4ー079 ~ 混浴再び・命令書配達・カズ、川小屋にて
午前中の空いた時間に屋上とか見てこようとしたんだけど、まるで急いで呼ばれて来たかのようにロミさんが部屋(執務室)から出て来て、止められた。
「ごめんなさい、今はここから外まで以外の場所を、あまりうろついて欲しく無いの」
- あ、そうなんですか、済みません。
素直にソファーに戻る俺。それに無言でついてくるというか、リンちゃんたちがさ、肘の後ろとか服の裾とか、みんな何で摘まんでんの?、歩きづらいんだけど…。
それを無言でじっと何か言いたそうに見ているロミさん。
「……実は、タケルさんと会わせろって首脳部の一部がうるさいのよ。ある程度目途が付くまでは押さえておいたほうがいいから、特に1階から上には行かないほうがいいの。タケルさんもそのほうがいいでしょ?」
- あっはい、ありがとうございます。
まぁそんな事だろうとは思ってたよ。
だっていつも出入りの時に『いってらっしゃいませ』とか『おかえりなさいませ』って言う女官さんたちの雰囲気がね、他を近づかせないような隙の無さみたいなものが感じられたからね。
「お礼を言いたいのはこちらなんだから、そんなに恐縮しないで頂戴。代わりと言っては何だけど、もし気に入ってくれているのなら地下の温泉を自由に使ってもらっていいわ。あそこなら他の者は出入りしないもの…。この部屋にもお風呂はあるけど…」
「ほう、それは良いのじゃ、早速行くのじゃ」
ソファーから立ち上がり、俺の手を引っ張るテンちゃん。
「お姉さま」
と言いながら立ちあがるリンちゃん。
え?、いつもならテンちゃんを止める意味だよね?
「もちろん皆で行くのじゃ、さぁタケル様よ」
テンちゃんに引っ張られ、リンちゃんに押され、もうこれは逃げられなさそうだ。
どうせ午前中はする事が無いし、のんびりしようとは思っていたけどなぁ…。
ひとりで温泉に入ってのんびりするならともかく、皆でとか…、それだと気が休まらないじゃないか…。
●○●○●○●
- いやあのね、ひとりで洗えるからさ、
「たまには良いではないか、吾がこうしたいのじゃ」
「そうですよ、お姉さまだけには絶対任せられませんから」
「あ、あの、ファーもお手伝いしますですよ旦那様」
左右からリンちゃん、テンちゃん。
何故かついて来て当たり前のようにサポートしているファーさん。
いやファーさんはちょっとマジで困る。曲線が芸術的っていうか、浅黒い肌がそれを際立たせてるというか動きがえっと、とにかくマズい。後ろでまだ助かったけど、そんなの直視するのはホントにマズい。
- え、ちょ、いや、あのね、
「すぐに終わりますよ、タケルさま」
「うむ。皆で洗えばすぐに終わるのじゃ」
肩をぐいっと押さえつけられてて立てないんだよ。特に左側のリンちゃんね。ほんと力強いな、なんでだ?
いやそりゃあ身体強化とか頑張ってすれば立てるだろうけどさ、そこまでして反抗するのもね…。
「テン様リン様どうぞですよ」
ファーさんが後ろで桶2つに泡立てたスポンジを用意し、それをふたりそれぞれの横にすっと押した。
「うむ。其方は少し下がるのじゃ」
「ハイです」
するとテンちゃんが前に森の家でしたときのように、枕付きマット状の柔らかい結界を作ったのがわかった。
まさか…?
「ではこのまま後ろに寝転ぶのじゃ」
- ぐぇ
どうして首に腕を引っかけて後ろに倒すんだよ…。前もそうだったよな…。
強引かと思えば優しく後頭部と背中にふたりが手を添えて支えながら、その柔らか結界に寝かされた。
と同時に額に手を立てて添えられ、髪にシャワーが当てられた。
見るとファーさんが微笑んで覗き込んでいた。
他にもついいろいろと見てしまうので目を逸らし、もう天井に視線を固定することにした。
「熱くないですか旦那様」
- え、あ、うんちょうどいいけど…。
どうやら髪を洗ってくれるらしい。
いやもうこれどういう状況だよ!
左右から身体を洗われ頭も同時に、3人で寄ってたかって…。
- やっぱりこういうのは良くないって、テンちゃん、リンちゃん、ファーさんも。
「ここは混浴なのじゃ、ロミが言っておったのじゃ、あの者も女官たちにこのようにして洗わせておると」
いやそれはロミさんはここの、この国の皇帝であって、ってそれとこの状況と混浴とか関係ないよね?
「お姉さまの言う通りですよタケルさま。ここではこうするのが普通なら、タケルさまに仕えるあたしたちはこうするものです。はい、少し膝を曲げて下さい」
「ほれ、腕をこっちへ」
- あっはい。
「かゆいところはありませんか旦那様」
忙しいな!
大事な部分だけはなんとか死守して自分で洗ったが、ここを使う度にあんな風に洗われてしまうのかと思うと、温泉は好きだけどそんなのどうでも良くなってしまうなぁ…。
などと考えながら、前回と同じように浴槽の縁に凭れて奥の方のもうもうとした湯気のあたりを照らしているぼんやりとした明かりを見ている。
テンちゃんたちなら洗い場で互いを洗いっこしてから、今は髪を洗ってるよ。
互いに、というのはリンちゃんとテンちゃんだけね。ファーさんはテンちゃんに触れられないから、2つある洗い場のひとつを使って自分で洗ってる。
そのファーさんは他人の世話をするのに慣れているみたいだった。俺の頭を洗うのも手慣れている感じがしたし、手つきも優しく、そういえばミドリさんに髪を切ってもらった時に洗い流してもらったけど、それと遜色無かった。
今日のこの温泉は、前回より湯量が多くて、最初に来た時と同じ、縁ぎりぎりまでお湯がある。だからゆったりとした姿勢で凭れると肩まで浸かる。
お湯の温度は変わらずぬるめ。奥の方へ近付くと熱くなっていくみたいだけどね。
「む、今日はちと深いのじゃ」
「そうですね、お姉さま」
「うむ」
テンちゃんとリンちゃんが俺の横に来て、互いに目で頷いてからそれぞれが俺の膝の上に、肩に手を置いて背中合わせに座った。
今日は言い争いとかも無く、やけに仲がいい。
それはいいんだけど、そうしてタッグを組まれるとそれはそれで困る。
- え、あ、ちょっと、
「仕方ないのじゃ、吾もリンもこの深さでは座れないのじゃ」
「こうすればちょうどいい高さになりますから」
ああもう、何でこんなに可愛い仕草と表情で言うんだよ、この姉妹!
- あ、うん、
「ほれ、不安定なのじゃ、支えるのじゃ」
「あたしも支えて下さい、タケルさま」
ふたりがそれぞれ、触れないように避けていた俺の左右の手をとり、自分の腰を支えるような位置に持っていく。まぁ仕方ないなと諦めて支えた。
- あ、うん、いや、もう上がろうかと…。
「そんなつれない事を言うで無いのじゃ」
「そうですよ、少しゆっくりしましょうよ」
そう言うとそっと俺の胸元に凭れかかってきた。
このふたり、事前に示し合わせてたんじゃないのか?、ってぐらい息ぴったりだな。さすがは姉妹…。
ちょっと大きいけど子供2人を膝に乗せてるお父さんみたいな構図と思えばいいか…。と、無理やりそう思うことにした。
- うん、じゃあもう少しだけだからね?
返事がかえってこないんだがw
ところでファーさんはというと、さっき『はふぅ~』とか艶っぽい溜息をついて、俺から2mの距離のところで同じように湯船の縁に凭れて浸ってたよ。今は何か幸せそうな表情でぼーっと斜め上を見上げてるみたい。
それ以上そっちを感知の目で見るのもアレなので気にしないようにしてる。
しばらくして『もう上がるよ?』と言ってふたりを立たせ、俺も立ちあがって湯船から出た。
出たんだが、ファーさんに反応が無い。
リンちゃんが近寄って肩を揺らして起こした。
「は…、ファーはどうなってましたですか?」
寝てたのか…?、湯船で眠ると危ないんだぞ?
「呼び掛けても反応がなかったので起こしたのですが…」
「幸せに浸っておったのじゃ」
「ああ、そういう事ですか」
「どういう事なのですか?」
「さぁ、上がりますよ」
「…はいです」
例のアレか?、ベニさんが沈みかけたアレみたいな…?
だったらファーさんは一緒に入らないほうがいいんじゃないのか?
「タケル様よ、其方が心配する事は無いのじゃ」
と、脱衣所で身体を拭いていると言われたが…。
「そうですよ、だいたいお姉さまのせいなんですから」
「吾だけのせいでは無いのじゃ」
「タケルさまのせいとでも?」
「う…、吾のせいでいいのじゃ…」
でもベニさんと同じようなアレなら、俺のせいだよなぁ…。
リラックス状態で自然に出る魔力がどうのとか、ウィノアさんも言ってたっけ。
そんなのどうやって抑えればいいんだろう?
●○●○●○●
午後はロミさんに頼まれて周辺の村へ書類を渡してくる事になった。
ロミさんはそれを俺に伝える時に、名刺より一回り大きい白くてすべすべした板に金属板がはめ込まれているものを手渡した。それと先方がサインする受取証ね。
「それを見せれば特使として扱ってくれるわ」
と言った。
金属板には月桂樹のような葉の意匠に囲まれた四角形の四隅に4つの突起がある星と、その中心に同じく4つの突起がある星が描かれているというか彫られているものだった。少し魔力を感じるので、たぶん勇者の鑑札などに使われている技術と同じものなんだろう。
そして書類が入れられているだろう封印が施された箱が3つ。
これはそれぞれの村でそこの村長に渡すものらしい。もちろん行き先の村の名前が記されているので間違えたりはしない。
「あの辺りの人たちはね、あそこならわざわざ人を割いて調べに来ないだろうって思ってるのよ。そうじゃなきゃわざわざあんな土地に移り住んだりするものじゃ無いわ」
それで書類というのは、いきなり強制調査に踏み入ると反発するだろうから、事前に予告をしておこうというものらしい。
「タケルさんの地図から判断した予想収穫量から導いた、税率を低めにした税を納めるようにって命令書に資料をつけてあるから、異議申し立てをするなら20日以内にしなさいとも書いて置いたわ」
との事。
一応、俺の口からもそう伝えて欲しいんだってさ。
「それとね、これをコウに渡して欲しいの」
と、少し意匠の違う書類箱を手渡された。
- はい、わかりました。
受け取ってポーチに入れる。
「内容を訊かないの?」
- 現在の状況で、ロミさんが僕に不都合な事をするはずはありませんから。
「まあ、随分と信頼してくれているのね」
ロミさんは嬉しそうに笑い、座り直した。
「そうね、どうせ現地でコウから伝えられると思うから、今は知らないほうがいいかも知れないわね」
- そうですか、じゃ、行ってきます。
そんな会話をしてから現地に飛んで来たってわけ。
当然だけど、今回も俺ひとりだ。
だって現地にリンちゃんたちを連れてってもすることが無いし、待機してもらうための『小型スパイダー』はまだ修理から返ってきて無いんだからしょうがない。修理というかテンちゃん対策を多少でも実装した新車を用意するみたいだけどね。
テンちゃんがリンちゃんから皮肉たっぷりに言われてたよ。ファーさんがとばっちり食らって謝ってたけど。
「あ、あの、特使様」
- はい、何でしょう?
「皇帝陛下はどこまで私たちの事をお見通しなのでしょう…?」
これまでの2村は、受け取った書類箱をその場で開けて中身を確かめはしなかったが、最後に訪れた一番西側の村では、その場で箱を開け、急いで書類に目を走らせてから、俺を呼び止め、そう尋ねてきた。
なかなかできた村長さんだと思う。
いや、一番不安感を抱いていたんだろう。良いにせよ悪いにせよ。
- さぁ?、何しろ皇帝陛下ですから。
答えになってないけど、俺からは何も言えないからなぁ…。
地図を作った張本人だし、詳しく言えないってのもある。
「そうですか…」
書類を手に、肩をがっくりと落とした村長さん。
そんな重税なわけがないと思うんだけどなぁ…、やっぱり隠してた事が露見してたってのがショックなんだろうか。
何にせよ俺が心配する事でも、何かができるわけでも無いので、さっさと走り去り、ある程度離れてから飛行した。
そして、前に俺が壁作って座ってたところ、演習場に居たコウさんのところに降り立って、コウさんに声を掛けた。
- コウさん、
「うぉっ、急に現れるんじゃねぇよ!、びっくりするじゃねぇか!」
驚かせないように3m離れた横に着地して飛行結界を解除してから声をかけたのに、わざとらしく二度見をしてから言われた。
- それは済みません。ロミさんから書類を預かってきたんですけど。
と、ポーチから出して手にしておいた箱を差し出した。
「お?、おう、ご苦労だったな」
コウさんは受け取って横のテーブルに置いて乱暴に封を解き、蓋を開け、書類を手に目を走らせた。
それと同時に前で訓練をしていた戦士たちが動きを徐々に止め、ざわざわとし始めた。
「おいお前ら!、誰が止めていいっつった!?」
自分も一緒になってこっちの様子を見ていたってのに、コウさんがさっと手で合図をすると戦士たちに注意をした、えっと、ベガース隊の…、ベガ…?、違うな、とにかく俺が魔法ありでならいいですよって言ったら耳が聞こえなくなったひとが叫んだ。
しばらくして、俺をじっと見てからコウさんが言う。
「なぁタケル、お前これの内容は聞いてんのか?」
- いいえ?、ロミさんからは何も。
「そっか…、村への伝令もお前がやったのか?」
- あっはい、さっき終わらせました。
「なるほどな、わかった。帰っていいぞ」
- はい…?
「お前もする事あんだろ、だから行っていいっつったんだよ」
- はい、あ、この受取証にサインをお願いします。
「は?、ああ、そういうのもあったな…。ほれ、これでいいだろ」
- はい、じゃあまた。
「ああ」
内容について話してくれるかもとロミさんは言ってたけど、そうならなかったな…。
帰りに上から『瘴気の森』とその周辺を見てみたが、リンちゃんの予想通り、瘴気の霧は減ってはいたけれどまだ晴れていなかった。なるほど内部調査ができる状態ではないなと納得した。
西側の湿地帯は水が引いたのかどうなのかよくわからないが、東側は明らかに水が引いていて、あれだけあった水たまりは全く上からは見えなくなっていた。
近づいてポーチから棒というか角材だなこれ、いつの間にこんなの入れたっけ?、ってのを取り出し、飛行結界に穴を開けて表面が乾いているように見える地面をグイっと突いてみたら、あっさりと穴が開いて沈んだ。
うわーこれ泥沼ってやつだ。踏んだら埋まるな。危険過ぎるぞ…。
そう思いながらよく川のこちら側あたりを見ると、草生えの土手からこちらのあたりにぽこっと何かがある。近づいてみたら泥まみれの手のような形。
魔力反応が無く周囲の瘴気と変わらない状態なのでもう死んでいるんだけど、ひとの手ではないのは分かった。
たぶん、サルか何かだ。そういう軽そうなのでも沈むのか、それとも時間が早かったせいで軽いのでも沈む状態だったのか、そんなところだろう。
その周囲に足跡でも残ってないかと見回したが、ただ平らな泥の表面が乾いているのが見えるだけだった。土手から近いところはちらほらと植物が見えてるんだけどね。
しかしこれ、こんなに土手から近いのに、戻れなくなるぐらい埋まってしまうのかと思うと怖ろしいね。
●○●○●○●
お城の部屋に戻ると、ロミさんとファーさんが戦駒だっけかで対戦していた。
「おかえりなさい、タケルさま」
とリンちゃんが言って、続いて皆がそれぞれ言った。
- ただいま戻りました。3つの村に渡して、コウさんに渡してきましたよ。
「ご苦労様。何か変わった事は?」
問われた俺は、受取証を4枚、ポーチから取り出してロミさんに手渡しながら答えた。
- 最後に行った一番西側の村長さんだけは、すぐに内容を見て、肩を落としてましたね。
「ふぅん、テイガスン村ね」
ふふんと薄笑い。何だろうね、知りたくないから聞かないけど、何かの企みなんだろうか。
- あとは、コウさんは内容については何も。
「あら、そうなの?、じゃあ私から説明するわね」
そう言って命令書の内容を説明してくれた。
と言ってもそんなややこしい話ではなく、現在の拠点を引き上げて3村へ駐留しろという命令だったらしい。
充分ややこしい話に思えたんだけど、ロミさんからすると簡単な話なんだろう。
それでコウさんがあんな意味深な言い方をしたのか…。
3つの村へ駐留するには現在の拠点の資材をばらして持って行って再構築する必要があるだろうし、ついでに村の資産や開拓状況の調査、これは事前に予想というか算出されている書類が添付されているので、それとの照合確認作業になるようだ。
あの暴力集団にそんな役人みたいな作業ができるのか、俺には疑問だったけど、そんな事に口出しするわけにも行かない。
「タケルさんが『瘴気の森』を調査し始める頃には大半が引き上げていると思うわ。そのほうがいいでしょう?」
笑顔でそんな風に言われたら『お気遣いありがとうございます』って言うしか無いじゃないか。
実際あの拠点を引き上げるのに、2日で大半が引き上げるってのは結構急ピッチの作業になるんじゃないのかなって思うんだけど…。
まぁロミさんの事だし、できるって思って命令してるとは思うけどね。
俺は俺のする事を進めるだけだ。
そう割り切って余計な事は考えないようにしないとね。
だからコウさんは俺に何も言わなかったんだろうから。
●○●○●○●
風呂で身を清めてから奥に据えられているアクア様の像に祈りを捧げ、それから湯船に浸かった。
足を伸ばして座れる平らで浅い場所が少しあり、縁近くは肩が出るぐらいの高さで腰かけられるような段差となっている。
呆れるほどたっぷりとした湯船だ。
しかも空調があるようで、湿度や温度が心地よく維持されているし、時折湯の温度を調節するためだろう、注ぎ口から湯がどどっと出てくる。
こんなに贅沢に水や湯を使っている風呂は、この世界に来てから見た事が無い。
それに質のいい石鹸、設置されていた懐かしいポンプ式のボトルにはボディソープまであった。道理で脱衣所にはスポンジが置いてあったわけだ。スポンジに見えるこれは何だろうと手にとり、やはりスポンジだったので驚いたが身体を洗うためのものだった。
夢なら醒めろと、ばしっと両頬を両手で叩いてみたが、現実のようだった。
そこではっと、先輩方をあまり待たせるのは良くないのではないかと気づき、急いで浴室を出て着替え…、ようとして着替えが少し臭う事に気が付いた。
- 確かさっき、バスローブがあるとか…、これか…、ん?、なるほど、サイズごとに並んでいるのか…、しかしバスローブだけで一体何着あるんだ…?、おお、一番大きいのがこれか、これはタオルと同様、手触りがいいな…。
そんな事をぶつぶつと呟きながらバスローブを着る。
実はバスローブなんて着るのは初めてだが、柔道着の丈が長いものと思えばいい。旅館の浴衣なら経験もある。帯も適当に結んだ。
ふと、バスローブのあった棚の扉を閉じたときに、脱衣所の隅に大きな椅子…、まさかこれはマッサージチェアか!?、こんな物まであるのかここは!
使ってみたい誘惑に駆られたが、さすがにそんな時間は無いと振り切る思いで背を向け、荷物や着替えを入れた籠を持って脱衣所を出た。
「あ、バスローブだ」
「ん、洗濯だな、裏へ行くにはこちらからだ。ついて来るんだ」
出るとサクラ先輩とネリ先輩のおふたりが食卓に食器を並べている所だった。
- はい、お願いします。
そうしてサクラ先輩について行き、暖簾をくぐった部屋と続き間になっている部屋を通り過ぎ、扉を開けて裏に出て、そこにあった洗濯機の説明を受け、物干し台の使い方まで教えてもらった。
驚いた事に、洗濯機の洗剤は自動なんだそうだ。ボタンも3つしか無く、『洗い・脱水・停止』だけだった。それも基本は『洗い』を押すだけだという。
『脱水』のボタンは脱水だけをしたい場合にのみ使うそうだ。
「簡単だろう?」
と、サクラ先輩は言っていたが、そんなレベルの話ではないと思う、一体どれだけ高性能なんだと。俺が居た元の世界でもそこまで高性能な洗濯機は無かった。
何せ汚れ度合いから洗剤の投入量から全て洗濯機がやってくれるんだから。こちらがする事は、洗濯物を入れてボタンを押し、終わったら取り出す、それだけだ。全くどれだけ進んでるんだ、ここの暮らしは。
当惑したままの俺は、サクラ先輩に言われるまま、着替えなど全てを洗濯機に入れ、ボタンを押し、同じ経路で戻った。
驚いたのはそれだけでは無かった。
朝食のメニューにももちろん驚いたが、それではなく、台所から『チン』という音が聞こえたからだ。
「あ、できたみたい」
と、ネリ先輩が台所から中くらいの深皿に入ったシチューをお盆に乗せて持ってきた。
- あの、ネリ先輩、
「ん?」
- まさか、電子レンジがあるんですか?
「電子レンジ?、ああ、ここのは魔法レンジ。あ、音で分かった?、あはは、何であの音なんだろうねー、あはは」
朗らかにそう答えてくれたが、魔法レンジ?、電子ではなく魔法なのか?
では洗濯機も?、あのマッサージチェアも?
- ま、魔法…?
「うん魔法。カズは魔法どれぐらい使える?」
- え…?
「とにかく食べよう。では精霊様の恵みに感謝を。いただきます」
「いただきまーす!」
- え、あ、頂きます…。
「あ、このパンを取って、この切り目にこうやって、野菜とお肉を挟んで食べると美味しいよ」
- え?、あ、はい…。
何だこのパンは…。元の世界にあったパンより柔らかいぞ?
もう何だかここに来てから驚く事だらけだ…。
一体世界はどうなってしまったんだ…?
俺は一体何年寝ていた…?
いやいや、起きた時に担当の兵士に確かめたが、半年ほどしか経っていなかったはず…。
『勇者の宿』に代わり映えは無かった。
いや、『勇者食堂』があったし村は記憶よりも人が多かった…。
「美味しくてびっくりしてるよ、あはは」
「ネリ」
「はぁい」
この先輩ふたりは、ここの暮らしが当然の様子だ…。
質問をすれば答えてくれるだろうか…、急いで、いや、今はこの久しぶりの、でも無かった、『勇者食堂』の食事は美味かった。とにかく元の世界を彷彿とさせるこの食事を、よく味わって食べよう。
次話4-080は2021年10月01日(金)の予定です。
(作者注釈)
カズはたまたま、元の世界で柔らかさを極めたようなパンに出会っていないのです。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回も入浴ありますね、2つも。
タケルは全くほんとにもう…。
カズは当惑しつつの入浴でした。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
何てけしからん入浴。
それと、伝令役のようなもの。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
当然、打ち合わせ済みです。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
乗り物を壊したせいでタケルに付いて行けないと、
しばらくは言われ続けるんでしょうね。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
風の精霊の里では高位の存在なんですよ、これでも。
それでいて下の者の世話をよくしていた。
実はできる子なんですよ…、これでも。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回も出番無し。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も名前のみの登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。そろそろ砦への帰路かな?
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ヒマそうにしてますけど、仕事はちゃんとやってます。
リンたちの行動に何も言わずにいるのは、
下手に口出しするよりも、見守るだけにしておいて、
窓口はあくまでタケルに絞る方針。
そのほうが早く解決し、有益だと考えているから。
タケルの行動を邪魔させないようにと考えての事。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
タケルがロミの命令で来ている以上、
タケルとあれこれ言い合いをするわけには行かない。
ゆえに、彼なりの考えで早く返したんです。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
体育会系(笑)。性格は真面目。
川小屋に到着したので登場人物に復帰。
後半Bパートは彼視点。その2、ですね。
これまだ続きそうですね。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
勇者としての任務の延長で、
元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地に居ます。
もちろん川小屋と呼ばれている建物に住んでます。
苦労症ですねぇ…。ほんとに。
まだ午前中というか朝食前後ですので。
ネリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。
ティルラ王国所属。
サクラと同様。
サクラはしょっちゅう偉いひとたちと会議をしますが、
ネリはそのおかげで楽ができてます。
でも領域内を走り回らされるので、楽とは思ってません。
いい性格してますねー。
川小屋:
2章でリンが建てた、現在はバルカル合同開拓地にある、
カルバス川分岐のところの小屋。
光の精霊のホームコア技術で守られていて、
まるで現代日本と変わらない暮らしができてしまう家。
小屋というよりはちょっとした民宿ぐらいのサイズ。
現在は、サクラやネリ、シオリが利用している。
ちょくちょくリンが補給物資を届けている。
シオリはまだホーラード王国から戻っていない。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
ここに派遣されている戦士団で最大。
コウとよく行動している、
それなりに長く存在している戦士団でもあります。
団長はベギラムさんです。
タケルはもう名前を忘れてますね。
母艦エスキュリオス:
4章056話で登場した。
ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、
その装置ごと回収するために近くに来た母艦。
4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、
この母艦が近くに居たままだったから。
統括責任者はベートリオ。
ミドリさん:
タケルの家とされている『森の家』。
そこの管理を任されている4名の光の精霊のひとり。
美容師の免許を持っており、タケルの髪を調えた事が2度ある。
ベニさん:
タケルの家とされている『森の家』。
そこの管理を任されている4名の光の精霊のひとり。
4名の中で一番若く、最初はタケルに懐疑的だったが、
先日いろいろあってデレた。
テンの策略でタケルとの入浴中、
モモと一緒にその湯に浸かり、
タケルとテンの魔力に当てられて気を失った事がある。
主にタケルの魔力によるものだが、
実はテンとの相乗効果でもある。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。