4ー046 ~ 勇者5人
それから程なく、ハルトさんとカエデさんがこの砦に戻ってきたのがわかった。
まっすぐこちらに来ないのは騎士団のひとと打ち合わせでもあるんだろう。
と、思っていたらそこからすぐ中庭に出てきた。その服装からするとラフな格好に着替えたようだ。でっかい布袋を片手で背負っている。サンタクロースみたいだ。
そして梯子を上ってこの小屋へと入ってきた。
「うぉ!、シオリ!?、それとロミ!?」
「ね?、びっくりするって言ったでしょ?」
「確かに驚いたがこういうのは先に言ってくれよ…」
入ってくるなり互いを見て言った。まるで父娘漫才だね。いつもの事みたいだけどさ。
「ハルトさんが驚く事って珍しいから、たまにはいいかなって」
「最近は驚くことばかりな気がするんだが…」
と、ハルトさんが何故か俺を見て言う。何故かって事もないという自覚はあるにはあるけど、全部が俺のせいじゃ無いと思う。
その様子を見てロミさんがほんの少し首を傾げ、小声でぼそっと言った。
「ハルトさんは少し体格が良くなったかしら…?」
「む、そういうロミは…、」
でもハルトさんには聞こえたようだ。
「なぁに?」
ハルトさんがためらいがちに言い澱んだ隙にロミさんが笑顔で鋭く挟んだ。でも口調は柔らかいけど語調が強いというか、漫画だったら笑顔なのに側頭部に十字路がついているような雰囲気。
「い、いや、見違えたなと…」
「ふぅん?、相変わらずなのね、ハルトさんは」
「タケル殿、よく戻られた。済まんが先に風呂を使わせてもらっていいだろうか?」
ロミさんから逃げるように視線を俺にずらして言った。実際逃げたんだろうけど、気持ちはよくわかる。
- あっはい、どうぞ。
ハルトさんは一旦戻ったときに一応は着替えたみたいだけど、やっぱり風呂に入るつもりでここに来たようだった。もってきたでっかい布袋を背負い直して脱衣所へと入って行く。
カエデさんはそんなハルトさんを、珍しいものでも見るかのように笑顔で見ていたが、彼が脱衣所に入って扉を閉めると、背中を少し丸めて忍び足のような歩き方で、笑みを浮かべながらこっちへ来た。だから何でそんな仕草なんだよ…。
「あれね、ハルトさんって忙しいと洗濯物を貯めちゃうんですよ。雨続きで湿気が多いからちゃんと洗わないとカビが生えますよって注意したらあんな袋もって部屋から出てきちゃって、まさかあんなに貯め込んでたなんて思わなくてびっくりですよー」
あの袋の中身は洗濯物だったのか…。貯めすぎだろ、もうカビてるんじゃないか?
どうでもいいけど、俺たちがソファーに座り直したんだから、カエデさんも空いてるところに座ればいいのに、何で俺の後ろの背もたれに両手をついて言うんだよ…、凭れられないじゃないか。
しょうがないので浅く腰かけるしかなくて、背中を丸めて両肘をひざの上にして前かがみで小さくなる俺。テンちゃんとリンちゃんはそんな俺に合わせるように寄り添っていた。
「まあ、本当に相変わらずなのね、ふふっ」
「昔からそうだったんですか?、ロミさん」
「私が知ってるのはかなり前だけど、あの頃も結構洗濯物を貯め込んでいたのは知ってるわ」
「貴女よく見てるわね、私はそんな事全然知らなかったわ」
「シオリさんはそうでしょうね」
「どういう意味よ」
「だって貴女あの頃は下向いてたでしょ?、自分から他人に話しかけたりもしなかったし」
「…そうだったかしら?」
「ハルトさんが月に1・2回ほど、大きな袋を持って出かけていたのを知らない?」
週じゃなくて月かよ…。
「そう言われてみれば見たような気がするけど…」
「村の外の川まで洗濯をしに行ってたのよ」
「…」
「じゃあ昔からああだったんですね」
「そういう事ね」
「そういう事よ」
黙って聞いていたメルさんも含めて、4名が何とも言えない表情で脱衣所の方を見た。
頭上と正面で交わされた話には、まぁ何と言うか、俺も元の世界で独り暮らしだった期間があって、似たようなもんだったし、肩身が狭かった。
だってしょうがないんだよ、週末の休みにまとめてやるしかなかったんだ。だから梅雨の時期はカビとの闘いだった。ってほどでも無いけど、染みがついて落ちなかった事が何度もあった。
この世界に来てすぐの頃は、着替えが少なかったのもあってしょっちゅう洗濯してたけど、洗剤が無いかろくなのしか無かったので大変だった。
ちなみにここの脱衣所に置いてある洗濯機は、乾燥までしてくれる。そして結構でかい。
リンちゃんが言うには、シーツなどの大きなものを干す場所がないからそういうタイプを置いたんだそうだ。森の家にあるのもこのタイプ。乾燥もやってくれる大型ね。川小屋にあるのは脱水までのものだ。ついこの間だけどこの近くの駐屯地に作った小屋にあった洗濯機もそれと同じだ。
このように、俺は今は自分で洗濯してない。着替えとか全部リンちゃんが管理しちゃってるからね。脱いだのはリンちゃんがどっかへ持ってっちゃうし…、あ、そう言えばそういうお世話って騎士団ならありそうなもんだけど、無いのかな。
- 騎士団って、役付きのひとにはお世話係が居るんじゃないんですか?
「側近とか副官の事?」
- はい、太刀持ちとか身の回りの世話をするひとが居るんじゃないのかなって。
「ああ、騎士見習いの事ね、そういうのは国や騎士団ごとに違うみたいなのよ」
「太刀持ちとはまた古い言い方ね」
古い言い方ってシオリさんに言われると何だか妙な感じだ。
- そうなんですか。
「この世界には小姓や太刀持ちというのは無いのよ。騎士見習いを取り立てて特別に身の回りの世話を任せる事はあるようだけど」
でも何だか言いにくそうだ。
「あのね、タケルさん」
頭の上からカエデさんが言う。俺から直接見えないだろうと思ってなのか苦々しい表情だった。何で?
- はい。
「ハルトさんってあたしが言うのも何ですけど、堅物ですよね?」
堅物てw
硬派とかもうちょっと言い方ってもんがあるだろうに。あ、でも硬派なんてシオリさんとロミさんには通じない可能性もあるか。メルさんにもね。
- ええ、まぁ、そんな感じですね。
「そんななので、従軍してるあっち系のお店にも行かないんですよ」
- そうでしょうね。
むしろハルトさんがそういう店に出入りする姿を想像するほうが難しい。俺が浮付くと示しがつかん、なんて言いそうだ。
「そういう人が、若い兵士に身の回りの世話をさせてるとね、…その、勘違いされちゃうんですよ」
ん?
- 勘違い?
「色小姓によ」
ずばっとロミさんが言った。
色、なるほどそういう意味か…。
「ロミ…」
「はっきり言ったほうがわかりやすいじゃない?」
「そうだけど…」
- そうですね、よくわかりました。でも騎士団みたいな集団で、洗濯を各自でするのは非効率じゃないですか?
「はい、だからハムラーデルでは輜重隊にそういう部隊があるんですよ」
「ロスタニアにも専門の部署があるけど、民間業者に委託しているわ」
ほう、ロスタニアでは民間外注なんだ。
「アリースォムは戦士団ごとに違うわね。見習いがやっているところもあれば、業者を雇っているところもあるみたい」
- へー、で、ハルトさんはそれを利用してないってことですか。
「ううん、利用してたんだけど、ほら、ここにいい洗濯機があるから…」
「それで貯めてたのね…」
「あ、あたしは毎日お風呂に入るときに(洗濯機を)使わせてもらってたんで貯めてませんよ?」
誰もそんなこと思って無いのに。
「じゃあどうしてハルトは貯めてたのよ」
「ゆっくり入る時間があれば、そうしたって言ってました」
「変わってないわねぇ…」
そこからは、多忙さをアピールしてるんだとか、じっとしていられない性分とか、ワーカーホリックだとか何とか、いや、ワーカーホリックなんて言って無かったけど、そういう意味のことを言ってたんだよ。
しかしそんな風にいろいろ思うのなら、カエデさんがしてあげればいいんじゃないのかなって思うんだけどね、自分ののついでにさ。
あれかな、お父さんのと一緒に洗わないで、っていう娘のアレかな。
と、余計な事を考えずにはいられないぐらい、居心地が悪いんだよ…。
いい加減、ちゃんと座ってくれないかな、カエデさん…。
●○●○●○●
「ふむ、タケル殿が撃退した黒鎧の者が、そのような所に…」
風呂にゆっくり浸かってほかほかしてるハルトさんを交えて、食卓のほうに移動して例の集団について話をした。もちろん、シオリさんとロミさんも同席しているので、以前のアリザン兵500名を惨殺した黒い鎧の話もしたし、ぎりぎり救助できた2名の話もした。
確定ではないけど、酷似している黒鎧がその8名のうちのひとりだって言うと、ハルトさんがそう言ったんだ。確定じゃ無いって言ってるのに…。まぁほぼそうだろうとは俺も思うけどね。
あ、ダンジョンについての話は『そういう事なら騎士団にもそのように伝えよう』と、あっさり終わった。
- ウィノアさんに足止めをしてもらっているので、逃げられる事は無いと思いますが、一応ハルトさんにも話しておかないとって思いまして。
「俺を立ててそう考えてくれるのは有難いと思う。しかしアリザン兵を虐殺したのだからトルイザン連合内部の争いだろうし、勇者が国家間のそれも所属国ではない争いに介入するのはあまり歓迎される事ではないのでな、俺からどうこうする事は無いのだが…」
「単にアリザン兵を虐殺しただけなら、そうでしょうね」
そこにロミさんが意味ありげに言った。
「む、どういう意味だ?」
「建前として、アリザンはハムラーデルの要請によってダンジョン攻略の援軍を送ったのよね?」
「そうだな」
「なら、ベルクザンがやったという証拠が無い限り、アリザン兵は勇者ハルト率いるハムラーデル兵にやられたとも考えられるわ」
なるほど。知らない者からすれば、俺という勇者が上空から見たというのも嘘くさいし、謎の黒鎧が単独で500名のアリザン兵を殲滅したというのも嘘くさいだろうね。
「俺はそんな事はしないぞ」
「事実と異なっていても生き残りと称する者が証言すれば、それが最初の真実になるわ」
「2名の生き残りはこの砦で匿っているんだぞ?、それに兵たちの遺品も作成したリストと共に確り届ける予定なんだ、彼らがそのような嘘の証言をするはずが無いだろう?」
「私が言っているのは貴方が知らない生き残りの事よ?」
「何っ!?、タケル殿、生き残りはあの2人だけでは無かったのか!?」
- あの現場での生き残りはあの2名だけですけど、ハルトさん、そうじゃないんですよ、ロミさんが言っているのは、もしハムラーデルとハルトさんを陥れる意図がある者が居たなら、アリザン兵を犠牲にした上で、別に生き残りを用意してアリザンに戻らせ、嘘の証言をさせる事でハムラーデルを攻める口実になるって事ですよ。
まぁ、歴史的に見てもそういうのよくある話だよね。
「ああ、そういう事か、わかった。では急いで彼らと遺品をアリザバへと送り届けねばならんな」
「もう間に合わないわ」
「いや、その嘘の証言から日が経てば経つほど彼らを帰せなくなるのだ」
「それはそうだけど…、ハルトさんのほうこそ帰れなくなるわよ?」
「それは覚悟の上だ。カエデ、悪いがアンデルスへ走ってもらうぞ」
「あのー、いまいち状況がわからないんですけど…」
だよね、もうちょっと説明して欲しい。
「もしアリザン軍500名を虐殺した連中が、ロミの言うようにアリザンを炊き付け、ハムラーデルへの戦争へ駆り出す事だとする。すると、ハムラーデル国境側へとアリザンが兵を出す事になるわけだ。ここまではいいか?」
「はい」
「そうするとだな、俺たちが計画している、生き残り2名を遺品を帰すハムラーデル兵は、侵略のための先兵だと判断される」
「え、危険じゃないですか」
「だから勇者である俺が随行するのだ」
「えっと、勇者は国境を越えて活動できるから…?」
「そうだ、そのためハムラーデル王ハイントスの承認が必要になる。それをカエデに頼みたい」
なるほどね。それでハルトさんはしばらく戻れなくなるって話になったのか。
「それで戦争が回避できるんですか?」
「わからん」
「そんな」
「俺たちがする事は、戦争だの国家間の争いだのには無関係だ。あくまでそのように動かねばならないのだ」
「はい、いつも言われてますけど…」
「俺たち勇者は、虐殺事件の被害者と遺族のため、その移動を支援し護衛をする。それだけだ」
「はい!」
「ただそのついでにハムラーデルに戦争の危険を伝え、国境を手厚くしてもらう事になるがな」
にやりと笑って言った。
一応補足しておくと、互いに国境付近で場所を決め、そこでの戦いには勇者は関わらないというだけであって、侵略して無辜の民を殺害したり略奪をするような場合には勇者はそれを阻止するために剣をとる事ができる、らしい。
あくまで外交上の交渉手段としての戦争には参加しないというだけの話だ。ゆえに勇者には所属国というものがあり、抑止力となっているんだそうだ。
所属国ではない国が侵略や蹂躙されている場合、当事国は勇者に助力を依頼することができる。その場合は勇者が所属している国を通しての要請になるとか。
「それもあたしがやればいいんですね」
「そういう事だ」
「はい、今の話を簡単に書いておいたわ。ハルト、ここにサインしなさい」
シオリさんが、さっきからずっと黙って何かを書いていたと思ったら…。
手荷物にそういう道具類を入れてあるんだな。
「お?、おお、助かる」
渡された羊皮紙にさっと目を通し、受け取ったペンでサインをするハルトさん。
「あの、タケルさんに連れてってもらったりしちゃったら、」
「ダメだ」
「ダメよ」
「ダメね」
「ですよねー、はぁ、頑張ろう…」
同時に3人からダメだと言われたカエデさんが肩を落としつつ右手をおへそのあたりで握ってゆらす。しょげながら気合を入れてるのか、器用だな。やっぱりこのひとは基本的にどこかコミカルな気がする。俺からするといまいち所作が古いけど。
「カエデ」
「はい」
「タケル殿には、黒鎧の小集団の対処を頼みたいと思っている。故にお前の移動を手伝ってもらうわけには行かんのだ、わかってくれ」
羊皮紙が早く乾くようにだろうか、手で扇ぎながらハルトさんが言う。
それをシオリさんが何か言いたげに見ていた。
もしかして、ロスタニア製のインクはハムラーデル製のより早く乾くのかな。だってシオリさんは書いてほぼすぐにハルトさんに渡してたし…。その可能性はあるね、だってロスタニアは寒い気候だから、他所よりインクが乾きにくい環境にあるのかも知れない。そうするとインクを乾かすための道具を作るか、インク自体を速乾性に改良するか、って…、そんなのどうでもいいか。
「は、はい、そうですよね、そんな500人殺しちゃうようなのなんてタケルさんぐらいしかどうしようもないですもんね」
と、カエデさんが俺を見ると、それに合わせるかのように全員がこっちを見た。
- あっはい、まぁ話をしに行くつもりではいましたけど…。
「そこはタケル殿の判断に任せるしかない。申し訳ないが頼む」
と、テーブルに両手をついて頭を下げた。
- あっ、ハルトさんやめてくださいよ、頼まれなくても行くつもりだったんですって。
「そうか、ありがとう。ところでこの書類だが、この、アリザンが侵略された場合というのは何だ?、ハムラーデルはそのような暴挙には出ないはずだぞ?」
「ハルト…」
「それも説明が必要なの?」
「…少し待ってくれ」
目を半分閉じたような冷たい視線でそう言われたハルトさんは一瞬たじろいで書類に視線を下した。怖い。俺がシオリさんとロミさんのふたりからあんな目で見られたらぶるっちゃうね。ダブルで怖いね。今のところ、シオリさんからは呆れたと言われそうな目で見られた事はあるけどね。
あの黒鎧がクリスさんだという疑いがあるんだから、ベルクザン王国が後ろに居て何かを策謀していると考えるのは自然だろうね。
アリザン王国が、ハムラーデルに対して兵を挙げるのであれば、後ろ側は手薄になる事が予想される。そう単純に手薄にするとは思わないけれど、兵を動かしてから後ろから来られては何歩も出遅れる事になるわけだ。
せっかくハルトさんがアリザンの王都アリザバに行くのだから、その事も考えてハムラーデル王への報告と許可を求めるってわけか。言われてみればなるほどって思うんだけど、やっぱりすごいな、シオリさんとロミさん。さすがそれぞれが国を牛耳る存在なだけはあるね。勇者って何だっけ?、って思ってしまうけど。
「理解した。シオリ、ロミ、感謝する。カエデ、こんな時間からで悪いが行ってくれるか?」
ハルトさんはふたりにそれぞれ小さく頭を下げてから、カエデさんに問いかけた。シオリさんが羊皮紙をくるっと丸めて筒に入れ、革帯を閉じて封蝋を垂らし、ハルトさんの指をつまんで引っ張り、指輪に押し付けた。
「あつっ」
「封をしたのよ」
「ああ、済まん」
一言いえばいいのに、何でそんなコントみたいな事をするんだか。
「行きたくないですけど、そんなこと言ってられないみたいなので頑張ります」
そんなのを見たからか、カエデさんは笑顔で冗談みたいな言い方をし、シオリさんから差し出された筒を受け取った。
「では頼む」
「はい!」
と言って互いに立ち上がり、綺麗な姿勢で敬礼をした。カエデさんは素早く踵を返して颯爽と入り口の布を手で寄せて…。
「あ、タケルさん、何か食べ物下さい」
背中を丸めて揉み手っぽい仕草で忍び足のようにひょいひょいと戻り、そんな事を言った。
ハルトさんは額に手をやり、シオリさんはテーブルに両肘をついて両手で顔を覆い、ロミさんは笑いをこらえるような表情で口元を片手で覆った。
せっかく恰好よかったのに…。
カエデさんが俺からと言うかリンちゃんから水筒とお弁当をたっぷり受け取って満面の笑顔で去って行った後、こちらも一旦お茶にしましょうという事になり、リンちゃんがささっとお茶とお茶請けを並べた。
ロミさんがお茶の香りを褒め、シオリさんも『リン様いつもありがとうございます』と言い、ハルトさんが『恐縮です』と言ってから、メルさんも隅っこに座っていて最後にお茶を淹れてもらいながらお礼を言った。
何故か視線が俺に集中したので、急いでひと口飲んでから『どうぞ』と言うと皆が揃ってカップを手にした。あー焦った。何だろうって思ったよ。
そしてめいめいがお茶とお茶菓子について感想を言って、リンちゃんがお茶とお茶菓子の説明をした。そういう作法なの?、知らなかったし、今までそんな事してなかったよね…?
今回のお茶はナントカっていう草花の根を加工して作られたものらしい。ナントカの部分は聞き逃した。何か元の世界のコーヒーに少し似ている感じの甘い香りだったけど、味は甘味と酸味と渋味で後に引くことも無くさっぱりしたお茶だった。甘みはもしかしたら香りのせいでそう感じただけかも知れない。
お茶菓子のほうは甘くて苦い、チョコレートのような色をした焼き菓子で、噛んだ瞬間だけほんの少し、例のエッセンスの香りがした。お茶によく合ってる気がする。ロミさんがしきりに褒めていた。
そして突然、というわけでも無いんだけど、皆の雰囲気が落ち着いたのを見計らってか、ロミさんが言った。
「ねぇハルトさん」
「ん?」
「もし黒鎧がクリスだったらどうするの?」
「いやそれは…」
「ハルトさんだって薄々そうじゃないかって思ってるんでしょう?」
「いやしかしあいつは白銀の鎧をだな、」
「でも剣の特徴が同じだわ」
「ロミは嵐の剣を知っているのか?」
「直接見たわけじゃないわ、でもそんなの2つと無いでしょう?」
「それはそうだが…」
ここで言い返せなくなったハルトさんが視線を下げた。
「ハルトさんだって一度襲われたらしいじゃない?、その時も黒い鎧だって聞いたわよ?」
「どうしてそれを知ってる…」
伏せた目線をさっとあげて驚いたようにロミさんを見た。
「どうだっていいじゃないの。黒かったんでしょ?」
「いやあれは未遂に終わったんだ」
「貴方が前にでたから襲って来なかったらしいわね」
「ああ、しかしよく知っているな」
「人の口に戸は立てられないって事よ、それでどうなの?、私は黒かったって聞いているわ。そして嵐の剣を手にしていたともね」
「ああ、黒かった。夜だったせいだと思いたかったんだ、あいつがそんな事をするわけがないんだ!」
テーブルの上に出していた両手、握りしめていた拳、その右手だけを言葉に合わせてほんの少し持ち上げて下した。ドン、と低い音がした。結構頑丈だからね、このテーブル。
「ハルト…」
「落ち着きなさいな、誰も貴方のせいだなんて思ってないわ」
「あ、ああ、済まん。つい力が入っただけなんだ」
ハルトさんの様子からすると、特徴的にはやっぱりクリスさん本人なんだろうね。だとすると何者かに操られているとか洗脳されていると思うべきなんじゃないかな。と、それを言おうとする寸前、右肘をついと引っ張られた。
見るとテンちゃんが小さく横に首を振った。
え?、言うなって事?
「私も少し言い過ぎたわ、ごめんなさい。ところでタケルさん、一度は撃退したみたいだけど、次も勝てるの?」
- え?、まぁ、距離があれば何とかなりますね。
「話をしに行くのでしょう?」
ああうん、そうだよね、近寄らないと話ができないよね。
- そうですけど、不用心に近づいたりしませんよ?
「そう、ちゃんと考えているのね」
- ええ、まぁ、一応。
「なぁに?、頼りない返事ねぇ」
と言いつつもロミさんはにこにこしている。
- 向こうの態度や力量次第ってところもありますけど、話ぐらいはできると思いますよ。
「ふぅん、じゃあもう詳しくはきかないわ」
「俺からもひとついいか?」
- どうぞ?
「もしあの黒鎧がクリスで、あの白い剣が嵐の剣なら、かなり危険だと思う」
- はい。
「俺がクリスと最後に会ったのはもう何十年か前だが、当時ですら達人の域だった。認可はされていなかったが、手合わせをした俺にはそう思えたのだ」
ここで一旦切って俺をじっと見た。迫力あるなぁ、さすがハルトさん。
「もちろんタケル殿は俺には想像もできないほどの力量があるように思うが、それは魔法に関してだろう。武力では無い」
- はい。
同感です。近接戦なんてとんでもない。そこらの兵士さんにも負ける自信がたっぷりです。言わないけどたぶんわかってるだろうね。
「故に決して油断せず、できれば無力化し捕らえて欲しい」
「えっ?」
「ハルトさん?」
- 捕まえて来いって事ですか?、黒鎧を?
「も、もちろんできればの話だぞ?、無理ならいい、余力があれば全員捕らえてくれると有難い」
「貴方ね…」
「いくら何でも危険過ぎるわ」
「あ、あの、発言してもよろしいでしょうか」
「そうよ、達人級ならメルリアーヴェル様にご意見を伺うべきだわ」
「メル様、お茶の席です、ご遠慮なんてなさらないで下さい」
「ありがとうございます。ハルト様、達人級の剣士を捕らえるのがどれほど難しいのかご理解頂けませんか?」
メルさんは姿勢を正してハルトさんを見据えて言った。
「ああ、難しい事は理解しているつもりだ」
「不意を突いてすら難しい事を、剣術の才能が無い素人同然のタケル様に依頼するのがですか?」
自覚はあるけど、こうはっきり言われるとちょっと凹むぞ?、メルさんよ。
「いやしかしタケル殿には魔法が」
「それは、剣士の動きが全くわからないという事なのですよ?」
ああ、そういう意味ね。うん、どの手で来るとか、どんな風に踏み込んで来るとか、全くわからないね。知らないし。確かにそうだけどさ…、本人がここに居るんだからもうちょっと言い方ってものがあると思うんだ…。
「ああ、そうだな…」
「なのに、それを捕らえて来るように言うのはいかがなものでしょう?」
「確かに、厚かましい願いだった。済まん、タケル殿、忘れてくれていい」
- あー、まぁ何とかしてみますよ。
「タケル様、模擬戦とは違うのですよ?」
- メルさん、僕の身を案じて下さってる事はわかります、ありがとうございます。でもほら、前にメルさんにも言いましたけど、戦いになる前に何とかするのが僕のスタンスなんですよ。
「はい、そう伺いました。でもあれは模擬戦だからでは?」
- 僕だって怖いのはイヤです。斬られたら痛いなんてもんじゃないでしょうし、死ぬのは怖いです。だからそんな危険な事になる前に防ぎます。だから大丈夫です。
たぶんね。
テンちゃんが一緒だし、とは言わないけどさ、なんかさっき言わないようにって目線で止められたしさ。
テンちゃん直伝の障壁ならあの黒いのの攻撃は防げるってわかったし、黒いのは手足を切り落としても大丈夫みたいだから、いざとなればそれでいいかなってね。甘いかな?
「そうですか…、タケル様がそう仰るのでしたら私はご武運をお祈りするのみです」
「もうひとつだけいいかしら?」
と、ロミさん。今の話で不安になったんだろうか?
- はい。
「絶対に生きて戻ってきてね?」
- はい。
「死んだら絶対許さないんだから…」
「ロミ、貴女…」
「か、勘違いしないでよね?」
おお?、ツンデレか!?
「こんなところに置いて行かれるのは困るのよ」
がっくりした。
- …はい。
って言うしか無かった。
次話4-047は2021年02月12日(金)の予定です。
(補足)参考までに食卓時の席順を書いておきます。
入り口から遠い奥側の列、台所から側から、
テン、タケル、リン、(空席)、メル
入り口に近い手前側の列
ロミ、シオリ、ハルト、カエデ
でした。
描写をしなかったのは特に理由があるわけではありませんが、
何となくそういう流れでもないし、適当に想像してもらってもいいかな、
と思ったのもあります。
20210210:訂正2つ。 服装 ⇒ 恰好 シオリ ⇒ カエデ
名前を間違えるとは…orz
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は入浴はあったけどハルトだけなので描写無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
期待されてるんですよ。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。
でも雨のターン終了で少し余裕が出たのかも。
今回は名前のみ登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい登場しませんが一応。
メルさん:
ホーラード王国第2王女。
いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。
王女らしさは態度や行動にでているようですが。
いろいろ気苦労してますね。
基本、居ない時は外を走り回っています。
ダイエット作戦実行中。タケルには内緒。
勇者だらけの場なので気を遣っていました。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
ひさびさの登場でしたね。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
相変わらずのブレイカーっぷり。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
ロミと違って書類を作成する事が多いので、癖になっている。
封蝋の時にハルトに声をかけずにしたのはちょっとした意趣返し。
ロミさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
ツンデレでは無かった。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。
舞台がハムラーデル国境に移ると登場するかも知れないので一応。
今回は名前のみの登場。
黒鎧と合わせてばんばん出てきますね。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回も出番無し。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
やっと話が進みました。良かった。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。