4ー082 ~ 瘴気の森2・川小屋の夜
何気に周囲の掃除にやたら時間が掛かった気がするのは、決して気のせいでは無いだろう。
何でかっていうと、中心部の北側、海に近いほうに従ってやたらと小型の集団が多かったからだ。
リンちゃんは小型の掃討を手伝ってくれたけど、テンちゃんは何もしなかった。
まぁ、地図やら地形やらを見ていたみたいだけどさ。
でもどうやら理由はあるらしい。
- リンちゃん
「はい、タケルさま?」
尋ねようと呼び掛けたらひょいひょいと木の根とかを飛び越して近くに来た。いい笑顔で。うん、可愛い、癒される…。
じゃなくて。
- 別に余裕だからいいけど、テンちゃんがああして地図見て唸ってて、何もしてないのは何で?
「あ、お姉さまが力を使うと、私が使っている魔力防御がぎりぎりの装置がですね、あれなんですが」
と、測量に使うみたいな棒を立てていたのを指差した。
「地中の瘴気濃度の分布を調べているんですよ。あれが壊れてしまうので…」
- あー、そういう事だったんだ。
杖にしては出して立てて、移動するとまたエプロンのポケットに収納してたから、何だろうとは思ってたんだけど、そういうものだったのか。
「はい。でもそれだけじゃなく、中心部分のあの瘴気の壁の中に何があるのか、まだ何もわかっていませんから、下手にお姉さまが目立ってしまうのも良くないのではないかという意見もありまして…」
- あーうん、わかった。いやほら、地図を見て周囲を見てるだけで、暇そうに見えたからさ、何かお願いしたほうが良いのかなって。
「あ、そういう事でしたら心配は無用ですよ」
リンちゃんは急ににっこりと輝く笑顔で言った。可愛い。癒されるなぁ…。
「やはり海からまっすぐなのじゃ」
と、そこにテンちゃんが地図を持ったままこちらに近寄りながら言った。
「何がですか?」
「ほれ、其方も地形図を出すのじゃ」
「はい」
リンちゃんが端末を出して3D地形図を浮かび上がらせた。
「ほれ、木々がなぎ倒された跡がわかるのじゃ。これはゆっくりじわじわと動いておるのじゃ」
テンちゃんはそれに微妙に触れないようにしながら指し示した。あ、いつの間にか手袋つけてる。
「え?、お姉さまがそう仰るのですから疑いませんが、この森の、その経路の様子からして100年どころじゃありませんよ?」
「うむ、1000年近いのじゃ」
「…わかりました、その説を踏まえて割り出してもらうようにします」
え?、そんなにゆっくり動いてんの?、あの中心部分。
そりゃまぁ、俺もあれが海から移動したんじゃないか、って言ったよ?
でもそんな時間的スケールだとは思わなかったよ。
しかし木々の育成速度がここだとどれぐらいなのかがわからないけど、もし普通に森の傷痕にまた木々が育つのを考えると、やっぱり何十年はかかるだろうね。
1000年近いとか言われても全然ピンと来ないけどさ。
そして漸く、中心部に近寄ってみる事になった。
さっきリンちゃんが『瘴気の壁』って言ってた通り、ここは瘴気濃度が凄く濃くなっていて、その内側には結界障壁があったんだ。
そんでもってその障壁が見えるところまで来たんだけど…。
「何ですかあれ…、観測データがあそこだけぽっかりと欠落しているわけですよ…」
「うむぅ、中々に厄介なのじゃ…」
- あの中心に何があるのか見える?
「いいえ、わかりません」
「わからぬのじゃ」
テンちゃんでも見えないのか…
俺の目には、黒い霧のような霞のようなものの中にさらに黒い壁があるように見えている。魔力感知ではそれが結界障壁である事と、その中の更に中心部に塊のような物体があるように感じ取れるんだけどね、何せ光が通らないので魔力感知がないとこのあたりですら暗くて歩けもしない。
瘴気も濃度によっては肉眼で見えるようになってしまうんだな…。
「あそこまで瘴気密度が高いとは…」
「うむ…、あれをどうにかするのはちと骨が折れるのじゃ」
どうしたらいい?、と尋ねようとしたら、リンちゃんに袖を引かれた。
「タケルさま、上で今日の情報を整理していると思うので、明日にしませんか?」
「うむ、今からこれにとりかかるとなると日を跨ぐ事になると思うのじゃ」
そう言えばもう日没近かったんだっけ。
こんなところで夜を明かすのは絶対にイヤなので、戻るのは大賛成だ。
- あ、うん、帰ろうか。
「はい」
「うむ」
ささっとしがみ付くリンちゃんに、右手をむんにゅぅっと抱えるテンちゃん。
え?、ここから飛ぶの?、もうちょっと後ろに下がってからにしない?
そんなわけでふたりを連れてすっと浮かび上がり、一応索敵しとくか、と思ったら中心から南西あたりの森の中に魔力量の多い存在がうろうろしているのに気が付いた。というかその魔力に覚えがある。あれはコウさんだ。
- 何か先輩勇者が単独で入り込んでるみたいなので、ちょっと事情を聞いてきます。
彼の真上、上空300mで静止して言った。
「其方に用があるのではないのか?」
「あたしたちも降りるんですか?、タケルさま」
- いや、リンちゃんとテンちゃんの事はここが落ち着くまであのひとには黙っておきたいんだよ。いま知られるとあれやこれやとうるさそうなひとだから。
「ふむ」
「そうですか」
そう言って飛行結界の床にささっとテーブルと椅子を出してお茶の用意を始めるリンちゃん。
「タケルさま」
- ん?
「見てないで早く片付けて来てください」
「そうなのじゃ、早く行って早く戻るのじゃ」
- あっはい。
飛行結界をもうひとつ作って、俺単独でゆっくり降下しながら観察をした。
コウさんが注意深く周囲を窺いながら移動しているのがわかる。
右手に剣、左手には短剣だ。そういう戦闘スタイルなのかな。
15m程の距離で、正面に着地して飛行結界を解除しながら声を掛けた。
- コウさん
「のぁっ!、何だお前か、びっくりさせんなよ」
一瞬で身構え、剣をこっちに構えたコウさんは、俺だとわかってすぐに剣を納めた。左手の短剣もね。ベルト、ああ剣帯か、そこには短剣の鞘は水平に固定されている。
- それはすみません、だからちゃんと声を掛けたつもりだったんですが。
構えは解いたが体重がまだやや前にあり、手が剣の柄から少しのところの腰に手をやっている。目線も少しするどい。口元は笑みを浮かべているけれど…、これは戦闘態勢だよな?
あ、剣の留め金、どっちも掛かってないや。
「遅ぇんだよ、いつもいきなりすぐ近くに現れやがってよぉ、気配も感じねぇし、感じたと思ったら声がしてすぐ近くに居やがる。何なんだよ、ずっと監視してやがったのか!?」
- え?、そんな事はありませんよ?、僕だっていろいろする事はありますし、前にコウさんだって言ってたじゃないですか、『する事あんだろ』って。
「ちっ、そうかよ…」
まだ少し背を屈めたまま、その右側を隠すような位置、つまり俺から見てやや斜に構えているような恰好になり、細めた鋭い目線でこちらを覗っている。小さく口元が動いてるんだけど、何かぶつぶつ言ってるような…。
怖いなぁ、これ、ドラマとか映画だったらドキドキの展開になりそうだ。いや、恋愛ものではなくサスペンスもので。
- ところでこんな所へおひとりでどうしたんですか?
「そう言うお前は、ひとりじゃ無ぇんだろ?」
答えじゃなく質問が返ってきた。
- 今は、ひとりですよ。
300mほど上の飛行結界に2人いますけどね
- でもどうしてそう思ったんです?
一応、尋ねておかないとね。
馬車の御者台に立ってた時や、何だか実は感知できる事を隠してるんじゃないかって疑いたくなる仕草が多いんだよ。このひと。
「あっちに足跡が3人分あった、ひとりはタケル、お前だな?、じゃあ残りの2人は誰だ?」
コウさんは左手の親指で肩越しに斜め後ろを指し示して言った。
確かにそっちの方角には着陸した場所もあるし、地面がややぬかるんでいる場所もあったと思う。
- 誰と言われましても、僕を手伝ってくれているひとたちです。
「一体何者だ?、この瘴気濃度でまともに動けるのぁ俺たち勇者ぐらいなもんだ。ベガース隊の精鋭ですらここまで踏み込むと倒れっちまう。あの足跡からすりゃぁ女だな、まさかロミが、いや、ロミの靴はもっとでけぇし歩幅も歩き方も違ぇ、じゃあお前は他の女勇者を連れて来たってんじゃ無ぇだろうな?」
いやいやロミさんの靴のサイズや歩幅に歩き方まで把握してんの?、このひとw
足跡でそれがわかるなんてどんなストーカーだよ…。
- え?、他の女勇者?、いえいえとんでもない、あのひとたち国に所属してるじゃないですか、そんなほいほいここまで来れませんって。
「じゃあ誰だってんだ!、お前ぇだろ、俺たちを村まで下げてここで何しようってんだ!?」
ん?、何だか急にコウさんの様子が変わってきたぞ?
- それは安全の為に、
「何が安全だ!、お前ぇロミとこそこそ何やってんだ!?、何を隠してる!?、言え!!」
うわー、これは何かやばそうだ、俺から見えないように剣の柄に手を掛けたぞ?
ん?、あれ?、もしかして瘴気にやられてんじゃないか?
- 待ってください、コウさん、コウ先輩!、もしかしてこの森で何か口にしました?、木の実とか水とか、
「うるせぇ!、俺に指図すんじゃねぇ!、てめぇ俺からロミを取ろうってんだろ!」
あ、剣抜いちゃったよ…、これはやっぱり瘴気にやられたんだろう。
呼吸程度なら大丈夫なんだよ。勇者ぐらいの魔力量と密度があればね。
でもこう言っちゃ何だけど、コウさん程度だと飲食はダメだ。
俺やリンちゃん、テンちゃんならたぶん平気。でもそんなの口にする必要が無い。
それに口にするとしても瘴気をどうにかしてからになるだろうからね。
- 落ち着いて下さい、とりあえず剣を
「うるせぇ!、っく、くそが!、何しやがった!!」
はいはい
そんなもん、剣なんて振らせないし、こっちに来させるわけがない。
いつでも風魔法で固定できるようにこっちだって準備してたわけだしさ。剣や短剣、コウさんの剣帯、胸当てなど、位置を固定できるものは全部固定した。
ブーツを固定し忘れてたので、現在コウさんは足をずるずる動かしてるよ。場所はそのままムーンウォークさながらに。
- すみません、ちょっと眠ってて下さいね。
聞くに堪えないコウさんの罵倒と叫びを聞きながら、リンちゃんがやってた麻酔魔法を、呼吸補助が必要無い程度の深度に加減して掛けると、最初は抵抗していたけど、すぐに気を失った。
あ、これちゃんと意識があるかどうかのフィードバックがあるのね。初めて使ったけどすごいなー光の精霊さんの魔法技術って。
まぁ俺は模倣してるだけだからね。
とりあえず剣やらを納めて留め金を掛け、剣帯と胸当てを固定していた魔法を解除して剣帯は外して手にもち、彼を肩に担ぎ、飛行魔法でリンちゃんたちが待機している上空へと上がった。
「何ですかそれ」
「どうするのじゃそれ」
うわー、何か冷たい視線。
- このひとが先輩勇者のコウさん。何か瘴気にやられちゃっておかしくなってたんだよ。
「そうですか。ところでそれ、呼吸が止まってますけどいいんですか?」
え?
- わ、ほんとだ、何で?
急いで肩から降ろして飛行結界の床に寝かせ、胸をゆっくり押してみた。良かった、心臓は動いてた。
- 下では呼吸してたんだよ?
「それはタケルさまが担いだせいでは?」
- え?、そなの?
「これは私が使っていた麻酔の模倣ですよね?、強弱の加減をするだけではゆっくり掛かって行くというだけで、深度調節にはなりませんよ?、平静状態ならぎりぎり自発呼吸が続きますが、息苦しくなる体勢になれば呼吸も止まりますね」
何だよそういう魔法だったのか。
加減ってそういう部分だったとはね。道理でかかりにくいなー、リンちゃんはもっと手際良かったよなーなんて思ったよ。
だったらもう電撃1発バチっとスタンガンみたいにやってから回復魔法掛けたほうが簡単で良かったな…。と思いながらコウさんの胸が反動で膨らむのを待って、またゆっくりと押す。
- そうだったんだ。ってこれ自発呼吸が戻らないんだけど…。
「それはそういう魔法でして、術者が魔力供給をして呼吸補助を…、ああもういいです、一旦解除して下さい。こちらで引き継ぎますから」
「その前に場所を変えるのじゃ」
「あ、そうですね。タケルさま、そのまま移動は可能ですよね?、あちらの地面にでも移動してください」
と言って俺の横に回り、斜め後ろからひしっと抱きついた。
俺いまコウさんの胸を押して補助してんだけど…。
まぁいいか、さくっと移動しよう。
着陸して床以外の飛行結界を解除すると、リンちゃんがすっと立ちあがって壁を周囲に作り、コウさんを寝かせるベッド状の台やら椅子やらテーブルやらを作った。
「タケルさま、こちらに寝かせて下さい」
- はい
よっこいしょと持ち上げて、ベッドっぽい台に寝かせた。もちろんそんなの身体強化してやってるよ?、そうしないと装備付きの成人男性なんて重いから。ってか俺もともとそんなにパワー無いからね。
「では解除を」
「待つのじゃ」
テンちゃんが俺の服を引っ張って待ったをかけた。
「お姉さま?」
「ついでなのじゃ、その腹の中やら体内に染みわたっておる瘴気を中和するのじゃ」
「浄化しようと思っていたのですが?」
俺もリンちゃんがそうしようとしてるって思ってたんだけど。と頷く。
「その者は自力で瘴気を中和しかけておるのじゃ。故に途中から浄化で引き継ぐと体内魔力の反発が大きいのじゃ。吾も先ほど気付いたのじゃ」
なるほど、って、コウさんが自力で中和を?
何気にすごいなコウ先輩。
「ん…?、わ、本当です。ではお姉さま、お願いします」
リンちゃんもコウさんをじっとみて確かめたようだ。
俺?、俺はちゃんと見てないよ、ふたりを信じてるからね!
「うむ。タケル様よ、解除するのじゃ」
というわけで、俺が麻酔魔法を解除、テンちゃんがコウさんの体内にある瘴気を中和、リンちゃんが自発呼吸できる程度の麻痺を掛ける、という流れ作業をした。
「それでこれはどうするのじゃ?」
「ここに寝かせて置けばそのうち目が覚めます」
いやいやそれはひどいでしょ。
- ちゃんと彼の拠点の近くまで連れて行きますよ。
と言ったのにリンちゃんは無言で周囲の壁やらを解除し始めるし、テンちゃんは無言で俺の右側に立つし…、何か言ってくれないかなぁ…。
彼らの拠点があったところから、コウさんと戦士団が天幕やらを作った村までの道の途中、村が見えるかなっていうところにコウさんを結界の床に寝かせた俺が着陸し、コウさんを起こした。
リンちゃんたちはまた上で待機ね。だって見られたらあれやこれやとうるさそうじゃん?
- コウさん、コウ先輩
と、声を掛けながら半身を引っ張り起こして肩を揺らした。
「…ん、あ?、何だどうした?」
どうしたはこっちのセリフなんだけどなぁ…。
- 瘴気にやられたんですよ、覚えてませんか?
「ああ?、ここはどこだ?、俺は森に入って…」
きょろきょろしてから目元を覆うようにしてこめかみを掴んだ。
- 何か口にしました?、森の中のものを。
「……ああ」
ゆっくりと顔を起こして俺をじっと見てから、返事をした。
- じゃあそれが原因でしょうね。
もう肩を支える必要も無いだろうと、そう言って立ちあがった。
「いつもは平気だったんだ。慣れようと…」
コウさんは顔を伏せて小声で何か言っている。
- とにかく立って下さい、剣帯はそちらに。それと村はあそこです。ここからはおひとりで戻ったほうがいいでしょう?
「ん?、ああ、お前いい奴だな」
- 勇者ですからね。
「ははっ、そうだな、面白いこと言うな、お前、はははっ」
冗談を言ったつもりは無いんだけどなぁ…。
「ま、とにかくありがとよ、俺ぁ行くわ。お前はどうすんだ?」
- 僕も帰ります。
「帰りますって、もう薄暗ぇじゃねぇか、何なら飯でも…、いらねぇか、じゃあな、ロミによろしく言っといてくれ」
- はい。
俺の返事を聞くともなしに、さっと片手を挙げてから走り始めた。
茜色がほんのり残る程度の空の下、逆光で黒い影になっている森を背景に、ちらほらと明かりが見えている村の方へ走るコウさんの背中は、やっぱり逆光で黒く見えていた。
●○●○●○●
俺がこの川小屋と呼ばれる邸宅に到着したその夜。
午後から日没ごろまで、ネリ先輩にこてんぱんに扱かれた俺は、夕食後すぐに眠りに就いたが、身体がまだ興奮していたのか熱を持ったような感じで目を開けた。
すると外が何だか騒がしい。
部屋の外に出て、音のする外へと出る途中に、何をしている音なのかに気が付いた。
「狙いが見え見えだぞ」
「相手の技量を考えろ。隙があると思ったら誘われていると疑うんだ」
入り口に垂らしてある布を少し手で寄せ、外を覗うと、サクラ先輩とネリ先輩が星明りの下、ほぼ暗闇であるというのに模擬戦、いやこれはサクラ先輩がネリ先輩を指導しているんだとわかった。
時折ネリ先輩からの『サクラさん強すぎぃ』とか、『うぎゃっ』とか言う声もあった。
シルエットから木剣だと思うのだが、それが打ち当たる時の音はとても木剣とは思えない程、まるで実剣が打ち合う時の音以上だった。火花が飛んだりはしていないが、衝撃はここまで届いているような気迫を感じた。
さらには、俺にはその先輩二人の動きや剣の動きが全く目で追えなかったのだ。
身体強化をしているのだろう、それにこの暗さだ。目が慣れてもそうそう動きを追えるような明るさでは無い。
- 一体どれほどの差があるのだろうな…。
つい、自嘲の呟きが漏れるほど、俺は衝撃を受けていた。
部屋の隅に傘立てのように立てかけられてある模擬剣と木刀が目に入った。
このままだと興奮してどうせ眠れないだろうと思った俺は、先輩たちの邪魔をしないように裏から外に出て、昼間の訓練を思い出しながら、模擬剣を振る事にした。
●○●○●○●
「はー疲れたぁ、あたし昼間はカズの相手をして、夜はサクラさんの相手だなんて、今日はすっごく働いた気がする。うん、働いたなー、頑張ったなー、あたし痛っ!」
- あのなぁ、だったらネリも会議に出ていいんだぞ?
「あ、あたし手と顔洗ってきまーす!」
全く…。どうせすぐに風呂で汗を流すのだろうに…。
でもかなり上達したものだと思う。
カズにも言ったが、たった半年ほど、タケルさんたちに魔法を教わるようになってからだから半年以上か、ネリはその頃からめきめきと剣の腕を上げた。
やはり魔力感知や魔力操作が上達したからだろうな。
かく言う私も以前とは比較にならない程、動けるようになったし魔法も扱えるようになってきた。
と、そこにリン様が来られたようだ。立ちあがり、部屋から出てくるリン様に挨拶をした。
- リン様、こんばんわ。いつもありがとうございます。
「礼には及びません。登録処理は上手くいったようで何よりです。お渡ししていた書類は?」
- あ、すみません、部屋にあります、持ってきます!
急いで部屋に行き、リン様から預かった登録の手引書を机の引き出しから取り出した。
外から足音のような音がするので、部屋の明かりを消し、カーテンを少し寄せて窓の外の木窓の隙間から外を覗うと、カズが模擬剣を振っているのがわかった。
そういえば入り口から覗いていたんだったな。
ネリは私に一撃を入れるのに熱心になっていて、気が付いていなかったようだが、私は明かりがちらっと動いたのが見えていたのもあって、カズが見ているんだと気付いていた。
彼の刺激になればいいと思って声を掛けずにそのまま見させておいたが、どうやらその目論見通りになったようだ。
おっと、リン様をお待たせしてしまう。
リビングに戻るとリン様は食卓のテーブルに着いておられて、ネリがその横で立って言い訳をしていた。
「それがね、その用済みのペンダント、こっちで返しとくから渡して、って言ったんですよぅ、そしたら、『この幸運のペンダントをですか!?、できればお守りとしてこのまま身に着けさせて下さい!、お願いします!』って必死でぺこぺこ頭下げて言うもんだからあたしも強く言えなくなっちゃってー、ねぇリン様、やっぱダメ?、かなぁ?」
ああ、カズが幸運のペンダントと言っていたなぁ…、ネリにもそう言ったのか、彼は。
「そんな大層なものでは無いはずなのですが…」
困ったように言うリン様。
「あのね、リン様、カズが『幸運のペンダント』って言うのには訳があるんですよ」
無言で小さく頷いて先を促すリン様。
タケルさんの居ないところでのリン様は、やっぱり威厳のようなものを身に纏っているような雰囲気があると思う。
「ここまでの道中、幸運に恵まれたって思った事が何度もあったんですって。命も何度か救われたんだそうですよ」
なるほど、それで『幸運のペンダント』と呼んでいたんだな。
それなら手放したくない、できればお借りしたままにできないかと彼が言うのも理解できる。
しかし命を何度も救われるというのは、ここまでの道中、一体何があったんだろうな。
ツギの街か『勇者の宿の村』か、どちらかからまっすぐにやってきたとしても、途中からは同じ街道を使うはずだ。すると、この元魔物侵略地域、現在はバルカル合同開拓地という名になってしばらく経つが、報告では街道はかなり安全になったと聞いていた。
なのに彼が命を何度もペンダントに救われたと思うほど、危険があったという事なら、何らかの注意喚起をせねばなるまい。
「そうですか。当人にそういった事情があると言うのでしたら、一度タケル様と相談しますので、返事はそれからでいいでしょう」
「はい!、ありがとうございますリン様!」
「では私は冷蔵庫に補給を済ませて帰ります」
と、リン様が立ちあがったのを見て書類を差し出した。
- こちら、お預かりしていた書類です。ありがとうございます。
「はい、確かに」
リン様はそのまま台所へ行き、私たちがもう一度、眠る前に入浴を済ませている間に帰られたようだった。
入浴中に、さっきの話を思い出してネリに尋ねた。
- なぁネリ
「ん~?」
- さっき言っていた事だがな
「さっき言ってた事って?」
どうやら眠いらしい…。
- いや、明日にしよう。そろそろ上がるか。
「はぁい」
のそのそと湯船から出て椅子に座り、タオルを解いてシャワーで流すネリの隣で、私も同じようにし、用意していたタオルで軽く水気をとってから脱衣所に出ると、先に出ていたネリが送風機の前で『あ~~』とか言っていた。
扇風機じゃないんだから、そんな事をしても声は震えないと思うのだが…。
- 脱衣所は前と違ってカズが入ってくるかも知れないんだから、そんな恰好のままだとまずいんじゃないか?
「だいじょーぶー、カズなら部屋で眠って…あれ?、外?、なんで?」
どうやら今気付いたようだ。
- カズなら裏で剣を振ってたぞ?
「うん、今わかった。寝てたんじゃないの?」
- 途中で目が冴えたんだろう。さ、彼がここに来る前に出よう。
「はぁい、あ、サクラさんまだ髪濡れてるよ?」
- ドライヤーとタオルを部屋に持って行くからいいんだ。
「え、ここから持ち出していいの?」
- リン様から許可はもらってる。この家の中ならな。ほれ、行くぞ。
「へー、んじゃあたしも借りて行こうかな」
- ネリ。
「はぁい」
あんなに眠そうだったのは何だったんだ…。
次話4-083は2021年10月22日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回はサクラとネリの入浴はあったけど、
描写の隙がないといいますか、
ふざける余裕が無いといいますか…。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
やっと働き始めましたね、その2です。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
光の精霊さんって、すっかりSF担当になってますね。
働き者ですね~、ほんとに。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
彼女が本気を出すとえらいことになりますが、
『瘴気の森』程度では本気を出せません。
でもちょっと出すだけでも困った事になります。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
1500年も踊ってたんですからねー
タケルの認識はそこ止まりですけども。
今回は出番無し。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回も出番無し。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。そろそろ砦への帰路かな?
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ヒマそうにしてますけど、仕事はちゃんとやってます。
今回も名前のみの登場。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回は瘴気耐性を上げようとしていたタイミングで
タケルと遭遇したため頭に血が上ってしまい、
おかしなことになってしまいました。
相手が悪かったですね。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
川小屋に到着したので登場人物に復帰。
少しだけある後半の最初は彼視点。その5、ですね。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
もちろん川小屋と呼ばれている建物に住んでます。
この分ならカズの相手はネリに任せても良さそうだと
思っています。
そりゃ毎日のようにサクラから指導を受けていれば、
ネリも強くなろうってもんですね。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
魔力感知や魔力操作を覚えてから、
近接戦闘もかなり上達しています。
今回はサクラにこてんぱんにやられ…ではなく、
指導を受ける様子がカズの視点で語られています。
川小屋:
2章でリンが建てた、現在はバルカル合同開拓地にある、
カルバス川分岐のところの小屋。
光の精霊のホームコア技術で守られていて、
まるで現代日本と変わらない暮らしができてしまう家。
小屋というよりはちょっとした民宿ぐらいのサイズ。
現在は、サクラやネリ、シオリが利用している。
ちょくちょくリンが補給物資を届けている。
シオリはまだホーラード王国から戻っていない。
話の都合上、前話はカズが到着した日の
午後から夜にかけてが語られています。
今話はその夜ですね。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
ここに派遣されている戦士団で最大。
コウとよく行動している、
それなりに長く存在している戦士団でもあります。
団長はベギラムさんです。
タケルはもう名前を忘れてますね。
駐屯地を解体し、3村へ分かれて駐留しています。
他の戦士団2つは分かれずにそれぞれ別の村へ。
人数の関係上、一部が別の村に行くのは仕方ないのです。
母艦エスキュリオス:
4章056話で登場した。
ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、
その装置ごと回収するために近くに来た母艦。
4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、
この母艦が近くに居たままだったから。
統括責任者はベートリオ。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。