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4ー056 ~ 計略

 (むっ…?)


 急に襲ってきた悪寒を伴う不安感に、竜神教教祖を名乗るゲイル=ディマッシュは手にしていた書類から顔を上げた。


 補佐をしている者たちも同様に感じたようで一様に不安を隠さない表情で彼を見ていた。


 「きょ、教祖様…」


 彼に書類を手渡した初老の男がすぐ隣で青ざめている。


 「仮にも大司教がそのように情けない声をだすものではありません」

 「で、ですが…、これは…」


 大司教と言うだけあって、白を基調にした豪華な僧衣に、赤紫色の肩帯は金糸で縁が飾られ文様を刺繍された豪華なものを身に着けている。だがその顔色と怯えた表情のせいで全く似合っていない。

 似合っていないのはこの部屋に居る他の者たちにも言える事だろう。


 それと言うのもこの竜神教の財政事情が急激に良くなったのがほんの1年と少し前だからだ。それまでは歴史があるというだけで何とかやってきた、この国にいくつもある宗教のひとつに過ぎなかったのだから。


 「これは地下の竜神様がお怒りなのだ、お前たち、早急(さっきゅう)に神殿の皆を避難させなさい!」

 「「はい!」」


 木製の分厚い扉の近くに立っていた者たちと、席を与えられて仕事をしていた数名の司教に目線と手ぶりで指示を出すと、返事をするや否や、掛け金が外れたバネ仕掛けのような勢いで部屋から飛び出して行った。


 「きょ、教祖様はどうなさるのですか」

 「もちろん避難するとも。ああ、竜の巫女には竜神様のお怒りを鎮めるよう伝えなくてはな。私が行くからお前たちも避難しなさい」

 「では(わたくし)が!」


 と言うと神殿内警備担当の者が走って部屋を出て行った。


 それを見やって眉間の皺を深くした彼に、青白い顔をさらに酷くした大司教が言う。


 「竜の巫女の事を気にかけてらっしゃるのですね。しかし教祖様の安全が第一ですから、早く避難しませんと!、お前たち、何をしているのです、教祖様をお護りして避難するのです!」

 「「は、はい!」」


 (ようや)く自分もここから逃げられると思ったのだろうか、いつもより何割か素早い動きで、教祖の周囲を固めるようにし、誘導というよりは最早拉致か何かのように全員が手を添えてその身体を押して進んだ。


 「お、おい、」

 「教祖様、ご安心下さい。我々がついておりますので!、さぁ、早く!」


 先ほどまでの膝を震わせていた様子はどこへやら、いつの間に入り口まで移動したのか、大司教が扉を支えていた。






 広い廊下には既に人の気配は無く、彼らが早足で進む音だけが響いていた。

 それが開け放たれた通用口が見えると駆け足となった。


 普段であれば警備の者が居るはずだが、その姿も無かった。その者たちの控室すら、扉は半分開いたままで、中には放置された台帳のようなものと筆記用具、手拭いや上着が散らばったままなのがその隙間から覗えるが、焦った様子を隠そうともせずに移動している彼らには、それに気付いた様子も無かった。






 一方、地下深くにあるご神体の間と呼ばれている場所では、金属で強化された頑丈な扉を叩きながら叫ぶ若い女性が居た。


 「ここを開けて下さい!、お願いします!」


 何度もそう叫ぶ声がくぐもりがちに(かす)かに響く階段を、近くまで来てその声に気付いたのか、複雑な表情をしながら駆け下りてきた男が、扉に辿(たど)り着いた。


 「済まんが教祖様からの命令なのだ、ここは開けられん」


 男は持参した魔道具の灯を壁に掛け、扉の覗き窓の留め金を外し、開いて言った。


 「そんな!、私はどうすれば!」


 覗き窓を見上げ、両手で扉に縋りつき、掠れた声で言うその女性の顔は、汗や涙などでしっとりと濡れていて、髪が張り付いていた。

 彼女のそんな様子に眉を(ひそ)めたが、それは彼の内心の葛藤なのか、哀れに思ったからなのか…。


 「この危険な気配は竜神様がお怒りなされているのであると教祖様が仰ったのだ。お前は竜神様のお怒りを鎮めるためそこで話をきけとのご命令だ」


 彼は目線を彼女の向こうへと逸らし、そう説明をした。


 「私ひとりでどうすれば!」


 目を逸らされた彼女は少し上向きの顔に新たな涙を貯め、零しながら言った。


 「とにかく!、ここを開ける事はならん!」


 無情にも閉じられた覗き窓。去っていく足音が扉越しに少し聞こえた。


 「…うぅぅ…」


 彼女は扉の前で座り込んですすり泣いた。






●○●○●○●






 少しひんやりとした広い空間。

 入る前に、倒れている女性がいる事に、おそらくは俺たち全員が気付いていたが、魔力感知からすると生きてはいるようだし、弱っている様子でもない。ただ気を失っているだけに思えたので焦る必要はなかった。

 あまり長時間放置すると良く無いだろうけどね。


 そして入って直ぐに、テンちゃんが胸を撫で下ろした。


 「ほ…、(われ)は無関係だったのじゃ」

 「そうですね、お姉さまが関与していたのであればこのように魔道具を配備したり、地下水から魔力を生み出すシステムなんて使わず、単純に滅ぼしてしまっていたでしょうから」

 「む、それは私が単純だと言っているのか?」

 「ええ、そう聞こえたのであればお姉さまの耳は正確です」

 「な…」


- リンちゃん、もうちょっと言い方を考えてあげて。


 「はいタケルさま」


 こうして言うと素直に答えるんだよ。でも前からそういう傾向があったとは言え、何か昨日ぐらいからやけにテンちゃんに厳しいなぁ、不満が溜まってるんだろうけど、どうすりゃいいのかな…。


- テンちゃん、もしテンちゃんだったらこんな、後の時代に処理を押し付けるような事をせずに綺麗さっぱり処理してしまうでしょう、って意味だからね?


 「そうなのか?、其方が好意的な解釈をしているだけではないのか?」


 テンちゃんが俺の肘を持って揺らした。

 それをリンちゃんが目で追っているのがわかる。


- 違いますって、ねぇリンちゃん?


 「はいタケルさま。その通りです」

 「…むぅ、わかったのじゃ、なら良いのじゃ」


 テンちゃんが俺の肘を引きそうだったので、また抱えられてしまわないように、すっと倒れている女性のほうに足を踏み出してしゃがみ込んだ。それを邪魔しないようにテンちゃんは手を放した。リンちゃんの目線も外れたようだ。


 その女性の指先には出血している箇所があり、扉の内側には傷と血のあとが残っていて、なかなかにホラーめいていた。


 もしこのまま起こすとその血まみれの指先で縋り付かれたら嫌だなぁとちょっと思って、しゃがんだ姿勢のままさらに近づき、その手に回復魔法をかけた。


 髪が顔に張り付いていたので年齢がわからなかったけど、こうして回復魔法をかけると意外に若いことがわかった。10代後半じゃないか?、見かけはだけど。


 「タケルさま…?」


 俺が観察しているのを咎めるんじゃないだろうけど、リンちゃんの呼びかけはそんな風に思えた。


- あ、いや、痛そうだからさ。


 「気を失っておるのにか?」


- ええ、まぁ。リンちゃん、爪の先のとこってどうしたらいいかな?


 指先の出血は、爪が割れていたり皮がめくれていたりだった。

 皮がめくれているところは回復魔法で普通に治るんだけど、爪が割れているのは俺の回復魔法だと治らないんだよ。血の汚れは固まってぽろぽろと取れるようになるんだけどね。


 「え?、回復魔法で治りませんか?」


- うん。


 「それは何かの呪いではないのか?」

 「お姉さま、そんな嫌がらせみたいなみみっちぃ呪い、かけられた事でもあるんですか?」


 みみっちぃてw


 「あるわけがなかろう」

 「まさかお姉さまが誰かに…」

 「無いわ!」

 「ですよね、お姉さまは呪いなんて使う必要ありませんよね」

 「うむ」

 「お姉さまならわざわざ呪わなくてもさくっと対象を消してしまえるんですから」

 「うむ、いやちょと待て」


 テンちゃんがリンちゃんに片手を伸ばした。


 「気に入らなければこう、ばっさりと、…何ですか?」


 それをすっと避けるようにして半歩横にずれ、そのまま片手を斜めにすっと動かして言ってから、テンちゃんを振り返った。


 「…其方、私の事をそのように思っておったのか?」


 妹からそんな風に言われたのが少しショックだったのか、情けない顔になっている。

 あ、まずい、そろそろ()めよう。


 「それは」


- リンちゃん。


 「はい」


 何かいいかけたのに重ねるようにして言うと、こっちを見て返事をした。


- 爪が割れてるんだよ、出血は止まったんだけど爪が治らなくてね。


 このままだと力が加わるとまたそこから出血しそうだ。


 「わかりました。あたしがやります」


- うん、お願い。


 見ていると、欠けている部分も割れている部分も、にゅーっと伸びて…、ああ、髪の毛と同じ要領でいいのか。治すというか生やすというか。

 そしてエプロンのポケットからニッパーのような形の爪切りを取り出してぺちぺちと切って整えていた。元の世界で赤ちゃん用とか、ネイリストとかが使ってるようなものと多分同じようなもんだろう。


 と言うか爪切りあったのか…、この世界ってやすりなんだよ、爪切りの基本形が。だからサボると長時間ごりごり削る事になっちゃうので、しょっちゅうごりごりやらないといけない。それがまた不慣れな感覚だから毎回鳥肌が立つ。爪切りがあるなら今度からそれを使おう。そうしよう。


 「これでいいですか?」


- うん、ありがとう。それでどうしてこの女の子は気を失ってるの?


 「ここが現在、逃げなくてはという不安を煽る結界が6重になっているからでしょう」


- つまり恐怖で失神しちゃったって事?


 「と思われます」


 と、彼女の腰から下の部分をちらっと見た。


 ああ、漏らしちゃってるって事ね。それでか…。


 「とにかく今は起こしても恐慌状態になりますので、そのまま寝かせておくほうが良いでしょう」


- 手が冷え切ってたんだけど、大丈夫かな?


 「んー、まだしばらくは大丈夫かと。とりあえずこちらの用事を済ませますね」


 と、目の前の大きな四角い石柱、魔力を感じるので魔道具なんだろうけど、それを手で示した。


- うん。


 返事をするとリンちゃんはその四角柱に描かれている文様の窪みに、ポケットから取り出した石板ともうひとつ大きくて少し輪郭が(いびつ)な物体を組み合わせてからぴたっと嵌め込んで操作をし始めた。


 リンちゃんが離れてすぐ、俺の背中にふにょっと寄り添ってきたテンちゃんを、身体を捻って片腕で抱えた。


- いつものおふざけだから、そんなに気に病むこと無いからね?


 俺の脇腹に顔を密着させたまま、こくりと頷いた。


 もしかしたら何か過去のトラウマに触れちゃったのかも知れないなぁ、と思いながら、もしそうなら詳しく聞かずにおいたほうがいいんだろうかと考え、抱えている方の手で背中を優しく(さす)った。


 「…ねぇ、タケルさん」


 話しかけるタイミングを見計らっていたんだろう、ロミさんが足音を忍ばせて少し近づき、小声で言った。


 「恐竜はどこかしら…?」


 と、広い空間を見回すような目線の動きをした。


- ああ、それならそこの大きな魔道具の向こう側、壁際で氷漬けになってるのがそうですよ?


 この部屋に入る前から魔力感知で形がわかっていた。氷も魔力で支えられているからよくわかる。その内部に魔力を感じない物体があることもわかるので、その形が後ろ脚で立ち上がった形になっていた。


 「ちょっと見てきてもいいかしら?」


- どうぞ?


 危険は無いからね。


 この部屋には目の前のでっかい石柱型の魔道具と、他に直方体の魔道具らしき物体が2つ、それぞれ表面には文様が彫り込まれているもので、その文様は何の意味があるのかは俺にはわからないが、雰囲気作りに一役買っていた。


 他には、床がU字型につるんとした表面の石材が敷き詰められていて、そのU字の半円部分の頂点と端に、それぞれの魔道具が設置されている事、U字の半円中央部分から開放部へと彫り込まれている文様が続いている事、氷漬けの恐竜はU字の開放部分の先にあり、この広間の大きな通路を塞いでいる事、その通路は向こう側まで少し続いているが、奥の方は土砂で埋まっている事。魔道具の灯があちこちに配置されていて、1対のものだけがカンテラのような形で光の向きがあり、斜め下から氷漬けの恐竜をライトアップしていた。

 それと、あの女性用だろう、衝立のようになっている布で囲まれたスペースに長椅子とテーブルがあった。

 これらがこの部屋に入ってすぐに詳しく感知できた事だ。


 「わぁぁ、何て恐ろしい」


 でかい魔道具の横に一歩出て、氷漬けの恐竜を見たロミさんが呟くように言った。

 恐ろしいって言いながら、何か喜んでいるような…。


 そちらを見ると、ロミさんはこっちを見て、手招きをした。

 テンちゃんを抱えたままちょこちょこと歩いて近寄り、俺もそれを見上げた。


- なるほど、なかなかに迫力のあるポーズですね。


 元の世界によくあるライトアップよりも数段光量も効果も落ちるが、それでも薄暗い中に浮かび上がる氷漬けの恐竜、それも霜のように濁っている下半身とは違い、濁りが少ない上半身は透明な部分が多いせいか、非常に効果的だった。


 「すごいわぁ…、ね、これって危険は無いのよね?」


- 氷漬けの上に魔力で固まってますからねー。


 「じゃあもう死んでるって事?」


- んー、氷漬けの金魚が、溶かして生き返ったって例もありますから。


 「え?、じゃあ溶けたら生き返るの?」


- 低確率で、そうなる可能性があるって昨日リンちゃんが言ってませんでしたっけ?


 「ああ、そういう意味だったのね」


 後ろでリンちゃんが片手を例の電話ジェスチャーにして早口で話し始めた声がしたのでちらっと見た。


 「ねぇ、あれって何方(どなた)とお話をされてるの?」


- 光の精霊さんの技術者のひとじゃないですかね?


 「ふぅん…」


 と、ロミさんがリンちゃんを見たのに釣られて俺も見ると、壁際に近いところに、エプロンのポケットからずるっと取り出した石板を置いて数歩下がった。

 それと同時に、俺にしがみついていたテンちゃんがすっと半歩離れて澄ました表情になった。


 ふわっと石板が光り、石板の周りにまず4名が現れ、それから4名ずつというように数秒ごとに順次ぞろぞろと転移してきた。


 最初に転移してきたうちのひとりが、リンちゃんの前に片膝をついて口上を述べた。


 「リン様、お手数をお掛け致しました」

 「大した手間ではありません。礼なら私よりそちらのタケル様へ」

 「はい」


 彼は片膝をついた姿勢のまま、角度を少し変えて俺を見た。

 ちらっと隣のテンちゃんを見て、一瞬目を見開いたように見えたがすぐに目を伏せ、頭を下げた。


 「タケル様、ヌル様、この度急遽編成されました遺産処理班の班長を拝命致しました、ニュータイルと申します。我らの遺産処理にご協力頂き、誠にありがとうございます」

 「よい。気にするで無いのじゃ。タケル様もそのような堅苦しい礼は不要と思うておるのじゃ」


 どう返事したものかと思っていたらテンちゃんがフォローしてくれた。こちらを見上げるテンちゃんに頷いて、俺も答えた。


- 成り行きでこうなってしまっただけで、言ってみれば物のついでですのでお気になさらず。とりあえず立ってください。えっと、ニュータイルさん。


 「はい」


- これってこの後どうなるんです?、撤去作業と伺ってますが。


 「はい、この配置のまま一旦上空の母艦エスキュリオスに運びます。この地下のジェネレータについても同様ですが、そちらは撤去後埋め立てる予定です」


- という事は、撤去後ってぽっかりと何も無くなってしまうんですか?


 「はい、我々由来の遺物は全て撤去致しますから、あとは何も残りません」


- ここが崩れてしまうという事は?


 「空間を残すほうがご都合が良いとお思いでしたら補強致しますが…?」


 あら、崩れるかも知れないって事か。

 結構地下深いと言っても、あの天井の位置で30mぐらいだしなぁ…、崩れたら上の建造物、神殿だっけ、歪みがでたりしてまずいだろうし…。ん、地下のジェネレータって何だ?


- ジェネレータとは何でしょう?


 「タケルさま、この時代のものは、地下水の流れによって魔力を発生していたようで、これら魔道具の動力源の事です」


 リンちゃんから返答があった。


- んー、空間はしばらく維持されてるほうがいいかなぁ…。


 「其方、何を考えておるのじゃ」


- いやほら、人払いの結界で周辺が無人になったとたんに、ここが空っぽになっちゃうのはどうなんだろうって思ってさ。


 「タケルさま?、もしかして何かカムフラージュしたいという事ですか?」


- うん、まぁそうなるかな。それでしばらくしたら氷が溶けて、中身も溶けちゃうような…、土で形を…いや、氷で中身が空洞で土塗りつけたみたいなのがいいか…?


 ちょうどそんな色合いだからね、あの氷漬けの恐竜。


- それで、氷の塊がだんだんと溶けていくと、あとは泥と水しか残らない、みたいな…、え?、どうしたの?


 周囲の目線が何だか妙だった。


 「…其方…、相当悪辣なのじゃ」


- え?


 「無くなったら無くなったでいいと思いますけど、タケルさま、」


- ん?


 「そんなものどうやって作るんですか?」

 「…っ」


 ロミさんが耐えきれない様子で吹き出した。両手で口元を覆っている。


 「ごめんなさい、だって…」


- 結構真面目に考えてたんですけど…。


 「でも精霊様がどうやって作るかわからないものを…」

 「あ、いえ、やりようはあると思いますよ?」

 「そうなんですか?」

 「ええ。ですが、そうすぐにできるものではありませんし、この場所にあれと寸分違わないものをとなりますと、外の結界がもちませんよ?」


- ああ、それもそうか、でも何とかなると思う。


 「え?」

 「タケルさま?」


- まぁ、見ててよ。


 そう言いながら紙を1枚、ポーチから取り出して地図を作る要領で氷漬けの恐竜を見ながら焼き付けた。一応床の文様も紙に写しておく。


 そして戻ってきて、しゃがんで足元に氷漬けの土模型を作った。ついでに魔道具の文様も写し取った小さな模型を作った。もちろん表面だけで中身はただの土魔法の石だ。


 「「ええ?」」

 「…其方、相当器用なのじゃ…」


- こんな感じであの大きさのを後で作ればいいんですよね?


 「…ええ、まぁ、そうですけど…」


- 撤去するのにどれぐらいかかりそうです?


 「そうですね、あと1時間はかからないと思います」


- そうですか、ではそれくらいに戻って来ます。リンちゃんは?


 「タケルさまに付いて行きます」


- そう、じゃああの女の子を何とかしてあげないとだし、ついてきて。


 「はい、タケルさま」






●○●○●○●






 地下への階段の入り口に、警備用の詰所だろうか、仮眠室のようにベッドや布などがある部屋があったので、一旦長椅子に彼女を寝かせてから、俺は部屋の外に出た。

 その部屋にあった衣類に着替えさせてもらうためだ。俺がやるわけには行かないからね。


 運んでいる間に温めるように軽く回復魔法をかけておいたし、長椅子に寝かせる時には顔色も体温も戻っていたので、そのうち目覚めるだろう。


 と、思っていると中から声がした。


 「な、何ですかあなたたち!、けほっ、けほっ」


 いきなり大声を出したからか、咳込んだようだ。


 「落ち着いて、下で倒れていたので介抱しただけよ、さ、お水よ、ゆっくり飲んで」


 ロミさんが答えたようだ。リンちゃんから手渡されたコップをロミさんが彼女に渡したみたい。

 俺はまだ入らないほうがいいかもね。

 ちなみに恐慌状態にならないように、あの子には一時的にペンダントを着けてある。


 「え…、あ…、私、閉じ込められて、外に出なくちゃって…、気が狂いそうで…」


 少し水を飲んで、落ち着きを取り戻したんだろう。


 「それで倒れていたのよ。指先の怪我は回復魔法で治したわ、それと、服が汚れていたので着替えさせたの、悪く思わないでね」

 「いいえ、ありがとうございます…、あの、貴女様が助けて下さったのですか」

 「ううん、私は見ていただけ。外にいる男のひとが回復魔法を使って、貴女を運んできたの。こちらのお二人は貴女の着替えをしたわ」

 「そうでしたか、ありがとうございます。私はオーリエ、オーリエ=ゴットーと申します」

 「そう、オーリエさん、名乗ってもらって悪いのだけど、訳あって私たちは名乗れないの。許してね。それと、外のひとを呼んでもいいかしら?」

 「はい、わかりました。お願いします」


 扉が開き、ロミさんが手招きをした。

 なるほど、確かにこちらは名乗らない方が良さそうだ。

 俺としては別に名乗っても困りはしないんだけどね。ロミさんがそういう方針ならそれに従おう。


 「た、助けて頂いてありがとうございます」


 入るなり言われた。


- お加減はいかがですか?


 「今は何とも。少し喉が痛いですが、それ以外は特に…」


 別に声が掠れているわけじゃなさそうだし、運んでる途中の回復魔法で癒えたのかも知れないね。だったらもう大丈夫だろう。


- そうですか。どうして閉じ込められたのか、思い出せます?


 「はい…、竜神様の生贄でした…」

 「生贄!?」


- 生贄!?


 ロミさんと被ってしまった。


 「私、見捨てられたんです、竜神様がお怒りだから、鎮めるために話をきけって」


- 話をきけ?、そう言われたんですか?


 「はい、あの…、私、竜の巫女なんです」


- だから生贄に?


 「今まで教祖様は大事にして下さってたと思ってたんですけど、裏切られました。見捨てられたんですよ、話をきけだなんて、あんな恐ろしいのに、声なんて聞けるわけ無いじゃないですか、信じた私がバカでした、怖くて寒くて、気が狂いそうだったんですよ!?、閉じ込めるなんてあんまりじゃないですか!」


- あの、えっと、とりあえずそれ飲んで、落ち着いて下さい。


 「あ、す、すみません…」


 こくこくと残っていた水を飲み干した。


 「あ、これ美味しいお水ですね、何だか香りが良くて」


 今気付いたのか…。


- もう一杯飲みます?


 「あ、頂けるのでしたら」


 リンちゃんを見て頷くと、両手で持っていた水差しを彼女に近づけて、注いでいた。


- ところで、竜の巫女って何なんです?


 「ご存じありません?、竜神教では有名なんですが…」


- 竜神教じゃないので…。


 「その方たちがどうしてこの神殿に…?」


- それはまぁ、訊かないで頂けると…。


 「あ、すみません、お名前も言えないと仰ってましたね。わかりました、命の恩人のお願いですから訊きません」


 妙な言い回しに聞こえるけど、わかってもらったって事でいいんだよな?、これ。


- それで、竜の巫女についてですが…。


 「はい、地下の竜神様、ご神体のお声を聞いて伝えるのが仕事、という事になっていました」


- それは、貴女が決めたんですか?


 「まさか、教祖様がそうしろと、そういう事にしろと仰ったんです。そんな大それたこと、私ひとりで決められません」


 そりゃそうか。


- それじゃあご神体のお声ってのは…。


 「教祖様が決めたものです」


 だろうね。そんなこったろうと思ってたよ。






●○●○●○●






- それでね、オーリエさん。


 「はい」


 何だかんだと、地下で倒れていたのに妙に元気なオーリエさんの、現在の竜神教教祖との馴れ初めというか、別に恋人でも愛人でも無いみたいなんだけど、拾われた経緯やら何やらと、身の上話か愚痴かよくわからない話をひとしきり聞かされた。

 それで何杯目かのお水を口にしたあと、落ち着いたようなので話を切り出した。


 そんなに飲んで大丈夫なのかな、ってちょっと思いながらね。


 俺もちょっと飲んだけどさ。

 ロミさんなんて壁に背中を預けて、ちびちび飲んでたよ。フード付きの外套だから雰囲気たっぷり、まるでお酒でも飲んでるみたいだった。


 ま、それはさておき。


- これは予言というか予想なんだけど、現在勢いに乗っているらしいこの竜神教、今後は地に落ちる事になると思うんだよ。


 「え!?」


- まぁ聞いて。それでね、そんなところで竜の巫女なんていう重要っぽい地位にいる貴女は、さっきの生贄じゃないけど、人々の前に晒されて大変な目に遭うと思わない?


 「わかります。今日のように見捨てられて生贄にされるでしょう…」


 今日の事は余程ショックだったんだろう。さんざん愚痴ってたし、めちゃくちゃ怖がってたし。


- じゃ、一旦身を隠した方がいいよね?


 「……あの…、命の恩人にこんな事を尋ねるのは罰当たりですけど、もしかして私は誘拐されちゃうのでしょうか?」


 じとーっとした目で見られてしまった。


- あ、誤解しないで欲しいんだけど、別に貴女をどうこうしようって言うんじゃないし、酷い目にあったんだってわかったから、このまままた同じような目に遭うのは嫌だろうなって、できるなら助けられればいいかなって思ってるだけなんだ。


 「それで、私はどこに身を隠せばいいのでしょう?、お話ししたように私には身よりはありませんし、ここに住んでるくらいで、お金も持ってません」


- ええ。なので、一時的に身を隠せる場所を提供しましょうという提案なんですよ。


 「そうじゃなくて、私なんかを助けても見返りなんてありませんよ、って言ってるんです。ま、まさか私自身を…」


- あ、いやいや、そういうつもりはありませんって、


 「そうですよ、この方にはそういうのは間に合っています」

 「そうなのじゃ、其方の入る隙間などありはせんのじゃ」


 と、両側から俺にくっつく精霊姉妹。


 「え…、そういうご趣味…?」


- 待って、誤解ですって。というかそういう話から離れて。ほら、ふたりとも。


 「はい」

 「うむ」


 全くもう…。


- とにかく、地下のご神体、でしたっけ、あれが張りぼてだと近々判明するんですよ。


 「え!?、まさか、本当に!?」


- はい。あれは竜神でも無く、ましてや竜でもない、氷と土の塊なんですよ。


 「…じゃあ、あれって…」


- そんなわけで、今後貴女はここにいると、大変な目に遭う事になるでしょう?


 「はい、そうですね」


- だから、身を隠しませんかという提案なんですよ。


 何か同じこと言ってるよなぁ、俺。

 と言うか現時点では他に言いようがない。


 俺の計画としては、アリザン兵虐殺だのの命令を出したのは竜神教なわけだから、証拠とかそんなの集めるよりも、竜神教がハリボテのご神体で人々を騙して、国をむちゃくちゃにした、という感じで悪者になってもらえばいいかなというものだ。

 結構いい加減かも知れないけど、その証人としてこのオーリエさんが使えないかなと。そういう大筋で、細かいところはあのヒースなんとかさんたちで考えて行動してくれればいいかなという、まぁ、ほぼ丸投げなんだけどね、だめかな?


 でもさ、このまま手を(こまね)いていると、このオーリエさんも、そしてあのヒースなんとかさんたちも全員、命が危ないだろ?

 黒幕は竜神教なんだしさ、せっかくご神体をハリボテと交換しておくんだし、じゃあ勢力が衰えたところで全部ひっかぶってもらえれば、いろいろ丸く収まりそうじゃん?


 でもなぁ、このひと、信じてた教祖に裏切られたところだもんなぁ、そんなので名前も名乗らない俺たちの事を信じろってったって…。


 「…わかりました。貴方を信じます」


 だよね?、…え?


 もしかして、このひとチョロい性格なのでは?






次話4-057は2021年04月23日(金)の予定です。


20210417:しゃがむ動作が2度あるので後ろ側を訂正。

 (訂正前)半歩近寄ってしゃがみ込み、回復魔法をかけた。

 (訂正後)しゃがんだ姿勢のままさらに近づき、その手に回復魔法をかけた。

20210715:言葉が足りない部分を足しました。いくら何でも足りなすぎる…。いつ欠損が…?

 (訂正前)それも霜のように

 (訂正後)それも霜のように濁っている下半身とは違い、



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   また入浴シーンが無い…。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   そんな計画で大丈夫か?


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   最近お姉さまばっかり…。

   とでも思っていそうです。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンの姉。年の差がものっそい。

   少しはわかっているだけに、怒るに怒れない。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回は出番なし。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 ニュータイルさん:

   本文にもありましたが、急遽編成されました遺産処理班の班長。

   左官屋さんでは無い。

   彼を筆頭に、転移してきたのは40名ほど。

   もちろん全員光の精霊さんです。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回出番なし。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、

   ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使いで走ってます。

   ゆえに今回もまた出番無し。

   ハルトもですが、そのうち出て来るのでここに残しています。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   面白がってタケルに同行して、何気に楽しそうですね。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   黒鎧には意識が封印されている状態。

   その鎧が壊れかけているため、思うように動けない。

   今回は登場せず。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。

   勇者ロミが治めている国。


 トルイザン連合王国:

   ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。

   3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。

   外国から見ると、それぞれの王族はトルイザンの王族とも言えます。

   クリスという勇者が所属している。

   3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。

   今回はベルクザンの王都ベルクザバへと、密入国。

   そして竜神教のご神体強奪作戦後半?、でした。

   ほぼ光の精霊さんに丸投げですね。

   勇者とは一体…。


 アリザン王国:

   アリザンはイアルタン教ではない精霊信仰で統一されている国です。

   他教を許さない宗教ですが、例外的に、

   同じ教えが多くあり、経典が同じイアルタン教の存在を許しています。

   ゆえに、イアルタン教の勇者であり古参のハルトに対しては、

   尊敬と信頼があります。

   まだアリザン王国に情報が届いていないので、動きはありません。


 ベルクザン王国:

   宗教はいくつもあって、複数所属してもよいという国。

   そのせいで、アリザン王国から目の敵にされています。

   ゴーンザン王が病床に就いていたため、規定によりベルクザン王が

   2期連続で首相となり統一王の肩書きをもつ事となった。

   アリザンはその意味でも不満をもっていた。

   そんなずぶずぶの計画でどうにかなるんですかね?


 おひい様と呼ばれる女性:

   ベルクザン王姉。ヒースクレイシオーラ=クレイア=ノルーヌ=ベルクトス。

   名前の欠片だけ登場。


 クラリエ:

   ベルクザン王国、筆頭魔道師。

   クラリエ=ノル=クレイオール。

   今回出番無し。


 容姿の揃った5人の女性:

   ベルクザン王国魔導士会所属の魔導士たち。

   クラリエの部下。

   アリエラ=ノル=バルフカガー

   イイロラ=ノル=ジールケケナーリ

   セリオーラ=ノル=パハーケサース

   サラドナ=ノル=パーガル

   チェキナ=ノル=ネヒンナ

   『ノル』というのは、魔導士に登録され、元の家の継承権を

   放棄したという意味で付くものです。

   継承権を放棄していない魔導士も存在します。

   今回出番無し。


 扉に寄り掛かって倒れていた女性:

   竜の巫女でした。オーリエ=ゴットー。

   まぁ予想通りですね。ふつーふつー。

   意外と若かった。

   そしてチョロいw


 竜神教関係者:

   教祖ゲイル=ディマッシュ。

   大司教、その他司教たちと司祭か助祭たち。

   警備の者たちは私設兵ですね。

   信者から集められた者たちでしょう。たぶん。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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