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4ー073 ~ 教会にて

 「そうそう、フレーン()にも行ったんですって?」


 食事が始まり、スープを飲み終えるとそのお皿を給仕(女官)さんたちが下げ、押してきたワゴンからパンとメインディッシュが並べられているタイミングで、ロミさんが楽しそうに言った。


- あっはい、市場を見て歩きたかったんですよ。


 リンちゃんがね。

 でもまぁ、俺も見たかったので嘘じゃ無い。


 どっちかと言うと、俺はああいう食料品が目立つ商店街じゃなくて、細工物だとか衣類だとか日用品のお店を重点的に見たかったんだけどね。あそこにあった日用品みたいな雑貨屋って、あるにはあったけど食料品がメインっていうかそんなだったし、リンちゃんが見向きもしないんだもん。あとは飲食店や屋台ね。


 と言ってもああいう雰囲気は嫌いじゃ無いよ。


 「そうだったの?、それにしては…、あ、魔法の袋があるのね」


 ロミさんは教会前の馬車事故の事を報告されていたようだし、その被害者がフレーン()の青年と子供だったって知ってるんだろう。

 だからそれをわざわざ知らせに行ったんだと思ったのかな。


- はい、それで市場を抜けて、ちょっと脇道というか路地に入って歩いて行ったらたまたまそこに出たってだけで、知らなかったんですよ。


 「ふふっ、そうだったのね。フレーン()はね、昔は最大の戦士団だったのよ」


 懐かしそうに言って、カトラリーを手にした。


- そうなんですか、今もそんな雰囲気はありましたけど。


 「んー…、確か五本指のひとりがまだ戦士団を率いていたと思うけど、親を亡くした身内の子供たちの面倒を見ていたから、もうそれを生業にしたら?、って土地を与えて支援したのが始まりね。あのあたり一帯はフレーン()に与えた土地なのよ」


 口に入れたものを飲み込んでから上品に口元を拭い、水をひと口、それから一瞬斜め上を見て、うん、と思い出すような仕草をしてから言った。


- へー、学校みたいでしたけど、そこだけじゃないんですね。


 「うん、市場もそうね。教会横の通りを挟んで外環状道路のあたりまでがそうなの。そこから外の壁までも実効支配しているけど、そこはこちらが貸しているだけね」


- それってかなり広い範囲ですね。


 「ふふっ、教会のひとたち、恐れてたでしょぅ?」


 ああ、言われてみれば誰も知らせに行ってなかったし、行くのを避けてたね。

 御者の2名もやたらびびってたし。


- そうですね。


 なので苦笑いで言った。


 「スォ族がここに来た頃からある大きな戦士団で、土地を与えられているんだもの、あのあたりの顔役以上の事をしてくれているわ。それは恐れられて当然よ?」


- なるほど。ところで何でフレーン()って家が付いてるんですか?


 「それは、最初は家族経営だったからよ?、今は違うけど」


- 戦士団がですか。


 「ええそうよ。当時のスォ族の族長、その兄が族長を継がずに『俺には族長は向いてねぇ』って戦士を続けたの。結構人望があったし、妻が複数いたのもあって、大家族になっちゃったのよ。それでスォ族最大の戦士団ができあがったの。フレーンというのはその兄の名前ね。きっと何も考えずにつけちゃったのね」


- ああ、家名だと族長と同じになってしまうから…。


 「そうね。だったら新たに家名を作って名乗ればいいのにね、ふふっ」


- あ、さっき通りを挟んでって言ってましたけど、教会がそんな有力者の地域に隣接してるって、何か理由があるんですか?


 少し気になったので尋ねてみた。


 「教会の場所って、もともと広場にしていた場所だったの。戦士団の訓練所で、出陣前に集合する場所ね。アリースォムとして統一してからも、しばらくはそんな感じで開けた土地だったのよ」


- あ、すると教会って後からこの国に来たんですか?


 「ああうん、精霊信仰自体は元々それぞれの民族にあったものなの。統一国家になってから、ホーラードからやってきたイアルタン教がそのへんを上手くまとめちゃったのよ。元々の教義とそう変わらないし、イアルタン教の方がいろいろと体系立てられているのもあるのでしょうね、もしかしたら私がこの地に来るよりもかなり昔に、それぞれの部族へ伝わっていたものなのかも知れないわ」


 なるほどね、下地は既にあったけど、あれこれ明文化されてなくてざっくりしたものだったと。それをうまいこと取り込んでまとめたってわけか…。


- それであの場所に?


 「建てる時、かなり揉めたんだけどねぇ、他にいい場所も無いし、公園にして草木をたくさん植えて管理するならいいわよ、って条件つけて、反対してた者たちも黙らせたのよ」


- 手入れの行き届いた公園になってましたね。街路樹も花が咲き始めてて良かったです。


 リンちゃんがテンちゃんの隣でうんうんと頷いてる。テンちゃんはゆっくりと首を動かしてそれを見て薄笑いを浮かべてるけど、どういう意味だろう?


 「教会の裏のところの壁、ちぐはぐだったでしょ?」


- あ、そうですね。石壁が少しだけでした。


 「あれね、他所みたいに閉鎖的な壁を作り始めたから、『何のために教会前に公園を造らせてそれと街路樹の管理をしろって言ったのか考えた事はあるぅ?』、って通達を出したらああなったのよ。私としては柵なんて要らないでしょ?って思うのだけど、柵が無いと不安なのかしらねぇ?」


 最初は楽しそうに、後半は意味ありげな笑みで言うんだもんなぁ、ロミさん。

 まるで『そんなに(お金を)貯め込んでるのかしらぁ?』とでも続くみたいな言い方だ。


 そいや何で教会ってどこも礼拝堂以外は秘密なイメージがあるんだろう?

 1階部分に窓が無いとかさ、何か閉鎖的なイメージが…。


 「だから礼拝堂へ続く正門は、扉が無いのよ」


- あ、そうなんですか。


 「公園部分は土地の税を免除してあげるって言ったら、礼拝堂も公園って事にしちゃったのよ。床面積を減らすためにそんな事をするなんてね、ふふっ」


 なるほど、そういう事か…。


 と、そんな風に教会の事についてロミさんが楽しそうに話すのを聞きながらの食事、というのが前半で、後半は例の浄血施療院を営んでいるヴェルマン教の話というか、ロミさんが知らない彼らの来歴を、リンちゃんが話してロミさんは聞き手に回っていた。


 ロミさんは、『だから先進的な医療技術を持ってたのね…』って改めて感心したようだった。

 まぁリンちゃんも、全部を話したわけじゃないだろうけどね。ロミさんが知りたかった事は十分伝わったんだろう。






 「それで、この後『瘴気の森』に行ってくれるのよね?」


 食後のお茶の時、ロミさんが確かめるような目線だけど、表情自体は柔らかい雰囲気で尋ねた。


- それなんですけど、『瘴気の森』(あっち)の方、すごい雨みたいなんですよ。


 「今もなの?」


- 外に出てもう一度確かめますけど、大雨状態だったら地図を作るにせよコウさんと会うにせよやりづらいなって思いまして…。


 「ならアクアに尋ねれば良いのじゃ」

 「お姉さま…」


 呆れたように言うリンちゃん。苦笑いなのか何なのかよくわからない何とも複雑な表情をして口元を左手でそっと隠し、目を伏せたロミさん。


 横のテンちゃんは至って平静で、その隣のリンちゃんをちらっと見た。

 俺?、俺はほら、そんな安易に頼っていいのかなぁ、って考えてるとこ。


 「何じゃその目は、タケル様がせっかく便利なものを着けておるのじゃ、活用しない手は無いと思うのじゃ」

 「それはそうかも知れませんけど、お姉さまはウィノア(アクア)がタケルさまに近すぎると以前ぼやいていたじゃないですか」

 「あの時はそう思ったのじゃ」

 「じゃあ今は?」

 「タケル様はうまく扱えておると思うのじゃ。(われ)も近くに居る故アクアも過剰な事はしないと判断したまでなのじゃ」

 「そうですか?、まぁお姉さまがそう言うなら…」

 「何も現地の天候を操作させよと言うておるのでは無いのじゃ。行動する前にちょいと現地の天候を知る事ぐらい良いと思うのじゃ。のうタケル様よ、其方はどう思うのじゃ?」


 急に話がこっちにきた。

 どうしても今すぐ行動しなくちゃいけないのに豪雨は困るなぁ、って場合でも、天候操作してくれって頼むのはどうなんだって思ってるわけで…。


 バルカル合同開拓地(魔物侵略地域)の時?、あれは手伝いを提案されて、お願いしますって言ったら短時間の集中豪雨になったわけで…。

 ハムラーデル国境の時?、あれは俺が頼んだわけじゃなくて、(むし)ろ天変地異を避けるために言った事がそうなったって話で…。


 そりゃあ現地の天候を詳しく知る事には同意したいけど、あまりウィノアさんを当てにしてると悪い癖になりそうなんだよなぁ…。俺だってあまり意志が強いってわけじゃないし、どちらかというと楽な方に流される自覚はある。


 既にリンちゃんの居る便利な生活に流されて、それに慣れ切ってしまってるんだからさ。


- んー…


 と、考えてるとテンちゃんが言う。


 「何じゃ、あまり頼りたく無いというような顔をしておるのじゃ。タケル様よ、其方の考えはわからなくも無いが、(われ)ら精霊は其方に頼られると嬉しく思うものなのじゃ。恩義を感じておる者もおるのじゃ。其方の助けとなり、其方が喜んでくれるのが愉しみであり嬉しいのじゃ」


- ええ。まぁ…


 それは何となくわかってるんですけどね、だからって何でも頼ってしまうのはなぁ…。


 「現地の天候を知る程度のちょっとした事なら、そのように遠慮する必要は無いのじゃ」

 「そうですよ?、何なら高高度からの観測情報をお伝えしてもいいんです」


- いやそれはいくら何でも…


 やりすぎでしょw

 ほらロミさんの目がマジになったじゃないか。


 「そう仰るのでしたらウィノアに訊いてみて下さい」

 「うむ」


 精霊さんたちからすると、その程度、ってレベルなのか…。


- わかりました、その助言に従います。ウィノアさん、ここから西北西におよそ160kmの『瘴気の森』のあたり、今日の天候を教えてもらえます?


 胸元に話しかけると、すぐに声が返ってきた。


 『はい。午前中はタケル様もご存じの通り、雷を伴う激しい雨に見舞われておりましたが、それも現在は収まりつつありまして、この後1時間以内にそれらは北東へと去り、天候は回復に向かう模様です。お出掛けの際には雨具が必要でしょう』


 …何という天気予報…。


 「ふむ、雨具というのは冗談にせよ、行くなら少し余裕を持って2時間後にすれば良いのじゃ」


 冗談だったのか…。わかりにくいよウィノアさん。


- わかりました、ありがとうございます。


 『いいえ、どういたしまして』


 そういう訳で、少し時間ができた俺は、ロミさんから依頼されたってのもあって、教会へ寄って行く事になった。






●○●○●○●






 どうしても付いて来ると言うリンちゃんに負けて、ならば付いて行くと右腕を抱きしめて離れないテンちゃんにも負けた。


 「置いて行かないで下さいですよ旦那様ぁ…」


 と、涙目で訴えるファーさんにも負けた。3連敗だ。


 まさかロミさんまで?、と見ると、口元を片手で隠して笑っていた。


 「私もと言いたいところだけれど、片付けなくてはならない仕事があるのよ」


 ちらっと女官長さんに目線を送り、すっと視線を俺に戻しながらそう言ってた。

 女官長さんのほうは澄まし顔ですっと頭を下げてたね。


 まぁロミさんはここの国のトップなんだし、そりゃ執務があるだろう。

 本来の予定ならこの国に戻ってくるのがまだ2・3か月先だったとしても、ね。






 今回もテンちゃん式の飛行結界だ。

 右腕に軽く手を添えてるはずなのに、ふよんと胸が当たっているテンちゃんが何か言うかと思ったけど、何も言わなかった。

 それどころか食事前からずっと上機嫌なんだけど、もしかして午前中にしてた戦駒(センク)だっけかの対戦成績がまた良かったのかな。


 リンちゃんはいつも通り後ろから俺の腰に両腕を回してしがみ付いてて、ファーさんは不安そうなのか何なのかよくわからないほんのりと頬を染めた顔つきで、両手で俺の空いた左手を、いい感じの力加減で握っていた。


 それはいいんだけど、飛行中ずっと俺の横顔を見てんのよ…。気にしないようにするのが大変だった。

 何なんだ一体…。この精霊さん(ひと)だけは行動が読めないなぁ…。


 とりあえず道を挟んだ建物の裏のところに降りた。

 共同の井戸があるみたいなんだけど、普通なら昼食後のこんな時間なら洗い物などで人が結構いるはずなのに、誰も居ない。


 飛行結界を解除して、井戸をよく見るとフタがあってパイプが繋がっていて周囲の建物へと水を送っているようだ。魔力が働いているので魔道具かこれ。すごいな。


 あー、そういや建物の屋上にタンクっぽいものがあったわ。元の世界では見慣れているものだったけど、改めて考えたらこの世界ではここぐらいじゃないか?

 さすがのアリースオムだ。


 「タケルさま、こっちですよ」


 井戸を観察していたら、リンちゃんが上着をちょんと摘まみ、くいくいと引っ張って言った。


- あ、うん、行こうか。


 今回は方向を間違えるお約束じゃないぞ?






 ああそうそう、今回はスォ族の衣装じゃなく、いつもの衣装に着替えてきた。

 リンちゃんとファーさんも膝上スカートのメイド服で、テンちゃんも全身真っ黒のゴスロリっぽい服装になっている。


 そんな恰好だけど、お城で着せてもらったスォ族の衣装よりは目立たない…、のか?、視線が俺を素通りして3人の精霊さんたちに行ってるような気がする。

 まぁスォ族の服だった時は俺にも視線が集まってたんだから、俺としては目立たないって表現で合ってるな。


 いや、どっちかというと、俺が車道側でリンちゃんが並んで歩いてて、後ろにテンちゃんとファーさんが並んでいるので、まず俺をスルーして3人を見てから、なんだコイツ邪魔だな、って視線があとからちらちらと…、いや、もう考えないようにしよう。






 横断歩道のように印が打たれている道を他のひとたちと同じように渡り、教会前の公園部分を往来するひとたちに紛れて歩いた。


 園内には飲み物やちょっとした食べ物を売る屋台が出ていた。午前中には無かったようだけど、午後から予防接種のイベントがあるからなのかな?


 「こちらで整理券をお配りしておりますー!、はいどうぞ、はい、はい」


 入り口付近では数名の神官服を着た若い女性たちが声を上げながら木札を配っていた。

 俺はそのひとを避けて少し後ろで笑顔で立っている神官さんに近づいた。


- ちょっと済みません。


 「はい、何か?」


 予防接種は小さい子が対象なのか、ちらっと俺の後ろで待っている3名を見たようだけど『予防接種なら整理券を受け取って中へ』とは言われなかった。良かった。言われたら不機嫌になるとこだよ。テンちゃんが。


- ロミ陛下からこちらに来るように言われたタケルといいます。午前中にあちらの道路で怪我人を治療した者です。


 「え?、あ、はい!、まさかこんなに早くお越し頂けるとは!、ご案内します、ティリア!、ティリア!、ここをお願い!」


 事情を知っているひとで良かったけど、そんなに慌てなくてもいいのに…。


 「はーい!、どうしたんですか?」

 「こちらの方を奥にご案内するのよ、それまでここをお願い」

 「はぁ、いいですけど…」


 ティリアさんはちらっと俺を見て不満そうだ。解せぬ。


 「午前に重傷者をあっという間に治療した凄腕の回復術士よ」

 「え!?、このひとがですか!?、っと、失礼しました」


 いいよ、どうせぱっとしない見かけだとか、強そうに見えないとか自覚あるし。


 そうしてティリアさんと交代した神官さんに付いて行った。


 礼拝堂の壁沿いに通り、左奥の扉へと抜けた。礼拝堂はイメージ通りの普通の礼拝堂だった。ウィノアさんらしい大きな像があったけど、『森の家』や『川小屋』の小さな泉の横に置かれた像とデザインが同じで、まぁ似ていないって評判のアレだった。


 廊下を少し歩き、神官さんがノックをして通された部屋は、役付きのひとの執務室だろう雰囲気がある部屋で、中には今朝みた大司祭のひともいた。


 「失礼します。タケル様をお連れ致しました」


 ノックに返事があり、扉を開けてすぐに案内してきた神官さんが言うと、中に居た全員の雰囲気が明るくなった。


 「おお、よくぞ参られました。感謝致します」


 執務机だろう大きな机に向かって座っていた初老の男性が立ちあがって両手を軽く広げる大仰な仕草で言う。


 「さすがはロミ陛下、仕事が早いですなぁ」


 その前にいたふたりのうち片方が笑顔で頷きながら言う。


 「そうですね、ささ、そちらにお掛け下さい」


 今朝見た大司祭と言われていたひとが少し近づき応接セットのソファーを手で示して言った。


- はい。


 案内のひとが脇に避けて扉を支えてくれたので、俺に続いてリンちゃんたちもぞろぞろと部屋に入った。


 指示されたソファーというかこれ綿入りの布を張った長椅子だな、それに座ると、隣へ順にテンちゃん、リンちゃん、ファーさんの順に腰かけた。

 あれ?、いつもならリンちゃんとたぶんファーさんは俺とテンちゃんが座った後ろに立つんじゃないのかな?、まぁいいけど。


 向かいには俺の正面にたぶん一番偉いひとだろう、さっき執務机のところに居た人が座り、その隣に大司祭さんが、その隣に机の前に居たふたりが座った。


 そしてまずその偉い人がエルハーツ司教と名乗り、ニールセン司祭、トストン司祭、ホリーマク司祭と順に名乗った。

 こちらも俺の協力者だとテンちゃんたちを紹介した。フルネームを言うわけにはいかないし、精霊語部分は言えないから全員略称だけどね。


 「リン様は、あの時に呼吸補助をされておられた方ですね?」


 ニールセン司祭が目を輝かせて言った。


- はい、そうです。彼女が手伝ってくれなければ助けられませんでした。


 「そうでしたか、お若いのに素晴らしいですなぁ」


- それで、ロミさんからは詳しく聞いていないのですが、どういったご用件なのでしょう?


 「はい、実はお恥ずかしい事に、あの時タケル様が使われた回復魔法について、我々の誰一人として理解が及ばなかったのです。脚の骨を整復された事といい、その前に素早く描かれた骨の投影図といい、一体回復魔法をどう扱えばあのような事が可能になるのか、お話をお伺いしたかったのです」


 ああ、だから現場にいたニールセン司祭が発言してんのね。


- 脇腹の治療についてはちょっと後回しにして、脚の骨の整復や、投影図については回復魔法では無いんですよ。


 「…そ、そうなのですか?」


- もちろん、出血を抑え、組織を治療するために回復魔法は使っていますが、骨の位置を動かしたり、投影図を作る事については回復魔法ではありません。


 「すると…」


- まず、投影図ですが、あれは魔力で作った波を発して、返ってくる波を検知し、そのイメージを羊皮紙に焼き付ける魔法で、それぞれ別のものです。


 「ではその詠唱をお教えして頂くことは」


- 詠唱はありません。無詠唱なんです。申し訳ありませんが僕の扱う魔法には詠唱が無いんですよ。


 「そんな…」


- 詳しく知りたいのであれば、ホーラード王国の第二王女メルリアーヴェル姫か、同じくホーラード王国はツギの街を拠点に活動している『鷹の爪』という冒険者チームに、その魔法について詳しいひとがいますので、問い合わせてみる事をお勧めします。


 名前ちょっと自信がないけど、たぶん合ってるはず。


 「は、はい」


 司教さんが急いで執務机からペンと羊皮紙を取って、ニールセンさんに渡していた。フットワークの軽い司教さんだな。確か司教のほうが司祭より偉いんじゃなかったっけ?


- 骨の整復については単純に風属性魔法です。動かす時に周囲の組織への影響、損傷はありますが、あの時は膝上部分の止血処置が適切でしたので、出血も抑えられていたのが良かったですね。


 「なるほど、あの処置は施療院の者たちが急いでしておりました。もちろん私たち神官も、怪我の場合の止血処置については学んでおります。それと、その、風属性魔法というのがどうにも不勉強で申し訳ありませんが理解が及びません」


- そうですか、今まではどう処置をされていたのですか?


 「骨折の場合は引っ張って骨を真っすぐにし、添え木を当てて縛ってから回復魔法を掛けて行きます。今回の事故のように、複数箇所折れてしまった場合には、残念ながら私たちでは力及ばず、元通り治すことができません。なので施療院の方々に施術して頂く事にしています」


 あ、ちょっと悔しそう。


- 風属性魔法についても、先ほどお伝えした両者にお伺いしてみて下さい。


 「…わかりました」


 リンちゃんの目が半分閉じられているのが感知でわかった。手抜きで丸投げなのを咎められている気がする。

 でもしょうがないじゃないか、ここでそんな魔法の講義を長々とするわけには行かないんだからさ。


- それでその施療院のほうが人体についての知識が豊富であるという事は…?


 自覚してるんですね?、とは続けずに伺うように言葉を切った。


 「…はい…」


- なら、まずは施療院へお願いしてその人体の知識を教わって下さい。


 「「そ、それは!」」


 ニールセン司祭ではなくその隣の司祭ふたりが同時に声を荒げた。


- それは、何です?、回復魔法を扱うにも、人体構造の理解が必要でしょう?


 「仰る事は重々、ですが私たち教会にも立場というものがございまして、」


- なるほど、立場で怪我人を救えるのなら、それは重要ですね。


 ふいに俺の右膝の上に手が添えられた、テンちゃんだ。


- あ、すみません。言い過ぎました。


 「いえ、タケル様は何も間違ってはおられません。ニールセン司祭、トストン司祭、ホリーマク司祭、私は施療院にお願いして教えを請おうと思う」


 俺が謝ると、正面に座る司教さんが決意を目に秘めたような雰囲気で言った。


 「エルハーツ司教!」

 「あああ、あのような者らに教えを請おうなどと、教会の立場はどうなるのです!」


 ニールセンさんはじっと座って拳を握っていたが、その隣のふたりは立ち上がって司教さんに訴えた。


 「先程タケル様から言い過ぎたと言われましたが、その言葉を私からも言おう。立場で怪我人を救えるのかとね」


 そのまんまパクられた気がする。


 「ですがエルハーツ司教、あそこでは他人の血や薬品を混ぜ合わせたりと、人道的見地から見ても人体実験のような狂気を孕んだ事が行われているんですよ!?」

 「そうですよ、先日うちの信者が怪我をした時、輸血とやらによって何日も高熱に(うな)されたんですよ?」


 あー、そういう事例ってあるみたいだねー、元の世界でもちらほらと。

 細かい区分の血液型やたんぱく質のタイプが違うとか何とかだったような。


 「しかし、それで助かったのは事実だ」


 そこへ目に力を宿したかのように力強く、はっきりとニールセンさんが言った。

 ずっと黙って握りしめていた拳が少し白っぽい。


 「ニールセン司祭…」

 「運び込まれるまでに時間が掛かっていて、出血量からして助からないのは明らかだった、気力で何とかここまで持っていたんだ。彼らが駆け付けてくれて輸血処置をしなかったらそのまま死んでいただろう」

 「それは…、そうかも知れないが、しかし…」

 「発熱についても事前に彼らはその危険がある事を言っていたでしょう?」


 あ、そういう事だったのか。細かい型を合わせる時間すら惜しかったんだ。なるほど。でも下手したら拒絶反応で死ぬんじゃないか?、そこらへんを回復魔法で補ったって事かな?、さすがの魔法パワーだね。


 「「……」」


 ニールセン司祭から言われ、それと言い返せなくなったからか、力が抜けたようにすとんと座る2名。


 「タケル様、いきなり貴方様の域に回復魔法が使えるようになれるとは思っていませんが、人体構造への理解が深まれば、少しでもその域に近づけるとお考えなのでしょうか?」


- はい。そう思います。


 「ありがとうございます。エルハーツ司教、施療院に教えを請うご許可を下さい」

 「もちろんですニールセン司祭。私は貴方にこそ、一層学んで欲しいのですから」

 「はい、精進致します」


 エルハーツ司教を見つめてそう言ったニールセン司祭の決意に満ちた目は印象的だった。






次話4-074は2021年08月20日(金)の予定です。


20250505:ちょっと訂正。 見慣れているものだったので ⇒ 見慣れているものだったけど、

(意味は通じると思いますが、なんとなく)



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回も入浴無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   手抜き丸投げというか、めんどくさいなぁと思ってるんでしょう。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   リンとテンが大人しいのは、そこが精霊信仰の教会だからです。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   機嫌がいいと大人しい?


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   最近はポンコツさが足りませんね。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   珍しく発言。

   天気予報の精霊さん。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回も出番なし。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使いで走ってます。

   今回も出番無し。

   ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。

   と言いつつなかなか出てきませんねー


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   ちゃんと執務もするんですよ。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。

   そのうち登場します。そう言ってもう数話目…。

   次話ぐらいか?


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。

   勇者ロミが治めている国。


 ヴェルマンテ教:

   これは略称で、ヴェルマンテチェソリス教と言う。

   他にもヴェルマン教という略称もある。

   ロミは書面で覚えているので略称時の後ろの文字を発音しているが、

   教徒はそこを発音せずヴェルマン教と略す。

   いずれにせよ略称なのでこだわりは無いらしい。

   他については4章070話参照。

   タケルたちは施療院のひととか白衣のひととか言ってますね。


 イアルタン教:

   この大陸、というか島国レベルですが、

   そこに住む人種(ひとしゅ)の凡そ7割を占める宗教。

   精霊信仰系宗教。

   教会のひと、神官たち、そんな呼ばれ方をしてますね。

   ここの教会内に入ったのって初めてでは?



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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