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4ー051 ~ 預かった剣

 戻る途中、空中で止まってテンちゃんに元通りの小さい姿に戻ってもらった。

 そうしないと今度はハルトさんたちの砦で大惨事になるからね。


 「其方は大きい姿のほうが好みなのではないのか?」


- 今の姿も可愛くて好きですよ?


 「……そ、そうか」


 一瞬間があいたが、言葉だけは素っ気なくそう言いつつも俺にむにゅーっとじゃなくてむぎゅーっと抱き着いて脇腹に顔を押し付けた。

 くすぐったいけど我慢しよう。小さい姿ならあまりドキドキしないし。胸だけはすごいけど。


- じゃ、行きますよ。


 と、返事を待たずに移動を再開した。






 砦の中庭小屋に到着すると、リンちゃんも既に戻っていたようで、着陸する直前に入り口の外に出てきた。ロミさんは中にいるようだ。


 「おかえりなさいませ、タケルさま、お姉さま」

 「うむ」


- ただいま。


 「お渡ししたペンダントの反応が消えていたので心配しました」

 「う…」


 テンちゃんが俺の後ろにさっと隠れた。

 それにちらっと目線を動かしてから戻すリンちゃん。


- ああそれなんだけどね、ちょっと事故みたいなもんで、壊れちゃったんだ、ごめん。


 「そうですか、どうせお姉さまが魔力を暴走させたとかそんなところでしょう」

 「悪かったのじゃ…」


- あの、わざとじゃないんだよ?


 そう言いつつポケットから取り出してリンちゃんに渡した。

 受け取ったリンちゃんはその手のペンダントをつまらなさそうに見て言う。


 「はぁ、そうでしょうね。仕方ありませんよ、お姉さまですから。ところでその腰の(モノ)は?」


- あ、これね、クリスさんから預かってきたんだ。ハルトさんに確認してもらえばいいかなって。


 「お姉さま?、タケルさまに言わなかったんですか?」

 「言おうと思っておったのじゃ」

 「ボケても仕方ないと思いますけど…」

 「ボケておったのでは無いのじゃ、年寄扱いするで無いのじゃ、ただちょっと、言う機会が無かっただけなのじゃ」

 「そうですか、タケルさま、それ精霊が宿ってますよ?」


- え?、あ、うん、剣に聞いたから知ってるよ?


 「え?、そうなんですか?」

 「あ、対話しておったので言う必要が無かったのじゃ」

 「やっぱりボケてません?」

 「ボケてはおらんのじゃ、いま思い出したのじゃ」


- まぁまぁ、なのでちょっとハルトさんの所に行ってくるよ。


 「私も行くのじゃ」

 「あたしもお供します」


 と言うが早いか両側から俺の腕をとった。

 まぁ別にいいかと、ふわりと中庭の入り口へと飛び、ハルトさんの居る砦の会議室と言うか作戦室だろうね、そこへ向かった。







●○●○●○●






 作戦室のハルトさんと幹部らしいひとたちはとても忙しそうで、多くのひとが出入りをし、それぞれの塊ごとに指示などが飛び交い、ざわざわとした喧噪めいた様相だった。


 入っていいのかちょっと躊躇(ためら)うね、これは。


 漏れ聞こえてくる声には、斥候隊が先行しているとか、馬車の通行がどうとかそんなだった。

 商人たちと同行してとも聞こえたので、戦闘などに関する事では無さそうだった。


 意を決して出入りするひとたちが一瞬途切れた隙に潜り込み、人々の間を縫うようにして作戦台のところにいるハルトさんの所へと向かった。リンちゃんとテンちゃんも俺の後ろにぴったりついてきた。


 前も言ったと思うけど、ハムラーデルのひとたち、特にここに詰めてる兵士さんたちって、皆俺よりでかいんだよ。体格もがっしりしてるひとだらけだしさ、何か自分が小さくなった気がするんだよなぁ…。


- ハルトさん、ただいま戻りました。


 「おお、タケル殿。して、首尾は?」


 しゅび?、ああ、首尾か。またえらく古い言い方だなぁ、耳慣れないから何かと思ったよ。


- 連れてきてはいませんけど、説得には一応成功しまして、現地で待機してもらってます。


 「む?、捕獲してはいないのか?」


 笑顔が消えたし。そんなしかめっ面をしないで欲しいんだが…。


- 大丈夫です。信用してもらっていいですよ。逃げたりはしませんしできない状態ですから。


 「そうか。タケル殿がそうまで言うのであれば信じよう」


- ありがとうございます。それで、何かあったんですか?


 「いや、別に大した事では無いのだが、しばらく雨続きで移動が制限されていたため、砦の食料の備蓄が底をつきかけているのだ。それで(ようや)く放っていた斥候隊が戻り、通れる状態の道がいくつか確認されたので、商人たちと共に糧食を調達する手配をちょうどしていたという次第だ。一度にやればこうなる事は予想していたんだが、全員が薄々危機感を持っていたため、予想以上に混乱しているだけだ。すぐに収まるだろう」


- なるほど、タイミングが悪かったですね、出直しましょうか?


 「いや、それには及ばない。(むし)ろ別室で話したほうがいいか?」


 んー、どうしようか、アリザンとハムラーデルの戦争がどうのって話になるし…、あ、ロミさんから言われてハルトさんが手配してたよね?、カエデさんも王都へ連絡しに行ってるし。


- あ、例の、トルイザンの陰謀でアリザンとハムラーデルが戦争状態になりそうだって話は、もう皆さんに?


 「ああ、それを含めて糧食を集め、近隣の村落へ呼び掛けるためにこうなってる」


 手を動かして周囲を見回しながらそう言った。


- なるほど、じゃあ特に隠す情報でもありませんし、ハルトさんだけに伝えても二度手間になりますから、聞こえてしまっても構いませんよ。


 「そうか、では聞こう」


 そしてハルトさんとその周囲のひとたちが耳を傾けるのに、俺はトルイザンの彼女たちが言っていた事を話した。


 「そうか…、概ねロミが予想した通りだな」


 宗教絡みの部分、トルイザン王国内の事やアリザンとの確執の部分以外はね。

 さすがにそこまでロミさんは言わなかった。もしかしたら知っていたかも知れないけど。


- そうですね。


 「であれば俺たちのする事に変更は無い。それでその、黒鎧だが…」


 と、水を向けられたので、黒鎧がクリスさんの意識を持っている事などをかいつまんで話した。


- それで剣を預かってきたんですよ。これがハルトさんの言ってた『嵐の剣(テンペストソード)』で間違いありませんよね?


 そう言って腰の剣帯を解き、ハルトさんに差し出した。


 彼女たちもクリスさんも認めてたし、確定なんだけど、一応証拠としてハルトさんに確認してもらえば、話の信憑性(しんぴょうせい)が上がるだろうって意味だ。

 それ以上のものじゃないけどね。


 「む、抜いて確認するがいいか?」


- どうぞ?


 「うむ」


 ひとつ頷き、留め具を外して柄を握り、抜こうとしたハルトさんだが…。


 「抜けんぞ?、これは力任せに抜いてもいいのか?」


- え?、ちょっと待ってください。言い聞かせますんで。


 「何?」


 俺が差し出した手に、聞き返して疑問を表情に出しながらも渡してくれるハルトさん。

 気持ちはわかるよ?

 そう思いながら、柄に手を添え、宥めるように撫でながら言った。


- 気に入らないかも知れないけど、ちょっと確認してもらうだけだから、我慢してくれないかな?


 ふるんと返事をするかのように小さく揺れたので了承したんだと思う事にした。縦揺れだったからね。


 周囲の視線が痛い。そりゃ客観的に見れば何をアホな事やってるんだあいつはって思われても当然だってわかってる。わかってるんだよ。


- はいどうぞ。


 と、ハルトさんに差し出した。


 「今のでいいのか?」


 戸惑いつつも受け取るハルトさん。

 周囲で『プ』とかくすくす笑いが出てもおかしくないけど、皆さんそんな事をせずに見守ってくれている。

 こういうのを、生温かく見守るって言うんだろうね…。居心地悪いけど、笑われるよりはいいか。


- はい、抜けると思いますよ。


 「そ、そうか…、おお、抜けた…、こうしてじっくり見るのは初めてだが、美しい剣だな…」


 剣がきらっと一瞬輝いたように見えたけど、魔力的な変動は無かったので、たぶん天井に吊るされている灯の魔道具の光を、ハルトさんが剣の角度を変えたせいで反射しただけだろう。


 「確かにこれは、俺が知る『嵐の剣(テンペストソード)』だ。では黒鎧は本当にクリスだったのか…」


 そう言って肩を落としながら剣を鞘に納め、作戦台の上にそっと置き、留め具を留めた。

 俺は、クリスさんの意志でした事では無い事、俺たちが説得した時までほとんどクリスさん自身の意識が無く、人形のように操られていただけだった事を話した。


 「そうだったのか…、俺は何も気付いてやれなかった…」


- ハルトさん、気付いたとして何かできました?


 「それは!、わからんだろう、何かができたかも知れんではないか」


- そうですね。でも当時のハルトさんって魔法関係は…。


 「ああ、そうだな。それに今では魔導師隊もあるが、当時のハムラーデルはあまり魔導師を重用していなかったな…、トルイザンでは俺の影響力も無かった、クリスのおかげでトルイザンとのつながりができた時期だった…、そうだな、俺に何ができたとも思えんな。タケル殿の言う通りだろう」


- それなら、ハルトさんは悪くないですよ。


 「え?」


- そりゃクリスさんの相談に乗ったり、話を聞くぐらいはできたでしょうけど、ハルトさんだって各国を巡っていたんでしょう?、クリスさんの問題は、トルイザンの問題なんですから、所属しているクリスさんがどうにかしなければならない問題だったんですよ。


 「…そう、だな」


- だったらハルトさんに責任はありません。気の毒だったと思うぐらいでいいと思いますよ?、冷たいようですけど、そんなに背負うこと無いですよ。


 「ふっ…、タケル殿がそう言うなら、そう思う事にしよう」


- あ、大先輩にすみません。


 「いや、いいさ。俺を気遣ってくれたのだろう?、感謝するさ。ところで先ほど剣に言い聞かせていたが、これはクリスの剣だろう?、どうしてタケル殿がそこまで手懐けられたのだ?」


- あー、現地でこういう事がありまして…。


 と、クリスさんから剣を預かった時の顛末を話した。


 「え!?、タケルさまその剣から魔力を吸い上げたんですか?」


 するといつもの定位置、左後ろに控えていたリンちゃんから驚いたように言われた。

 急だったんで俺もびっくりした。


- え?、あ、うん、ちょっと脅したつもりだったんだけど、ダメだった?


 「…ダメではありませんが…」


 と、テンちゃんを見るリンちゃん。


 「少し其方に話があるのじゃ、ハルトじゃったか、悪いが隣の小部屋を借りるのじゃ」

 「どうぞお使いください」


 ハルトさんが横手の入り口を手で示すと、周囲でそれを見ていたひとたちがささっと道を空けた。


 「うむ、タケル様、行くのじゃ」


- あっはい


 リンちゃんもついてきた。

 そして狭い部屋で細長い会議テーブルに向い合わせに座った。リンちゃんはテンちゃんの隣だ。


 「どのようにしたのか、私に試してみるのじゃ」


 そう言って自然な仕草でおもむろに右手を差し出した。

 いつの間に脱いだのか差し出した手には手袋は無く素手だ。


- え?、テンちゃんの魔力を吸い取ってみろって事?


 「そうじゃ」


 言われるまま軽く差し出されたテンちゃんの手、ぷにぷにでいい感触の小さな手を取った。余談だけどリンちゃんの手もぷにぷにでしなやかなんだよ。二人とも違ったぷにぷに具合で、手を握ってると幸せな感じがする。


 あ、誤解の無いように言っておくけど、緊急時以外で俺から彼女たちの手を握るような事は無いよ?、彼女たちから手を取られる事はよくあるけどね。俺から無闇に触れたりはしないさ。紳士的にね。

 え?、お前頭撫でたり抱き寄せたりしてたろって?、だからそういうのは別なんだってば。頭を撫でるのは…、いいじゃないか、まぁ許してくれよ。






 そういやさ、どうして魅力的な女性や可愛い女の子の手に触れると幸せな感じがするんだろうね?

 もし同じように手の感触がいい人の手に触れたとか握手したりしたとしてさ、それが例えば商談成立時なら、その手の持ち主が中年男性でもそんな感じはしないだろう。仕事だからとか、義務感とか、まぁ達成感もあるかも知れないけど、そんなもんだ。


 でも好きな()と手を繋いだり、気になるクラスメイトと強制フォークダンスの順番が巡ってきたりすると、その手を繋ぐだけの行為がすごく嬉しくて幸せで、ずっと続けばなぁなんて思ったりする。


 これはどういうアレなんだろうね?


 ひと目惚れするぐらいドがつくストライクな相手の手が、がっかりするような感触だったら、その一瞬の恋心も醒めちゃうのかな。そこらへんはひとに()るだろうけど、俺なら醒めるかも知れん。感触が微妙でも好意的解釈によって変わる事もあるだろうけどね。あばたもえくぼとか言うし。


 逆に、見た目とか最初から全くどうでも良くて、義務や仕事で手を握る必要があるからしたってだけの手が、ばっちり琴線に触れるほど凄くいい感触だったらどうだろう?

 もしかしたら、ひと目惚れならぬ、ひと握り惚れってのがあるかも知れないとは思わないか?


 あ、でも見た目とか匂いとかそういうのも大事かもね。


 という事は、だよ。


 見た目は視覚で、匂いは嗅覚だし、その感触ってのは触覚なわけだ。

 味覚はちょっと無理があるから除外するとして、ああ、声で惚れるってあるんだから聴覚もだよね。


 それぞれに、好みってものがあって、それの範囲(ゾーン)に入っていれば惚れる(ストライクな)んだ。そういう気持ちが幸せに――






 「そ、そのように焦らされ手を愛撫(あいぶ)されてしまうと――」

 「ちょっと!、何してるんですかタケルさま!」


- え!?、俺今何かしてた!?


 「無意識だったのですか…?」

 「私の手を優しく揉み指で撫でながら見つめておったのじゃ」


 テンちゃんの顔が真っ赤だ。


- あ、いやちょっとテンちゃんの手の感触が良かったんで考え事してたみたい、ごめん


 「え?、ちょっと聞き捨てなりませんね、あたしの手もお願いしますタケルさま、さぁ」


- え?、あ、はい


 ぐいっと目の前に差し出されたリンちゃんの手の迫力に負けた。


 「どうですか?、お姉さまと比べて」


- あ、うん、いつも通りいい感じかな…


 「ごまかしてます?」


- え?、そんなこと無いよ?、リンちゃんの手って可愛いし俺は好きだよ?


 「ぇ…、た…、タケルさま…?」


- うん、好き。こうして頬ずりしたいぐらい


 と、言いながらリンちゃんの手の甲に頬ずりした。エロ親父みたいな絵面(えづら)なんだろうなぁ、これ。やりすぎたかな?


 「こ、これ!、其方やりすぎなのじゃ!」


 俺が軽く持ったままだった手をさっと動かしてテーブルに置き、身を乗り出してもう片方の手で俺の肩を押した。テーブルに乗った胸がむにゅっとすごかったので我に返った感じ。つい目で見てしまった。


- え?、テンちゃん?


 「見よ…」


 言われるままリンちゃんを見ると茹蛸(ゆでだこ)もかくやってほど赤くなって目の焦点が合ってない。口が半開きで微笑んでふらふらしてた。


- わ、リンちゃん大丈夫!?


 リンちゃんの手を放して両肩をがしっと掴み、少し揺らした。長テーブルの幅が狭くて良かった。


 「はっ、え?、タケルさま…?」


 赤い顔をしたままリンちゃんの目が焦点を取り戻し、目の前の俺を見つめ、そしてすっと目を閉じて顎を上げた。


 え?、これ何のポーズ?、もしかしてキスの受け待ち状態って事?、もうヤバいぐらい可愛いんだけどどうしよう?、しまった、テーブルの幅が広ければこうはならなかったはず…。


 と、戸惑った一瞬の隙に、テンちゃんがリンちゃんの後頭部をスパンと軽く(はた)いた。


 「何をやっておるのじゃ!」


 それで俺も硬直が解けたようにリンちゃんの両肩を離し、乗り出していた身を戻して席に着いた。はー、緊張した。テーブルの幅が狭かったせいだ。ハムラーデル騎士団の備品に文句を言いたくなる。


 「痛いですお姉さま、いいところなんですから邪魔しないでください」

 「いい加減目を覚ますのじゃ!」


 もう一度軽く(はた)いた。ぺちっと音がした。


 「もう、何なんですか…、あ、剣の話でしたね」

 「そうなのじゃ、それで試しに私から魔力を吸うてみよという話だったのじゃ」


 と、こっちを見る精霊姉妹。


- あっはい、では改めて?


 「うむ」


 手を軽く差し出すテンちゃん。その手をそっと取った。


- じゃ、やりますよ?、いいですか?


 「いつでもいいのじゃ」


 テンちゃんは微笑を(たた)えて俺を見ている。何だか余裕を感じさせるね。


- では。


 「む……」


 テンちゃんの笑みが消え、真顔になった。


 途中、ちょっと抵抗があったけど、同調してしまえば普通に吸い上げられた。


 「なるほど、よく分かったのじゃ、もういいのじゃ」


 目が真剣だ。ちょっと怖い。


- はい。


 「タケル様よ。其方に言っておくべき事が3つあるのじゃ。心して聞くのじゃ」


- はい。


 「まず、今後、我々精霊に対してこのような事をする場合は、必ず相手の同意を得てからにせよ」


- はい、それはもちろん、


 「タケルさま」


- はい?


 「今はお姉さまのお言葉を聞いて下さい」


- はい…。


 リンちゃんも真顔だった。なにこの雰囲気…、俺また何かやらかした?


 怖いので、とりあえずテンちゃんを見て頷いた。


 「次に、其方がその気であれば相手が抵抗しようがお構いなく魔力を吸い上げられる。これは我々にとってはその存在を脅かし、蹂躙するに等しい行為だとよく覚えておくのじゃ」


- …はい。


 そんな意味だとは思わなかった。なるほど真剣な雰囲気になるわけだよ…。


 「最後に、こ、此度は試しというかてすとであるのじゃし、私と其方はもうと、特別な関係であるからして、」

 「お姉さま」


 テンちゃんの頬が少し染まった。何が言いたいんだろうか…、まさかとは思うけど精霊さんたちにとって魔力の交換というか交感って、交歓に当たるとか?、自分で思いつつわけがわからんな。


 「んっんん(ごほん)、もちろんリンも同様の関係なのじゃ」


 うんうん、と頷くリンちゃんの頬が少し赤い。


 「つまりその、お互いに魔力を与え合う行為は、」

 「お、お姉さま!?、それも言ってしまうのですか!?」

 「し、仕方ないのじゃ、タケル様に知っておいてもらわねばならないと判断したのじゃ」

 「それはそうですけど…」


- あ、いやもうだいたい雰囲気でわかりました。とても神聖な行為という事なんですね?


 「そ、そうなのじゃ」

 「タケルさまっ」


 ふたりが同時に反応した。ずばっと言い過ぎた?、これでもオブラートに包んだつもりだったんだけど。


- えっと、とにかくテンちゃんとリンちゃん以外にしちゃダメって事ですね。


 「うむ」


 こくりと頷くふたり。


- あ……。


 「どうしたのじゃ?」


- あの時、剣に魔力をちょっと吸われたんで、それで魔力が欲しいのかと尋ねたら欲しいと言われて、後にしてと鞘に入れようとしたら素直に入ってくれなかったんですよ。


 「ふむ」


- それで脅すつもりで魔力を吸い上げたんです。あ、ちょっとだけですよ?、ほんのちょっとだけ。


 「其方…、何という事を…」

 「…タケルさま…」


 あれ?、これ、黙ってた方が良かったかな?


- やっぱマズかった…?、かな…?


 「ただの物や道具なら問題は無いんですけど、あの剣には風の精霊が宿っているというのが問題なんです」

 「うむ。其方は簡単にやっておるが、普通は相手の許可無く精霊から魔力を吸い上げるなど不可能なのじゃ」

 「でもタケルさまにはできてしまうんですから、あの剣に宿る精霊からすれば、魔力を受け取ってから与えたに等しいんです」

 「それも無理やりになのじゃ」

 「そうなんです。無理やり、その、神聖な行為をしてしまったんです」


- そうだったんですか…、済みません軽率な事をして…。


 「ま、まぁ今回は知らぬとは言えただ魔力を交感しただけとも言える。ある意味事故みたいな物なのじゃ」

 「そ、そうですね、名も無き風の精霊で良かったです」


- あ、それなんですが…


 と、さっきと同様に、ハルトさんに説明した時には端折(はしょ)ったあの時のやりとりを詳しく言ったら、途中でがたんとふたりが勢いよく立ち上がり、小部屋を出て行った。


 え、えええ?、無言で怒って出て行っちゃうほどの事なの?


 と、どうしようって戸惑っている間に、テンちゃんが剣帯ごと嵐の剣(テンペストソード)を持ってきた。リンちゃんもそれに続いている。そして留め具を外して剣を抜き、やや乱暴にテーブルの上に横たえた。


 「リンよ、やるのじゃ」

 「はいお姉さま」


 やるって何を…?


 と言っていいかどうかわからない緊張感があったので、言えずに見ている間にリンちゃんが早口で詠唱をし、剣が白く輝き始めた。


 その光が上向きの扇型にふわっと集まり、その中ほどの部分が緑色を帯びて、その光の中から白色の薄いシンプルなワンピースを着た、いや薄くて透け透けだし、纏ったという方が正しいだろう、そんな幼女…、では無いな、小学校低学年ぐらい…、女児か、その姿が徐々に剣と並行に形をとり始め、浮かんでいる。くせのない深緑の髪がさらさらと、風も無いのに煽がれてでもいるかのようにゆるやかに(ひるがえ)り、波打ち垂れさがっていた。


 リンちゃんが早口の詠唱を続けながら両手を差し出してその女児を支え、それと共に詠唱が終わった。テンちゃんがテーブルの上の剣を取って鞘に納めていた。


 その女児は重さを感じさせない様子でリンちゃんの両腕にお姫様抱っこの要領で支えられていたが、テンちゃんが剣を鞘に納めて留め具を留めるとほぼ同時にぱちっと目を開けた。くてっとしていた首に力が入り、ゆっくりと首を少し起こしてからリンちゃんを見上げた。


 「直接確かめたい事がありましたので、私、リーノムルクシア=ルミノ#&%$の名において、貴女が宿る剣から引き剥がしました。悪く思わないで下さいね」

 「はい、光の姫さま」

 「私の事はリンと」

 「はい、リンさま」

 「立てますか?」

 「はい」


 女児らしい可愛い声だった。

 リンちゃんの腕から降ろされて自然体で立った。裸足だけどまぁ今はいい。


 「其方、記憶があるのか?」


 テンちゃんが尋ねる。


 「ございます」

 「名は何と言う?」

 「ウィンディ=ヴェントス#$%&です」

 「アエル#$%&でもエオーラ#$%&でも無くヴェントス#$%&を授かったのか」

 「はい、ご主人さまからこの名前を頂いたとき、確かにヴェントス#$%&を頂きました」

 「…そうか…」

 「それ以前の記憶はありますか?」

 「はい、その剣に宿っていました」

 「はっきりと覚えておるのか?」

 「いいえ、剣を扱うのが楽しかった事と、あとはご主人さまがすごく怖かった事だけ覚えてます」

 「そのご主人様の事をどう思っておるのじゃ?」

 「大好きです!」


 目を輝かせて両手を胸元で小さな拳を作って力説するかのように言うウィンディ。

ウィンディって、やっぱり俺が剣との対話の時に、仮にと、呼びづらいからその場限りのつもりで付けちゃった名前だよなぁ…。


 「怖かったのでは?」


 リンちゃんの問いに首を振ってから言った。


 「ご主人さまのおそばにいて、すごく優しかったんです、剣に居て幸せでした」


 うっとりと思い出すように頬を染めて。


 「あ、お姉さまその鞘…」

 「ああ…、少しずつ周囲の魔力を集めておるようじゃ。魔道具なのじゃ」

 「それでですか…」


 あ、テンちゃんとリンちゃんが目を閉じて眉を寄せてる。


 それにしても俺がつけたんじゃない方のヴェントスなんとかって、精霊さんの所属を表す家門?、みたいなそんな感じなのかな、一体どこから降ってきたのかは知らないけど、名前を授かって、それを受け容れた途端、風の精霊としての基本情報がインストールされたって事か…。よくわからんが風の精霊さんのシステムなんだろう。


 とにかくそれで自意識が確立し始めると魔力が足りない事を自覚したから、柄を持ってる俺から吸収しようとしたら止められ、逆に吸い上げられて存在を脅かされたわけね。


 あ、あの時剣が震えてたのは肯定の意味を連発してたんじゃなくて、本当に恐怖に震えてたのか。脅し過ぎたって意味がやっとわかった。悪い事したな…。魔力ならあとであげるからって言い聞かせるだけで良かったのか。


 「…はぁー…」


 リンちゃんが長い溜息を()いた。


 「どうするんですか、タケルさま。この子…」


 リンちゃんがこっちを見て言う。

 ウィンディは俺を見てとても嬉しそうに笑顔になった。






次話4-052は2021年03月19日(金)の予定です。


20210313:テンのセリフを少し修正。

 (修正前) 「無意識に私の手を優しく揉みながら見つめておったのじゃ」

 (修正後) 「私の手を優しく揉み指で撫でながら見つめておったのじゃ」

20210313:誤字訂正。 後頭部と ⇒ 後頭部を

20210404:誤字訂正。 美妙 ⇒ 微妙 (まだあったのか…)



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   最近入浴描写が無いねー


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   また増えたのか…こいつめ。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   溜息をつきたくなる気持ちもよくわかるね。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンちゃんの姉。年の差がものっそい。

   呆れるやら何やらって気分なんでしょうか。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   今回登場せず。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   剣を精霊姉妹がすごい雰囲気で取りに来たので驚いたらしい。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、

   ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使いで走ってます。

   ゆえに今回もまた出番無し。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   今回は名前のみの登場。

   すぐ近くにいたのにね。出て来なかったね。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。

   黒鎧には彼の意識が宿っているだけで、身体が入っている訳では無いらしい。

   喋れないってつらいですよね。

   待つしかないと諦めた様子。

   どうなる?、愛剣。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   今回も出番無し。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。


 トルイザン連合王国:

   ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。

   3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。

   クリスという勇者が所属している。

   3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。


 アリザン王国:

   アリザンはイアルタン教ではない精霊信仰で統一されている国です。

   他教を許さない宗教ですが、例外的に、

   同じ教えが多くあり、経典が同じイアルタン教の存在を許しています。

   ゆえに、イアルタン教の勇者であり古参のハルトに対しては、

   尊敬と信頼があります。


 ベルクザン王国:

   宗教はいくつもあって、複数所属してもよいという国。

   そのせいで、アリザン王国から目の敵にされています。

   政治的にはそうではなく、ベルクザンからトルイザン連合王国としての

   統一王を多く輩出していたり、国力自体もベルクザンの方が上であるため、

   宗教問題が無ければベルクザンのほうが強いです。

   軍事的にも文化的にも。


 おひい様と呼ばれる女性:

   ベルクザン王姉。ヒースクレイシオーラ=クレイア=ノルーヌ=ベルクトス。

   彼女たちとひっくるめて登場したが出番無し。


 クラリエ:

   ベルクザン王国、筆頭魔道師。

   クラリエ=ノル=クレイオール。

   同じく、彼女たちとひっくるめて登場したが出番無し。



 容姿の揃った5人の女性:

   ベルクザン王国魔導士会所属の魔導士たち。

   クラリエの部下。

   アリエラ=ノル=バルフカガー

   イイロラ=ノル=ジールケケナーリ

   セリオーラ=ノル=パハーケサース

   サラドナ=ノル=パーガル

   チェキナ=ノル=ネヒンナ

   『ノル』というのは、魔導士に登録され、元の家の継承権を

   放棄したという意味で付くものです。

   継承権を放棄していない魔導士も存在します。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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