4ー080 ~ 2日間の待機・川小屋の管理
何と言うか表現に困る2日間だった…。
一応は前にロミさんと『瘴気の森』上空から作成した地図で、『このやや海側に近い中心部にある瘴気の渦が問題の核でしょうね』という話はした。
結局は前の時に話したように、ある程度近寄って見てみない事にはわからない、という結論に落ちつくのだが、一昨日はちょっと余計な話になった。
ロミさんが、『瘴気の森』の地形についてそれとなーく、そう、それとなーくリンちゃんに尋ねちゃったせいだ。
リンちゃんは鼻息をふんすと荒くして得意げに、そして何故か俺にちらちらと熱い視線を送りつつ、誇らしげに説明をし始めたんだ…。
それをロミさんが時々要約しつつ、ふんふんと真剣な表情で相槌を打つもんだからリンちゃんの説明に熱が入ってたよ…。
余計な油を注ぐんじゃないよとも思ったけど、嬉々として説明をするリンちゃんはもう止められないし、俺がある程度理解できたのもそのロミさんの要約のおかげでもあるので、文句も言えなかった。
曰く――、
いつもの(俺が作成したままの)地図だと木々で遮られて地面までは見えにくい。
木々は索敵(探査)時の魔力波を反射もするが、一部は透過して地面に届いている。
『瘴気の森』では木々は瘴気で変質しているため、通常の木々より魔力波に対して抵抗、阻害する割合が大きい事。
染み込んだ瘴気濃度が高い地面は、通常の地面の反射とは異なり、一部地面に届いた探査魔力波を割合的に打ち消す現象となる事。
上空に待機中の母艦エスキュリオスに居る分析チームが、光の精霊の里に居る魔波理論研究チームと連絡をとり、協力し合って俺が作った過去の地図との比較検証が行われ、瘴気濃度と焼き付けられた地図の濃淡から大凡の地形を導き出す事に成功したらしい。
それで出来上がったのがあのホログラムのような立体映像地形図なんだそうだ。
スゲーw
道理でこの2日間、リンちゃんがしょっちゅうどこかと連絡していたわけだよ…。
リンちゃんが、『また1歩、タケルさまに近づけたって彼らの喜びようったら無かったんですよ?、ふふっ』って言ってたけどさー、感知して紙に焼き付けた俺自身、そんな微妙な差なんて把握してなかったんだよ?、把握どころか気付いてもいなかったよ。
そんなの分析できちゃう彼らが凄いんであって、俺が偉いみたいに言われても困る。
一体リンちゃんたちの中のタケルってヤツは、どれほどの偉大なる存在なんだろうね?
現実の小さな俺はそれが怖いよ…。
そうそう、通常のスパイダーについても聞いた。
- そういえば小型じゃないほうの『スパイダー』は?
「そちらは吸排気の都合で瘴気が多いところでは使えないんです」
- あ、そなの?
「小型の方はフィルターの搭載が間に合ったので運用可能だったのですが…、お姉さまが壊してしまったので、せっかくあの周囲で観測した瘴気データの記録も消えてしまいまして…」
「う…」
あんな採取用のビンやケースまで準備されてたもんなあ…。
「それを元に通常型の『スパイダー』にフィルタ機能を搭載するはずでした。予定が狂ってしまったんです」
- そんなに大掛かりなの?、小型がすぐ搭載できたのは?
「小型と通常型では内部機関の出力差から構造がかなり違うんです。特に魔力変換ユニットがですね、」
- あ、リンちゃん説明はいいや、瘴気の影響が大きいから処理が大変ってことね。
「ええ、まぁそれでだいたい合ってます」
- こないだ表示してたデータは結構詳しかったように見えたけど、高空からそんな観測ができるなら問題ないんじゃない?
「あ、タケルさま、あのデータは『小型スパイダー』から『瘴気の森』に観測用プローブを撃ち込んだもので、母艦へと直接送られたデータです。プローブはあの瘴気に長くは耐えられませんので、3日持てばいいほうなんです」
- そうだったんだ…、3日?
使い捨てか…。
「はい。予想していたよりも瘴気の濃度が高くて…。『小型スパイダー』と同様、瘴気に耐えられるようには作ってあったのですが、射出機の都合もありましてそれほどまでに濃度が高いと持たなかったんです」
そしてひと呼吸おいてから続けた。
「プローブからのデータは、タケルさまの地図から地形を導き出す検証の一助にもなっていたんです。まぁ急いで用意したにしては長く持った方だとはおもいますが…」
へー…、なるほどねー。と、頷いておく。
「そのプローブは全て使ってしまいましたし、『小型スパイダー』で東側の汚染状況を詳しく調べられるならと、『瘴気の森』の外にはプローブを使わなかったんですよ…」
リンちゃんはちらっとテンちゃんを見た。言外に『それなのに壊してしまって…』と責めてるのがわかるね。
許してあげて、と言ったけど、リンちゃんの心の中ではまだ許せていないんだろう。
気持ちはわかるけどね、たぶん技術者さんたちに直接謝るのはリンちゃんなんだろうしさ。
見られたテンちゃんの方は、この話になった時に『う…』と言ってからずっと俺の右腕を抱えて下を向いたまんま黙ってる。
毎度ながらすごく幸せな感触が右肘のあたりを包み込んでるよ?、俺の方はいちいち意識してしまうと気が散ってしょうがないので、考えないようにしてる。
- な、なるほど…。
いやもうほんと、考えないようにするのも大変なんだぞ?
この2日間、ヒマだからか1日2回、都合4回だよ?
何がって地下の温泉大浴場だよ!
昨日なんてロミさんまでやってきて、リンちゃんの後ろで自分の体を洗いながら俺が洗われてるのをニヨニヨした笑みで見てやんの。
何が、『寝転がって洗ってもらうのも気持ち良さそうね、ふふっ』だよ!
だんだんと故意なのか偶然なのか、さりげなさを装うように当ててくる回数も増えてる気がするしさ、耐えてる方の身にもなれってんだ全く。
腰のタオルだけはリンちゃんもテンちゃんも触れないようにしてくれてたけど、それでも大腿部とかケツの横とかは洗うわけなんだよ。するとその砦は中央に寄せられて行くわけで、タオル自体も濡れてるし、形なんかがほぼわかるようになってしまってるんだ。だから絶対、反応するわけには行かないんだよ…、大変なんだよ…。
ロミさんが浴室に来た時、リンちゃんがその砦部分にこんもりと泡の塊を乗せて隠したもんだから、テンちゃんが『ふむ、よい趣向なのじゃ』と楽しそうに言うし、ロミさんなんて足を止めて口元を手で強く押さえながら笑いを堪えてたよ。
それにしてもロミさんも素っ裸で堂々と入って来てたし、当然精霊さんズ3名だって隠しすらしていないんだよなぁ。局部を隠してるのは俺だけだっていう、何とも逆転現象みたいな妙な感じではあった。
俺としては見せない事よりも、触っちゃダメだからね?、というガードの意味でそうしてる。だってこっちはマジで耐えるのに必死なんだ。触られるとか増してや洗われるなんて本当にマズいんだよ。
本当によく耐えてくれたよ俺の身体。元の世界の身体だったら反応しっぱなしだったろうね。
っとと、そんなこと言ってたら視覚的なものだけじゃなく魔力感知的な立体映像的に思い出して来た、ヤバいのでここらで他の事を考えないと…。
それで探知プローブの話にもどすと、得られるだけのデータから、あれだけの予測ができたみたい。
昨日の時点ではもう既に全部の信号が途絶えていたんだそうだ。『計算ではもう少し早く途絶えてもおかしくはありませんでしたが、欲を言えばもう少し観測データが欲しかったですね…』とリンちゃんはちょっぴり残念そうだった。
予定では、設置した場所は記録されているので、瘴気の問題が解決した後、全て回収をするらしい。
その予測にも俺の地図から読み取ったデータが役立ってるとかなんとか。いやもういいから、って強引に『そう、それで他には無い?、例えば森の家とか川小屋とか』って話を変えたよ。あはは。
そしたら『あ、報告といえる程ではありませんが、それぞれから相談されたんでした』って言い始めたんだよ。
もしかして、今までもずっとそんな感じでさ、リンちゃんの所で情報がストップしてた事が多いのかな、って少しだけ不安になったよ…。
まず『川小屋』の件。
勇者カズ先輩は無事、川小屋に到着して登録処理を済ませたんだってさ。
伝聞っぽい言い方だったんで、登録処理って誰がしたの?、ってきいたらサクラさんだった。
あの制御盤って、よく使う機能の一部は俺も読める人種の共用語で表示される。そう、一部、なんだよ。
登録処理の画面ってあれ精霊語だから俺はもちろんサクラさんにも読めないはずなんだ。
「大丈夫です、図解入りの説明書をお渡ししておきましたから。操作自体は簡単ですし、現に正しく登録されたようですよ?」
あっそうですか。
俺が登録する時はリンちゃんか誰か精霊さんが必ず横についてるからね。『ん?、どうすりゃいいんだ?、これ』って1秒でも固まってたらすぐ横から手助けが入る。
確かに操作自体は簡単だったよ?、手を置いて、『もういいですよ』って言われたら手を離し、下の方をすっと撫でてから指先でちょんと2度、点滅している箇所を押すだけ。うん、簡単だ。書いてある事が分かればね!
ちなみに母艦が上空に停泊していると、既に他所で登録処理をし終えていればそのデータが送られるので、新たに設置したホームコアへの登録処理は省略できるみたい。
ロミさんのお城のこの部屋に設置したホームコアへの登録処理を、俺やロミさんがしていないのはそのおかげだ。
「それで認証用ペンダントを返してもらうようお伝えしたのですが…」
と、言いにくそうにしてて、何だろうと思ったら、ネリさんのような口調と表情で、
「『その用済みのペンダント、こっちで返しとくから渡して、って言ったら「この幸運のペンダントをですか!?、できればお守りとしてこのまま身に着けさせて下さい!、お願いします!」って必死でぺこぺこ頭下げて言うもんだからあたしも強く言えなくなっちゃってー、ねぇリン様、やっぱダメ?』、なんて言うんですよ?、どうしましょう?、タケルさま」
俺にきくなよと言いたいが、そこはぐっとこらえた。
それより何なんだ、幸運のペンダントて…。
と思ってたらリンちゃんが続けて言った。俺が不思議そうな表情をしてたからだろうね。
「何でも、何度か命を救われたらしいです…」
と、リンちゃんも不思議そうに小首を傾げてた。可愛い。
- あれって何か特別な魔法とか機能とかついてるの?
「いいえ?、情報漏洩術式は幾重にもかかっていますけど、ただの認証用ですよ?、他に何もありませんよ」
- その情報漏洩術式って?
「破壊したり解析しようとすると、中のコアが熱で溶けます」
え!?
- それって危ないんじゃない?
「いいえ?、外側に変化はありませんよ、コアといっても主制御系記憶系などの部分を合わせた全体で1mmにも満たない大きさですから、外見には何の変化もありませんし、もちろん外に熱が伝わる事もありません」
- あ、そうなんだ、じゃあ別に構わないんじゃない?、本人が幸運のペンダントって思ってるんだし、わざわざ訂正して夢を壊す事もないと思うよ?
「わかりました、ではそう伝えます」
- あ、ところでリンちゃん、あっちとどうやって連絡とり合ってるの?
「現在は母艦エスキュリオスの補助もありますので、ホームコアネットワークが中継接続されてるんです。だから制御盤で連絡ができますね。『森の家』とはそれで連絡を取り合ってますが、『川小屋』の方にはそれを伝えてません」
- へー、そうなんだ。え?、何で?
「だってネリさんだったら用もないのに何度も連絡して来かねませんから」
といって笑みを浮かべたけど、なんだか少し黒っぽい笑みに見えたね。
次に『森の家』の事。
まず、ミリィが入浴時のあわあわを要求しなくなったんだってさ。単独か、ピヨとじゃないと入浴しなくなったとか。
ミドリさんが『どうしてかしら…』ってリンちゃんに相談したらしい。
「タケルさまなら何かお分かりになるかも知れませんと言われたのですが…」
わかるか!
そこでどうして俺に訊くんだよ、俺にはそっちのほうが『どうしてかしら…』だよ。
まぁ子供っぽさが抜けて大人になったんじゃないの?、と思ったけどそんなのマジでどうでもいい。だから『さぁ…?』って言っておいた。
「ミドリさんは『森の家』全体で美容関係の相談を寮の子たちから受けたりしますから、ミリィの事も心配なのでしょう」
リンちゃんも正直どうでも良さそうな雰囲気がした。口調だけは心配そうな言い方だったけどね、無表情だったからね。
あとは寮でプチシューと卵焼きが大流行してるらしい。
それで行政庁舎通り商店街の魔法用具店の娘さん、えーっと…、あ、ノーラさんが大忙しなんだそうだ。
で、だよ。
どうして大忙しなのか。
『森の家』の幹部、アオさんがいろいろと練習やら何やらのついでだか何だか知らないけど、等身大のタケル人形を作って部屋に置いてたのがバレて大騒ぎになったそうな。
ほら、アオさんって俺の服を作ったり直したりしてくれてるからさ、等身大のマネキンみたいなのが部屋にあってもおかしくない、と、思う。
しかしそれをアオさんは持てる技術を出し尽くして、まるで本人がそこにいるかのような出来具合にしちゃったんだと。瞬きもするし微笑みとか幾つかの表情パターンもできるスグレモノだそうだ。さすがに喋ったりはしないらしいけどね。でも音声認識機能までが搭載されちゃってるので話しかけると微笑むらしい。
いあいあ、服を合わせるための人形に、そんな機能、必要なのか…?
そんでもって時々寮の被服室で服を微調整したりするのに、それを持ってってたのを、たまたま真夜中に被服室から明かりが漏れているのを見た寮の子が見つけてしまい、寮の掲示板にそっこーで書き込み、大騒ぎになるに至った、と。
何してくれちゃってんのよアオさん!、でも日々お世話になってますありがとうございます。
それで現在は、寮の休憩室にその等身大タケル人形が飾られたテーブル席に居て、休憩室には長蛇の列ができてるそうだ。
そしてテーブルには俺が好んだとされているノーラさん謹製の赤いハートマークが描かれた卵焼き。だから大忙しなんだってさ。『ラブラブ卵焼き』って呼ばれてて大好評だとか。
それを困ったように淡々と言うリンちゃん。
他人事として考えるしか無いなと聞いている俺。
声を出さずに笑ってるような表情で聞いているロミさん。
途中で、ん?、本人がそこにいるかのような等身大タケル人形……え?、俺の人形?、何で?、ああ、服の調整のため?、じゃあ仕方ないな、え?、微笑んだりする?、何が?、え?、人形が?、何で?、え?、音声認識?、何でそんなんつけたん?、え?、休憩室に設置?、『ラブラブ卵焼き』で長蛇の列?、あーもうどうにでもしてくれ、って思うしか無かった。
疲れ気味に、『そう、他には?』、って尋ねたら、例のおヒーさんのとこに置いてきたハニワ兵特派員改め偽黒鎧。それの話がちょっと出た。
母艦がここの上空というか高高度らしいけどね、そこに停泊しているので、このあたりの国々ぐらいの範囲は余裕でカバーできているらしく、それのおかげもあって偽黒鎧への魔力供給の補助ができるようになったんだそうだ。
というのも、ネリさんが『タケルさんの事だから、ハニワ兵を心配してこっそりひとりで行って魔力補給するかもね』なんて余計な事をリンちゃんに言ったせいでもある。
それで、おヒーさんから『自由にして下さって構いません』と言われていたあの倉庫ね、そこにホームコアを設置して、ハニワ兵特派員改め偽黒鎧のための魔力供給ステーションができあがってしまった。と言っても外見上はあの倉庫のまま変わってない。
ただその材質や中身が変わっただけ。そして許可が無いと中に入れなくなったってだけ。あとは転移石板が設置されたってだけ。
リンちゃん、いつの間にそんな事してたんだ…。
「これであちらで問題が起きても大丈夫ですよ?、タケルさま」
にっこり微笑んで言ってたけどさ、ひとりでは行かせませんよ?、って副音声が聞こえた気がしたよ…。
●○●○●○●
あとはファーさんの事でわかった事がある。
まずはファーさんが、この部屋に出入り許可がでている年嵩の女官さんから、スォ族の踊りの衣装を渡されて、その踊りを教わってた。ロミさんから許可が出たらしい。
その女官さん、踊りの先生みたいな事もしてるみたいで、後でファーさんが『教え方が上手でした』って言ってた。
それを聞いたロミさんがくすっと笑って、『ニベルナは「覚えが良くて筋がいい娘さんですね」って褒めてたわよ?』と言って笑みを深くしていた。
それでちらっとファーさんの年齢が気になったんだけど、ズバっと尋ねるわけにもいかない。そこで、『ファーさんっていつから踊りを?』って訊いてみた。
「ファーが生まれたのは1500年程前でちょうど赤道付近の気候変動が起きた時らしいです。それからずっとヴェントス様の元で踊りと修行をしながらお仕事してましたですよ旦那様」
その赤道付近の気候変動ってまぁたぶん精霊さんたちと竜族の戦争ってか大規模戦闘の影響だろうとは思うけど、驚いたのはそっちじゃなくて…。
え?、1500年前?、生まれた?、ファーさんが?
んじゃ年齢1500歳前後って事?
あ、ロミさんの表情が微笑みのまま少し口を開けて固まってる。
そりゃ年齢なんて何千どころか何万でもなく数えきれないぐらいのが隣にいるけどさ。
そんな長生きしててアレ?、たまにポンコツになるコレが?
と、かなり失礼な事を考えたが、それをもちろん口に出すわけには行かない。
と、わずかな時間だけど俺とロミさんが固まっている間を、話を続けていいと判断したのだろう。
「ファーの名前ゼファーリィは西から東へいろいろなものを運ぶお仕事のために付けられたと聞いてますです。温かさを雨を花を豊かさを運ぶ大事な大事なお仕事なのです。時には寒さも運びますですが生きとし生けるもの全てに恵みを齎すためには寒さを厳しさを運ぶ必要もあるのですよ旦那様」
- あっはい、そうですね。重要なお仕事だよね。
そんな役割の精霊さんをこっちに派遣したんですかヴェントスさん!
- えっと、ファーさんが抜けて大丈夫なのかな、そのお仕事。
「大丈夫ですよ旦那様、ファーが抜けても大丈夫なように後進の者たちに分担されていますしヴェントス様がたまには違う仕事をするのも良いだろうと仰っておりました。旦那様のもとでは新しいことや覚えることが多くて毎日が新鮮で楽しいですよ」
そうですか。
最初は、仕事はできるけどポンコツ具合が酷いからしばらく仕事から離そうという魂胆じゃないのかと思ったけど、いくらポンコツでも1500年も同じ仕事を繰り返してたのならそれに関しては熟練もいいとこだし仕事はできる子と言うのもわからんでも無いね。
ってか1500年も踊ってたのか…、そりゃ達人レベルどころじゃ無いじゃん。すごいわけだよ…。
そのファーさんの踊りだけど、昨夜は温泉でロミさんが余計な事を言ったせいで、テンちゃんがそこに乗っかってしまい、止めるに止められず例の踊りを最初から踊り、幕間に少しこっちに来て話したけどまたすぐ第二幕を踊り切ったらしいよ。本人も大満足だったみたい。
昨日は水深が浅めだったってのもあって、テンちゃんも今回は湯船の縁に凭れて座り、片手で俺の腕を抱えてたんだよ。
そうすると逆側はリンちゃんが同じようにするわけで、俺は抵抗のしようがなかった。
踊りの意味は全く俺にはわからないけど、とにかくすごいとしかいいようがなかった。全裸ってのを差し引いても魅力的だし、小道具のタオルも器用に使ってたし…。
やっぱり踊り子ってのはあれだよ、自分を美しく見せる動きに慣れてるんだよ…。
見せ方が上手いというか巧みというかさ…。
第一幕が終わったあと、踊ったせいか風呂だからかわからないけど、くねくねと腰を揺らしながら興奮冷めやらぬ笑顔で俺の前に来て、『いかがでしたか旦那様今回はファー的には会心の踊りができたと思うのですよ!』って、もちろんどこも隠さないからすっぽんぽんの丸見えで、ほんとに困った。
一応はちゃんと褒めたよ?、踊りの事はよくわからないなりに。
テンちゃんたちが時々『ほう、そこで若者が覚醒するのか!』とか、解説みたいな事を言うし、ロミさんも持ち前の理解力を遺憾なく発揮して『なんて素晴らしい表現力なの…?』って言ってたし、リンちゃんも最初は呆れてたのに次第に劇に引き込まれたみたいでしょっちゅう俺の左肘あたりにささやかな幸せをぎゅっぎゅと押し付けてたからね。
当然、右側は言わずもがなだ。
とにかくそんなだったので、褒める言葉には事欠かなかったよ。
それで褒められて、皆にも褒められ、調子に乗ったので第二幕に突入したのかも知れない。
『大満足だったみたい』というのは、俺は第一幕しか見せられてないからなんだ。
ほんとにまずい状況になりかけたのでのぼせそうだからと言って脱衣所に逃げたってわけ。
ファーさんのダメ押しに負けたとも言うね。
だって俺は座ってて、ファーさんは目の前で前かがみになってたわけですよ。何度も言うが全裸で。そして興奮気味なとびっきりの笑顔で。テンちゃんが居なかったら俺に抱き着いてきてもおかしくないぐらいの熱い目だった。
そんなのもうマジヤバだぞ?、しかももっかい言うが全裸だ。周囲だって美女揃い、ヤバいなんてもんじゃ無い。
これ以上やられたら本当に耐えきれなかったんだ。だから急いで逃げた。後ろで何か言ってた気がするけど、覚えてないぐらいぎりぎりテンパってたね。
脱衣所の女官さんたちにも衝立の後ろに下がってもらって、試合に負けたボクサーみたいな感じで椅子に座って、台の上にあった団扇でゆっくり扇ぎながらいろいろおさまるまでじっとしてたよ…。
あ、思い出したらマズいってのに、また思い出してんじゃん。
●○●○●○●
「あーっ!、脱衣所にスポンジが落ちてる!、さーてーはー!」
朝の日課らしい訓練に俺も参加させてもらった。訓練自体はサクラ先輩から厳しく動きをチェックされた有意義な訓練だったが、その後すぐ汗を流すために脱衣所に入ったおふたりのうち、ネリ先輩の叫び声が聞こえた。
そして両先輩が出てきた。
「ちょっとカズ!、あんた使ったスポンジお風呂場に放ったらかしたでしょ!」
- え!?、そ、そうでしたか!?、申し訳ありません!
「ここのお風呂はね、精霊様が見てくれてるんだからちゃんとしないとバチ当たるよ!?」
まるで小さな子供に叱るように言われた俺は、ふと浴室奥にアクア様の像が祀られていた事を思い出した。
きっとそれの事だろう。
- え?、ああ、アクア様の像がありましたね。
「いや、そういう意味ではないんだ、カズ」
意外にもサクラ先輩が神妙な顔つきで言った。
- はぁ。
俺は説明を求める意味で相槌的に曖昧な返事をした。
「ここは本当に精霊様に守られてるんだ」
- そう…なんですか?、あ、この幸運のペンダント…?
「いやそれはただここに入るためだけの物だぞ?」
そうサクラ先輩は笑っているが、とてもそうは思えない。
実は昨日、もう登録したから不要という事でネリ先輩に『その用済みのペンダント、こっちで返しとくから渡して』と言われたのだ。
俺は『この幸運のペンダントをですか!?、用済みという事でしたらお守りとしてこのまま身に着けさせて下さい!、お願いします!』と頭を下げて頼み込み、許可をもえるよう頼んでみるとネリ先輩が仰って下さったのでまだ大切に身に着けている。
これを身につけていたここまでの道のりは、幸運だと思える事が何度もあった。
普段はあまり街道には出て来ないはずの角イノシシが、俺に気付いてない状態で出てすぐに倒せたし、解体や運搬をどうしようかと思ったら後ろからすぐに商隊が来て、手伝ってくれただけではなく、肉を分けたら悪いからと買い取ってくれた。
水場の水は澄んでいて、きれいで美味かったし、途中立ち寄った村落でも以前より愛想がよく歓迎された。同じ村ではないが前の時はあまり歓迎されず、むしろ疎ましがられた覚えがある。
どういう訳か疲れにくい気もしたし、昼夜逆転で自分でも無理めの移動計画だったが目覚めも快調で体調が崩れる事も無かった…。
有効期限があるらしいが、たとえこの効力が切れたとしても、験を担ぐ意味でお守りとして大切にしたい、それほどに愛着が湧いた俺にとっては大事なアイテムとなってしまったのだ。
「お風呂場に放置したスポンジ、誰が外に出したと思う?」
- え?、ネリ先輩じゃないんですか?
「言ったでしょ、脱衣所に落ちてたんだよ、これ!」
「いや言ってないぞ、ネリ」
「あれっ?、言ってなかった?」
「ああ。言ってない。だがカズ、ネリがそのスポンジを脱衣所で拾ったという事は私も保証しよう。さっきも言ったが、ここは精霊様が管理して下さっているんだ。いやそういう顔をするな。本当の事なんだ」
そう言ったサクラ先輩は、ネリ先輩とアイコンタクトをして頷きあった。
「ここはタケルさんの別荘だけど、管理してるのは光の精霊リン様と、水の精霊アクア様。お風呂場に放ったらかされたスポンジは、アクア様が水分を抜いて外に出して下さったの。ほんとだよ?」
「うん、本当の事なんだ」
大真面目な表情で言われた。
こうなると、冗談の類ではなく、本当のことなのかも知れない。
俺が黙って考えていると、サクラ先輩が小さく息を吐いてから言った。
「カズが登録したあの黒い板、制御盤と言うらしいが、ここの空調その他、この家ののすべての機能を管理している魔道具の一種なんだ。それを設置したのが光の精霊リン様だ。私たちはこの施設を使わせてもらっている身でしかない」
「居候って言ってたよねー、あはは」
「うん、居候で間違い無いな」
- あの、先ほど『タケルさんの別荘』と仰いましたが、そのタケルさんとは、勇者番号4番の、あの後輩の事でしょうか…?
「ああ、そうだぞ」
「そのタケルさんで合ってるよ」
「ここは間違いなく彼の別荘であり、管理を任されているのが精霊様たちなのも冗談では無いのだ」
- ……。
俺は何か言おうとして口を開いたものの、何と言っていいかわからずに絶句状態になった。
するとネリ先輩が優しい声で言った。
「ここの裏庭に木があるんだけど、そこの根元に不思議な泉があるんだよ」
「せめて精霊様の泉と言え」
「ああうん、精霊様の泉。ここからがいいところなのにー」
「ああ、すまん。それで猫なで声だったのか」
「優しい声って言ってよー」
「わかったわかった、それでいいところってのは何だ?」
「もういいよー、あそこでお祈りをしたらたまにアクア様から何か言ってもらえるよって言いたかったの!」
「お前な…、もう少し言い方というものがあるだろう?、お祈りを捧げたらアクア様からのありがたいお言葉を賜る事があるぞとか」
「そうそれそれ、そう言いたかったんだけど、言葉が出て来なかったの!」
「そう興奮するな、落ち着け」
「サクラさんが悪いんじゃんー」
「すまんすまん」
「もうー」
内容は信じられないような事だが、この両先輩はあたかも普通の、いつもの事のように話されている。
両先輩はとても仲が良く、悪い人たちにはとても見えない。
なら、少しは両先輩の仰る事を、素直に信じてみてもいいのではないかと思った。
次話4-081は2021年10月08日(金)の予定です。
(作者注釈)
カズが幸運のペンダントなどと言っていますが、全くの偶然です。
魔物侵略地域の問題が解決し、開発奨励地域となり、開発需要が高まり景気が良くなっているため、主要街道とその経路上の村落は景気が急上昇しているのです。
そうすると生活水準も向上し、生活に余裕もでているため、他人に優しいのです。
往来の増えた街道は魔物が討伐される頻度も増え、安全度が増します。盗賊や山賊は往来が多過ぎるとそこを避けるようになります。利用する商隊が親切なのも安全な旅ができるからです。
気分良く旅ができていれば自然と周囲の景色や恵みにも目が行くようになります。
つまりカズの気のせいである部分と、偶然と、状況的なものであって、ペンダントは何もしていません。リンも言っていますがそもそもそんな効果はありません。
それと、『何度も命を救われた』というのはネリの出まかせです。カズはそんな事は全く言ってません。
20220208:母艦名を間違えていたので訂正。 エステリオス ⇒ エスキュリオス
20230604:訂正。 保障 ⇒ 保証
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回もまた入浴場面描写がありますね。
とんでもない入浴ですが。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
何てけしからん入浴の連続。
使わないならモゲてしまえと言われても仕方ないね。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
よく気が付き、よく働く。
タケルに負荷をかけないように、
尋ねられるまでは言わない事が結構ありますね。
思い出したように報告したり。
でもよく仕えていると思います。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
乗り物を壊したせいでと言われてはいないが、
目線とかで責められてますね。
温泉では好き放題と言っていいかと。
タケルは幸せ者ですね。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
それでいて下の者の世話をよくしていた。
実はできる子なんですよ…、これでも。
何と1500歳(推定)!
なのにアレとかコレとか、タケルも地味にひどいw
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回も出番無し。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も名前のみの登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。そろそろ砦への帰路かな?
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ヒマそうにしてますけど、仕事はちゃんとやってます。
『タケルさんと居ると退屈しないわぁ』
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回は登場せず。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
川小屋に到着したので登場人物に復帰。
少しだけある後半は彼視点。その3、ですね。
これまだ続きそうですね。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
もちろん川小屋と呼ばれている建物に住んでます。
この分ならカズの相手はネリに任せても良さそうだと
思っています。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
余計な事を言うのは相変わらずです。
川小屋:
2章でリンが建てた、現在はバルカル合同開拓地にある、
カルバス川分岐のところの小屋。
光の精霊のホームコア技術で守られていて、
まるで現代日本と変わらない暮らしができてしまう家。
小屋というよりはちょっとした民宿ぐらいのサイズ。
現在は、サクラやネリ、シオリが利用している。
ちょくちょくリンが補給物資を届けている。
シオリはまだホーラード王国から戻っていない。
話の都合上、翌日の話になっています。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
ここに派遣されている戦士団で最大。
コウとよく行動している、
それなりに長く存在している戦士団でもあります。
団長はベギラムさんです。
タケルはもう名前を忘れてますね。
母艦エスキュリオス:
4章056話で登場した。
ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、
その装置ごと回収するために近くに来た母艦。
4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、
この母艦が近くに居たままだったから。
統括責任者はベートリオ。
ミドリさん:
タケルの家とされている『森の家』。
そこの管理を任されている4名の光の精霊のひとり。
美容師の免許を持っており、タケルの髪を調えた事が2度ある。
寮の子たちのお姉さん的存在っぽいですね。
ニベルナさん:
ロミの城にあるタケルたちの部屋へ出入りを許可された、
年嵩の女官さん。踊りの先生らしい。
まぁ別に覚える必要のない登場人物です。
一応人物名称なので。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。