4ー070 ~ 皇都マッサルクにて
それからは、ロミさんが興味を持った精霊さんたちの話になり、ピヨやミリィの話へシフトし、ミリィたち有翅族の話から、何故か俺がラスヤータ大陸に飛ばされて何をしたとかの話にまで派生した。
「ふふっ、タケルさんってすごいのねぇ…」
「そうなのじゃ」
「そうですよ、タケルさまはすごいんです」
もう居た堪れない。
このままだと気を良くしたリンちゃんたちから、ロミさんが誘導するままあれこれ暴露されてしまいそうだったので、その元栓たるロミさんに黙ってもらうために、リンちゃんにボードゲームを出してもらおうと思った。
- リンちゃん、『森の家』にあったボードゲームってある?
「はい?、タケルさまはあまり興味が無さそうでしたので持ってきていませんが、連絡して送ってもらいましょうか?」
- あ、それなら代わりのものがあるから。
と、取り出したのはラスヤータ大陸のエクイテス商会で入手したチェスみたいなボードゲームだ。
「あっそれ戦駒でございますですねファーも知っておりますですよ旦那様」
- へー?
さすが行動範囲が広い(らしい)風の精霊さんだ。知ってるのか。
というかこれそんなに有名なボードゲームなんだ。
光の精霊さんたちのとはちょっと違うみたいなんだけどね。よくわからん俺からすりゃ似たようなもんではあるが。
「でも戦駒が盛んな所はここからかなり遠く離れてますけど旦那様はよくお持ちですね」
- ラスヤータ大陸のミロケヤって国で、ある商人さんとちょっとした縁があってね、それで何かのお礼に貰ったんだよ。
「ラスヤータ大陸というとここからだとほとんど反対側ではないですかびっくりですよ旦那様!」
- あ、それも知ってるの?、ファーさん。
「そりゃああそこは魔砂漠があって有名ですからファーでも耳にしたことがありますですよ」
- あそこを担当する風の精霊さんもいるの?
「あっいえ魔砂漠周辺はファーたちも近寄れませんですが大陸の南側はモエアーやウペーポ、ニファシーなどのファミリーが幾つもありましてややこしいのでありますよ」
「ふむ、まだそのような事になっておるのか…」
「いえいえ聞くところによれば平和にお互い譲り合い尊重しつつ平和的にやっているようでございますよ!」
テンちゃんが呟くように言ったのにびくっと反応して慌てて言うファーさん。平和を2度も言ったね。
「そうか、それなら良いのじゃ。それでそのせんくとやらに説明は無いのか?」
- あ、説明書があったっけ。
と、取り出してテンちゃんに渡した。
「あっ一応ファーも知ってますですよ実はヴェントスファミリーでもそれなりの腕前なのでございますふふん」
「ほう?、では動かし方を覚える故待つのじゃ。これ、ロミもそんな目をせず一緒に覚えるのじゃ」
「ふふっ、テン様にはお見通しですね。これは駒が2種類あるようですけど、どう違うのかしら?」
あ、そっか全部出しちゃったから、って、エクイテスさん2種類展示されてた駒、両方とも入れてくれてたのか。
「それは具象的か抽象的かの差でございますですよあっちゃんと2セットありますですね最初はわかりやすいように具象的なほうを使う事にしてこちらはしまっておきますですね」
「なるほど、同じものなのね」
「はいです」
俺の理解で合ってたよ。
ファーさんが説明してくれるみたいだし、これでよし。
「あ、タケルさま、どちらへ?」
立ち上がるとリンちゃんが尋ねた。
- お昼までまだだいぶ時間がありそうだし、せっかくだから街の様子でも見てこようかなって。
「そう言ってこっそり『瘴気の森』に行ったりは…」
信用が無いなぁ…。
- 行かない行かない、
「ほんとですか?」
「行くなら吾も連れて行くのじゃ」
- だから行きませんって。
でも、現地にリンちゃんとテンちゃんを連れて行くとコウさんに会った時に何て思われるかがちょっと心配。
会わせなければいいか…?
おヒーさんたちの時のようにちょいと近くで待機しててもらうのもひとつの方法だし、何なら『スパイダー』で待機してもらうって手もあるな。
そう考えて、これはリンちゃんも付いてくるんだろうなと思っていたらテーブルの上のハンドベルがちりんと鳴った。
あ、これ魔道具か。使われてる魔力が小さすぎて気付かなかったよ。
だって今ここって魔力の塊みたいなのがいるんだぜ?
感知でフィルタしてたって、当人たちがちゃんと抑えてくれてたって、でっかい光源なのは確かなんだから、そんなすぐ近くの微細な魔道具なんて気付かないよ。
ロミさんがハンドベルを手にとり、小さく揺らしてちりんと音を立てると、両開きのほうの扉がそっと開いて女官長さんが入室した。
「失礼致します」
そう言ってお辞儀をしてからこちらへと上品に素早く近寄り、ロミさんが座っている席の隣にしゃがんで話した。
「お客様のおもてなしはどう致しましょう」
目線でちらっと後ろの厨房(台所)設備を示唆したようだ。
「そうね…、」
ロミさんはいつもの、考える時の癖、右手の人差し指を顎の少し右に添えて首をほんの少し傾けた。
「リン様、そちらの厨房をうちの者たちに使わせて頂けませんか?」
「それは構いませんが、調理道具の扱い方が異なると思うのです」
「あ、そうでしたね」
リンちゃんが立ったままの俺をちらっと見たので頷いた。
「ロミさんが普段されているようなお食事で構いませんよ?」
あ、そういう意味だったのか。
調理器具の扱い方を教えてもいいのかって意味だと思ったよ。
「その、タケルさんと居るといつも温かい料理が出ますでしょ?、こちらでお出しすると冷めてしまったものしか出ないので…」
「なるほど、そういう事でしたか。でしたら先ほど登録した女官たちにここの調理器具の扱いを伝えましょう」
「まあ、本当ですか、ありがとうございます」
「それと、できれば調理担当の者のどなたかにも入室許可を出しておいたほうが良さそうですね。それも手配お願いします」
「わかりました、イメルダ」
「かしこまりました」
- じゃ、僕は街を散歩してくるね?
「タケルさま?」
- え?、だってリンちゃんその用事ができちゃったでしょ?
「うー…、でも…」
- お昼前にはちゃんと戻ってくるって。ちょっと街を見て来たいだけなんだから。
「…はぁ、わかりました。余計な事をせず、すぐに戻ってきてくださいね?」
「ふふっ」
- う、うん。
「あまりそう縛るものでは無いのじゃ」
「お姉さまっ」
「ほれ、タケル様よ、行くなら早く行って早く戻るのじゃ」
- はい。
そんなわけで街をちょっと見てくる事にした。
窓かバルコニーでもあれば、そこからちょいと飛んで行けば、途中経路で女官さんたちや兵士さんたちと出会わなくて済むんだけど、ここは地下だからね。
諦めて普通に扉から出て、扉の外で待機していた女官さんに『ちょっと散歩してきます』と言って早足で出た。
●○●○●○●
お城の外にでて城門をくぐり、空を見上げると『瘴気の森』の方角が暗いんだよね…。
午後から行くって言ったけど、大丈夫かなぁと思い、立ち止まって長距離索敵魔法を使ってみたら、140kmから先は雷を伴う集中豪雨の様相だった。
んじゃあれって積乱雲のでっかいやつか…。
こっちのほうまで雲が伸びてるので上の方は直接は見えなかったけど、風向きからしてこっちには来ないっぽいな。こっちは晴れてるしさ。
でも現地が豪雨だとやりづらい。どうしたもんかな…。
まぁあとでロミさんたちの所に戻ってから相談しよう。
そんな妙な空模様の下、ついでに感知した人の多い市場らしい方向へと、大通りを進み曲がり、近づいていくと、先の方で呼び込みのような事をしている女の子たちの声が聞こえた。
「献血を!、お願いしまーす!」
「「お願いしまーす!!」」
え?、献血…?、いま確かに献血と聞こえたぞ?
この世界って魔法が存在するし、教会が各地にあって神官は回復魔法を使える人が散らばっているため、科学的な医療はそんなに進んでないはずなんだけど…、アリースオムじゃ輸血や血液成分分離などの技術があるってこと?
と、じっと見てたら中高生ぐらい(に見える)女の子が2人走り寄ってきた。ミスったな…。まさかこっち来るとは思って無かったよ…。
「こんにちわー」
すっごい笑顔で言われた。めんどくさそうだからとぼけよう。
後ろを振り向いて誰か挨拶されてっぞ?、俺は無関係だぞ、という演技をした。
「やだなー、貴方ですよ、お兄さん」
肘んとこの袖をつかまれた。めっちゃ馴れ馴れしい。
でもかなり可愛らしい子たちだ。色白で目が赤い。八重歯がキュートだ。
赤茶色の髪の子は赤いさくらんぼみたいな髪飾りで両耳の上あたりを留めている。黄色味の濃い金髪の子は後ろを赤いリボンでポニーテールにしており、少し癖のある前髪は小さいバナナのような飾りがついてる髪留めで留めてあってきれいなおでこが半分出ていた。
- え、僕ですか?、ちょっとひとと会う用事があるので。
と、嘘ついてでも逃げようとした。
「すぐ済みますから!」
「3分で終わりますから!」
縋り付かれた。ちょくちょくこういうのあるなぁ、アンデッズといいこの子たちといい、なんだまだ2回目か。でもそれ、3分じゃ終わらないよね。
- えっと、離してくれないかな?
「お兄さん魔力すっごいもってますよね!?」
え?
「献血してくれませんか!?」
「今月のノルマが厳しいんです!」
「お願いします!」
なんだか必死だ。って、力強いなこの子たち。
メルさんに腕を掴まれる事が多かった経験から、つい反射的に身体強化して耐えてるけど、これ普通の人だと腕にアザができるレベルだぞ?
そんで魔力とか聞こえたけど、献血って言ったよね、やっぱり献血だよね?
- け、献血って?
「そうなんです!、あっちでやってるんです、すぐ!、すぐ済みますから!」
ぐいぐい引っ張られる。
指差すほうを見ると、さっきは直接見えていなかった位置に看板が立てられていた。『愛の献血』って書いてある。可愛いキャラクター…?、なのか?、コウモリの翼にキバのある女の子がビキニに黒マントでブランデーグラスを片手に、もう片手は腰に、そして肩幅に足をひらいて立っている姿なんだが…。
どういうコンセプト?、誰か反対するひとは居なかったんだろうか。
とても怪しい、それに若い女の人か女の子だらけだ。しかも美形揃い。それら全員がこっちを見てる。目がヤバい、真剣だ。口元だけは笑ってるから余計に怖い。
数歩分引きずられたが、ぐっと止まって耐えた。
これはヤバい、スキを見て逃げよう。
でもそこそこ普通のひとたちが献血してるんだよなぁ…。
主に若い男性が多いけど、中年男性もちらほら居るし、女性も居る。
それらが体育祭のテントのようなものの下で、テーブルに向い合せで色っぽい白衣姿の女性たちに献血作業をされているのが見えた。
建物があり、その前が広場のようになっていて、そういうテントが幾つもあって、献血が終わって結果待ちのひとたちだろう、女の子たちと笑顔で話している、そんなテントもあった。
意外と雰囲気が明るくていい。
建物には『浄血施療院』と書かれている。市場の外れで献血かー、それで人がここに集まってたんだな。
浄血?、いまいちよくわからんが。
- 献血って何?、どういう事をするの?
「お兄さんこの辺の人じゃないんですね」
「あのね、血が足りなくてみんなが困ってるの」
「魔力の多いひとの血があればみんなが助かるの」
と、訴えてくる2人。
ん?、何だか想像してるのと違うような…。
- 血って、血を抜くってこと?、抜かれたら困るんだけど…。
具体的には死ぬかも知れないじゃないか。
「そんなにたくさんじゃなくていいの」
「1回1単位だけだから!」
- 1単位って?
「1Lの5分の1なの、謝礼金も出るの」
「ちょっとチクっとするけど痛くないから!」
それは痛いんじゃないかな。
1エルってのが1リットルって意味なら200mlだけどさ。
謝礼金も出るのか。
「何をもたもたしているのです」
責任者っぽい女性がやってきた。足音がほとんどしなかった。
一応接近してきたのは感知してたけどさ。
振りほどいて逃げるのはちょっとね…。
「あ、先生!」
「あ、先生、じゃありませんよ。その手をお放しなさい。あ、申し訳ございません、うちの子たちが大変失礼を致しました。ほら、貴女たちも謝罪をなさい」
「は、はい!、ごめんなさい」
やっと両腕を解放してくれた。
話せばわかるひと、なのかな?、何にせよ無理やり引っぺがさなくてよくなったのは助かる。
白衣のような服だな、ってか白衣だよな。色っぽい雰囲気はたぶん白衣が身に沿ってて身体の線がわかりやすいからだろう。
- あ、いえ、頭を上げてください。
「ありがとうございます。強引な勧誘は厳禁だと何度も言ったでしょう?」
「だって、このひとすっごく魔力あるんだもん」
「あたしたち2人がかりで引っ張っても動かないんです」
つまりパワーがあるって自覚してやってたってこと?
「それでも、です」
と、腕を組んで注意する先生。
ぐいっと豊かだと思われる胸部が押し上げられた。
白衣の下も胸元が開いているから、そこに垂らされたペンダントが動いてきらっと光を反射し、谷間が強調されている。
あっ、これわざとやってるな?、ちぇ、光ったからちょっと見ちゃったじゃないか。まずいな。眉根を寄せて注意していた表情が緩んだぞ?
「でも今月のノルマがー」
「先生だって上の人から言われてたじゃないですかー」
「それでも強引な勧誘はしてはならないのですよ」
先生のほうに完全に身体を向けている2人。その2人に先生が視線を動かした。
逃げるなら今かな…?
「あ!、私、浄血施療院のシェリル=アネミアと申します、先ほどのお話から献血について興味がおありではありませんか?、詳しいご説明をさせて頂きたいので是非、こちらにお越し願えませんでしょうか?」
あ!、ってw
そぉっと下がったのに気付かれてしまった。
- あ、いや、別に…、
「ただ今キャンペーン中でございまして、今なら献血をして頂けると成分分析を行いまして、それによって健康状態がよく判るようになっているんですのよ?、例えば血糖値や脂肪分など十数項目の分析が可能なのです。現状、または今後どのような生活をすれば健康を維持できるかなど、病気にならないための生活改善にも役立ちます。さらに詳しいご説明はパンフレットがございますのでそちらをご覧になってからのご判断でも結構ですから」
うわー、正論だ。下がった分近づかれちゃったよ。
確かに言ってることは正しいと思う。
これが元の世界なら、何らかの病気でもない限り、無料で健康診断にもなる血液成分検査なんてしないもんだからね。
そう、元の世界なら、ね。
- えっと、シェリルさん、と仰いましたか。
「はい」
薄く微笑む美形。栗色の髪をきちっとまとめてあり、清潔感がある。長いまつげがきりっと目を引き立てているし透き通るような白い肌をしていて、唇には紅を差しているので目鼻立ちが引き締まって見える。
- 名乗って頂いたのでこちらも名乗ります、タケル=ナカヤマと申します。
「ご丁寧にありがとうございます、タケル様」
両手を前でそろえて軽く頭を下げる。そうすると胸の谷間がよく見え…、じゃなくてきれいなお辞儀だ。さっきより微笑みが深くなっていて、とても魅力的ではある。
- はい、それでですね、仰ることは理解できますし、確かに健康チェックができるのはいいことでしょうね。
「はい、それでは!」
そっと手を合わせてぱぁっと明るい笑顔に。でもね、違うんだ。
一応他の人たちには聞こえないように、声を抑え気味にして言う事にした。
- でも…、貴女たちって、人種じゃないでしょう?
わかるんだよ。魔力量とか、あと、属性配分とかね。魔力感知もバカにしたものではないのだ。
「「「!」」」
周囲の雰囲気に緊張が走った感じがした。
一瞬で身構える女の子2人の前へさっと手を出して押さえた先生。
この場合、どっちを護ろうとしたんだろう?、女の子たちか?、俺か?
- あ、別に危害を加えたりはしません。貴女たちをどうこうしようとは思いませんから。
僕に危害が及ばないなら、だけどね。
「ご存知だったのですか…?」
笑みの消えた表情で問いかける先生。
- いいえ、たまたま過去に同じような事があったってだけです。貴女たちの種族が何なのかは存じません。
まぁその過去の事例はアンデッズだったわけなんだが。でもこのひとたちは光属性では無いね。
「そう、でしたか…」
すっかり肩を落としてしまった3人。
- あ、人種じゃないから信用できないってわけじゃないですよ?
「え?」
少し下がった頭を上げて上目遣いで俺を見る先生。
だってさっきの説明でもそうだけど、抜けてる話があるんだよ。
元の世界じゃないんだから。
- 献血した血液は何に使うんですか?
「…なるほど…。ではそのお話にご納得して頂ければ、献血に応じて頂けるのでしょうか?」
シェリル先生はそのまま探るような雰囲気で尋ねた。
- うーん、それが、この子たちにも言ったんですが、人と待ち合わせをしているんですよ、もう走らないと間に合わないので、急いで行かなくちゃいけないんです。
まぁ待ち合わせだなんて嘘なんだけどね。
でも早く戻れって言われてるので、ある意味嘘では無いはず。
「そうでしたか…、お時間を取らせてしまって申し訳ありませんでした」
と、頭を下げた。
- なので、その後で良ければお話を伺いに戻ってきますよ。
ロミさんにも尋ねておきたいし、もしかしたらリンちゃんたちの案件かもだし。
「ほ、本当ですか!?」
がばっと頭を上げて踏み出し、手を取られた。悪意を感じないので障壁は張らなかったけど、ちょっとびっくりした。
で、返事をしてから逃げるように走り去り、そのまま走りながらちょいとウィノアさんに尋ねてみた。
- ウィノアさん、珍しく出てきませんでしたね。
『あれらは光の管轄なのですよ』
ほぅらやっぱり。
そんなこったろうと思ったよ。
- そうですか。
だったらリンちゃんにきいた方が早いね。
●○●○●○●
城門でも中でも、ちゃんと連絡が行きわたっているのか、前回来た時の事を覚えてくれているのか、会釈をして通り抜けても特に誰何されたりする事も無く、地下の客間までノンストップで行けた。
「おかえりなさいませ」
と、どこでも普通に言われたんだけどね。
そんでもって部屋の前でもそう言われた。
「意外とすぐに戻ってきたのじゃ。ん?、何か珍しいものでも見つけたのか?」
テンちゃんは俺を見るなりにこっと笑顔でそんな事を言い、笑みを深くした。
- 何かね、献血の勧誘に遭ってさ…。
「献血?、ああ、ヴェルマンテ教の」
ロミさんの手番だったんだろう、盤面を難しい顔で見ていたのを上げてそう言った。
- 知ってたんですか、ロミさん。
「時々そういうキャンペーンを催すのよ。コァ族とは昔から仲が良くてね、彼らの医学知識や技術はこの国にとって無くてはならないものなのよ」
- へー…。
なるほど、よく届け出があるから知ってたのか。
「それでそのヴェルマンテ教の浄血施療院で献血してきたの?」
- それなんですけど、あのひとたちって人種じゃ無いですよね?
「え!?」
- あ、いや、責めてるわけじゃなくて、ウィノアさんに尋ねたら『光の管轄』だって言うんで…。
「でもコァ族にも信者は居るのよ?、ちょっと寿命が違うけど結婚してる者だっていたはずよ?」
「おかえりなさいませ、タケルさま。どうしたんです?」
リンちゃんが厨房(台所)から出てきた。
- ヴェルマンテ教の浄血施療院ってのがあってね、その話なんだけどね。
「ヴェルマンテ教の浄血施療院…?」
- ウィノアさんの話では光の精霊さんの管轄らしいんだけど…。
「え?、あ!、ヴェルマンテチェソリス!」
「ヴェルマンテチェソリスとな!」
「お姉さま!?」
「あ、いや、わ、吾は知らぬのじゃ、関係無いのじゃ」
「…関係あるんですね」
「無いのじゃ、知らぬのじゃ」
「ふ、まぁ知ってますけどね。いいですよ、お姉さまはここで大人しくしていて下さい。出て行くとややこしくなるだけですので」
「う…」
- えっと、ふたりとも知ってるって事?
「し、知らぬ」
「と、お姉さまは言ってますので、そういう事にしておきましょう。それでタケルさまに何か言ってきたんですか?」
- 献血して欲しいって言われたんだけど、どうしようかなって相談をしに戻ってきたんだよ。
「何ですって!?」
- あ、いやリンちゃん、
「よりにもよってタケルさまの血を欲しがるなど言語道断デス!、どこでですか?、タケルさま、行って釘を何本も刺してやらねばデス!」
- いやあのね、リンちゃん…。
宥めるのに苦労した。
でも一緒に行って俺を煩わせた事について文句を言うらしい。そういう事になってしまった。
「…あの…、彼らは一体…」
「戻ってから説明します」
ロミさんがボードゲームどころでは無くなってしまった表情でおそるおそるリンちゃんに尋ねたが、ぴしゃりと言われて黙って頷いていた。
●○●○●○●
「デートと言うにはもうすこし華のある恰好がしたかったです」
「花ならあるじゃないか」
「?」
「君こそが僕にとっての花だよ」
「…!」
うわー、何だあれ、白昼堂々とそんなセリフが言えるもんなのか…?
いますれ違った男女のセリフに驚いて、思わず足を止めて目で追ってしまった。
あちらはそんな俺には気付かない様子で、女の子が男性の腕をぎゅーっと抱き締め遠ざかって行くのが見えた。
「タケルさま……」
え、ちょ、リンちゃん何そんな期待の眼差しで見るんだよ…
言わないよ?、俺あんな悶絶しそうなセリフなんて言えないよ?
「むー、じゃあいいです」
ぷくーっとまでは行かないけど、ちょっとだけ片方の頬を膨らませた。
可愛いので、右手を伸ばして頭をぽんぽんと撫でた。
左腕がリンちゃんに軽く抱えられてるからね。さっきまでは俺の肘に軽く手を添えているだけだったのに。
「…早く行きましょう」
リンちゃんとロミさんのお城を出て大通りを歩いている途中、どうにも毒気を抜かれるような会話を聞いてしまった。
でもそのおかげで、ちょっとお怒りモードだったリンちゃんの雰囲気が良くなったので、結果オーライだろう。
浄血施療院へと歩いて近づいていくと、現地の動きが急に活発になったのがわかった。
俺たちに気付いたんだろうか、3階建ての石造りのビルから慌てたように白衣のひとたちが出てきている。一部の窓から見えるけど走り回っているようだ。てんやわんやだな。表現が古いかな?
献血作業のテントを超えて広場部分に整列し始め、前の列から正座になった。あそこの地面、堅かったのに、大丈夫か?
テントに居たひとたちも、俺たちが近づくにつれて話が通ったのか、列の後ろに並んで正座になった。
献血してたひとや、結果待ちだったひとたちは建物の中に案内されて入って行ったようだ。
そんで白衣のひとたちがぞろぞろと建物から出てきてるんだけど、出てきては両側へと並んで無言で正座をしていく。
そして俺たちが到着。
たくさん出てきたのでどうしたもんかと敷地の前で立ち止まると、リンちゃんも立ち止まり、俺の腕から手を放して隣に立ち、看板のキャラ絵を見て『何ですかあれ…』と呟いて眉を寄せた。
そんなリンちゃんを見ると、俺が見ているのに気付いたのか、俺を見てにこっと笑った。
出て来て並んでいるひとたちが緊張を隠さず不安そうにしている中、最後に代表者らしい初老のひとが現れて、俺たちから見て正面のところで平伏した。それに合わせるように全員が平伏した。
え?、平伏?
「お前でしたか、マロウ=ヒーモワ。面をあげなさい」
リンちゃんがつかつかと敷地に入り、その初老のひと、マロウさんの前まで行った。
手はついたまま、顔をあげる初老の紳士。
いや、白衣に蝶ネクタイだから博士みたいな感じ。髭はなかった。髪は灰色でぴったりと油か何かでオールバックにまとまっている。初老と言ったけど全然そうは見えない。めっちゃイケメンだ。タキシードとか超似合いそう。
「こちらは私がお仕えするタケル様です。そのタケル様を煩わせたのはマロウの部下だそうデスね、」
俺が何となくリンちゃんの後ろに続いていたのを、リンちゃんが片手で示して言った。
- あ、いやリンちゃん、
「知らぬ事とは言え、大変申し訳ございません!」
え?
「黙りなさい!、タケル様のお言葉を遮るとは無礼千万デス!」
あ、これはさすがに止めよう。止めなくちゃ。
- いやちょっとリンちゃん、どゆことなの?、これ。
リンちゃんの肩に手をあてて引っ張った。
「もう、タケルさま…、雰囲気ぶち壊しですよ…」
- こういうの嫌なんだって、平伏されるとかさ、居心地悪いじゃん。
「はぁ…、仕方ないですね…、全員立ちなさい、作業があるなら続けてよろしい。そしてマロウ、中に案内しなさい」
「はい。お前たち、リン様の仰せのままになさい」
「「はい」」
返事をしたが戸惑う表情を隠さないまま、もそもそと立ち上がり、ぞろぞろと正面入り口から入っていく白衣のひとたち。一部残っているのは外の献血テントに居たひとたちだろうか。
「これでいいんですか?、タケルさま」
- うん、それでそこのマロウさんは?
案内しろと言われたけど俺たちが動く様子を見せないので待っているんだろう。
「あれはここの責任者ですから」
- まぁ立ち話も何だし、行こうか。
頷くリンちゃんと一緒にマロウさんの方へと歩くと、上品な仕草で中へと誘導され、入り口からすぐ中に待機していた、これまた美形の白衣女性に前を、後ろにマロウさんというフォーメーションで奥の部屋へと通された。
扉を開けて支える女性に、応接室だろうか、と思ったら偉い人の部屋っぽい立派な机があり、その前に応接セットがあった。
立て看板と同じアニメ調の絵がちらほらと、テーブルの上に置いてあったパンフレットや、部屋の隅に立ててある幟に描かれているのが見える。
そこでマロウさんとその女性が向かいに座り、4人での話となった。
まず俺の献血について。
「やめたほうがいいと思いますよ?」
- でも何だかリンちゃんを連れてきちゃって迷惑をかけたみたいだし、200mlならいいかなって。
「そんな、あたしが迷惑掛けたみたいに言わないで下さいよ…」
「そうでございますとも、光の姫様に拝謁が叶ったのですから喜びこそすれ迷惑だなどとんでもありません」
「ほらー、でもタケルさまが血を与えるのはやめたほうがいいですよ」
- そうなの?
と、マロウさんを見る。
「そうでございますね、貴方様は少々、いえ、かなり魔力が濃密でございますので、我々には少々、いえおそらくは薄めても毒となりえるやも知れません」
え、俺の血、毒なの?、とリンちゃんを見る。
「毒、という表現の良し悪しは別にしても、光と闇に適正があるタケルさまの体液はこの者らにとっては精霊のものよりも、その、良過ぎると思います」
ふむ…。
「はい、そのようなものを知ってしまうと、その後が困った事になりましょう。ですから『毒』と申し上げた次第でございます」
なるほど、わからんでもない。でもそんなの知りたく無かった。
でも血液成分検査はちょっと興味あったんだけどなー
「タケルさま、血液検査なら里でもできますよ。何なら『森の家』でも」
- そなの?
「はい、元々この者らがしている検査、使っている魔道具は我々光の精霊が提供しているものなんですから」
見ると頷くマロウさん。
- なるほど…。
もうお分かりだろう。
このマロウさんたち、ヴェルマンテチェソリス教の主だったひとたちは人種では無い。
いわゆるヴァンパイアとかヴァンピールとか言われているような種族のようなものらしい。吸血鬼と言われてもいたけどね。
ついでに言うと、アンデッドでも無いんだってさ。詳しくは省くけど。
特に種族名が決められているわけではないので、ヴェルマンテチェソリス教、略してヴェルマン教なんだそうだ。
ところが現在では一般の人種にもその教徒が居るらしくてややこしい。
そのへんの話の前に、余談ではあったけど、施療院を営んでいる事についても聞けた。
提供者が幸福を感じていると味が良くなるんだそうだ。
健康状態が良好だと尚良いとか。だから健康チェックもするしアドバイスもする。悪い所があるなら治療もするし、生活習慣が原因なら注意もするし助言もする。
なので施療院を営み、地域住民が健康で幸福になるために助力をしていると。
ついでに献血の間のほんのひと時には、幸せな夢を見てもらうようにしているとか。
ああ、そういえば元の世界で映画などに出て来る吸血鬼の設定には、血を吸われている間、そのひとは恍惚とした表情になっていたり、幸福を感じているような描写があったっけね。
血を吸われる前に催眠状態になったりさ。
でも、ホラー映画だったよね?、大抵は。そこんとこどうなのよ。
あ、でも考えてみりゃ病原菌を媒介して人間を毎年何十万人も殺してるヤツに比べたら全然可愛いもんだと思う。そいやそいつが媒介してるデング熱だったかで、何億人だったかが亡くなったっていうし、本当に恐ろしいのはこっちのほうだよね。他のヤバい病原菌を媒介したりするしさ。
この世界には蚊が居ないらしくて、本当に良かったって思う。
植物の汁を吸うそれに似た昆虫は存在するみたいだけど、血を吸う昆虫は居ないんだってさ。だからノミも居ない。居ないけど、安宿の藁には血は吸わないけど刺すとかのちっちゃい虫は居たりするみたい。
話が逸れそうなので戻すけど、マロウさんたちにとって、血を吸う行為というのは神聖なもので、相手との生涯を賭けるほど真剣な契約行為にあたるんだそうだ。
だから物語のように、手あたり次第にとか、そういうのは忌み嫌われる。
でも、血は欲しい。動物でもいいから血が欲しい。
無くても生きて行けるけど、欲求はあるので血は欲しいんだとさ。
昔、それで過激な連中が、人種を襲い、集落をいくつか壊滅させてしまった。
そのうちのひとつがたまたま、光の精霊さんが保護し支援した集落だったのがまずかった。
当時は精霊さんたちから、彼らは人種とは認められていなかったので、排除対象になって、そういう過激な集団はあっさりと駆逐された。だけど、隠れ住んでいた吸血鬼たちまで発見されてしまい、当時の吸血鬼の長が何とか交渉して、見逃してもらえる事になったんだそうだ。
それで、こういうシステムを光の精霊さんが提案し、魔道具やらその使用方法まできっちり教え込んだんだと。
まるでコンサルティング会社がシステムソリューションをマネジメントし運用ノウハウを…、ああもうわけわからん。とにかくそんな感じだったんだってさ。
そういう事もあって、光の精霊さんに敵対することはありませんとの事。
『この種族は、我々光の精霊からは人種とは認められて無いんです』
まだ認められていないんだってさ。
まぁそりゃヴァンパイアって元の世界でもアンデッドの括りだったし、だいたい悪魔や不死だので闇側の系列だったっけね。ここでは違うみたいだけど。
言わばお情けで生存を許されていて、一族全てが光の信徒を名乗り、光の精霊を崇めているんだとか。
『(お母様はそこまでの事は要求してないんですが、それで無差別に他の人種を襲う事が無いのであればと黙認している状態です)』
との事。
この世界の人種に多いイアルタン教とは起源が異なるのもあって、経典も別物だから、ヴェルマンテチェソリス教、略してヴェルマン教って名前を付けてるんだってさ。
さらに、浄血の事も聞けた。
人工透析?、って程ではないにせよ、その類の事もやっているらしい。
施療院はロミさんの許可や後押しもあって、アリースオム国内各地にあって、飽食貴族が罹かる糖尿病などの生活習慣病のおかげで出張費と毎日の施術費でウハウハらしい。
ただ、近年ではちょっとした味の流行みたいなもので、血中コレステロールが高めの血液が人気らしい。あくまで高めであって、度を超えて高いのは不健康すぎてダメだとか。よくわからん。
で、吸血鬼だとバレるとまずいから、使役・従魔のコウモリなどを派遣して情報収集したりしてると。ついでに小さな紙に書ける程度のメッセージ配達なんかもやってるみたい。
さっきもちらっと言ったけど、マロウさんたちにとって、血を吸う行為というのは神聖なもので、相手との生涯を賭けるほど真剣な契約行為にあたるんだそうだ。
だから直接噛み付くのはNG。
お互いの感染症対策でもあるとか何とか。
んでリンちゃんが帰りにこそっと言ってたけど、その点、魔力が超豊富で通常の病気に罹からなくて人種に近い俺なら直吸いしても大丈夫だそうだ。神聖で真剣な契約行為ってのはどこ行った…?
だからあそこでやたら熱視線感じてたのか…。
次話4-071は2021年07月30日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回入浴無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
やっぱりソロで出かけると何かにひっかかるね。
主人公属性?
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
やっぱり、とでも思ってるんでしょうか?
でもちゃっかりふたりでおでかけです。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
ファーを負かすんでしょうね、やっぱり。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
相変わらずの早口。
有能でポンコツという稀有な素材。
負けフラグが立ってましたね。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回珍しくセリフがありました。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
クロマルさん:
闇の眷属。テンのしもべ。
試作品零号らしい。
カンカンうるさい。
テンのポケットに、カッティングが複雑で綺麗な石に宿っている。
今回も出番無し。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も出番なし。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。
今回も出番無し。
ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。
と言いつつなかなか出てきませんねー
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ヴェルマンテ教が人種ではない者たちの
集団だとは知らなかったようです。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
遊びまくってるのを隠していたが、ロミにバレた事をまだ知らない。
そのうち登場します。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
勇者ロミが治めている国。
女官長と女官たち:
女官長はイメルダという名前です。
ロミ付きの女官たちはベテラン揃いなので、
あまり若い女官は居ません。
若いのは主に1階で活動しています。
政務官や軍務官についていたりもします。
公認の婚活のようなものですね。
ヴェルマンテ教:
これは略称で、ヴェルマンテチェソリス教と言う。
他にもヴェルマン教という略称もある。
ロミは書面で覚えているので略称時の後ろの文字を発音しているが、
教徒はそこを発音せずヴェルマン教と略す。
いずれにせよ略称なのでこだわりは無いらしい。
他については本文参照。
マロウさん:
マロウ=ヒーモワ。
アリースオム全体に住むヴェルマンテ教の責任者。
言ってみりゃ長のようなもの。
昔からコァ族と関わっていて、ロミからの信頼も篤い、なかなかの人物。
人種では無いが、それは光の精霊たちからの分類に
よるものなので、実際には人種のようなもの。
変異種とも言えるだろう。
シェリルさん:
シェリル=アネミア。
浄血施療院の先生のひとり。
その美貌もあって地域住民の人気は高い。
浄血施療院内部でも慕われている良い先生。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。