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4ー044 ~ 中庭小屋にて

 「へっぶしゅ!!」


 食卓に昼食を並べていると、入り口の外からすごいくしゃみが聞こえた。

 カエデさんだ。梯子を上っている途中でくしゃみをしたらしい。

 この砦の中庭の構造的に、いい感じに響く位置だったんだろうね。


 そのカエデさんは入り口のすぐ外、横にずれてから鼻をかむ音がして、それから垂らしてある布を手で除けてから入ってきた。


 「おかえりなさい、あれ?、シオリさん?」


 え、逆だよね?、入ってきたひとがそれを言われる立場なんじゃないか?

 こっちからおかえりって言おうとしたのに、先に言われたんで言えずにいたその一瞬で、部屋を見回して奥側のソファーに居たシオリさんを見て驚いたように言った。

 でも水が滴ってるぐらいずぶ濡れなので、入り口から一歩入ったところから動いていないし、そのせいか声が大きめだ。

 リンちゃんが昼食の用意を中断して、エプロンのポケットからずるっとバスタオルを手渡す。


 「あ、ありがとうございます」


 口を開きかけていたシオリさんは、カエデさんががしがしと頭や顔を拭うのを待ち、カエデさんが自分に視線を戻したのを見てから言った。


 「少しハルトに話があって、同行させて頂いたのです」

 「そうなんですか、あ、メルさんもおかえりなさい。そちらの方は…?」

 「貴女も名前は聞いたことがあるでしょう、ロミよ、勇者ロミ」

 「え!?、あ!、勇者番号10番、シノハラ=カエデです!、初めまして!、よろしくお願いします!」


 そんなに声を張り上げなくても聞こえると思うけど、元気いいなぁ、それと忙しい。

 ロミさんはそんなカエデさんの様子に、くすっと笑ってから応じた。


 「勇者番号2番。マサダ=ヒロミよ。雨の中ご苦労様。そんなに大声を出さなくても聞こえるわよ?」

 「あ、すみません、さっきまで外だったんでつい」


 まぁ、大雨の中だと声が聞こえなくなるから、そうなっちゃうよね。

 そうじゃなくてもハムラーデルの兵士さんたちって声が大きかった印象があるし。

 ん?、もしかして、ハムラーデル兵って兜を脱がないひとが多いから、大声じゃないと聞こえにくいとか?、まさかね。


 「ロミさんって、あ、ロミさんって呼んじゃっていいんですか?」

 「いいわよ?」

 「ロミさんって、その…」


 ここでちらっとシオリさんを見るカエデさん。


 「なぁに?」


 それに笑みを深くして促すロミさん。


 「えっと、シオリさんの恋人を奪ってアリースオムに駆け落ちしちゃったって」

 「ちょっと貴女!」

 「まぁいいじゃないの。勇者姫」

 「ロミ!」


 いきなり問いかけるカエデさんも相当なもんだけど、ロミさんは別に気にしていないというよりも、むしろ面白がっているような雰囲気だ。

 シオリさんはカードを手に持ったまま、言葉を失ってて注意するしかできていない。


 「昔の話よ。あながちウソでも無いのだから」

 「じゃあやっぱり本当だったんですね」

 「知りません!」

 「だいたい本当よ?」

 「ロミ!、もう!、もう!」


 扇状に持ったカードで顔を隠してしまった。


 「でも、それにはいろいろ事情が絡んだ結果なの。だから勇者姫シリーズに書いてある事を鵜呑みにしてはいけないわ」

 「はい…」

 「例えば、ヘンドリックはその後ずっとアリースォムに居たわ。シオリさんとは会えずに生涯を終えたの」

 「え…?」

 「彼は25年間、アリースオムを立派な国にしようと努力を重ねたわ。ただただシオリさんに認めてもらいたいためにね」

 「25年間…?」


 シオリさんが顔を上げてロミさんに問いかけた。


 「そうよ?、タラ族が一番遠いのだけど、そこがやっと折れたのよ。それで街道工事の指揮をとっていたのだけど、不幸な事故が起きてしまったの」

 「き、聞いてないわ、そんな事」

 「何度も手紙を出した、って言ったわ。アリースォムには記録あるわよ」

 「そんな…」

 「今更ほじくり返しても無駄よ?、ロスタニアにだってもう当時のひとなんて居ないでしょう?」

 「…そう、ね…」

 「だからね、カエデさん」


 シオリさんが俯いたのを見て、カエデさんにしっかりと目線を据えた。


 「は、はい」

 「読み物として楽しむのはいいけれど、虚構のほうが多い…、ヘンドリックに関してはほとんどが虚構ね。覚えておいて」

 「はい…、でもハルトさんが…」

 「ハルトさんが?」

 「はい、ハルトさんはだいたい本当だって…」

 「んー、貴女がどう尋ねたかにもよると思うのだけど、彼が知らない事のほうが多いし、それにね、逆に尋ねるけれど、ハルトさんが色恋、男女の心の機微に敏感だと思うぅ?」

 「思いません」


 確かにそうだろうけど、きっぱりと言うか?、それもずっとハルトさんの下で活動してて、娘みたいな立場になってるカエデさんが。お父(ハルト)さんが哀れだ。


 「でしょう?」

 「そうですけど…」

 「じゃあどうやってあのハルトさんに内容を確認したの?、まさか読ませたの?」

 「はい、あ、でも途中でぱらぱらめくって…」


 だろうね。

 だって勇者姫シリーズって、俺は何冊か読んだだけだけど、途中からエロ小説になるんだもん。ハルトさんがそんなの見たらすっ飛ばすか読むの止めちゃうんじゃないかな。

 俺だってそんな、娘みたいに思ってる人物が目の前に居る状態だったらそうする。意見を求められても困る。


 「まぁだいたい本当なんじゃないか、とでも言ったんじゃない?」

 「え?、その通りですけど、どうしてわかったんですか?」

 「やっぱりね…、シオリさん、ハルトさんに言う事がひとつ増えたわね」

 「はぁ…、全く…」

 「っぶしゅ!、あ、すみません」

 「ああ、貴女濡れたままだったわね、お風呂に行ってきなさい」

 「はい」


 バスタオルを手にしたまま脱衣所へ速足で入って行くカエデさん。


 俺とリンちゃんはそれを何となく見送ってから顔を見合わせ、昼食の支度の続きをした。






 そんな昼食前の慌しい一幕とは対照的に、昼食は優雅に…、でも最後までそうではなく、だいたい食べ終わったぐらいのタイミングで、カエデさんがバスローブ姿で脱衣所から出てきた。


 「着替え持って入るの忘れちゃって…、でもいい匂いがしてくるし、でもお洗濯終わらなくって、出てきちゃいました。えへへ、あたしの分ってありますか?」


 少し背中を丸め、揉み手をしながら出て来るんだもんなぁ…、どうしてこう仕草が古いというかコメディタッチと言うか何と言うか…。

 余談ではあるけど、ホームコアの空調管理ってやつで、風呂場から湿気がリビングに来ないように空気の流れが制御されているんだ。だからこっちで食事をしていると脱衣所のほうに匂いなどが行く。少しだけどね。


- 同じもので良ければ。


 と返してから、リンちゃんに頷く。

 一応、席は用意してあるんだよ。そこにリンちゃんがささっと俺たちと同じメニュー、シチューとパンとサラダとローストしたお肉などの皿を並べた。


 「わぁ、ありがとうございますぅ、いただきまーす」


 バスローブ姿のまま座り、手を合わせて言ってからガツガツと食べ始めた。

 それをちらっと見て、俺の袖をついと引っ張ってテンちゃんが小声で言う。


 「あれは良いのか?、(われ)の時は着替えろと言っておったが…」


 止めるヒマが無かったというのもあるんだけどね。

 とりあえずテンちゃんの耳に口を寄せてこそっと答えた。


- (テンちゃんと違って目の毒じゃ無いからいいんです)


 「…!」


 ひくっと喉を鳴らしてテンちゃんが止まった。

 寄せた顔を引くと、テンちゃんが驚いたように目を見開いていて、目が合うときゅーっと音がしそうなぐらいに赤くなった。


 「ちょ、ちょっと失礼するのじゃ…」


 椅子からすとんと降りて滑るように脱衣所へと入って行くテンちゃん。

 すると逆側から腕に手を添えるリンちゃん。


 「お姉さまに何を言ったんです?」


- あ、いや、ちょっとね。


 と言って右手でカップをとってお茶を飲んだ。


 カップを置くときに向かいのロミさんがカップを手にしたまま俺をじっと見ているのと目が合うと、にこーっと意味ありげに笑みを浮かべられた。






 「あ、そうだシオリさん」

 「はい?」


 そんな雰囲気をぶち壊すかのように、シオリさんに呼び掛けてから鷲掴みにしたコップの水をごくごく飲むカエデさん。

 なんだかワイルド度が上がってる気がする。


 「ハルトさんは午後からもまた外に出る用事があるので、お話があるならその後になっちゃいますけど、大丈夫そうですか?」

 「あ、そうなの?、私は別に急ぎというわけでは無いのだけど…」

 「たぶん、戻ってきたらこっちに来ると思うんですよ、お風呂があるから」

 「ああ、この雨ですものね、それは仕方ないわ」


 ずぶ濡れになるからしょうがないね。


- カエデさん、どこまで巡回というか見てきたんです?、ダンジョン前の拠点までですか?


 「え?、あんなとこまでは無理ですって、まだすんごい水が流れてるんですよー?、ハルトさんも言ってましたけど、近寄れませんよー」


- それもそうですね。


 「そうですよー、拠点のとこは心配ですけど、タケルさんみたいに飛べないと無理ですよーあんなの」

 「そんなに凄いの?」


 ロミさんが驚いたように言う。


 「そりゃもう川みたいって言うかー、見える水全部がダンジョンの方に流れてくんですよ?、足取られたらそのまま流されちゃいますよ」

 「それは危険ね…」


 シオリさんも経験があるんだろうか、顔色を変えて呟くように言った。


 「はい、命綱をつけて、太い木にロープを張って、近づけるところまで行ったんですけど、これは拠点のあったところまで行けそうに無いって引き返してきたんですよ」

 「それであんなにずぶ濡れだったのね」

 「はい」

 「帰り、大変だったのじゃなくて?」

 「もー、大変でしたよ、流れに逆らってますし、すべって転んじゃったひともいましたしー」

 「何人で行ったの?」

 「あ、5人ですけど、途中からはあたしとハルトさんだけです」

 「そう」


 その転んじゃったひとは、言わないところを見ると命綱もつけてたんだろうし、大丈夫だったんだと思うけど、確かにそんな状態だと危険だよね。


 「それで、砦の土台とかを見回ってるひとたちも居まして、一部、土砂が流されてて不安な箇所もあるってことで、午後からハルトさんたちが見て来る予定なんですよ」


- やっぱり結構土砂が流されてしまってました?


 「あ、あたしは直接は見てないんですけど、流れてるのって泥水ですし、あちこち弱いところなんか削れちゃってるんじゃないかって言ってました」

 「地表がある程度削れるのは仕方がないのじゃ。そこまで選別するとなると大変なのじゃ。カエデよ、洗濯が終わっておったぞ?、ピーピー言っておったのじゃ」


 テンちゃんが脱衣所から戻ってきて席に着きながら言う。

 ピーピーというのは洗濯機の終了サインだ。何でも、音楽を鳴らしたり弱い魔力信号を発したりも設定できるらしいけど、一番単純なのに設定されているのでそんなチープな音になっている。ホームコアに接続すると、もっといろいろできるらしいけどね。


 「あ、そうですか、ありがとうございます」


 カエデさんはそれを聞いて中断していた食事を再開した。まぁ残り少ないんだけどそれをすごい勢いで食べた。


 その後は、洗濯の終わった服に着替えたカエデさんが、『急いで行かなくちゃ』って言いながら出て行きかけて、『あ、雨が止んでる!』って中庭に響く声で言って梯子を下りて行った。

 砦内部の巡回をするんだそうだ。


 この大雨の7日間で何か所か、壁などに雨漏りがあったり水が溜まって抜けて行かない箇所など、問題がいくつもあったんだそうで、それの修理やら何やら、商人など軍人以外も砦に収容されているので何かと問題が起きたりもしたらしい。

 

 騎士団所属の土属性魔法が使えるひとも駆り出されてそういった修理をしたり、苦情処理にもハルトさんかカエデさんのどちらかが付いて行く事が多くて、何かと忙殺されたとカエデさんが言っていた。

 ハルトさんもカエデさんも土属性魔法が少し使えるので、そういう意味でも仕事が前より増えたとか何とか。希少な魔法兵の仕事を取っちゃうわけには行かないけど、手が足りない場合は仕方ないし、訓練だと思えばと、ハルトさんらしい言い方をされたのもあり、カエデさんも手伝ったらしい。


 「こんなにたくさん降る事なんて無かったみたいですから、しょうがないですよー、ここで直しておけば今後も安心だろうって言ってましたけどねー、あはは」


 お茶飲んでケーキを食べながらのんびりそういう話をしてたから、『急いで行かなくちゃ』って事になったんじゃないのかな…?






●○●○●○●






 カエデさんが出かけたあとは、またシオリさん、ロミさん、メルさんの3人はカードゲームをし始めた。

 さっきシオリさんが扇状にカードを持っていたのは、実はババ抜きを伝えたからだ。

 ババ抜きだとあまり記憶力は関係ないからね。少しはあるかも知れないけど。神経衰弱ほどの差にはならないだろうし。


 何故か箱の底に6枚も白紙のカードがあったので1枚だけ入れて、ババ抜きのルールを伝えたんだけど、実は誤算もあった。

 何かというと、カード構成の違いで、同じ数字のカードは4枚ではなく6枚という事と、絵札なんて無くて1から9までの数字しか無いので、全部配ってから同じ数字のペアを出す段階でほとんどカードが減ってしまって、残りが少なすぎて勝負にならなかったんだ。

 もちろんその時が偶然だったんだろうけど、それじゃちょっと数字のペアを限定しようって事で、マーク6種類のうち、2つずつしかペアにできないようにルールを変更した。


 それによって手札が増えた。ババとは言わずに白抜きって伝えたのも、ババじゃ伝わらなかったせいもある。

 そうすることでババ改め白がどこにあるか3人で顔色を窺いながら、真剣な表情で勝負になっているようだ。


 意外なのはロミさんが結構負けてる事だ。強いのはシオリさんで、次点でメルさん。

 メルさんは顔に出やすいように思うんだけど、なぜか1対1になると強いみたい。


 ルールを伝えた時に俺も誘われて、まさか見えてしまうとは言えずに仕方なく参加したけど、俺がカードを引くのがロミさんで、そこにババ改め白があってね、俺は途中までその白を悩むふりをして避けてひいてて、途中で故意に引いたんだけど、その次に俺の手札2枚のうちの白を1発でシオリさんが引き、そのまま白が回ってくる前に揃って1抜けとなった。


 で、ルールを伝えるぐらい慣れている俺はやっぱり強いんじゃないかという事で、無事、バレずに抜けることができたってわけ。

 顔色が変わらないとも言われたけど、そりゃね、見えてるし…、やっぱり顔色が変わったり焦ったりするほうがこういうゲームは楽しいもんだよね。


 それで食卓のほうでこそこそ話をしていた精霊姉妹のほうに戻ったんだけど、俺に聞かせたく無い話でもしていたのか、ふたりとも取り繕ったように澄まし顔になったんだよね…。

 精霊語で話せば俺には意味がわからないんだからそうすればいいのに、それもしない。


 ただだまーってじーっと、それでいて薄く微笑んでるんだよね。


 何の話してたの?、と問いかけるのも何だかしづらかったので、今後の予定を立てるためにも少し話を切り出す事にしたんだ。


 ハルトさんたちとも話し合わないといけない事なんだけど、その前に、ダンジョンの情報を聞いておかなくちゃいけないんだよ。だって何千kmだったか先の状況が関わってくるかも知れないんだし、そんなのハルトさんたちに言いづらいじゃないか。






 外の雨は止んだけど、地面を這う水が無くなるまではまだ数時間かかるらしい。

 それと、ぬかるんでいる箇所もあるようでその水が引くまでにはさらに数時間かかるという事で、行動を起こすのは早くても明日の午前中になりそうだ。

 さらに、肝心のダンジョンだけど、流し込まれた水が抜けて俺たちが入れるようになるのにはさらに1日と少しかかるんだとか。


 『お望みでしたらタケル様の周囲だけ水を除けますが…?』


 と言われたが、それでダンジョンに入って何をすればいいんだろうか。

 ただ通り抜けるだけになるんじゃないか?


 そのウィノアさんによると、何でもあのダンジョン地下深くには、空間制御の魔導機械とそれを補助する魔導機械がいくつか残っているだけで、居住区のようになっていた下層部はトカゲとそれを使役していた竜族の死体だらけなんだそうだ。


 そんなとこ行きたくないなぁ…。

 それ以外の魔道具や機械類はもう光の精霊さんが回収済みなんだそうだ。


 そして、さらっと言われたが、転移魔法らしい反応が2度あったらしい。


 1度目は下層に水が到達する前で、それはどこに移動したのかはわからないそうだ。

 中層に居た集団を押し流したときに発生したらしい。


 もしかしたら竜族の勇者がそこに紛れてたんじゃないかなと思うけど、ただの推測だし今言う事じゃ無いので黙って聞いた。


 2度目は下層に到達したとき、ダンジョンの一部が少し離れた地表へとごっそりそこの部分ごと移動したんだそうだ。

 そして40mほど落下して丸ごと潰れ、移動に使った魔導機械ごとぐしゃぐしゃになったんだと。


 なんだそりゃw


 どうしてそういう事になったかというと、その地表部分は既に光の精霊さんが土地ごと別の場所へと移設しちゃったあとで、水の精霊ウィノアさんが後でそこは海(湖)にしてしまう予定の所だから、大地の精霊さんがそのあとを深く掘っておいた場所だったからなんだと。


 まだ水が無かったのが、運が悪いと言えばいいのか何だかよくわからんね。


 光の精霊ドリーチェさんだったかが上空の母艦から指揮をとって一部の地表ごとそこに棲息する生物を移動させてたんだっけね。

 何というコンビネーションだろう。


 まぁそんな事もあり、あのダンジョンにつながっている先の竜族の拠点にはもう生きているトカゲや竜族は居ないというのがウィノアさんの話だった。


 逆に、もう居ないからこそ、光の精霊さんたちが急いで回収できるものは全て回収できた、という事になる。

 その地で核となっていた大型の空間制御魔道機械は、動作停止後に大地の精霊ミドさんが地中から魔力的に隔離をして内部に蓄えられている魔力も吸い上げ、別の装置で利用してから撤去をし、光の精霊さんの手に渡るらしい。


 その別の装置の動作テストをするのに、どうせ掘る事になるんだからと掘った場所が、竜族が緊急脱出してくる予定の場所だったってのが何ともひどい。


 『タケル様のおかげであの大地の者があのように慌てる姿を見れました。とても愉快でしたよ?、ふふっ』

 「ほう、あのミドがか、それは珍しいのじゃ、(われ)も見たかったのじゃ」

 「ドリーチェ様の事ですから、上空から記録をしているのではないでしょうか」

 『そうですね、その穴の底で慌てふためいていたのですから』

 「でもお姉さま、あまりミドじ、ミド様を(いじ)めないで下さいよ?、本当に連絡が取れなくなってしまいますから」

 「苛めるなどと人聞きが悪いのじゃ」


- 昔何かあったんですか?


 「ん?、まぁの、いろいろあったのじゃ」

 『一例を挙げると、ヌル様を起こしてしまったのですよ』

 「アクア」

 『タケル様のお望みに応えたまででございます。お許しを』

 「ふん、あれは起こすなどという生易しいものでは無かったのじゃ。さすがの(われ)も腹に据えかねたので仕返しに追い回してやったのじゃ』

 「でも千年も追い回すなんてやりすぎですお姉さま」


 え?、千年?


 「その間ずっとでは無いのじゃ。時々起きては追い回しただけなのじゃ、可愛いものなのじゃ」

 「伝承が本当なら、追い回すのに拠点を繋ぐ魔法に干渉して動けなくしたり、逃げる先に闇の穴を開けたりするのはやりすぎです。そんなのを千年も続けられれば大地の方々だってお姉さまを避けるようになりますよ…」

 「ま、まぁ、若気の至りというものなのじゃ」

 「何が若気ですか、危うく火の精霊の二の舞になってもおかしくなかったそうじゃありませんか」

 「いやまぁ、確かにやりすぎだったという面も無きにしも非ずなのじゃ、うん」

 「そんなだから災神や邪神扱いされたのでしょう?」

 「う…、」

 「なのでミド様へのちょっかいはしちゃダメですよ?、お姉さま」

 「ちょ、ちょっかいなど考えてはおらんのじゃ、ただちょっと面白動画を」

 「何が面白動画ですか、ひとが慌ててるのを見て楽しもうなんて、性格悪いですよ」

 「な…」

 「タケルさまだって、そんなの面白いなんて言いませんよ、ねぇ、タケルさま」


 いやそこで急に俺にふらないで欲しい。


- あー、まぁ、そう、だね。


 そりゃね、思いもよらない事故が起きて、今回の場合は一応は戦果ではあるんだけど、予定には無かった事で、それで驚いて慌てる姿ってのはミドさんにとっては見られたく無いだろうしなぁ…、仲がいいひとなら笑い飛ばすのもアリだと思うけどね、因縁がある相手の場合は話が違うだろう。

 気持ちはわからんでもないけどね。

 慌て方によっては単純に面白かったりするかも知れないしさ。


 「ほらお姉さま、タケルさまに嫌われたくないなら大人しくしていて下さい」

 「た、タケル様はそれくらいで嫌ったりはしないのじゃ」

 「じゃあお好きにどうぞ?、あたしは知りませんからね」

 「う…、タケル様ぁ」


 椅子を降りて縋り付いてきた。

 リンちゃんが目配せをしているのにもテンちゃんは気付いていないようだ。普段なら気付いてるだろうに。


- 嫌いはしませんけど、今回ミドさんやウィノアさんにはいろいろと尽力してもらっているわけですから、いくら予定外の事が起きたからって、その慌てる姿を見て笑う気にはなれませんね。


 そうリンちゃんを見て言い、目線を座っている俺の腕を両手で持っているテンちゃんに向けると、じわーっと涙目になってきた。

 あ、冷たくいいすぎたかな?

 頭を撫でておこう。


 「タケル様ぁ…」


 と、床に膝をついておれの腰にしがみついて膝の上に頭を乗せた。

 テンちゃんの髪もリンちゃんに負けず劣らず、手触りがいいんだよね。さらさらで手櫛もすっと通るし、手が幸せな感じがする。


 つい普通に撫でてしまったけど、このひと何千年どころか年齢なんて考えられないぐらいの年のはずなんだけど、一体どうしてこんなに子供っぽいんだろう?

 まぁ、可愛いからいいんだけどね。胸以外。

 胸は大迫力ってのがまたなんともアンバランスだ。今回は胸は太ももの横にちょっと当たってるだけなので大した事は無い。


 「(またタケルさまに甘えて…)」


 リンちゃんが不満そうに小さく言った。

 またリンちゃんの不満が貯まっちゃったかな…、これもそのうち何か考えないとなぁ。


 まぁ胸の話は置いといて、要するにヒマだからそんなのでも見たいとか思うわけだよね。

 何かいい暇つぶしがあれば…。


 けん玉とか作るか?、いやそれはそれでどうなんだ。

 ボードゲームは俺がちょっと苦手意識あるし…。


- リンちゃん、何かこう、魔力を与えたら光るようなの無い?、できれば頑丈なものだといいんだけど。


 「はい?、んー、ちょっとお待ちを」


 席を立って電話のジェスチャーをしながら早口でしゃべり始めたリンちゃん。

 待ってる間にもうちょっとウィノアさんに訊いておこう。


- ウィノアさん、こっちのダンジョン内部が落ち着くのっていつぐらいになりそうです?


 『そうですね、単純に水を引かせるのであれば1日あれば十分ですが、その前にタケル様』


- はい。


 『中の調査をされるのですか?』


- んー、現状、こっち側と言える部分って、どうなってます?


 『泥水で水没していますが、元々は木々のある空間が連なっておりまして、鳥類が繁殖していたようですね』


- それって全部魔物になってたんですよね?


 『はい、残っていた魔物やその卵は全て死滅しております』


- 他に何かあります?、木々の他ですが。


 『それらの排泄物が多少残っていますが…』


 ほんとに鳥だけのための空間だったのか…。そりゃそんなのが大繁殖してたなら、悪臭が酷くもなるだろうね。


- それだけですか?


 『例えば何かお探しでしょうか?』


- えっと、資源になりそうなものとか…。


 『長い目でみればそれら排泄物も資源と言えるでしょう、しかしタケル様がお求めになる資源ではありませんよね?』


- そうですね…、鉱物資源はどうです?


 『あるにはありますが…、それをダンジョンから採掘されるのでしたら他に良い場所をお探し致しますよ?』


 それもそうだ。


- いやまぁ、わざわざダンジョンの奥深くで採掘する意味がありませんね。それに僕の土地じゃ無いですし。


 『それと、水を抜きますと崩れる恐れがありますが、いっその事崩してしまいますか?』


 それもひとつの手だよね。


- あ、あのダンジョンってあっち側から転移してきたんだっけ?、それって今後どうなるの?


 「タケルさま、その件ですが、まだミド様が魔導機械から魔力を吸い上げている途中なんです。なので停止作業直前にあのダンジョンは元の場所に戻すことになるそうです」


- え、そうなの?、んじゃ調査も意味がないし、入る意味が無いね。


 『はい。結果的にはあちらで水の底となってしまいますので、泥水を抜く必要も無いかと』


 えー、だったらそうと早く言って欲しかったよ。


- あ、こっちに小さいけどもうひとつダンジョンがあったよね?、あれも戻っちゃう?


 「はい」


 おっと、それならあそこを活用しようとしていたハルトさんたちにも伝えないとね。また行方不明者がでてしまうかも知れないから。


- もしかして、そっちも水没してる?


 『はい、完全に』


 何とまぁ。


- じゃああとでハルトさんに伝えておくよ。ダンジョン内部には入る事もないから、水は抜かなくていいかな。


 『わかりました』

 「それで魔力で光る素材というお話ですが、タケルさまが以前回収された部材を加工したもので良ければすぐにご提供できますよとの事でした」


- え?、そんなのあったっけ?


 「もうお忘れなんですか?、魔砂漠の地下で魔導機械のコアや都市防衛装置のコアを回収してましたよね?、あの部材が再利用可能な部品に加工されているんですよ」


- いつの間にそんな事してたの…。


 「タケルさまは回収されても何も仰らないので、どうせそのままでは何もできませんから、こちらで手配して研究機関で利用可能なように準備していたんですよ」


- へー…。


 「へー、って…、とにかくそれで、ただ光るだけでいいのなら、と、あ、届いたようです。持ってきますね」


 え…、はやw

 と思いながら奥の階段を上がって行くリンちゃんを見送った。


 ソファーのほうでババ抜き改め白抜きをしている3人は、後ろを通るリンちゃんをそれぞれちらっと見ただけで、真剣勝負が続いているようだった。


 時々、

 「あ、今ロミ様に白が行きましたか?」

 「引いてないわ」

 「っぷ、ウソおっしゃい」

 「ずるいわ、言うなんて」

 「だって、ロミに引かせたと思ったら笑っちゃって」

 「そっちがその気ならもう容赦しないんだから」

 「怖いです、お手柔らかにお願いします」

 「ふふっ、さぁ引きなさいな」

 というような会話が聞こえてきてはいたんだけどね。


 どうやら毎回順番を変えてやっているようだ。

 楽しめているようで何よりだね。






次話4-045は2021年01月29日(金)の予定です。


20210122:衍字削除。 お探しし致します ⇒ お探し致します

20210123:衍字削除。 下層部には ⇒ 下層部は

     カエデの緊張を表したつもりだったけど、わかりにくいので訂正。

     外出てだったんで ⇒ さっきまで外だったんで



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回はカエデの入浴があったけど描写無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   何しに戻ってきたんだろうという気分。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンちゃんの姉。年の差がものっそい。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   まだまだお仕事中。

   でも雨のターン終了で少し余裕が出たのかも。

   今回は首飾りの分体から声だけの登場。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい登場しませんが一応。


 メルさん:

   ホーラード王国第2王女。

   いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。

   王女らしさは態度や行動にでているようですが。

   いろいろ気苦労してますね。

   基本、居ない時は外を走り回っています。

   ダイエット作戦実行中。タケルには内緒。

   1対1になると強いのは、達人剣士の勘というやつでしょうか。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回は名前のみの登場。

   えらい言われようですね。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、

   ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   しばらくぶりの出番でしたね。

   相変わらずの雰囲気ブレイカー。もちろん良い意味で。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   神経衰弱の雪辱をババ抜き改め白抜きで。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   案外根は素直なのかも。

   自称じゃ無かったのか…。

   それとも、考えすぎてダメなタイプ?


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。

   舞台がハムラーデル国境に移ると登場するかも知れないので一応。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   今回も出番無し。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。


 トルイザン連合王国:

   ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。

   3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。

   クリスという勇者が所属している。

   3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。

   そろそろ話が進みそうです。いやほんとに。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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