4ー053 ~ 善意
テンちゃんと一緒に中庭小屋に戻ると、暇そうにソファーに凭れていたロミさんが手のひらの上に浮かせてくるくる動かしていた土球をやめてテーブルの上の灰皿のような浅い箱に置いて立ち上がった。
その箱は、その訓練をする時に、残った球を入れておくために用意してあるものだ。以前からちょくちょく話には出ていたと思うけどね。
再利用してもいいし新たに作ってもいいけど、球体だともし転がっていって踏んだりすると危ないのでそういう箱を用意しているってわけ。
- ただいま戻りました。
「おかえりなさい」
軽く目線で会釈をして給水器の前に来た。ロミさんはテンちゃんが座るのを待ち、テンちゃんはテンちゃんで俺の隣に座るために待っているようだ。
俺は自分のぶんを汲む前に、汲んだコップをテンちゃんに手渡した。
- あ、ロミさんもいります?
「お願いするわ」
両手にひとつずつ汲み、ロミさんの前に置き、俺も向かいに置いてから座った。テンちゃんもその隣に置いてから座り、俺に寄り添った。
- 一応ロミさんにも知っておいてもらったほうがいいと思ってお話しますね。
と、前置きをしてロミさんが頷いたのを見て、今日の顛末を簡単に端折りながら話した。
ロミさんはふんふんと相槌を打ちながら、驚いたり呆れたりしつつも言葉を挟まずに聞いてくれた。
「やっぱりクリスは操られていたのね…」
最後まで聞き終えてから、両手で持ったコップを見つめ、小さくそう言った。
期間が何十年と空いたりしていたけど、ロミさんはクリスさんを知っているし、ほぼ同時にこの世界に来て、しばらく『勇者の宿』で暮らしていたし、やはり多少は気にかけていた部分もあるんだろう。
俺は、そうですねとも何とも言い難い雰囲気を感じ取ったので何も言えず、前に置いたコップを手にとって少し残っていた水を飲み干し、立ち上がって給水器でおかわりを汲んだ。
汲んでから尿意を覚えたのでコップを置いてトイレに行った。
戻るとロミさんは自室に割り当てられている部屋へと行ってしまったようで、ぽつんとテンちゃんだけがソファーに居た。
そして俺と入れ替わるようにテンちゃんもトイレに行き、戻ってくるなり言った。
「其方は忘れておるようじゃが、そろそろお昼なのじゃ」
- あ、そうですね。じゃあ準備します。
リンちゃんが居ないんだった。俺がやらないとね。
昼食の間もロミさんは微笑んでいるだけで、『これも美味しいわ』ぐらいは何度か言ったがロミさんから話題が出る事は無かった。
俺としてはもうちょっといろいろ言われるだろうと予想していただけに、肩透かしを食らったような気分だった。
それと、ハルトさんへの不満もまだ燻っているわけで、しかし俺からそういう話をロミさんに言うのも何だか違う。
それで仕方なく、今食べている料理や食材の話をしたんだが、困った事に俺は名称を知らない。
おそらく同じものであっても、ロミさんが知っている食材の名前と、ホーラードや光の精霊さんでは名称が異なるだろうから、結局大まかに『芋』、『豆』、『野菜』、『肉』、『魚』としか言えないし、元の世界の食材名+『っぽいもの』と言うぐらいになってしまう。
それすら時代が異なるので、ロミさんの当時日本に入って来ていなかったり、カタカナの名称では無かったりした。
それでもそれなりに、テンちゃんも交えて、そんなgdgdな話を食後の休憩にもした。
午後は特にする事も無かったので、魔力操作や感知の訓練というか、今まで川小屋などでサクラさんやネリさん、メルさんたちとしていた事や、シオリさんも交えて魔法属性の話をした事などを、かいつまんで伝えたりしながら過ごした。
●○●○●○●
翌日。
結局リンちゃんは帰って来なかったようだ。
いつもならリンちゃんに起こされたり、メルさんが居た頃ならメルさんが訓練しますよと言って起こしに来たりしてたけど、自然に起きた時間は、そろそろ朝食を用意しないと遅くなりそうな時間だった。
身支度をして、冷蔵庫を物色して朝のメニューをさっと決め、シチューをチンしている間にサラダを用意してパンを切って炙ったり燻製の薄切りをフライパンで焼いたりしていると、身支度を終えたロミさんが無表情で階段を降りてきた。
「まぁ♪、いい香りだわぁ、あら、タケルさんが作ってたのね。うふ」
食卓に近づいてくると無表情が笑顔になり、対面キッチンのところに肘をついてそんな事を言った。いいけどその『うふ』ってのはどういう意味なんだろうか。
でも昨日の少し沈み気味だった様子は無くなっていたので安心した。
まぁ、俺もちょっと気分的に変だったからね。
お互いに無理やりって程じゃないけど、他の事をして気分を紛らわせているようなところが少しあったように思う。
そういうのを感じ取っていたんだろう、テンちゃんは魔法の話であってもあまり発言をせずに見守ってくれていたんじゃないかな。たぶん。
- おはようございます。もう少しでできますので座って待っててください。
ちらっと見て挨拶をした。だって急かされているわけじゃないけどそう注視されるとやりづらいじゃないか。だから座って待ってて欲しいんだけど。
「ええ。あら?、二人分なの?、リン様とテン様は?」
伝わってるだろうに、軽く流されてしまった。
- リンちゃんはまだ戻ってませんし、テンちゃんはまだ寝てるみたいなので…。
「そう。タケルさんは今日、用事があるの?」
- 一応、この後すぐクリスさんたちの様子を見てこようと思ってます。不安でしょうし。
「まぁ、優しいのね、ふふっ」
- そういう訳では無いんですけどね…。
実は、不安なのは俺の方でもある。
逃げたりはしないと思う。大丈夫とは思うけど、万が一自害されたりするのも困るというか何と言うか。だから昨日ハルトさんに聞いた事とか、まぁそのままじゃなくちょっと言い方を変えて、彼女たちが受け入れやすいように工夫はするけど伝えようと思うんだ。
「ふぅん…、あ、それ私の分でしょ?、持って行くわ」
- あっはい、どうぞ。お茶はちょっとわからないんでそこの給水器ので我慢してください。
いつもならリンちゃんが用意してくれていたのを俺のポーチから取り出すんだけど、リンちゃんは今、光の精霊さんの里なので、距離が開きすぎていて接続が断たれてるんだよ。
そしてロミさんと向い合わせに座って普通の朝食を摂った。
ロミさんは『こういうのもいいわねぇ』と、美味しそうに食べてくれた。
- 手間をかけず簡単に作っただけなので、お口に合ったなら良かったですよ。
「まあ、このシチューはかなり手間が掛かっていると思うのだけど?」
- あ、それは作り置きを温め直しただけなんですよ。
「そうなの?、それにしては出来立てのようよ?」
- そこらへんは設備がいいせいですよ。今朝僕がしたことは野菜をちぎってパンや燻製を焼いただけですから。
「謙遜では無く?」
- はい、僕も起きたのはついさっきでしたからね。大した事ができる時間が無かったんです。
「うふっ、それでもこんな朝食が用意できるのだから、大したものだわ」
口元を片手ですっと隠して笑ってから、改めてにこっと笑顔で言ってくれた。
やっぱりこういう仕草を自然にできるロミさんはすごいと思う。
- そう言ってもらえると幸いですよ。
「昨日の話だけど改めて考えてみると、水の精霊様であるアクア様に光の精霊であるテン様にリン様、クリスの剣に宿る精霊様に、お迎えに来られた風の精霊様、まるでおとぎ話みたいな事が次から次へと起きてしまうのね、タケルさんには」
- ええ、まぁ…。
俺が望んだわけじゃないんだけどね。
「この間、タケルさんと居ると退屈しないと言ったけれど、信じられない事ばかりで話を聞くだけだったなら信じていなかったわ」
- それは、ロミさんにも言える事ですよ?
「そぅぉ?」
意外だったのか、目を少し大きめに開いて小さく首を傾げた。
何と言うか、自分を魅力的に見せる仕草を自然にやっちゃうんだよなぁ。
今はこうして普通に応対できるけど、元の世界に居た頃だったらイチコロだった。
- はい。ちょっと言い方が良く無いかも知れませんけど、
「いいわよ?」
- 駆け落ちからひとつの国をまとめ上げた。ここまででも童話やおとぎ話です。さらに現状、どこの国よりも経済的、科学的に進歩しているじゃないですか、アリースオムって。そんなの聞いただけでは信じられませんよ?
「信じるかどうかは読んだ人次第だけど、私の物語はホーラードから出ているはずよ」
- はい。でも現状のアリースオムの話はありませんよね?
「そうね」
- なら、おとぎ話の先を現実に歩んでいるわけですよ。
「そう言えるかも知れないわね」
- ほら、方向性は違いますが同じようなものじゃないですか。
「なるほど。そういう見方もできるわね、ふふっ、方向性ね、確かに私のほうには精霊様は登場しないわね」
- それはまぁ、そうですね。
そんな話をしつつも朝食を終えると、テンちゃんが部屋から出てきた。
- あ、テンちゃんおはよう。
「おはようございます」
「うむ、おはようなのじゃ。もう朝食を終えたのか?、何だか仲間外れではないか?、起こしてくれてもよかったのじゃ…」
ああ、そういえばテンちゃんもリンちゃんが起こしてたんだっけ。
- たまにはのんびり眠っていてもいいかなって思って起こさなかったんですよ。
「そうか。それで私のぶんは…?」
- ありますよ、席に着いてて下さい。温め直して持ってきます。
こくりと頷いてまだ眠そうな様子で席に着くテンちゃんを見て、微笑ましく思いながら台所へと行き、ささっと温め直して持って行った。
「いただきますなのじゃ。ん?、其方は座らないのか?」
両手を合わせて言ってからナイフとフォークを手にし、ふと気付いたように言った。
- うん、ちょっとあのひとたちの様子を見てこようと思ってね。
「そうか。其方らしいのじゃ」
- まぁ昼までには戻って来ますよ。
「其方をひとりで行かせたとあってはまたリンにあとで文句を言われそうではあるが…」
- テンちゃんが一緒だとまたアレですし、ロミさんと行くのも何か違いますから…。
「アレとはあの姿のことか?、其方はあの姿が気に入らないのか…?」
- 違いますって、テンちゃんがあの姿だと普通のひとは魔力放出に耐えられないって意味ですよ。
「あの姿って?」
- 本来の、大人バージョンの姿の事ですよ。
「え?、テン様の本当のお姿ですか?」
- あ、いや説明がややこしいんですけど、今の姿も本当の姿ではあるんですよ。
もぐもぐ食べながらうんうんと頷くテンちゃん。
「私にも耐えられそう…、ですか?」
- おそらくは無理かと。サクラさんとネリさんとメルさんは、前でリンちゃんが受け止めて護っていたにも関わらず30mぐらいの距離で倒れそうになってましたから。
「そんなにすごいの?」
- ええ。だから試そうなんて思わないで下さいね?、じゃ、そろそろ行ってきます。
「うむ」
「いってらっしゃい」
ふたりがそう言うのを聞いて入り口の垂れ布をちょいと手で除けて外に出た。
中庭から飛び立とうとすると昨日と同じように砦のハムラーデル側上空に魔力が渦を巻いたのを感知した。
まさかもうウィンディの教育が終わったなんてことは無いよな?、なんて思いながら、そっちへ迎えに行かなくちゃいけないか、と、いつもの飛行魔法をしようとしたらその上空の魔力がこっちに曲がって降りてきた。
前回と同様、細い小さな竜巻が派手な色を混ぜて飛んでくるのが見える。
どうやらこっちに直接来るようだから待ってればいいか、と、目で追いながら少し佇んでいると、程なく目の前にふわっと、例の踊り終わりのような横回転着地ポーズでファーさんが到着した。背中に背負子のような構造物を背負っていて、布に包まれた荷物が括り付けられていた。
昨日もそうだったけど、風の結界のようなもので包んで飛んでいるみたい。なのに着地時に発生する周囲への影響は、ふわっと風が舞う程度なんだよね。すごいね。結構複雑でよくわからない部分が多いから簡単にはマネができそうに無い。
「あ、旦那様昨日ぶりです。実はヴェントス様にしばらく妹の代わりに旦那様のお世話やお手伝いをするよう言われましてですね、ファーがあちらには光の姫様や御方もおられるのでファーごときが――」
え?、いま何て?、何か重要な決定事項みたいなのをさらっと言われたような…。
「――従者としてお役に立って来いとお二方にもよろしくお伝えするようにとも言われました、その姫様はまだお戻りではないようですが、あっこれお土産ですどうぞ」
揉み手をするような卑屈さを感じさせる笑顔で、と言うとちょっと語弊がありそうだけど、営業的な笑顔よりは媚びてる感じかな、そんな笑顔ですすっと背負っていた背負子を下ろしつつ近寄り早口で言われ、手早く結わえていた紐を解いて、ひょいっとあまり重さを感じさせずに彼女がその大きな包みを差し出した。
- あっはい、どうも。
つい受け取ってしまったじゃないか。って、重っ…。何だこれ、めちゃくちゃ重いぞ?、中に鉄アレイでも入ってんじゃないか、ってぐらい重い。ずっしりしている。急いで少し身体強化をし、抱えながら布の端を摘まんでそのままポーチに突っ込もうとした。
「中身のご確認はされないのでございますか…?」
いや、いまから出かけるところだったんだよ。だからあとで確認しようかって思っただけなんだが、それを言おうと彼女を見ると、俺が口を開く前に続けて言われた。
「そうですよねファーごときがご迷惑でしたよね喜んでいただけるなんて思って頑張ったんですがそうですよねファーごときが持ってきたものなんて重いですし軽く扱われても当然ですよねお邪魔ですよねご迷惑ですよね…」
どんより曇った表情でぶつぶつ言いながら落胆しはじめた…。
重いですし軽く扱われてもって何だか妙な表現だけど、これは面倒な精霊さんだなぁ…。
- あ、いやその、確認してもいいんですか?
「はいそれはもちろん!どうぞご覧ください――」
ぱぁっと目に輝きが戻った。相変わらずの変化速度だ。
とにかく台が無いとな、床に置くわけにもいかないしと、ちょいと横に台を作って置いた。しっかり結わえられていた紐を解こうと、どこから解けばいいかと見回したらすぐに蝶結びのような箇所が見つかったので解きはじめた。
ファーさんが斜め後ろで話し続けている。
「――いやー何がいいかちょっと悩みました。でも甘いものなら喜んで頂けると思いましてですねファーも好きですし万が一受け取ってもらえなくても持って帰ればいいかなってヴェントス様の食糧庫からそこで働いてる者らの目を盗んでこっそり持ってきたんですよー」
すすっと外側の包みを広げるとさらに5つの包み。それらはただ布で包まれているだけだったので上に乗っているひとつを横に置き、その布を取るとしっかりしたガラス質の壷だった。そりゃこの大きさで中身も入ってるんだから3kgぐらいになるだろう。それが5つだから15kg以上あるわけだ、重いわけだよ。
壷の外側には大きく何かの文様が描かれている。蓋には細かい木目が直線模様になっていて密度が高そうだ。ってとこで不穏な言葉が聞こえたのでぎょっとして振り向いた。
「普通の食糧庫にあれば良かったんですけどそんなの進呈するなんてできませんからね、やっぱりここは高級品だと思いまして――」
それ、得意げに言ってるけど……
「――ヴェントス様専用宝物庫ならいいものがたくさんありますからね、これがなかなか大変でして城内では緊急時以外は飛んだりしちゃダメなんですが今回は重大な御役目で緊急任務ですから――」
え?、今『宝物庫』って聞こえたぞ?
「――感知結界を解除しセンサーを切り掻い潜って忍び込むのが大変でしたがやりとげましたよ!」
盗んで来たってことだよね?
何やり遂げたぜ褒めて褒めてって投げた棒でも拾ってきた犬みたいな顔してんだよこのポンコツ精霊…。いや、有能だからこそそんな事ができたんだろうけど。
だいたいさ、そんなの俺に言うなよと言いたい。俺としては盗んで来たって知らなければ善意の第三者でありがたく受け取れるんだよ。いやこの考えもちょっとどうかと自分では思うけどさ。
その場合でもあとで知ったなら、こっちから対価を支払ってるわけじゃないんでもちろん返却すると思うけど。善意ですよ善意。
しかしこれどうすりゃいいんだよ…、風の精霊の長みたいな精霊さんだよね?、そのヴェントス様って。絶対お怒りでしょ。
俺が盗んで来いって言ったわけじゃなくても、知ってしまったら返して来いって言うのが普通で、ファーさんは善意でやったつもりなんだろうけど、俺まで頭下げに行かなくちゃいけないんじゃないか?、これ。
と、これをコンマ何秒と掛からずに考えて、結局どうすればいいのかこの一瞬では思いつかずに、口は半笑いの形、眉間には皺、という結構複雑な表情してるなと我ながら気付いた。
「何じゃ、ひとの朝食を騒がせるで無いのじゃ。うるさいのが居ない貴重な朝なのじゃ、ゆっくりさせるのじゃ。んぉ?、何じゃヴェスターの使いではないか。道理で外が騒がしいと思ったのじゃ…」
そこに食事もそこそこに、あ、まだ途中なのか。我らが救世主、とまでは言わないけど、テンちゃんが入り口の垂れ布をちょいと寄せて登場。
「…中に居られたのですよね?、ファーが来た事に気付かれなかったのですか…、ファーってそんなに存在感無いですか、これでもヴェントスファミリーでは上から数えられるぐらいなんですけど…がくー…」
がくーって口で言うなよ…、でもそうだよね、当然ながら魔力を解放したりなんてしていない。一般の人種でも平気なぐらいにちゃんと抑制してて周囲に迷惑が掛からないようにしてくれている。それでも今まで俺が出会った事のある精霊さんたちで言うと上位に入るだろう魔力量を感じ取れる。
「騒がしいのじゃ、おぉ?、それはもしや妖精布か?、壷に刻印、中身は妖精蜜か!、これは素晴らしい手土産なのじゃ!、よくまぁあのヴェスターがのぅ、見直したのじゃ、はっはっは、吾も久しぶりなのじゃ、」
話した事のある範囲で言うと下の方になっちゃうけど、それは光の長であるアリシアさんをはじめ、比べる対象が凄まじいのが問題だ。
リンちゃんほどは無いけど、モモさんよりは確実にあるね。母艦にいたファダクさんといい勝負するんじゃないかな?、何となくだけどそんな感じ。
だからファーさんは結構凄い風の精霊さん。の、はずなんだけどなぁ、そう思えないのは…、うん、言わぬが花だね。
しかしテンちゃんのご機嫌が急上昇したなぁ、それほどのものなんだこれ。
- 妖精蜜?
「ん?、うむ、風の者らは妖精種を従えておっての、ほれ、このような布を作らせたり花の蜜を集めさせたりしておるのじゃ」
遮るつもりじゃなかったんだけど、つい鸚鵡返しに思ったのが声にでていたようだ。
テンちゃんはその俺の呟きを拾い、台の上の壷や布を手で示して解説をしてくれた。
- へー、んじゃこの中身って蜂蜜みたいなもんなの?
「「とんでもない!」です!すみませんごめんなさいこの通りです」
テンちゃんとファーさんが同時に大きめの声で否定した。直後にファーさんは三つ指土下座状態に。何て素早い…。
「ああよいよい今のはタケル様が悪かったのじゃ」
安易に一緒にするなってことですね。
- あ、知らなかったんです、すみません。
「仕方無いのじゃ。蜂蜜には蜂蜜の良さもあるが、妖精蜜は魔力成分も多く理想的なのがまず大きな違いなのじゃ。そして蜜自体の味は天上の甘露もかくやという程であり、中でもヴェントスの印は最上のものにしか刻印されない高級品なのじゃ」
- そうだったんだ…。
そりゃ『宝物庫』にあったってのも納得だ。
「ヴェスターの使いよ!、吾が殊の外喜んでおったと伝えるが良いのじゃ、これはしばらく愉しめそうなのじゃ!」
「ははっ!、ヌル様にお喜び頂けて光栄にございます!」
いあいあ納得してちゃダメだ。
うむうむと壷をひとつ包み直して大事に抱え、持って行こうとするテンちゃんの肩をがしっと掴んで止めた。
- テンちゃん、
「何じゃタケル様、これだけあるのじゃ、ひとつくらい良かろう?」
- これね、ファーさんが宝物庫から勝手に持ってきちゃったみたいなんだ。
「……な…、」
目を丸くして絶句するテンちゃん。
ああうん、気持ちはわかるよ?
- だからこれは返さなくちゃダメ。
と言ってテンちゃんが抱えている包みをそっと取り上げて台の上に置き直した。
「… … … …」
抵抗はしなかったけど、名残惜しそうに壷の包みを見て、正座状態から頭を下げていたファーさんが手をついたまま顔を上げたのを見て、また壷の包みを見て…、と、口を微妙に動かしながら、2往復したところで目尻から涙が溢れた。
- て、テンちゃん?
テンちゃんの魔力が何とも言えない静けさになったのを感知し、急いでテンちゃんの頭を抱きかかえた。
- 落ち着いて、勘違いしちゃったのも仕方ないよ、目の前に好物を手土産だって並べられてちゃ舞い上がるなってのがどうかしてるんだから。
静かに泣くテンちゃんを宥めて撫でてと何とか落ち着かせようと必死だった。
こんな場所で昨日みたいに魔力の嵐なんて起こされてはこの砦に居るハムラーデルの兵士さんたちに死人が出る。
そして悲壮な雰囲気で顔面蒼白になっているファーさんに気が付いた。
- ファーさん、元あった場所に返して来て。それとヴェントス様に僕からもお詫びの言葉を伝えて。
「……あ、あの…」
- 急いで!、ヴェントス様に返して謝って、ちゃんと報告しに来て!
「はいただいま!」
ちょっと強めに言うとてきぱきと布包みを縛り直し、背負子に手早く結わえて背負い、風を纏って飛び立って行った。
はー、もうほんと、どうしてこうなった…。
俺はテンちゃんを抱えて撫で続けながらため息をついた。
ふと見るとテンちゃんはとっくに泣き止んでいて、俺の腰と背中に手を回してしっかり抱きつき、俺の胃のあたりに目元を押し付け、その豊かすぎる胸部も押し付けて鼻息が荒くなっていた。
撫でていた手を止めると耳の先が赤い。
そんな場合じゃないけど、気づいてしまうとヤバい。このままでは不本意だけど身体が反応してしまいそうなので、両肩を持ってぐっと離そうとしたが、思いのほかテンちゃんがしがみついていてなかなか離れてくれない。
- テンちゃん、僕の予想では、もしヴェントス様がまともなら、あの妖精蜜の壷、ひとつくらい分けてもらえるんじゃないかな。
言うと上気した顔をさっと上げた。
- 落ち着いてくれないと、もし貰っても、遠慮して返してしまうかも知れないなー…。
「ふ、風呂に行って頭を冷やしてくるのじゃ…」
すすっと離れてさっと小屋に入って行った。
はー、助かった。もうちょっと続けられたらまずかった。
身長差のせいで、あたる位置が位置なんだよ…。ちょっと反応しかけてたし。
どこがってまぁいいじゃないか。
しかしどうして出発前にこうも疲れる事が起きるんだろうね?
まぁ、考えても答えなんて出ないんだろうけど…。
俺は、そんな思いを振り払うようにひとつ深呼吸をしてから、クリスさんたちベルクザンのひとたちが待機している場所へ向けて飛び立った。
次話4-054は2021年04月02日(金)の予定です。
20210326:変なので訂正。 用意したおいた ⇒ 用意してくれていた
誤字訂正。 絶たれて ⇒ 断たれて
訂正。 迎えに行かなくちゃいけないだろうな、 ⇒ 迎えに行かなくちゃいけないか、と、
20220206:何と国名を間違えていたので訂正。 ホーラードの兵士 ⇒ ハムラーデルの兵士
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
最近入浴描写が無い、また今回も無かった…。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
前回魔力を与える行為はどうのと注意されていたにも関わらず、
落ち着かせるために無意識にやっちゃってしまったせいで…。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
今回名前のみで出番無し。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンの姉。年の差がものっそい。
勘違いで舞い上がったのが恥ずかしくて、涙をこぼした。
怒るに怒れない状態だったのを爆発寸前だとタケルがカン違いし、
魔力をがんがん注がれてしまった。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
今回名前のみで出番無し。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
ウィンディ:
ウィンディ=ヴェントス#&%$。
クリスが使っていた嵐の剣に
宿っていた風の精霊が名付けによって自我を確立したもの。
しばらくは教育のため、ヴェントス様の下へ行った。
ファーの妹という意味でその呼称だけの登場。
ファーさん:
ゼファーリィ=ヴェントス#$%&。
風の精霊。
有能だけどポンコツ。
今回は迷惑を運んで来ました。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回名前のみの登場。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。
ゆえに今回もまた出番無し。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
いろいろと複雑な思いがあるようです。
でも立場があるので抑えてます。
多くを察していて、それができるひと。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
黒鎧には意識が封印されている状態。
その鎧が壊れかけているため、思うように動けない。
今回は名前のみの登場。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回も出番無し。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
外国から見ると、それぞれの王族はトルイザンの王族とも言えます。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
アリザン王国:
アリザンはイアルタン教ではない精霊信仰で統一されている国です。
他教を許さない宗教ですが、例外的に、
同じ教えが多くあり、経典が同じイアルタン教の存在を許しています。
ゆえに、イアルタン教の勇者であり古参のハルトに対しては、
尊敬と信頼があります。
ベルクザン王国:
宗教はいくつもあって、複数所属してもよいという国。
そのせいで、アリザン王国から目の敵にされています。
ゴーンザン王が病床に就いていたため、規定によりベルクザン王が
2期連続で首相となり統一王の肩書きをもつ事となった。
アリザンはその意味でも不満をもっていた。
おひい様と呼ばれる女性:
ベルクザン王姉。ヒースクレイシオーラ=クレイア=ノルーヌ=ベルクトス。
彼女たちとひっくるめて登場したが出番無し。
クラリエ:
ベルクザン王国、筆頭魔道師。
クラリエ=ノル=クレイオール。
同じく、彼女たちとひっくるめて登場したが出番無し。
容姿の揃った5人の女性:
ベルクザン王国魔導士会所属の魔導士たち。
クラリエの部下。
アリエラ=ノル=バルフカガー
イイロラ=ノル=ジールケケナーリ
セリオーラ=ノル=パハーケサース
サラドナ=ノル=パーガル
チェキナ=ノル=ネヒンナ
『ノル』というのは、魔導士に登録され、元の家の継承権を
放棄したという意味で付くものです。
継承権を放棄していない魔導士も存在します。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。