4ー081 ~ 瘴気の森・カズとネリ
朝食後、すぐに『瘴気の森』へと向かった。
ファーさんはお留守番だ。
さすがに森の中を調査するのには連れて行く事ができないからね。
まぁ本人はあまり残念そうにはしていなかった。というのも、例の踊りの先生からいろいろ教わっているので忙しいらしい。ファーさんからもお返しにあれこれ教えたりしているそうだ。それを言うファーさんはにこにこと笑顔で嬉しそうだったので、なら大丈夫だろう。
というわけでテンちゃんとリンちゃんを連れて『瘴気の森』上空に静止した。
静止状態か、かなりゆっくりとした移動状態じゃないとリンちゃんがしがみついたまま離れてくれないんだよ。
上空からは例の霧はもう見えなくなっていた。慣れたもんでささっと地図を作成しておく。
木々が邪魔をして直接には見えないが、中型の魔物が十数体点在している事や、小型が十数体ほど群れている場所が9箇所あるのがわかった。大型は居ないようだ。
意外と少ないな…。というか小型がやたら多い。
それと、ここには鳥型の魔物は居ないようだった。『瘴気の森』ではなく、村のあるほうの森には鳥も普通に居るんだけどね。その普通の鳥は『瘴気の森』には近づかないらしい。それどころか風向き次第ではその風下から逃れるように移動するんだそうだ。
当然、巣はもっと遠くにあるとか。それらのうちほとんどの鳥は、言わば害鳥扱いで村人たちからは嫌われている。理由は言うまでも無いね。
リンちゃんは俺が作った地図を俺の手から取ると、飛行結界の床にべたーっと広げて、T字型の道具で、まるでスキャンでもしているかのように丁寧に撫でてから、その道具に端末を取り付けて例の3D地図を浮かび上がらせ、ふんふんとか言ってから地図を持ち上げて言った。
「タケルさま、次はこの位置から地図を作って下さい」
- あっはい。っ!
地図を指差して言われたので受け取って返事をしたら、がばっと抱きつかれた。ちょっとびっくりした。移動していいって事だろう。
言われた位置に移動し、また地図を作成。
すると何事も無かったかのようにリンちゃんがそれを取り、同じように飛行結界の床に広げて以下略。
それをもう2箇所やると、次の要求が無かった。もういいって事かな?
地図を作成するときには両手で持って広げてるんだけど、その時に横から背伸びするようにして覗き込んでたテンちゃんは、リンちゃんがすっとでき上がった地図を取ったときに小さく『ぁ…』って言って、少しだけ不満そうな表情をしていた。
それを微笑ましく思って俺が見たのに気付いたのか、照れたような笑みを浮かべて俺を見返してからは、2度目からリンちゃんが地図をさっと取っても別に何も反応を示す事は無くなった。
ちなみにリンちゃんが指定した3箇所は、川の分岐の北側と、分岐した川の河口付近のそれぞれ内側だった。
それぞれ『瘴気の森』がすっぽり入る以上の範囲を余裕をもって索敵したんだけど、河口の2箇所からの時に、海側で範囲ぎりぎりのあたりに何か建造物っぽい地形があったんだよね。
それで最後がその西側の河口のところだったので、3D映像を浮かび上がらせていたリンちゃんに尋ねてみた。
- ねぇリンちゃん、ここ、海の中だけど、何か建造物の残骸のように見えない?
「え?、拡大してみますね」
リンちゃんが端末を操作して、その部分を拡大した。
うーん、拡大すると印象が変わるなぁ…。
沈没船がかたまってたらこんな風になるのかな。いやいやここにだけそれが集まるってのはおかしいだろう。
それにこの世界だと船はたいてい木造だ。元の世界のような金属製じゃ無い。いや、一部は金属製ってのもあり得るか…?
- 何だろうね?、これ。自然にできた地形とは思えないんだけど。
「うーん、何でしょうね…?、これだけではちょっとわかりませんね。海中ですし」
リンちゃんでもわかんないか…。テンちゃんも黙って首を傾げてるし。こういう自然な仕草はふたりともよく似ていて可愛い。
- そのあたりからこの海岸までって、他より凸凹が少ないような気がする…。
「そうですか?、両側に川が流れ込んでいるなら、堆積物の関係でこうなっても不思議ではないように思いますが…」
それもそうか。
- なるほど。考えすぎかな…?
「いや、森の形状も合わせて考えれば、其方の言う事も見当外れとは言い切れないのじゃ」
「そう言われてみれば、そんな感じもしますね…」
「じゃろ?」
「確かに、川の流量はそう多いわけではありませんし、何か関係があるのかも知れませんね」
「うむうむ」
「ですが、お姉さまが得意げに言う事では無いと思います」
- まぁまぁ、何かのヒントなのかも知れないからさ、気に留めておくだけでいいよ。
「そうですね」
「うむ」
- じゃ、地図でいうこの場所から行こうか。
「はい」
と返事をするのと同時にリンちゃんががばっと抱きついた。
うん、わかってたよ。
そして分岐の北、『瘴気の森』にだいぶ入ったところにあるちょっと木々が倒れていて広くなってる場所に降りた。
そのついでに感知した、周辺の魔物はすぱすぱ撃って倒してある。
ここは、以前ロミさんと一緒にきて、上空から天罰魔法を落としたあたりがいい感じに着陸しやすい場所になっていて、残骸だろう骨などが散らばっていて悪臭もあるしひどい有様だったが、刺激臭などの有害な臭いではなさそうだった。
「随分とひどいのじゃ」
「ここと同じような場所があと4箇所ありますよ、お姉さま」
そこで前に来た時に天罰魔法を落としてでっかい魔物を倒しておいたんだと説明した。
「するとこの惨状はそのせいというわけか…」
「そんな事をしてたんですか…、では他の4箇所も…?」
- うん、全部で5箇所。5体分。
「聞いてませんよ、タケルさま。そういうのはちゃんと言って下さらないと、上で研究者たちが謎の爆発現象だと悩んでいましたよ?」
- あれ?、言って無かったっけ?
「はい、ロミさんと来た事があるというのは聞きましたが…」
「うむ」
- ごめん。
「はぁ…、上の者たちに報せます…」
そう言うとリンちゃんはエプロンのポケットから端末ともうひとつ部品を取り出して、端末にかちゃっと装着して操作をした。指の動きが早ぇえ、すげー。
おっとと、感心している場合では無かった。
一応地上からも、こんどは近距離索敵を行っておく。一応は周囲には魔物は居ないようだ。降りてきた時に倒した死体しかない。
見回してみると、すっかり霧も引き、見通しもよくなった。
と、言いたいが地面に降り立ってみると、地表あたりはまだ湿気の靄がところどころ湯気のように這い、ゆっくりとした風向きを教えてくれていた。
こんな所でじっとしていてもしょうがないので、しらみつぶしのように移動を開始する事にした。
途中で、倒した魔物を見てみたが、リンちゃんがエプロンのポケットから手のひらに乗るサイズの、いつもの端末の分厚いような箱を取り出し、それに繋がってる棒の先を魔物の死体に近づけてあちこち動かしてから、まるで悪臭に耐えているような表情で言った。
「これはどうしようもありませんね。お姉さまに中和してもらってもおそらくこれでは使い道がありませんよ」
まぁそんな事をしなくったって、見るからにどす黒いんだよ。
- じゃあ埋めるか。
「そうですね」
「うむ、それが良いのじゃ」
という事になった。
ところがその埋めるための穴を開けるのがひと苦労だった。
いつもなら土属性魔法ですこんと穴があけられるんだが、実はこれ、穴の内側にあたる部分の土を分解しているわけなんだよ。根っことかがあろうが強引にね。
そのためにはその分解処理部分は、魔力を浸透させる必要がある。
ここの地面は瘴気が染み込んでいるので、それらを押し出すか浄化処理をするかテンちゃんのように中和するかをまずやらなくちゃならない。浸透させるための魔力以上に消費するって事だ。
仕方ないので、前にサンプルを採取した時のように、結界障壁で穴を開けたい範囲を包み、障壁自体に風と土魔法によって浮かせて横に置くという方法を採った。
こうすると障壁を通す部分だけで済むので楽なのだ。
「呆れるほど器用な操作なのじゃ」
「そうですね、サンプル採取の時にも思いましたけど…」
そんな事を両者から言われたので、こっちのほうが楽だと、さっきの説明をしたんだが…。
「簡単そうにやっておられますが、こんな場所で楽なんて言うのはタケルさまぐらいですよ?」
「うむ。まずこの地中に障壁を通すという事自体がおかしいのじゃ」
- え?、そうなの?
「普通は穴の範囲を浄化をしてからにします」
「そうしないと下側に魔力が行きわたらぬのじゃ。其方も最初の1度はそうしておったではないか」
- え?、そうなんだけど、でもほら、こう壁ができたらそこを通せば下だって同じようにできるでしょ?
と、手振りも使って弁解する俺。
「それが言うほど簡単ではないんですよ」
「其方の言うようにできるのであれば苦労はしないのじゃ」
「そうですよ…」
おかしいなぁ…、そんな風に呆れたように言われてもなぁ…。
まぁできるんだからいいじゃないか。
海に近い側はまだ手付かずだが、昼近くになったので、ここで一旦『瘴気の森』から出て、テーブルと椅子を作り、昼食休憩という事になった。
ついでにちょっと寄り道をして戦士団の駐屯地の上から見てみたが、ロミさんの予想通り大半が撤去されていた。
ちょいと広範囲に索敵魔法を使ってみたが、ロミさんの指示にはやはりちゃんと従っているようで、それぞれの村の周囲か中には彼らの天幕がいくつもある事がわかった。
残っている天幕には、2・3人が中にいるだけで、あとは点々と木箱や資材が残されているようだ。
村へとつながる道を、こちらに向かってそれぞれからやってくる馬車が見えた。
そのうちの一番こちらに近い馬車の御者台に、コウさんが立ちあがってこちらの方を手を庇のようにして見ているのがわかる。
一瞬、上空の俺たちを見ているのかと思ったけど、よくよく見るとただ森と駐屯地の様子を見ているだけのようだ。
だってその庇でコウさんの目が隠れてるからね。俺たちを見ているのなら彼の目が見えるはずだし。
それに、テンちゃん式の飛行結界だから、ある程度以上の魔力感知力が無ければ気付かないはず。距離もあるからね。
でもまぁ、別にコウさんに俺が飛べるとか、ロミさんはまだいろいろ隠したいみたいな雰囲気だったけど、俺としては知られたところで問題は無いんだよ。
あのふたりも妙な関係だよね。
●○●○●○●
午後からも魔物処理の続きをした。
場所を感知し、そこに向かって行き、見つけたら倒して、埋める。
いい加減慣れたもんだ。瘴気のせいでいつもより魔力が必要な気がするけど、その程度だ。
「しかし其方、これほどの瘴気濃度の中でも変わらず魔法を使ぅておるが…」
「タケルさまですから」
「そういうものなのか?」
「そういうものです」
後ろで精霊姉妹が納得してるみたいだけど、これでもいつもより消費が多い、気がするんだよ?、ちょっと力(魔力)を込めれば何とかなるなでやってるけどさ。まぁ回復量のほうが多い気もするので気のせいかも知れないけどさ。
あと、周囲の景色がね、どす黒くてね…、気が滅入る。
俺としてはそっちのほうが精神的に疲れるんだけど、リンちゃんもテンちゃんも平気なのかな…。
それにしても、俺がそうやってせっせと作業をこなしている間、リンちゃんはちょくちょくセンサーらしき棒とコードがついた箱を取り出してはふむふむとか言って周囲を調べてるみたいだったし、テンちゃんはテンちゃんで、何か気になる事でもあるのか、時折例の中心部分の方向を見ては、ふむーとか言って唸ってた。
そうかと思えばふたりしてしゃがんで何か植物だろうか、それを観察して話していたりする。
俺が近づくとさっと立ち上がるんだよなぁ。
ふたりが何を見ていたんだろうって足元を探そうとすると、袖を両側から引っ張って、『移動するのか?』とか、『次はどちらですか?』とか言う。
何なんだよ…。
俺も話に混ぜてくれたっていいじゃないか。
ここはどこもかしこも気分が滅入るんだよ。歩きづらいし走りにくい。そんな中を文字通り飛び回って黙々と作業してるんだからさ、癒しが欲しいんだよ…。
何度目かで、そんな切なさを噛みしめていると、リンちゃんが腕を絡ませてささやかな幸せをふにゅっと押し付けた。
「タケルさま、もう少し作業したらおやつ休憩にしませんか?、今日のおやつはタケルさまの好きな果物のゼリー寄せですよ?、今度のはひと味違うんですよ?、ふふっ」
- あ、うん、そ、そうなんだ。
うわーめっちゃあざとい。甘えるような仕草に笑顔。あざとい。でもスゲー可愛い。癒される。たまらん。
そうかと思ったらタイミングよく右腕を抱えて程よい弾力と圧倒的な幸せに挟まれて揺らされた。
「それは高級なでざーとじゃな、タケル様が好きなものなら私も楽しみなのじゃーふふー」
- あっはい、うん…、ソウデスネ…。
うわーこっちも超あざといw
俺には区別がつくんだけど、この笑顔は何か企んでいるかごまかしてるように見える。
テンちゃんってこういう演技は慣れてないのかぎこちなさが見え隠れしてるんだよなぁ…。だから可愛いのは可愛いんだけどテンちゃんのは何か違う気がする。でもまぁ癒される。
ありがとう、ふたりとも。
もうちょっと頑張れそうな気がしてきたよ。
「何だか吾の時は反応がおかしかった気がするのじゃ」
「気のせいですよ、お姉さま」
「そうか?」
「そうですよ。ちゃんとタケルさまの元気が戻っていたじゃないですか」
「なら良いのじゃ」
●○●○●○●
この家は、あの後輩も言っていたが『川小屋』という名称らしい。
到着した時に『これが小屋か?』と、大きさに少し驚いたものだが、サクラ先輩もネリ先輩も普通に『川小屋』と呼んでいる。
到着した日は、入浴を済ませ洗濯をし、しばらくここの設備や俺に割り当てられたらしい部屋に案内されて説明を受けたりした。
説明の途中で干した着替えなどはしばらくするともう乾いていて、俺はバスローブから普段着に着替える事ができ、少し落ち着きを取り戻せた。そのバスローブをまた洗濯機に入れてスイッチを押しておいた。
もう何に驚けばいいのかわからないぐらいだったが、元の世界での生活を思い出しながら、それに似たところも多いここの生活を、電気ではなく魔道具なのだという驚きと、懐かしさでもって受け入れていった。
午後からサクラ先輩が会議に出席するらしく、少し早めの昼食となった。この世界に来て初めて食べたようなメニューが並んでいた。とても美味かった。
そしてサクラ先輩が出掛ける直前に、ネリ先輩に何か耳打ちをされ、『うぇー、あたしがぁ?』と言ってまたぺちっと叩かれていた。
『わかりましたよぅ』というネリ先輩の言葉を聞いてサクラ先輩が頷き、入り口のあたりで振り向いて言った。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーい」
- あ、いってらっしゃい。
「カズ、頑張れよ」
- は、はい!
何のことだろうと思っていたが、ネリ先輩が渋々といった表情で、木剣を2本もって来た。
「じゃ、午後の訓練するよ」
- よろしくお願いします!
「胸当てあるんでしょ?、着けて外に出て」
- はい!
なるほど、サクラ先輩の言葉はこれの事かと納得した。
最初に準備運動を軽くしてから、木剣を渡された。
「ちょっと振ってみて」
そう言われ、自分がいつも訓練するときの型通りの動きをした。じっと見られているので緊張した。
「片手…?、あー、あんた盾持つの?」
- はい、いつもはそうしてます。
「あー、そう言えば盾を背負ってたね。持って来て」
- 今、ですか?
「持ってこないと訓練にならないでしょ?」
早く行けと言わんばかりに手で追い払うような仕草をするネリ先輩に、勢いよく返事をして急いで盾を取って戻った。
- 持ってきました。
「へー、結構大きいんだ。表面が金属ね、ちょっと貸して」
- はい。
四角い大盾よりは少し小さいが、小盾よりは大きいそれを差し出すと、ネリ先輩は軽々と片手で受け取った。身体強化か、だとすると何とスムーズな武力の扱いなんだろう。
この先輩はかなりできる先輩だと、ネリ先輩への印象を数段、上方修正した。
「これ、大盾より小さいし、普通の盾よりは大きいけど、ちゃんと扱えるの?」
そう言いながら盾を返してくれた。受け取って左手に装着した。
- はい、一応、ツギの街の冒険者ギルドでは及第だと言われました。
「キュウダイ?、ああ、合格ってことね。だったらいいわ。よし、これくらいの距離でいいわね。じゃ、かかってきて」
すたすたと10m程の距離をあけ、くるっと振り向いたネリ先輩が言う。
- え?、あの、模擬戦、という事でしょうか?
「身体強化ができるなら使っていいわよ、こっちはいつでもいいわ」
片手にだらりと木剣を下げて持ち、自然体で立っている。
本当にいいのだろうか?
- じゃあ、行きます!
様子を見るように盾を構えながらじりじりと近づいたが、ネリ先輩に変化が無い。少し目を細めて不満そうな口元のまま、こちらを見ている。
斬りかかって本当にいいのだろうか…?
盾で視線から木剣を隠すようにして、ネリ先輩の左側、先輩が持つ木剣から遠いほうにさっとずれて木剣を突き出した。
が、さっと交わされ、盾をぐいっと下げられ俺の首に木剣が添えられた。
あっという間の事だった。
「あのね、ちゃんと狙って。本気じゃないと訓練にならないでしょ。じゃあもう一度」
様子を見ようなどという考えを見透かされていたようだ。
冷たい視線で呆れたように言われてしまった。
先輩の胸を借りるつもりで、なんて甘い考えは捨てよう。
日が暮れるまでへとへとになり、ついには体力を使い果たした俺は地面に大の字に寝転んでしまった。
ネリ先輩はとんでもなく強かった。
何年か前に、ツギの街で偶然出会ったコウ先輩も強かったが、あのひととの模擬戦は1度だけだったし、その1度で俺が気を失ってしまったのもあって、どれぐらい強かったのか正直あまり覚えていない。その後は色街に連れ出されてしまったし、娼婦の値踏みや女性遍歴の話、それと、ロミ先輩がいかに可愛くて美しくていい女かという話に終始していたせいもある。俺は何度『そうですね!』と、『すごいです先輩!』を言ったかわからないぐらいに酔っていたし、最後は『聞いてますよ』と相槌しか言ってなかったかも知れないくらいだった。
ネリ先輩の話に戻そう。
彼女はコウ先輩とは違い、俺を強打する事は全く無かった。俺の攻撃は剣に限らず盾のものまで読まれ、避けられ、躱わされた。
途中から俺は木剣ではなく、真剣を使っていいとまで言われ、悔しくなった俺は『いいんですか?、怪我しても知りませんよ?』と言ったが鼻で笑われてしまった。
それで発奮した俺だが、そこからのネリ先輩は木剣すら使わずに、手刀だけで俺をあしらい続けた。
その手刀で叩かれた回数は数えきれない。
それだけではなく、足払いで転ばされたり投げ飛ばされたりもした。
「これでもあんたと同程度の身体強化に抑えてるんだからね?」
何度目かに投げ飛ばされた時、俺を引っ張り起こしながらそんな事を言われた。
この時は挑発されているんだと思った。
そしてその訓練、模擬戦などとはとても言えない対戦は、俺が動けなくなるまで続いたのだ。
「どうだ?、ネリは強かったか?」
いつの間にか帰ってきていたらしいサクラ先輩が、川小屋から出てきて、地面に座り込んでいた俺に言いながら、俺の周囲に落ちていた盾と剣を拾い、手布で拭ってくれていた。
- はい、強かったです。全く敵いませんでした。
正直ここまで差があるとは思ってもみなかった。
ネリ先輩はこの世界に来て9年で今年は10年目だと言っていた。俺は今年が7年目のはずだ。たった3年。そのたった3年の差でこうまで強さに差があるとは、俺は一体何をしてきたんだろう、と悔やまれる。
「実はな、ネリがあそこまで強くなったのは、ここ半年ぐらいの話なんだ」
サクラ先輩がそんな俺を見かねたのか、外のテーブルの上に盾と剣を並べて置いてから、俺の傍に来てしゃがみ、話した。
- え?、半年…ですか?
「ああ。最後のほうしか見ていないが、そうだな、半年前だったら、カズとネリはいい勝負をしていたんじゃないか?」
- でも、今はあんなに…。
「うん、まぁ今日のところはネリを見直した、という程度の認識でいいんじゃないか?」
そう言って立ちあがり、『普段あんなだからな』と笑いながら言って川小屋の入り口へ歩き始めたサクラ先輩の背中を見ながら、俺は『そんな簡単な話では…』と呟いていた。
「あ、そうだった」
サクラ先輩が振り返った。
「私たちはもう入浴を済ませたぞ。カズも入ってくるといい。それと、干してあった洗濯物は乾いていたので取り込んで脱衣所に置いておいたぞ。君が出たら夕食だ、ネリがうるさいからできれば急いでくれると助かる」
- は、はい!
さっと布を手で寄せて入って行ったサクラ先輩。
俺は立ち上がり、手をぱっぱとはたいてからテーブルの上の剣を腰に納め、盾を持って振り返ってはたと気づいた。
あれ…?、洗濯物、いつ干したんだろう?
次話4-082は2021年10月15日(金)の予定です。
20211008:訂正。 分解処理 ⇒ 浄化処理
20240419:訂正+ルビ追加。 交わされた ⇒ 躱わされた
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は入浴描写無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
やっと働き始めましたね。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
光の精霊さんって、すっかりSF担当になってますね。
あざとい、けど可愛い。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
あざとい?、でも可愛い。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
1500年も踊ってたんですからねー
タケルの認識はそこ止まりですけども。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
前話でカズのパートに「アクア様」として
名前が出てましたね。でも今回は出番無し。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。そろそろ砦への帰路かな?
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ヒマそうにしてますけど、仕事はちゃんとやってます。
今回は名前のみの登場。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回はカズの回想で名前が登場。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
川小屋に到着したので登場人物に復帰。
少しだけある後半は彼視点。その4、ですね。
ネリにこてんぱんにやられちゃいました。
これまだ続きそうですね。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
もちろん川小屋と呼ばれている建物に住んでます。
この分ならカズの相手はネリに任せても良さそうだと
思っています。
なだめ役。いいポジションですね。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
先輩らしさ?
魔力感知や魔力操作を覚えてから、
近接戦闘もかなり上達しています。
川小屋:
2章でリンが建てた、現在はバルカル合同開拓地にある、
カルバス川分岐のところの小屋。
光の精霊のホームコア技術で守られていて、
まるで現代日本と変わらない暮らしができてしまう家。
小屋というよりはちょっとした民宿ぐらいのサイズ。
現在は、サクラやネリ、シオリが利用している。
ちょくちょくリンが補給物資を届けている。
シオリはまだホーラード王国から戻っていない。
話の都合上、今話はカズが到着した日の
午後から夜にかけてが語られています。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
ここに派遣されている戦士団で最大。
コウとよく行動している、
それなりに長く存在している戦士団でもあります。
団長はベギラムさんです。
タケルはもう名前を忘れてますね。
駐屯地を解体し、3村へ分かれて駐留しています。
他の戦士団2つは分かれずにそれぞれ別の村へ。
人数の関係上、一部が別の村に行くのは仕方ないのです。
母艦エスキュリオス:
4章056話で登場した。
ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、
その装置ごと回収するために近くに来た母艦。
4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、
この母艦が近くに居たままだったから。
統括責任者はベートリオ。
ニベルナさん:
ロミの城にあるタケルたちの部屋へ出入りを許可された、
年嵩の女官さん。踊りの先生らしい。
まぁ別に覚える必要のない登場人物です。
一応人物名称なので。
何気に今回もさらっと話に出ていますね。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。