魔力が残っていたわけで、それが動く死体の動力になった。
メインタンクは壊れてしまっていたが、いくつか残っていたサブタンクには当然ながらまだ大量の魔力が圧縮されて残っていた。
途中で怨念の主が取り込まれ、それを抱きしめて怨念を増幅させたのはそれのせい。
飛行機械のコアは、停止状態で半壊した機械の中にあり、それを保護するための結界発生装置だけが生きていたってわけ。
「瘴気災害を防ぐため、瘴気とその発生源を封じ、閉じ込めるという古い命令が残っていたそうです」
だからコアを護る結界と、瘴気を閉じ込める結界の2つを発生していたのか。
「相当古い結界発生装置だったのじゃな…」
「はい。現在の母艦にはあったそうです。それと古いタイプの飛行機械にはその複製品で搭載されているものも残っているんだそうです」
リンちゃんが続けて言うには、今回の報告を受けて光の精霊の里や、各地の母艦、それに搭載されている飛行機械を調査したところ、古いものにはそういう命令記述があったんだそうだ。
「お姉様が覚えていて下さったおかげで、瘴気に対して有効な結界魔法という事で旧式の飛行機械が効率の良くない結界障壁を使用していた理由も判明しました。お姉様もたまには役に立ちますね」
「む、たまにはとは何じゃ。吾はいつもタケル様の役に立っておろうが」
- うん、テンちゃんいつもありがとうね。助かってるよ。
と言うと『ほれ見よ』とリンちゃんへ得意げに言いながら俺の腕にいつものむんにゅぅっと幸せを与えてくれた。
それを見てリンちゃんが小声でというかほとんど口を動かさずに不満そうな表情で、
「また…、タケルさまはお姉様に甘いんですよ…」
と言ったので、ソファーに並んで座っていて左手が届く距離だったのもあって、腕を引っ張るとそのまま俺にしがみ付いた。
そんなに強く引っ張ったわけじゃないんだけどなぁ…。
- リンちゃんも、いつもありがとう。
そう言ってそのまま頭を撫でておいた。
●○●○●○●
そしてついに、譲渡式の日になりました。
謁見の間には他国の王族や式典がここで行われる時以上に、王城側と教会側から人が詰めかけており、普段は広々とした場所ですが今日は狭く、息苦しさすら感じます。
もちろん2階部分も、そしてそれとさらにその上にある窓を操作する回廊部分にも、精鋭である鷹鷲隊の面々が並んでおり、緊張感をさらに増していました。
ここ数日はゼニス大司教が何度も王城に足を運んで来られていました。
段取りなど大したものではありませんしそう何度も来られても話す事などありません。かと言って無下にもできず執政官にだけ会ってもらってお帰り頂く事もできませんので、父と兄も、そして私もうんざりした気分で笑顔を作って時間を取られたのでした。
ご挨拶も、普段あまりお顔を拝見する事が無いからこそ、アクア様に感謝する聖句のあと、『ゼニス様もお変わりなく』と言えたのですが、2日と空けていないのにそう言うわけにも行きません。
教会は王城の正門から直線で約300m程度の距離です。
面会の前に、父と兄が今回の挨拶はどう言おうかと打ち合わせているのを見ながら、以前『遥々お越しに』と、お年を召されておられるゼニス様が年明けのご挨拶に来られた際、つい、そう言ってしまい、その場が妙な雰囲気になった事を思い出したものです。
そもそも宗教的に余程の事が無い限り、私たち王族は教会へ足を運ぶという事をしません。王城の敷地内にイアルタン教の小さな教会設備があるからです。
そこで王族だけの宗教的儀式を行う場合には、王である父が司祭の役をします。普段は王城内の信者たちのために、司祭代理が派遣されていて、その彼は父の代わりにその教会設備の管理運営を任されているのです。
余談ですが、その彼の息子が庭師に名を連ねており、護衛の必要が無い私はよく彼らを庭で見かける事があります。
ああ、他の兄弟姉妹とは異なり、私は毎日のように王城の隣にある騎士団本部に出かけていますし、庭だけではなく城下を散策したりもしますので、庭師や衛兵と顔見知りになる機会が多いのです。
話を戻します。
謁見の間ですから、普段は玉座の前にある階段数段の前に、謁見対象が居並び、首を垂れるのですが、今日はそうではなく、玉座付近には近衛隊が並んでいるのみ。私たち王族は教会の枢機卿や大司教たちが並ぶ前に、譲渡される『奇跡の祭壇』と呼ばれた一式を挟んで対峙している状況です。
『奇跡の祭壇』と呼ばれているのは、私の私室に祀られていたアクア様の像と水盆やお供え用の器、燭台や飾り付けの事であり、寝室用ですので実にささやかなものです。
この場の人数が醸し出す緊張を受け止めるには、些か頼りない印象があります。
その『奇跡の祭壇』というのは誰が言い出したのかは存じません。
普段なら、お供え物はある程度時間が経つと、その祭壇を管理している者が聖句を唱えて下げ、自分たちで分けて頂くものなのです。
見事なガラス細工のアクア像がここに設置されてからというもの、夜中以外は常に誰かがここで祈りを捧げていたのだそうです。
呆れた話ですが理解できなくはありませんね。
私が帰還すると、この王城の私の部屋には、誰も居ないという事が無くなります。
常に誰か、女官が留守を守り部屋を管理するものなのです。
これまでは何事もなかったらしいのですが、私も朝晩お祈りをするわけで、そしてお供え物もそれに応じて良いものが供えられるようになりました。
それが原因では無いとは思いますが、女官たちがそう噂を広め、教会に報せたのでしょう。
曰く、
・水盆が光るのを目にするようになった。
・王女様のお祈りにアクア様がお応えになった。
・お供え物が下げられる段に、数が合わなくなった。
・光る水盆から水の手が出てお供え物を持って行った。
これら全て『私が帰還してから』、と前置きがついているのです。
それによって、『奇跡の祭壇』と呼ばれるようになったのです。
王都のイアルタン教会の鐘の音が、今日は開けられている片側の高窓から聞こえました。
私たち王族が起立し、それと同じくして教会側も、それを見てそれぞれの後ろに列席していた人たちも立ち上がります。
それまでひそひそとさざめいていた列席者の声が止み、咳きひとつ無い静けさが謁見の間に鐘の余韻を通らせました。
「今日の善き日、『奇跡の祭壇』を巫女メルリアーヴェル姫よりお譲り頂ける運びとなりました!」
ゼニス大司教が笑みを浮かべそのよく通る声で宣言をしました。
彼女は此度の橋渡し役として枢機卿たちに認められたという事なのでしょう。
しかし巫女の話は謹んでお断りしていたはずですのに…。
「「おお…!」」
「「何と…!」」
列席者たちが口々に驚きを隠さず言葉を発したのは言うまでもありません。
水盆から光が、それもシャボン玉のように漂う光の粒々も、光量も大増量の派手な演出が始まったからです。
「アクア様も祝福して下さっておいでです!」
ざわめきが多い中、ゼニス大司教が興奮気味に叫びました。
単に感動で声を発しただけの者、跪いて聖句を唱える者、固唾を呑んで見守る者、それぞれが立てる音や声がざわめきとなっているのです。
でもゼニス様、そんな事を言っていいのでしょうか。成り行きに予想がついている私には彼女が気の毒に思えてきました。
『勇者の地を司る国の者たちよ。水を司る精霊ウィノア=アクア#$%&の名に於いて――』
光り輝き溢れる水盆から、同じく輝く水滴を浮かせシャボン玉のような光の粒を多数周囲に浮かばせ、そしてそれに負けない美しさと荘厳さ、神々しさをその半透明なお姿で表現しながら光を撒き散らすアクア様が顕現なさいました。
タケル様のお傍で拝見する時より数段光も水の粒も多く、そして水盆から出た水の柱と円形の台の上に立たれておられます。
その御身が纏っておられる布のように見える水は、さながら優雅に舞っているドレスのようにも、水中を泳ぐ魚の鰭のようにも見え、そしてそれらは決して留まらずに形を変えながら、光の加減で七色に変化をし続けてアクア様を飾り立てていました。
『私が故あってその者に像を託したのは、このようなつまらぬ事のためではありません。よって、汝らの諍いの元を断ちます』
そうアクア様が仰せになりますと、水盆からきらきらと輝く水玉が次々と溢れ出て、空中を流れるようにアクア様の周囲をひと巡りしてから、問題の像を取り囲み、すっかり包み込む水球となりますと、そこからまた水玉に分かれて空中を流れるように動いてアクア様の周囲を同じようにひと巡りしてから水盆へと吸い込まれて行きました。
それはとても幻想的で神々しく、言葉では言い表せないような感動をこの場にいる全ての者に与えたのでした。
もちろん私も例外ではありませんが、教会側も王城側も、ほとんどが膝から崩れ落ちて頭を垂れ、咽び泣いたりしている中、私だけはどこか冷静に、跪いて手を胸元に交差したままアクア様を見つめていました。
現在の私なら、周囲を見回さずとも誰がどういう姿勢でどうしているかが感知できます。
例えば、父母とウィル兄様は跪いた姿勢で涙が溢れ流れ落ちるに任せ、顔を上げていますし、ストラーデ姉様も同様ですが、アクア様のお姿を目に焼き付けようと息を殺し声を出すの耐えているような表情です。テティとアインも跪いてはいますが、宗教的姿勢をとる事も忘れて手布を取り出して口元を抑えたり涙を拭ったりしています。
後列の者たちは顔を上げたり下げたりしながら咽び泣いている者がほとんどです。
回廊で警備の任に当たっている者たちですら、同様なのです。
そしてそれらを感知しながら、アクア様は先ほど『私がその者に像を託した』と仰ってしまいましたので、この後あの像を入手した経緯を問い詰められるのでしょうねと、半ば諦めの入り混じった気分で居たのでした。
長いようで短いアクア様の回収劇も終わり、お姿が多数の水玉へと崩れ行き、渦のようになって水盆へと吸い込まれ、光も収まってしまいました。
後に残ったこの謁見の間には、人々が咽び泣いたり鼻をすすったりする音だけが響いています。
お姿が崩れる直前、アクア様が私に目線を合わせて頷いたように見えました。
しかし、あの半透明のご尊顔から表情や目線を読み取るには、私はまだタケル様ほどにはアクア様には慣れていません。
「皆の者、そのまま聞きなさい」
父が立ちあがり、落ち着いた声で拡声具を手にして言いました。
「畏れ多くも我々はアクア様のご期待に添えなかったのだ。式典は中止とし、祭壇の譲渡は無かった事とする。教会の方々もよろしいか?」
跪いた姿勢のまま、父の言葉に頷く面々を見渡し、続けて言います。
「ではそのように。シルベール、オルダイン、後を頼む」
「「はっ」」
そう言って母をエスコートし、玉座の方へ歩き始めました。
ウィル兄様も名残惜しそうなストラーデ姉様をエスコートしてそれに続きます。
私とテティ、アインも続き、後ろにはテティとアインを補佐する女官と騎士が続いて移動を始めました。
玉座の周囲に居た護衛騎士たちも職務を思い出したのか立ち上がり、私たちが玉座の後ろにある扉から、謁見の間を出るのを護衛し、2名を残して私たちの前後を挟み、廊下を進んだのです。
●○●○●○●
父王の執務室に隣接する、言わば王族の控室と言いますか、休憩室のように使っている部屋に到着すると、各自が溜息を吐いてソファーに座りました。
部屋勤めの女官たちがお茶の用意をするのを横目で見ながら、何とも言えない苦笑い寸前のような表情をしている父に代わって、ウィル兄様がまず私に言いました。
「メル…、まさかあのような、と言っては語弊があるかも知れないけど、アクア様っていつも顕現される時はあんなに派手なのかい?」
うんうんと頷く父と母。母は思い出したのか手布を取り出して目元を拭いました。
「いいえ、あれ程までに派手なものだとは思いませんでした。想像以上で感動するやら驚くやらでしたよ」
ウィル兄様が『いつも』と言ったのは、先日、私がタケル様のお傍に居た期間、何度も顕現されたお姿を拝見しましたという話をしたからでしょう。
ストラーデ姉様が振り向いて女官を呼び、部屋の棚にある画材を取らせました。
「スティ、またなのかい?」
私に続けて質問しようとしたウィル兄様は、それをちらっと見てそちらを優先したようです。
「忘れないうちに少しでも描いておかなくてはなりませんもの」
「気持ちはわかるんだけどね…」
最近はそういう事も減っていたのですが、私がまだ小さかった頃はよく、姉様がここで絵を描いていたのだそうです。
「まぁ良い、スティ、完成したら私の分も複製を貰えるか?」
それを兄様に手で合図してから、お父様が優しく言いました。
「あらお父様、像の時は要らないって仰ったのに?」
「今日のお姿を拝見してしまうとな…」
「あ!、そうよメル!、ガラス像も素敵だったけど、今日のはそれとは比べ物にならないじゃないの!、同じお姿だなんて言って!」
立ち上がって掴みかかる勢いで私の肩を揺すりました。
「お姉様、落ち着いて下さい。今日のは相当派手になるでしょうと…あ、」
「聞いてないわ?」
「お父様とお兄様には言っておいたのですが、お姉様には言ってませんでした」
普段の私は騎士団へ通い詰めですが、それでも多少は時間的余裕はあるのです。
しかしここの所は教会からの面会だの何だのと忙しかったのです。
「もう…、あんなだと知っていたなら魔道具を持ち込んでましたのに…」
そうぶつぶつと言いながら、女官から渡された画材を壁際の台の上に広げ、立ったまま絵を描き始めました。
それを見たテティとアイン、少し遅れてお母様までがストラーデ姉様のところに行きました。
「それでメル、アクア様が『像を託した』と仰っていたように聞こえたのだが」
ああ、やはり言われました…。
後ろで『スティ姉様、見ていてもいいですか?』とアインが可愛らしく言うのが聞こえます。
「はい、その通りです、お父様」
「そのあたりの話は聞いて居なかったと記憶している」
「あの像は勇者タケル様が、アクア様のために作られたものでしたとお話はしました」
「うむ。それをどうしてメルがというところは、上手くはぐらかされていたな」
「はい。信じて頂けるかどうか、あの時点ではわからなかったので、割愛していたのです」
「なるほど、其方が言葉を選びながら話してくれていたのはそういう事だろうとは思っていたが、では今なら話してくれるのだな」
「はい。勇者タケル様のご自宅の庭に、アクア様の聖なる泉がありまして――」
と、『森の家』の管理者が光の精霊様方である事だけを伏せ、像をお預かりした経緯を話しました。
「そうだったのか…」
「確かに、そのような話を昨日までに聞いていたなら、半信半疑だったろうね」
「そうだな。それと、報告書やこれまでの話から、どうにもよく分からなかったのだが…、その、メルは既に達人級の認可を受けているし、あのオルダインが馬より早く走るところは何度も目にした事もある。だからメルもそれぐらいの早さで移動ができるのだろうと無理やり納得していたのだ。しかし現バルカル合同開拓地からここまでを往復し、その勇者タケル様のご自宅へ寄るとなると、些か時間的余裕が無さすぎるように思えるのだ」
と、父と兄から『これまで避けてきた疑問』として尋ねられ、それについて話すためには結局、光の精霊様方にご協力をして頂いていた事も話さねばならなくなりました。
「……うーむ」
「…これは、とても公にできませんね…」
「ああ…」
アクア様のおかげで、精霊様がほいほいと出てくる勇者タケル様の周囲、そこに付き従っていた私の話に信憑性が出たためか、疑う様子も無く信じてもらえた事に、私は内心胸を撫で下ろしました。
その夜、私が就寝前にひとりでお祈りを捧げていると、水盆がささやかに光り、アクアさまの上半身が顕現されました。
『昼間の事はあれで良いのですか?』
アクア様の表情は私にはわかりませんが、何となく私を気遣って下さっているように感じました。
「はい、ありがとうございます」
『そうですか、タケル様からはああ言うようにご指示をされていたのですが、其方への確認を怠るとまたタケル様の不興を買いますので、一応尋ねました』
そうでしょうね…。
そうでなければ私のような者にアクア様がここまでの気遣いをして下さるとは思えませんから。
「勿体ないお言葉でございます。やはりタケル様が関与されていたのですね」
『そうです。ではこの後リン様からご連絡があるはずですが、委細よしなに』
そう言ってアクア様は水盆に沈んで行かれました。
後日、リン様が転移でお越しになり、その夜の事をお話ししますと、
「え?、式典はともかく、メルさんのところに上半身だけでも顕現したんですか?」
と、驚かれました。
「アクアは普段、形の体裁など繕わないのです」
そうリン様が仰るには、経典にもあり、納得の行く話でした。
アクア様が登場する場面はどれも、光る水面だけだったり、お声だけ。
確かにイアルタン教の経典にもそう書かれていました。
リン様のお話も、光の精霊様に伝わる水の精霊アクア様は、修辞や修飾表現にこそ違いはあれど、だいたい同じようなものでした。
ところがタケル様のお傍に居ると、いつもあのガラス像のようなお姿で顕現されておいででした。
リン様もそこが不思議だと仰って、私が頷いている事に気付いて、互いにくすくす笑い合ってしまいました。
ストラーデ姉様が描いたスケッチの複製をお見せしてあの時のアクア様の様子をお話したところ、『いくらタケルさまから言われたからってここまで派手な演出をする必要があったのでしょうか…?』と首を傾げられていました。
そうですよね?、私もあれは過剰演出ではないかと、冷静な部分のどこかで思っていましたとも。
次話4-089は2021年12月03日(金)の予定です。
20211127:間違いでは無いけれど訂正。
ゼニス様に年明けのご挨拶に ⇒ ゼニス様が年明けのご挨拶に
来られた際に、ついそう言って ⇒ 来られた際、つい、そう言って
その御身に纏って ⇒ その御身が纏って
この後あの像の入手した ⇒ この後あの像を入手した
お姿が水玉に崩れ ⇒ お姿が多数の水玉へと崩れ行き
20211128:文言訂正。
(訂正前)竜族の支配下にはなれないらしい
(訂正後)竜族の支配が及ばないらしい
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は入浴シーン無し。最近ありませんねー、
入浴はありましたけど、描写無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
結局精霊さん頼みなような…。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
タケルが本気で困っているわけでは無い事を察しています。
でもあまり続くようなら釘をさすのもこの子。
今回は説明役ですね。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
少し困っているタケルも好ましいのです。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
1500年も踊ってたんですからねー
タケルの認識はそこ止まりですけども。
返却の危機!?
ついに謹慎処分。
パンと水だけとかひどいw
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回は後半に登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使い継続中でまた移動。
今回は出番無し。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
タケルを少し困らせてみたいのもありますが…
あまり続くと知りませんよ?
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回も名前のみ登場。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
川小屋に到着したので登場人物に復帰。
今回は出番無し。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
今回は出番無し。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
今回は出番無し。
森の家:
1章でタケルが物置小屋兼燻製小屋として作ったものを、
リンが拡張して住めるようにしたタケルの自宅。
現在は規模が大きくなっており、
隣接する工場やそこで働く精霊たちの寮、
演劇練習用施設なども含まれている。
庭の片隅にウィノアの泉がある。
川小屋:
2章でリンが作った、当時は魔物侵略地域、
現在はバルカル合同開拓地と名称が変わった地域にある、
タケルの別荘。
裏庭に5mぐらいの木とウィノアの泉がある。
詳しくは2章を。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
話には出ていませんが、与えられたお仕事はちゃんとしています。
母艦エスキュリオス:
4章056話で登場した。
ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、
その装置ごと回収するために近くに来た母艦。
4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、
この母艦が近くに居たままだったから。
統括責任者はベートリオ。
補助艇が11機もでているけど搭乗員などには言及されません。
哀しき裏方さんたちですね。
裏方さんたちが後始末に精を出しています。
メル:
ホーラード王国第二王女。
2章から登場した。
ホーラード王家の面々:
王と王妃、それと末弟の名前は今回初登場。
王妃、姉、妹、弟の発言も初登場。
それぞれの存在は2章で示唆されていた。はず。
姉と妹には婚約者が存在する。
以下、メルから見た関係と少し紹介を。
ソーレス:
メルの父。ホーラード王。温厚な性格。
平凡だが穏当で良い治世をすると評判は上々。
母ルティオネラ:
メルの母。ホーラード王妃。
5人の母で、それも既に成人済みの子が2人いるとは思えない程、
やや細身。国内の美容関係のトップに君臨する。
だがそれは当人ではなく、配下に付いているものたちのせい。
持ち上げられるのもお役目と割り切っており、性格はさっぱり系。
ウィラード:
メルの兄。ホーラード王太子。既に立太子の儀は終えている。
民の信頼篤く、これも良い治世をするだろうと期待されている。
婚約者候補が多いが、まだ決まっていないのが欠点。
愛称はウィル。
ストラーデ:
メルの姉。第一王女。隣国ティルラに婚約者が居る。
相手はティルラ王国王太子ハルパス。将来的にはティルラ王妃となる。
演劇や歴史に戯曲、フィクションなどに幼少の頃より興味があり、
いまやホーラード国内のみならずティルラなどの隣国の、
芸能関係に幅広く影響を齎す存在。
絵姿が最も多く売れているのは、その均整の取れたスタイルのため。
愛称はスティ。
リステティール:
メルの妹。第三王女。1年違い。
婚約者が居るとは当人の弁。実際は婚約者候補だが、
周囲もそのうち確定するだろうと温かく見守っている状況。
宝飾品や工芸品に興味を持ち、そのため高価なものを蒐集するのが
父王と兄たちの悩みの種。
メルに対抗心がある。
ストラーデと同様にスタイルがよく、年の割に大きめの胸が自慢。
愛称はテティ。
アイネリーノ:
メルの弟。第二王子。4つ違い。
母親似で女の子かと思われるくらい線の細い、愛らしい顔つきで、
城内の女官たちの人気を一身に集めている。
当人は草花が好きな極めて大人しい性格。
わがまま傾向があるリステティールからは溺愛されていて、
よく一緒にいる。というか付きまとわれている。
メルリアーヴェルについては崇拝の対象であり、英雄視もしており、
近寄るのも話しかけるのも畏れ多いなんて思っていたりする。
メルからするとそれが懐かれていない、
嫌われているのではないかと心配になる原因でもある。
愛称はアイン。
ホーラード王城の敷地にある教会の司祭代理とその息子:
王城は結構大きいのです。
政治だってそこでやってるわけですし、
働くひともたくさんいます。
そりゃあこういうひとも居ますよね。
ホーラード王国:
勇者の宿がある、1章からの舞台。
名称が出たのは2章から。
2章の冒頭に説明がある。
ゼニス大司教:
ホーラード王国王都にあるイアルタン教会所属。
そこそこの年齢です。
大司教まで到達するにはそれなりの勤続年数がかかるものですから。
僧職としての階級は最高位であるが、
大司教や司教を経て枢機卿となり、
教会を合議制により運営するので
地位的には2番目となる。
しかし今回の事で失脚するかも知れませんね。
シルベール:
ホーラード王国宰相。
初登場ですが、宮廷や政治の話はほとんど出ないので、
別に覚えなくてもいい名前ですね。
オルダイン:
オルダイン=ディン=カーライル。
ホーラード王国騎士団長。
ホーラードでは騎士団長は2人しか存在しない。
片方は騎士ではなく、近衛騎士団長で、こっちは大臣職のようなもの。
オルダインが就いている騎士団長が、数ある騎士団を束ねる要職。
ディンのミドルネームは世襲。
メルリアーヴェル王女の師でもある。
2章に登場。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。