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4ー047 ~ 威厳

 「それでタケルさん、いつ黒鎧のところに行くの?」


- 明日の朝にしようかと思ってます。


 「そう。ハルトさんは?」

 「遺品のリストは出来上がっているし、もう積み終えている。タケル殿が戻ってからの方がいいだろうな」

 「カエデを待たないの?」

 「途中で追いつくと踏んでいる。整備されていない道を通る事になるからな、カエデが王都へ行って戻り、俺を追いかける方が格段に速いだろう」

 「そうね。道もまだぬかるんでいるでしょうし…」


- あ、明日以降ならそれほどでも無いかと。ダンジョン周辺以外ならですが。


 「そうなのか?」


- はい。そう聞いてます。


 「ふむ…、タケル殿の地図に斥候隊が書き加えていたのがあったな…、あれを見て移動計画を立てねばならんな…」

 「まあ、タケルさんはここでも地図を作ってたのね」


 ロミさんが感心したように言う。


 「タケルさんの地図はバルカル合同開拓地でもとても役に立ってます。開発計画は全てそれを(もと)にしているんですよ」


 シオリさんが素直な笑顔で俺を見て少し頭を下げた。

 そういえば架橋を依頼されたときにも地図に印をつけて渡されたっけ。あれは書き写されたものだったけど、元になっているのは俺が作った地図だってすぐにわかった。


 「ふぅん、すごいのねぇ、アリースォム(うち)の地図もお願いしようかしら…」


- あ、あの、全土とか無理ですよ?


 「ふふっ、わかってるわ」


 いやその笑みはわかって無い笑みですよね?


- あそこはダンジョンが点在していたんで、その処理のついでに作成しただけですから…。


 「ついでなのね、タケルさんにとっては」


 やっぱりわかって無いよね?、ロミさんそれ。

 何だかんだといいように使われそうで怖いな…。


 「では俺は騎士団のほうに話をしてくる」


 と、ハルトさんが立ち上がった。


 「待って」


 その袖を発止(はっし)と掴んで引き留めるシオリさん。


 「何だ?」

 「少し話があるの。座って」

 「あ、ああ」


 有無を言わせないような声色で言われ、ハルトさんが少し緊張気味に応じて座り直した。


 ああ、あの話かな。ヨダさんとカナさんが居た頃の話。勇者が各国に所属するようになった事の起こり。それとカエデさんにいい加減な事を言ったっていう話もかな?

 そういう事なら俺が居てもしょうがないね。ソファーのほうに移動するかな。あ、今のうちに風呂に入っておくか…。


- じゃ、僕は風呂にでも。


 と言って立ち上がると、何故か両側で同時に立ち上がったリンちゃんとテンちゃん。


 「…あの、まさかご一緒に…?」


 それを見て目を丸くして言うシオリさん。


 「タケル殿…」


 ハルトさんのその表情と呟きはどういう意味だろう?


- え?、あ、違いますって。ほら、一緒に立ち上がったら勘違いされるでしょ。


 「(われ)らが離れておった方が其方らは気を遣わず話ができようかと思うてあちらに行こうとしたまでなのじゃ。が…」


 ちらっと俺を見た。


 「一緒に入ってもいいのじゃ、のぅタケル様」


- ダメですよ?、ひとりで入らせて下さい。


 「そう言うて其方、風呂でまたアクアに奉仕させようと――」

 「アクア様に!?」

 「奉仕させるですって!?」


- 誤解です!


 「おお怖いのじゃ、ちと言うてみただけなのじゃ。ほれ、メルよ、あちらで何ぞ話でもするのじゃ」

 「は、はい!」


 テンちゃんは、急に言われて驚いたように返事をしたメルさんとソファーの方へと移動した。


 はー、心臓に悪いなぁ、もう。言ってみただけとか勘弁してよ…。

 と思いながら脱衣所の扉を開けて入ろうとしたら後ろに続くリンちゃんに気が付いた。ついでに扉を開けるとピーピー音がしていた。何だ?、洗濯機か?


- リンちゃん?


 「はい?」


- リンちゃんはあっちでしょ?


 「あたしは洗濯機に用事があるだけですよ?、タケルさま」


 洗濯機に用事が、の部分でハルトさんにちらりと視線を送って言った。


 「あ、すぐに!」


 と、ハルトさんが急いで立ち上がって脱衣所へと素早く入った。

 その勢いと迫力に、俺は壁際にさっと避けたよ。


 ハルトさんに続いてリンちゃんも入り、洗濯機のところへ。


 「やはり途中停止の警告音でしたか。こういう場合は無理に入れずに何回かに分けて下さい」

 「は、はい、申し訳ありません」


 洗濯機の使い方について改めて説明をするリンちゃんと、洗濯機の前に両膝をついているハルトさん。というかあれはほぼ正座だな、ハルトさんの大きい身体が縮こまってて、まるで叱られているみたいに見える。

 だいたいいつも威厳のある態度のハルトさんしか見て無かっただけに、笑うに笑えないな。


 話をしようとしたらその相手が洗濯機のところに急いで行ったので戻るのを待っているシオリさんとロミさんが、それゆえか会話が聞こえてくる脱衣所の入り口を見ている。

 そうすると扉を手で支えたままの俺が目に入るわけで、何となくふたりと視線が合う。


 「タケルさんはいつまでそうしているつもりなの?」


 ロミさんが薄く微笑んで言う。


- え、いやまぁ、どうしましょうね?


 「とりあえず座ってもいいのでは?」


 シオリさんが呆れ半分という雰囲気で小さく溜息をついて言う。


- そ、そうですね…。


 どうにも締まらないなぁ…。


 「ふふっ、タケルさんと居ると退屈しないわぁ」


 それは褒められているのだろうか…?






 「時間的な面で言うとね、タケルさんにカエデを王都アンデルスまで連れて行ってもらって、ハイントス王から許可をとって直ぐに戻ってきて、そのまま遺品と生き残り2名をアリザンの王都アリザバへ連れて行ってもらうのが早いのよ」

 「それだと移動時間の計算が合わないってまず言われるでしょうね」

 「そうなのよ。空を飛んでだなんて、まず信じてもらえないわ。目の前で飛んでもそこに居た人たちだけね。だからハルトさんにも言わなかったのよ」


 まぁそうだろうね。


- はい。


 「先に到着した偽物の言う事を信じてしまったアリザンの人たちに、新たに本物の生き残りの証言を信じてもらうには、そういう非常識で辻褄が合わない事は避けるべきなの」

 「ハルトが随伴するのは、彼が一番有名だからよ。アリザンでも顔を知っている人々が多いし、あれでも護衛なら頼りになりますからね…」


 あれでも、ってw


 まぁ確かに、計画を立てているひとたちが本当に存在するのなら、本物の生き残りは邪魔でしか無いんだから、消される危険を考えなくちゃいけないだろう。


- …なるほど。


 そういう曖昧な相槌を打ちつつ、ロミさんとシオリさんからたぶん時間つぶしの説明を受けた。


 「ヨダさんやカナさんが居た頃は、ハルトも何年かに1度か2度ぐらいは行っていたみたいだけど魔物侵略地域が激しくなってきたので、あまり動けなくなったんだと思うわ」


 とはシオリさんの言。昔どうだったかという話だった。


 ロミさんはトルイザン連合のうちのアリザンとベルクザンについて知っている事を話してくれたが、トルイザン連合王国の内情って、ロミさんでもあまりよく知らないようだった。


 「ゴーンザンには火の神信仰が残っているって聞いたけど、それは火山のある所にはよくある話ね」

 「ベルクザン王国は多神教なのよ。それも複数の宗教を認めているし、多重加入も推奨していたはずよ。古い神様を(まつ)っている点ではボーセイド王国と似ているわね」


- 古い神様ですか。


 「確か、海神とか竜神とか、そんなのだったわ」


- へー…。


 「そう言えば、邪神信仰もあったんじゃなかったかしら…」

 「邪神ですって?」

 「ちらっと聞いたっていう報告があっただけよ、封印されたか何だかでずっと眠りに就いているんですって。その復活を祈るんだったかしら。眉唾物ね」


 邪神とか復活されたら大変だ。

 そういう神様はぜひ大人しくしておいて欲しいものだ。


 「本当にあるの?、そんな宗教」

 「わからないわ。確認したわけじゃないもの。精霊様が実在するこの世界で、邪神だなんてナンセンスもいいところなんだから、所詮は噂でしょう」

 「それもそうね」


 しかし眠ってる邪神かー、何かどっかで聞いたような気がしないでもないような…。

 まぁ、『触らぬ神に祟りなし』ってやつだ。余計な事にならないように、お近づきにはならないようにしなくちゃね。


 「タケルさま、お待たせしました」


 洗濯機の説明と叱責?、が終わったのか、リンちゃんとしょんぼりしたハルトさんが脱衣所から出てきた。


- あっはい、んじゃ行ってきます。


 みんなが何でか妙な表情で頷いて、リンちゃんはテンちゃんたちの方へ行き、ハルトさんはシオリさんの向かいに座った。


 頑張れハルトさん、と、内心でエールを送っておこう。






 夕食時。

 ハルトさんが来るかと思ってたけど、結局来なかった。


 「ハルトがあんなに押しに弱いなんて知らなかったわ」


 何だかすっきりしたような雰囲気でシオリさんが言う。


 「ハルトさんは元々そういう性格よ?」

 「ロミ…、知ってたなら」

 「あの当時、私から言われて貴女、素直に聞けたかしら?」

 「そうね、悪かったわ…」

 「あら、その様子だとハルトさんから謝罪されたのね」


 途中でロミさんは席を立ってソファーのほうに行っていた。

 風呂に入ってても感知はできるからね。


 「よく分かったわね、その通りよ…?」

 「原因の2人はもう居ないのだもの。実行犯が頭を下げるしかないでしょう?」


 ついに実行犯とまで言われてしまったか…。

 まぁ経緯を知ってしまうとその表現でいいような気がするけどね…。

 ハルトさん勇者代表なんじゃなかったっけ…。


 「実行犯…、でも実際そうだったわね」

 「あのひとの性格からして、故人を悪く言いたくはないでしょうから、ここは自分が頭を下げるしか無いって思ったのじゃないかしら」

 「ええ。彼もそう言っていたわ」

 「例の、魔物侵略地域の事もあるでしょうし、3国のうち2国の勇者同士に(わだかま)りがあるままなのは良く無いものね。いい機会だったと思うわよ」


 なるほどねー、ロミさんはそう考えたからこそ、シオリさんにここへ同行するよう勧めたってわけか。単純に知り合い同士の仲を取り持とうとしたわけじゃ無いってのが何ともアレだけどね。さすがと言うか何と言うか…。


 シオリさんとメルさんは、メルさんが使っていた部屋に2人でもう1泊して、明日の午前中に、ホーラードの王都へとリンちゃんに送ってもらうんだそうだ。


 その間、ロミさんはひとりでここでお留守番になるけど、まぁリンちゃんはすぐ戻ってくるだろうから大丈夫だろう。






●○●○●○●






 「…霧で湿っておったが、すっかり濡れてしもうたわぃ」

 「濃霧からまた豪雨ですもんね…、こんな事あるんですね…」


 やっと雨が止んだと思い、足元すら見えにくい濃霧の中を、ロープを手に1列で、何とか設置されたマーカーの信号によって移動方向を検知しつつ、少しずつではあるが移動し始めた一行だった。

 ところが移動を開始してから数時間と経たずにぽつぽつと雨が降り始めたのだ。慌てて防水布を広げて下から土魔法で柱を立てさせ、やっと落ち着ける小屋状態にはなったが、途中から豪雨になって、それぞれが手で支えていた布に水が溜まったため、その重さに耐えきれずひとりが手を滑らせ、あとは順に手を放してしまった。もともと濃霧でかなり湿っていたとは言え、跳ねる水と降る水が多く、そのせいで全員がずぶ濡れと言ってもいい状態になってしまったのだ。


 「いいから手を動かしな!」

 「あっ、おひい様動かないで下さい」

 「むぅ…」


 おひい様と呼ばれている女性と、クラリエの服装だけは面倒な仕様になっているせいか、濡れそぼってしまうとボタンが外しにくかったり結び目が解けにくくなっていて手間がかかる。

 他の5名はとっくに脱いで下着姿となっていて、その彼女らのローブも服もはとりあえず干した状態となっている。

 当然、火は起こしてあるしテントの中は温かい。だが屋根は防水布なので雨音がすごい。


 そんな中で、服を乾かし下着を替え、少量の食事をして、土魔法製の長椅子に5名が毛布にそれぞれが包まった状態で眠り、おひい様とクラリエは暖炉(ストーブ)の近くの長椅子でそれぞれ横になり、一晩過ごした彼女たちだった。






 激しい雨が叩く防水布の音は子守唄になろうわけが無いが、黒鎧以外の全員が旅の疲れなんて単純な言葉ではいい切れない程、肉体的にも精神的にも疲れていた。そうでなければ多少でも眠れなかっただろう。


 いくら分厚い防水布でも、外が明るくなればその明るさを内側に伝える。

 誰かが起きて身じろぎをすることでその隣の者が起き、というようなメリハリのない目覚め方でそれぞれが天井の防水布の明るさに気付き、それで朝になったんだと5名の誰もが思った。


 「雨、止んだみたい…」


 誰かが言った。


 「明るい…朝…?」

 「ねぇ、おひい様の杖、光ってない?」

 「明るいからでは?」


 ちなみに、彼女らがこれまでその杖の近くで土魔法を使ったり水魔法を使ったりする度に宝玉部分がほんのり光っていた。その杖が、同じようにほんのりと光っているように見えたのだ。


 「ここからじゃよくわからないね」

 「あ、火が消えかけてるよ」

 「あ、それでちょっと煙たいんだ」

 「出しておいた薪は?」

 「もう無いみたい」

 「それで黒ちゃんじっとしてるのね」

 「黒ちゃんって言うとまた怒られるよ?」

 「怒られる前にちゃんと燃やさないと…」


 そう言った端に座っていたひとりが、いそいそと魔法の袋らしい鞄から薪と魔道具を取り出し、土魔法製の暖炉(ストーブ)で火をつけ直した。

 余談だが、ちゃんと煙突もあって外に排気するようになっている。そこはきちんとしているようだ。


 「ローブも乾いてるわ」

 「おひい様のも?」

 「うん」

 「良かった。風魔法を使わずに済んだわ」

 「うぅーん…」

 「あ、クラリエ様が起きちゃう」

 「急いで身支度しないと」


 そこからは5人とも無言でてきぱきと身支度を整えた。






 「おはようございます、クラリエ様、どうぞ」

 「…おはよう。ありがとう」


 手渡された服をのそのそと着けていくクラリエ。

 その途中でふと上を見上げて言った。


 「あら、雨が止んだのね。良かったわ」

 「あの、クラリエ様」

 「ん?」

 「おひい様の杖が光っているように見えるんですけど」


 そう言われたクラリエは着る手を止めずに目を(すが)めて杖のほうを見た。


 「…んー…、光ってるわね、いつから?」

 「私たちが起きた時にはもう」

 「そう…」


 (いぶか)しげに眉を寄せたがそれだけで、着終わったクラリエはおひい様を起こそうと近づいた。


 するとまるでスイッチが入ったかのように、その杖の光が明るくなり始めた。


 「あらまぁ、大変、おひい様!、おひい様!」

 「もう朝なのかい…?、もう少し寝かせとくれ…」

 「おひい様!、そんな場合じゃありませんよ!、杖が光り始めました!」

 「何だって!?」


 がばっと半身を起こし、枕元に立てかけてあった杖をさっと手に取った。


 「何て事…!」

 「おひい様、急いで身支度を!」


 そうしている間にも青白い光が増えて行く。


 「何と強い力じゃ…」

 「杖を置いて下さいおひい様」


 無言で杖を長椅子に立てかけるように斜めに置いて立ち上がったので、クラリエと2名が手早く服を着せていった。


 そして改めて身支度が終わったおひい様と呼ばれている女性が杖を手にしようとした瞬間、光に変化が、具体的には青白い色から青黒く、急に変わったのだ。

 見ようによってはかなり禍々(まがまが)しいものだが、彼女らはそう思わなかったのだろうか?


 「何と!?」

 「これは…!」


 一旦は手を引っ込めたが、おそるおそる杖を手にとろうと伸ばしたが、青黒く光る杖が振動し始め、そのため土魔法製の長椅子の接触部分からカカカカと音を出し始めた。


 「おひい様、危険です!」


 クラリエがおひい様の腕を引いた。


 しばらくその音が大きくなっていくのを3歩ほどの距離まで下がった面々が見守っていたが、杖が振動によって徐々にずれ、土魔法で固められた地面に落ち、そこでも数秒ほど震えていたが、やがてぴしっという音がして杖と宝石に(ひび)が入り、それっきり反応が消失した。


 「おひい様!、杖が!」

 「おぉぉ、何というお力じゃ!、皆、気をしっかり持つのじゃ」


 皆が頷く中、何かに気付いたようにクラリエが入り口に近づき、布を寄せて外を見た。


 クラリエが空を見上げると、濃霧が周囲を覆い隠すように迫り来る中、空から眩しい光の柱がこのテントの周囲を照らしているのがわかった。


 「おひい様!、光の柱がここを照らしています!」

 「何じゃと!?」


 昨夜は豪雨だったので地面には水が、まるで川の浅瀬のように溜まっているが、うっすらと湯気のように水面には白い靄がかかっていた。


 おひい様と呼ばれた女性はクラリエを押しのけるようにしてテント入り口の段差を降り、足が濡れるのも構わず外に出た。黒い鎧の人物は中で立ったままだが、クラリエたちも続いてテントから出た。びちゃびちゃと足音がするのを全く気にせずに、おひい様が空を見上げて固まっていた。クラリエたちも足首まで水に浸るのも構わず一緒に見上げた。


 彼女らに見えたものは、眩しい光の柱の中をすぅっと影が差し、直径3mほどの漆黒の球体がゆっくりと降りて来る様子だった。


 「あれは…」


 誰かが呟いた。


 防水布のテントとその周囲がすっぽりと包まれる光の柱。出て来る時に見た周囲は濃霧に囲まれていて真っ白だった。足元は水に浸っているが白い。クラリエの中で何かが繋がった。


 「何もかも全てが白く輝く神のおわす地…、光の(きざはし)を降臨される漆黒の球体…、そんな!、でで伝承の通りですよおひい様!」


 クラリエだけが興奮したようにおひい様に近寄って言ったが、おひい様と他の5名は口を半開きにして見上げたままだ。


 「か、神の降臨…」


 おひい様がそう呟いた途端、ばしゃっと誰かが膝から崩れ落ちた。

 それを皮切りに全員が(ひざまづ)いた。


 そして誰とも言わずに祈り始めた。自然と声を揃えて祈った。


 誰もが同じ気持ちだった。


 自分たちの信仰は間違っていなかったんだ…、と。






●○●○●○●






 『では行ってきます』と、起きていたリンちゃんとメルさんに言い、テンちゃんと一緒に砦の中庭小屋から飛び立った。飛び立つ前に、『(われ)の魔力で結界を張って飛ぶのじゃ』と言われたのでそうした。何度もやってたしお客さんも居ないし、俺は別にどっちでもいいからね。


 飛び立って程なく、テンちゃんが『少し待つのじゃ』と言ったので空中停止した。


- どうしたの?


 「少し恰好をつけるのじゃ」


 にこっと笑みを浮かべて俺の腕から手を放し、半歩横にずれて早口で詠唱を始めた。相変わらず何言ってるかわからない。魔力もかなり複雑に編まれているようで途中から追いかけるのを諦めた。


 テンちゃんが黒い煙というか魔力なんだけど、それに包まれたかと思ったら、最初に島で会ったときのアリシアさんそっくりの美女姿に。でも変身じゃ無いんだよね、どうやってんのかさっぱりわからん。複雑すぎて。

 しかも今回は前と違って、中にちっちゃいテンちゃんが透けて見えるような事も無く、ちゃんと大きい姿だ。胸のサイズは変わってないみたいだけど、それはまぁいいとして。


 と思っていたら俺に腕を絡めてむにゅぅっと押し付けた。うわー。その姿でそんな事されたら困る。


 「ふふ、どうじゃ?」


- どうじゃじゃないですよ、恰好つけるんですよね、軽く腕を取るだけにしてくださいよ、もう。


 「そうじゃな、威厳というものが必要なのじゃ」


 それにしても魔力の放出がすごい。

 ああ、だから小屋から離れてからにしたのか。


 黒鎧たちの居る場所は、今朝起きてすぐにウィノアさんから聞いておいた。何でも、『上空から見ればすぐにわかります』という事らしい。


 そんでもってずばっと飛んで行くと本当にすぐにわかった。

 濃霧が渦巻いている中心部が、まるで台風の目のようにそこだけぽっかり空いていたからだ。

 なんだか元の世界で台風の衛星画像とか宇宙ステーションからの映像を見ているような錯覚がする。ここは大気圏外でも成層圏でも何でもなく、ただの森林のある地表付近なんだが。


- えーっと、ここでいいんですよね…。


 「うむ」


 声にでていたようだ。

 とりあえず霧の目の筒をすーっと降りていくので、形状を球体に直しておいた。そして上空100mのところで停止。


 「ん?、どうしたのじゃ?」


- ちょっと降りる前に中の様子を知っておきたいかなって。


 テントっぽい大きな防水布を屋根にした中には、確かにあの時の黒鎧と、他に7名いるようだった。全員では無いけど6名が魔法をそこそこ扱えるようで、一般人よりはだいぶ魔力があるように見えた。


 魔力が一番少ないひとのすぐ横に魔道具らしき棒、たぶん杖かな、それが長椅子に立てかけられていて、それが勝手にずり落ち、一瞬震えてから無反応になった。何だあれ…?


 内部の音が聞こえればいいんだけどなぁ、もうちょっと近づいてみるかな?、ゆっくりとさ。なんて思ってたら黒鎧以外が外に出てきた。わ、地面冠水してんじゃん、気付かなかったよ。


- 何か慌てて祈り始めましたね。


 「うむ」


 何語だろう、まぁお経みたいなもんかな?

 もうちょっと近づいても良さそうだ。黒鎧は出てきて無いし。


 「む…?」


- テンちゃんには意味がわかるの?


 「むぉぉ、まだ残っておったのかぁぁ」


 両手で顔を覆うテンちゃん。


- テンちゃん?、もしかして精霊語?


 でも俺が耳で何となく覚えてる精霊語とはえらい違いなんだが…。古代精霊語とか?、まさかね。


 「うぅ…、そうなのじゃ、あれは精霊語をものすごくゆっくりにしたものなのじゃ。発音はひどいものじゃが、かろうじて原型を留めておるので(いにしえ)の精霊には意味がわかろう…」


- 何て言ってるんです?


 「若気の至りなのじゃ…、どうしてあの頃の私はあんな事を言ってしまったんじゃろうか…」


 がっくりするテンちゃん。

 どうやら昔、いろいろと調子に乗っていた頃があって、もっともらしくありがたい言葉っぽいものを得意げに言ったりしたようだ。まぁいわゆる黒歴史ってやつだな。


 「ママ、アリシア様に、そういう事をしていると後々困ると注意されたが、いままさにそれを実感してしもうたのじゃ…」


 両手で顔を覆ったままそう嘆くテンちゃん。

 何となく背中をさすった。いつもより背中が上だから何か妙な感じだ。


 「私の言った事が(まと)められ宗教化した頃があったが、そんなものとっくに廃れておるはずが、まだしぶとく残っておるとは思わなかったのじゃ…」


 いわゆる〇〇語録ってやつかな。テンちゃん語録って言うと可愛らしいけど、宗教化するぐらいなんだし、これだけテンちゃんが悶えてるんだから中二病の黒歴史語録か。そりゃたまらんだろう。


 「と、とにかく早く降りてあれをやめさせるのじゃ」


 そう言って俺の腕を引っ張った。引っ張られてもそっちじゃないよね。下だよね?、しかもこれいつもの飛行魔法で浮いてるんだから、歩くんじゃ無いし。


- わかりましたから、引っ張らないで下さいよ。


 「うぅ…」


 こっちを見るテンちゃんが涙目だ。アリシアさんそっくりの2Pカラーで。これは何とも居心地が悪いぞ?、まるで俺が泣かせてるみたいじゃないか。


- とりあえずもうちょっと近づきますから、結界はそのままで、例の魔力音声で(おごそ)かに『祈りをやめよ』とでも言えばいいんじゃないですかね?


 「うん…」


 さっき言ってた威厳はどこへやら、そんな風に思いつつも上空20mまで近づいた。


- どうぞ?


 『祈りをやめよ』


 ぴたっと祈りが止んだ。こうかはばつぐんだ。

 そして十数秒。シーンと静まり返って誰も動かない。いやこれアニメとかだったら放送事故だよね?


- テンちゃん?、これ下まで降りちゃっていいのかな?


 「あの祈りが止んでほっとしたのじゃ、ん?、下はあのように水浸しなのじゃ、適当な高さで止まっても良いのじゃ」


 その水浸しのところで両膝をついて両手を交差し胸にあてる例の宗教的ポーズで全員、頭を下げてるんですけど…。水が染み込んで気持ち悪くないのかなぁ…。

 黒鎧はテントの中でじっと立ったままだ。


 周囲の結界を解除するのはちょっと怖いな。あと、テンちゃんが恰好つけるために大きい姿になってるせいか、放出する魔力量があの島の時と同じなんだよね。これ、結界があるからあのひとたちが耐えられるんじゃないかな、結界を解いたら気を失うんじゃないか?


- テンちゃん、この結界、床はおいとくけど、周りのを解いて大丈夫かな?


 「大丈夫とは?」


- いやほら、テンちゃんの魔力であのひとたちと話ができなくなるんじゃないかなって。


 「おお、忘れておったのじゃ。む、この姿ではちと難しいのじゃ。これでどうじゃ?」


 んー?、あまり変わってないような…。

 結界を弄って細かい網目状にするか。それで少しはましだろうし。

 網戸越しに話すようなもんか?、いいのか?


 ああそうか、考えようによってはやんごとなきひとが御簾(みす)越しに話すようなもんだと言えなくもないんじゃないか?、実際テンちゃんってそのやんごとなき精霊さん(ひと)らしいし。だったらいいとしよう。


- テンちゃん、結界を弄ったので向こうからこっちが薄く見えるんじゃないかな。


 「な…、見えてもええのか?」


- 薄くならいいんじゃないでしょうか、あと、何か言ってあげて。


 「何を言えば…?」


 おろおろし始めた。


 威厳はどこ行ったんだよ…。






次話4-048は2021年02月19日(金)の予定です。


20210320:誤字訂正。 駒かい ⇒ 細かい



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回は入浴はあったけどタケルソロなので描写無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   また予定が狂ってしまったと思ってる。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   メイドのお仕事ですね。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンちゃんの姉。年の差がものっそい。

   威厳その2


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   まだまだお仕事中。

   今回は名前のみ登場。

   タケルソロ入浴時にはテンが監視しているため出て来れなかった。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい登場しませんが一応。


 メルさん:

   ホーラード王国第2王女。

   いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。

   王女らしさは態度や行動にでているようですが。

   いろいろ気苦労してますね。

   基本、居ない時は外を走り回っています。

   ダイエット作戦実行中。タケルには内緒。

   勇者だらけの場なので気を遣っていました。

   大人しくしてますね。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   威厳その1


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、

   ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   お使いで走ってます。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   すっきり。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   知っているのかロミさん。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。

   舞台がハムラーデル国境に移ると登場するかも知れないので一応。

   今回は黒鎧として登場。

   黒ちゃんとこっそり言われているらしい。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   今回も出番無し。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。


 トルイザン連合王国:

   ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。

   3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。

   クリスという勇者が所属している。

   3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。

   ベルクザンに邪神信仰!?


 保護された2人:

   アリザン軍の指揮官と補佐官。

   出番は無いけど話には出てますね。そういえば前回も。


 おひい様と呼ばれる女性:

   ベルクザン王国のえらいひと、でしょうね。

   おひい様なんだから姫様なんでしょう。なら王族ですかね?

   まさかの邪神教徒!?


 おひい様の杖:

   ウィノア ⇒ +タケル+テン ⇒ 過負荷で壊れる。

   そりゃそうでしょうねー。とくにテンがヤバい。


 クラリエ:

   ベルクザン王国、筆頭魔道師、らしい。

   まさか あくましんかん!?

   あくまどうし!?

   違うか。


 容姿の揃った5人の女性:

   クラリエの部下たちでしょうか。

   筆頭魔道師の部下なんだから魔道師たちですね。

   まさか、いや違うね。


 黒鎧のひと:

   セリフ無いですね。そりゃそうですが。

   最強の人形って言われてましたけど。

   中身はもうバレバレの勇者クリス。

   でも手足を切っても大丈夫とは…?

   血も出ないみたいですし…。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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