4ー076 ~ 周辺調査の後・コウと戦士団
すいっと飛び、もう一度『瘴気の森』の上空から索敵魔法を使用してみた。
やはり森を覆う瘴気の霧は、普通の霧とは異なり、粘つくようにまだしつこく残っているようだった。多少は樹幹がちらほらと見えている様子だから、ここに来た時点よりは減っているんだろうけど、明日どうなっているかってところだな。
コウさんの方はベガースの天幕のあたりに集まっているのがわかった。えらく密集してるみたいだけど何をしてるんだろうね。
説得して村の方まで引き上げてくれるならいいんだけど、そんな要請はしていないから違うだろう。
リンちゃんたちはと言うと、東側の平原の端、『瘴気の森』の東の川から4kmあたりから低木があり徐々に森になっているその低木が少し剥げているあたりに居た。
何でそんなとこに?、と思ったけど、何か理由があるんだろう。言って尋ねればわかると思う。
というわけで、ささっと地図を焼いてそちらへ向かった。
停止している『小型スパイダー』の所に近づくと、リンちゃんたちがドアを開けて降りて俺の着地を迎えてくれた。というか真っ先に情けない顔で俺の腕に縋りつくようにしてくっついたのはファーさんだった。
でもそれについてリンちゃんもテンちゃんもちらっと見ただけで何も言わなかった。ちょっと意外。
リンちゃんたちのほうは、海岸までは行けなかったらしい。
まばらに生えている草地が冠水していて、スパイダーだと足が取られて身動きができなくなりそうだったからだ。
「海岸の砂地なら何とかなりそうなので、東側の森のほうからぐるっと迂回すれば行けるとは思ったのですが…」
「そうする前に其方が来たのじゃ」
- なるほど。
上から見たところ茶色い砂の海岸だったっけ。西側も同じようなもんだった。
違うのは東側は湿地というよりは緩い泥の平原で、午前中の雨がまだ引いていない状態だったという事か。
西側のほうは草が多いのもあって、ところどころ水たまりはあったけど、まぁスポンジみたいな地面だからね、枯草で。歩くとか足を踏み入れる事自体が危険な場所だ。飛んでないと移動できないのは東側も西側も同じか。
「足跡は消えていましたが、川を渡って魔物が出てきていたような痕跡はいくつもありましたよ」
「たまに大雨が降ると魔物はあっちに帰るんでしょうね」
「地面の瘴気も流されるのじゃ」
「はい、でも地面に瘴気がかなり染み込んでました。人種が住めるような土地ではありませんね」
そういう理由なら、もしかしたらロミさんが『下流の方は魔物が多い』というのは『瘴気の森』の東側一帯の事だろうか?
これもロミさんに確かめないとね。
「地面に居ると足元の瘴気が濃く感じますですよ風向きが逆だったら森からも瘴気が流れて来るですよ今日は雨上がりで助かったでありますよ…」
「そういえば昔、ヴェスターが風の者は瘴気に敏感だと言っておったのじゃ」
「はいですここはファーにはあまり好ましくない場所ですよ旦那様テン様」
- んー、ごめんね、こんなとこに連れて来ちゃって。明日からお城で留守番してもらっていてもいいですよ?
「それはそれで寂しくて哀しいのですよ…」
どうしろと。
仕方ないなというような表情で俺を見るというかこれはファーさんを見ているんだな、そんなテンちゃんと、『小型スパイダー』を収納しおえたリンちゃんが飛行時の定位置についた。リンちゃんが俺の後ろに、テンちゃんが俺の右腕に内側から手を添えたって事ね。
「其方の周囲は何故か瘴気が無いのじゃ。其方が傍に居るなら問題無い話なのじゃ」
「お姉さま」
あー、それで俺にくっついてるのか。
いつもならテーブルと椅子でも作ってお茶にしそうなもんなのに、それも無く、もういつでも飛べとでも言わんばかりのフォーメーションなのも、休憩するような場所じゃないとから早く帰ろうと言われているような気がしてきた。
リンちゃんはテンちゃんに余計なことを言わないで下さいと言ってる感じ。で、俺の腰にきゅっと抱き着いた。
はい、もう帰ろうって事ですね。
何で俺の周囲には瘴気が無いのかとか、尋ねたりしちゃダメって事ですね、はい。
- じゃ、帰ってからにしましょうか。
無言で頷く精霊さんたち。
仕方ない。こっち側を少し俺の目でも見ておきたかったんだけど、こうなってしまってはもう帰るしか無さそう。
●○●○●○●
「あらコウ様、今日は早いのね?、ふふっ」
- あ?、…何だお前かよ…。
彼女は普段着だけど落ち着いた色合いで上品な布でいい仕立てのシャツと上着、乗馬服のようでゆったりとしたズボンと膝下までのブーツ姿だ。髪は綺麗に流れを揃えて結い上げられ、髪飾りがさりげない感じで添えられている。それが年を経ても変わらないコシの強く美しい髪や姿勢の良さを引き立てていた。
そんじょそこらの娼婦とは一線を画す雰囲気がある。
そんな彼女が自然な笑みを浮かべ、布袋を抱えて話しかけてきた。
「何だとはご挨拶ね。こんな早い(時間)のよ、また雨でも降るんじゃないかって声かけたのに」
今朝はひでぇ雨だったのに、そんな事でまた降ってたまるか。
しかし早いといっても昼過ぎもいいとこだ。夜が遅い彼女たちにとっては早いのかも知れねぇが。
- お前こそどうしたんだ、珍しい。
「私だって散歩ぐらいするわ。今日は用があって出ていたの。これよこれ、頼んでおいたのよ」
と、布袋を片手で抱え直し、もう片手で口を緩めながら近寄って、上体ごと少しこちらへと傾けて中身を俺に見せてきた。
そこには金具できちんと蓋をされた太いガラス瓶が幾つか、布で保護されて入っていた。彼女はそれを片手で器用に緩めて瓶の中身が見えるようにした。
- ん?、何だこれ、ナメコに…、蓴菜か…?、ぬるぬるばっかじゃねぇか。
「ふふっ、村で栽培してるのよ。ニュル茸にニュル草。こういうぬるぬるの食べ物がイイのよ。ね、ちょっと早いけど寄ってかない?、ごちそうするよ?」
- そう早い早い言うなってトクラン。昔を思い出しちまうじゃねーか。
このトクランって娼婦、もうとっくに身を引いて元締めなんてやってるが、俺がこのアリースォムに来た頃からの付き合いだ。よく抱いてやったもんだ。早い早いといろんな意味で言われたのも懐かしい。いい意味でも悪い意味でもな。
「あはっ、何ならそっちのごちそうでもいいけど、もうこんな年だしコウ様のお相手はきついから料理のほうよ?、勘違いしちゃやだよ?」
- しねーよ、でもお前、そうは言うがまだ全然いけるぜ?、身体は衰えちゃいねぇし肌だってハリがある。元締めなんてやってねぇで店にでねぇのが不思議なくれぇだ。
今じゃ元締め40年のベテランで、50どころか60過ぎてるはずなんだがとてもそうは見えねぇ。俺やロミは勇者だから老けるのが遅ぇんだが、こいつはそれほどでは無いにせよなかなか凄い。もちろん俺だって本当の年は知らねぇが、若ぇ戦士にもトクランが自分の母親より上だって知るとすげぇ驚くヤツが後を絶たねぇ。まだ知らねぇ奴も多いんだけどな。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの、本気にするわよ?」
- ああ、いいぜ?、しかし今はちょいと用事ができちまったんでベガースんとこに戻らなくちゃいけねぇんだ。
あのタケルって後輩勇者、あいつらとはとことん合わねぇみてぇだからな。
俺からうめぇこと言っておいてやんねぇと俺もこの先やりづれぇ事になっからな。そんなつまんねぇ事でも持ちつ持たれつみてぇなもんのネタにぁなる。そういうもんだ。結構大事なんだぜ?、これ。
ま、後輩をこうして影から支援してやんのも、現場にいる先輩の務めってヤツだからなぁ。
「その用事って時間かかるの?」
- ん、そうだな…、1…いや、2時間…ってとこか。じゃあ終わったらお前んとこ行くわ。
「ほんと?、じゃあおめかしして待ってるわ」
- ちげーよ、それ、食わせてくれるんだろ?
冗談だとはわかってる。
「ふふっ、いいわよ」
- 俺も久しぶりだから楽しみだ。たまにぁそういうの(食事)もいいな。
そうして笑顔で、何故か色っぽい雰囲気で返事をしたトクランと別れ、ベガースの天幕へと急いだ。
「コウ様はそう仰いますがね、俺たちからすりゃあ勇者ってなぁコウ様みてぇなお方ひとりで十分なんですよ」
ふらっとベガースのでっけぇ天幕の近くまで来ると、俺を見た連中から集まってきてやいのやいのと後輩への文句を聞かされ囲まれ、誰かが呼びに行ったのか団長のベギラムも出て来て、折り畳みの椅子やテーブルを持ち出してきたやつがいて、俺とベギラムだけが座り、露天会議のようになった。
こいつらから『コウ様』と言われるのにはもう慣れた。
最初は耳慣れねぇしこいつらの言い方もぎこちねぇから呼び捨てでいいっつったんだけどよ、そんで『さん』付けってのも何だか違うんでそう言ったんだが、聞いちゃくれねーんだよ。まぁ昔の話だ。
とにかくそこで『あいつにぁ手出し無用だ、怪我したく無けりゃやめとけ』って言っちまってから騒然となり、ベギラムが黙らせてから理由を言えと言ったんだ。
それで、『俺より強ぇかもしんねぇ』と言ったらベギラムが言い、周囲の連中もうんうんと頷いて同意したってわけだ。
- んー……。
そう言われて悪ぃ気はしねぇ。ちょっと嬉しくなった俺は後頭部をぼりぼりと掻いた。
「そうですよ、あんなひょろ助がいくらコウ様より強ぇって言われても納得行きませんぜ」
「壁が作れてもあんなひょろひょろがここで何できるってんですか」
いや、かもしんねぇとは言ったが強ぇとは断言してねぇんだが…。
でもまぁあの壁といい、音も立てずに消えちまった事といい、あんな見かけに騙されて侮っていいヤツじゃ無ぇのはわかってる。絶対敵にしちゃだめだと俺の勘もびんびん言ってたしよ。
何よりもロミんとこから通うっつってたんだ。
毎日ロミに報告ができるぐらい、ロミにぁ認められてるって事ぁわかる。だからできりゃあ印象を良くしておきてぇ、って下心もあるんだ。そうじゃなきゃ誰がわざわざこいつらを宥めて橋渡しなんてしてやろうなんざ考えるもんかよ。
- 俺が、お前らがあいつに協力しねぇだろうって言った時な?、あいつの表情、全く変わらなかったんだ。
ざわっとなった連中に手のひらを向けながら続けた。
- …まぁ待て、最後まで聞けよ。つまりあのタケルって勇者は、ここを独りで解決できるだけの自信があるってこった。俺んとこに来たのは先輩勇者に挨拶をしに来ただけだってのは本当だった。俺には何をするとかどんな方法でとか、全然話しちゃくれなかったぜ。
「…それならコウ様も侮られたって事じゃねぇんですかい?」
ベギラムが難しい顔をし、テーブルの上に出した右拳をぎゅっと固くして言った。
- だから顔を潰さねぇようにって挨拶しに来たってこったろうよ。
数秒ほど衣擦れや足元の土の音がしたが、ベギラムの隣に立ってるやつが言った。確かこいつはベギラムの息子だったっけか。副官をやってるやつだ。
「…ほ、ほんとにコウ様より強ぇんですか?」
周囲の連中から『そ、そうだ』、『それを見ねぇと』って勝手な声が多く聞こえる。
ここで少し昔の話を思い出してしまったが、実はそんなもんあまりいい思い出じゃ無ぇんだ。
あの後輩は、全国大会に出れる事自体がすごいって褒めてくれてはいたけどな。そんな風に言われた事ぁほぼ無ぇからちょっとぁ嬉しかったが…、まぁ、いい事よりも悪ぃ事のほうが多い思い出だからな。もう何十年も前の事なのに、まだ時々夢に出て汗かくのは、たぶんこの勇者って身体がなかなか年取らねぇ若ぇ身体だからだと思ってる。
だから元の世界の事は詳しく言うような話でも無ぇし、自慢できる話でも無ぇ。
- ああ。俺にぁあの壁を壊せる自信がねぇ。それとよ、さっき俺と別れた時な?、『じゃあな』って俺が言ってこっち向いて、あいつが『はい、では』って言ったんでそっち見たらもう居なかったぜ?、どこ行ったのかさっぱりわからねぇ、音も立てずに消えやがった。地面にぁ足跡もねぇ、そんなやつと模擬戦しろってのか?
「ですが、」
息子が反論しかけ、ベギラムが手で遮ったがそれと同時に俺が続けた。
- なぁ、お前らあいつが自分からは攻撃しねぇって言って壁作られて怒ってたけどよ?、お前らなら音も立てずに姿を消せ、地面に足跡も残さねぇで動けてよ?、あんなハンマーでもびくともしねぇ壁を自由に作れるような相手がそこそこ本気で攻撃してくるとしてよ?、戦いたいか?、俺はやりたかねぇ。誰かやりてぇなら話してやってもいいんだぜ?
「「……」」
ざわめいていたのが静かになった。
だろうな。
魔法禁止ってルールにしても、身体強化や身体に添わせる障壁はアリなんだ。俺も一応できるが斬撃を飛ばせるような武技もある。と言っても大した威力も出ねぇし5mも飛ばねぇ、牽制がいいとこの大道芸だ。だがタケルならあんなすげぇ壁作れんだ、もしかしたらすげぇ威力の武技を持ってるかもしんねぇ。
全くよぉ、とんでもねぇ後輩が来たもんだぜ。やれやれだぜ。
「コウ様は、俺たちの身を案じて、こうして釘さしに来てくれたって事ですかい?」
- ああ、それもあるぜ?
「と言いますと?」
- お前らの身を案じてってのが第一なのは確かだよ。でもな、もしお前らのうち誰かが、あいつを見かけて勝手に手出しして、怪我でもしてみろよ、俺が襲わせたって事になるじゃねぇか。
あいつが怪我するなんて事ぁ無ぇだろうけど、襲ったって事実ができちまったら困るんだよ。いろいろと。
- 俺が、『俺の顔を立ててここは引いてくれ』って言ったのはよ?、お前らを守る意味もあるが、俺とお前らの立場を守るって意味もあんだよ。そこんとこをしっかりとわかっといてくれ。
「…そこはわかりました。コウ様の仰る事も納得です。その、立場って仰いましたよね?」
- ああ。
「あの見習い、見習いじゃねぇんでしたが、あれひとりで解決しちまったら俺たちの立場がねぇですよ?」
そう来たか。
まぁそこは俺も考えてねぇわけじゃ無ぇ。
- あいつは臨時でやってきたって言ってた。アリースォムに所属はしねぇんだ。だから普段の俺たちの仕事、民たちを護るって仕事はなくならねぇし、戦士団の仕事はそれだけじゃねぇだろ?
「そりゃもちろんですが…」
- なら大丈夫だ。そこらへんは上手いことやるさ。
「わかりました」
雰囲気が緩んだが、一応釘をさして置こうか。
- しかし、だ。あいつがここを片付けるからって気ぃ緩めんじゃねぇぞ?、こういう時こそちゃんと仕事してますってところぉ見せねぇと、貰えるもんも貰えねぇ。いつも言ってるだろ?
「ははっ、わかってますって、なぁお前ら!」
「「おぅ!!」」
うんうん、やる気も出たみてぇだな。よし。
- んじゃちょっと鍛えてやっから、広場に集合な。
「え、コウ様ちょっと今は地面が緩んでますんでそれは…」
- ばっかおめぇそういう時だからこそ足腰鍛えられんじゃねぇか。
さっきのやる気はどこいったんだよ、おい…。
あのタケルってやつは姿を消せるんだぞ?、今もどっかから様子見てっかも知れねぇじゃねぇか。そんな事はいちいち言わねぇけどよ…。
こんなんで大丈夫なのか…?
●○●○●○●
「おかえりなさいませ、皆様」
というセリフをロミさんのお城の入り口から客間までの間、10回ほど聞いて部屋に戻ってきた。
うーん、やっぱり直通で戻れるように、途中で着地してリンちゃんに転移してもらったほうがいいような気がしてきた。
でもなぁ、それはそれでちょっとどうなんだという気もするし、部屋に直接現れたりいなくなったりしたら女官さんたちもびっくりするだろうし…。
「其方、何を考えておるのじゃ」
ソファーに座ると右隣りに当然のように座って身体を捻り、テンちゃんが問いかけた。
俺もいい加減、慣れてきたのでソファーの中央右寄りのところに座ったんだけどね。
リンちゃんとファーさんは、リンちゃんがエプロンのポケットから出したお茶とお茶菓子をふたりでテーブルに並べてから、リンちゃんが俺の左隣に、その左にファーさんが座って寛いでるよ。
- んー?、西側は結構広い湿地帯だったなって。
と、ごまかしながらポーチから取り出した地図をテーブルに置いた。
ファーさん以外、リンちゃんが左から、テンちゃんが右からそれを覗き込んだ。
「ふむ…、大雨のあとはこうなるという事なのか?、普段はどうなのじゃ」
- あー、それはロミさんから前につくった地図を見せてもらわないと…。
そのロミさんの部屋に続く扉は、開きっぱなしになっていて、女官さんがそこにひとり居る。部屋の中には感知によるとロミさんの天蓋付きベッドがあって小さなテーブルがあるだけだ。
ロミさんが現在居るのはその更に向こう側、開けっ放しの扉に続く部屋だ。そこは元寝室で、ロミさんは大きな机に座っていて女官長さんがその横に立ち、別の女官さんが2名いる。片方が今書類を受け取ってその開けっ放しの扉では無く、奥に続く扉、こちらも開けっ放しだけど、そちらへと早足で出て行くところだ。
奥の扉はロミさんの寝室があり、さらにその向こうが広い部屋でそこが本来の執務室兼応接室のようだ。
が、現在はその部屋には執務机が無く、4名が机を並べて仕事をしているようだ。
こっち側のロミさんの部屋、大きさとベッドのサイズが合ってないんだけど…。
つまり、元の寝室を執務室にし、ホームコアの領域になっているこっちの部屋は寝室になったって事ですかそうですか。
あ、もうひとりの女官さんも書類を受け取ってあっちへ行ったようだ。
それでロミさんが伸びをするように腕を伸ばし、女官長さんと一緒にこっちに移動しようとしてるわけね。
「ふむ、ちょうどこっちに来るようなのじゃ」
テンちゃんも俺がそっちを見ているからか、感知したようだ。リンちゃんがロミさん用のカップを取り出して俺の向かいへ置いた。
程なくロミさんが女官長さんを伴って近づいてきた。
「おかえりなさい、皆様」
ロミさんが笑顔で言って向かいに座り、女官長さんは軽くお辞儀をしてから後ろに立とうとしたが、リンちゃんがテーブルの上のポットを手で示したのを見て、『失礼致します』と言ってそれを手にとり、ロミさん用にと用意されていたカップに注いでからポットを元の位置へ正確に置き、ロミさんの後ろへと控えた。
「いただきます。あら、これは冷たいのね。あ、美味しいわ」
そう、今日のお茶はあの『瘴気の森』のいやーな雰囲気とは対照的に爽やかさを重視した飲み物だった。
お茶請けのクッキーも軽くて薄い、んー、何てったっけ、元の世界のラングドシャみたいな感じの、ひと口サイズのものだ。
それと、もうひとつ、爪楊枝が添えられたプチシューがもこっと盛られた器もあった。
「こちらは初めてだけど、こちらのは前のプチシューでしたっけ?」
「中身の種類が増えたので、ただいまテスト期間中なのです」
- あ、そなの?、んじゃひとつもらおうかな、どれがそうなの?
「前のと同じのはありませんよ、どれも今回のラインナップ予定のものです」
「ほう、それは愉しみなのじゃ」
「すごいわねぇ、ほんと。タケルさんいつもこうなの?」
- え?、んー、そう言われてみるとそうですね。
「ふふっ、らしいわねぇ、うらやましいわ。でもこうして一緒にいるとその恩恵に与れるのね」
「タケルさまの意見を採り入れる事も多いので、こうして味見をして頂くんですよ」
- 意見なんて言ったっけ?
「言ってますよ?、もう少し甘さを抑えて香りを引き立てたほうが良いとか、こういうのも欲しいとか、固さがどうとか、柔らかくするにはどうすればいいとか、いろいろと」
「まぁ、そんなに?」
- そんなに言った覚えは…。
「こちらから質問の形にしてますから、気付かれなかったのでは?」
- うーん…。
「ふふっ」
「ふふふ」
とかなんとか、妙な雰囲気でプチシューをまた口に運んだ。皆もぱくぱく食べてる。…ん?
- あれ?、これって香りだけ違うようにしたやつ?
「はい、今回のは、実は中身の味は同じなんです。でも香りだけが異なっているんです」
「あら、そうだったの?、違う味だと思ってたわ」
「吾もそう思っておったのじゃ」
ああうん、かき氷のシロップが実はどれも同じ味で、香りと色素成分だけが違うっていうのを思い出してね。あれ、酸味も変えてるんだったっけかな?、覚えてないな。
とにかくそれを応用すれば、いろんなバリエーションに対応できるんじゃないかなって、そんな話をプチシューじゃなくてもっと前に話した覚えが…。あ、蒸しパンの時だったっけかな、リンちゃんから詳しく尋ねられたんでその時か。
- 柑橘系の香りの時は酸味もあったほうがいいかも…。
「なるほど、それも道理ですね。クリーム成分との相性もありますので食品部のほうへまた意見として出しておきます」
「ふふっ、そんな風にやってたのね」
何か今後、感想を言いづらくなってきた気がするなぁ…。
次話4-077は2021年09月10日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回も入浴無し。次回はあるかな?
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
今回は移動してお茶休憩しただけ?
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
実はタケル配下で真の統括はこの子。ですかね。
リンくらいになると瘴気の影響はありません。
理由はいずれ説明があります。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
実は瘴気はテンには影響が無い。
これも理由はいずれ説明があります。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
ちょっとでてきたポンコツさ。
テンの周囲は大丈夫なんだけどね。
触れられる距離だと危険だからね。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回も出番無し。
彼女も瘴気の影響を受けやすいのです。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。そろそろ砦への帰路かな?
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
後半で少し登場。
部屋の引っ越しで女官さんたちが大変でした。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。
何というか、形容に困るひとですね。
そこそこ長く勇者やってるだけの事はあるんです。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
タケルからはついに暴力集団とまで言われてますね。
印象が最悪なのはお互い様のようです。
ちなみに派遣されている戦士団は他に2つありますが、
最大人数なのはこのベガースです。
なので同伴している他の戦士団の連中も、ほぼ集まってます。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。