1ー020 ~ ツギのD
翌日、アリシアさんたちはもう平常運転に戻ったそうで、そりゃ行政府なんだから忙しいだろうね。モモさんたち4人も朝早く森の家に帰っちゃったらしい。
俺?、なんか昨夜あれこれ考えるのやめて気にしないようにしたらさ、気が緩んだのとふわっふわの広い天蓋付き――天蓋付きだよ!、お姫様ベッドだよ!!、こんなので寝たことないよ、画像や映像でしか見たことなかったよ!、まさか自分が使うことになるなんてね!――ベッドがスゲー寝心地よくて、そんで朝になったのもわかんないぐらい爆睡爆眠しちゃってたんで、起こすの悪いって思ったのか、伝言だけで先にモモさんたち帰っちゃったんだよね。
夜中ちょっとだけ目を開けたときに、なんかいい感じの抱き枕があったと思って、抱いて満足して眠ってたんだけどさ、起きたら無かったんだよね。あれ、なんか物足りないぞとか手探りで探してたら目が覚めた。
そんで天蓋から垂れてるカーテンを開けたら部屋はもう明るくて、窓とか開けられていて朝の爽やかな空気かとか呟いたら、そうじゃなくてもう昼前ですよって近くに座ってたリンちゃんに笑われたよ。
そんで伝言きいて、アチャーって思ったのがついさっき。
アリシアさんも今日は予定が取れないとのことで、でもタケル様はごゆっくり逗留なさっていいんですよ、って伝言があったんだけど…。
まぁね、予定があるわけじゃないんだけどさ、ほら、最前線で先輩勇者たちが担当もって戦って、傷ついて、死ぬ直前まで戦っては回復で帰還したりさ、そういうの知っちゃうと、のんびり観光旅行みたいなそんなわけには行かないじゃん?
だから焦る気持ちもちょっとはある。
とは言え、現状俺の戦闘力――基本の魔法だけしか覚えてなくて剣も基礎の型だけだもん――では力になれるとは思えないわけで、『勇者道』なんて先輩が言うぐらいなんだから、焦ってどうにかなるもんだとは思えないにせよ、やっぱり早く強くなって、先輩たちの負担を軽くできればなーって思わないことも無いわけよ。
だってさー、あとからもし先輩勇者さんたちに、『お前だいぶゆっくりやってきたよな?』、『何してたんだ?』って言われたときに、『精霊さんの街を観光してました』なんて言えるわけないじゃないか。
なので名残惜しいし街ももうちょっと見て回りたいけれど、帰ることにする。
寝巻きとして用意されていた服を脱いで、下着…、は返すのなんか恥ずかしかったんでその上から、来た時に着ていた地味服を着て、ベルトにポーチに剣帯をつけ、剣は吊るさずにポーチの中のまんま、でも剣帯に取り付けてるナイフと小さな皮袋はそのまま装備した。
賓客用って言われてた灰色の服は、がんばって畳んで、ベッドサイドの椅子の上においといたんだけど、そしたらリンちゃんが、
「タケルさま専用の服なので、持って行ってください。置いたままだとたぶんお母様や用意した者たちが悲しみます」
と言うので、そういうものかと思ってポーチに突っ込んだ。
部屋を出て、待機していた精霊さんに挨拶をし、先導されるまま正面玄関…ではなく、裏口というか横手の通用口なんだってさ、そこから出て、今度は箱タイプの馬車に乗せてもらい、やっぱり正面の門ではなく通用門のほうから出たらしい、馬車が停まって降りたら転移台の所だった。
降りてから気付いたんだけど、馬は魔法で動く人形…いや馬形か、らしい。
だって瞬きどころか身じろぎもしないんだもん。
元の世界でほら、パントマイムで動かないひといるやん?、あんな感じ。
何で気付いたかってーと、来た時にほら、半透明の馬が馬車を曳いてたじゃん?、だからもしかして?、って思ったんだよね。
あの時はそれどころじゃなかったし、しょうがないよ。流れに追いつくのに必死だったんだから。
思えばあれを、買えるなら買っておけば、移動が徒歩じゃなくて済むし、速度もそこそこ出るだろうし、助かったと思うんだよね。
訊いてみればよかったなー、アリシアさんとかにさ。
ま、それはそれとして、とりあえず3泊分しか払ってない、ツギの街の宿屋に戻らないと、ずっと部屋に閉じこもったままの変なやつって思われそうだし!
もし中に入られてたら、置きっぱなしの転移石板とかまずそうだもんね!
●○●○●○●
一旦森の拠点に転移してから、そこでモモさんたちに一言挨拶して、すぐツギの街の宿屋へと転移した。
そういえば光の精霊の里に行ったとき、モモさんからペンダント渡されたよね?、あれ向こうで返しちゃったけど、それがあれば抱きつかなくてよくなるんじゃないの?、リンちゃんよ。
軽く尋ねたけど華麗にスルーされちゃったんで、結局また抱きつき転送でした。
貸し出し条件あるのかなぁ…。
宿屋に戻って、剣とバックラー(笑)を出して装備し、リンちゃんもローブを着て外にでる。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
なんて言われるようなこともなく、鍵を返して、地図の案内にしたがって、冒険者ギルドへと向かうことにした。
引ったくりに遭うこともなく、ギルドに入ってヒャッハー族みたいなのに絡まれたり、先輩冒険者に絡まれたり、そんなことも全く無く、受付カウンターに居たおっちゃんに――おっちゃんかよ!、魅惑の…おおっとなんでもないですよー?リンちゃん。受付嬢じゃないのか!、いえ、おっちゃんでいいんですよーリンちゃんそんな腕が痛いですつかまないでお願い――妙な表情で迎えてもらいながら登録を済ませ、ツギのダンジョン、略してツギのDの説明を聞き、『登録してすぐDへ行くのか?、まぁ自由だが無理はするなよ?、死ぬぞ?』と言われ、『ダンジョンをDと言うのには、初心者をFとして少し慣れたものをEとする冒険者の尺度が理由なんだ。登録してすぐの若い者にはあまりお薦めはできないんだがな』と、渋いおじさんに横から言われたりもしたけど、どちら様ですか?、あなた。
「私はこのギルドの統括をしているギルド長、ヤーディッカーだ」
- あっはい、タケルといいます、よろしくお願いします。
「タケル?、もしかして勇者タケル=ナカヤマか?」
おお、名前ちゃんと言われた。発音ちょっと怪しいけど。
- はい、そうです。
「だとすると街の案内が書かれているものを受け取ったはずだが、持っているなら見せてもらってもいいかね?」
- 受け取りはしましたが、それを他の人に見せてもいいかどうかは聞いていませんので、見せても構わないのならそれを証明するものを提示してもらえませんか?
「む…?、はっはっは、今までそんなことを言った勇者様は居なかったよ。君は用心深いようだね、結構結構。ではこれがギルド長の証だ、本物かどうかを判断するのは任せるよ?」
一瞬固まったが、すぐに笑い、そしてニヤニヤと笑っているじゃないか、このひと性格が意地悪かもしれない。
でも俺はパッシブソナーがあるので魔法がかかっていたりするものがわかる。こういった身分を表すものにはたいてい魔法がかけられていて、偽造を防止するシステムになっているって知っているんだからな!、それを検査できる装置も、ギルドには設置されていると知っている。
なので、もうその提示された身分証が本物だってわかっているけれど、それを言うとどうして本物だとわかったのかということになるから、ギルドの設備を利用させてもらおう。
- えーっと、ここにはそれが本物だと検査できる装置がありますよね?、失礼を承知で申し訳ありませんが、そこで検査してもらっていいでしょうか?
「ふむ。合格だな。では申し出に従い検査しよう。ダルカン君、いいかね?」
「はい、準備はできています」
受付のおっちゃん、ダルカンさんって名前なのね。
ダルカンさんはヤーディッカーさんからメダル――と便宜上言ってるけど四角いカードに丸い金属がはめ込まれているもの――を受け取って検査装置に乗せて操作をする。
「本物です」
「これで分かったかね?」
- ではこちらも、勇者認定を受けたときに頂いたものです。どうぞ。
「本物です」
「ふむ。これも合格だ。街の案内を記したものは他人に見せてはならないと言われたことをきちんと守っているようだね。今回の勇者様はよくできたお方のようだ。改めてよろしく。タケル様」
嬉しそうに素直な笑顔で右手を差し出されたので握手した。
●○●○●○●
ギルド長の部屋に案内され、ツギのダンジョンについて説明を受けた。
そのときに、連れの小柄な者について、少し尋ねられたが、魔法が使える子なので仲間にした、と軽く紹介したら少し驚かれたが、深く尋ねられることもなかった。ありがたい。
説明に困るんだよね、リンちゃんって。見かけはこんなだし。
ツギのダンジョンは全2層で、1層の広さも大したことは無く、魔物の強さとしてはそこそこあるので、2層まで行ける冒険者は中堅からベテランにかけて、ただし1層は初心者から中堅までのいい狩場になっていたのだそうな。
過去形なのは、1年ほど前から、魔物の強さは変わらないが、その密度が変わってきたせいで、1層でも油断がならない状態になってきたから、ということだ。
そこで、ギルドでも冒険者たちに注意を喚起するように張り紙をしたりしていたが、危険度の上昇に冒険者たちの意識がおいつかなくなってきており、被害が増えてきているのだそうだ。
そこで、先輩勇者に報せを出して、調査と対策を願っていたが、勇者の数も足りない現状ではとても派遣してもらえずに、冒険者たちでなんとか1層だけでもと、ダンジョンから魔物があふれ出すのを食い止めているのが現状、らしい。
そこに現れた俺。まぁ、ギルドからすればようやくやってきた勇者一行――2人だけのパーティだけどな!――しかも用心深い、ならば是非利用したい、いや、なんとか説得してダンジョンの調査と対策をお願いしたい、というところなんだろう。
でてきたお茶も、いい香りのいいものだったし。関係ないかな?
さーて、どうしようかなぁ?





