4ー054 ~ 光闇教と白銀の鎧
「はぁ…タケル様はまたおひとりでお出かけですか…、お姉様は一体何を…」
上の階に転移で戻り、階段を降りながらそう呟いてリビングに入ると、食卓にはロミさんが座っているだけでした。彼女は私を見て、手にしていたコップを置いてから居住まいを正して少し頭を下げました。
「あらリン様。おかえりなさいませ」
食卓にはお姉様でしょう、半分ほど残っていました。
私はロミさんに頷いてから尋ねます。
「ロミさん、何があったのです?」
問うと、自然な様子で返答する彼女。おそらく問われると予想していたのでしょう。
「はい、今しがたの事ですが、先ほど何方かが入り口の外に来ていたようでした。タケルさんが応対していたのですが、テン様が『騒がしいのじゃ』と仰って、お食事の途中でしたが出られたんです」
なるほど、途中だったのですね。
「それでこんなに残してるのですか…、お姉様ったら…」
「ご本人は戻ってくるおつもりだったと思いますよ?、リン様」
お姉様の事ですから、タケル様から供された食事を残すなんて通常ならありえません。それが現在浴室でじっとしている事に繋がるのでしょう。
そちらは後でお姉様に直接尋ねる事にして、タケル様の行方です。
「そうでしょうね。それでタケル様はどちらに?」
せっかくタケル様の位置がわかるようにと用意した魔道具は、すぐにお姉様が壊してしまいましたからね。あれがあればすぐにタケル様の所へ転移できたのですが。全く…。
「クリスたちの様子を見に行くと聞いています。少し話をするだけとも」
もっとも、そうだと予想はしていましたが…。
「そうですか。場所は…お姉様に聞いたほうが良さそうですね。お茶をお出ししましょうか?」
「ありがとうございます、ですがお気遣い無く。このお水も美味しいです」
と、コップを持ち上げるロミさんに頷いて、入り口のところに行き、垂れ布を手で寄せて外を覗うと、タケル様が作られたテーブルが残っていました。それと共に風の者が居たようです。魔力の残滓がまだ宙にありました。これは昨日のゼファーリィと名乗った者ですね。
ロミさんが『今しがた』と言っていましたが、たった数分のすれ違いだったようです…、もう少し早く戻っていればと悔やまれます。
「(…本当、退屈しないわぁ…)」
お姉様に事情を尋ねなくてはと思い、浴室へと向かう途中、ロミさんが小声で言ったのが聞こえました。
「何か?」
「いえ、何も」
そう言ってすぐに目を背けられましたが、今はとにかくお姉様のほうです。
「お姉様に何か変わった様子はありませんでしたか?」
ふと思い、脱衣所を開けた手で扉を支えて振り向き、尋ねてみました。
「そういえば、お顔を両手で覆ったまま脱衣所へ駈け込んでおられましたね。お耳が赤かったような気も…」
ロミさんは右手の人差し指を顎の少し右側に当てて、左上を見る仕草をしながらそう答えました。
「そうですか、感謝します」
「勿体無いですわ、リン様」
あのお姉様が耳まで赤くなるような事というと、またタケル様に何かされたのでしょうか…。あの方は無意識にいろいろやらかしてしまうのですが、お姉様が浴室に駆け込む程となると、一体何があったのか気になります。
そう思いながら浴室の扉を開けると、すぐ近くの洗い場で椅子に座り、両膝の上に両肘をついて項垂れているお姉様の小さな背中が見えました。
そこにぬるま湯のシャワーという状態は、どうみても普通ではありません。題名を付けるなら落胆、と誰しもが言いそうな様子です。
「お姉さま!?、何があったんです!?」
私は服も脱がずに座り込んでシャワーを頭から浴びているお姉様が情けない顔でこちらを見たのに急いで駆け寄り、シャワーを止めてエプロンのポケットからバスタオルを取り出してお姉様に被せました。
●○●○●○●
(最初は洗面台で顔を洗うだけのつもりだったのじゃ…)
(しかし低い側の洗面台の前に立ち、正面の大鏡を見たとき、タケル様の魔力に酔い、だらしなく上気し緩んでいる表情が映ったのじゃ…)
それが先程の羞恥と恍惚の入り混じった多幸感という何とも表現しづらいものを思い出させ、顔を洗うだけではダメだと、逃げるように浴室に入り、勢いのままシャワーのコックを捻ったのだった。
なのに温い湯を浴びると、目が覚めるよりもさっきの事を思い出して身震いをし、ちょうどそこにあった椅子にへたり込んだというわけだ。
(何という恥を…)
勘違いから調子に乗ってしまった。それもタケルの前で。
盗んで来た物だと聞き、怒るより恥ずかしくなってしまい、頭が真っ白になって何も言えなかった。
それをタケルが少し思い違いをして、宥めようとしてくれた事がすごく嬉しかった事。
(しかしあれは…)
そしてその手から、私を慰めようとしたのだろう、溢れるほどの愛を感じる魔力がどんどん注がれてしまい、多幸感に抗えず身悶えしながら耐えていたのもその勘違いが加速した理由だと、今ならそう思える。
(この私があのようになってしまうとは…、あまりの多幸感で我を忘れるところだったのじゃ…、いや、為すがままだったのじゃ…)
恥ずかしくて気まずくて、そんな隙にあんな風にされれば耐えられるものも耐えられなくなる。
(そこにアレじゃ、タケル様が私に反応してくれていると思うと…)
ちょうど胸に当たっているところが少し反応しているらしいタケルの部分に気付いてしまい、ぐわっと気持ちが高ぶってしまった。
有体に言えば、大興奮、いや、超興奮してしまったという事だ。
(幸せの絶頂感に蕩けてしまいそうだったのじゃ…。何もかも忘れてあのまま浸っていたかった…)
今まであまりタケルの正面には、というか股間部分に当たらないようにというぐらいには気を遣っていたテンだが、今回はタケルから抱えるように抱きしめられたのだし、ちょうど谷間にモノが来てしまったのも不可抗力と言える。
(前から思っていたが、タケル様はズボンの下に何も着けていないのではないか…?)
実はもぞもぞとテンが動いたせいで、収まりのいい位置にそのモノが角度を変えただけだったりするが、その時点では彼も彼女も、そんな事を考える余裕なんて無かったのだ。
(押さえつけている下着がないならあの感触にも納得がいくのじゃ…)
そんな事を思い出すとさっきの恥ずかしさでまた上せそうになったので、急いで他の事を考えようと、両手で顔を拭い、目を開けた。
(あの時、タケル様が離れる切っ掛けをくれたから、私は離れる事ができたのじゃ…)
しっかりしがみ付いているテンに、タケルが困っているのが伝わってきて、離れようとしたが、離れようにも感覚が麻痺したかのように腕が動かなかった。
妖精蜜の話を出してくれたからこそ、選択肢と少しの自制心が生まれたのだ。
(それが無ければ、私も付いて行くと駄々をこねてしもうたであろうな…)
自嘲気味にふふっと笑いを漏らしたテンは、ふと、タケルをひとりで送り出した事について、あとでリンにまた文句を言われるのだろうと気が付いた。
なら、言い訳のためにも一応、現場の様子を見てみるかと、先日アクアがやっていた魔法を、アクアに呼び掛け補助をさせ、水のモニターを表示した。
それを見始めたところで、リンが戻ってきて浴室の扉を開けたのだ。
(な、何というタイミングなのじゃ…)
何だかいたずらが見つかった子供のようなバツの悪い気持ちになって浴室入り口を見た。
「お姉さま!?、何があったんです!?」
リンは、着衣のまま急いで駆け寄り、シャワーを止め、テンに大きなタオルを被せてその上からテンの頭や背中を摩り始めた。そしてタオルをはがして脇に置き、もう1枚取り出して顔に近づけたので、テンは手で遮ってタオルを受け取り、顔を拭いた。
「どうしてタケルさまをおひとりで行かせたんですか…?」
リンがひとつ息を吐き、落ち着いた口調で尋ねた。
「それはその、仕方なかったのじゃ、タケル様にダメだと言われたのじゃ」
今その言い訳を準備したところだというのに、先に問いかけられてしまい、こう答えるしか無かった。
「なら仕方ありませんね、それで、どうして服のままなんですか…」
なのにこちらの思惑に反して、その件はあっさりと流されてしまった。
「…つい…、勢いで…」
そんなもの、全てを言えるはずもない。だからそうごまかした。
「…はぁ、そうですか。まぁお姉さまはカゼ引いたりしないでしょうね」
「ひとを愚か者のように言うで無いのじゃ」
意味ありげにいう妹に、髪を拭っていた手を止めて咎めるように見て言った。
「服を脱ぐのを忘れてシャワーを浴びるほどボケていたわけでは無いのでしょう?」
「ぼ、ボケてないのじゃ!」
「なら、愚か者のほうでいいじゃありませんか」
「う…」
理由や経緯が言えない以上、違うとも言えなかったが、これはリンなりの優しさなのではないかと思い直した。話を逸らす事で今は何があったのかを問わないという意味で。
「それに実際、お姉さまは病気したりはしないのでしょう?」
「カゼを引いた事ぐらい、あるのじゃ…」
「そうなんですか?、じゃあ気を付けてください。ところで、それ、何してるんです?」
と、膝の前に展開した画面を覗き込んだ。
「この間アクアがやっておった魔法の模倣なのじゃ」
「…そういうとこ、抜け目ないですよね、お姉さま」
「む、それは其方に言われとう無いのじゃ」
「どこを映してるんです?」
「これは黒鎧とその一味が居る場所じゃ」
縁取りのどす黒い水の画面には、平屋が映っていた。それも低い位置から見上げるようなアングルで。
「この小屋は?」
「タケル様が造ったのじゃ」
「ええ、それは形からわかります。あ、ちょうどタケルさまが到着したようですよ」
「私も見ておるのじゃ、揺らすで無いのじゃ」
すっと飛んで来てすとっと着地をしたタケルが、小屋の影に入って見えなくなった。
「…どうして向こう側なんです?」
「小屋の入り口が向こう側なのじゃ」
「じゃあそっちから映して下さいよ」
「それができるならとっくにやっておるのじゃ」
「じゃあ中の様子は?」
「それもできるならやっておるのじゃ」
そう。このアングルなのは、すぐ横の小川からの視点だからというのがその理由だ。
補助をしているこの浴室のアクア(分体)が言うには、これをするにはある程度まとまった量の水があることが必要で、本来は分体がもっと集まるぐらいの状態でないとできない事のようだ。
それに小川なので、水が流れ続けているのも不自由な理由のひとつらしい。
今回はテンがその魔法主体を行使しているので何とかなっている。
「…つまり魔力の無駄遣いという事ですね」
「い、一応タケル様の到着するところは見れたのじゃ」
「そうですね、でもそれだけでは…」
「小屋から出発するところも見れるかも知れぬ」
「それまでここでじっと待つんですか?」
「……」
「それと、その画面、さっきから少しずつ縮んでませんか?」
「え?、あ、本当なのじゃ、アクアよ、私が支えているのにどうして小さくなっておるのじゃ」
『申し訳ありません、先ほどリン様が水の供給を止めてしまわれましたので…』
「ああ、お姉さまの魔力で締め付けられて消えていくんですね、納得しました。お姉さま、では脱いで下さい」
「え?、其方何を…?」
「それともシャワーを再開しますか?、私としてはお姉さまの服を洗濯機に放り込んでおけば着替えを取りに行かずに済むと考えたのですが」
「むぅ、では脱ぐのじゃ」
もそもそと脱ぎ始めるテン。
いつもの高速脱衣ではないのは、衣類が濡れているのと、片手で画面を支えているからだろう。
「相変わらず無駄に大きいですね…」
「無駄と言うで無いのじゃ、ちゃんと役立っておるのじゃ。今日も、あ」
「今日も、何ですか?」
「い、言えぬのじゃ」
「でしょうね。まぁそれが耳まで赤くなってここに駆け込んだ理由でしょう」
「……」
「ま、今日のところはこれ以上聞きません。ではタケルさまの様子がわかったら呼んで下さいね」
テンが脱いだ濡れている衣類を、袖をまくった手で器用に丸めながら脱衣所のほうへと踵を返すリン。
「其方は見ないのか?」
「あたしにもする事がありますからね」
「其方それは付き合いが悪くないか?」
「お姉さまが私のペンダントを壊さなければ今頃タケルさまの所へ行けたんですよ」
「う…」
「この際ですから言っておきますけど、あれはタケルさま配下の研究チームがひとつ、かなり苦労して作り上げた傑作なんですよ?、それをあんなにすぐに壊してしまって…、もうひとつ作るように頼むとき、あたしがどんな気持ちだったかわかりますか?」
「す、済まぬ、悪かったのじゃ…」
「故意では無いとタケルさまも仰ってましたし、そこは疑ってませんけど、壊れたペンダントを見て嘆いてましたよ?、彼らは」
「…うん」
「あたしも見ましたけど――」
さらに続く姉への文句。
全裸で座ったまま身を縮めてそれを聞いている姉。
「――ああ、すっかり冷えてしまいましたね。画面も豆粒ほどになっているじゃありませんか。早く湯船に入って温まってくださいね」
一体誰のせいでそうなったのか…。
画面を維持するにも結構な魔力を使っておるのじゃぞ…?
などと言い返せるわけもなく、リンが浴室を出て行くのを見送り、のそのそと桶を持ってかけ湯をし、冷えた身体には少し熱く感じる湯船に半身を浸した。
「ああそうでした、朝食の残りは昼食にお出ししますので、残さず食べて下さいね?」
閉まりかけの扉を手で支え、首だけを覗かせてそう言い残して去った。
「(言われなくともあとで食べるつもりだったのじゃ…)」
実はうっかり忘れていたとは言えないテンだった。
その後、タケルが入った小屋からタケルが出発したと、特に何も無かったと、浴室から出て身体を拭き、洗濯機から乾いた服を取り出して着てリビングに出ると、ちょうど台所から出てきたリンにそれを伝えた。
「そうですか。案外、普通でしたね」
「普通で無い事など、そうそうあっては堪らんのじゃ」
「……」
「何じゃその目は、言いたい事があるなら言うが良いのじゃ」
「よりにもよってお姉さまがそれを言いますか、と思っただけです」
「吾とていつも非日常なわけでは無いのじゃ」
「自覚はあるんですね」
「どういう意味じゃ」
「そのままの意味ですよ」
「むぅ…」
今日は全く言われ放題だが、『今日のところはこれ以上問わない』と大きく譲られている以上、あまり強くは言い返せなかった。
●○●○●○●
ベルクザンのひとたちの所に到着する前、上空から待機してもらうために作った小屋へ近付くと、それを中心にだいたい直径1kmの円状に樹木が枯れ木になっているようだった。
小川の筋が1本あり、地形には多少の起伏があるせいか少し歪んではいるけれど上から見るとよくわかる。
前回は濃霧が台風の目みたいになってたし、帰りも霧が覆っていたので気付かなかったんだけど、ここらへんって植物の縄張り争いみたいな事になっているのか、植生が一定ではなくて塊ごとに少し雰囲気が異なっているような感じがする。
そんなのを無視して上から絵具で無造作に丸く塗りつぶしたように枯れているのが何ともすごいね。
やっぱりこれって、テンちゃんの魔力が吹き荒れたせいだよなぁ…。あの一瞬でこうなるのかと思うと怖ろしいけど、逆にこれだけで済んで良かったとも言えそうなのがまた何とも言い難いものがある。
ああ、一応、温暖とは言え冬なので、落葉する種類は落葉していたから、一見枯れ木のように葉が無くなっている木もところどころにはあるんだよ。
しかしこれほどの範囲全部がそういうような箇所はここまで飛んできて見下ろしていた限りは無かった。落葉しない種類にも葉をつけたまま枯れた色になっていたりしているのがあり、なかなか寂しい雰囲気となっていた。
どうせ精霊さんたちからすると、これぐらいの自然破壊は小規模だから問題無い、なんて言うんだろうね。
なってしまったものは仕方ないと、減速を終えて眼下に見える小屋へと降下しながら考えを切り替えた。
- おはようございます。
そう声を掛けてから、入り口の垂れ布に手を伸ばしかけて、慌てて手を引っ込めた。
どうしてかというと、中の女性たちが着替えているのを感知したからだ。
もう着替えはほぼ終わっていたが、髪などを整えているところに入るのは気が引けたんだよ。
黒鎧のクリスさんはどうやら寝室で横たわっているようだ。
「タケル様でございますね、どうぞ中へお入り下さい」
返答をしたのは青黒い服装のクラリエさんだった。その前に赤紫のヒースなんとかさんが頷いていたけどね。
俺は、慌しくお茶の用意をされているのを待ち、その上で中の7名が髪と服装を手早く整えながらささっと並んで立ち、揃うのを待ってから、そっと垂れ布に手をかけて中に一歩入った。
いや、入れって言われたけどそういうの待ったほうが良さそうだったからね。
するとさっと全員が両膝をついた例の宗教的姿勢になり、頭を下げた。
- わ、いやちょっと、そういうのやめて下さい、困ります。
立ってたのに、一瞬でだよ、あーびっくりした。
しかもまだ返事が無い。さっき布越しに受け答えしてたじゃないか…。
- あのー、頭を上げてもらえますか?
顔は上げたがまだ姿勢を保ち、黙っている7名。
何か言ってくれないかなぁ…。
これは居心地が悪い。最悪ではないけど、それに近いものがある。
いつだったかテンちゃんが、ああ、最初に出会った時か、あのときに『近づくと跪いて頭を地面に付くほど下げられ、ずっと聖句を唱えられて何も言う事を聞いてもらえなかった』と言っていた事があったっけ。
聖句は唱えていないけど、無言でというのもそれに近いものがあると実感した。
- いやあのですね、えーっと、立ってそこの席に着いてもらえますか?
すると同時に立ち、乱れ無く席に着いてくれた。ひとり、クラリエさんが全員分のお茶を注ぎ、それを待ってから俺も移動した。
なんだか雰囲気が堅いんだよ…、苦手なんだよそういうのがさ。
テーブルのお誕生日席のような場所に、椅子を作って俺も座った。
2席余ってたんだけど、部屋の壁際に並べてあったんだよ…。
- えっと、何か不自由な事とかあります?、あ、普通に話して下さって結構ですので。
「ございません。タケル様には本当に良くして頂き、感謝に溢れんばかりでございます」
うわー、このヒースなんとかさんって、ベルクザンの王族だよね?、それも王様の姉とか。そんな人が左胸に手を添えて最上級の敬意を示すような態度で敬語ってのは、困るなぁ…、もうちょっと普通に、あ、いや王族らしく偉そうにとは言わないけど、せめて最初に会った時のメルさんぐらいに抑えてくれるといいんだけど…。
- あの、もう少し普通に、砕けてもらっていいので、というか僕が恐縮しますので、どうかお願いします。
「お言葉ではございますが、御神様からも様付けで」
- あれはちょっと事情があって妥協してるだけなんですよ、しょうがないんですよ。
被せ気味に急いで言ったが、彼女たちが気を悪くするような様子も無かった。
考えてみりゃ王族の言葉を遮ったのか、俺…。
「然様でございますか…、であれば私どもがタケル様に砕けろと仰いましても…」
ダメだこりゃ、聞いてくれそうに無い。
話が進まないのでとりあえず目をつぶろう。
- わかりました、とりあえずそれでいいです。今日は貴女方の様子を伺いに来たのと、少しお願いがあってお話をしにきたんです。
そう言って、気は進まないがハルトさんに頼まれた、彼女たちを安全にベルクザンの王都、ベルクザバだっけ、そこに送り届ける代わりに、アリザンへの工作についてを公表してもらう事について話した。
「わかりました。タケル様の御願いですから是非もございません、戻り次第そのように致します。ですが、現状の私どもの国では、光闇教は立場があまり強いとは言えません。ですので確約ができず心苦しいのですがアリザンへの工作についても公表するようできる限りの事は致します」
- 確約ができないというのは、何か理由がおありなんですか?
「はい、タケル様は先ほど『安全に』と仰いましたが、私はもう国に戻っても処刑される身なのでございます」
「おひい様!」
「クラリエ、それにお前たち、我が国最強の戦力である黒鎧があのような状態となってしまった以上、誰かが責任を取らされるんだ。光闇教の皆の事も心配だが、お前たちは私に付き添って命の危険を冒す必要など無いんだよ。こちらのタケル様にお願いしてお前たちだけでも、」
- あの、待って下さい。王族のお話の途中に割り込んですみません。
「いいえ、どうかご随意に」
- 処刑、されると予想しているんですか?
「はい。比較的信者の少ない私どもが、それでも立場を維持できたのは、あの黒鎧があったからなのでございます。ベルクザン王国一の個人戦力、あの勇者ハルトすら凌ぐ最強の存在、それが黒鎧でございました」
- あ、少し話がそれますが、それについてお話してもらっていいですか?、経緯とか、どうしてクリスさんがあのようになってしまったのか、ですが。
「はい、私もあれを譲り受けた立場でございますので、全てではございませんが知っている事をお話し致します」
今から90年と少し前の話なんだってさ、光を嫌う闇の精霊ゼロ――と、当人(?)は名乗ったんだそうだ――が宿る魔道具と鎧の胴体が発掘されたんだそうだ。
そしてその魔道具が言うには、他のパーツもあると。それを揃える事で、着用者の意識をすぐ隣の箱に安置されている黒鎧を動かせるようになると。それによって着用者の能力を数倍に引き上げ、飲食不要で魔力の続く限り動ける最強戦力が得られるぞ、と。
もちろんデメリットもある。
着用者の意識が封じられてしまい、命令者の言う事しか聞かない人形になってしまう事だ、と。
しかも、現状では魔力が枯渇しているため、着用者と命令者の魔力でそれぞれの道具を染め上げなくてはならず、当時話した発掘者――研究者でもあったらしい――の魔力では数十年はかかろうと笑われたんだそうだ。
どうせ使えないのなら、と、高値を付けてくれる商人に売ったところ、その商人が光闇教の信者だった、と。
もちろん当時も複数の宗教への加入は推奨されていたので、その商人も別宗教の信者でもあったが、発掘者から軽く話を聞いて、これは光闇教のほうがお金になり、かつ、宗教上の貢献ができるので地位も上がるに違いないと考えたんだろうとの事だ。
そしてその商人は宗教上の伝手を使い、光闇教も後押しをした事で、当時の王様にそれらの物品と情報を高く売る事ができ、光闇教もその商人も地位が向上した。
その後、トルイザン王国を挙げての発掘作業となり、アリザンには腰と篭手、ベルクザンには兜と胴体とブーツ、ゴーンザンには王城の宝物庫にそれら以外の腕部や脚部と、篭手があったんだそうだ。
一度ひと揃えを当時統一王の地位にいたアリザン王が命じて、騎士団長に着けさせ、絵画を描かせたが、その騎士団長以下にとっては、その鎧は着ると疲労が激しいという事がわかり、錆びず美しい鎧であるし、何の金属なのか不明で火にも強く、衝撃にも強かったため、将来的に使える者が現われるまで保管する事になった。
この時、白銀の鎧という名称で呼ばれるようになったんだそうだ。
折しも勇者を各国にという声が出た頃だった。
ただ遺跡から発掘された美術品という扱いを考えていたアリザン王に対し、国力のあるベルクザン王は、自国で発掘されたパーツだけでも自国で管理したいと言い、ゴーンザン王はそれに追従しつつも、我が国の宝物なのだから対価を支払うならアリザンに預けようと言った。
その当時のアリザン王は高齢で、次代の王はまだ幼い王子しか居なかったし、統一王としての任期満了も迫っていたため、ゴーンザン王の申し出には首を縦に振れず、結果、各国でそれぞれのパーツを保管する事となった。
そしてしばらくして王族の女性たちが勇者クリスを連れ帰り、誰もがそれに喝采し、少しの間、白銀の鎧の事は忘れられていた。
かくして幼かったアリザン王が成人し、宝物庫に納められていた絵画と鎧を書類で発見、幼少の砌に見たあの美しい鎧の事を懐かしみ、そしてそれをずっと憧れの姿のままである勇者クリスに着せてみたいと考え、褒章として与えたのだった。
当然、それはアリザンに保管されているパーツだけで完成するものでは無い。
だが勇者クリスは3国を巡るのだから、いつかは揃えられるはずだ。そう考え各国の王へと連絡をし、提案をしたのだ。
どうせ宝物庫で眠っているだけなのだからと、代替わりをしたそれぞれの王や首脳たちは考えた。
ベルクザン王だけは、魔道具に宿る自称『闇の精霊ゼロ』との対話をした宰相の言葉によって許可をしたのだが。
ところでその『闇の精霊ゼロ』の魔道具だが、これの存在を知っているのは光闇教に深く関わっているベルクザンの王族と光闇教の上層部だけなんだそうだ。
そしてその魔道具は2つのパーツから成っており、片方は白銀の鎧に装着できるようになっていて、もう片方はゼロに話をしたり、黒鎧に命令するための機能が備わっているんだそうだ。
実は不便な面もあって、ゼロと話すにはそのパーツが合体していなければならず、黒鎧に命令するにはゼロの宿る部分が白銀の鎧に装着されていなければならないんだと。
逆に言うと、合体している状態では白銀の鎧に装着できず、装着されていなければ黒鎧に命令は届かない。
そして現在は壊れているらしいが、その命令可能なパーツを見せてもらった。
形状は四角い化粧用具のコンパクトみたいな形で、かぱっと開いて内側の網目のような部分へ話しかけて黒鎧に命令を伝えるんだってさ。
そんでもって、黒鎧が見ているものの一部が、網目のある逆側のほうに映るんだそうだ。結構高性能じゃないか。
これと合体するほうのパーツは、このコンパクトの外側にある複数の穴に、ぴったり嵌るように突起があるんだそうで、逆向けに被せるようにして合体するらしい。まぁそのへんはどうでもいい。どうせこっち側が壊れてるんだから。
白銀の鎧のほうは、中にクリスさんの身体が入っていて、元々胴体他のパーツがあった直方体の箱の中に、まるで棺桶のように安置されているんだそうで、胸のところの紋章部分を覆うようにかぱっと広げられた『闇の精霊ゼロ』が宿るパーツの突起が、やはりぴったりと嵌る仕様なんだそうだ。
ややこしくていまいちわからんが、ふんふんと頷いておいた。
だって実物を見ないとわかりにくいんだからしょうがないだろ。どうせ今は本筋の話じゃないんだからさ。あとで必要になったらまた説明を聞くからいいんだよ。この場はさ。
それでクリスさんの話、ああ、白銀の鎧の話に戻るけど、そうして褒章としてパーツを与えられた彼は、何年かして全部のパーツを揃えられたってわけ。
その間、光闇教では『闇の精霊ゼロ』から、御神様の逸話やら伝説やらを聞き取ったりしたらしい。
それも、かなりの量の魔力を要求されるので、年に1度か2度とかそんな頻度でしか話は聞けなかったそうだが、光闇教では魔力を奉納する事で魔力量を増やすとか何とか、いろいろ理由をつけて信者から魔力を集めたりしたらしい。
まるっきり嘘でも無いところがまた何ともアレだけど、お金に余裕の無い生活をしている貧困層や、普段魔力なんて使わない生活をしているひとたちにとっては、お布施がお金じゃないってだけでも良かったという面もあるんだそうだ。
ここでふと思ったんだけど、御神様がテンちゃんなんだから、その自称『闇の精霊ゼロ』って存在、テンちゃんに関わりのある何かだよね?
何か、ってまぁたぶん眷属か何かだろうけども。
だって闇の精霊ってのはテンちゃんだけのはずなんだよ。テンちゃん本人がそう言ってたんだから、俺からするとそのゼロさんには闇の精霊の前に自称がつく。
そんでもってそんなもん自称するなんてテンちゃんの怒りを買うだけなんだから、それでも名乗ってるなら、テンちゃんが許せると思える関係者だろう。なら、眷属か何かじゃないかって推測ができる。
まぁ、あとでテンちゃんに確認しよう。
それで白銀の鎧を着用して疲れるというのも、ここまで聞くと魔力が吸われているんだろうという事になる。
クリスさんは勇者なので一般人よりはかなり多くの魔力量があるし、回復量も多いので問題無かったんだろうね。
それでも結構な期間差があるのを思えば、そのクリスさんでも染め上げるのには時間がかかったんだろう。
それと、ゼロさんが宿っているほうのパーツに魔力を供給するほうにも時間がかかったって事もありえるね。ゼロさんもそこから自分のために抜いてたんだろうし。
あ、そうだ、クリスさんの様子を聞いておかないと。
- そのクリスさんですけど、今は眠ってるんですか?
「はい、横になっているのは、おそらく消費を抑えるためではないでしょうか」
- なるほど。動けなくなってしまったわけじゃないんですね?
「はい、ですがこちらからは話も通じず、文字も読めないようで、意思疎通が大変なのでございます」
ああ、お互いにジェスチャーになるのか…、そりゃ大変だ。
- それで横たわってると。
「はい、サラドナが汚れを拭ってからずっと、横たわっております」
- そうですか。まぁ今日の所は特に彼に話す事は無いので、そのままでいいでしょう。
「わかりました」
- ところで、竜神教についてもお伺いしておきたいのですが、いいでしょうか?
そう尋ねると一瞬、微妙に緊張めいた雰囲気になった。
やはり皆が何か思う所があるんだろう。
「失礼を致しました。タケル様には全てお話をすると決めたのでございました。寧ろよくぞお尋ね下さいましたと感謝を申し上げなければなりません」
と、両手を胸元で交差して宛がいながら、頭を下げて言い、決然とした様子で話し始めた。
次話4-055は2021年04月09日(金)の予定です。
20210403:抜け訂正。 タケルはズボンの下には ⇒ タケル様はズボンの下に
いくつか振り仮名を追加。
20210404:テンが顔を拭って目を開けたところに少し(200文字程度)追加。
20210715:浴室のシーンで微妙だった箇所を訂正。内容には変更無し。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
ひさびさに浴室シーンだったけど、
今回のは入浴描写と言えるのだろうか…?
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
いろいろと事情を聞いてしまい、
また厄介な事になったと少し思っている。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
帰ってきたタイミングが悪かった。
前半の前半部分はこの子の視点。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
前回の反省?
前半の後半部分はこの子の視点。
でも3人称っぽい記述にしてます。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回ちょっとだけ出番あり。声だけ。
というか基本的には声だけです。存在はしているにせよ。
それが普通。タケルの前に顕現するのが超レア。らしい。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ウィンディ:
ウィンディ=ヴェントス#&%$。
クリスが使っていた嵐の剣に
宿っていた風の精霊が名付けによって自我を確立したもの。
しばらくは教育のため、ヴェントス様の下へ行った。
ファーの妹という意味でその呼称だけの登場。
今回は出番なし。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能だけどポンコツ。
残滓だけ登場。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
メルリアーヴェル=アエリオルニ=エル=ホーラード。
騎乗している場面が2章の最初にしかないが、騎士。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
久々に名前が出ましたね。
なのでここにはフルネームで紹介。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回名前のみの登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。
ゆえに今回もまた出番無し。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
多くを察していて、それができるひと。
客観的に状況を楽しんでいるふしがありますね。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
黒鎧には意識が封印されている状態。
その鎧が壊れかけているため、思うように動けない。
今回は名前のみの登場。というか横になってる。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回も出番無し。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
外国から見ると、それぞれの王族はトルイザンの王族とも言えます。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
今回は白銀の鎧についての大まかな歴史で、
当時のそれぞれの国の王が登場。
アリザン王国:
アリザンはイアルタン教ではない精霊信仰で統一されている国です。
他教を許さない宗教ですが、例外的に、
同じ教えが多くあり、経典が同じイアルタン教の存在を許しています。
ゆえに、イアルタン教の勇者であり古参のハルトに対しては、
尊敬と信頼があります。
ベルクザン王国:
宗教はいくつもあって、複数所属してもよいという国。
そのせいで、アリザン王国から目の敵にされています。
ゴーンザン王が病床に就いていたため、規定によりベルクザン王が
2期連続で首相となり統一王の肩書きをもつ事となった。
アリザンはその意味でも不満をもっていた。
おひい様と呼ばれる女性:
ベルクザン王姉。ヒースクレイシオーラ=クレイア=ノルーヌ=ベルクトス。
今回、話しているのは主にこのひと。
クラリエ:
ベルクザン王国、筆頭魔道師。
クラリエ=ノル=クレイオール。
時々補足していますが、セリフとしては最初に応答しただけ。
容姿の揃った5人の女性:
ベルクザン王国魔導士会所属の魔導士たち。
クラリエの部下。
アリエラ=ノル=バルフカガー
イイロラ=ノル=ジールケケナーリ
セリオーラ=ノル=パハーケサース
サラドナ=ノル=パーガル
チェキナ=ノル=ネヒンナ
『ノル』というのは、魔導士に登録され、元の家の継承権を
放棄したという意味で付くものです。
継承権を放棄していない魔導士も存在します。
今回、口を開かずに席に着いています。
ちなみに、お茶の葉はタケルが提供した食料にあったもの。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。