4ー083 ~ 罰と確認・確認と罰
薄暮の空の下、テンちゃんがうっとりとした表情で、星が点々と見えて来る空を眺めて俺の右腕を優しく抱いて寄り添う帰路だった。
リンちゃんはずっと俺の腰にがっちりしがみついてたけどね。いつもの事。
でもそろそろ慣れて欲しいな…。
ロミさんのお城の部屋に戻ると、女官さんたちがバケツリレーのようにシャンデリアの部品を箱から出して、脚立の上に立つ女官さんのところまでその部品を手渡しリレーをして、天井のシャンデリアをせっせと組み立てていた。
脚立は3脚も置かれていて、部屋の外で箱の処理や運搬をしている女官さんたちも含めて、まるで引っ越し作業のようになっている。
それらの作業のためだろう、テーブルや椅子が端に寄せられていて、シャンデリアの真下にあったソファーとテーブルも、その逆側に寄せられていた。
そこに座っていたロミさんがすっと立ちあがり、『おかえりなさい』と言うと、女官さんたち全員がぴたっと手を止めて、『おかえりなさいませ』と唱和した。
ちょっとびびった。
ロミさんの視線がちらっと俺の横を見たので、見ると部屋の隅で正座というか土下座しているファーさんがいた。
これ、どういう状況…?
両側のリンちゃんとテンちゃんに腕を引かれるまま、ロミさんの居るソファーのところに歩いて行くと、ロミさんが苦酸っぱいものでも食べたみたいな表情で言った。
「高く飛ぶと言われて高く飛んだらシャンデリアに足が当たって、パーツが外れて落ちちゃったらしいのよ…」
- え…。
「それで新しいのを用意させてるの」
足が?、もしかしてファーさんの足?、何をすればそんな事に…、あ、踊ったのか?、ここで?
「ではあれは?」
と、リンちゃんがファーさんを見て言う。
「自主的にそうしてるみたいなのよ。いくら言ってもあの姿勢を崩さないのよ…」
俺を見るロミさん。いやそこで俺なの?
- 僕にどうしろと?
俺がそう言うとそっと近寄って小声で言うロミさん。
「いくらシャンデリアを壊したからって、風の精霊様にあんなままで居られるのは居心地が悪いのよ…」
それはそうかも知れないけどさ…
「本人はあれで謝っているつもりなのですから、放っておけばいいんですよ。ところで夕食はどうしましょう?」
え、リンちゃん?
「それなら厨房ではもう出来上がっているんです、ここが落ち着き次第運ぶようになっているのですが…」
「なら待つのじゃ」
「そうですね」
「ありがとうございます、テン様、リン様」
それはいいけど、ファーさんあのままでいいのかな…
「タケルさま、お姉さまの隣に」
- え?、あっはい
いいのか…?
それにしてもシャンデリアって、めちゃくちゃ部品が多いんだな…。
もちろんここのは最高級品とも言える、灯りの魔道具の集合体だ。
「どうしたんですか?、タケルさま」
女官さんたちがせっせと作業を続けているのを、いつもと違う位置に寄せられているソファーからぼーっと見ていると、リンちゃんが言った。
- ん?、いや部品が多いなーって。
「高い所に吊るすでしょう?、その分多くの照明器具が無いと部屋が暗くなるのよ」
向かいでカップを傾けていたロミさんが、そのカップをそっと置いて言った。
- なるほど…?
あれ…?
- ここって今はホームコアの制御下だよね?
「そうですよ?」
- 天井が光ってるんだからあれ要らないんじゃないの?
「タケルさま…」
「無粋な事を言うで無いのじゃ」
そういうもんなのか…
- ごめん。
「ふふ、まぁ必要かというとそうでは無いのだけどね、今まであったのが無いのも妙な感じがするし、ここにある調度品と合わせてあるものなのよ」
- そうだったんですね、じゃあ前のは全部落ちちゃったんですか?
「ううん?、ふたつが落ちて壊れただけよ?」
- え?、それを直すとか予備に替えれば良かったんじゃないんですか?
「予備は無かったの。それで修理する間、欠けてるのも何だから新しいのに替える事にしたの」
さすが皇帝陛下。
そしてうんうんと頷く両側の精霊姉妹。
セレブっぽいじゃなくてセレブそのものだけど、そういう考え方なんだなーと改めてロミさんを見た。
「ん?、なぁに?」
- いえ、別に…
「ふふっ、大方庶民の自分とは考え方が違うと思ったのじゃろ?」
「お姉さま!」
「タケル様は庶民では無いのじゃ。そういう自覚を促すには良い機会なのじゃ」
「あ、そう言われてみればそうですね。大丈夫ですよタケルさま。我々光の精霊が完全サポートしますので、タケルさまは堂々と構えていればいいだけですから」
- え、いやまぁ、その、よろしくお願いします。
「はいっ」
考えてみりゃ完全サポート状態だった。俺の自宅とされてる『森の家』も、別荘とか言われてる『川小屋』などの家はもちろんの事、食事から着る服まで全部だった。
そんな会話をしているうちに、豪華絢爛なシャンデリアがきっちり揃って光を発するようになり、そのぶん天井の明るさがやや落ちたその部屋の中央部分に、俺たちが座っていたソファーとテーブルが寄せられ、別の側に寄せられていた食卓も定位置に整えられて厨房から食事が運び込まれた。
前菜というかサラダとは別に供された小皿に、生の貝柱が乗せられていて驚いた。
どうみてもホタテ貝の貝柱だ。それも生。
「ふふっ、今朝早く獲れたものを凍らせてここまで運んでくるの」
嬉しそうに、得意げに言うロミさん。いい笑顔だなぁ。
- へー、これも養殖なんですか?
「まだ試験中ね。だから半養殖と言ったところかしら。私はこれが好きなのよ、だから時々の愉しみね」
本当にいい笑顔だ。余程愉しみにしていたんだろう。
「しかも今日のはリン様からご提供頂いたお醤油と山葵があるのだもの、待ち遠しかったわ」
そう言いながらちらっとリンちゃんの隣で身を縮こませているファーさんを見た。
そうなんだよ。ファーさんの分も用意されているのに、あそこで土下座を続けさせるわけには行かないので、俺が行って説得…、できたかはわからないけど、とにかく引っ張ってきたってわけ。
やっぱりファーさんが1500歳以上だって事がどうにも信じられないなぁ…。
こうして身を縮こませている姿はどう見ても高校生ぐらいかちょい上ぐらいにしか見えないし、実際ポンコツだし…。
だっていくら踊りが大好きでも、踊っていい場所かどうかの分別くらい付くだろうになぁ…。まぁやってしまったもんはしょうがないわけで、連れて来ちゃった以上は俺にも責任の一端はあるような気もするけど。
そして『いただきます』の後、食べ始めてすぐにファーさんが余計な事をしたんだよ。
「あ、あのですね…」
「ファー」
「は、はいです」
「今は粛々と食べなさい」
「はい…」
ああ、ロミさんの好物なら自分のぶんを差し出そうとしたのか。
これは推測だけど、そんな事をしてもロミさんは喜ばないと思う。
子供じゃないんだからね。逆に興が削がれると感じるんじゃないかな。
だからリンちゃんが注意して止めた。という事なんだろう。
だって今の一瞬、ロミさんが目だけを動かして冷ややかな視線でファーさんをちらっと見たんだぜ?、怖ぇーよ。
- そもそもどうしてここで踊るような事になったんです?
あ…、話題を変えようとしたけど変わって無かった。
「今日の部屋番はニベルナだったの」
薄笑いを浮かべてロミさんが箸を置き、話に乗ってくれた。良かった。
- …?
誰だっけ?
「ファー様に踊りを教えていた女官よ」
ロミさんが飲み物に手を伸ばした。俺も同じようにして少し飲んだ。
あ、これ冷たくてさっぱりするな。スォム茶かと思ったら違う。何かのハーブティかな?
- あー…。
「それで踊りの話で盛り上がってしまったようなのよ…、私が呼ばれて来た時には散らばった欠片を拾い集める女官たちの前でふたりが土下座をしていたわ。前のシャンデリアは古いタイプだったの。下から竿の先に付けて、引っかけやすいように金具が大きく開いているのよ、だから大きく揺れると外れてしまうの」
- なるほど…。
「調子に乗らせたニベルナは部屋で謹慎させてるわ」
びくっと身体を硬直させたファーさん。
しまったな、食事中に話を聞くんじゃなかったよ。ごめんね。
「それで、調査の方は進んでるの?」
お箸を置いたまま、にこっと笑みを浮かべたロミさん。
これは暗に、話題を変えるならこっちでしょ?、と言われているような気がした。
- ええ、中心部分以外の魔物はほぼ殲滅し終えました。
「え!?、今日たった1日で?」
- はい。大型は前にロミさんと来た時に倒してますし、元々中型は多くなくて、小型の集団がいくつかある程度だったんですよ。それなりに数は多かったんですけどね、時々森から出て来ていたのも小型のようでしたし。
「それなりって…、どれぐらい居たの?」
- いちいち数えてないのでわかりません。倒したのは全部埋めましたし…。
「204体ですよ、タケルさま」
- え?、いつの間に数えてたの?
リンちゃんたちを置いて倒して埋めてたのもあったはずなんだけど。魔力感知か?、でもリンちゃんはあそこだとあまり遠くまでは感知できないって言ってたような…。
「中心部以外、中型と小型を合わせて全部で204体だったんです。今日それらを全て処理したのですから」
あー、そういう事か。
と、納得してると固まってたロミさんが復帰した。
「ちょ、ちょっと待って、あの瘴気の中を?、中型小型合わせて204体?、全部処理したって…、まさか、広範囲に大魔法を使ったの…?」
- いえ、普通に倒しただけですって、落ち着いて下さい。
手でロミさんの斜め前にあるグラスを示すと、頷いてごくっと音を立てて飲んだ。珍しいな、それほど驚いたって事だろうけど。
「あ、うん、ごめんなさい。そうね、テン様もリン様もご一緒だったのですものね」
「いえ、私は瘴気の調査が主ですので、少しは手伝いましたが大半はタケルさまおひとりで処理されましたよ」
「うむ。吾は地形調査と分析をしておっただけで手を出しておらんのじゃ」
物は言いようだなぁ…。
「え?、そうなのですか?、じゃあタケルさんひとりで…?」
「タケルさまにしては少ない方ですよ?」
- え、いやリンちゃん?
「あのバルカル合同開拓地の時、短時間で500体近いトカゲと竜族を処理して回収までされてたじゃないですか、それも1回じゃありませんでしたよね?」
- あ、うん、でもあれはさ、
地形が平原だし俺は空からと続けたかったのに重ねるように言われてしまって黙った。
「竜族の破壊魔法がぴかぴか飛び交う危険なところだったそうですね?、ハムラーデルの兵士から聞いたとカエデさんが教えてくれましたよ?」
え?、いつの間に!?
でもたぶんそれは尾鰭がかなり付いてる話だと思うよ?
- う、噂だからあまり当てには、
「何ならウィノアに訊いて確かめますか?」
- あっはいすみません。
「とにかく、タケルさまにしては200体程度の、それも小型の魔物なんて少ない方なんです」
と、リンちゃんはロミさんを見て得意げに言った。
ほ…また危険なところで単身戦ってたって責められるのかと思ったじゃないか。
そっとテンちゃんの左手が俺の右肘を撫でた。見るとにこっと微笑むテンちゃん。
どういう意味だろう?、安心しろって事かな?
とにかく話を逸らそうと、そうだ沈没船のこと聞かなくちゃって思い出した。
だってロミさんが腕組みをしてぶつぶつと『戦力的に…』とか『各国のバランスが…』みたいな事を言ってんだよ、今更そんな理由で俺の所属について物言いをして欲しくないからね。
- あ、そうだロミさん、アリースオムの船って金属製なんですか?
「え?、あー、木材が主で、骨組みが鉄だったり金属板を貼り付けたりして強度を上げているわ。それがどうかしたの?」
- あそこの沖に沈没船らしきものが結構あったんですけど、リンちゃん、いいかな?
「はいタケルさま」
ポケットから石板を取り出して例の3D映像を表示した。
あれ?、午後に見た時より鮮明になってる?
- これって、
「はい、沖でしたら調査艇が降りられます。でも海中は準備が必要ですので海上からの走査しかできないんです、すみません」
- いやいいよ、充分だって。ありがとう。
「そ、それで船が沈んでるのがこれなのね?」
ロミさんが少し興奮気味に言う。
- 心当たりがあるんですか?
「ううん?、私がここに来た時には既に、ここの海域は船乗りたちが避ける海域だったの、だからここに沈んでるのはかなり古い船ね」
- そんなに昔から金属が使われてたんですか。
「ええ。鉄が主体になったのは私が来てからだけど、それ以前にも骨組みに鉄を使った船はあったみたい。金属板は青銅、主に銅ね」
- へー…。
「精度はいまひとつ良くないのだけど、羅針盤もあったのよ。光の屈折を利用した方位計も使われているわ」
それだけあって金属製の船まで作れるのなら、大陸に渡れていてもおかしくない。
- じゃあ、
「でも遠くには行けないの」
ロミさんは俺が言いたい事を察したのか小さく首を横に振って言った。
- そうなんですか…。
「うん、せいぜい沿岸伝いに他の国と貿易をする程度ね」
「タケルさま、海は超大型生物がいるんです」
「うむ。それにあれらは」
「お姉さま」
「き、危険なのじゃ」
あれ?、何か言っちゃいけない事をテンちゃんが言いかけたっぽいな。
まぁ、俺は聞かなかった事にしよう。
でもそうするとラスヤータ大陸に居た時に大地の精霊ドゥーンさんが言ってた『鰭族』は、その危険を避けて海中を移動してるのか…。
「タケルさま」
- はい?
「つまりここに沈んでいる船はかなり古いものなので、気にしなくてもいいという事ですね?、ロミさん」
俺へ呼び掛けたのは余計なことを考えないで今する事をして下さいって意味か…。
「はい、そうですね。どのみち積み荷は使えませんし、引き上げるのも大変でしょうから構いません。あの海域は瘴気による汚染もあると思いますから海産物に関しても気にしなくて良いです」
リンちゃんに問いかけられたからか、居住まいを正して答えた。
「という事だそうです。タケルさま」
- あっはい、わかりました。
にこっと笑みを浮かべて言ったって事は、リンちゃんには何か考えがあるんだろうと思った。
●○●○●○●
その翌日は朝から日課だという訓練に参加させて頂き、その後昨晩スポンジを浴室に置き忘れた事について言われた。
朝食の時にも、この朝食の素材はリン様という光の精霊様がこの『川小屋』へわざわざご用意下さったものであると説明を受けた。
昨晩、俺が外で剣を振っている間に来られて、物資を冷蔵庫――確かに到着当日に台所の設備について説明をされたが魔法レンジの話すら半信半疑だった俺には冗談にしか聞こえなかったんだ。――に補給されたそうだ。
全く気が付かなかった。
それに、ロスタニアへ行った折にシオリ先輩からイアルタン教に入信させられて渡された聖典をちらっと読んだが、精霊様なんて誰も見た事が無い存在なのだ。
一部物語のような伝説が書かれていて、単純にその部分は読み物として暇つぶしには良かったが、そんなのが実在し、それがほいほいここにやってきて補給するとか、この家を管理しているだとか、そんな荒唐無稽な話を信じろといわれても困る。
ところがここの先輩2人は、大真面目にそれを言う。
いや、サクラ先輩とネリ先輩は信じるに値する人物たちだと、もう俺は思っている。だからこそ、お二人の話を信じたいとは思う。
信じてもいいと思った自分を信じたい気持ちもある。
そして今日は朝食後すぐにこれだ。
「あ、カズ、今日は魔法の訓練をするよ」
ネリ先輩が食卓から立ち上がって言う。
- は?、魔法ですか?
「あ、その顔は信じて無い顔だ」
「ネリ、その前に少しカズに尋ねたい事があるんだが」
サクラ先輩が座ったままそう言い、
「え?、あ、そなの?、どうぞ?」
ネリ先輩はそのまま奥のソファーのほうへ行った。
「いいか?」
- は、はい。
ネリ先輩を何となく目で追っているとサクラ先輩に言われ、急いで返事をした。
「その、幸運のネックレスについてなんだが、本当なのか?」
真剣な表情で問われては、俺も真面目にそう思っていると答えなければならないだろう。そうしないと、ネックレスを返却する話になるかも知れないと思ったからだ。
- え?、は、はい、本当に幸運を齎してくれたと思っています。
「そうなのか…、ではやはり街道警備の強化と注意喚起をせねばなるまいな…」
…はい?、何か大事になっているような…?
- あ、あの、街道は安全でしたよ?、途中の村落も平和で明るい雰囲気でしたし、往来の商人たちや護衛たちも気軽に話しかけて来ますし、危険な事なんて何も…
「何っ?、ではその、君がここに来る途中、その幸運のネックレスに命を何度も救われたというのは…」
- いえいえ、命を救われたなんて言ってません。ですが水場の水が澄んでいてそのまま飲める程だったとか、旅の間体調を崩す事もなく安全に移動ができたとか、盗賊のような連中に出会わなかったという事から、命を救われたと言えなくはありませんが…。
「待て、そういう比喩ではなく、君の口から『命を何度も救われた』とは言っていないんだな?」
- はい。
「君の目から見て、街道は安全だったと、警備の強化や注意喚起は必要ないんだな?」
- はい。猪が出たのも1度だけでしたし、それ以外は魔物どころか野生動物すら街道付近には居ませんでした。
「そうか、ありがとう」
サクラ先輩はすっくと立ってそう言うとすたすたと奥のソファーに座って片手でボール遊びをしているネリ先輩の所に行って、がしっと頭を掴んだ。
「ネーリー!」
「痛い痛いサクラさん痛い!」
「お前リン様にウソをついたのか!」
「痛いってばちょっと緩めてー!」
ネリ先輩の後ろから頭を掴んでいたサクラ先輩は、手を離すとネリ先輩の隣に回り込んで立ったまま腰に手を当てた。
そのネリ先輩はというと、片手で頭をさすりながら『あー痛かったー』と呟き、ソファーに落ちていたボールを拾ってテーブルの上の小さな木箱にころんと入れた。
あれ?、さっきボールは3つあったような気がしたんだが…。
「もー何なのぉ?、ウソって?」
「カズのネックレスが命を何度も救ったらしいと、昨夜リン様に言ったのは口から出まかせだったんだな?」
「…あー!、あれね!、だってああ言えばリン様だって考えてくれるかなってあ痛っ!」
そういう事か、ネリ先輩は俺のために…。
「だからって精霊様にウソをついてどうするんだ!、お前だってイアルタン教の信者だろう!」
「そうだけど、リン様ならわかってくれるってー、それに『嘘も方便』って言うじゃん痛っ!、もー、そんなぺしぺし叩かなくってもー」
「お前のせいで私は今日、ティルラ方面の街道警備の強化と注意喚起を呼び掛けに騎士団へ行くところだったんだぞ」
それがさっきの俺への質問だったんだな。
「えー?、今時そんな事しなくても安全だってー、ひっきりなしに荷馬車が行き来してるんだよ?、そんなとこに盗賊や魔物なんて出ないって」
「ああ。そう思っていたさ。だがお前がリン様に『あのネックレスのおかげでカズは命を何度も救われた』なんて言うからだな」
「あー、それで危険って、ごめんなさい」
「…あのなぁ…」
「だってサクラさんがそんな風に勘違いするなんて思わなかったんだもん」
「…はぁ、それでどうするんだ、リン様に何て言えばいい?」
「んー、それはもういいんじゃないかな」
「お前それは」
「リン様は街道の安全とか気にしないでしょ?、タケルさんも忙しいし、それにあのひと街道なんて使わないんじゃない?」
「たぶんな…」
「だよね?、リン様は転移魔法で来るし、タケルさんは空飛べるんだから」
え?、あの後輩は空を飛べるのか?、それに転移魔法と言ったか?、リン様は精霊様だという話だが…。
「それはそうだが、そういう話では無くだな、リン様にはウソをつき通すという事なのかと聞いているんだ」
「だってそう言っちゃったし、そういう事にしちゃえばいいじゃん」
「それはイアルタン教の信者としてどうなんだ…」
「サクラさん気にし過ぎー、それにあたしサクラさんほど敬虔な信者じゃないもん」
そうなのか…。
「あっ!、裏の精霊様の泉の横にコップが置いてあったが、お前まさか」
「あ、出しっぱなしだった?」
「飲んでるのか!?、あの泉の水を…」
「美味しいよ?、アクア様も別に何も言わないし」
「あのなぁ…」
「サクラさんも飲むといいよ?、たまに何か花の香りみたいなのしてるし、身体にいい気がするよ?」
サクラ先輩は頭痛を抑えるかのようにこめかみを指で揉みながら、ネリ先輩の隣に溜息と共に腰を下ろした。
俺が呼ばれたのはその数分後だった。
そして俺が行くと、魔法の基礎だと言われて渡された羊皮紙の束を書き写すように言われた。
何度も読み返されただろうそれは、折り目がしっかりと跡が残っているほどで、アンダーラインがところどころに引かれ、『ここは重要!』などと、まるで受験時代の参考書のような雰囲気と熱心さが感じ取れるものだった。
挿絵や図も、フリーハンドではあったが描かれていて、内容はまだいまいち理解が及ばなかったが、その日は夜中遅くまで書き写す事に専念した。
『これは本当に基礎で、ものすごく重要だから、丸暗記するつもりで書き写してね』
と、ネリ先輩が真剣な表情で言ったのもある。サクラ先輩も隣で頷いていた。
武力だと思っていたものは全て魔力だとも言われた。身体強化などは全て魔法であり、武力ではなく魔力を使うものだとも言われた。
魔法を教わる事ができるとは全く思いもよらなかったが、二人の先輩を信じようと決めたのだからと、浮かぶ疑問は今の所は考えないようにして、学び取れる部分は何でも頑張って吸収しようと思う。
次話4-084は2021年10月29日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は入浴シーン無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
いろいろ恵まれてますね。主人公特性で。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
いろいろ画策している事がありそう。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
彼女が本気を出すとえらいことになりますが、
『瘴気の森』程度では本気を出せません。
でもちょっと出すだけでも困った事になります。
ぽろっと余計な事をいいそうになるクセですかね。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
1500年も踊ってたんですからねー
タケルの認識はそこ止まりですけども。
返却の危機!?
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回は名前のみの登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。そろそろ砦への帰路かな?
今回はちらっと名前が出ましたね。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ロミはタケルの戦闘力については詳しく知らなかったのです。
精霊であるリンやテンの協力によるものだと思っていました。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回は出番無し。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
川小屋に到着したので登場人物に復帰。
後半は彼視点。その6、ですね。
時系列が前後していましたが、これで繋がったと思います。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
もちろん川小屋と呼ばれている建物に住んでます。
リンの事は崇める対象では無いと言われていますが、
それでも精霊様として崇拝の念はもっています。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
リンの事は崇める対象では無いと言われ、
一応は精霊様だから敬語も使いますが
そのまんまタケルの仲間として見ています。
それがサクラとの違いですね。
川小屋:
2章でリンが建てた、現在はバルカル合同開拓地にある、
カルバス川分岐のところの小屋。
光の精霊のホームコア技術で守られていて、
まるで現代日本と変わらない暮らしができてしまう家。
小屋というよりはちょっとした民宿ぐらいのサイズ。
現在は、サクラやネリ、シオリが利用している。
ちょくちょくリンが補給物資を届けている。
シオリはまだホーラード王国から戻っていない。
話の都合上、前話の翌日です。
これでばらばらだった話が繋がったかと。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
ここに派遣されている戦士団で最大。
コウとよく行動している、
それなりに長く存在している戦士団でもあります。
団長はベギラムさんです。
タケルはもう名前を忘れてますね。
駐屯地を解体し、3村へ分かれて駐留しています。
他の戦士団2つは分かれずにそれぞれ別の村へ。
人数の関係上、一部が別の村に行くのは仕方ないのです。
話には少しでただけですが、村の資産状況や収穫についての
調査をしています。与えられたお仕事はちゃんとします。
母艦エスキュリオス:
4章056話で登場した。
ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、
その装置ごと回収するために近くに来た母艦。
4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、
この母艦が近くに居たままだったから。
統括責任者はベートリオ。
調査艇とか話に出てますね。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。