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4ー086 ~ 浄化作業・砦小屋で休憩

 「は、初めての共同作業ですね…!」


 そんな事を言うからケーキ入刀みたいな映像をちらっと思い浮かべてしまったじゃないか…。

 今これそういう感じのポーズだし。

 ナイフじゃなくて杖だけど。


 そんなセリフを言ったリンちゃんは杖を持つ俺の手を愛おしむかのように上から手を添え、頬を染め瞳を潤ませ満面の幸せそうな笑みを浮かべて俺に寄り添って見上げている。寄り添うっていうか左腕なんて抱えているような感じで右腕を絡ませてるからふにふに当たるし…。


 正直もう居心地が悪いったら無い。いや、めちゃくちゃ可愛いんだよ、もうほんとさっき思い浮かんだ映像的にもね、ぴったりって言うかね…。


 場所や背景がこんなじゃなかったら結婚式でケーキ入刀時の表情だって言われても納得するくらいの幸せ絶頂的な笑顔なんだよ…。だから居心地が悪い。


 あ、杖はリンちゃんに借りたままの、アリシアさんの親衛隊?、じゃなかったか、えっと、近衛隊だっけ?、その装備の予備のものね。


 そんでもって俺は今、リンちゃんに同調した状態で、『瘴気の森』は瘴気の発生源を囲んでいるシャボン玉のような結界を包む形の、テンちゃんに教わった結界魔法を行使し、それを維持しているってわけ。


 だから杖の先は光属性多め闇少なめの4属性ほぼ均等、つまり白く光り輝いていて、俺が維持している結界に突っ込まれ、シャボン玉結界を今にも突き破ろうと…、いや、突き破りはしないね。そこだけ同調膜を作ってぬるっと差し込むところだから。


 そんな繊細な魔力操作をしてるってのに、あっ、リンちゃん添えてる手をそんな、撫でるような事をしないでくれないかな…、集中が乱れるじゃないか、ってもう、じっとしててって言おうかな。


 「ふふん、(われ)とは前に何度かあるのじゃ」

 「何か?」

 「何でも無いのじゃ」


 テンちゃんが前回と同じ30m後方で、自慢げに含み笑いをしたおかげで、リンちゃんがそっちを見て言ったため、手が止まった。今のうちに杖をシャボン膜の中に…。


 って、考えてみたら、今やってるようにリンちゃんに同調したまま俺が浄化もしてしまえば、こんな恥ずかしい状態にならなくても済んだんじゃないのか?






 もう説明の必要は無さそうだけど、一応言っておくかな。


 まず、壊れそうな薄いシャボン玉みたいな古い形式の結界発生機がまだ生きていて、こいつを破ると中の濃密な瘴気がどばーっと森に広がるどころか森の外にまで出てしまう恐れがある。


 だからその結界と同質のものを張り直す必要があり――現在使われている形式だとこれほどの瘴気には耐えられないらしい――それを知っているテンちゃんから俺がその結界魔法を教わった。


 テンちゃんが直接その結界魔法を行使しないのは、テンちゃんの魔力はその現在ぎりぎり稼働中の結界発生機に悪影響が出かねないから。瞬間的にどっちの結界も無い状態になるのを避けるためだ。


 次に、内部の瘴気を浄化する作業。これはリンちゃんができるらしいので任せる事になった。


 そして、俺が張った結界の内側にはリンちゃんは魔法を行使できない。


 なので、俺はリンちゃんに同調した魔力で結界を張り、杖の先を突っ込んでリンちゃんがその杖を使って浄化魔法を行使する、という筋書きになったってわけ。


 安全のために分担する、って言われたんだけどね。


 でもリンちゃんの浄化魔法って、俺はもう覚えてるわけだし、その浄化も俺がすれば良かったんじゃね?、って今更だけど思ってるとこ。


 ん?、というか俺が全部やるのなら、リンちゃんに同調する事も無かったんじゃね?


 「タケルさま、ちゃんと集中してますか?」


 おっと、余計な事を考えてないで作業に集中しなくちゃね。


- え?、あ、うん、大丈夫。もう浄化を始めていいよ?


 「はい♪」


 なんて嬉しそうな返事なんだ。


 リンちゃんは俺の手を慈しむのをやめ、少しずらして杖を直接握って浄化を開始した。


 うーん、やっぱり俺がすれば良かった。


 ちなみに俺は今、結界操作などの魔法に関して、この杖を使っていない。ただ手で持っているだけなんだ。


 この杖を使うと魔力の属性と単位がきっちり揃うから扱いやすいって前に言ったと思う。

 もし俺だけで全部やっていたなら、そんな器用な事をせずとも、全部この杖を介して複数の魔法を展開すればいいから、実は楽なんだ。

 同調も、シャボン玉結界に対してだけでいいからね。


 なんだかなぁ…。


 まぁ、リンちゃんの幸せそうな表情が見れて、リンちゃんがとにかく嬉しそうに(浄化作業を)してるからいいか…。






 そして、リンちゃんの表情が真剣なものになり、眉を顰めるようになってくると、シャボン玉結界の内側はみるみる内に肉眼でも見えるくらいに瘴気の濃度が下がって行った。

 もちろんすぐにでは無く、リンちゃんが行使している浄化は強弱を調整しながら、内部の瘴気や結界発生機あたりの装置の様子を(魔力的に)窺いつつの面倒なもので、それなりに時間もかかっている。


 それと共に、シャボン玉結界がシャボン玉ではなくなり、しっかりはっきりとした分厚い障壁となってきた。


 俺もそれに伴って杖を包んでいる同調膜をしっかり支えるように魔力を注いだ。それほどのものだったんだ。瘴気でかなり弱化しているとは思っていたけど、元はこんなに強固なものだったんだな、って感心しながら。


 なるほど、こういう事なら俺が全部やらなくて正解だったんだろうね。

 俺だとリンちゃんみたいにちゃんと中の様子なんて見ないでどばーっと浄化してしまってたところだったよ。


 「ふむ、思っておったよりもまだしっかりと動いておったのじゃ」


 テンちゃんが後方から近寄ってきて、俺の右側に立って中の様子を見ながら言った。

 もう近づいてきても大丈夫だって判断したんだろう。


- うん、そうみたいね。この結界、かなりのものですよ。


 「うむ。リン、そろそろ良いのではないか?」

 「もう少しです、お姉さま」

 「そうか、では待つのじゃ。タケル様よ、外側の結界は解除しても良さそうなのじゃが、それで中には入れそうか?」


- あ、そうですね、今も杖を突っ込めていますし、入れますよ。


 「なら外側はもう要らないのじゃ」


 テンちゃんに頷き、外側に張った結界を解いた。


 「ふむ…、ずっと見ておったが、其方の器用さには(われ)も驚嘆なのじゃ、杖を持っておるのに杖を介さず魔法を行使し、結界操作を複数こなし、強度はともかく大きさまで自由自在とは恐れ入るのじゃ」


 そう言いながら俺の右腕に腕を絡ませ胸で包み込むテンちゃん。

 ああ、集中が乱れそうになるじゃないか。


- こういうのって、できる精霊さん(ひと)は居なかったの?


 「ん?、その結界魔法を編み出した者が結界魔法のエキスパート(えきすぱあと)だったのじゃ…、しかし()の者にもここまでの事はできなかったと思うのじゃ」


 俺の右腕に、すりすりむにむにと、そんな風にしながら言わないで欲しい。


- その結界魔法って、あの結界発生機の?


 「うむ、それの大元なのじゃ。当時は今と違い、瘴気、つまり負の魔力が生み出す現象が多く、大変な時期でもあったのじゃ」


 と、テンちゃんが少し遠い目をして話してくれたのは、地上がまだ魔力的に不安定だった時代の話だった。


 生物も現在ほど多様では無く、各地で魔力災害が頻発し、精霊さんたちはそれをなんとか収め、対処に奔走していたんだそうだ。


 『そのためにも瘴気に強く頑丈な結界魔法や、結界発生機が必要だったのじゃ』


 当時はテンちゃんだけじゃなく、アリシアさんも動き回る忙しい日々だったとか、眠るヒマなんて無かったとか、まだ精霊さんたちの数もそれほど居なかったとか、水の精霊ウィノアさんは魔力的に安定した場所じゃないと現地の水を掌握できないから頼れないとか、大地の精霊5人のうち4人が極地に集中していて、低緯度から高緯度までの広範囲をひとりで支えなくてはならなくて大変だったとか、火の精霊カロールの名を持つ分体がその補佐をしていたとか、風の精霊たちは大気の安定に奔走していたとか、そんな、言ってみりゃ創世の神話みたいな話だった。


 「当時はまだ人種(ひとしゅ)も居らなんだのじゃ、なんとか一握りのまともな動植物を保護するので精一杯だったのじゃ」

 「お姉さま、聞かれもしないのに昔語りが長いのは年寄り臭いですよ?」

 「んなっ!」

 「タケルさま、浄化作業が終わりました」


- あっはい、ご苦労様。


 別にテンちゃんの話に興味が無いわけじゃないけど、こんな場所で長々と聞き続けるのはちょっとね。リンちゃんもよくぞ()めてくれたものだ。助かった。

 杖から手を離してくれたので、シャボン玉じゃ無くなってしまった結界から杖を引き抜き、ポーチにしまった。

 そしてその左手で、そそっと寄って来たリンちゃんの頭を撫でた。労いのつもりで。


 「あん、タケルさま…」


 ん?、いつもなら『あ、タケルさま』と、あっさりしてるのに、いや、あっさりじゃないけど、今のようなしっとりした感じでは無かったような…。


 「む、戯れておる場合では無いのじゃ」


- あっはい、中に入るんですよね?


 「うむ」

 「そうでした。…入れるんですよね?」


- 大丈夫。


 杖を突っ込んであった穴を維持している同調結界をしゅるんと伸ばして広げ、俺たちが歩いて通れるトンネルを作った。


 「何度も見てますけど、どうなってるのか全然わかりませんね」

 「うむ、これに関しては(われ)も脱帽なのじゃ」

 「お姉さまでも、ですか?」

 「不本意なのじゃが、不可能としか思えないのじゃ。術式が不安定なまま安定させ、かつ目的用途を改変するなど何かが狂っているとしか思えないのじゃ」


 無茶苦茶言われてる気がする…。


 「そうですよね…、魔力の流れを追っているはずが、理解できない領域に紛れ込むような感じが…」

 「うむ、まさにそれなのじゃ、不可解なのじゃ」


 そんな事を言われてもなぁ…、俺としてはできてしまったものはできるとしか言えないんだよ。


- あの、えっと、そろそろ入らない?


 俺が足を一歩進めると、両側からそれぞれ腕をぎゅっと抱えて歩き始めた。

 それぞれの形容は…、やめておこう。

 というか歩きにくいのでもう少し腕を緩めてくれないかな…。






●○●○●○●






 中に入ると、リンちゃんは機械の残骸のほうへ、テンちゃんは中心の石像にそれぞれ歩み寄って観察をしている。


 俺はというと、ふたりが離れたので、この結界内の様子を見回してるとこ。


 外側からも一応は大きさなりが分かっていたけれど、こうして肉眼でちゃんと見れるようになると、結界の直径は(およ)そ100m、やや足りないぐらいで、感知によると大きさはシャボン玉状態だった頃には変化し続けていたらしい事と、完全な円形(半球形)ではなく、やや縦長な事、それと…。


 「タケルさま、この結界発生機、飛行機械のコアを護り続けていますよ」


 だそうだ。それによって結界のサイズを調整し続けている。

 だから現在は瘴気が薄くなったため、じわじわと結界を縮小し続けているんだ。

 だから、『凡そ』なわけ。


 そして、石像の方だけど、コアがリンちゃんが言う側にあるんだから、あっちにあったのはコアでは無かったという事になるのかな?


- そのコアってまだ生きてるの?


 「いえ、完全にスリープ状態です。この結界発生機は独自に判断する機能が、大半が損なわれていますが、一部がごらんのように稼働中なんです」


 へー。


 「センサー類が全て瘴気の影響で壊れていますので、便宜上結界発生機のサブコアと呼びますが、それ自体に浸食されるのを抵抗するだけで判断をしていたようです」


 よくわからん。

 センサー類からの情報が無いのに、中央演算ユニット(CPU)だけで状況判断をしてたってこと?、うーん、マジわからん。


- そうなんだ。すごいね。


 そう返事するしか無いね。


 「そうなんですよ、これはすごい事なんですよ!?」


 あ、しまった、リンちゃんの琴線に触れたっぽい。


- あ、うん、テンちゃんの方は?


 「こちらはもうただの石像なのじゃ」

 「あ、それ浄化するのが大変でしたよ」

 「其方が頑張り過ぎたせいで、ただの石像になってしまったのじゃ」

 「頑張らないと浄化できなかったんですよ」

 「中の骨まで浄化されては何もわからないのじゃ」

 「残しておいたら瘴気が出続けてしまうじゃないですか」

 「それでは瘴気発生の仕組みがわからぬではないか」

 「それこそ大昔に例がたくさんあったんじゃないんですか?」

 「其方のように頑張りすぎる者が多かったのじゃ。何も残っておらぬのじゃ」

 「そんなことを言われても、光の精霊ですから」


 おっと、見てる場合じゃなかった。


- まぁまぁ、リンちゃん、テンちゃんも。それでその石像が抱えてるのって結局何だったの?


 「これももう中までただの石なのじゃ」

 「あ、えっとそれ魔力のサブタンクです」


- サブタンク?


 「はい、あっちに転がってるのが、魔力炉と、魔力貯蔵タンクと制御部品で、こっちの回路に分けてそれぞれサブタンクがあるんです。他のは壊れてますし、この残骸とこっちから、ここで切れてますけど、こう繋がっていたと推測されますので、それはサブタンクだったと思われます」


 リンちゃんが指差すものを目で追いながら、へーと頷いた。


 「待つのじゃ、あれが魔力炉と言ったか?」

 「はい、そう言いましたよお姉さま」

 「あれは元巨大亀の心臓なのじゃ」

 「えっ?」


 え?、心臓?、あれが?、岩にしか見えないけど…、んー…、あー…確かに魔力反応が残ってるな。んじゃあれ生きてんの?


 「わ、ほんとです、魔力炉にへんなものがくっついてました」


- まだ生きてるの?、それ。


 「いいえ、もうとっくに死んでます」

 「怨念が浄化されたのじゃ、よってもうどれも動かないのじゃ」


 ああ、巨大亀由来の生体部品はもう動かないって意味ね。

 つまり、怨念によってゾンビみたいに死体の一部が動いてたってことね。それで千年以上かかってここまで動いて来た、と。

 すごい怨念だなぁ…。


- えーっと、つまりもう瘴気は出ないし、安全になったってこと?


 「まだこの森の瘴気は消えてませんし、安全じゃないですよ?、タケルさま」


- あ、いやまぁそうなんだけど、原因は解決したって事でしょ?


 「そうなりますね」

 「解決と言ったが原因不明のままなのじゃ」

 「まだ言いますかお姉さま」

 「瘴気というものが負の魔力からどのようにして発生するのかが不明なままでは、(われ)と眷属たちが不遇なままなのじゃ、究明したいと思うて何が悪いのじゃ!」


 あ、そういう事か…。

 拳を握りしめて俯き、涙をぽとっとひとつ落としたテンちゃんを引き寄せると、ひしっとしがみ付いた。


- テンちゃん、大丈夫だから、ちゃんとわかってるから。


 「…お姉さま…」


 リンちゃんもどうしてテンちゃんがあんな風に言ったのか、理解したようで悔しそうな悲しそうな表情でこちらを見つめていた。






●○●○●○●






 「ひー、やっと帰ってきたって感じー…」


 と、肩で息をしながら四つん這いになっているのは勇者カエデだ。


 その場所はと言うと、ハムラーデル王国とトルイザン連合王国との国境にある砦、その中庭にタケルが作った2階にある通称、『砦小屋』だ。

 2階と言っているが実は砦の2階より上にあったりするが、2階なのだ。


 その中庭から柱沿いに(しつら)えられている梯子を上ったところが6畳、いや8畳間ぐらいの少し広いスペースになっていて、入り口に垂らされた布がカエデの目の前にある。

 つまり帰ってきたと当人は言っているが、まだ中に入ったとは言えない状態だ。


 「はーしんどー、何かもう来年の分まで走ったって気がする…。ハルトさんも酷いよー、何が『ご苦労だったな、思ったより早かったぞ。では悪いがその足で砦に戻り、状況を聞いてまた戻ってきてくれないか』だよ…」


 そうなのだ。

 実はカエデはトルイザン連合王国の状況がハムラーデル王国に差し迫った影響を与えそうであった事を、本国の王都アンデルスへと報せに走り、そして一旦この砦に戻ってから、ハルトを追って王都からの書状などを手渡しに走ったのだ。






 トルイザン連合王国3国のうち、ハムラーデル王国に接する側のアリザン王国からダンジョン攻略への支援部隊が出たのだが、その部隊は3国の中央、ベルクザン王国の企みにより2名を残して全滅という大惨事となった。


 勇者タケルが掴んだ情報によると、元々アリザン王国とは宗教的な施策の面においてベルクザン王国とは対立しており、外交的にも抑えきるのが難しくなってきたというのが発端らしい。


 近年ベルクザン王国で急激に勢力を伸ばした竜神教が、それなら先手を打つべきだと考えたのだろう、ちょうどハムラーデル王国とトルイザン連合王国との国境付近、つまりはアリザン王国との国境のアリザン側であるが、そこにダンジョンが発見され、魔物がハムラーデル側へと出てきており、ハムラーデル王国所属の勇者2名両方がそちらへ援軍として赴かなくてはならない状況に陥っていると知った。


 そこにアリザン王国から支援部隊が出ると言う。


 ベルクザンとしては、ただ普通に武力で制圧が可能なほどベルクザン王国のほうが国力も武力もある。近くの勇者は忙しい。そしてアリザンは兵を分けて支援部隊を出した。

 ならば、今なら戦争という手段を用いて外交的、宗教的に有利な状況に持っていけるのではないか。


 そう考えたのだろうが、さらに欲を出したのだ。


 ベルクザンには自由に動かせる黒鎧という勇者以上の兵器がある。ただしそれを動かしているのは光闇(こうあん)教という少数派の宗教であったが、国として命令を出せる現在の竜神教の立場であれば問題は無い。

 たった500名程の部隊なら、その黒鎧を用いれば殲滅する事が可能なのだ。


 そうしてそれをハムラーデル王国の仕業であるという事にしてしまえば、アリザン王国はハムラーデル王国に報復のための宣戦布告を行うだろう。

 問題の国境付近にはダンジョンがあり、勇者が関与しているとなれば勇者の立場も弱くなる。トルイザンの事に口を出す余裕は無いだろう。


 タケルが齎した情報と当時の状況から、ハルトたち――その場にはロスタニア担当勇者のシオリや、アリースオム皇国皇帝を名乗る勇者ロミが居たのだ――が推察したのがこういう事だった。


 それにより、ハムラーデル王国側としては、アリザンの宣戦布告に備える事と、生き残りの2名をアリザンの首都、アリザバへと急ぎ送り届けなくてはならなくなったのだ。

 アリザン兵たち被害者の遺品を運ぶ都合上、その歩みは遅いが、他国に入るため勇者ハルトがそれに随伴する事となり、その報告と許可証を得るために勇者カエデが王都まで往復する事になったのだった。






 「あーあ、タケルさんみたいに空を飛べたらなー、あ、でもあんなに高くて速いのは自信がないかも。何か乗り物があったらいいな、車とかバイクみたいなのでいいから…、そういえばタケルさんって前にリン様が運転するあの虫みたいな乗り物に乗ってたよね…?、あれはちょっとどうなの?、って思うけど…、んー…、だめかー、あんなの乗って街とか行けないよねー…、はぁ…」


 四つん這いからその場に胡坐をかき、横に置いていた荷物に(もた)れ、だらけながらそう呟くカエデ。

 彼女がそんな事を思うのには理由がある。


 「今日はもう遅いし、ここでお風呂に入って眠れるけど…、んー、やっぱ急がないとだめかなぁ、もう1日ぐらいゆっくりする余裕は…、何とかなるかな?、あ、でもご飯どうしよう?、タケルさん何か置いといてくれてるかな…?」


 と言い、のそっと立ちあがって入り口に垂らされている布を片手で除けて中に入った。


 「おお、電気ついたよ…、前もそうだったっけ?、えっと…、あ、お水が無いじゃん!、ひどいよタケルさん…、あー何かノド乾いてきちゃった」


 給水器のあった、ソファーがある方へ行きかけ、無い事を見て肩を落として踵を返し、台所のほうに行くカエデ。


 「えーっと、コップ、ある、食器、ある、魔法レンジ?、ある、冷蔵庫、っと…」


 冷蔵庫の扉に手を…、出す前に、水道のコックを捻って――魔道具なのでコックではないが――水を出し、置いてある石鹸で手を洗った。


 清潔を心がけているのはいいが、その手をズボンで拭うのはどうなんだ?


 「だってタオルは荷物の中だし、荷物は入り口に置いたままなんだもん」


 誰に言い訳をしているのだろう?


 「よし、じゃあ神様精霊様リン様、おねがいっ!」


 そんな事を言って手を合わせて拝んでから冷蔵庫を開けた。


 「お、おお?、あれ?、何これ、箱ばっかじゃん。あ、紙がある」


 記憶とは違い、スカスカの冷蔵室には大きい弁当箱サイズの箱が6つ、そして真ん中にぺらっと1枚の紙が置いてあった。

 それを手に読み始めた。


 「えーっと何なに?、冷蔵室にあるのはシチューと煮物類です、箱のフタを開けてひとつずつ器にいれて、レンジでチンすれば食べられます?、へー、どれどれ?」


 箱をひとつ引き寄せて手にとり、蓋を開けると、直方体に固められた物体が並んでいた。


 「え?、なにこれw、シチュー?、煮物?、ほんとかなぁ…」


 と、そこで冷蔵庫からピーピーと音がした。


 「あ、開けっ放しじゃダメなんだっけ」


 ぱたんと扉を閉め、棚から器を取り出して試しにひとつ、直方体をごろんといれた。


 「このままレンジでチン?、入れてスタート押せば勝手にやってくれるんだっけ…」


 数秒ほどレンジの中でくるくる回る器を見ていたが、はっと気づいたような動きをし、続きを読むことにしたらしい。


 「えーっと、箱を出しっぱなしにすると早く傷みます?、あ!」


 急いで台の上に出しっぱなしだった箱のフタを閉め、冷蔵庫に入れた。


 「さすがリン様。続きはっと…、冷凍室にも同じように箱入りのお肉とお魚があります。これもチンすれば食べられます…?」


 冷凍室――この冷蔵庫は冷凍室が下側にある――をしゃがんで引っ張り出すと、やっぱり同じように白い箱が並んでいた。


 「どれが何って書いておいて欲しかったなー、あ、こっちがお肉かな、すごい、いっぱいある」


 それはそうだろう。いつタケルと一緒にここに来ても、随伴が何人いても問題無いように準備されているのだから。


 「じゃあお肉、パンが無いから2つ食べちゃおうかな♪」


 と、うきうき気分で呟いていると『チン』と音がした。


 「おお、もうできた」


 レンジの扉を開け、『わー、いい匂い~♪』と、手を出しかけてレンジ横にぶら下がっているミトンを装着し、器を両手でそっと取り出した。


 「おおー、シチューだ。タケルさんちのシチューだー♪」


 台の上に置き、ミトンを元の場所に引っかけてからスプーンを探すカエデ。


 「あれ?、スプーンとかどこだっけ…?、あ、こっちかー」


 見つけたらしい。そこでまたピーピーと音がした。


 「あ、お肉のお皿お皿、お肉お肉…」


 なぜいちいち声に出すのだろう?


 大きめのお皿に乗せてレンジに入れてスタートボタンを押し、また少し中で回転するお皿を見つめてから、はっと気づいたように背を伸ばした。


 「あ、シチューが冷めちゃう」


 と言いつつスプーンを手にし、きょろきょろと周囲を探した。


 「椅子って無いんだここ…」


 そう言いながら、身を屈めてシチューを掬い、ふーふーしてから『あちち』なんて言ってひとくち味わうカエデ。


 「ん~ん、美味しい♪、やっぱりタケルさんちのごはんは美味しいなー、もうひとくち…、ん?」


 そこでテーブルに置いた紙に目を奪われた。


 「わ、食べるなら台所では無くちゃんと食卓に持って行って食べなさい…、さっすがリン様…、さっきからあたしのする事がバレバレじゃん…」


 そこでレンジが『チン』と鳴り、びくっ!と身を竦ませたカエデ。


 「あーびっくりした」


 そう言いながらスプーンを置き、レンジから肉料理を取り出した。


 「わぁ、すっごい美味しそう…。これって燻製なんだよね?、なんでこんなにいい香りでやわらかそうなんだろ…?」


 などと首を傾げながらもちゃんと言われたように食卓のテーブルへと持って行くようだ。


 戻ってきてシチューを、そしてもう一度来てフォークとナイフを、さらにもう一度来てテーブルの上に置いたままになっていた紙と、棚から水差しを取り出して水を汲み、コップと一緒に持って行った。


 「さてと、じゃあ、いただきまーす」


 と言って食べ始めた。


 「はー、美味し♪、久しぶりだから余計にそう思うのかな、あ、そう言えば冷蔵庫にデザートが無かったのは寂しいなー」


 ちらっと横に置いた紙をもう一度見直す事にした。


 「んー、えっと…、洗い物は貯めない事。はい、やります。デザートはフルーツゼリーが2つ、プリンが2つ、脱衣所の冷蔵庫に入れてありますが、ですって!?、わーい!」


 だだだっと走って脱衣所へ行き、プリンをひとつ手にして戻って来た。


 「っと、賞味期限があります…?、え?、これ大丈夫なのかな?、んと?、期限が切れると自動的に処分されるので、残っていたなら食べられます。んじゃ食べても大丈夫って事ね、よかったぁ」


 そんなこんなで食事を終え、洗い物を済ませてしばらくしてから鼻歌なんぞを歌いつつ、着替えやら自分が着ていた服やらをぽんぽん洗濯機に放り込み、入浴をし、出てきてバスローブを着て冷蔵庫から豆乳を出して飲み、マッサージチェアで揉み解され、という久しぶりの贅沢を満喫したのだった。


 「あー、このままここに住みたいなー…」


 なんて言ってはいるが、根が真面目なので翌日の昼過ぎにはこの小屋を発ち、途中の街で王都へ手紙を出してからアリザンとの国境門のある街へと行くつもりなのである。






次話4-087は2021年11月19日(金)の予定です。




●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回、入浴はあったけど入浴シーン無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   今回も大した事が無くてよかったなーなんて思ってますが、

   そんな風に思うのはタケルだけだったり。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   気付けなかったことが悔しいのです。

   後半では書置きで洞察力を発揮してますが…。

   洞察力っていうほどでもないですね。

   カエデはわかりやすいですから。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   彼女が本気を出すとえらいことになりますが、

   『瘴気の森』程度では本気を出せません。

   でもちょっと出すだけでも困った事になります。

   すっかり解説役になってますね。

   あと、リンと言い合いをする役。


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。

   1500年も踊ってたんですからねー

   タケルの認識はそこ止まりですけども。

   返却の危機はまだ続いています。

   リンが忙しいので保留になっているだけです。

   今回出番無し。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回は出番無し。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回は後半に名前が登場。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使い継続中というところでしょうか。

   今回ひさびさに登場。後半パートですね。

   自室とかでひとりで居ても独り言を言うタイプのようですね。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   今回は出番無し。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   今回は出番無し。


 カズさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。

   ロスタニア所属らしい。今の所。

   体育会系(笑)。性格は真面目。

   川小屋に到着したので登場人物に復帰。

   今回は出番無し。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。

   ティルラ王国所属。

   勇者としての任務の延長で、

   元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。

   今回は出番無し。


 ネリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。

   ティルラ王国所属。

   サクラと同様。

   今回は出番無し。


 砦小屋:

   この4章で、

   ハムラーデル王国とアリザン王国の旧道にある砦、

   その中庭にタケルが作った小屋。

   カエデのためもあって残してあった。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。

   勇者ロミが治めている国。


 ベガース戦士団:

   コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。

   話には出ていませんが、与えられたお仕事はちゃんとしています。


 母艦エスキュリオス:

   4章056話で登場した。

   ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、

   その装置ごと回収するために近くに来た母艦。

   4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、

   この母艦が近くに居たままだったから。

   統括責任者はベートリオ。

   補助艇が11機もでているけど搭乗員などには言及されません。

   哀しき裏方さんたちですね。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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