4ー074 ~ 瘴気の森へ
何だかいい雰囲気になってしまったので、じゃあそろそろ失礼するかと隣のテンちゃんやリンちゃんと目配せをしたら、それを察した司教さんが『タケル様』と呼び掛けたのでそちらを見た。
「もし良ければ参考にしたいので、普段どのような回復魔法の訓練をされているのか、お話をお伺いできたらと存じますが、いかがでしょうか?」
なるほど。
ちらっとテンちゃんとリンちゃんを見たけど反応無し。
俺の判断でいいってことか…。
- そうですね、回復魔法に限定した話では無いのですが、魔法を扱う上で――
と、魔力感知や魔力操作の話をした。
最初の頃やってたような、体内魔力を感知しながら動かしたりする事ね。慣れてくると指先だけとか、それをさらに移動したりっていうのも伝えておいた。
これ、『森の家』でチーム『鷹の爪』の魔法担当であるプラムさんも最初はこの段階からだったんだよ。リンちゃんは数段先から教えようとして、全然ダメだったから基礎の基礎であるこの段階まで戻して鍛えたみたい。
そんな感じで、魔法が使えるならまずはここから。
先輩勇者たちの場合は、俺も含めてだけど成長が著しいのでこの段階はすぐに終わる。それこそ分単位で。いや、もうちょっとかかったかな?
とにかく素早く正確に操作をし、それを感知する訓練をしていく事が肝要ですと伝えたってわけ。
それと、余計な事かなとも思ったけど、詠唱に頼るのは良くないって事も言っておいた。魔力感知があまりできていない状態の初心者が、魔力の動きを覚えるには詠唱は効率がいいんだけどね、覚えてしまえばもう詠唱はその役目を終えているんだよ。
「なるほど…、経典を覚えて諳んじるのが神官としての命題でもありますので、そう言われてみるとその次の節の解釈も…」
「あれはそういう意味だったのですね…」
何やら経典の一節を思い出して納得してくれたようなので、良かったよ。
それから司教さんが席を立って、鍵のかかった棚から分厚い経典を取り出したので、いい頃合いだと『次の予定がありますのでそろそろ』と逃げた。
だって、もう予想つくじゃん?、『こちらの一節にはこうありますが、タケル様はどう思いますか?』みたいなさ、イアルタン教の経典なんて俺は全く興味が無いのでそんな事になったら困るのが目に見えてる。
で、帰りはぞろぞろと案内されて裏口から出た。
予防接種の白衣さんたちが居た側じゃなくて、神官さんたちの通用門だろう、方角的に違う裏口だった。ややこしい作りではなく、素直な構造だったので分かりやすかった。
そして裏口のところで丁寧に頭を下げられ、恐縮しながら片側が石壁でもう片側が鉄柵という、いまいち美観が伴わない通用門を出て、街路樹沿いに少し歩いた。
「次はどこに行くのじゃ?」
俺の右肘に軽く左手を添えて、テンちゃんが言う。
- あそこの路地に入ったら『瘴気の森』に行きますよ。
「何じゃ、もう行くのか?、市場のほうには行かんのか?」
「市場はあっちですよ?、お姉さま」
後ろを歩いてるリンちゃんが左後ろの方角を指差して言った。
「ならこっちには何があるのじゃ」
- 表側は人が多いのでこっちの石壁のほうに曲がっただけですよ、人目が無いところで飛び立つだけですから。
「何じゃ、つまらんの…」
- まぁ街路樹の花や蕾でも見ながらでいいじゃないですか。
「ふむ、ハルマキの花じゃな。良い選択なのじゃ」
- はるまき?、って言うんですか?、この木。
「種を蒔く時期に咲く花なのじゃ。場所によってはハルヨビやハルシラセとも言われておったのじゃ」
「あ、私のところではハルヨビと言われてましたです」
- へー…、可愛らしくていいですね、この花。
それで『春呼び』か。ハルマキは春巻じゃなくて『春蒔き』って事ね。なるほど。
「うむ」
「そうですね…」
「この花の蜜も妖精蜜の原料のひとつです実は甘酸っぱくて妖精たちの好物でもありますしこの花が咲く時期から他の花々も咲き始めますので妖精たちが活発になりますです」
「ほう…」
そろそろ石壁が切れて鉄柵になるあたりだ。
ロミさんが言ってたけど、確かに裏側はところどころが石壁で妙な感じになってる。
- あ、そこを渡ってあの路地に入りましょうか。
指差してそう言い、早足でそそくさと渡り、路地に入った。
少し歩き、立ち止まると後ろからひしっとリンちゃんが腰にしがみ付いた。まるで待ち構えていたかのようなタイミングだった。
それで定番の左後ろでも無く、隣に来ないでずっと俺の真後ろに居たのか、リンちゃん…。
●○●○●○●
「ふーむ、確かに『瘴気の森』と言われるだけの事はあるのじゃ」
現地はもう雨雲は去っていて、残っている白い雲間から午後の光が差していた。
『瘴気の森』は、その名の通り瘴気と水蒸気が混ざったような靄に覆われていた。
前回ロミさんと来た時はもうちょっと見通しが良かったんだけど、たぶん雨上がりで水分が多いせいでこうなったんだろう。
普通なら雨上がりって空気が澄んで見通しが良くなるもんだが、ここの瘴気だとこうなるのか…、と、上空で一旦停止して見下ろしたところ、右腕に手を添えたままのテンちゃんがそう呟いた。
- んー、一応地図を作りましたけど、見通しが悪いせいか出来が良くないですね…。
どうせ現地でまた作るからいいかと思ってたけど、これならロミさんから返してもらって複写すれば良かった。
「今日これを片付けるわけでは無いのじゃろ?」
- はい。結構広いですからね。
「ならまた作れば良いのじゃ。それでこのまま調べるのか?」
- とりあえずは現在の状況とか、あとはコウ先輩への挨拶ですね。
「あそこへ降りるのじゃな」
- そうなんですけど、その前に、こっち側へ降ります。
と、コウさんたちの居る天幕の集合地ではなく、そこから2kmほど上流の、川の分岐のあたりを指差した。
「そうか」
すすっと移動して森の中の少し空いているスペースへと着陸。
- じゃあちょっと行ってくるので、リンちゃん、『スパイダー』を出して中で待っててくれる?
「え?、どうしてですか?」
- んー、コウ先輩に会うのは僕ひとりのほうがいいかなって。
「はぁ…仕方ありませんね、じゃあここに小屋…は造らないんでしたね、それで『スパイダー』ですか。だったら小型のほうがいいですね」
と、エプロンのポケットから『小型スパイダー』をにゅるりと取り出した。
「わぁ何ですかこれファーは初めて見ましたですよ」
「これが前に言っておったすぱいだぁか…」
「小型のほうですよ、お姉さま」
リンちゃんは面白く無さそうにそう言って向こう側に回り込み、運転席の扉を開けて乗り込んだ。
それを目で追ってから、俺を見るテンちゃんとファーさん。
- え?、あっはい。…どうぞ。
観音開きのように、助手席と後部座席への扉を開き、テンちゃんを助手席へ、ファーさんを後部座席へと誘導した。
「ほう、狭いが座り心地は良さそうなのじゃ」
「何だかファーはわくわくが止まりませんですよ」
そいや前々から疑問に思ってたんだけど、何で『小型』のほうは左ハンドルなんだろう?、『スパイダー』は右ハンドルと言うか、中央ではなくやや右側に運転席があったはず。ついでに言うと昇降口は『スパイダー』の左側面についている。
光の精霊さんの里での都合とか?、まぁ今はいいか。
- リンちゃん、このままこっちがわの下流のほうの様子を調べてみて欲しいんだ。
「なるほど、そういう事でしたか、わかりました。ファー、この森を超えて反対側まで飛べますか?」
「申し訳ありませんリン様、瘴気の影響が無い場所から同じく無い場所まででしたら何とか飛べますです。旦那様のようにはできませんです」
「つまりどういう事なんです?」
「わかりにくいのじゃ」
「も申し訳ありません、あのその、ファーたちの飛び方ですと周囲の魔力を巻き込みますですこのように瘴気が濃い環境では集めてしまい制御が難しいのであります」
「ああ、そうだったのじゃ。其方は風の者だったのじゃ」
テンちゃん…。
「……」
ほら、ファーさんの目が悲しそうだ。『忘れないで欲しいのですが』と訴えてる気がする。
「はぁ…、わかりました。仕方ないですね、タケルさま、すぐに駆け付ける事ができないんですから、くれぐれもややこしい事にならないようにお願いしますね?」
- あ、うん、努力します…。
そうか。『瘴気の森』を挟んでだと魔力のパルスを発信しても届かないのか。特に今日の状況だと水蒸気を含んでいるのもあって、そうなんだろう。だから地図が不鮮明になってたし、森の中の魔物の位置がはっきりわからなかったんだ。厄介だな。
今日は周囲の調査だけにしておくべきだろうね、これは。
「何なら吾と」
「お姉さま」
「何じゃ、先輩とやらに其方や吾を会わせとう無いのはあれこれ邪推されとう無いからであろう?、それくらいは解っておるのじゃ」
「あたしたちが気にしなくても、タケルさまが困るんですよ、お姉さま」
「む…」
- じゃ、じゃあ行ってくるね。
リンちゃんたちの目線が外れた隙に、ささっと言いながら逃げるように飛び立った。
最近、リンちゃんが何か厳しい気がするなぁ…。
信用があるのか無いのか…。
●○●○●○●
魔力感知によると、今日もコウ先輩は娼婦のいる天幕でお盛んな様子だった。
全く何やってんだよ…。
まさかとは思うけど、毎日ずっとあんななのか?
ほんとこれ、ロミさんに報告する身にもなって欲しいもんだよ。絶対言えないよ、こんなの。
何ともやる気が削がれた気分で、熊みたいな模様が描かれている大きな天幕の前に降り立った。
えっと、ベアーズだっけ?、野球チームみたいな名前だな。でもまぁそんなもんなんだろうね。戦士団とか傭兵団の名前なんて。
入り口の前には兵士だろうか、武装してるひとがふたり立っていて、向かい合って談笑していたが、俺が目の前に急に現れたように見えたんだろうね。
「ど、どどっ、どっ」
「うおっ!、何だお前!」
「何だお前!」
片方が調子悪いバイクみたいになってた。
っと、笑いを堪えてたら剣を抜いて構えだした。
- 驚かせて済みません。こういう者でして、ロミ陛下のご命令で参りました、タケルと言います。
左手のひらを向けて謝りながらポーチから勇者の鑑札を取り出して見せた。
「な、勇者様だと?」
「本物か?」
疑われたよ。そんなに勇者って偽物が出回ってんの?
- 勇者コウ様に会いたいんですが、どちらに居られますか?
「コウ様は所用で出掛けられている」
「そうなのか?」
「今朝言ってたろうが、聞いてなかったのか」
「すまん、聞き逃してた」
「とにかくここには居られない。団長を呼んでくるから少し待て、あ、待ってて下さい」
ああ、鑑札が本物だったらと思って言い直したのか。
- わかりました。
とりあえず武器はしまってくれたけど、残ったほうのひとがじろじろ見るので居心地が悪い。
目を合わせないように余所見をして待つと、そんなに待つ事なくさっきのひとが出てきて手招きをした。
「どうぞ中へ。ん?、どうした?」
残ってたほうのひとが口を半開きにしていた。何か言いかけてたんだろうか?
「あ、いや何でもねぇ」
「そうか」
中に入ると外から見た大きさより狭く区切られたスペースに通された。板などで仕切りができてたのか。
そこには大きめのテーブルがあり、3名がそれぞれの辺に立っていて、それぞれの後ろと空いている辺に椅子があった。テーブルにはどこかで見たような四角い魔道具が置いてあるだけだった。
その3名は無遠慮に俺を値踏みするかのように上から下までじろじろと見ている。
「俺がここベガースの団長、ベギラムだ。すまないがもう一度鑑札を見せてもらえないだろうか」
正面に立っていた体格のごっつい髭面の男性が言った。
- はい、どうぞ。
テーブルを挟んで手を伸ばして差し出すと、彼は頷いて受け取り、装置の四角い窪みの上に鑑札を置いた。
あ、これツギの街の冒険者ギルドにあったやつだ。今思い出したよ。
「どうやら本物のようですね。失礼しました。勇者タケル様。どうぞお掛け下さい」
- はい。
鑑札を受け取り、手で示されたので椅子の位置を調節して座ると、全員が座り、左側のひとが俺の後ろに立ったままだったひと見て言う。
「ああもう戻っていいぞ」
「は!」
そのひとが紐をほどいて垂れ幕を垂らして退室すると、ベギラムさんが言う。
「陛下は何と?」
- え?、あ、何とかしてきてとは言われましたが…。
「そうですか、何か書類のようなものは?」
- ありません。僕はこちらの方々に何かしろとか、配下につけとか言われてませんので。
でも何か書面に書いてもらって来れば良かったね。
別行動をするから要らないって思われてたんだろうか…。
「ではこちらにはどういったご用件で?」
- 勇者の先輩がこちらに居ると伺ってましたので、挨拶に寄っただけです。
「なるほど、そうでしたか。しかしコウ様がいつお戻りになるのかわからないのですよ」
そうですか、出直しましょうか?、と言おうとしたら続けて言われた。
「それでですね、まだ見習いの勇者様がこのような前線までお越し下さったのです。今日は朝から大雨のせいでいつもの訓練ができませんでしたが、ちょうど良い機会です。せっかくですので我々の訓練にお付き合い下さいませんか?」
見習い?、あ…、そういえば鑑札が古いままだった。
カズさんと会ってしまったんですっかり忘れてたよ。
- え?、あの、僕は見ての通り剣など持って来ていませんので、
「武器も持たずに前線に来られるとはさすが勇者様ですな、はっはっは」
割り込まれた。
そして両側のふたりも一緒に笑ってるし。
やだなーこういう武闘派のひとたちって、これだから…。
結局外のちょっと開けた場所に連れて来られてしまった。
まだ多少は地面がぬかるんでる箇所があるので集団訓練はしないらしいが、準備体操のような事と、個別指導のような事や、簡単な模擬戦はするらしい。
「タケル様はご存じかも知れませんが、勇者コウ様は剣の扱いに長けておられましてな、我々にご指導下さる事もあるのです」
ベギラムさんが俺の横で得意げに言う。
- そうですか。
「タケル様は失礼ながらあまり鍛えているようには見えませんが、人は見かけによらぬ物とも言います。何か得意な武器がありましたらご用意させて頂きますが?」
- 武器は使わないんですよ、僕は、
「そうでしたか格闘術ですな!、であればちょうど良い者が居りますよ、ゴーラン!、勇者様のお相手をしろ!」
だからどうして割り込むんだよ、最後まで聞けよ…。
「は!」
うわー、いかにも殴る蹴るが得意そうなのが呼ばれたなぁ…。
しょうがない、俺も痛いのはイヤだから、ここはちゃんと言おう。
- 魔法ありならお相手しますよ。
「は?、今何と仰いました?」
- 魔法ありならお相手しますと言ったんです。
「は?、聞こえませんな?、何と?」
こいつめ…。
- わかりました。僕からは攻撃しません。
「攻撃しない!?、これはまた何とも平和な勇者様も居られたものですな!、がっはっはっは!」
ベギラムさんの大声が聞こえたんだろう、皆も嘲笑うような雰囲気で笑っている。
「おいゴーラン!、お前バカにされたんだぞ!」
「ひと泡吹かせてやれ!」
そんなヤジがいくつも飛び交っている。
周囲がそうやって囃し立てる中、ゴーランさんはそのごつい拳をもう片方の手でばしっばしっと受け止めて鳴らし、俺から5m程の距離まで近づいて睨みつけてきた。
「よーしでは始めていいぞ!」
ベギラムさんが俺から飛びのくように離れてそんな事を言った。
準備はいいかとか無いのか…。
その声と同時にゴーランさんが構えて突っ込んで来た。
が、俺は当然、ちゃんと障壁を半球状というか縦長の半球状だな、一応、外の音が聞こえにくいのは困るのでところどころに穴を開けてあるけど、そんな風に張ったわけで、そこに彼はそのままの勢いでぶち当たる。
足が先に障壁に当たり、躓くような恰好で、俺の2m先の障壁へ咄嗟に前にだした両手で顔面衝突は避けたが、不格好なのは確かだ。
「ぎゃっははは、どうしたゴーラン!」
「恰好悪ぃぞ!」
「何だあの恰好!、ひゃっははは!」
周囲の笑い声に、顔を真っ赤にしたゴーランさん。彼は目の前に見えない壁があるんだと分かったようで、手探りで壁に触れて俺の周囲を回り出した。
「おい何やってんだ!」
「新しい格闘術か!?」
「うるせぇ!、壁があんだよ!」
「壁だって?、何言ってんだあいつは…」
周囲は笑い声と呆れ半分で揶揄する声。
応援なんて誰もしていない。何だか哀れになってきたな。
そりゃ魔力感知がちゃんとできないと、障壁魔法だとは思わないし、場所だって見えないんだから手探りになるだろうよ。
武力って信じている人たちでも、相当のレベルじゃないと気付かないらしいからね。
いやメルさんが前に言ってたんだよ。あの王女様は達人級だからね。現在は魔力感知も結構鋭いから障壁や結界の位置も正確に把握できるようになってるけど。
「おい少し待て、…何だこの壁は…、タケル様がしておられるんですか?」
- そうですよ。
「困りますなぁ、真面目にやって頂かないと」
- 武力で障壁を張っただけですよ。
このひとには魔法って言ったら耳が遠くなるみたいだから武力って事にしておいた。
「なるほど武力で障壁をね…、ではこれならどうですか!」
いきなり腰の剣を抜いて斬りかかってきた。
このひと、先に障壁の位置を手で確認してから距離を合わせて攻撃してるんだから性質悪いな。
でもその程度で斬れるような障壁じゃ無い。
ガンと音がして剣が跳ね返り、体勢が崩れた。そりゃそんな斬り方をすれば跳ね返った衝撃はその手や腕に返ってくるだろうよ。
それぐらいの事は俺にだってわかる。硬い岩を剣で叩くようなもんだし、この障壁は目には見えにくいんだから。
一応説明しておくと、見えにくいというのは、ほぼ見えないからそう表現しただけだ。例えば雨や埃などがかかると、付着はしないけどそこに透明な壁があるということが見える。
そう、足元の泥がかかって伝い下りている地面ぎりぎりの部分とかがいい例だね。
「畜生、見習い勇者のくせに生意気な!」
剣を落とし、手首を抑えて言うベギラム。
もう脳内では呼び捨てでいいや。
さて、俺はここで何をしているんだろうか…?
だいたいどうしてこうなったのか、いまいちよくわからない。
模擬戦を強制されて、魔法ありならと言ったが聞こえないフリをされたので攻撃はしないと宣言したらこうなって…。うん、やっぱりわけがわからん。
そろそろ30分ぐらいになる。いい加減諦めればいいのになぁ。
最初は立ったままだったが、野次馬の連中も集まってきて、泥をかけたりハンマーで殴りかかって来たりと好き勝手やり出したので、障壁を解除する事ができず、横の上下にあけていた穴も閉じて、形も円柱状に変形、いつものクセで床も障壁なので、立ってるのもだるくなって座ってじっとしているだけ。
暇なので索敵魔法を一発撃ってみたんだけど、障壁の外から撃ち出しても反射波を感知しづらいので、ここらへんの周囲ぐらいの事しかわからなかった。
それなら別にレーダーじゃなくても近距離用のほうで十分だけど、それはそれで障壁に隙間を開けるか出力を上げないと今の障壁強度と形状だとうまく行かない。
微かに聞こえる声。一向に諦めてくれない周囲。時々斬りかかったり殴ったりする重低音。そんなのの中でただ座ってるだけってのも退屈なものだ。
個人的にはテーブルと椅子を作ってポーチから飲み物を出したりしたいんだけど、それをして挑発ととられたら厄介だと思ってしていない。
微かに聞こえてくる声には、『臆病者!』とか『卑怯者!』ってのもあったような気がするが、気のせいかも知れない。
でも障壁に唾吐いたやつ、顔はしっかり覚えたからな…!
気のせいかも知れなくてもそんな罵倒を聞くのはアホらしいので隙間を開けたくないんだよなぁ…。
換気は上から風を送って入れ替えたりはしてるけども…。
そうして座っていると、周囲を囲って好き勝手やってた連中がさっと離れた。
諦めたのかなって思ったら、そうではなくひとりが歩み寄り、障壁に手を伸ばして触れ、何か言っている。
何だろうと、障壁に隙間を開けて問いかけた。
- あの、よく聞こえませんでした。何でしょう?
「お、喋った」
そりゃ喋りますよ。
彼は作務衣みたいに肩のところにスリットが開いていて紐でつないである、そんなだぼだぼのチュニックを着こなしていて、ズボンも膝までしかないからぱっと見は作務衣にしか見えない。裾もズボンの外だし。足も素足で草履みたいなのってかどう見ても草履だな。
ここそんなに温かい場所じゃないんだけど、寒くないんだろうか?
「これはお前が張ってる結界か?」
- ええ、そのようなものです。
「こりゃすげぇな、で、見習いだって?、タケルっつったっけか?」
- ああ、それは鑑札が古いんですよ。更新するのを忘れてたので見習いのままなんです。
「そうか、俺ぁコウってんだ。ここで勇者やってる」
そう聞いて急いで立ち上がった。
- 勇者番号4番、ナカヤマ=タケルです。タケルと呼んでください。コウ先輩。
「おお、勇者番号8番、ヨシカワ=コウイチだ。コウって呼ばれてる。よろしくな、後輩」
にかっと笑みを浮かべて答えるコウさん。
- はい、よろしくお願いします。
つい、元の世界のようにお辞儀をした。
「ははっ、そんでこりゃあ一体どうしたんだ?、こいつら見習いにバカにされたって怒りまくってんぞ?」
はぁ、バカにしたつもりは全然無いんだけどなぁ、どちらかというとこっちがバカにされたっていうか…。
というのを、ここに来てからの事を順番に説明した。
するとコウさんは、『あーそういう事かぁ…』と後頭部を掻きながら言い、くるっと後ろを向いて彼らに都合の良さそうな事を言い、こっちに向き直ってからこそっと『お前も模擬戦ぐらい軽く相手してやれば良かったんだぜ?』と言った。
- 嫌ですよ、近接戦闘なんて全然ダメなんですよ、殴られたら痛いじゃないですか。
「はははは、お前面白いな。じゃあ何ができんだよ」
- 魔法なら少し使えますよ。この障壁もそうです。
「なるほどなぁ…、そう言やロミも障壁で身を護ってたっけな…」
やっぱりロミさんは障壁魔法は前から使えたのか。
- そうなんですか。
「ああ、でもお前、そんなんだけじゃ前線では役に立たねぇぞ?」
そんな凄まないでくれないかなぁ…。
だいたい娼婦の天幕に入り浸ってるようなひとには言われなく無いんだが…。
でもこれを言うと絶対怒り出すだろうから、言えないね。
次話4-075は2021年08月27日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回も入浴無し。仕方ない。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
武闘派の思考は理解できないらしい。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
ただ待ってるだけでは無くて、ちょっとやる気がでてます。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
内心では瘴気など消し飛ばせばいいと思ってそう。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
ちょっとでてきたポンコツさ。
でもしょうがないよね。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回出番無し。
彼女も瘴気の影響を受けやすいのです。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。
剣の腕は達人級。
詳しくは2章からを参照。
名前のみの登場。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も出番なし。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
執務中。名前のみの登場。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。
やっと登場。
カズさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。
ロスタニア所属らしい。今の所。
4章062話・063話に登場したが、それ以前にも名前が出たりした。
今回も名前のみの登場。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ヴェルマンテ教:
これは略称で、ヴェルマンテチェソリス教と言う。
他にもヴェルマン教という略称もある。
ロミは書面で覚えているので略称時の後ろの文字を発音しているが、
教徒はそこを発音せずヴェルマン教と略す。
いずれにせよ略称なのでこだわりは無いらしい。
他については4章070話参照。
タケルたちは施療院のひととか白衣のひととか言ってますね。
イアルタン教:
この大陸、というか島国レベルですが、
そこに住む人種の凡そ7割を占める宗教。
精霊信仰系宗教。
教会のひと、神官たち、そんな呼ばれ方をしてますね。
ここの教会内に入ったのって初めてでは?
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。