4ー077 ~ 分析と採取
「それで、調査はどうだったの?」
俺がいつ切り出そうかと思ってたら、ロミさんから言われてしまった。
もしかしたらロミさんの事だから、そういう雰囲気を察して言ってくれたのかも知れないね。
- あっはい、まず現地を上から見下ろして地図を作成したんですよ。
「前回私と行った時みたいな?」
- はい、そうです。それがですね――
と、一応は作成した地図をポーチから取り出してテーブルに広げて置き、雨上がりの『瘴気の森』の様子を説明した。
「あら、本当、森の内部は全く描かれていないわね」
- そうなんですよ、それで前回の地図と比較したいので、持って来てもらえないかお願いしようと思ってたんです。
「そうなのね、それは写しでもいいの?」
- できれば僕が作成したものの方がいいですね。
「わかったわ。イメルダ」
「はい」
女官長さんが小さくお辞儀をしてロミさんの部屋の方、つまり今回ここに入ってきた扉へと優雅にゆっくり見える早足で歩きだしたのに感心して見ていると、ロミさんが『ふふっ』と言って続けた。
「タケルさんが作ってくれた地図は、地図自体の事もだけどあの紙の事も調べさせているのよ」
- あ、それならもう2・3枚白紙でもお渡ししましょうか。
そういいながらポーチから3枚の白紙を出した。
「え、いいの?、タケルさんも使うのでしょ?」
- まぁ無くなっても羊皮紙がありますし、そのうちここで作った紙を頂けそうですから。
「ふふっ、そういう事ならありがたく頂くわ」
遠慮がちにしていた手ですっとテーブルに置いた紙ではなく、呼び出し用のベルを手にしてちりりんと鳴らした。そういう事なら、ってどういう事?、と一瞬思ったが、俺がサンプルを提供する事で開発が早まり、俺も入手が早くなる事に繋がるって意味だろう。たぶん。
そして廊下に繋がる両開きの扉ではない方の扉が開き、女官さんが入室してご用向きを尋ね、ロミさんが紙をダスティンの所に持って行くようにと言い、女官さんが壁際の棚というかタンスみたいな家具の引き出しから革製の筒を出してもってきた。
卒業証書を入れる筒みたいなもんかなと思ったら、糸で留められた部分を解くと開くタイプだった。いろいろあるんだな。
ロミさんはそれを無言で受け取り、どこから出したのか薄い布手袋をつけ、テーブルに俺が置いた白紙3枚をそっと手にしてくるっと丸めて筒に納めて糸をくるっと巻き付け、女官さんに手渡した。
お辞儀をした女官さんは踵を返して入ってきた扉から出て行った。
彼女も早足には見えないのに優雅な動きで早足だった。メイド技みたいなもんでもあるんだろうか?
- っと、ロミさん、
「はい?」
- 前に、『下流のほうは魔物が多い』って言ってましたよね?
「ええ。そう聞いているわ」
- 今回見てきた限りでは、『瘴気の森』の西側はこのあたりから海までは湿地帯で、今はほぼ水浸しですが普段でもおそらく足を踏み入れると沈んで身動きが取れなくなります。東側も泥の上に冠水している状態だったようで、こちらも足を取られて身動きができなくなるでしょう。
「あら、そうだったのね…、じゃあ魔物が多いと報告があったのは…」
「あ、タケルさま、東側においては乾いている状態であれば、小型や中型の魔物がこちらの森との間を行き来しているようです」
- それってどれぐらいの頻度とか推測できそう?
「川岸の草の乱れなどでしか手がかりはありませんが…」
- あー、東側と比べるとだいぶ草が荒らされてるね。
上空から描いた地図でもわかるぐらいの差だった。いま気づいたよ。
「はい、ですので、東側の下流のほうは、魔物がよく出没すると言われていても不思議ではありません」
- なるほど、そういう事か…。あ、それでそっちの森の方にいたんだ。
「あ、それはえっと、そうなんですけど、そうじゃなくて…」
リンちゃんにしては珍しくいい澱み、ちらっとテンちゃんを見た。
「む、そこで吾を見ては吾が何かしたと言っておるのと同じなのじゃ」
「そうではなく、お姉さまのせいにしていいでしょうかと問いかける意味だったのですが、そんな言い方をしてしまうと自白しているようなものですよ、お姉さま」
「むぅ…」
「あ、あのそのですね、それはファーがつい窓を開けてしまいまして閉じようとして焦って扉を開けて落ちてしまったのでありますよ」
…はい?
ちょっと何を言ってるのかわからん。『小型スパイダー』の窓は開閉ボタンで上下三角のわかりやすいものだったはずで、扉の開閉はレバーを下げる扉のようなものだったと…。
「…ファー」
「それでそのあのような地面に、はいです姫様」
「落ち着きなさい」
「…も申し訳、あっ」
がしっと肩を掴まれてソファーに戻されるファーさん。
「いちいち椅子から降りない」
「はい申し訳ございませんです…」
落ち着いてる時は黙ってる時だけな気がする。
「まぁ簡単に言うと、瘴気の濃い地面付近を避けようとして飛ぼうとし、制御が上手くいかずにすっ飛んで行きかけたところを、お姉さまに阻止されたんです」
- …そう。
何と返事をすればいいのかわからん。
だいたいそれが魔物の出没とどう関係するんだろう?
そんな疑問を抱きながらテンちゃんを見、またリンちゃんを見た。
「お姉さま」
「な、何じゃ、謝ったではないか、謝ったではないか」
2度も言わなくても…。
「あの『小型スパイダー』は、多脚式車両開発チームがタケルさまに使って頂いていると、とても喜んでいたもので、現在のバージョンでは操作性や機能性も上がり、地図の読み取り機能も実装されていて、実戦配備のテストも上々、という状況なんです」
- へー、そうだったんだ。開発者さんたちには改めてお礼を伝えておいてくれる?
前のままだと思ってたらちゃんとバージョンアップされてたなんてね。
ほんと、感謝しかないね。
「あっはい、それはもちろんお伝えします。さぞ喜ぶ事でしょう。ですが…」
- ん?
「お姉さまが壊してしまったんです…」
- え?、あ…、あー…
暴走したファーさんの魔法を阻止というか中和するために、テンちゃんが魔法を放ったその余波で、『小型スパイダー』が壊れたって事か…。
あー、それであの位置から全然動いていなかったんだ。どれくらいの時間あそこでじっとしてたんだろう。
ファーさんが情けない顔をして俺に縋りついて来たのもそういう理由だったって事ね。車内で叱られたか、叱られもせずに無言の圧力を受けていたかのどっちかだろう。
だからあの時、リンちゃんが言いにくそうにして、すかさずテンちゃんが『そうする前に其方が来たのじゃ』って言ったわけね。
あ、ファーさんが口角と眉尻を下げてこっちを見てる。原因を作った自覚はあるんだろうなぁ…。
右腕にそっと手が添えられた。
見ると、テンちゃんも似たような表情だった。
どんな状況だか詳しくはわからないけど、それでも何となくはわかる。
左手でテンちゃんの頭をぽんぽんと軽く撫でておこう。
- まぁしょうがないんじゃないかな、ファーさんを助けようとしたんでしょ?
と、テンちゃんを見るとこくりと頷いた。そしてリンちゃんを見た。
「それはわかりますけど…」
- ちなみにテンちゃんが助けなかったらファーさんはどうなってたの?
「おそらくですが、『瘴気の森』に飛び込んでしまったのではないかと」
- そうなの?
と、ファーさんを見たが、表情に変化は無かった。わからないのか。
「あの時の方向と魔力量からすると、ファーには全く制御できていませんでしたから、可能性のひとつと思って下さい」
- そ、そう。それが無事に済んだって事なら、良かったんじゃないかな。スパイダーの事は開発のひとたちに申し訳無いけど。
「…其方は怒ってはおらぬのか…?」
- 怒る?、どうして?
「あれは其方の大切な魔道具なのであろ?、ちょっとした移動に便利だと言っておったのであろ?、それを…」
- そりゃあ故意に壊したなら注意もするし叱りもするけど、怒りはしないよ?、それに今回はさっきも言ったけどファーさんを助けようとしたんだし、実際助かったんだから。
あると便利だけど、無くてもそれほど困らないからね。壊れちゃったものはしょうがないさ。
以前、スパイダーの試作品の時にネリさんが壊したり、『改』がつく前の2号のときに川小屋へ突っ込んで壊したりってのはあったけど、あの時も別に怒っては無い。
もちろん当人に反省は促すけど、お説教はリンちゃんがしてたし、俺としては大怪我しなくて良かったなーと思うぐらいだ。
今回も、それぞれが反省してるみたいだし、スパイダーについては改良点ができたようなもんだろう。それでいいと思う。
- じゃああそこで動けなかったって事?
「はい、お姉さまがファーの暴走を止めたには止めたのですが、風の影響というのはありまして、あの位置は瘴気が少し他より濃くなっていたんです」
そういえばファーさんが、周囲から集めてしまうって言ってたっけ。
「私たちは大丈夫なんですが、それでまたファーに影響があるとまずいので、自然に散るまで少し待機していたんです」
- なるほど、そこに僕がやってきた、と。
「はい」
- そっか、他に東側で気になった点とか何かある?
「あ、そうでした」
と、リンちゃんが背中のリュックを降ろして、後ろに付いているポケット――そんなのあったのか――の蓋を上げて中から缶コーヒーの半分ぐらいの幅のガラス瓶を取り出した。
「んー…、お姉さまのせいで瘴気だけじゃなく魔力も抜けてますね、これ」
と、目の前にして眉を寄せ、中身を透かすように見た。
- それ何?
「あ、西側の川の水です、これが冠水している泥濘の少し上流側で、こっちが分岐の西側ですが…、これではサンプルになりません…」
そう言って肩を落とした。
- ちょっと見せて。
「はい」
- これ、どうやって開けるの?
「上のフタを捻って引っ張れば開きますが…」
ふむふむ。
ポンと音がした。密封性が高いな。
そりゃそうか。分析用のサンプルだもんな。
匂いを嗅いでみる。
何だか知ってるような香りがする。
ポーチから取り出したコップに少しいれて、指につけて舐めてみた。
「タケルさま!?」
「そ、其方…」
んー、何か知ってるぞ、これ…
微かな渋味…、薄いお茶みたいな…、あ、タンニンか。
そいや元の世界で、植物のタンニン成分が溶けだした川が茶色になってて、魚が居ないとかそんなのがあったっけ。ドキュメンタリー番組か何かで見た覚えがある。
- これ、お茶などに含まれる成分が水に溶けだしたものに似てる気がする。
「え!?」
どうせタンニンって名前を言っても通じないだろうし、精霊語だと俺がわからないんだから。
そいやタンニンってのも物質の総称らしいね。
- って事は、あそこの草も少し採取して調べておいたほうが良さそうだね。もしかしたら、あのあたりの草にほとんど種類が無かったのは、植物が他の植物を妨害するために分泌する成分、それがこのお茶みたいな成分なんじゃないかな?、川の水の色が茶色っぽくなっていたのと、魚などが居ない理由とも考えられるね。
アロレだかアロエ…は違うか、アレロ?、アレロパシーだったっけかな、そんな感じの名前がついてたと思う。
「でも瘴気や魔力が含まれているからというのも…」
- それももちろんあると思う。だからリンちゃん、そのサンプル、魔力も瘴気も抜けてるんでしょ?、だったらちょうどいいから成分を分析してもらっていいかな、草についても採取してきた方が良さそうだから、この後ちょっと草とってくるけど、それからお願いしていい?
「はい、はい、…わかりました。またおひとりで行かれるお積もりですか?、タケルさま」
- え?、あ、そのほうが早いと…、あっはい、リンちゃんも一緒で、はい。
「では現地でサンプルの草もお姉さまに瘴気と魔力を抜いてもらいましょうか」
「う?、うむ、それがいいのじゃ」
- んじゃテンちゃんも?
俺の左右で頷く姉妹。
「ファーはここに残っていなさい」
「うぅわかりましたです…」
- 採取してすぐ戻ってくるから。
まぁ連れて行ってもすることが無いからね。
●○●○●○●
ロミさんに、『前の地図が来たら今のこれと見比べてみて下さい』と言って、すぐに戻りますとリンちゃんとテンちゃんを連れて急ぎ足で部屋から出た。
しゅばっと飛び、だいたい10分ほどで川の分岐のところに到着。
- じゃあまずこのへんの草を、リンちゃん何?
何か言いたそうにしてたので水を向けてみたら、大きなため息をして言われた。
「ここまであそこから直線距離で162kmあるんです。それが10分かからないってどういう事ですかタケルさま」
- え?、これぐらいの速度なら川小屋の時に何度も、ってリンちゃんえらく正確だけど何で?
「『小型スパイダー』の機能でわかったんですよ。壊れましたけど」
「う…」
- へー、今回はそれぐらいの距離だから音速は超えてないし、何度も飛んでる速度だからいいかなって…。
「…そういう問題ではないのですが…、もういいです。草はこちらのケースに、できれば土ごとお願いします」
でっかい立方体みたいな水槽のような透明なケースをエプロンのポケットからぬるっと取り出して地面に積むリンちゃん。
- あっはい、2つ?、あ、はい、2つね。
片方はテンちゃんに処理してもらうんだったね。
蓋を留めている金具を外して、中を覗いて大きさを確認、水際近くのちょうど良さそうな草をごそっと例の結界掘りで抜き上げてそのまま移動させ、ケースにすぽっと入れた。
その穴の隣でリンちゃんが水を採取しながら横を見て目を見開いていた。
この時、ちょっと何かのハーブっぽい香りが、泥土の匂いに混ざって感じられた。
「……」
そのリンちゃんがもの言いたげに無言で戻ってくると、2つのサンプル採取が終わった。
「……ほう、器用なものなのじゃ」
「出番ですよ、お姉さま」
「う、うむ」
片方を持ち上げてまたにゅるっと収納しながらテンちゃんを促すリンちゃん。
言われたテンちゃんは残ったケースの前にしゃがみ、両手で挟み込むような恰好をして魔力を制御して魔法を使ったのがわかった。ほんの一瞬だった。
ケースの中の土と草から感じ取れていた魔力や瘴気がきれいさっぱり消えている。
すぐにリンちゃんが、テンちゃんの向かいからケースを持ち上げて収納した。
絶対俺のこと器用だって言えないと思う。
- じゃ、東側から行きましょうか。
言うと、飛行時の定位置につく姉妹を確認して浮き上がり、すいっと移動した。
- このへんでいいかな?
「はい」
今回は下がまだどろどろっぽいし、まだあちこち冠水してるので草ぎりぎりのところ、地表というか水面から50cmほどに浮いたまま、床を残して飛行結界を解除してある。
さっきと同じようにリンちゃんが取り出したケース2つをその床に置き、水を入れるためのビンを俺に手渡した。
「これもお願いします」
- はい。
同様に、サンプルを採取しながら、やっぱりさっき感じたハーブっぽい香りは気のせいじゃ無いな、なんて頭の片隅で思いつつリンちゃんに尋ねた。
- 部屋で見せてもらった水はどうやって採取したの?
「スパイダーの中からこう、遠隔操作の腕が装備されていまして、それで採取できるんですよ。壊れましたけど」
「う…」
- へー、そんな機能があったんだ。
「はい、お姉さまのいた島を調査している者たちが、変わった生物のサンプルを採取するのに、触れずにできないかという意見が出まして、それで追加装備になったんです」
- な――
「壊れましたけど」
- ――るほど、リンちゃん、もう許してあげて。
「う…」
「はい」
そんなこんなで、西側へも飛び、同じようにして採取をし、念のために瘴気の薄いあたりの同じ種類だろう草も複数箇所まわって採取しておいた。
帰りに飛ぶ直前、ちょっと気になったので尋ねてみた。
- それにしてもリンちゃん、よくこんな採取用のビンやケース、持ってたね。
「タケルさまが調査と仰ってたんじゃないですか。なら、こういうものも必要だろうと用意しておいたんですよ」
お、なんか機嫌が良くなったっぽい。
もう後ろから抱きつかれてるので直接は見えないけど笑顔なのはわかった。感知でもわかるけど雰囲気っていうかね、声色っていうかね、そんなので。
- そうだったんだ、ありがとう。ところで分析ってどこでやるの?
「いつものように里で、と言いたいところですが、今回は転移石板の位置を知ったのがつい先日でしたので、準備が間に合わなかったんです。それでたまたま手が空いている母艦エスキュリオスにお願いして来てもらっています。ですから分析はそちらにお願いすることになります」
え?、母艦来てんの…?
- エスキュリオスって、前に氷漬けの恐竜を回収してもらった…?
「そう、それです。生物の分析研究班を乗せていますし、そういった設備もありますから、ちょうどいいんですよ。『瘴気の森』についても興味を示していましたし、その氷漬けの恐竜を分析確認する間、あのへんに浮いてたみたいなので、そういう意味でもちょうど良かったんです」
- そうだったんだ、
「本来ならすぐに里に戻っているはずだったんですが…、今は里にはエントローグ、あ、エントローグはドリーチェ様の乗艦です、それが里に戻ってるので鉢合わせしたくないとかで…」
「む、ドリーチェに会いとぅ無いという事は、さてはベートリオか?」
「はい、よくご存じですね、お姉さま」
「うむ、ドリーチェの甥なのじゃ。まだ反抗期なんぞやっておるのかあやつは」
一体いつの、どれぐらい前の話なんだろうね?
いや、聞かないよ?、どうせ気の遠くなるような年数を耳にするはめになるんだから。
「そういう訳ではないと思いますが…、ドリーチェ様の甥だったんですか、ベートリオ様って…」
「うむ、懐かしいのじゃ、まぁあやつは吾にも会いとぅは無いと思うのじゃ」
「また何かしたんですか、お姉さま」
「またとは何じゃ、あやつの昔を知っておるというだけの話なのじゃ。邪推するで無いのじゃ」
「そうですか」
- じゃ、そろそろいいかな?
「はい」
「うむ」
まぁ分析してもらえるならどこだっていいや。
もちろん感謝してるし、協力してもらえるのは有難い。ほんっと助かるね。
どうして分析してもらおうって思ったかというと、もしこの広大な、と言っていいぐらいの範囲の湿地帯に生えている草に、何か利用価値があったら、って思うじゃないか。
泥炭もそうなんだけど、まぁそこらへんは採取も大変だろうし、おそらくロミさんには湿地帯ってだけで、詳しく言わなくてもわかってる感じだったからね。
それとは別に、さっきちょっと感じた香り、ここの草って瘴気が無ければ煎じた汁が薬かお茶か香辛料か食用かにできるんじゃないかなってね。そういうの分析してもらえるならロミさんだって喜ぶかも知れないってね。
だってさー、せっかくこんなに生えてるんだし、他の植物がほぼ無いんだぜ?、そんなとこを新たに水田や畑に開拓とか無理がある。
もちろん、瘴気の原因を調べて、それを何とかしてから、瘴気を除去してからになるんだけどね。うん、そりゃそっちが先に決まってる。わかってるって。
●○●○●○●
また『おかえりなさいませ』とお辞儀をセットでたっぷり聞いて部屋に戻ってきた。
部屋ではスォム茶のいい香りと、ソファーに凭れて両手に地図を持って見比べているロミさんと、大人しく澄まし顔でお茶を飲んでいるファーさん、それとロミさんの近くで待機している女官長さんがいた。
女官長さんに目線で会釈をすると、彼女は小さくお辞儀をして半歩下がった。
と同時にファーさんが『おかえりなさいませ』と帰宅した主人を出迎えた時の飼い犬のような目で言った。片手にカップを持ったままの良い姿勢は崩さずに。
ロミさんたちの前で風の精霊としてそういう態度は崩せなかったんだろうか…、まぁ別にどうでもいいけど。
- ただいま戻りました。何かわかりました?
「おかえりなさい。広範囲に冠水しているって事ぐらいしかわからないわ。川の水が氾濫しているとも見れるのだけど、ここって魚も住めないのよね?、どうしたものかしら…」
そう言って座り直し、テーブルに地図を並べて置いた。
俺のほうはさっき座った位置へ座りながら答えた。
テンちゃんも俺の右側へ座り、リンちゃんは部屋の隅の石板を設置してあるところへ近付いて、エプロンのポケットからサンプルを取り出している。
- 今後の利用方法については後で考えませんか?
「あ、そうね、ごめんなさい、つい解決した後の事を考えていたわ」
立場上そういうもんなんだろうね。そこは仕方ない。
リンちゃんが右手を電話のジェスチャーにしているのをちらっと見て、視線を戻した。
- 本来の自然状態であれば、あれほどの湿地や泥濘地には鳥類や魚類など、自然保護区になってもおかしくないぐらいの生態系、生物たちが住んでいるものなのですが、『瘴気の森』の影響でほぼ生物は居ません。
ロミさんを見ると『うん』と頷いた。
- なので瘴気を除去できれば開拓や開発をしても問題ないと思われます。ロミさんもそう考えていたんでしょう?
「ええ、そうなのよ、でも後で考えませんかって今言ったばっかりよ?、ふふっ」
真面目な表情だったのを崩して笑顔になり、片手で口元をそっと隠して言った。
狙い通りと言えばそうなんだけどね。
- そうでした。じゃあちょっと話を変えて、コウさんの件です。
「あら、コウに会ってきたの?」
- はい、先輩に挨拶をしておかないと、後で何を言われるやらと思いまして。
「ふふ、そうね、何かされなかった?、模擬戦しろとか言われたでしょ?」
- コウさんからは戦いたく無いと言われましたよ。
「そうなの?、それは意外だわ…」
- でもベガースでしたっけ、戦士団のひとたちは話を聞いてくれなくて、そうなりました。
「あー…」
- 勇者の鑑札が古いままだったんで、見習いだと思われてしまったのも原因かなと。
「あははは、それならそうなるでしょうね、見習いならコウと違って弱いだろうって思われたでしょうし、タケルさんは見たところ、ねぇ?」
そこをはっきりと言わないところがまたロミさんらしいなぁ、テンちゃんは別に何も言わないだろうけど、リンちゃんはたぶん怒るだろうし。ファーさんは…、ちょっと読めないな。
- いいですよ、自覚ありますから。
「それで、模擬戦したの?、ベギラムたちと」
- んー、僕だって痛いのはイヤなので、魔法ありならいいですよと言ったら耳が聞こえなくなったみたいで、しょうがないから僕からは手出ししませんって言って、壁作って中で座ってました。
「まあ、あははは、そんな事したらあの人たち怒り出したんじゃない?」
- はい。よくお分かりで。
「そりゃあ戦士たちなんて皆そんなものよ?、侮辱されたと思ったんじゃないかしら?」
- ええ。あとでコウさんにも言われました。
「へぇ?、ならもう大丈夫よ」
- え?
「え?、って、コウが間に入ったんでしょ?、だったら『俺の顔を立ててここは引いてくれ』っていい恰好をして仲裁したでしょうし、その後はタケルさんと模擬戦をしたくないと言うくらいなのだから、タケルさんに手を出したら怪我じゃ済まないぞと脅したり、そうやって上手く手綱を操って大人しくさせるくらいの事はするわよ」
そう見てきたかのように言ってお茶に手を伸ばした。
こっちのほうはリンちゃんが戻り、別の女官さんがここの厨房から押してきたカートに乗せられたお茶を、女官長さんとその女官さんが用意しているところだ。
- なるほど、じゃあ少なくとも妨害されたり邪魔されたりって事は無いんですね。良かった。
「あら、タケルさんならそんな心配は要らないと思ってたわ」
- そりゃあ僕のする事自体は、彼らがどうだろうと関係なく進めますけど、もし広範囲に何かする場合、あそこに居られては邪魔になる事も考えられますので、その場合に非協力的だと厄介だなぁぐらいは思ってましたよ?
俺もお茶に手を伸ばした。やっぱちょっと熱いなぁ、と、少し冷まして飲む。
「ふぅん?、という事はやっぱり大規模な何かをする予定なの?」
- いえ、今の所はまだ何とも。何せ今日は中がどうなってるのかさっぱりでしたし。
「そうなのね。じゃあ明日また行くのね」
- はい、それはそうなんですが、コウさんに他の女性勇者たちの事をどこまで話していいのか、ちょっとロミさんに相談してからと思いまして。
そう言うとロミさんの視線が鋭くなった気がした。
「話しては無いのね」
- はい、そこは上手くはぐらかしました。
「そう。ならいいわ。いい?、絶対言っちゃダメ。私の権限で命令したいところだけどタケルさんにはいろいろと恩もあるし、命令なんてできる立場じゃないから先輩としてのお願いに留めるけれど、コウには他の女性勇者たちの事も、魔物侵略地域がもう別の名前になって開発奨励地域となっている事や、トルイザン連合王国とハムラーデル王国の話もしてはダメよ」
手にしたカップをテーブルにそっと置き、念を押すような雰囲気で言った。
途中ちらっと隣のテンちゃんとリンちゃんに視線を動かしたけど、たぶん命令できないとかを確認したんだろう。
俺からすると大先輩のロミさんから命令されたとしても反感なんて抱かないけどね。
まぁ精霊さんたちに気を遣ったと思っておこう。
- そっちも、ですか?
「コウはね、何気に強かなのよ。世慣れしているというか、世渡り上手とでもいうかね。それなりに腕も立つのがまた厄介なの。あくまでそれなりであって、ハルトさんやクリスみたいに大物を単独討伐なんてできないし、シオリさんやタケルさんみたいに大規模魔法で大量殲滅なんてできないけど、図太いというか、生き汚いというか、とにかく要領だけはいいの。そんなのに余計な情報を掴ませたくは無いのよ」
何と言うか、ロミさんも結構言うなぁ…。
でも確かにコウさんにはそんな印象があるね。
ならここで娼婦の天幕に連れて行かれそうになったとか、俺を助けたつもりだとか、そういう余計な事は言わないほうが良さそうだ。
特に、リンちゃんやテンちゃんの耳に入れない方がいいね。
- なるほど、わかりました。あ、でもコウさんって結構『勇者の宿』に帰還してますよね?
「ああそれね。確かめたわけじゃ無いけど、あれきっと故意よ」
- え?
「わざとやってるのよ。何年かに1度ね。宿で勇者たちの情報を得るためだと睨んでるけど、なかなか尻尾を出さないのよね」
そうですか。
そういえばコウさんは、帰還したら強くなるとか言ってたし、そのへんの理由もあるのかも知れないね。
- 情報を得るため…。
「それだけじゃないと思うわ。例えば派遣先で何かそうする事情が…、あ、ちょっと用事ができたわ、ごめんなさい」
そう言うとすっと立ちあがり、早足に見える早足で部屋の方に消えた。
いきなりで呆気に取られてしまった。
- …何なんだ…。
「ふふっ、おそらくコウとやらが帰還する前と後で、何か思い当たる事にでも気付いたのじゃ」
「でしょうね、まぁお金とかそういう話なのでしょう。タケルさま、サンプルは無事、上に送りました。最優先で分析してもらえるそうです」
- あ、そうなんだ、ありがとう。
「どういたしまして。私たちはタケルさまを補佐するために居るのですから」
「うむ。あの瘴気も吾らが協力すれば」
「お姉さま」
「何じゃ、ダメなのか?」
「前に説明したではありませんか。最初から手出しをしてしまっては私たち精霊のやり方になってしまい、大げさな事になりかねませんよ」
「それはそうなのじゃが…」
- あ、うん、手伝って欲しい事があれば、今回の分析みたいにお願いするから。
大げさな事とかリンちゃんが言うならどれだけの大惨事になるのか想像もつかない。
だって、ハムラーデル国境ん時のリンちゃんたちの案って、どれも数十キロ四方が消滅しますとかそんなのばっかだったんだぜ?、全部爆発オチって何だよ?、って思ったもんだ。
そんなの求めて無い。
特に今回は上空に母艦が停泊してるらしいし、そっちと連携して…、なんて言われたらとんでもない事になりそうだ。
あの森ごと、あの湿地帯も含めて広範囲に吹き飛ばすとかやられたらこの国に大災害が降りかかってしまう。
そうならないように頑張ろう…。
次話4-078は2021年09月17日(金)の予定です。
20210910:誤字訂正… 社内 ⇒ 車内 みらいで ⇒ みたいで 顕現 ⇒ 権限
20210911:1箇所改行が抜けていたのを訂正。
20210917:誤字訂正。 包みたいなもの ⇒ 筒みたいなもの
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回も入浴無し。次回はあるかなと言っていたけど無かった…。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
気苦労が絶えませんね。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
用意しておいたものが役立つと嬉しいですね。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
小型スパイダーが移動していないのは、
やっぱりテンが壊してた。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
やっぱりポンコツ。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回も出番無し。
彼女も瘴気の影響を受けやすいのです。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は名前のみの登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。そろそろ砦への帰路かな?
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
強かだとか要領がいいとか、
どの口で言うんだと言いたくなりますね。
でも基本的にはロミは真面目で素直です。
ちょーっと考えが先走ったりしますけど。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。
そこそこ長く勇者やってるだけの事はあるんです。
えらい言われようですね。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
ここに派遣されている戦士団で最大。
コウとよく行動している、
それなりに長く存在している戦士団でもあります。
母艦エスキュリオス:
4章056話で登場した。
ベルクザン王国内の竜神教神殿地下にあった、氷漬けの恐竜を、
その装置ごと回収するために近くに来た母艦。
4章065話で、『倉庫ごと回収』というのも、
この母艦が近くに居たままだったから。
本文で言及されていますが、
この母艦の統括責任者はベートリオ。
ドリーチェ:
4章037話で登場した、アリシアの部下のひとり。
もちろん光の精霊。
当話で名前が登場した、母艦エントローグの統括責任者。
テンとは長い付き合いで、
崇拝騒ぎでテンが引き籠る前にテンに仕えていた。
空中母艦には艦長は別にいる。
トリーチェ:
当話には関係無いんですが、2章010話にて、
冒険者チーム『鷹の爪』の魔法担当プラム、
彼女の従妹にこの名前がついてました。
いまさらもう訂正するのも何なのでこのまま行きますが、
濁点だけの違いとか、まぎらわしいったら無いですね。
いやはや何とも、すみません。
まぁこのキャラはおそらく本編には登場しませんが…。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。