4ー075 ~ コウさんとの話
「いやしかし参ったよ、急に呼びに来るもんだから急いで支度してよ、これでも急いで来てやったんだぜ?」
- はぁ、それはどうも…。
そんな感謝しろみたいに言われてもね。まぁ少しは困ってたのは確かだけどさ。
いざとなったらあのままテンちゃん式の飛行結界を張って上から飛んで逃げればいいかなって思ってたし、切羽詰まってたわけでは無いと思う。
コウさんがベアーズじゃなくてベガースだったけど、その連中を『俺の後輩だから俺が預かる』みたいな言い方で言い包めたのか何なのか、全部聞いてたはずなのに俺にはいまいちよく分からない理屈で下がらせ、俺に『もう手出しはして来ねぇからこの壁消してついて来な』と言い、4mぐらいの距離でじろじろと眉根を寄せたような表情で睨んだり足元にツバを吐いたりするような連中の間を通ってその練習場広場を抜け、天幕の間を無言でしばらく歩くと、横歩きになって後ろの俺を見て急にそんな事を言い始めたんだ。
「助けに来るまでにちょっと聞いたけどよぉ、お前、あいつらを完全に無視してたらしいな?」
あれで助けに来たつもりなのか…、恩着せがましいなぁ…。
- 無視なんてしてませんよ?、ちゃんと鑑札を見せて名乗りましたし、ロミさんから言われて来たとも言いましたよ?
「それで俺に挨拶しに来ただけでお前らには用はねぇっつったんだろ?」
歩くペースを落とし、俺の隣に来て肩に手を乗せ、顔を寄せて言うコウさん。
何だこのひと…、何だかガラの悪いひとに絡まれているような気がしてきた…。
- そんな言い方はしてませんよ、用がないなんて言ってませんし…。
「ここはこんなでも最前線なんだ。この『瘴気の森』から魔物が出て来りゃ村を守って戦う戦士の仕事場だ。そんなとこへ突然でやってきた見習い勇者がよ、命令書も無ぇ、見たところ武器も持ってねぇ。自分たちの仕事を馬鹿にされたって言ってたぜ?」
なるほど、そういう考え方もあるんだろうね。
でもさ、俺から言わせてもらえば前回ロミさんと上空から見た時も、今回も、巡回している兵士、ああここでは戦士だっけね、それを全く見かけて無いんだよ。
森の外、川のこちら側って瘴気が薄いんだからひとが居たら索敵魔法にひっかかるから、その反応が無かった以上、巡回や哨戒をしている戦士が居ないって事だ。
一応言っておくけど、現在のバルカル合同開拓地がまだ魔物侵略地域だった頃、国境防衛の兵士さんたちは24時間体制で国境を巡回してたし警戒網を敷いていた。ハルトさん率いるハムラーデル兵たちもそうだった。彼らは雨天でも夜間でも拠点周囲の哨戒を怠らなかった。
ここは『瘴気の森』という三角州でそこそこ幅のある川に囲まれているが、川自体が浅いし、流れも緩やかだ。瘴気が無いなら人だって普通に渡れる程度の深さしか無い。
なのに哨戒も巡回もしていないんだ。
そりゃ渡りやすい場所は決まっているのかも知れない。そこだけを監視すればいいという理由で他の部分は警戒しないのかも知れない。人数の関係で配分ができないのかも知れない。
でも村落がいくつかあり、それを守っていると言うのなら手抜きと思われても仕方ないと思う。
- そんなつもりは全然ありませんし、ここにはコウさんに挨拶をするだけしか用が無かったんですよ。
「じゃあお前どこに寝泊まりするってんだ?、あいつら礼儀知らずに貸す天幕は無ぇって言ってたぞ?、荷物はどこに預けてんだ?、村か?」
- ロミさんのお城に部屋がありますから、そこから通いますよ。
「はぁ?、お前冗談ならもうちっとマシな事を言えよ、何kmあると思ってんだ、城からここまで俺でも3・4時間は掛かんぞ?」
コウさんはそう言いながら足を止め、乗せているだけだった手で俺の肩をがしっと掴んで揺らした。
痛いのでこっそり全身を強化して耐え、その手首を握って肩から外した。
- 本当です。そんな事で先輩にウソなんて言いませんよ。
「む…、そうかよ…。ならそこは一応信じてやるとして、もしそうならお前、本当に俺に挨拶するだけにここに寄ったってのか?」
華奢に見えたのにそうされて意外だったのか、俺の手を振りほどいて手首をさすりながら、半歩下がって言った。
- はい。先輩にはちゃんと挨拶しないとって思って来たんです。
「ふぅん…、いい心がけだけどよ、お前ロミからここの事を頼まれたんだろ?、そんなんじゃあいつらは納得しねぇし、協力もしねぇぞ?」
別に協力が欲しいとは思って無いんだけどなぁ、どっちかって言うと寧ろ邪魔だからもっとそれぞれの村落のほうへ引いて拠点を作り、村民たちを護るというのなら護って欲しいって思ってるぐらいで…。そんなこと言えないけど。
- んーとりあえず彼らを率いているコウさんに挨拶をって思っただけなんですよ。勇者の先輩ってのもありますけど、一番上の立場のひとに挨拶すればいいんじゃないかなって。
「あー…そりゃあなぁ、俺がこいつらを率いてるってのは確かなんだがよ、あいつらにもあいつらなりの誇りってか、そんなのがあるんだからよ?、そういうのを無視して俺だけに挨拶しに来たみたいに言われちゃあいつらだっていい気はしねぇってもんだ」
俺がコウさんを持ち上げるような言い方をしたからだろうか、苦笑いをしながら後頭部に手をあててぼりぼりかきながら言う。
「それとよ、いくら勇者でも鍛えてる風でもないやつから、見習いだって思ってたぁわけだしよぉ?、あいつらは戦士としてやってきてる連中なんだ、武力がモノを言う、そういう価値観でよ?」
- コウさんから剣の手ほどきを受けてるって自慢げに言ってましたよ。
「おぅ、まぁな。そっか、あいつら俺にぁ敵わねぇから見習いのお前ならって思ったんだろうよ、はっはは、それがあんな壁作られて手も足も出ねぇなんてな、一旦振り上げちまった拳の行き所が無くなったんで余計頭に来ちまってたんだろうなぁ」
- はぁ…。
そんな事を言われてもなぁ…。
こっちは模擬戦なんて端からやる気なんて無いってのに、ひとの話は聞かないしで面倒だなって思ってたよ。そんな暴力集団の理屈なんて知らねぇよ。
「さっきも言ったがよ、模擬戦くらい軽く相手してやりゃぁあいつらだって納得したんだよ。お前あんだけの壁作れるんなら結構やれんだろ?、ちょいとぶん殴って伸しちまやぁあんなめんどくせぇ事にゃならなかったんだ」
さらに1歩引いてしゅしゅっとシャドーボクシングのような事をして言ってるし。
- 彼らには武力って言いましたけど、あれ魔法なんですよ。
「ああ、ロミが使ってたんで知ってる。身体強化だって使えんだろ?」
- それも魔法なんですよ?
「知ってるよ。武力って言ってんのが全部魔力だって事もな」
何だよ、さっきあの連中の前では魔法のことなんて知らないみたいな言い方してたのに。そういう振りをしていたって事か、それで凄んでたのもあの場の建前だったのか…。
- だったら模擬戦では、
「あいつらにぁわかんねぇよ、魔法なんて見た事無ぇんだから」
- ああ、それで『魔法ありならいいですよ』って言ったのに聞こえないフリしてたんですか…。
「お前あいつらにそんなこと言ったのか?」
- はい。
「はっはは、そりゃ冗談か馬鹿にされたって思ってもしゃぁねぇなぁ」
それはこっちもなんだけどなぁ…。
お互いにそう思ったって事か。
どうもわかり合えそうに無いなぁ、暴力集団とは。
●○●○●○●
そこからは他の勇者に会ったかとか、どんな様子だったとか訊かれた。
それでカズさんと『勇者村』で会った話をしたら、『おぅ、あいつはなかなか見どころがある奴だったな』と言っていた。何年か前にツギの街で会って少し話をしたらしい。
でもその話というのが模擬戦だったのが何とも、拳とか剣を交えてのOHANASHIってやつの事だった。やだなぁ…。
あとはハルトさんと会った話もした。
コウさんはハルトさんとはこの世界に来てすぐの頃と、アリースオムに行くと決めた頃に話した程度らしい。あまりいい印象を持ってないのか、『あの堅物』とか『糞真面目』とか言っていたので、俺もハルトさんの近況については話していない。
当時はまだ魔物侵略地域と呼ばれていて、魔物の襲来はそれほどの頻度では無かったので勇者が配備されていなかったが、徐々に増えているからと、派遣可能な勇者を確保したかったんじゃねぇかとも言っていた。
「お前あっちに寄ったんならサクラとも会ったのか?」
- ええ、まぁ。
「あいつぁいい女だが糞真面目なのが玉に瑕だな、剣もそこそこできるが綺麗すぎるんだ、だから俺がいろいろ手取り腰取り教えてやろうっつってんのに逃げやがる。惜しい女だぜ」
模擬戦を仕掛けては負けてるひとの言葉じゃ無いな。
足取りじゃなく腰取りてw、こっそり下ネタ混ぜてるし。ジェスチャーしてるからこっそりじゃ無いか。
- …はぁ…。
「何だ反応悪ぃな、先輩の小粋なジョークだろうが、笑っとけよ」
- すみません、そういうの不得手なんですよ。
それのどこが『小粋』なんだ…。
「つまんねぇ奴だなぁ、そんなんじゃモテねぇぞ?」
娼婦にモテてもなぁ…、いや別に娼婦が悪いとは思って無いけどさ。
- すみません。
「ふん、じゃあ他の女勇者はどうなんだ?、俺は会ったこたぁ無ぇが、若ぇのが2人いたろ?、いいのは居たか?」
いいのって…。
- 一応。でも魔物侵略地域の攻防が激しかったんで…。
「そっか、ならしゃぁねぇな」
コウさんに女性勇者の事をどこまで話していいのかちょっと判断がつかなかったので、こういう風にごまかしておいた。
あとでロミさんに確認したほうが良さそうな気がしたからね。
- それでコウさん、どこまで歩くんです?
この先へもう少し行くと、例の娼婦たちの天幕が集まっているところになる。なってしまう。そんな所に連れて行かれるのはちょっと困る。
だって俺はこの後ちょっと周辺を調べて回ってから、リンちゃんたちと合流してロミさんの所に帰るんだから、そんなとこで油を売るひまなんて無いし、そういうとこってお酒を出すだろ?、酒のにおいをさせて戻ったら何を言われるかわかったもんじゃ無いからね。
「あ?、真面目な後輩にちょっとメシでも奢ってやろうと思ってんだけどよ?」
- 夕食にはまだ早いですよ?
「お前よぉ、こういう時は黙って先輩についてくもんだって教わらなかったのか?」
- でもお腹空いてませんし、せっかく奢ってもらうならお腹が空いてる時のほうがありがたいじゃないですか。
「ちっ、女だよ」
- はい?
「女ぁ奢ってやるって言ってんだよ、まさか女嫌いってわけじゃねぇんだろ?」
- 嫌いとかは無いですけど別にいいですよ、そんな気を遣って頂かなくても。
「先輩が女奢ってやろうって言ってんだから素直についてくりゃいいんだよ」
- それはありがたいですけどお気持ちだけで十分です。
「何だ?、っと、ちょっとこっち来い」
もうここは娼婦たちの天幕が見えるところまで来ている。
前から2人ほど、明らかに帰りのひとが少し距離を開けて歩いて来ているのが見え、後ろからは天幕沿いに曲がってこっちへ歩いて来ているひとが見えた。
そこで急にコウさんは言葉を切り、物陰というか何かの天幕横に積まれていた木箱の陰へとささっと隠れるように入って振り返り、ちょいちょいと手招きをした。
「おい、こっちだ、ちょっと来い」
声を潜めるようにして叫ぶという器用な事をして手招きを続けてる。
え…、何か怖いんですけど…、ちょっと金貸せとかジャンプしてみろとか先輩後輩の立場を分からせてやるとかそういうアレか?、違うとは思うけど。
「いいから早く来い、話するだけだって、何もしやしねぇから!」
前後からくるひとに立ち止まってごちゃごちゃ話すところを見られたく無いのかなとも思ったんで、仕方なく俺もさっとコウさんの所に移動して身を隠した。
木箱の陰に隠れるようにしゃがみ、俺の服を引っ張ったので同じようにしゃがんだ。
何なんだ一体…。
「なぁ、お前恋人でも居るのか?」
- え?、居ませんけど…?
「なら、好きな人でもいるのか…、」
そりゃリンちゃんやテンちゃんたちは好きだけど、そういうのじゃ無いしなぁ、と思って、『いえ、それも居ません』と答えようとしたら続けて言われた。
「お前、ここに来たって事はうちに所属したのか?」
- いえ、僕はホーラード所属の希望を出したところですよ。
「ん?、ああ、それで鑑札が見習いのままだったんだな、おめでとう。何回死んだ?」
- あ、ありがとうございます。いきなりそれを訊くんですか?
「そりゃぁ勇者は死んで復活してナンボだからなぁ、はっはは」
- そうなんですか?
そんなの言われたこと無いけどなぁ…。
「おうよ、ハルトさんが口煩く無かった頃に言われた事があってな、クリスって先輩がよ、普通じゃ考えられないぐらい死んで復活してるらしくてよ、それで強くなってったって話なんだ」
- へー、そうなんですか。
そうらしいけど、それは初耳だ。
にしても、口煩く無かった頃てw
「おう、そん時によ、弱いならそういう手もあるぞって笑っててな、俺はどうも中途半端だからな、死にたかねぇけどトールの奴がよ、ザンキ無限なら勇者らしく皆を守って死ぬのも道だって言うんでよ、なるほどそういうのも有りなのかって、あ、おいこれ他の奴に言うなよ?」
- あっはい、秘密ですね。
トールさんと会ったのかこのひと。なかなかレアだな。ハルトさん以外、会ったこと無いっていってたっけ。
それにしても、ザンキ無限って、残機か?、何という考え方だよ…。
「おうよ、重大な秘密だからな?、特にお前、見かけは弱そうだから特別に教えてやったんだぜ?、感謝しろよな?」
- それはどうもありがとうございます。
「おう。んでよ。お前ロミんとこから通う、って言ってたよな?、会ったんだよな?、ロミに」
- はい。
「…、はい、ってそれだけかよ?」
- それだけ、とは?
「いや他にもっとあるだろーが、ロミに会ったんならよ」
- 美しいひとでしたとか、可愛らしいひとでしたとか、そういう?
「そうそうそれそれ、やっぱお前もそう思うよな?、あんな女神みてぇな女がいるなんてなぁ、最初は隣に連れ歩くだけでも夢じゃねぇかって思ったぜ、ま、俺ぐらいになりゃぁロミと歩くぐらいはもう慣れっこなんだがな、はっはは」
んー?、それって自慢なんだろうか…、よくわからないけどとりあえず話を合わせておくか…。
- へー、すごいですね。
「だろ?、な?、俺ぁこっち来て60年ぐらいだけどよ、ずっと若くて可愛くて綺麗なまんまなんだぜ?、絶対いつか俺のもんにしてぇ女なんだ、だからお前はロミに惚れんなよ?、わかってんだろーな?」
- あっはい、そりゃもちろん。
「もちろんったぁどういう意味だ?、ロミに魅力がねぇって意味じゃ、」
- 違います!、あのひとは高嶺の花ですから、僕なんかじゃ釣り合わないって意味ですって。
「お、おう、お前見どころがあるじゃねぇか。そんでお前、実際のところどんくらいやれるんだ?」
- へ?、何がですか?
「何がってそりゃ勇者なんだからよ、腕っぷしに決まってんじゃねぇか。あんだけの壁作れんだ。強ぇって事ぁわかってるぜ?」
それは自信無いなぁ…、何て言おう?
- えーっと、まだ1年程の駆け出しなんで…。
「あー謙遜はいい。俺でもあんな壁はちょっと壊せる自信が無ぇ、だからお前とは模擬戦なんてやりたか無ぇ。前は何かやってたのか?」
- 前はって、ああ、剣道とかですか。そういえばコウさんは剣道で全国大会に出てたらしいって聞きましたよ。
「サクラから聞いたのか?」
- いえ、聞いたのはハルトさんからです。
「ちっ、ハルトさんかよ」
舌打ち…。余程ハルトさんから小言を言われたりしたんだろうか…。
- はい。
「あの糞真面目がすげぇのは知ってんだよ。何度も手合わせしたしな。ありゃー勝てねぇわ、勝てる気がしねぇ。隙がねぇんだよ、クリスさんってひとのほうが強いぞって言ってたが、俺は会った事ねぇし、トルイザンってとこを独りで守ってるらしいな、すげぇよな」
話をハルトさんから逸らしたかったのかな。一応強さは認めてるみたいだけど。
- そうですね、でも全国大会ってだけでもすごいと思いますよ
「そうか?、へっへへ、まぁな、優勝はできなかったんだけどな、何つーか、紙一重?、ってんだっけ、そんなでよ、負けちったんだけどな」
コウさんは鼻の下を人差し指でごしごしやって照れ臭いのをごまかすような仕草をした。
- いえいえ普通は全国大会なんて出れませんから。
「おお、お前分かってんな、まぁ何だ、剣なら俺んとこに居る間は鍛えてやってもいいぜ?、ここに寝泊まりしねーみてぇだし、いらねーかも知んねーけどよ」
- 機会があれば、まぁそのうちにでも…。
「そっか、そうだよな、いらねーか。魔法ならロミも使えるみてーだが俺は全然でよ、俺は武力でいくっきゃねぇな、なんて思ってたんだけどよ、俺も使えるようになったほうがいいのかなぁ…」
- そうですね、
「そうだ!、ロミに教えてもらえばいいんじゃねーか!」
基本の鍛錬方法ならお教えしますよと続けようとしたら急に言われた。
- え?、はい、そうですね。
「でもなー、前に教えてくれって言ったんだけど、だめだったんだよなぁ…」
まぁロミさんはあまり自分が魔法を使える事を周囲に知らしめたく無かったみたいな感じだったからなぁ…。
たぶん、ロミさんの周囲でもその事を知っているのは限られてるんじゃないかな。
しかしロミさんはどうして断ったんだろう?
さっきちょっと言いかけてしまったけど、そのへんの事を先に尋ねておくべきかも知れない。
- じゃあそろそろ僕は用事があるんで…。
「んぉ?、そうか?、ああ、途中で暗くなっちまうからな。ロミにぁよろしく言っといてくれ」
- はい。わかりました。
よろしくも何ももう手遅れなんだけどなー、とか思ってるのは内緒だ。
「また来るんだろ?、俺も午後にぁベガースんとこに戻るようにしとくからよ」
よっこいしょという雰囲気で立ち上がり、木箱の陰から出ようとしたのを見て、ひと声かけてから飛行結界で包み、すっと浮き上がった。
- はい、では。
「おぅ、え?、おいおい何だよあいつすげぇな、音も立てずに消えちまったぜ…」
下できょろきょろして何か言っているのを見ながら川の方へと移動した。
●○●○●○●
挨拶だけのつもりが結構時間がかかってしまったので急がないとリンちゃんたちの調査が終わってしまう。
調査というのは、今日は『瘴気の森』自体は霧と瘴気のせいで見通しが悪いので調べないけど、川沿いに海の方まで見てこようって事。
ロミさんが、下流の方は魔物が多いとか言ってたのに、コウさんたちは巡回も哨戒もしていないのが気になってね。
もし下流のほうの魔物は既にコウさんたちが対処済みで、村から陳情が上がっていた件についても彼らが対処しているからこそ現在はあんなにのんびり構えていられる、という可能性だってあるにはあるんだから、移動しながら見て地図を作成しておけば、魔物が出て対処(戦闘)した痕跡があればわかるだろう。
というかね、現状、ロミさんからのコウさんを含めた戦士団への印象が最悪に近いんだよ、このままだと。
コウさんについては自業自得な気もするけどね。
だから何かいい材料は無いんだろうかって…、思ってたんだけどね…、あんな連中を擁護する材料を探す気力がだいぶ落ちてるのは自覚してる。
それでもまぁ、調べるのは調べないとね。周辺状況を知らないままあれこれと計画は立てられないんだからさ。
と、そんなことを思いつつも、川沿いに飛行しながら地図を焼いて行く。
上から見ると、確かに言われていたように川の水の色は分岐の少し上流あたりから徐々に赤くなり、河口あたりでは茶色へと変化しているようだ。
ある程度近づいて索敵魔法でみても、川には生物が居ない。川べりに生えている植物ぐらいだけどこれも茶色い。ん?、植物が1種類だけだなこれ。ずっと川べりというか川の周辺に生えている植物は同じ種類だ。もちろん川のこちら側ね。『瘴気の森』側は霧状に灰色の煙のようなもので隠れているけど、ちらほら見えるのは薄黒くなってる木々だ。低木と普通の木のサイズが半々ぐらいかな。
ふと、川のこちら側、草原のようにちらほら見えているその1種類の草と地面の間に白いものがある。近づいて見ると何かの骨のようだ。地面は枯草だらけなんだけど…、あ、ここ湿地帯じゃないか。じゃあここ、下手に降りられないぞ?
地面ぎりぎりに浮いた状態で、結界魔法を使い、以前有翅族の村で移植をした時のように1辺1mの大きさの立方体でずぼっと地面を掘って持ち上げてみた。
やっぱり泥炭か…。
ここは寒冷地じゃないけど、微生物が繁殖しにくいので泥炭になってしまうんだろう。原因は瘴気かな、それとも他にあるかも知れない。
じわーっと茶色く濁った水が穴の中に染み出てきている。
抜き取った立方体の底の方は泥炭だけど、上半分以上は枯草と茶色い水だからね。
ここは戦闘どころか、下手に足を踏み入れると足が沈んで身動きが取れなくなるんじゃないか?
だから下流の方までひとも魔物も来れないんだ。
じゃあ下流の方は魔物が多いって報告は何なんだ?、謎だなぁ…。
作成した地図をよく見てみると、海岸線のあたりは茶色い砂地があり、砂浜のようになっている。そこから上流に向かって6kmの湿原となっていて、そこから普通の土地の様相だ。そのあたりで『瘴気の森』の西側は半分で、そこから4km遡ったところの、川から300mほど西寄りにコウさんたちがいる拠点がある。分岐まではそこから2kmだ。
つまり、『瘴気の森』の西側の川は海から分岐まで直線で12kmある。川自体はゆるやかに曲がりくねっているけどね。
んー、湿原のところは哨戒しなくても足を踏み入れられないだろうからいいとしても、そこらへんまでなら巡回警備をしてもいいと思うんだけどなぁ。あるいは柵を築くとか、魔物がでるという事なんだからそれぐらいしてもいいはず。
やっぱりいろいろと齟齬があるのが気になるなぁ…。
魔物が川を渡って出てきたという痕跡も草と枯草でよくわからないし、コウさんたちの拠点のあたりは確かに渡って出てきて、戦闘したんだろうという痕跡があったけど…。
今朝は大雨だったみたいで、その痕跡も頻繁に戦闘があったのかどうかなんてわからない。
ティルラ国境などが大変だった頃のように、頻繁に魔物がやってくるのを想像してただけに、何だかなぁという気がしてきた。
東側のほう、リンちゃんたちの調査も気になるのでそろそろ合流するか…。
次話4-076は2021年09月03日(金)の予定です。
20210830:コウのセリフに訂正。 いるなんて思わなったぜ ⇒ いるなんてなぁ
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回も入浴無し。仕方ない。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
いろいろとごまかしまくってますね。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
タケルとは反対側で調査しています。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
今回は出番なし。でもリンと行動しています。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
ちょっとでてきたポンコツさ。
今回は出番なし。でもリンと行動しています。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回も出番無し。
彼女も瘴気の影響を受けやすいのです。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は名前のみの登場。
コウからはあまりよく思われていないようですね。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
執務中。今回も名前のみの登場。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。
何というか、形容に困るひとですね。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
4章062話・063話に登場したが、それ以前にも名前が出たりした。
今回も名前のみの登場。
トールさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号11番。ミサキ=トオル。
名前のみの登場。4章030話でも名前が登場した。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ベガース戦士団:
コウと一緒に『瘴気の森』に派遣されている戦士団。
タケルからはついに暴力集団とまで言われてますね。
印象が最悪なのはお互い様のようです。
ちなみに派遣されている戦士団は他に2つありますが、
最大人数なのはこのベガースです。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。