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4ー067 ~ 想定済みと予想外

 両膝を地面につき、両手を胸元で交差して深く頭を下げている姿勢の彼女たち。

 そういえば送り届けたらもうこうして拝まれる事も無くなるんだなぁ、なんて思いながら声をかけた。


- お待たせしました。あちらで用意している席についてもらえますか?


 これまで何度言っても聞いてくれなかったけど、最後だからもういいやと、いちいち頭を上げろだの立てだの言うのをやめた。というか諦めたってのが正しいね。


 なので言うだけ言って(きびす)を返し、すたすたとリンちゃんたちの所に戻ろうとした。


 「あの、タケル様」


 呼び止められた。


- はい?


 見ると一応は立って、こちらに歩み寄って来てはいたようだ。揃って表情が強張(こわば)っている。


 「御神(おんかみ)様はどちらのお方なのでしょう…?」


 あー、結界を解いたら気を失うとか言っておいたんだっけ。


- テン…(じゃなくて)ヌル様なら今日は一緒じゃないですよ。


 「それではあちらの方々は…」


 どう説明しよう…?

 うっかりしてたよ、考えて無かった。


 だよなぁ…、うーん、でも言えないよなぁ…。

 信じてもらえるかどうかは別にして、言っても仕方がないというか…。


- 彼女たちは僕に仕えてくれている者たちです。気にしないで下さい。


 「わかりました」

 「それで給仕服…」

 「サラ」

 「すみません」


 とりあえずそう言ったが、深く詮索する様子では無さそうなので歩きはじめると、粛々とついてきてくれた。






 リンちゃんが用意してくれたソファー3つの前に立ち、彼女たち7名には分かれて座ってもらってから、『これから移動しますが、決して席を立ったりソファーから降りたり、騒いだりしないで下さい』と注意をしてから反対を向いたらすすっとリンちゃんたちが寄ってきた。


 正確にはリンちゃんがまず俺の背後に来てがしっと抱きつき、それを見たベニさんとファーさんがそれぞれ右側と左側に寄り添って俺の腕に手を添えたわけ。

 ファーさんのほうはちょっと遠慮したのか躊躇(ためら)いがちだったけど、ベニさんとはまた違った風情っていうか、ベニさんは何でそんなしっとりした手つきなんだよ…。いや濡れてるんじゃなくて、なんか色っぽいというか艶っぽいというかそんな寄り添い方なんだ。


 こっちはそういうの意識しないように、離れろって言うとまたごたごたするから諦めの境地で、極力無視してるんだから、触れるなら普通に触れてくれと言いたい。


 けど言えないのでもうこのまま行く。


 飛行結界で包み、というか床部分はもう張ったまんまなのでそれを基準に包んですっと浮かせてから飛行結界全体の形を整え、上昇開始。


 リンちゃんが腕をきゅっと締めるのはいつもの事。

 後ろで声にならない悲鳴を押し殺したような音がした。


 今回は初めてのお客さんたちがいるので、丁寧な魔力操作を心がけているつもりなんだけど、何で隣のファーさんとベニさんは鼻息が荒いんだ?

 意味がわからん。でももう飛んでるんだし、余計な事を話すのも、後ろのひとたちに聞かれるのも良くない気がするので無視。無視ったら無視。


 雲の薄い部分を抜け、さらに上昇。午後の少しだけ傾いている太陽に照らされている白い雲が眼下に眩しい。と言ってもまだ冬なので、太陽高度はそれほど高いわけじゃ無い。進路もだいたい北東方向だから太陽とは逆で良かった。


 そんなわけで高高度と言ってもいい高さまでやや斜めに上昇してきた。

 ここからは上昇をやめて水平に加速開始だ。


 一応気を遣って、急加速はせずに徐々に速度を増やし続けた。

 音速の壁を越える時だけ、早く済ませる意味で加速度を上げたけど、やっぱり多少は衝撃がある。今回は飛行結界が一回り大きいから仕方がないんだけども。


 すると後ろの悲鳴やリンちゃんの締め付けはいいとしても、隣のファーさんが痛い程俺の手を握りしめて涙を流していた。

 ぎょっとしてつい見てしまうと、ファーさんの方もこっちを見上げた。

 瞬きをするたびにぽろぽろ零す涙。ぎゅっと結んだ口元。紅潮した頬。荒い鼻息。ついでに鼻水も出てきたのかずずーっと鼻を鳴らした。


 そこで俺もはっと気づいて正面に視線を向け直したけど…。


 まぁいいや、考えるのはよそう。苦しんでいるわけでも叫んでいるわけでも無く、ファーさんが大人しいならそれでいいや。

 こっちもそれなりに忙しいんだし。






 体感でだいたい30分ちょいの飛行(フライト)で、おヒーさんの離宮に到着した。

 限界まで頑張らず余裕のある速度だったせいか、前回このベルクザンの王都まで飛んだ時に比べると倍以上かかってしまった。


 王都と言ってもここは王都の外れであり、王都を囲む壁からもそこそこ距離があるんだけど、距離的には誤差みたいなもんだ。

 一応この離宮にも壁はあり、正面に隣接する果樹園にもそれなりの壁はある。


 俺は正面玄関前のちょいと広くなっているところに着陸し、床の結界は張ったままでそれ以外の部分を解除して『着きましたよ』と言おうとした。


 「やっぱりこんなに早く着くなんておかしいです!、タケルさま一体どんな無茶な速度で飛んできたんですか!?」


 と、俺の腰に腕を回して抱き着いていたリンちゃんが、両手でがしっと俺の腰をつかんで揺らしながら言った。それだと俺はリンちゃんの方を見れないんだけど、あ、揺らさないで、って俺足踏ん張ってんのにすごい力だな。テンちゃんが馬鹿力って言ってたけど納得しそう。


 それにしても、あ、そうか。前回と違って回収場所を伝えたからリンちゃんは場所を正確に把握しているんだ。だからか…。


- え?、だから前回より控え目で余裕を、


 と、宥めるつもりで言ったのに割り込まれた。


 「その前回がおかしいんですよ!、ファーがあんな風に取り乱すわけですよ!、ってファー!?」


 釣られて見るとファーさんは結界の床に土下座していた。

 リンちゃんがやっと腰を解放してくれたのもあって、片膝をついてファーさんの肩を起こした。


- どうしたんです?、どこか具合でも悪くなりました?


 「このファーめにお気遣いを下さって感謝でございますですよ旦那様…」


 目鼻が赤い。鼻声で言われた。

 ここでずずーっと鼻をすすった。頬や顎は涙で濡れていてひどい。


- 何でそんなに泣いてるんです?


 とりあえずこのままってのは非常に体裁が良くない。

 と、ここで気付いたけどソファーのお客さんたちは全員ぐでーっと気を失っていた。

 道理で静かで大人しかったわけだ。良かった。いや良くは無いけど、起きる前にこっちを何とかしないと。


 「畏れ多くも旦那様に失礼な事を言ってしまったこのファーめにどのような罰やお仕置きをされても覚悟してますです」


 え?


- いやちょっと待って、リンちゃんは聞いたかも知れないけど僕は聞いてないから気にしないよ?、だからちょっと落ち着こう?、ね?


 「新しい妹の代わりとどこか気楽に考えていたファーが悪かったのですまさかヴェントス様をも凌駕するお方とまでは見損じておりましたです今後は誠心誠意お仕え致しますのでご容赦下さいですぅぅ…」


 息を吸ってから一息に言い切り、伏せて泣き始めた。

 もうこれどうすりゃいいんだよ、と、リンちゃんを見上げた。


 「当然です。風の者などタケルさまの足元にも及ばないと言ったのは過言では無いのです。しばらくそこで伏せて己を悔い改めるが良いのです。さ、タケルさま、ファー(これ)は放っておいて後ろの者たちを起こしましょう、でないといつまで経っても終わりませんよ」


- あっはい。


 リンちゃんに手を引かれて立ち上がる俺。

 ベニさんは両手を胸元で組んで、きらきらした目で俺を見ていた。何なんだ、意味がわからん。こういう時は放置だ放置。


 すぐ後ろのソファーでぐったりしているおヒーさんとクラリエさんの二人を起こそうと、手をすっと持ち上げたリンちゃんにストップをかけた。あのポーズは回復系魔法を使おうとしてるんだろうからね。


- あ、リンちゃんちょっと待って。


 「はい?」


 振り向くリンちゃんに尋ねた。


- ハニワ兵のさ、色を変えるものってある?


 「はい、ありますけど…?」


 突然何ですか?、とでも言いそうな、怪訝そうな表情。ちょっと小首を傾げている。可愛い。

 そう思わないとさっきの顛末を上書きできない気がしただけ。


- 黒くするのってある?


 「あります、ああ、あれの代わりですか。でもタケルさま、ハニワ兵は普通の剣を使えませんよ?」


- そこはまぁしょうがないかなと。とりあえず黒鎧の代わりに黒くて似たようなものがこのひとたちと一緒に行動するってのが重要なだけだから。


 「なるほど、ではこういうのも必要ですね」


 と、リンちゃんがエプロンのポケットからずるりと取り出したのは、勇者クリスさんの剣、『嵐の剣(テンペストソード)』にそっくりな、黒い鞘に納まった黒い柄の剣だった。


- え?、あれ?、あ、それ偽物(レプリカ)


 「はい、こんなこともあろうかと。見かけだけ似せた物ですが」


 にやりと不敵な笑みを浮かべてそんな事を言った。

 用意周到と言えばいいんだろうか?


- そりゃすごいね。見かけだけ?、なの?


 「はい。剣も鞘も見かけだけです。でも魔力を通しやすいのでハニワ兵にも使えると思いますよ」


- おお、んじゃハニワ兵を黒くしてそれ持たせよう。ありがとう、リンちゃん。


 「ふふっ、どういたしまして♪」


 満面の笑みだった。すごく嬉しそうだ。

 まぁ気持ちはわかるよ。


 というわけでハニワ兵を、黒くする薬剤みたいな粉末を使って脳裏の黒鎧そっくりに作り、その剣を装備させた。ちゃんと剣帯もあるから問題は無かった。

 こうして見るとどこから見ても黒鎧そのものだ。


 「…はぁ…、あちらに連絡して映像を用意する事も考えたのですが…、必要無かったようですね…」


 と、リンちゃんには呆れられたが、我ながら良い出来だと思う。


 ちなみにハニワ兵のコアは、例の熟練4体から他のに、『森の家』のホームコアを介して全てに情報共有させたものだ。リンちゃんが。


 いやそれがさ、庭でピヨやミリィ()相手をして(遊んで)たらリンちゃんが、『ハニワ兵のバージョンアップ』がどうとか情報共有がどうとかで、貸して欲しいって言われたんで渡したらそうなったみたい。


 例によって細かい事は俺にはよくわからん。形状も同じだけど容量がどうとか演算領域がどうとか伝達速度がどうとか言ってた気がする。


 ああそうそう、今度のは音声認識がついたらしい。

 俺には関係ないんだけど、どうやらシオリさんたちから要望が出たのが今になって実装されたんだってさ。高性能だねぇ、ほんとに。


 とりあえず彼女たちを起こし、目が泳ぎまくっているのを無視して事務的にどっちも偽物ですと説明をしてからハニワ兵を起動、彼女たちに従うように言うと頷いたのでよしとした。


- 黒鎧が貴女がたの所に居るという体裁があればいいんですよね?


 「は、はい、何から何まで本当にありがとうございます」


 ソファーを片付けるために横に出てもらうと流れるように跪かれたが、もうそれは気にしない事にしてそう言い、続いて倉庫にある黒鎧関連の物品を回収する事を告げた。特に反論は無かった。

 書類がとか記録がとか言われたが、それも引き取っていいらしい。


- クリスさんが快復して戻ってきたら、また来ます。それまで預けておきますね。


 「はい、大切にお預かり致します」


- あ、いや、護衛ですから、戦闘もできますよ。クリスさんと同じ働きができるかはわかりませんけど、結構強いですよこいつ。


 そう言うとハニワ兵、いやこれは全然ハニワっぽく無いんだから偽黒鎧か、それが誇らしそうに胸を張って右手を左胸に添えた。っく、かっこいいじゃないか。


 「そうでございましたか、それはお見それ致しました。ハニワ殿、よろしくお願いします」


 と、彼女たち全員が頭を下げ、対して偽黒鎧も姿勢を正してお辞儀をした。


- あの、呼び名は黒鎧とか人形とか、いままで呼んでいたのと同じにして下さい。そう教えておけば問題無いので。


 せっかく音声認識もついたんだし、タイミング良かったなぁ…。


 「わかりました。そのように致します」


 偽黒鎧を手招きして彼女たちの前に来させると、それぞれの呼び方を伝え始めたので俺は下がった。何か黒ちゃんとか言って注意されてるけどたぶんそれも伝わったと思うよ?、ハニワ兵結構賢いから。


 さて言うことは言ったしと、リンちゃんを見ると頷いたので、全然移動していないファーさんとベニさんのところへ行ってさっと3名を包んで飛び立った。


 飛び立つ瞬間に、『あっ!』とこちらを指差したひとが居たが、例のテンちゃん式バージョンの飛行結界だから、その場で消えたように見えたんだろう、視線が飛び立った俺たちを追いかける素振りは無かった。






 そして倉庫に到着、南京錠をちょちょいと外し、本棚の奥の鍵もちょちょいと開けて中へ。


 入り口のところで、やっと立ち上がったファーさんの準備に少し待ったけど、まぁそれくらいはね。


 そして回収作業をした。リンちゃんが。


 俺はする事が無かった。

 だって書類なんか俺が見たところで必要なものかどうか全然わからないし、黒鎧関連の魔道具はリンちゃんがささっと金具みたいなのを取り付けて(リュック)に収納しちゃったんだよ。


 ついでにテンちゃんが床に叩きつけて壊した破片まで回収していた。小型のハンディタイプの掃除機みたいなもので。

 そんなのあるのか…。いろいろあるんだなぁ…。


 と、あっという間に終わったんで、俺もベニさんもファーさんも、ぼーっと立って見てるだけだったってわけ。







 帰りはリンちゃんがあまりにも言うので、かなり速度を抑えて飛んだ。そのせいで1時間以上かかってしまい、砦の中庭小屋に到着した時には、西の空が赤く染まりかけていた。


 「タケルさま、また戻る予定があるのでしたらこの家はそのまま置いておくのですか?」


 到着してリビングに入るとすぐリンちゃんが尋ねた。


- あ、うん、もし問題無ければ家具とかもそのままにしておいてくれるかな?


 俺は泊まるほどの用は無いけど、もしカエデさんがここに来た時、何も無かったら切ないだろうからね。

 そう言えばカエデさんって荷物も持たずに走って行ってたっけ。もしかしたら部屋に荷物なんかを置きっぱなしにしてるかも知れない。だったらなおさらだ。

 ホームコアもそのままにしておけばセキュリティ面でも安心だろう。


 「はい、わかりました。でも給水器の水はそのままってわけには…」


- あー、それもそうか、んじゃ給水器とコップは回収しようか。台所に食器類はあるんでしょ?


 「はい、ありますし水も飲めます。それで夕食はどちらで?」


- そりゃここに用事は無いんだから、『森の家』に帰ろうよ。


 「ふふっ、はい!」


 というわけで休憩する(いとま)も無く、そのままぞろぞろと階段を上がり、転移室へと向かった。






●○●○●○●






 森の家に戻ると、モモさんが出迎えに出てきた。


 「タケルさま、あたしはこのまま里に荷物を持って行きますね」


 リンちゃんに頷くと、短い詠唱みたいなのをもごもごと言ってしゅばっと転移して行った。す、素早い。


 「おかえりなさいませ。不在の間、ご不便はありませんでしたか?」


 モモさんがリビングの出入口から数歩のところで綺麗なお辞儀をして言った。


- ただいま。大丈夫ですよ、皆さんよくしてくれていましたから。それよりモモさんこそ大変だったんじゃないですか?


 言わないけどほんの少し、やつれているような感じがしたのでそう言った。


 「ふふっ、お気遣いありがとうございます。あ、そちらが新たにお仕えする事になった風の者ですか」

 「は、はい!、ゼファーリィ=ヴェントス#$%&と申しますです統括殿!、ファーの事はファーと呼んで下さいですよろしくお願いいたしますです!」

 「まあ、ふふっ、そんなに(かしこ)まらなくても大丈夫ですよ?、種族は違っても精霊同士、タケル様にお仕えする(こころざし)は同じですもの。統括というお役目を頂いている#$%&#$%&です。気軽にモモと呼んで下さっても構いませんよ?」


 ここでモモさんはにっこりと笑みを浮かべた。いや、口元は微笑んでいるけど目が笑っているようで笑ってない。鋭い視線と迫力があるように思う。ちょっと怖い…。


 「(ひっ…)」


 その視線をまともに受けているファーさんのほうは返事をしようとしてできなかったんだろう、喉が小さく鳴った。


 「ですが、もしタケル様やリン様、ヌル様に不都合な事を起こすようであれば――」

 「……」


 ヘビに睨まれたカエル状態、とはこういう状態の事だろうか。

 俺も冷や汗が出てきたような気がする。


 「――わかりますね?」


 無言で何度も頷くファーさんの気持ちがよくわかる。


 なぜなら俺も同じように頷いたから。ついでに後ろにいたベニさんも同じように頷いていたけど。






 それから俺は逃げるように風呂に入り、湯船から生えたウィノアさんに肩や腕を揉まれ、風呂からでると食卓のところでモモさんに捕まってここ数日の顛末を尋ねら(白状させら)れた。


 それから解放されたらソファーのところから笑顔のテンちゃんに呼ばれた。


 「お疲れなのじゃ、ふむ?、アクア(あれ)の入浴後だというのに、やけに消耗しておるようなのじゃ、そんなに強行軍だったのか?、(われ)の癒しが必要か?」


 テンちゃんの隣に座った俺の腕に、むにゅぅ~っと幸せな感触を与えるテンちゃん。向かいで手にしたコップの水を口にしつつも目線は興味深くこちらを覗っているロミさん。


 さっきまでここに居たミドリさんは台所でモモさんを手伝っていて、アオさんは壁際に立っている。

 ちなみにベニさんとファーさんは入浴中だ。リンちゃんは里に回収した物品を持って行っててまだ戻ってない。


- 大丈夫です。それにそんなに消耗してないはずです。でもありがとう、テンちゃん。


 「むふ~、良いのじゃ良いのじゃ、存分に甘えて良いのじゃ、ほれ、そっちの手も寄越すのじゃ」


 普通に言ったはずが、そこまで嬉しそうにしているテンちゃんが不思議だったのでロミさんに尋ねた。

 テンちゃんが逆側の手を取ろうと俺の膝の上に身を乗り出した。いいクッションが膝の上にもにゅんぼよんと…。


- ちょっと、乗り出さないで下さいって。ロミさん、何かあったんですか?


 「ふふっ、大した事じゃないのよ。テン様は全勝したってだけよ」

 「そうなのじゃ、無敵なのじゃ、しかしアオとは大熱戦だったのじゃ」


- へー、さすがテンちゃん。すごいね。アオさんって結構強いんでしょ?


 ソファーで俺の右腕を抱えたままふんぞり返るテンちゃんから、斜め後ろのアオさんに視線をやると、少し照れたようなアオさんが答えた。


 「アマチュアの大会で優勝した事が1度だけあります…」


- へー、それはすごいじゃないですか。


 「それが、その後は全然で…」


 ずっとタイトルを持ち続けるのは大変だって聞いたことがある。

 元の世界のプロでもそうだったし、アマチュアでもそうだった。

 まぁそんな過酷な世界には縁の無かった俺が言うのも何だけどね。


- それでも普通はそんなところに到達できないもんでしょう?


 「それは…、そうですね」

 「ふふん、アオに勝った(われ)はもっとすごいという事なのじゃ」


- あっはい、そうですね。すごいすごい。


 「む、心が籠っておらぬのじゃ、ちゃんと褒めるのじゃ」


- さっきちゃんと褒めたじゃないですか。


 「あの、タケル様、テン様とは本当にいい勝負だったんです。私は負けましたが、それでも心に残るいい対局だったと思います」

 「横で見ている私たちも手に汗をかくぐらいの熱戦だったわ。離れたところでミドリさんに解説してもらってたけど、すごかったのよ?」


 どうやらフォローではなく、本気でアオさんとロミさんはそう思っているようだった。


- へー…。


 でも俺にはわからん世界なんだよ。


 「へーとな…」


 まずかったかな?、もうちょっと感心したみたいな言い方をしたほうが良かったかな…?


 「ふ、あははは、タケルさんにとってはその程度の事なのね、あははは」

 「むぅ…、仕方ないのじゃ…」


 笑い出すロミさんとは対照的に、しょんぼりするテンちゃんが可愛く思えたので、よしよしと頭を撫でた。

 それを、何を言うでもなく微笑んで立っているアオさん。


 やっぱり相変わらずアオさんは表情の変化に乏しいなぁ、とちょっと思った。






●○●○●○●






 夕食後のお茶の時、食卓のところに全員が居る今がちょうどいいなと思い、話を切り出した。リンちゃんも夕食前ぎりぎりに帰ってきたからね。


- 明日なんですけど、朝からロミさんの用事を済ませにアリースオムに行こうと思うんですよ。


 「まあ、本当!?、嬉しいわ、タケルさん」


 と、事前に言って無かったのもあってか、喜びを隠さないロミさん。


 1日ぐらいここでのんびりしてもいいかなって思ったんだけどね。


 「またどっか行っちゃうのかな…?」


 ミドリさんの前でピヨと仲良くお茶請けのお菓子をぼりぼり食べていたのに、飛び上がってふよふよと飛んできたミリィに、左手を軽く持ち上げるとその親指を支えにしてふわりと人差し指との間に腰かけた。

 やっぱり以前より雑さが無くなっていて、とてもきれいだ。


- うん、連れて行けなくてごめんね?


 「ううん、タケルさんが忙しいのはわかってるかな。ここでピヨちゃんさまと待ってるからいいかな。ここはみんな優しくて食べ物をくれるし楽しいかな」


- そうなんだ…?


 ん?、ただでさえ結構よく食べてるのに、まだよそで食べ物をもらってんの?

 大丈夫か?、と思ってよく見ると、若干丸くなっているような気が…。

 俺が作った服を着ているんだけど、もうちょっとだぼだぼで余裕を持たせて作ったような気も…。


 「だから気を付けて行ってきてね、かな、あたしは心配いらないかな!」


 そんな俺の視線から逃れるように、すぅっとまたミドリさんの前へと飛んで行った。


 「寮の子たちですよ、タケル様」


 俺がミリィを追う視線の先、ミドリさんが言った。


- 食べ物を貰うのがですか。


 「ええ。あまり量は渡してないようなので大丈夫かと…」


 そう言ってはいるけど視線が心配そうなミドリさん。

 ミドリさんが気を付けてくれているなら大丈夫かと、話を戻す事にした。


- それで明日の話の続きですけど、ん?、リンちゃん何?


 「ロミさんのご依頼なのですか?」


- うん。


 「どちらなのです?、その、アリースオムというのは」


 あれ、何だか不機嫌だな。

 ちゃんと説明しておくか…。


 と、ロミさんにも補足してもらいながら、依頼内容などを説明した。


 「そうですか…、ではまた飛んで行くんですね」

 「はゎ…またあの飛行のお供をするのでございますですか…」


 リンちゃんが言った瞬間に両手で口元を抑えて目を潤ませるファーさん。


 それってどういう反応?、イヤなら無理にとは言わないんだけど…。

 でも今回ロミさんのお城へと行く手段は飛行魔法では無いのだ。


- ううん、前に行った時に転移石板を置いて来たから、転移魔法で運んでもらえると思う。


 「「ええっ!?」」


 何故か皆に驚かれた。

 一緒に行く予定じゃないひとまで驚いている。


 リンちゃんがエプロンのポケットに手を突っ込んで確認している。


 「あ、7番がありません…、タケルさま!、設置したらしたとすぐに言ってください!」


- ご、ごめん…、あとで言おうと思ってたんだ…。


 「はぁ…、また忘れてたんですね…」


- …うん…


 「それで、だいたいでいいので方角と距離を教えて下さい」


- えっと…――


 前にロミさんと飛んで行ったのは『勇者の宿』付近からだったけど、この『森の家』からなら…、と、考えながら話すと、リンちゃんは端末を取り出して操作をし、位置を特定したようだ。


 「見つけました、7番の石板。あんなところに…」


 眉間にしわを寄せ、と言う程しわなんて寄ってないけど、そんな感じでじろっと半眼で見られてしまった。


 ロミさんは口元を片手で隠して、たぶんあれは苦笑いだろう。

 他はモモさんたちやテンちゃんも、ミリィまでがこっちを微笑んで見ていた。

 ファーさんは安心したのか何なのか、お茶をごくごくと飲んでカップを傾けていた。


 ピヨはよくわからなかったんだろう、周囲をきょろきょろしていたけど。


 「…はぁ…」


 リンちゃんの溜息が響いた。






次話4-068は2021年07月09日(金)の予定です。


20220526:数え間違いを訂正。 8名 ⇒ 7名

20230604:訂正。 開放 ⇒ 解放



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   入浴はあったけど描写無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   忘れすぎw


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   「こんなこともあろうかと」と、

   前半では先に打っておいた手がばっちり当たったが、

   後半では、全くしょうがないひとですね、と思っている。

   実は、レプリカの剣は修理した鞘のテストを行う時に作成した、

   センサーを取り付けて機能テストをするためのもの。

   それを流用したのがレプリカの剣と鞘。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   タケルに褒めてもらいたかった。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回出番があったが描写無し。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 森の家の精霊さんたち:

   モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。

   ミルクは隣に建てられた燻製小屋という名前の食品工場の作業管理責任者。

   ブランはそこで働く精霊さんたちのための寮の管理責任者。

   キュイヴは演劇関係施設と演劇関係の管理責任者。

   久しぶりに4人ともセリフがありましたね。

   あれ?、ベニのセリフってあったっけ?


 ピヨ:

   風の半精霊という特殊な存在。見かけはでっかいヒヨコ。

   初登場は2章071話。

   それ以降ちょくちょく登場。

   タケルに「中にちっさいひとが入っていても驚かないぞ」

   と言わしめた謎の生物となっている。

   精霊様だらけなので控え目。

   このへん、成長が窺えますね。


 ミリィ:

   食欲種族とタケルが思っている有翅族(ゆうしぞく)の娘。

   身長20cmほど。

   (はね)が無いが有翅族(ゆうしぞく)

   ピヨの事をピヨちゃんさまと呼ぶ。とっても仲良し。

   食べすぎ注意報、また発令中?


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回出番なし。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使いで走ってます。

   ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。

   今回名前のみ。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   期間的に余裕があると思っていたので、

   問題に着手してくれると聞いて殊の外喜んでいる。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   現在快復ターン中。

   黒鎧じゃなくなっている。

   今回も出番無し。

   一応、黒鎧に関しての話が出るため、

   ここに残しています。


 偽黒鎧:

   別にクリスオルタとかでは無い。

   タケルが作ったハニワ兵と呼ぶ自動人形の、

   外見を黒鎧に似せたもの。

   実は、指は揃えたガントレットのように似せてあるだけの

   ミトン型の手のままだったりする。


 ハニワ兵:

   1章でタケルが光の精霊の里からお土産にもらった、

   タケルが作る等身大ハニワ型の自動人形。

   2章にも3章にも登場する便利で愉快な奴。

   コアは光の精霊の技術者が趣味で作ったもので、

   なかなか高度な技術の結晶。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。

   勇者ロミが治めている国。

   やっと行く話に。


 クロマル(ゼロ)さん:

   闇の眷属。テンのしもべ。

   試作品零号らしい。

   カンカンうるさい。

   テンのポケットに、カッティングが複雑で綺麗な石に宿っている。

   今回も出番無し。

   出ると消滅の危機になると学習したので、大人しく眠ってます。


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   相変わらずの早口。

   有能でポンコツという稀有な素材。

   風の精霊の役目を果たすという仕事においては、

   有能であり偉い立場のはずなんです。これでも。

   名前からして西風さんですからね。

   そりゃあ実力者なんですよ。これでも。

   情けない所ばっかり目につきますけどね。


 ヴェントスさん:

   風の精霊。ヴェントスファミリーの長。

   凌駕するなんて言ってるのは飛行速度に関してだけ。

   実際この精霊は惑星環境の大気循環などを是正したりする、

   とっても偉い精霊なのです。


 カズさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。

   ロスタニア所属らしい。今の所。

   体育会系(笑)。

   性格は真面目。

   今回も出番なし。ツギの街から移動中かな?


 オーリエさん:

   元、竜神教竜の巫女。

   教祖の命令で巫女を演じさせられていた。

   生贄にされるとか見放されたと感じ、

   タケルの説得に応じて連れ出された娘。

   今回は名前すら登場しなかったが存在はしていました。


 おひい様と呼ばれる女性:

   ベルクザン王姉。

   ヒースクレイシオーラ=クレイア=ノルーヌ=ベルクトス。

   タケルは結局名前を覚えなかった。


 クラリエ:

   ベルクザン王国、王宮筆頭魔道師。

   クラリエ=ノル=クレイオール。

   このひとでも耐えられなかったなら、

   そりゃ他は全員耐えられませんね。


 ベルクザン王国魔導士会所属の魔導士たち:

   クラリエの部下。当然、王宮魔導士です。

   アリエラ=ノル=バルフカガー

   イイロラ=ノル=ジールケケナーリ

   セリオーラ=ノル=パハーケサース

   サラドナ=ノル=パーガル

   チェキナ=ノル=ネヒンナ

   『ノル』というのは、魔導士に登録され、元の家の継承権を

   放棄したという意味で付くものです。

   継承権を放棄していない魔導士も存在します。

   リンに、この娘たちにタオルを渡す許可をもらう件、

   タケルはまたうっかり忘れています。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。


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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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