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4ー071 ~ 皇都マッサルクにて2

 ヴェルマン教の人たち、今日は夕方からイアルタン教会の方で子供が罹る伝染病の予防接種を行う予定らしい。


 それで教会の方が室内で広い空間があるしで毎年場所を借りて、春が来る前に3歳以上のお子さんに毎年予防接種をしてるんだってさ。


 今年は献血キャンペーン期間中と日程が重なってしまって、結構大変らしい。教会には教会なりのイベントがあるから仕方ないとも言ってた。


 で、消毒用薬品だの器具だの布類だの何だのと午前中から運んでいたんだけど、最後に肝心の薬品を運ぶ直前になって、荷車が壊れてしまって、大急ぎで修理を手配したところだったんだと。


 何でも温度管理が大切だから小分けして手で運ぶわけにもいかず、荷車が直らないと装置が運べず、他の荷車に積み替えるにも、その装置は荷車にしっかりと固定してあるので困っていた所なんだそうだ。


- すみませんそんな時に来てしまって…。


 「いえいえとんでもございません」

 「そうですよ、タケルさまは何も悪くないです。そんな大事な装置が積載されている荷車なら定期的に点検し万全の状態を維持すべきものです。放置していたこの者らの自業自得です」

 「う…」


 リンちゃん、そこまで言わなくても…。

 まぁ、光の精霊さんの立場からすれば、魔道具(装置)を提供したのにそれをぞんざいに扱われてるなんて知ったら気分良くないよね。わからんでもないけどね…。


 おそらくちゃんと装置は使えているんだろうから、装置のほうはきっちり点検整備ができていたんだと思うよ。だって例によって何百年とかのオーダーでしょ?、よくまぁ長持ちしてるもんだと想像に難くないね。だからそこは頑張ってたんだよ、きっと。


 ただちょっと土台のほうに気が回って無かったってだけで。


- 何なら、魔法の袋に入れて運びましょうか?


 「タケルさま!?」

 「な、何と!?」


 何かリンちゃんに厳しい事を言われてしょげてるマロウさんたちが気の毒になってきたんだよ…。


- 教会までは遠いんですか?


 「ローザ」

 「は、はい、今地図をお持ちします!」


 さっきまで一言も発さず、基本的には笑顔だったけど表情だけはころころと変えて座っていた女性がさっと立ち上がり、大きな机の向こうにある棚から地図だろう冊子を取り出して持ってきた。

 そしてテーブルに置き、付箋のような赤いタグがついているページをさっと開いた。


 分厚いと思ったけど羊皮紙だからページ数はそれほどでも無いようだ。


 「こちらがこの地区の地図にございます。ここがこの施療院でして、裏からこう通りまして大通りに出ます。そこからこちらへと向かい、内環状通りへと出まして、こうぐるっと城郭の反対側へ回り込みますと、こちらの教会が見えてきますので、裏口へと回り、礼拝堂の側面に私どもがテントを設営しておりますのでそこまで運びます」


 ページをめくりながら経路を伝って説明してくれたんだけど、俺が知りたいのは経路ではなく位置だったんだよ…。


- なるほど、だいたいわかりました。


 そう言うしか無いよね、この場合。

 とにかく、内環状通りをお城の反対側に回って、目的の教会はお城から外へと延びる大通り沿いにあるってのがわかった。

 地図がどれぐらい正確なのかはちょっと判断できないけど、それによれば教会はここの敷地よりも大きいようだ。






 それから補足説明のようなやりとりもあったが、そういうわけで、裏にある倉庫に案内してもらった。


 「……」


 倉庫の中央ちょい向こう側にでーんと置いてあるそれを見た俺たちは一瞬立ち止まった。


 軽トラックに乗ってるでっかい冷蔵庫みたいな印象。

 その周りには数人が屈んだりしゃがんだり立っていたりしながら話している。


 運転台は無くて、その代わりに長いしっかりした棒がついてる。(ながえ)って言うらしい。その先には馬を繋ぐ(くびき)があるんだけど、形状からすると馬じゃなくて、人力で引っ張って後ろからも押すみたいだ。力持ちだもんね、ここのひとたち。


 荷車のほうはともかく、荷台に乗ってるそのでっかい冷蔵庫みたいな装置、あんなのここにあっていいのか?、ってぐらいに白い。


 それをキャンパスにして、アニメ調の例の背中にコウモリでマントで黒ビキニな八重歯が可愛らしい(?)女の子がにっこり笑顔で、斜めに宙に浮いて足を組んでる姿がでかでかと描かれていた。椅子じゃなく浮いてるのでビキニのお尻が見えている。


 見た瞬間、リンちゃんが絶句したのはそのせいだ。


 俺はこういうのは元の世界である程度見慣れてるから別に…、いや、この絵はどうなんだとはまだ思ってるけどね。


 んでまぁ感知で見たところ、車軸を支えている部分が片側だけ割れていて、軸が外れている。そうと気づかずに動かしてしまったんだろうね。それで軸がずれて、荷台の底枠に車輪が接触したんだろう、車輪まで罅が入っているのがわかるし、車輪を固定している中心部にも歪みがでているのがわかった。


 こりゃ結構ひどいぞ?


 しかしこれ、荷台のほうは分厚い木材を組んで金属板で補強された武骨なもので、車輪やらもそういう技術で作られているとわかるけど、上に乗ってるでっかい冷蔵装置が全然合ってないな…。絵の件は置いといても、ね。

 もともとどこかに固定する仕様らしく、ボルトか何かで固定するような分厚い金具が底の8箇所についてて、そこまでが冷蔵装置っぽい。だって金属加工技術が全然違うんだもん。見てすぐわかるよこれ。






 俺たちが倉庫に入ると、ジャッキアップをして下を覗いたりしていた人たちがこちらに気付き、急いで整列した。


 「どうだ?、何とかなりそうか?」


 マロウさんが俺たちの横を通り過ぎて彼らに近づき、責任者らしきひとに問いかけた。


 「残念ながらすぐには無理です。この荷車を仕上げた店に修理の手配を頼みに行かせてますが、それでも間に合うのかどうか…」


 渋い顔をして答えるそのひと。


 「いっその事ここに変更できませんか?」

 「今から会場は変えられん」

 「それに、小さなお子さんを連れて教会に集まった方々を、そこからここまで来させるのか?、無理があるぞ?」

 「そうでした…」


- リンちゃん、あれ、入りそう?


 「(ながえ)にロープがついてますのでそこからなら。タケルさまのポーチでも大丈夫ですよ」


 普段なら微笑みがセットで答えてくれそうだけど、今回は真顔だった。それに『俺のポーチでも』って事は、リンちゃんは協力してくれないって意味だろう。やっぱり気に入らないんだろうなぁ。

 俺はあまりでっかい物体を出し入れするのに慣れてないんだけど…。仕方ない。


 俺も歩いてマロウさんたちのところへ近付く事にした。リンちゃんは後ろに続いた。よかった、あの位置で止まってなくて。


- じゃあ運びますので、少し離れてもらえますか?


 「「え!?」」

 「院長!?」


 俺がそう言うと驚いてマロウさんに詰め寄るひとたち。『どういう事ですか!』、『聞いてませんよ!』と、それぞれの目が訴えているかのような真剣な表情だ。


 「あ、こちらのタケル様が、お運び下さるんだそうだ」

 「いやこれ動かせませんよ!?」

 「そうですよ、無理に動かしたら軸が外れて荷台が落ちますよ!」

 「とにかく落ち着きなさい、タケル様、大丈夫なのでしょうか?」


 宥めてから俺に話を振った。


- このまま収納して、そのまま置く分には大丈夫そうですから、このまま持って行きますよ。


 「収納…!?」

 「まさか…」


- はい、このポーチに入れて持って行きます。現地にもひとが居るんですよね?、その(かた)に聞けば置く場所は分かりますか?


 「は、はい、ですが私たちも行きますので」


 後ろでつまらなそうに倉庫入り口のほうへ視線を泳がせているリンちゃんを感知してるので、できるだけ急ぎたいんだよね…。

 あの地図の縮尺はわからないけど、この街やお城のサイズなどからすると教会までだいたい直線で3kmぐらいあるだろう。半円を描くような経路だから道のりでは5km近い。そんな距離をこのひとたちと一緒に歩くのはちょっとね。リンちゃんの機嫌が酷くなりそうだしさ。


- そうですか、では急いでください。僕のほうがおそらく相当早く着きますので。


 そう言うと『何を言ってるんだこいつ』みたいな表情で、互いに顔を見合わせていたが、まぁいちいち説明するのも何だし、さっさと終わらせよう。


 手振りで場所をあけろと指示をすると、マロウさんが『下がりなさい』と言ってくれた。

 場所があいたので、リンちゃんが言ってたように(ながえ)についている牽引(けんいん)補助用だろう太いロープからポーチに突っ込んだ。ぬるっと入った。『おお…』って口々に言ってる。もう聞き慣れたね。


- じゃ、教会まで持って行きますね。リンちゃん。


 リンちゃんを手招きするといつものようではなく、すすっと近寄ってきて左腕に軽く手を添えたので、悠々と歩いて倉庫を出てすぐにさくっと飛行結界で包んで飛び立った。倉庫を出たところまでついてきていたひとたちが下で騒ぎ始めた様子だが、マロウさんだけが俺たちを目で追っていて、彼らを(なだ)め始めたようだった。






 左腕にしがみついて表情が(>x<)(こん)な感じになってるリンちゃんの頭を右手で撫でながら1分ほどで到着。

 そりゃ俺だって街に近い位置ではゆっくり飛ぶよ?、でもリンちゃんには関係なかったみたい。飛び立った途端、ちいさく『ひぅっ』と声がして左腕にがっしりしがみ付いて来たし。


 「飛んで行くならそう言って下さいタケルさま!」


 着陸してすぐ、小声だけど勢いよく言われた。


- え?、だって急いだほうがリンちゃんとの時間が長くとれるかなって…、ダメだった?


 「あぅ…、そういう言い方はずるいですよ…」


 そう言うと急にお淑やかになって俯き。左腕をがっしり握っていたのが優しい握りになった。良かった。実は強化が遅れたのでちょっと痛かった。






 着陸してから1分も経って無いけど、二度見するようにこちらを見たひとたちがいる。そう。現地のヴェルマン教のひとたちだ。テントの近くに降りたからね。


- すみません、薬剤の温度管理装置の荷車はどちらに置く予定か教えてもらえますか?


 「はい?、あの、貴方は?」


- タケルと言います。マロウさんに頼まれたんですけど、薬剤の温度管理装置の荷車はどちらに置く予定か教えてもらえますか?


 もう一度尋ねた。


 「は、はい、あちらのスペースに置く予定でしたけど、その、まだ届いていないんですが…」


- そうですか、こちらですか?


 そのスペースの前まで行き、振り向いて確認。


 「はい…」


 とりあえず確認は取ったので、ポーチからにゅるっと取り出して置いた。


 「え!?」 「え!?」 「ひゃっ!」 「うわっ!」


 なんか口々に驚いてるけど、さもありなん。


- じゃ、僕はこれで。


 と、早足で逃げるようにリンちゃんを引っ張って去った。

 後ろで、『あのっ!』とか、『待ってください!』とか言ってるけど、教会の裏口からは追っては来なかった。


 その裏口が面している通りは、街路樹が等間隔で植えられている並木道で、早い春の訪れを知らせる木なんだろう、小さな蕾と膨らんだ蕾、そしてささやかに咲く花が殺風景な通りに色と仄かな香りを添えていた。


 裏口のあたりは中が見えない石塀だったけど、壁沿いに少し走り、曲がってすぐのこのあたりからは鉄柵になっていて、そのせいか急に開けた雰囲気になっていた。


- 追って来ないみたいだし、街路樹の花でも見ながら少し歩こうか。


 「はい!」


 それまで無表情で俺に手を引かれて走っていたのを、改めてその手に力を入れて握り、にっこり笑顔で隣に並んだ。可愛い。


 来る時上から見たところ、この街路樹は教会前の公園部分まで続いているようだった。そこにはベンチもあるし、ちょっと座ってお茶でも飲みたかった。


 しばらくリンちゃんと手を繋いで、梅っぽい花だけど香りは梅じゃないなーなんて思いつつも木々を次々と見ながら歩いていると、リンちゃんが前方やや右手のほうを指差した。


 「タケルさま、あれ…」


- ん?、あの木?


 「そうじゃなくてその向こう、馬車が集まってるところですよ」


- え?


 言われて感知のほうを気に掛けると確かに馬車が詰まっていて人だかりがある。その中心、道路上に青年と子供が倒れていた。わ、怪我人か。事故か?


- 見に行こう。


 「あ、タケルさま!」


 引っ張られて止まった。


- リンちゃん?


 「ここにはあの者らも居るんですよ、それにここは教会ですし、タケルさまが出て行く事はありませんよ」


 そう言うけど、俺一応勇者だし…。医者じゃ無いけど。


- でもまぁ、手の届く範囲なんだからさ、気になるし。


 「…はぁ、わかりました」


 と、溜息混じりではあったけど了承を得られたので走って行った。






 そこは俺たちが歩いていた街路樹から教会前の公園沿いに曲がって、教会正面へと続く道の所だ。

 公園内を貫通する広い歩道があって、途中に噴水がある。教会前の広場を公園にしたような感じだと思ってくれればいい。もちろんそこは歩道であり公園なので馬車は入れないようになっている。


 倒れている人の周りには白衣を着たひとたちと法衣姿のひとたちが混じっていて、それらの表情から容態は芳しく無さそうだった。


 もうひと固まり、そちらは法衣姿数人の前で背を丸めて胸元でくしゃくしゃにした帽子を手にした中年男性とそれより少し若い感じの男性がいた。


 「へぇ、さっきも言ったように、あの子が急に飛び出して来たんです。馬が驚いて棹立ちになったんですが、そこにあの青年が子供を追っかけてきて庇ったんです。ちょうど俺の位置からは見えなかったんですが、馬が足を降ろそうとしたとこに転がったんで、馬も避け損ねちまったんですよ」

 「それがどうして足の怪我になったんだ?」

 「わかりません」

 「そっちは?」

 「うちの方は何か見えたと思ったら馬が棹立ちになってる瞬間だったんで、よく見てませんでした」

 「それで馬が足を踏んだのか?」

 「いえ、馬はそういうのうまいこと避けるんですよ、踏んだのは馬車のほうです」

 「ああ、車輪で()いてしまったのか」

 「はい、そうです」


 そんな会話が聞こえてくるのを気にしながら、人垣を分け入って手近な白衣のひとに尋ねた。


- どういう状態なんです?


 「いやぁ神官さんが言うには、このまま回復魔法をかけると歪んで固まってしまうのでだめなんだそうで、こっちで整復手術をしようにも脇腹の怪我のほうが酷いので先に回復魔法を掛けてくれって頼んでるんですが…」


 と、倒れた青年の前にしゃがんで口論している2人を見た。つられて俺も見た。


 「折れて刺さった骨があるんだ、抜かなければ掛けられないと言っている!」

 「抜くと大出血するぞ!?」

 「お前たちなら輸血が可能だろう!」

 「その前に出血箇所だけでも止めてくれって頼んでるんだ!」


 ああ、そういう状態か。そんでもって互いに医療に矜持ってものがあるから自分たちが重視する方を優先して見てしまうって事ね。

 何かそんな気がしてたんだよ、やっぱり来て良かった。


 考えたくは無いけど、責任を取りたく無いってのもあるかも知れない。


- 子供のほうは?


 「そちらは打ち身と擦り傷程度です。今は気を失ってそっちに」


 見ると、折り畳みだろう簡易寝台の上に毛布に包まれて寝かされていた。ん?、なんかぐーぐー言ってるぞ?


- ちょっとすみません。


 「え?、貴方は?」


 無視して子供に手をかざして軽くスキャンした。

 良かった、頭は打っていたけど頭骨内出血とかの酷い状態じゃ無かった。首の位置が悪かっただけだった。枕の位置を正して呼吸しやすいように直してあげた。


- これで大丈夫。寝かせる時は呼吸しやすいように位置を調整してあげてくださいね。


 「え?、は、はい…」


 さて問題は青年のほうだ。

 ざっと見たけど膝上のところで縛ってあるようだ。


 口論してるのと逆側に回り込み、とりあえず酷い脇腹のほうは逆側だけど仕方ない。

 しゃがんで手をかざし、スキャンした。


 あーこれ肋骨が折れて肺にめり込んでるのか。呼吸は…、ぎりぎりだな、そろそろ唇とかが青紫色になるぞこれ。


- リンちゃん、前にカエデさんにしてくれたみたいな麻酔、お願い。


 「はい」


 リンちゃんが青年の頭側へと回った。このままでは処置しにくいので飛行魔法の応用で障壁を作り、青年の身体を地面から持ち上げて下に土魔法でテーブルを作った。

 ついでに邪魔をされたくないので、俺たちと青年だけを障壁で囲んでおく。


- リンちゃん、始めて。


 「はい……麻痺しました。呼吸補助をします」


 ここで俺たちに気付いた周囲が口々に騒ぎ始めたが、こっちは一刻を争うんだ。無視して続けた。


 リンちゃんが呼吸補助を始めると同時に、損傷している側の気管支を障壁で塞いだ。

 めり込んだ骨を抜いて元の位置あたりで支え、出血箇所を太い所から摘まんで止め、小範囲ずつ回復魔法を掛けて行くと、傷ついていた肺が少しずつ治癒していき、出血して固まりかけていたりする部分が傷口から押し出されて出て行った。


 この青年、健康状態が良かったのか鍛えていたのか、回復魔法の効果が高いな。

 カエデさんは勇者だから除外しても、ラスヤータ大陸の時のハツやミリィじゃないほうの女性よりも回復するぞ。


 肺とその周辺組織が正常になったので、骨の位置をきちんと合わせて治した。きれいな折れ方をしていてくれて良かった。破片が組織に散るとか砕かれてるとかじゃなくて。


 これでようやく気管支を塞いでいた障壁を、リンちゃんに合図をして取り除き、動きを確認したがどうやらうまくいったようなので皮膚の裂け目も直した。内出血部分は回復魔法で治るからね。


 次に右足の膝下、脛の部分だ。


 スキャンしてから羊皮紙に焼き付けてみた。そうしないと複雑だったもんで。

 こっちは折れたところをさらに()かれたんだろう、骨がバキバキになってて足首がへんな方に向いている。左足のほうと比較して整復するか…。

 と、左足のほうもスキャンしてみると、どこかで打ったのか、内出血ができていたので直してから再スキャンし、右足の絵の隣に焼き付けた。


 えっと、太い方の骨がこうで、細い方がこうで…、と、絵を見ながら脳内でパズルでも解くように並べていき、破片がこっちか?、などと考えながら、焼き付けた絵の骨に番号を振っていった。


 まぁだいたい合ってればあとは回復魔法の謎パワーで何とかなるだろう。


 というわけで結構苦労して骨の位置を合わせながら回復魔法を小出しにしてくっつけていき、足を持ってちょいちょいと動かして動きがおかしくないのを左右で確認、外傷含めて膝から下に回復魔法をかけるときれいに治った。縛っていたロープも(ほど)いておく。


 そして思い出したように頭部やら他の部位をスキャンしてみて、打ち身程度で済んでいた様子だったので、リンちゃんに言って麻痺を解いてもらい、自発呼吸をして容態が落ち着いているのを確認した。


 あれだよね、足首まであるショートブーツだったから足首は保護されてたって事だよね。だったらロングブーツだったらもうちょっと軽い骨折で済んでたんじゃないかな。ついでに上半身も…、ってきりがないか。






 障壁を解除して、男性を抱き上げて土魔法のテーブルも分解、子供が寝かされていた台とは別に用意されていた台に寝かせた。


 ん?、何か周囲が静まり返って…?、いや、気にしないでおこう。


- あとは血が足りないのと、肘や肩に打ち身や擦り傷があるだけなので、清拭(せいしき)処置を含めてそちらでお願いします。


 「え?、は、はい!」


 近くにいた白衣のひとに言うと、びくっ!となって返事をした。


- ところでこの青年と子供の身元は?


 返事が無い。誰も連絡しに行ってないのか。


- 親御さんとかに連絡してあげたほうがいいんじゃないですか?


 そこに法衣のひとの後ろから法衣の女性が小さく手を挙げて前に出てきた。


- はい、何でしょう?


 「その子、フレーン()のところの子です…」

 「フレーン()だって!?」

 「やばい、どうしよう」


 フレーン()と聞いたさっき言い訳していた2人が驚いて青ざめた。


- フレーン()って?


 「その…、貧民街の顔役といいますか、縄張りって言いますかそんな感じの…」


- そうですか、連絡してあげてくださいね?


 「それがその、教会(うち)とはそりが合わなくて…」


 だから何だよ…。


 「ああ、施療院(うち)が毎年説得してたんですけど、今回(ようや)く予防接種について認めてもらったんですよ、その最初でこんな事に…」


 と、白衣のひと。


 「あのぅ…治療費はいかほどで…」


 そういう問題じゃないだろうと、あまりの事に言葉に詰まってどう言えばいいか迷ってたら青ざめてるふたりが少し近寄り、俺を見て言った。


- 治療費?


 「お、俺、見てました。あんな酷ぇ怪我が、な、治ったんですよね?、奇跡みたいだって皆言ってます。だからその、事故ったのはうちの馬車のせいでもあるんで、」

 「俺の馬車も轢いてしまったんで…」

 「治療費いくらか出さなくっちゃなって、なぁ」

 「うん」


 そういうややこしい話は民事裁判ででもやっててくれ。


 とりあえず何か偉そうに見える神官さんと目があったのでちょいちょいと手招きをした。


- そちらの神官さん、ちょっとお尋ねしますが、回復魔法が数回必要な重傷の場合、治療費っていくらになるんですか?、参考までに聞かせてもらえませんか?


 「あ、はい、そうですね、さっきの青年の所見でいいでしょうか?」


- はい、じゃあそれで。


 「あれほどの怪我ですと、全治2か月、日々の経過診察と回復魔法料金、入院費食費込みで小金貨5枚から、という所でしょうか。そこにヴェルマン教から輸血などの出張治療費が加算されますね」

 「しょ、小金貨…」

 「5枚…」


 さらに青ざめる2人を無視し、白衣のひとをちらっと見て言う神官さん。それに頷いて続ける白衣のひと。


 「輸血の量は出血量からして2単位あれば足りるかと思われますので、銀貨1枚で十分足りますよ」


 値段の差がよくわからないなぁ…。

 全治2か月ってのが魔法のある世界らしいといえばらしいんだけど、微妙なところでもある。

 2か月って事は60日で、1日あたり大銀貨1枚にちょっと足りないぐらいか…。


 それって高すぎじゃね?

 それともこの街の物価がそもそも高いのか?


- 回復魔法1回でどれぐらいなんです?


 「怪我の具合にもよりますので…」


- じゃああの青年の肘や肩の打ち身と擦り傷を治してみてください。


 「え、今、ですか?」


- はい。彼を救うためにここに来たのでしょう?


 「!…はい、そうですね」


 思い出したのか、はっと気付いたようにそう言うと、その年配の神官さんは胸元で両手を組んで聖句だろう、詠唱を始めた。

 指輪が補助具なのか。魔力がそこに…、って弱っ、え?、そしてなかなか詠唱が終わらない。


 「ニールセン大司祭様が回復魔法を…」

 「ありがたや…」


 という声が手前あたりの野次馬から聞こえた。役付きでこれ?、しかもまだ終わらないんだけど。


 だいたい1分半ほど熱心に詠唱をして、指輪がぽぉっと光り、その手を青年にかざしてやっと回復魔法が発動した。

 遅すぎでは?、堅いのが好みな人ならカップ麺食べ始めてるぞ?


 「おお、光ったぞ」

 「ありがたや…」

 「ありがたや…」


 その回復魔法、俺がいつも『弱い回復魔法でもかけておこう』って程度の魔力で、しかも属性操作が酷いから実効率ってさらに下がるわけで…。いや、もういいや。


 すっと近寄り、青年の肘を見ると治っていた。肘のとこは袖が無いからね。見やすいんだよ。肩は衣服を裂かないと見れないけど、感知でみるとは表面だけは治ってた。


 表皮はね。内出血の分は治せていなかった。

 そりゃそうだろう、あれじゃあ表面しか治せない。浸透するほどの魔力じゃ無いから。


- なるほど、これでおいくらなんです?


 「これですと1回銀貨1枚です。あとはお心づけでお布施をお願いしております」


- そうですか…。


 ちょっと青年が哀れだったんで手もかざさず無詠唱で見もせずに内出血も治しておいた。


 「タケルさま…」


 リンちゃんがちょいちょいと俺の袖を引いて小声で言った。

 また余計な事をとでも思ってるのか、それとももうここから離れたいんだろう。実は俺もだ。


- じゃあ今の回復魔法の分は、そちらのお二人で折半して出してもらえますか?


 「え?、は、はい!」 「はい!」


 何か急に元気になったな。


- それと、施療院に連れてって輸血をしてあげて下さい。そのうち目が覚めて動けるでしょう。お願いします。


 「わかりました」

 「この子はどうしましょう?」

 「一緒に連れて行こう」

 「予防接種がまだでは?」

 「施療院の方でできるだろう」

 「そうですね」


 白衣のひとたちが慌しく動き始め、寝台ごと馬車の荷台に…、おお、そういう仕組みなのかあの寝台。そう言えば元の世界の救急車にもあんな感じでぐっと押して乗せると寝台の脚が折りたたまれるようなのがあったっけ。

 すごいなアリースオム。


- 施療院の治療費もお二人でお願いしますね?


 「え?、それもですか?」

 「お、おい!」

 「あ?」

 「(金貨支払えって言われる事を思えば安いもんじゃないか)」

 「お、おう、そうだな」


 納得してもらったようで何よりだ。


- あと、フレーン()にも手土産持って挨拶に行ったほうがいいんじゃないですか?


 「「あ……」」


 安心したところで叩き落すようで悪いんだけど、これを伝えておかないとね。


 どうせ噂話やらで伝わってしまうんだし、ほら、交通整理をしたり、こっちの話が終わるのを今か今かと待っている衛兵さんがそこに居るし、逃げられないんだからさ。


 あ、もしかして俺も?


 と、リンちゃんを見るとこくりと膨れ気味の表情で頷いた。


 ああっ、さっきリンちゃんが袖を引っ張ったのって、衛兵さんがターゲットロックオンする前に逃げましょうって合図だった!?


 うわー、そういうの早く言ってよリンちゃん…。






次話4-072は2021年08月06日(金)の予定です。


(作者注釈)

  タケルは自分が成長著しい勇者である事と、『勇者病』を経てさらに急激な魔力的成長をした事を忘れて『回復魔法の効果』を比較しています。

  青年への効果と、ニールセン大司祭との比較の2度において、ですね。


  それでも神官の回復魔法使用料が高いのは、別にボッタクってるわけではありません。

  神官でも回復魔法が使えない者も存在しますし、素質があって、修練を重ね、回復魔法が使用できるようになるには相応の年月が必要になるからです。

  それに加えて補助具が高価だからです。


  回復魔法を独占し、ライバルがほとんど居ないため、このようになってしまったのです。




●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回も入浴無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   ソロじゃないのにアクシデントに遭遇。

   主人公属性?


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   せっかくふたりでおでかけだったのにねー。

   これではぬか喜びですね。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   今回名前のみ。


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   今回出番無し。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回出番無し。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回も出番なし。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使いで走ってます。

   今回も出番無し。

   ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。

   と言いつつなかなか出てきませんねー


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   今回出番無し。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。

   そのうち登場します。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。

   勇者ロミが治めている国。


 ヴェルマンテ教:

   これは略称で、ヴェルマンテチェソリス教と言う。

   他にもヴェルマン教という略称もある。

   ロミは書面で覚えているので略称時の後ろの文字を発音しているが、

   教徒はそこを発音せずヴェルマン教と略す。

   いずれにせよ略称なのでこだわりは無いらしい。

   他については前話参照。


 マロウさん:

   マロウ=ヒーモワ。

   アリースオム全体に住むヴェルマンテ教の責任者。

   言ってみりゃ長のようなもの。

   昔からコァ族と関わっていて、ロミからの信頼も篤い、なかなかの人物。

   院長と呼ばれているようですね。


 ローザさん:

   実は副院長。

   浄血施療院の先生のひとりでもあります。


 イアルタン教:

   この大陸、というか島国レベルですが、

   そこに住む人種(ひとしゅ)の凡そ7割を占める宗教。

   精霊信仰系宗教。


 ニールセン大司祭:

   もっと強いレベルの回復魔法も扱える、実はこの街ではすごい人物。

   でもそれに従って詠唱時間が跳ね上がります。

   イアルタン教には大司祭という役職はありませんが、

   信者たちからは尊敬を込めて『大』をつけて呼ばれているのです。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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