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4ー061 ~ 国境砦の話・味見

 砦の作戦室へ行き、入り口に立っていた兵士さんと目が合うとさっと敬礼された。どうやら顔を覚えてもらっているらしい。

 こっちは覚えてないのでやや申し訳ない気分で、『あ、どうも』と会釈をしたら笑みを浮かべて『どうぞ』と言われたので中に入った。


 言い訳すると顔を覚えてないのは、ハムラーデルの兵士さんってだいたい皆同じ意匠の兜で、男性は普段から被りっ放しなんだよ。それと、兜を脱いでも男性はだいたい同じ短髪で、元の世界で言う角刈りとかスポーツ刈りとかそんな感じだから区別がつきにくいんだ。

 肌は浅黒くてだいたい彫りが深い、濃いめの金髪碧眼。ラテン系ってこういうのだっけ?、ってそもそも俺だって元の世界で外国人の顔系統に詳しかったわけでも、多くを見たわけでも無いのでラテン系だと言い切れないんだけど、とにかくそんな感じで統一されて、いや、統一してるわけじゃないだろうけど、雰囲気が似てるし見慣れてないせいもある。


 そりゃハムラーデルに長いこと居るハルトさんは区別ついてるんだろうけども…。

 そのハルトさんはアリザン王国の王都アリザバへ、救出できたアリザン兵の指揮官と副官を連れ、亡くなった兵たちの遺品を運んでいるのでここには居ない。


 作戦台にまっすぐ近づいていくと、壁際の席に座って話をしていた兵士さんたちが俺に気付いて立ち上がり、さっと敬礼をした。その他の人たちはというと、端の木箱のところで木板を片手に2人が居ただけで、それも木箱の上に座っていたのがさっと立って俺に敬礼をしただけで、あれほど居たのが幻だったかのように、室内はがらんとしていた。


 あ、もちろんちゃんと会釈を返したよ?

 敬礼で返さなかったのは、室内があまりにもすっきりしていたのに驚いてたのが先だったんで、咄嗟(とっさ)に敬礼できなかっただけ。

 そんな皆さんが笑みを浮かべていたのは、俺が頭をひょこひょこ小さく下げながら歩いてたのが滑稽だったからでは無いと思いたい。


- おはようございます。嵐の剣(テンペストソード)をお借りしにきたんですが。


 「はい、聞いています。少々お待ちください」


 一番偉いんだろう兵士さんがそう言い、後ろのひとに合図をした。


- 聞いて?、ハルトさんからですか?


 「はい、そういう事もあるだろうと。理由は尋ねない方がいいだろうとも」


 ん?、あ、たぶん精霊さん絡みだから理由を聞かずに渡していいって意味かな。

 さすがはハルトさんと言うべきなんだろうか…。


- そうなんですね。あの剣は勇者クリスさんのものらしいので、鞘の修理が終わったらそのまま『勇者の宿』に預けようと思ってるんですが、構いませんか?


 「そうですか、こちらとしては異論はありません」


- こちらで用意して下さった鞘はお返ししたほうが良いでしょうか?


 「それもご自由にして頂いて構いませんよ、特別な物ではありませんから」


- なるほど、ありがとうございます。ところでここの人数がだいぶ減ったような気がするんですが…。


 砦内部に居たひとたちの気配っていうかまぁ、魔力感知なんだけど、それがごっそり減ってるんだよね。

 前にハルトさんが、アリザンを刺激しないように、できるだけ少ない人数で行くみたいな事を言ってたのに、ってちょっと気になったんで尋ねたってわけ。


 「ああ、タケル様のおかげですよ」


 そう言うと、にっこりと笑みを深くした。


 「元々こちらの砦は、旧街道のためのものなのです。街道が活用されていた当時はともかく、現在(いま)は谷沿いを削ったいい道がありますからね、遠回りになるこちらの利用者はほとんどいませんので、それほど人数が必要では無いんですよ」

 「魔物が来るようになってから、少しずつ人数を増やしましてね、ダンジョンが存在するのではないかと危惧されるようになってからハルト様が応援に来られ、貴方様もご存じの規模になっていたんです」


 なるほど。


 「そしてダンジョンが無くなりましたからね、予定ではダンジョン近くに前線拠点を築くはずでしたがそれも不要になりましたので、それらの資材を活用するために多くの人員が運搬作業に出払っているんです」

 「活用と言っても、途中の村や町で使ってもらうってだけで、別に特別な用途があるわけでは無いんですけどね、ははは」

 「はい、それらは本街道の方へそのまま応援に行く予定です。一応はアリザンを警戒する意味でも多少の人員は残りますが、平時より少し多めというだけですね」

 「ここの規模からすると少なく思われるでしょうね」

 「詰めてる兵士より空き部屋のほうが多い、なんて言われてたっけなぁ」

 「幽霊砦、なんて不名誉な名前で言われた事もあったらしいぞ?」

 「懐かしいなぁ、はっはは」

 「そんな昔でもないんだがな、あっはは」


- おふたりはずっとこちらに?


 「小官は3年目ですが、こいつは10年ぐらい…?」

 「まだ9年目だよ」

 「そうか。実は小官とこいつは出身が同じで同期でしてね、ここに配属された時にはこいつから、『忘れられた砦へようこそ、左遷か?、久しぶりだな』って言われましてね」

 「そりゃだって一番上が俺だったんですよ?、兵長の俺。前の砦指揮官たちがそろって老齢で退役しちまってから4年もほったらかしにされてたんですから、何度指揮官寄越せって手紙書いたかわからねぇぐらいで、やっと送られて来たと思ったらこいつで、懐かしいやつが来たなってんで嬉しくなっちまったんですよ」

 「お前なぁ…」

 「おっと、タケル様の前でしたね、失礼しました!」


- いえいえ、僕は軍人じゃありませんから、別に構いませんよ。


 意外にゆるく楽しい雰囲気に釣られて、俺も笑いながら言った。


 「そうなんですか?、ハムラーデル(うち)じゃハルト様は最高指揮官である元帥の位についてますよ?、カエデ様は大佐ですし、勇者様は皆様そういうものだと思っていたんですが…」


- それは知りませんでした。僕は勇者でも『見習い』が取れそうなところなので、そういうのは全然…。あ、ハムラーデルって騎士団の位がそういう名称なんですか?


 「はい、大昔の言い方もまだ残ってはいますが、ハルト様が階級を細かく分けられまして、戦闘時の役割分担を体系化されてからはそのようになったんです。軍学校があるのはハムラーデル(うち)だけで、そこで一定以上の成績を修めないと士官にはなれません。試験もありますし、トルイザン連合以外からは留学生も来ているぐらいなんですよ」


 すごく得意げだ。気持ちはわかる。

 なるほどね、道理でハムラーデル兵って他の騎士団とは動きが洗練されてるっていうか、少人数ごとの戦闘単位がきっちりしてる印象があったんだけど、その理由がそれだったのか。

 ホーラードの鷹鷲隊(おうしゅうたい)は別ね。あれは何か雰囲気とか(まと)うオーラみたいなのが全然違う。たぶんだけど騎士団というものを突き詰めればああなるんだろう。


- へー、軍学校ですか…。


 と、感心していると剣を取りに行った兵士さんが戻ってきた。


 「あの…、剣をお持ち致しましたが…」

 「やけに遅かったな」


 と言って一旦受け取る砦司令官。


 「済みません、荷物の移動が多かったので保管場所が変わってしまっておりまして、探すのに少々…」

 「そうだったのか、ご苦労だったな」

 「はっ」

 「タケル様、お待たせ致しました。どうぞ」


- あっはい、…えっと、どこかにサインしたりとかは…?


 革製の鞘に納められた嵐の剣(テンペストソード)を、魔力を与えないように注意しながら受け取った。


 「サインですか?、そりゃ頂けるのでしたら息子が喜びそうですが」


 まだ無名勇者の俺のサインで喜ぶとは思えないんだけど。


- そうじゃなくて、預かり証とか受取証とかそういうのは無いのかなって…。


 「ああ、そういうのはありません。ハルト様が仰るには、『その剣は本来ここにあってはならない物だ。記録に残すわけには行かんのだ』との事です」


 顔の表情まで…、似てる…。ちょっと笑いかけた。

 そこまでやらんでもいいだろうに、意外と芸達者だな、この砦司令官さん。

 隣の兵長さんはさっと首を横に向けて笑いを堪えてるし、あっちの端にいるひとたちは木板で顔を隠して肩が少し揺れてるし…。

 正面から見ている俺の身にもなって欲しい。笑っていいのか?、これ。


- …なるほど、上手(うま)いですね、ハルトさんの物真似。


 「タケル様にそう仰って頂けて光栄です」


 嬉しそうに言うその笑顔は、とても輝いて見えた。






●○●○●○●






 中庭小屋に戻ると、甘い香りが漂っていた。


 食卓の上にはひとくちサイズに切り分けられたパンやら果物やらが幾つものお皿に盛られていて、2つあるシュガーポットぐらいの大きさの器には妖精蜜だろうね、壷の前にそれぞれ置いてあるし、それが取り分けられているようだ。

 皆が期待を寄せているのがわかる。だってみんな笑顔だもん。とりわけテンちゃんの笑みと目の輝きがすごいけど。


- ただいま、もしかして、味見?


 「おかえりなさいませ、タケルさま」

 「おかえりなさいませタケル様」

 「おかえりなさい」

 「おかえりなのじゃ、ちょうど今からなのじゃ、いいたいみんぐなのじゃ」


 口々に、ほぼ同時にそう言う4名。


- 何も今すぐここでじゃなくても、『森の家』に行ってからで良かったんじゃない?


 「あたしもそう言ったんですけど、お姉さまがうるさくて…」

 「う、うるさいとは何じゃ、ちょっとだけ味見をしようと言っただけではないか」


 言い返しつつもテンちゃんは笑顔のまんまだ。


 「1分ごとにそれを言うのはうるさいと言われても仕方ないと思いますよ?、お姉さま」

 「そうじゃったか…?」


 持ってきた剣を壁に掛けてから、リンちゃんが引いた椅子に座るとさっとおしぼりを手渡されたので広げて手を拭った。


- それでその壷って、どっちが何?


 「こちらが印の無い普及品で、こちらが通常品質です」


 リンちゃんが片方の壷の印をこちらに向けた。


- へー、あ、高級品質のほうは?


 「そっちは後の楽しみにするのじゃ」

 「まずは、普及品と通常品質のものを比べてみようって話になったんです」


- へー…。


 おしぼりを畳んでテーブルに置くと、リンちゃんに取り皿用だろう小皿が重ねてあるところから1枚とって、手渡された。


 「どうぞ」


- じゃあまずはパンに、普及品かな。


 そう言って手を伸ばし、普及品のほうの妖精蜜を小さなスプーンですくい取って取り皿に少し取った。次に、爪楊枝が刺さっているパンの欠片をひとつとって取り皿の蜜を少しつけて口にはこぶ。


 うぉ、何だこれ…!

 めっちゃ美味い…!

 蜂蜜のようなクセは無い。甘さも蜂蜜ほどでは無い。

 このまったりとしてしつこくない甘味と芳醇な花の香りが口の中で渾然一体となって奥深い風味を作っている。

 とでも言えばいいんだろうか?、しかしこの味と香り、どこかで…。


 「おお、美味いのじゃ…、懐かしいのじゃ…」

 「わ、何これ、すっごいわ…」

 「今年のも良い出来ですね…、さすがはヴェントスファミリーです」

 「光栄ですリン様ヴェントスの一員として嬉しく思いますです」


- …これで普及品なの?


 「うむ」


 頷くテンちゃんは満足そうにもうひとつ、今度は果物のほうを試していた。

 俺もそれを真似て同じのをとり、手にしている取り皿の蜜を少しつけて食べた。


 …うーん、美味しい。これはすごいな。

 こんなのを知ってしまったら蜂蜜じゃ満足できなくなりそうだ。蜂蜜には蜂蜜の良さってものがあるとは思うけどね。

 それにしても、これが普及品ってんだから恐ろしいな、妖精蜜。


- じゃあ印付きのって…。


 「ふふふ、そう思うなら試すが良いのじゃ」


 テンちゃんは得意げにそう言いながら取り皿をもうひとつ俺に差し出した。


 受け取った俺はさっきと同じように、今度はヴェントス印付き、通常品質って言われてたほうの蜜を取り皿に少し取った。

 それを見た他の面々も同じように別の取り皿に取って行く。


 一旦お茶を口にしてリセットを…、と、ここで気付いた。

 以前、果汁の炭酸割りをリンちゃんから貰ったときの味を思い出したんだ。

 そうかこれが使われてたんだな、と納得しつつ、コップを置いてパンの欠片をとり、つけて食べてみた。


- ああ…、これは凄いな…、印があると無いとじゃ大違いだ。


 さっきの感動がまるで薄れてしまうかのようだった。

 それほどの差があった。

 なのにちゃんとパンや果物を引きたてもする。素晴らしい。


 「うむうむ、さすがはヴェントス印なのじゃ。やはり比べてみるとその差は歴然なのじゃ」


 テンちゃんはすごく満足そうだ。

 しかもこれが通常品質って凄まじいな…。


 「こんな…、まだ上があるというの…?」


 ロミさんは少し染めた頬に片手を当てて、幸せと驚きがないまぜになったように感動を隠さずに呟いていた。


 「はいですかつて黄金以上と(たた)えられた妖精蜜の最高峰がヴェントスですよ皆さま。有名菓子に留まらず有名料理の影に必ず使われていた謎の甘味、数多(あまた)の養蜂業を抑え風の精霊の資金源となり、154世紀前には一部の風の精霊動乱の引き金ともなりました。歴史の裏舞台、謎の主役妖精蜜、その震源地を覗こうとした者は痛っ!」

 「何を調子に乗って適当な事を言ってるんデスか!、返却するデスよ!」

 「すみませんつい申し訳ございません返却は勘弁して下さいお願いします!」


 リンちゃんにぺしっと頭を(はた)かれてその場に土下座するファーさん。


 あまりの早口にあっけに取られてたけど、なんか154世紀とか聞こえた気がした。相変わらず精霊さんの時間的スケールはどっかおかしいと思う。


- あ、でもこれ料理にも使われてるよね。肉類の下味とかにさ。


 「はい、普及品でしたら時々…、さすがはタケルさまです…」


- 前に出してくれた炭酸の、あ、泡生水(ほうじょうすい)だっけ、それのドリンクにもちょっと使われてたよね。


 「はい、はい、それも普及品のほうですが、そうなんですよ」


 リンちゃんはさっきのデスモードもどこへやら、にこにこして答えてくれた。


 「何と!?、飲み物があるのか!?」

 「はい」


- これも蜂蜜みたいに、いろいろと応用が利きそうだね。


 「タケルさまには何か考えがあるんですか?」


- んー、例えばクリーム系とか…。


 「それは一応あるにはあるのですが…」


- そうなの?


 「妖精蜜は、もちろん種類にもよりますが、ヴェントスのものは何種類かの花の蜜が原料なので、そのバランスが重要視されているんです」


- あ、クリームにするときは単一のものじゃないとバランスが崩れる?


 「はい、ですので数段味が落ちてしまい、それでしたら蜂蜜で十分という事になってしまうんです」


- なるほど、そういう事ね。


 「はい」


 含まれている魔力に味があるのかはちょっと置いといても、魔力的なバランスみたいなのはありそうだし、整えられているそれが崩れるというのは、味が落ちるって事にもつながるのかも知れないね。


- 普及品のほうで、いろいろ試してみるのも面白そうかな…。


 ホットケーキかクレープでも焼いて、それに使っても良さそうだ。


 「それは期待できそうですけど、タケルさま」


- ん?


 「できれば『森の家』に帰ってからにして下さいね?」


- ああうん、今すぐはしないって。


 「ですか」


 そんな風に喋りながら、取り皿にとった蜜を使い切る程度に、パンや果物をつけて食べた。

 俺が取り皿にとった分は少しだけだからすぐ無くなったけど、皆はたっぷりとってたし、ぱくぱく食べてるんだけど…。


 あと2時間足らずでお昼だよ?、そんなに食べて大丈夫なの?


 と思ったけど言わずにお茶をちびちび口にしながら見ていた。

 女性たちが幸せそうな顔で食べてるのを見るのは俺も幸せな気分になれるし、何よりも、それを邪魔してしまうと絶対恨まれるし怒られるからね。


 だから気のすむまで食べればいいと思うよ。うん。






 リンちゃんが『そろそろ準備をしませんと』と言うまでは、それぞれが幸せそうに『はぁぁ』とか、色づいたような雰囲気の溜息とともに妖精蜜を堪能していた。


 リンちゃんが片付けている間、ファーさんはそれを手伝い、ロミさんは態度にこそ出していないふりをしていたが、名残惜しそうな目で追いかけていた。

 意外だったのはテンちゃんがそういう目をしていなかった事。


 「何じゃ?」


 微笑みを湛えてお茶を口にしていたテンちゃんと目が合った。


- え?、いや、妖精蜜が手に入って良かったねって。


 「うむ。しばらくは愉しめそうなのじゃ」

 「そうですね、お姉さまが欲張らなければ」

 「な…、今日は久しぶりだったのじゃ、いつもはもっと控え目なのじゃ。こういうのは適量を長く愉しむに限るのじゃ」

 「そうですか」

 「其方も結構食べておったではないか」

 「ええ。ですから言い返してませんよ、お姉さま」

 「むぅ…」


- まぁまぁ、美味しかったのは確かなんだから。


 「そうですね」

 「うむ」


- じゃ、そろそろ?


 そう言ってリンちゃんに確認をし『はい』と頷いたのを見て立ち上がり、壁に掛けておいた嵐の剣(テンペストソード)を手に、転移陣が設置してある上の階へ向かうと、ぞろぞろ皆も階段を続いて上がってくる。

 俺はその剣以外の手荷物は無いけど、ロミさんとテンちゃんは上の階にある自室に荷物を取りに行き、リンちゃんは背中に小さなリュックを背負ったまま、ファーさんは布袋を抱えて転移陣のところに来た。

 少し遅れてロミさんとテンちゃんが来て、リンちゃんが例の袋を床に広げて置くと、テンちゃんはしぶしぶそこに立って、リンちゃんに梱包されていた。


 「何してるんですかこれ?」


 ファーさんがこっそりと俺に尋ねた。


- 安全に転移するためだそうですよ。


 「そうなんですかファーも転移してもらうのは初めてですので緊張します」


- あれ?、前に自分だとこうは行かないって言ってませんでした?、ファーさん。


 「そのファーさんと呼ばれるのは恐縮するですのでどうか呼び捨てでお願いしますですよファーの転移魔法は光の姫様であるリン様の転移魔法とはちょっと違うのですよ詠唱も必要ですし時間や準備がかかるのでそう言ったのですよ」


- へー。


 何だかややこしそうだな。

 と思ってるとリンちゃんが俺にひしっとしがみ付き、もごもご言ったと思ったら『森の家』の庭に到着した。






●○●○●○●






 いつの間に連絡がされていたのか、毎度のようにリビングから出たところに3名が跪いていた。


 「おかえりなさいませ、タケル様、テン様、リン様、ロミ様。そしてようこそ『森の家』へ、ゼファーリィ様」


 そう言ったのはミドリさんだった。3名なのはモモさんが居ないからだ。燻製小屋という名前の食品工場関係のミルクさんや寮長のブランさんも居ないのは忙しいんだろう。


- ただいま。お世話になります。あの、毎度思うんですが跪かれてるとこちらが恐縮しちゃうので、立って下さい。


 「うふ、タケル様らしいですね」


 そんな事を言いながらもミドリさんたちは立ってくれた。


 「ただいまなのじゃ」

 「ただいま戻りました。早速ですがアオさん、こちらのファーさんの採寸をお願いします」


 梱包状態が解除されたテンちゃんがまず俺の隣に来て言い、袋を畳んでエプロンのポケットに入れたリンちゃんが後ろから言って、ファーさんを引っ張ってアオさんの前に進んだ。


 「はい、ではゼファーリィ様、こちらへ」

 「は、はい、よろしくお願いしますです」


 ふたりが先に入って奥へと行く。ミドリさんはその後ろに続いて中に入り、ソファーのほうに行って待機した。


 「皆様も中へどうぞ」


 ベニさんが扉の横で言い、道を空けるように下がった。

 逆側にリンちゃんが立って、手で示したのを見て、テンちゃんが俺の右肘にそっと手を添えたので、エスコートしろってことなんだろうと解釈して歩き始めた。後ろにはロミさんが続いた。


 リンちゃんが『タケルさま』と手を出したので、左手に持っていた嵐の剣(テンペストソード)を手渡し、中に入るとミドリさんから『こちらへ』とソファーに誘導された。


 そうか、モモさんの代わりをミドリさんがしてるんだな…。






 昼食までの間に、妖精蜜の話とファーさんが来る事になった経緯(いきさつ)を尋ねられるまま話し、ベルクザンの王都ベルクザバでの話もしている間に、別室に行っていたリンちゃんが新しくなった鞘に納められた嵐の剣(テンペストソード)を持ってきた。


 「これで必要以上に吸収する事は無くなりました。刻印処理をして塗装は前の状態に戻してあります。テストしてみましたが問題ありません。タケルさま、これをまた砦に預けるのですか?」


- いや、その剣はクリスさんのだし、ここに来たついでだから『勇者の宿』に預けたほうがクリスさんが復活したらすぐに使えるかなって。


 「そうですか、ではこちらに掛けておきますね」


- うん、ありがとう。午後にでも持って行くよ。


 「どういたしまして」


 リンちゃんは振り向いてにっこり微笑んでそう言った。






 昼食は案の定、テンちゃんとロミさんは辞退してソファーでお茶を飲むのみだった。

 俺とリンちゃん、それとファーさんは普通に食べたけどね。


 ファーさんは踊り子服じゃなく、薄い草色とでも言おうか、そんな色のシャツと茶色のサッシュに薄茶色のズボンだった。頭の飾りなども取って、結っていた髪も解いて軽く後ろでポニテのように纏めてあり、別人のようだった。でもよく似合っていた。

 インド映画に出て来そうな踊り子さんが楽屋で普通の恰好になったみたいな感じ。いやそんなの見たこと無いけど何となく。


 そのファーさんは採寸が終わってすぐにお風呂に行ってさ、バスローブ姿で出てきて早口で興奮状態なのかお風呂の設備を褒めまくっていた。それとマッサージチェアも。

 ただでさえ早口なのがさらに早くて、途中の句点を省略したみたいに言うもんだからよくわからなかったけど、『ウィンディが来ても帰らずにずっとここでお世話になりたいです』と言っていたのはわかった。


 俺は曖昧に、気に入ったようで良かったですねと言っておいたけど、ロミさん以外は何か真顔になっていたのがちょっと怖かった。

 精霊さん同士で何かあるんだろうか…。できれば仲良くやって欲しいもんだが…。


 まぁそんな感じで、ちょっと妙な雰囲気混じりの昼食を終え、俺は『勇者の宿』へと剣を預けるついでに、クリスさんの様子を見に行く事にした。






次話4-062は2021年05月28日(金)の予定です。




●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   入浴はあったが描写無し。

   まぁファー単独だし…。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   触らぬ話題に祟りなし状態か?


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   ほんとはタケルに付いて行きたかった。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   妖精蜜が入手できたのでファーの事はどうでもいい。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回は登場せず。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 森の家の精霊さんたち:

   モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。

   ミルクは隣に建てられた燻製小屋という名前の食品工場の作業管理責任者。

   ブランはそこで働く精霊さんたちのための寮の管理責任者。

   キュイヴは演劇関係施設と演劇関係の管理責任者。


 アオさん:

   光の精霊。

   『森の家』に居る4名の食品部門幹部のひとり。

   モモの補佐、主に機械や魔道具関係を担う。

   お裁縫が得意。


 ミドリさん:

   光の精霊。

   『森の家』に居る4名の食品部門幹部のひとり。

   食品部門の仕事のほか、美容関係を担当している。

   今回はモモの代理。


 ベニさん:

   光の精霊。

   『森の家』に居る4名の食品部門幹部のひとり。

   モモの補佐。特に専門は無いが、いろいろなお手伝いをする。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回名前のみ。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、

   ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使いで走ってます。

   ゆえに今回もまた出番無し。

   ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   妖精蜜を味わえただけでも

   タケルに付いてきて良かったと思っている。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   黒鎧への封印がようやく解除されました。

   現在快復ターン中。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。

   勇者ロミが治めている国。


 クロマル(ゼロ)さん:

   闇の眷属。テンのしもべ。

   試作品零号らしい。

   カンカンうるさい。

   テンのポケットに、カッティングが複雑で綺麗な石に宿っている。

   今回出番無し。


 ファーさん:

   ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。

   風の精霊。

   相変わらずの早口。

   有能でポンコツという稀有な素材。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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