4ー048 ~ ベルクザンの企み
「(…何か…、そうじゃ、いやそんな事を言うとまた同じような事に…)」
俺の隣で俯いたり斜め上を見たりしながら胸元で指をこねこねしているテンちゃんは、そんな落ち着かない様子でぶつぶつと呟いていた。
ああ、そっか。
またそれらしいセリフを言うと、伝え残ってしまってあとで恥ずかしい事になるから言えないんだ。まさにその例というかその生き証人というか、それが下のひとたちだもんね。何というジレンマ。
そんでもってそんな風になってるせいか、せっかく抑えていた魔力の放出量がまた戻り始めた。
ちらっと下の様子を見ると、跪いているひとたちのうち後列のひと2名の頭が揺れ始めたので、網目にしていた結界を塞いで元に戻した。
んー、それでも結構漏れてるんだよなぁ、周囲の様子からもそれが窺えるわけで。
元々ウィノアさんが操ってた、濃霧の中心であるここは、ここだけ上昇気流のように周辺から押し寄せる霧を上昇させる渦の中心だったわけなんだけど、その動きがテンちゃんの魔力放出によってさらに激しくなるみたい。抑えると動きがゆっくりになるし。
テンちゃんに教わった魔力遮断結界を使えばと思うかも知れないけど、前にちょっと試したところ、それは飛行結界にできなかったんだよね…。そりゃそうだ。単純な話で、結界を風魔法の運動ベクトル操作の要領で動かしているわけだから、それが遮断されたら動かせなくなるし、土魔法の重力操作だって無効化されるから浮かなくなる。
まぁ遮断って言ってるけど完全じゃないので、魔力消費を度外視すれば強引に飛べなくは無いんだけど、めちゃくちゃ疲れるし無駄過ぎるし、そんな事をしたら俺が持たないからね。
と、ここまででさっきテンちゃんが『祈りをやめよ』と言ってから1分ぐらいかな、互いに無言の状態だ。
結界の網目をやめたし、小声で話すぐらいならあっちには聞こえないだろう。
テンちゃんの呟きが、だんだん妙な方向に言ってるみたいだからこっちで修正しないとね。
だって、『最近どう?』みたいに、ゲストに呼んだタレントさんにとりあえず話を振るか、みたいなのや、天気がどうのとか迷走し始めてたからね。俺たちがここに来た目的を忘れてるね。
- テンちゃん、とりあえずあのひとたちの目的とか、何でアリザン軍を虐殺したのかとか訊いてみてくれる?
「お?、おお、そうなのじゃ、それがあったのじゃ」
テンちゃんはさっと顔をあげて俺を見た。
やっぱり忘れてたんじゃないか。
と、つい薄笑いでテンちゃんをじっと見た。
「わ、忘れてないのじゃ、いま思い出したのじゃ」
それを忘れてたと言うのではないだろうか。って前にこんなのあったよね?
でもまぁそういう事にしましょうという意味で小さく頷いておいた。
「話すのは其方の役割と思っておったのじゃ!、想定外なのじゃ!」
と、少し赤くなって俺の肩口をぽこぽこ叩くテンちゃん。
その姿でやられると結構破壊力があるなぁ、物理じゃなく精神的に。可愛すぎる。
- まあまあ、あれは予想できませんって、だから僕が話すわけには行かなくなったんで、お願いします。
テンちゃんに向き直ってぽこぽこ叩いてた手を両手で受け止め、斜め下を視線で誘導するようにして言った。
「…今更ではないかと思うのじゃが…、まあいいのじゃ」
ん?、と一瞬疑問に思ったけど、それを考える間もなくテンちゃんが下のひとたちへと語りかけた。
『面を上げよ。其方らは何者で、何故斯様な処に居ったのか述べよ。青黒い者よ、許す故話すがよい』
青黒いってのは紺色のローブに黒い帯、金銀飾りの飾り布を首から提げたひとだな。
見た目にはそっちよりも、紫をベースに赤黒い布飾りのひとのほうが身分が高そうだけど、たぶんテンちゃん基準で魔力の多い方を選んだんだろう。
「ゎ、我らが御神のご復活に寿ぎ申し上げます」
ん?、我らがおんかみ?
よく見ると目がうるうるしてて、頬を伝う涙のあとがある。
あ、そっか、テンちゃん語録をお経にしてる宗教なんだっけ、このひとたち。
「私どもは貴女様を頂点と崇める光闇教の敬虔なる信者でございます。国元への帰路、悪天候により止む無く動けずに居りましたところ、私どもをお救いにご降臨された貴女様が霧を払い雲を穿ち光をお恵みになられたのでございます――」
んん?、こうあん教?、公安じゃ無いよなぁ、帰り道に悪天候で足止め食らってたら神が降臨したって意味でOK?
それって結局答えになってないよな?
テンちゃんも眉を顰めている。うん。言いたいことはわかる。
でもちゃんと聞いているなんて、優しいよね。
「――我が国では竜神教なる邪教が急に勢力を伸ばしており――」
そして口上が長い。
って、いま竜神って言った?
ロミさんが言ってたけど、内容は詳しくは知らないみたいで、古くからあるってぐらいだったっけ。竜族と関係があるのかどうかってとこだけど、もしロミさんが知ってたならそれを言うはずだからね。
なんて思っている間にも紺色のひとの発言は続き、次のように締めくくった。
「――何卒、その偉大なるお力で我らをお救い下さい」
そう言って頭を下げた。
「何やら都合の良い事を言っておるようなのじゃ、この手の者らはいつもこうなのじゃ、話にならないのじゃ…」
溜息をつくテンちゃん。
昔何かあったのか、肩を落としていて哀愁を漂わせている。頑張って、と励ます気持ちで背中に手を当てたらゆっくりと首を動かして俺を見た。
わかる。俺も苦手だ。どうも宗教ってものが絡むと会話が成立しないひとたちが多いような気がするんだよなぁ…。もちろん全員がそうだとは思ってないよ?、シオリさんやメルさんだって普段は普通に会話できているんだからさ。
でも一旦宗教スイッチが入ってしまうと、どうしてこうなんだろうね。できればこのまま帰ってしまいたいんだけど、そうも行かない。
- とりあえず、あのひとたちが何者なのか、どうしてここに居たのか、もう一度問いかけてもらっていいかな?
詰まら無さそうにこくりと頷くテンちゃん。ごめんね、イヤな役をさせちゃって。
『吾が問いに答えよ。其方らは何者で、何故ここに居たのか』
すると、さっき長い口上を述べたほうではなく、隣の紫のひとが顔を上げて言った。
「僭越ながら私めがお答えしてよろしいでしょうか、御神様」
『許す』
「寛大なお心に感謝申し上げます。私どもはトルイザン連合王国の中心にございますベルクザン王国に属する者で、私はヒースクレイシオーラ=クレイア=ノルーヌ=ベルクトス。現ベルクザン王ヒーンデルツ8世、ヒースムント=イハネス=エンム=ベルクトスの姉でございます。隣の者はベルクザン王国魔導士会筆頭、クラリエ=ノル=クレイオール、後ろは同じく魔導士会所属の者で、こちらから順に、アリエラ、イイロラ、セリオーラ、サラドナ、チェキナでございます」
ここで一旦息を整えたようだ。吐く息が真っ白になって周囲の霧へ向かってもくもくと…、あれ?
というか顔を上げているひとたちの唇が青紫色だ。後ろで何人かが震えているように見える。あ、これ寒いんじゃないか?、そういうお化粧かと思ってたよ。
あー、そりゃそうだよ、水に浅く浸かってるし、そこから湯気みたいにずっと蒸発しまくってて、上から吹き下ろす風とで体温が奪われまくってるんだ。まずいな、ちょっと温度上げてやらないと低体温になる。
真下の水を42℃ぐらいにすればちょうどいい具合に冷めるかな、と、火魔法で温めてみたら、ぶわっとものっそい湯気が真下から周囲へと湧き上がって彼女らが見えなくなった。
その彼女たちが声にならない悲鳴をあげたのがわかった。ごめん、ほんとごめん。
隣のテンちゃんが、何をやっておるのじゃ、と言いたげな目で俺を見ている。
急いで吹き降りて来る空気も温風にした。
とりあえず湯気は何とか晴れて彼女らが見えるようにはなったけど、祈りの姿勢が崩れて斜めに手をついていたり、後ろの端のひとなんか倒れていて、隣のひとが気付いて急いで起こしていた。
大丈夫かな、気化熱でさらに体温が奪われてたりして…。うーん、2名がぐったりしてるな…、今も真下の水と風は温め続けてるけど…、このまま少し待つかな…?
小声でひそひそと何かを言ってる様子だけど、励ましてるんだよな?、まさか叱ってるんじゃないよな?
- 寒そうだったんで、どうやって温めようかなって思ってやってみたんですよ…。
テンちゃんに言い訳した。
「…下の水から上げてやっても良かったと思うのじゃが…」
- あ、そのほうが良かったですね。
「湯にするのならそれでもいいのじゃ、まぁ少し様子を見るとするのじゃ」
そう言って俺の肘をとってするっと腕を絡ませて寄り添ってきた。
うーん、素晴らしく右腕が幸せだ。
でもそんな感触に浸れる場合では無い。
- テンちゃん…?
「良いではないか。どうせ見えぬのじゃ。ただじっと待つのはつまらんのじゃ」
そうですけどね…。
「この姿だといまいち其方との隔たりがあるが、こうして寄り添うと顔が近くてこれはこれでいいのじゃ」
え、うわぁ、近い近い。息がかかるほど近くに顔を寄せないで、そんな、ここでいい雰囲気になってどうすんだよ。と、とりあえず話を続けるように何か言おう。
- へ、隔たりがあるの?
「うむ、表現するのが難しいのじゃが、分厚い手袋で細かいものを扱うような感じなのじゃ」
テンちゃんはすっと顔を離して、空いている右手を持ち上げて握ったり開いたりをゆっくりとしながらそれを見て言った。
ふーむ、軍手で細かい作業をするような感じかな?
- もどかしいようなじれったいような?
「それもあるのじゃ」
へー…。
- そうなんだ…。
そうして数分、テンちゃんとどうでもいい話をしながら待っていると、彼女たちもだんだんと身体が温まってきたのか、ぐったりしていたひとも意識はあったんだろう、宗教的姿勢に全員が揃ったところで紫のひと、えっと、ヒースなんとかさんが顔を上げて続きを話し始めた。
それによってテンちゃんが俺の腕から手を放した。
「私どもを気遣って頂き感謝申し上げます。私どもがこの地に居りましたのは、国元よりある工作を命じられたからでございます」
ここでまた一旦切り、こちらが何か言わないかを待っている雰囲気で見上げた。
テンちゃんが俺を見たので頷いた。
『ある工作とは何か』
「隣国アリザンと他国とを戦争状態にする事でございます」
またテンちゃんが俺を見たので頷く。
『詳しく述べよ』
「はい、折よくハムラーデル王国との国境付近にあるダンジョンを攻略するため派遣されたアリザン軍を、私どもが使役する人形を使い、壊滅的ダメージを与え、それをハムラーデルの仕業に見せかける事で、アリザンを弱らせ、ハムラーデルとの戦争に駆り立てるという工作でございます」
素直に話してくれるもんだなぁ…。
それにしてもロミさんの推測がほぼ完璧だったのに驚いた。
『そのために多くの命を奪うのが其方らのやり方であるのか』
「我が国の犠牲者を減らすには最も効率の良い手段を取ったまででございます。アリザンでは我が国の宗教制度に関して年々不満が高まっており、外交的にも緊張状態が続いておりました。このままでは我が国との戦争が勃発するのではないかと誰もが不安を抱えていたのでございます。
そこに竜神教が地下の遺跡にある扉の封印を解き、凍結封印状態の竜を発見したところから国内で勢力を伸ばし始め、国政に口を出すようになったのです。強硬手段を採るようになったのも、偏にその竜神教なる慮外者らによるもの。私ども光闇教と致しましてはそれを利用し、御神様への生贄としてアリザン兵の命を捧げたのでございます」
ぶわっとテンちゃんの魔力が膨らんだ!
ヤバい!、急いで彼女らを包むように魔力遮断結界を張った!
『愚かな!!』
俺の隣で飛行結界の板の上、テンちゃんが一歩足を踏み出し叫んだ言葉に乗せた魔力とともに周囲が暗くなった。
凄まじい魔力だ。
霧を操作しているウィノアさんの魔力を圧倒したのか、この霧の筒も崩壊してしまったがそのせいで魔力の嵐状態となった。この一瞬で。
周囲一帯は雷雲の様相となり、闇の中、近くで放電がいくつも発生した光が薄く見えた。すごい音がした。
俺はその勢いに下がりそうになったけど、テンちゃんの頬に涙が零れ落ちたのを感知してはっと気づいた。これは過去に似たような事があってテンちゃんは深く傷ついたんだと。
思わずテンちゃんの背中に慰めるように手を添えた。
次の句を告げようとしていたテンちゃんはそれで思いとどまったのか、魔力の放出もすっと落ち着き、周囲に明るさが戻ってきた。
「うぅ…、タケル様…、私はまた…」
斜め前からそのまま俺に抱き着き、肩口に顔を押し当てるようにして静かに泣いているテンちゃん。それをよしよしと宥めるように背中と後頭部を優しく撫でる俺。
テンちゃんが言いかけた、『私はまた…』の後に何が続くのかはわからなかったけど、テンちゃんの過去のトラウマなんだろうから聞かない方が良いだろう。
俺も変な汗が出たよ…、と思ったらこれ、背中と胸元に浸みてる水、俺の汗じゃなくてウィノアさんの首飾りじゃん。首飾りが細くシンプルに、量的には半分ぐらいになってるじゃないか。どうなってんのよ。
しょうがないなぁ、もう、って思いつつも下の様子を見たけど、魔力遮断結界を張ったままだったので中がよく見えない。テンちゃん直伝のものだからか、光もあまり通さないんだよ。近くまで行けば見えるんだけどね。
周囲は霧がだいぶ晴れてしまって、木々があるので直接は見えないんだけど、感知によるとたぶん直径400m以内には霧が無くなっていた。今は周囲の魔力が不安定状態だから索敵魔法を使えないのでそれ以上はわからない。パッシブの感知範囲は200mも無いかも知れないが。
「ぐすっ…私は」
俺の肩口から顔を少し離し、鼻声で言いかけたテンちゃんに、急いでポーチからタオルを出して渡した。
- ほら、顔を拭いて、鼻かんで下さい。
こくりと頷いて反対を向き、鼻を勢いよくかんで目元に軽く回復魔法をかけたテンちゃんからタオルを受け取った。
「私は生贄なんぞ求めた事は一度たりとも無いというのに、どうして…」
- テンちゃんのせいじゃ無いから。テンちゃんが悪いわけじゃ無いからね?
せっかく目元が赤かったのが治ったのに、また涙目になっているテンちゃんの肩に手を置いて、俯いている顔をのぞき込むように少し屈んで言うと、こくりと頷いた。溢れた涙が飛行結界の床にぽたりと落ちた。新しいタオルを出して渡しておく。
周囲のほうは、荒れていた魔力も落ち着いてきたし、もう大丈夫かなと、下の魔力遮断結界を解除した。
やっぱりそれでも耐えられなかったのか、紫のヒースなんとかってひとは四つん這い状態で、後ろの5人は完全に気を失っているようで地面にまだ冠水しているひたひたの水、今はお湯のはずだけど、そこに崩れてそれぞれの姿勢で倒れ込んでいた。
それを、紺色のひとが介抱している様子だ。
一応魔力感知にも反応があるので、弱っているけど生きている。誰も死んでない。結界が間に合って本当に良かった。
俺がしていた温風や温水の魔法も散ってしまっていたので、適度に調整してかけ直しておいた。
ふと、紺色のひとがこちらに何か言いたそうにちら、ちらと見ているのに気付いた。
- テンちゃん、回復魔法が使えるのか尋ねてみて。
「わかったのじゃ。『其方ら、回復は可能か』」
「は、はい、お許し頂ければ!」
ばばっと姿勢を例の宗教的ポーズになって縋るように叫んだ紺色のひと。
できないなら俺が下りてするか、テンちゃんに遠隔でできるか尋ねようって思ってたけど、自力でできるならそのほうが良さそうだ。
『許す』
「ありがとうございます!」
頭を下げるや否や、紫のひとに膝で水を跳ね飛ばしながら器用に近寄った紺色のひとが、その四つん這い状態の紫のひとから顎で、後ろの5名を先にしろと言われたんだろう、後ろで倒れてる5名のほうに、また膝で水を跳ね飛ばしながら這うように近寄った。濡れてるローブだと移動しにくいだろうに…。
- ねぇ、テンちゃん
「ん?」
- この距離で回復魔法を使うって難しいよね?
「うむ。回復系魔法は術式に術者への帰還情報が組み込まれているのが普通なのじゃ。故にある程度の近い距離で無ければならぬ。しかし弱い効果で良いのであれば集団にかける術式もあるのじゃ」
- あるんだ…。
あるのか、エリアヒールみたいな魔法。
「ある。あまり回復としての効果は期待できないが、あるのじゃ」
- 回復として?、じゃあ他に狙いがあるってこと?
「集団を鼓舞したり、逆に冷静にさせたりというようなものは、回復魔法の一種なのじゃ」
- それって精神作用のある魔法だよね?、肉体的にどうのでは無いんじゃないの?
「精神作用だけのものは回復魔法では無いのじゃ。DY*EW@Y…、人種の言葉でどう言うのか忘れてしもうたのじゃ。どちらにもあると言っておくのじゃ」
- そうなんだ。
「この間の演劇の際、メルが着ておった服に私が施した魔法は、鎮静作用のある精神操作系の魔法なのじゃ。もちろんメルの許可を取っておるのじゃ、寧ろ彼女に頼まれたのじゃ」
それであの観劇の時、メルさんはアリシアさんたちに反応しなかったのか。
もちろんモモさんたちから厳重に言い聞かせられてたってのもあると思うけども。
- テンちゃんが無理やりしたなんて思わないよ?
「そ、そうか、タケル様は優しいのじゃ…」
と言って俺の手をとり、斜めにそっと寄り添ってきた。
いつもの小さい姿なら気にしないけど、今の姿でそういうのされるとドキっとするなぁ、むにゅっともするしさ…。
●○●○●○●
美しいお声などという言葉では表しきれないほどのお声でした。
頭に響く、いえ、身体全体を震わせるかのような甘美さを備え、それでいて抗えない程の強大な御力に頭を垂れるのが自然だと思えました。
私たち光闇教に伝わる古文書に記されていた通り、御神は女性であらせられるのです。
私たちは素直に全てをお答えせねばなりませんが、おひい様から厳重に口止めされている事項があります。私の一存ではお答えできない事は避け、お答えできる精一杯をお話したつもりです。
ですが同じ問いかけを御神様は為されたのです。
私が困っているのを見かねたのでしょう、おひい様が発言の許しを願いました。
慈悲深い御神様はそれをお許しになられ、おひい様が私の言えなかった詳細な事情までをお話し下さいました。
包み隠さず全て、おひい様もそのお積もりで話されたのでしょう、御神様のために生贄をと言われた瞬間、凄まじい魔力が吹き荒れ、辺りは闇に包まれました。
一体何が、そのようなお怒りを買うような事だったのかわからず、考える余裕すらありません。必死で耐えるだけで精一杯でした。
後ろの者たちが闇の中で温いお湯が湛えられた地面に崩れ落ちる音と、まるで地下室や礼拝堂、魔法の実験室のような閉鎖された部屋にいて、外の落雷や雲間の雷の音が聞こえた時のような音がいくつもしている中、彼女らの介抱をする事もできず、只管に身を縮こませて聖句を念じ、身体を魔法で強化して耐えました。
どのくらい耐え忍んだのか、気づくと魔力圧が減っていました。私は身体の強張りをゆっくりと解きながら何も見えない闇の中、手探りでまず隣のおひい様に触れて声をかけました。
「おひい様、大丈夫ですか?」
「…何とか、ね。護符の力が感じられなくなった、全て壊れたようだね…」
「ご無事で何よりです」
「後ろのを診てやりな」
どうやらおひい様は無事だったようです。
言われて気付いたのですが、私が身に着けていた護符や護身用の魔道具も全て壊れていました。
その事実にぞわりとしたものを感じながら、手探りで後ろの者たちの様子を探りました。
5名全て、気を失って倒れていましたが、倒れ方が幸いしたのか水に伏せている者はおらず、浅い呼吸をしていて、命はあるようで安心しました。
そこでさっと闇が晴れたのです。
何と、あれだけのお怒りであったにも関わらず、結界で私たちを護って下さっていたのです。見回すとあれだけ濃密だった霧すらも晴れていました。空には雲ひとつ見えません。一体どれほどの魔力が吹き荒れたのでしょう…。
御神様は変わらず同じ位置に浮かんでおられます。
そして私たちが凍えないように、温かい風をお与えになり、地面の水をすら温めて下さいます。
私たちを愚かだとお怒りになりながらも、このように慈悲深さを示される強大な御神様…。信者をお救いになる慈悲深さが記されていたのを思い出し、私は溢れる涙を抑える事ができませんでした。
御神様が回復魔法を使っても良いと言われましたので、身に着けていた帯に隠していた魔力回復薬を飲みましたがあまり効果がでてきません。気のせいか味も飲みやすくなっているように思えました。喉が渇いていたからでしょうか…。
魔力の残りが心許ないので回復しておきたかったのですが、仕方ありません。
私はまずおひい様に近づき、回復魔法をかけようとしたところ、『私より後ろの子たちを先にしな』と言われたので、彼女らのほうへと這い寄りました。
アリエラが持っている魔法の鞄から魔力回復薬を取り出そうとしたのですが、魔法の鞄の機能が使えなくなっていました。一瞬途方に暮れましたが、とりあえずはアリエラたちに回復魔法をかけて行きました。
その際、さっきは気付かなかったのですが…、いえ、彼女たちの名誉のため、気付かないふりをしておきましょう。どうせ地面の温水のせいで私たちは既にずぶ濡れですし、ゆっくりとですが渦を巻くかのようにその温水が流れているのですから。
順番に回復魔法をかけ、起こして座らせました。最後におひい様にもかけ、『ありがとう、楽になったよ』と珍しく素直にお礼を言われたのです。
「チェキ、漏らしたでしょ」
「も、漏らしてない」
目覚めるなりサラドナがチェキナに意地悪そうな目をして言いました。
「そういうサラも匂うわよ?」
「あ、ばれたか」
セリオーラがそのサラドナに言い、
「んんっ、仕方ないわよ」
「今朝行って無かったんだから…」
アリエラとイイロラが顔を赤くしながら言って頷き合い、
「えへっ、実は私もです」
セリオーラが白状し、
「じゃあみんな漏らしたんじゃん」
サラドナが言って、アリエラとイイロラ、チェキナが赤面して俯きました。
せっかく私が気付かないふりをしていたのに、自分たちで暴露し合ってたら意味がありませんね。
この子たちが落ち着くまでの間に、私はおひい様に少し尋ねました。
「おひい様」
「何だい?」
「御神様ともうお一方居られますよね?」
「ああ、護符も魔道具も無くなっちまったからもう私にはわからないがね」
そうでした。おひい様は護身用の他に感知用など、他の用途の…。
「あ、人形に命令する魔道具も…?」
「そうだよ。全部だね。全くとんでもない御力だよ…」
溜息をついて諦めたような様子です。
「それも重大ですが、そのもうお一方は一体何方なのでしょう?」
「さぁね、古文書や経典には従者が居られたはずだよ、そのお方じゃないのかい?」
「従者の方々はいずれも女性だったかと。聞こえてくるお声はどうも男性のような気がするんですよ」
「そんなに気になるなら御神様に直接尋ねてみれば良いじゃないか」
「そんな、畏れ多いですよ、またさっきのような事になったら今度は耐えられませんよ?」
「まぁ、死にゃしないだろうさ。人形の事の方が、あたしゃマズいと思うがね」
「ああ、それもあるんでした…、どうしましょう」
「どうも何もないよ、御神様次第さ」
「おひい様、何だか諦め調子ですね…」
「どうせ逃げられやしないんだ、全てを話して、沙汰を待つ他ないね。ああそうだクラリエ、」
「はい」
「お前を縛っていた魔道具も消えてしまったんだ、全てを話しな。お前に託すよ」
「え…?」
「あたしゃ今の御神様のお力でもぎりぎりなんだよ。一番元気なお前が答えるしか無いじゃないか」
おひい様は力なく後ろの5人に視線を送り、また私へと戻しました。
「…わかりました」
そうですね、精々頑張らなくては…。
次話4-049は2021年02月26日(金)の予定です。
20210220:脱字訂正。 お話下さいました ⇒ お話し下さいました
(名詞として使う場合は「話」、動詞として使う場合は、「話す」の連用形「話し」となるのでした)
20210222:衍字訂正。 湯気でが ⇒ 湯気が
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回入浴無し!
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
珍しく、フォロー役。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
今回出番無し。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
テンちゃん回か?
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。
今回は名前のみ登場。
出るに出られません。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい名前くらいしか登場しませんが一応。
モモさん:
タケルの『森の家』を管理している精霊さんたちの統括役。
いつの間にか幹部として食品部門数百名の統括もやっている。
ここだけ見ると訳がわかりませんね。
1章からちょくちょく出てる精霊さんなのです。
メルさん:
ホーラード王国第2王女。
いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。
国に帰ったようです。でもまたそのうち出番がありそう。
今回名前のみの登場。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
お使いで走ってます。
ゆえに今回出番無し。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
今回出番無し。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
今回出番無し。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。
舞台がハムラーデル国境に移ると登場するかも知れないので一応。
今回も黒鎧として登場。
黒ちゃんとこっそり言われているらしいが、
使役側からは単に人形と言われているようですね。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回も出番無し。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
アリザン王国:
アリザンはイアルタン教ではない精霊信仰で統一されている国です。
他教を許さない宗教ですが、例外的に、
同じ教えが多くあり、経典が同じイアルタン教の存在を許しています。
ゆえに、イアルタン教の勇者であり古参のハルトに対しては、
尊敬と信頼があります。
ベルクザン王国:
宗教はいくつもあって、複数所属してもよいという国。
そのせいで、アリザン王国から目の敵にされています。
政治的にはそうではなく、ベルクザンからトルイザン連合王国としての
統一王を多く輩出していたり、国力自体もベルクザンの方が上であるため、
宗教問題が無ければベルクザンのほうが強いです。
軍事的にも文化的にも。
保護された2人:
アリザン軍の指揮官と補佐官。
出番の無いまま送られる事になってましたね。
おひい様と呼ばれる女性:
何と、ベルクザン王姉でした。
名前が長いね。
クラリエ:
ベルクザン王国、筆頭魔道師。
クラリエ=ノル=クレイオール。
一応説明しますと、クレイオール家出身の魔導士という意味です。
説明になってない?、ないね。すんません。
容姿の揃った5人の女性:
魔導士会所属の魔導士たちでした。
クラリエの部下と言っても問題無さそうです。
本編ででてくるかどうか未定ですが、ここで一応の解説をしますと、
アリエラ=ノル=バルフカガー
バルフカガー家はベルクザン王国の寒い地方に領地があります。
つまりアリエラは貴族出身です。
イイロラ=ノル=ジールケケナーリ
ジールケケナーリ家は湖の畔に領都があります。
イイロラも貴族出身。
セリオーラ=ノル=パハーケサース
パハーケサース家は、山林が豊富な地方にあります。
セリオーラは貴族の従家出身です。
サラドナ=ノル=パーガル
バーガル家はサラドナが魔導士になった時に作った家です。
ベルクザン王国では、魔導士として登録されると士族階級となります。
バーガルという名前は、
家が木こりで森の恵みを採取していたからだそうです。
チェキナ=ノル=ネヒンナ
ネヒンナ家もサラドナと同様、魔導士になった時に作った家です。
チェキナはうっかり登録時に新家名称を記入しませんでした。
故に役所のひとが勝手につけた家名です。
『ノル』というのは、魔導士に登録され、元の家の継承権を
放棄したという意味で付くものです。
継承権を放棄していない魔導士も存在します。
黒鎧のひと:
セリフ無いですね。そりゃそうですが。
最強の人形って言われてましたけど。
中身はもうバレバレの勇者クリス。
今回ずっとテントの中で立ったままでした。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。