4ー072 ~ 皇都マッサルクにて3
青年と子供の寝台を積み終えた施療院の白っぽい荷馬車が去ったのを見てか、じっと様子を見ていた衛兵さんたちがすすっと近寄ってきた。
衛兵さんたちが、到着してすぐ交通整理を始め周囲の野次馬たちからの話を聞きながら下がらせたりと、手慣れた様子でてきぱきと動いていたのは感知してたんだけどね。
リンちゃんに袖を引かれたのもこの時だったと思う。
それがだんだんと法衣のひとや白衣のひとからも聴取して、それから俺たちに事情聴取をする担当のひとが待機してたみたい。
まるで外堀から徐々に迫ってくるみたいな感じだね。
「治療されたのは貴方だそうですが、差し支え無ければお名前などをお伺いしてもよろしいでしょうか?」
おお、思ってたよりも腰が低くて丁寧だった。
もっと偉そうに言われるのかと身構えてたよ。
- あっはい、タケルといいます。この国の勇者、ロミ先輩から依頼がありまして今朝到着したところなんですよ。
「…すると貴方様は勇者様でございますか…?」
疑問を浮かべながらどうするか考えてるような雰囲気。
- はい。あとでお城の方にでも問い合わせて下さい。それで治療所見のお話が聞きたいんですよね?
「え?、は、はい、お願いします」
ポーチから勇者の鑑札を出して見せながら言うと、鑑札を観察していた顔をさっと上げて表情を引き締めて言った。
一瞬目的を忘れかけてたな?、このひと。
それで青年の脇腹の陥没骨折、って言うのか知らないけど、身体から見て脇腹に斜めやや後方から強い力が加わったんだろうという事や、さっき作った右膝下のスキャン映像を焼き付けた羊皮紙を見せて説明をした。
- あ、どうぞ?、僕には不要なので。
衛兵さんに羊皮紙を持ってもらい、骨折箇所の説明をしてたんだけど、終わったら返そうとしたので断った。
「そ、そうですか?、では頂戴します」
「すみません、少し見せてもらえませんか?」
「あ、はい、どうぞ」
すると横からそれを覗き込んでいたさっきの大司祭さんが言い、衛兵さんが丸めかけていた羊皮紙を手渡した。
「その、脇腹の方は…」
- あー、急を要する状態だったんで、作って無いんですよ、すみません。
「いえいえ滅相も無いです、勇者様が謝られるような事ではありませんから!」
そんなに慌てなくても…。
こうして渡す事を考えて無かったからなぁ…。作ればよかったね。
地図みたいに作り慣れてれば、これくらいの短時間ならまだ、大体の地図を焼き付けられる程度には覚えてたりするんだけど、人体のほうはそうじゃないからなぁ…。
「あ、あちらでも傷を見たという方々にお話を伺いましたし、普通、怪我人の怪我の状態を羊皮紙に写しとるなんてありませんから、脚だけでも十分有難いんです」
詳しく思い出せばできるかなぁ、なんて考えていたら、宥めるような雰囲気で言われた。肩の横にそっと手を添えて、ね。俺が考え込んだのを落ち込んだとでも思ったんだろうか…。
- …そうですか?、ではお話も終えた事ですし、そろそろ行っていいですか?
「え?、あ、はい、ご協力、ありがとうございました!」
びしっと敬礼された。
ちなみにこちらの敬礼というのは姿勢を正して右手を左胸に添える事で、頭は下げない。各国で微妙に違うんだけどね、拳だったり指を揃えて伸ばすとか、胸にぴったりあてるとか、当てる位置もそれぞれだったりする。兵士系は頭を下げないけど、貴族系は頭を少し下げるとか、作法もそれぞれだ。
「あ!、すみません勇者様、少々お話が!」
こちらも格好良く片手でさっと合図をして颯爽と去ろうかと思ったタイミングで目の前に手を挙げて割り込んで来た神官さん。
お前はどこのマスコミだと言いたくなるね。この強引さ。
- 取材ならお城を通して下さい。
「へ?」
目の前に延ばされた手を、まるで暖簾でもくぐるかのように軽く手の甲で避け、左後ろにいるリンちゃんに手を差し出した。リンちゃんが不機嫌そうにその手を掴んだのを見て、敬礼したら割り込まれてどうしようかって感じになってた衛兵さんに『あとはよろしく』という意味で目配せをして横を通り過ぎた。
「あ、あの!」
「勇者様はお忙しい。つまらん事で煩わせてはならんのだ」
「すみませんうちの者が失礼しました」
「謝るなら勇者様にだろう?」
「それはもちろん後程お城の方を通して謝罪致しますので。あ、こちらお返しします」
「う、うむ」
「おい、下がるぞ」
俺たちが離れて行く間、後ろでそんな声が聞こえたけど、そんな謝罪、お城を通して来られてもなぁ…。
いや、気にしなくていいか。
『お忙しい』と言われた手前、もうロミさんのところに帰ったほうがいいんじゃないかな、と思い、大きな交差点に出たところでお城の方へと進路を変え、道を渡ったところでリンちゃんに引っ張られた。
- リンちゃん?
「そっちじゃなくてこっちに行きましょう」
教会からお城へ戻るなら、お城の周囲から放射状に伸びている道を行く事になる。
ロミさんのお城は高さが無いけど、城壁部分はそこそこ高く作られているのでその道路から見ればそれが見える。
ここからは街路樹が邪魔で見えないんだけどね。
飛んで来た時に上空から見てたので、教会が正面に向いてる方向にお城があったはず。この広い交差点は中央に円形の花壇があり、時計回りのロータリーとなっている。
リンちゃんが引っ張って指差す方の道って環状道路のほうだよね?
- あれ?、お城ってこっちじゃなかったっけ?
「合ってますけど、市場のほうを見に行きませんか?」
何だ合ってたのか。またお約束で方向音痴パッシブスキルが発動しちゃったのかと思ったじゃないか。そんなもん無いけど。
- 帰ってからロミさんに説明するんじゃなかったっけ?
「そっちは急がなくても大丈夫ですよ。だって今まで問題無くやれてたんですよ?、今更あれらが人種じゃないと知ったところで何が変わるというんです?」
いやまぁそうなんだけども。
- でもロミさん不安そうにしてたからさ、詳しく聞きたいんじゃないかなって…。
「そんな事よりせっかく賑やかな所に近いんですから、見て回りましょうよ」
そんな事、って程度なのかリンちゃん…。
まぁでも戻ったら説明するのはするんだろうし、いいか…。
あ、でも血だの何だのの話を食事中に聞くのはちょっと…、気にしなければいいだけかも知れないけど。
- って、わかったからそう引っ張らないで。
「じゃあちゃんと歩いて下さいよ」
- あっはい。
しばらくぶらぶらと歩き、ひとが多くなっている方へと近づいていく。
リンちゃんもそこが市場だと判断したんだろう。俺もそうだけどね。
環状道路沿いではなくて、飲食店らしき店が並んでいる所を折れると、少し先あたりから露店が並んでいて、多くの人がうろうろしているのがわかる。
食材を売っている露店、加工した料理を売る屋台、腰かけられるようになっている露店もある。野菜や果物はあるけど、肉類は加工品だけで魚は無かった。立地的な理由かな。 布類や衣料品、装飾品の露店もあるようだ。
最初はこちらの様子を見ていたような雰囲気だったけど、俺が気になった果物を4つ買うと、その店のひとだけじゃなく、周囲の店のひとたちまでが急に愛想良くなった。
それに気を良くした俺とリンちゃんは、露店を左右に見ながら、声をかけられたりこちらからかけたりして果物や野菜をちょいちょい買い、リンちゃんが用意していた布袋に入れて俺が抱えて持った。
ポーチに入れたかったけど目立ちたく無いからね。
「タケルさま、あっちの大きな果物が気になります」
- え、まだ買うの?
そろそろ布袋が一杯なんだが。
「何なのか聞くだけですよ?」
じゃあしょうがない。
と言うかさっきからところどころにある串焼きだのスープか煮物だのの店からいい香りがしてて、時間的にはまだ1時間ぐらいあると思うんだけど、お腹が空いてきたんだよね、昼食前だから我慢してるけど、ちょっとぐらい何か食べてもいいんじゃないかな。
などと思いながらリンちゃんに付いて行き、見慣れない形の果物やら野菜についてリンちゃんが尋ね、店のひとが答えるのを聞いた。
「これは煮物にするとほくほく甘くておいしいよ?」
「このまま煮るんですか?」
「あっはは、もちろん皮をむいて中の種をとってからさ。お嬢ちゃんこの国は初めてかい?、珍しいね」
南瓜みたいなもんだろうか、見た感じは西瓜なんだけど。でかいな…。南と西でえらいちがいだな。まぁどうでもいいよ。どうせ名前が違うんだし。
「はい、じゃあそれを4つ下さい。これに入れて下さい」
「そうかい、ありがとう」
やっぱり買うんじゃないか。それもでかいスイカサイズのものを4つ…。
持つ方の身になってくれないかな。ああポーチに入れてしまいたい。
「あいよ、重いから気を付けるんだよ?」
「はい、大丈夫です」
銅貨でじゃらじゃらと支払いを済ませ、丈夫な布袋に入れてもらった野菜を受け取るリンちゃん。ずしっと重そうだけど軽々と抱えてる。
数歩歩くとリンちゃんが言う。
「あっちの端まで行って路地を曲がったところで収納しましょう」
- そうだね。
そろそろ俺も腕や肩を強化しないと辛くなってきた。
何だかんだで結構買ったなぁ、リンちゃん…。
目の前の、俺が抱えている布袋は口がちゃんと閉じられないぐらいだ。まだリンゴやみかんぐらいの大きさならひとつふたつ入りそうだけどさ。
そんな感じの果物や、香りのいい野菜が入ってるので、袋の口からそれらが混ざった匂いがする。
この香草、鶏肉なんかに良さそうだなぁ、ああ、お腹がすくなぁこれ。
露店が途切れてからも少し歩き、細い道に入って立ち止まった。
「このへんでいいでしょう」
そう言うと抱えていた布袋を地面におろしてから背中のリュックもおろして口を広げて袋ごと収納し、俺の荷物も同じようにしてリンちゃんが俺の手からそっと取り、そのリュックの中へと消えた。
- 結構買ったね、リンちゃんも重かったでしょ?
「はい、つい勢いで4つも買っちゃいました」
言い訳をするみたいに、『えへっ』と言うような雰囲気でにこっと微笑んで寄り添い、俺の手を両手で持った。
- 重そうに見えてたのは本当だったんだ。
「そうですね、あれひとつが結構重かったです、2つで良かったかも知れません」
- あはは、んじゃ行こうか。
と、元の道に戻ろうとしたら引っ張られた。
- リンちゃん?
「そっちに行くと荷物が急に消えたみたいに見えません?」
- そりゃまぁ、見てるひとが居たならそうかも知れないけど…。
「こっちからぐるっと回って帰りましょう」
まぁいいか、リンちゃんの機嫌も直ったみたいだし、楽しそうだし…。
と、このまま細い路地を通って行く事にした。
まぁ、飛んで戻ればお城まで何分もかからないからね。
路地の上の方は洗濯ロープがまるで電線のように張り巡らされていて、そこには布類や衣類がちらほらと干されていてひらひらと時折風で揺れているのが見える。
ほんとに裏路地って感じの場所だ。
しかしこうして街を歩くなんて初めてだな…。
勇者村と東の森のダンジョン村、あとはラスヤータ大陸の港町、あそこは散策したんじゃないけども、それぐらいだ。(※)
ホーラード国内は、ツギの街ぐらいしかまともな街を知らないんだけど、ああ、ハムラーデル国境へ向かう時に、途中にあった街なら上空から見下ろしたっけ、それぐらいなんだよね。
このアリースオムの皇都、マッサルクはほぼ全部が石造りというかコンクリート製なんだ。元の世界のコンクリートとはちょっと違うし、建築の精度が異なるのでビル街みたいには行かないんだけど、それでも4階、5階もある建物が立ち並んでいる裏通りってのは何ていうか、異世界って言うよりはギリシャとかイタリアのどこかの下町にでも迷い込んだみたいな印象だ。
だからというわけじゃないけど、建物入り口の石段のところに腰かけているお年寄りや、時折上から下を覗き込んだひとが、俺たちの服装が珍しいのか、ちらちらと様子を窺っているのも旅行者気分だと思えば……、ん?
俺とリンちゃんが着てるのって、これスォ族の衣装、つまりここの人たちの衣装だよな?
市場のところでもときどき視線を感じていたし、周囲は普通のチュニックに羊毛糸で編んだような上着やスカートだったから、単純に物珍しいんだろうぐらいに思ってたけど、この服って、よく考えてみたらロミさんのところで用意されたお客さん用のものだよな?
それって、めっちゃ高級品って事じゃないか?
そんなのを着た客が、まぁ元々そんなに高いものでは無いけど、言われるまま値切りもせずに買ってればそりゃいい顔をするだろうよ。
もしかしたら適正価格で、傷の無い良品を売る事で今後贔屓にしてもらえるだろうという店もあったかも知れないけど。そういう良心的なお店ばっかりならいいね。
そんでもってそんなのを着たふたりが下町の裏道をうろちょろしてりゃ、じろじろは見ないけど、ちらちらこそこそと見るだろうさ。
今の所、悪意というか盗んだり襲ったりしそうなのは居ないと思うけど、んー、居てもまぁ問題無いか。
じゃ、旅行者気分で気楽に、リンちゃんの機嫌もいいし、不穏な事を言わなくてもいいか。
●○●○●○●
それにしてもこのへんって子供が居ないなー、なんて思ってたんだけど、裏路地を抜けたあたり、ちょっと開けている場所のほうから子供たちの遊ぶ声がしていた。
学校?、じゃないか、公園でもあるのかな。
近くまで来ると、横に長い2階建ての木造建築があり、その前には子供たちが遊べる広場や砂場のような場所。まるで幼稚園かって雰囲気だ。
子供たちが数人ずつ固まっていて、保母さんじゃなくて保父さんみたいに数人がそれぞれの近くで見守っていた。
保父さんにしては人相が良くないけど、笑顔なんだろう、余計に怖い顔になってるおじさんもいるけど、子供たちは気にしていないようだった。
「おねーちゃんがお人形とったぁぁぁ!」
ぎゃーと泣き出す子。
そこに20代後半ぐらいだろうか、腰に短剣を着けた冒険者風の身軽な男性が駆け寄った。
「おーおー、よっこらせっと、可哀そうになー、よしよし」
「あーん、あーん」
抱きあげられた子が男性の肩口に顔を押し付けて泣いている。
「そうだ、裏のニワトリの卵が孵ったんだけど、見に行くか?」
「…にわとぃ?」
「おう、黄色いヒヨコがぴーぴー言ってて可愛いぞ?」
「ひよこ?」
「たくさんいるぞ?、ふわふわでもこもこだ。行かないか?」
「…いく…」
「よーし、行こうか、そっちのお前もおいで」
「うん!」
人形を取った子のほうにも腰に短剣を着けた30代ぐらいに見える男性が近寄っていた。
「こら、小さい子のものを取っちゃダメだろうが」
「だってあのお人形あたしが作ってもらったお人形だもん!、あの子乱暴にするんだもん!、お…、お人形が!、…可哀そうだもん!」
涙目で訴え、泣き出す子。
しゃがんで目線を合わせ、頭を撫で始めた。
「あーあーわかったわかった、でもよ、そう思うなら人形の正しい遊びかたってやつを、お前が小さい子に教えてやらなくちゃな。お姉さんなんだからよ」
「でもぉ…」
「だよなぁ、あのちびはよ、お前の人形が羨ましかったんだよ。だったらこう考えればどうだ?、人形で遊んでる小さい子も、お前の人形なんだ」
「…えー?」
「お前よぉ、人形の可愛い飾りを、取ったりするか?」
「…(ふるふる)」
「人形がちいさい人形を持ってたら、取り上げるか?」
「…(ふるふる)」
「な?、もうまとめて人形だと思っちまえよ。そうしたら可愛いもんだぜ?」
「…?」
その理屈はどうなんだ…?
と思ってたら、そこで、道で立ち止まって見ている俺たちに気が付いたようだ。
もういちど女の子の頭を撫でて、小さく『中に入ってな』と言ったんだろう、女の子が建物へと駆け出して行くのを見送り、こちらに振り向いた。
敷地に柵なんて無いので、眉根を寄せて肩をいからせて歩いて来るその男性はまっすぐにこちらへと近づいて来た。
建物からは子供たちと入れ替わりに男性が数人出てきたようだ。
- こんにちわ。お子さんですか、可愛いですね。
「あ゛ぁ?、見せもんじゃ無ぇぞ?、どこのもんだ、どっから来た?」
だめか、すげーだみ声で凄まれた。
- 教会の方から――
「教会だと!?、俺たちを知らんのか!?、泣く子も黙るフレーン一家だぞ!?」
割り込まれた。
「子供をあやすのが得意なフレーン家なんですね」
リンちゃん、そういう意味じゃないと思うよ?
「そうそう、子供は宝っちゅぅてな、って!、違うわ!、誰が子守やねん!」
さっき泣く子を黙らせてましたけどね。
このひと、結構面白いひとなのでは?
って、フレーン家?、それってさっき教会前で事故に遭った青年の?、ここだったのか。意外と近いな。
来るつもりじゃなかったけど、それならついでにあの青年と子供の事を伝えてもいいか。
- あ、もしかして、今日教会で行われる予防接種に青年と子供が行ってません?
「…何であんたがそれを知ってる…?」
おお、目つきが変わった。こえー。
- さっき、教会前で馬車による人身事故があったんですよ。それで道に跳び出した子供を庇った青年が馬に蹴られて車輪に轢かれて瀕死の重傷を負ったんですよ。
「…嘘…じゃねぇな、おい!、誰か教会行って確かめて来い!」
俺の目をじっと見ながら聞き、嘘じゃないと判断するとすぐに後ろを振り向いて大声で言った。
- あ、待ってください、どちらも助かりまして、今は施療院のほうに運ばれています。
「そうか、どちらにせよ教会へは確かめさせにゃならねぇんだ。知らせてくれて助かった、例を言うぜ、兄ちゃん。それで重傷と言ったがどちらも無事なんだな?」
彼は手振りで、走り出そうとして一旦立ち止まった若い人数名に『早く行け』と指示をしてからゆっくりとこちらに振り返って言った。
- はい。子供のほうは軽い打ち身程度でした。驚いたのか気を失ってましたが、命に別状はありません。
彼が頷いたので続ける。
- 青年のほうは脇腹を蹴られたようで、転がって逆を走っていた馬車に足を轢かれたらしく、複雑骨折をしていましたが、治療が間に合ったので無事です。今は施療院で足りない血液を補っている所だと思います。
「そうか、やっぱ教会ってのが良くねぇな…」
教会のせいでは無いと思うんだけどなぁ…。
そう思ったのが俺の顔に出ていたのか、腕組みをしたのを解いて、頭を軽く掻きながら言った。
「すまねぇな、兄ちゃんたち。もうほとんどそういう事ぁねぇんだけどよ、まだこういう身寄りのねぇ子供らを狙う奴が居てよ、それと宗教の勧誘な。あいつら子連れでにこにこして近寄って来やがんだよ。それで疑っちまった」
なるほど…?
教会のひとたちは別に子供を狙って来たんじゃないと思うけども…。
まぁ、話の内容次第か。俺がどうこう言う事では無いね。
- そうですか。ここに来たのは偶然ですけど、お知らせできて良かったです。
「ああ、ありがとう。兄ちゃんたちは教会のもんじゃねぇんだな」
- はい。
「一応名前を聞いておこうか。俺ぁフレーン家のバーンってんだ。フレーン家の五本指のひとりだ」
- タケルと言います。こちらは妹分のリンです。
何となく相手に合わせて『妹分』なんて言っちゃったけど…、あ、だめみたい。リンちゃんが無表情になってしまった。
「そうかい、それにしても顔色ひとつ変えねぇとはな、俺もまだまだだな…、それはそうと兄ちゃん、そんな恰好でここいらをうろちょろしねぇ方が身のためだぜ、こっちへ向かう分にゃあそこいらの連中も俺たちと関わりがあるかも知んねぇと踏んで様子を見てたろうがよ、帰りはそんな金持ってますみてぇな恰好してるとどうなるかわからねぇぜ?」
これは忠告なんだろうか?
笑顔のほうが凄まれているようにしか思えないから、脅されてるように感じるんだが…。
- お気遣いありがとうございます。大丈夫ですよ。
「ならいいがな、じゃあ気を付けて帰んな」
彼はそう言うと返事を待たずにさっと振り向いて後ろに並んでいた数名と共に建物の方へ歩いて行った。
俺たちもそれを見届けずに歩いた。
少し離れて建物の陰から飛んで行こうと思って歩いたんだけど、リンちゃんに腕をぐいっと抱えられた。
- さっきは妹分なんて言っちゃったけど、あっちに合わせたつもりで言っただけだからね?
「いいです、どうせ詳しくなんて言えないのはわかってますから」
先に言い訳をしたのが良かったのか、無表情では無くなったのでよしとしよう。
●○●○●○●
お城の客間に戻ると、両開きの扉は開放されていて、入り口のところに控えている女官さんがお辞儀をして迎えてくれた。
部屋の中は、食卓が用意されていて厨房から数名の女官さんたちがせっせと出入りをし、お皿などの食器類が並べられているところだった。
応接テーブルのところには勝負が終わったらしい雰囲気で寛いでいる3名。
- ただいま戻りました。
「おかえりなさいませ、タケル様、リン様」
ロミさんの後ろに控えていた女官長さんがお辞儀をした。
「おかえりなさい、施療院から教会まで行ったのね?」
おお、耳が早いなぁ、ロミさん。
- はい、連絡があったんですか?
「タケルさんが治療したって聞いたわ。ありがとう。ただの事故なら私のところまでは上がってこないのよ」
なるほど。俺が関わったからか。
- たまたま近くだったんで、様子を見に行ったら、教会と施療院とで意見の相違があって、応急処置はしてあったんですが、そのままだと死にそうだったんですよ。
「そうだったのね。それで骨の投影図なんて見せたものだから教会や施療院が騒いでるのね…」
え?、もうそんな事まで?
- 騒いでる…?、んですか?
「ええ。タケルさんを寄越して欲しいそうよ?」
- 教会ですか…。
「どっちもよ。アリースォムとしては医療技術が進むのは歓迎するところだし、施療院のほうには骨格標本も資料もあるはずだから、できれば先に教会の方へ足を運んで教えてあげて欲しいのだけど、どうかしら?」
どうかしら、って言われてもなぁ…。
- 施療院のほうにはそういう知識があるのなら、教会に伝えるように言えばいい話では?
「それがね、教会のほうは施療院の治療方法をあまり良く思っていなくてね…」
ああ、何かそんな感じがしたよ。
宗教的な理由もありそうだけどさ、雰囲気的にあの場ですらそんな印象があったぐらいだし。
「タケルさま、実はあの者たちも回復魔法をそれなりですが扱える者がいるんです」
「そうなのよ、でも回復魔法の領分は自分たちであると教会側が譲らなくてね、表向きには神官が居るところでは回復魔法が使用できないって制約があるのよ…」
- なるほど…。
それで白衣側のひとたちはじれったそうに悔しそうにしてたのか。
- あ、じゃあ施療院のほうはどうして僕を?
「ああ、タケルさんの回復魔法技術って内臓の事を熟知していないとできないみたいじゃない?、彼らはそこまでの知識は無いみたいで、講義をして欲しいって要望なのよ」
- 熟知って程には知らないんですが…。
「それでも彼らよりは知ってるんでしょ?」
- そうでもないと思うんですけどね…。
だって血液型がどうのとか、輸血だの何だのの話って俺は全然知らないぞ?
ただ知識として、ABO型以外にもいくつかあって、それによって輸血時に多少は熱が出たりとか、成分輸血が必要になるとか、輸血量が多いとたんぱく質の一部が足りなくなるとか、その程度なもんだ。詳しく知っているわけじゃ無い。
「そう言わずに、時間の空いた時でいいの、ちょっとだけでいいのよ、私はそこまで人体の事、詳しく知らないのよ、お願い」
そう言われると断りづらいんだけどなぁ…。
- まぁ、そういう事なら…、
「ありがとう、タケルさん」
にこーっといい笑顔で割り込まれた。
まぁしょうがないか、先輩の頼みだし。ついでだし。
- あ、ところでロミさん、レントゲンってご存じなんですね。
「え?、ノーベル賞のレントゲン博士の事よね?、奥さんやご自分の手の骨の写真を撮ったんでしょ?」
おお、詳しい…。俺そんな事まで知らないよ。
- ええ、はい。
「でも原理とかまではよく知らないのよ、太陽に向けて手をかざして見たらうっすらと骨が透けて見えるののすごいものって思ってるくらいよ?」
- そうですね、そんな感じですね。
「確か、えっと…、えっくす線とか言う放射線が?、かしら?、でもどうすればいいのかわからないから再現なんてできなかったの」
- はぁ。
「タケルさんはそれを魔法で再現してるみたいだから、その技術を伝えてくれれば最良なのだけど…、そう、難しいのね、ならそこまでは言わないわ」
俺の表情に出てたのか、それともリンちゃんやテンちゃんの視線に気づいたのか、少し引いてくれたようだ。助かった。
- あくまで、時間が空いた時、でいいんですよね?
「ええ。そのように伝えておくわ」
ロミさんが嬉しそうにそう言って立ちあがり、『支度ができたようよ?』と手で示したので頷いて俺たちも立ち上がって食卓に着くことにした。
次話4-073は2021年08月13日(金)の予定です。
(作者注釈)
※ タケルは光の精霊さんの里で、パレード状態になっていた時の事や、行政庁舎通りの店に行った事を忘れています。
20210812:改行抜けをひとつ修正。
20210820:誤字訂正。 内蔵 ⇒ 内臓
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回も入浴無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
忘れすぎ。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
妹分と言われて不機嫌になったのは、
まるで姉であるテンの方を恋人のように言われたと感じたからです。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
リンが不機嫌なのを感じ取っています。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能でポンコツという稀有な素材。
戻った時にちゃんと居ます。発言はありませんが。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回出番無し。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も出番なし。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
やっぱりすごいですよね、このひと。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。
そのうち登場します。そう言ってもう数話目…。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
ヴェルマンテ教:
これは略称で、ヴェルマンテチェソリス教と言う。
他にもヴェルマン教という略称もある。
ロミは書面で覚えているので略称時の後ろの文字を発音しているが、
教徒はそこを発音せずヴェルマン教と略す。
いずれにせよ略称なのでこだわりは無いらしい。
他については4章070話参照。
タケルたちは施療院のひととか白衣のひととか言ってますね。
イアルタン教:
この大陸、というか島国レベルですが、
そこに住む人種の凡そ7割を占める宗教。
精霊信仰系宗教。
教会のひと、神官たち、そんな呼ばれ方をしてますね。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。