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4ー043 ~ 再びハムラーデル国境へ

 「ここが最近話題の土産物屋なのか?、串はそれなりに満足したが…」

 「お姉さま、それをどこで聞いたんですか」

 「燻製を作っておるところを見学したときに聞いたのじゃ。お手頃価格でサービスの良い店じゃと皆が言っておったので気になっていたのじゃ」


 と、例の西門近くの焼き串屋台まで、先に通りを軽く見ながらも突っ切って行き、それから串をもぐもぐ食べつつ戻って、串を回収してくれるお土産屋さんまで来たわけだ。

 テンちゃんは一応、燻製小屋とか食品工場とか寮とか、そういう事は言わないようにしてくれているようだ。って、いつの間に見学してたんだよ…。


 「ご満足頂けたようで嬉しゅうございます。お綺麗なお客様方には見劣りする品で恐縮ではございますが、ご来店の記念と言っては憚られましょうか、お土産におひとついかがでしょう?」


 串の回収箱を持った女性店員が箱を後ろに置いてから言った。女性もいたんだな、この店。見た感じ若くはないけど。男性しかいないよりはいいという事なのかもね。


 最初に食べ終えた串を入れて下がった俺の近くに立っていた男性店員が一瞬渋い顔をした。何かミスったのかな。


 「ん?、くじが引けると聞いておったが、今日はないのか?」

 「お姉さま…」

 「もちろんございますよ?、…こちらです。どうぞ1本お引き下さい」

 「おお、そうか」


 楽しみにしてたのか…。

 そうして1本引くテンちゃん。棒の先が黒く塗られていた。


 「む、黒いのじゃ」

 「黒いですね」


 棒の先を見て言い、顔を見合わせてから店員を覗う精霊姉妹。


 「あらー、残念でございますが、それはハズレです。ですがご安心下さい。お客様は3回引ける権利がございます。あと2回ありますよ」

 「そ、そうか、ではリン、引くのじゃ」


 ハズレを引いたテンちゃんが残念そうにリンちゃんに場所を一歩譲った。


 「え?、あたしはいいですよ、お姉さまに譲ります」


 リンちゃんはテンちゃんに気を遣ったみたいだ。俺の分も譲るかな。


- あ、僕の分もテンちゃんが引いていいよ。


 「おお、そうか、では引くのじゃ」

 「ではどうぞ」


 気を取り直したのか目に輝きが戻ったテンちゃんが慎重に棒を選んで引いた。


 「黒いのじゃ…」

 「も、もう1回ありますよ!」

 「お姉さま、頑張って!」


 そしてまた選んで引いた…、黒いのを。


 「っく、黒いのじゃ…」

 「お姉さま…」

 「まことに残念です…」

 「…いや、慰めは良いのじゃ、こういう事もあるものなのじゃ、仕方が無いのじゃ…」


 肩を落とすテンちゃん、その背中に慰めるように手を添えるリンちゃん。

 それを見てから、こちらへ2歩寄ってこそっと言う女性店員さん。


 「こういう時こそ、」

 「(お、おい!)」

 「何か買って差し上げてはいかがでしょう?」


- あ…、まぁ…、そうですね。


 男性店員さんが小声だけど女性店員さんを止めようとしたけど遅かったようだ。


 「タケル様、大丈夫なのじゃ。この店の品は見たところ使われておる石は宝石では無さそうなのじゃ、くじを引くのが楽しみだっただけなのじゃ」

 「そうですね、色のある石を磨いただけに見えますし、あまり良い金属が使われているようには見えません、錆びやすいものはお姉さまには合いませんよ」


 あ、俺が買わないように止めようとしたふたりの言葉で店員さんふたりと周囲で立ち止まって見ていたひとたちの顔が引きつってる。

 しまった、先に説明しておくんだった。


- あ、テンちゃん、それとリンちゃんも、この店はそういうお店じゃないから…。


 「あ、あの、お兄さんちょっと…」


 と言いかけたところで青ざめた男性店員さんに袖を引かれた。


- はい、あ、ふたりともちょっと大人しく待ってて。


 そして露店の端の陰になっているところへ誘導された。


 「まずはうちの者が大変失礼を致しました。あのくじは全部で100本でして、そこに体裁をとるために3本だけハズレを入れております。まさかその3本を立て続けに引かれてしまうとは思いもよりませんでした」


 え、そんな低確率引いちゃったの?、テンちゃん。逆にすごいな。

 って、他は全部アタリか…、それはそれでくじとしてどうなんだって思うんだが…。

 と思ったのが顔にでていたのか、続けて言われた。


 「はい、お察しのようにあれは場を盛り上げるための道具でして、種類はありますがアタリを引いて頂く事でいくらか割引をしやすく、そしてお客様には気分良く買い物を楽しんで頂くためのものです」


- なるほど…。


 アタリも1種類じゃ無いってことね。


 「それで申し訳無いんですけど、うちは見ての通り安物しか置いて無いわけでして、そりゃまぁ綺麗だの似合うだのお土産にいかがでしょうとは商売ですから言いますが、その…、このような露店ですし、本物の勇者様がいずこかのお姫様を連れて来られるような店じゃ無いんです。ですからその…、あまり店先で宝石じゃ無いとか、色ついてるただの石を磨いただけとか、錆びやすい金属とか言わないで欲しいんですよ…」


- あー…、連れの子たちがすみませんでした…。


 あれ?、本物の勇者様?、本物?


 「お兄さんはもうご存じのようですから正直に言いますけど、ここは村の男性がちょっと村娘にいい恰好をしたいという需要を満たせるところで、娘さんのほうはそのまま持っていてもいいんですがそこの裏で引き取りをやってるんで、ちょっとしたお小遣いになるっていう、そのための店なんです。だから値段なんて適当ですし高価な品じゃなくてもいいってわけでして…」


- あっはい、はい、はい…、あの、僕の事ご存じなんですね。


 「はい、こないだお兄さんが来たあとすぐ、勇者隊のひとが来ましてね。そのお連れさんがお兄さんの事を『タケル様』って言ったんでその勇者隊のひとが勇者様じゃないかって驚いてたんですよ。いや私も驚きましたよ、そりゃここは勇者村ですけど、勇者様なんて見た事も話した事も無かったんで、案外普通なんだなって、あ、親しみが持てるって意味ですよ?」


 フォローしてくれてるけど、いいよ、自覚はあるから。それよりも勇者を見たことがないってほうが気になるね。


- え?、勇者を見たことが無いんですか?


 「出回ってる肖像画なら見たことがありますけど、それは古参の勇者様ですからね、あとは自分から勇者だって言う偽物ぐらいですね」


- 偽物…?


 「はい、本物ならわざわざ自分から名乗ったりしませんし、門番でもない私たちに鑑札を見せびらかしたりしませんよ。鑑札の確認もできませんし、必要ありませんからね。偽物の事、ご存じ無かったんですか?」


- そうですね、偽物が出るなんて思わなかったもんで…。


 だって、勇者ってだけで腕に覚えのあるひとから挑まれたり最前線に送られたり討伐を依頼されたりするんだぜ?、なんで自分からそんな立場になりたがるのか不思議でしょうがないね。俺はまだそんなのに遭遇した事は無いけど、依頼はあったっけね、ツギの街の冒険者ギルドで1度だけ。あ、メルさんから頼まれたのも入れたら2度かな。

 サクラさんが言ってたけど、移動経路で泊まった村や野営地でも挑まれたり討伐を依頼されたりした事が今まで何度もあったんだってさ。大変だね、勇者って。


 「そうでしたか。その手の偽物ってちょくちょく出るんですよ。連れている女性にいい恰好をしたいとか、勇者だからツケといてくれとか、そんなのが多いですよ」


- でもこの村って勇者隊が巡回してますよね…?、そんな所で勇者を(かた)るなんて…。


 「害が無い限りは私たちも勇者隊の方々も温かい目で見るだけですよ、ははは」

 「ほう、偽物が出るのか?」

 「お姉さま」


 いつの間にかテンちゃんがこっちに来て俺たちを見上げていた。リンちゃんはテンちゃんの手を引いて注意してるみたいだけど、俺がリンちゃんに頷いて構わないと合図をすると手を離した。


- テンちゃん、くじは残念だったね。


 「もうそれは良いのじゃ。くじとはそういう物なのじゃ。それで勇者の偽物が出ても放置なのか?」

 「基本的には放置ですね。だいたいがいい恰好をしたいとか、憧れからくるものですからね。悪質なの以外は放置です。商業ギルドの講習でもそう教わります。むしろおだてて気分よくたくさん買い物をしてもらえるなら偽物でも歓迎ですから」

 「そうか。さっきは悪かったのじゃ。店のことを悪く言うつもりでは無かったのじゃ」

 「あ、いえ、もしかして聞こえてしまいましたか?」


 頷くテンちゃんとリンちゃん。


 「王都の本店へ行けばもっとちゃんとした装飾品も置いているんですけど、ここには無いんですよ、ご覧のような露店ですからね、そこは申し訳無いとしか…」

 「良いのじゃ、串は美味かったのじゃ、特にタレの工夫が素晴らしいと思ったのじゃ」


 そうだよね、俺もそう思う。


 「ありがとうございます。そう仰って頂けると望外の喜びです。私は元々串焼きの店をやっていたんですよ」

 「おお、そうだったのか。なら繁盛しておったのではないか?」

 「いえ、それが当時はこの味がなかなか出せずに借金が嵩んでしまいましてね、あと一歩何かが足りないというところだったんですが、運よく出資して下さる方に出会えまして何とかなったという次第で、あ、お恥ずかしい話で」

 「恥ずかしがる話ではなかろう」

 「実はこの味が出せるようになったのも、この村に来てからでして、ある店で『勇者様のおすそ分け』という料理を食べたときに、これだ!、って思ったんですよ」


 え…、ここでそれが出るとは…。


 「ほう、そのような料理が」


 テンちゃんもしらじらしいなぁ…、ほらリンちゃんもテンちゃんの後ろで半眼になってる。


 「はい、そのレシピを何とか知りたいと、そこで作っているのか、それともどこからか納入されているのか探ろうとしていたんですが、納品に来られている方に頼み込んだところ、調味料をいくつか格安で卸して頂けるようになったんです。そこから試行を繰り返してようやくこの味が出せるようになりましてね」


 えー?、んじゃ光の精霊さん産の醤油やソースを使ってるんじゃないか。なんだよ、使わずによくこの味を出せたなって感動したのに…。


 「そうだったのか、苦労したんじゃな」

 「ええ、でも今は皆様が美味しい、美味いと仰って頂けますので」

 「そうかそうか」


 そんなこんなで笑顔で別れ、その後は適当に露店や店を見て『森の家』へと戻る事にした。


 東門を出ると、リンちゃんがたぶんモモさんだろう、連絡をとっていたが、帰りは歩くのが面倒になったので飛んで戻った。

 比較的近い距離なのでそれほど速度は出していないのに、やっぱりリンちゃんはひしっと俺にしがみつき、目を固く閉じていた。


 テンちゃんは俺の隣に普通に寄り添っていたけど、『近いと物足りないのじゃ』と言って、『もう少し高く飛ぶのじゃ』と注文をつけたりした。


 でもなぁ、ほんの5km無いぐらいの距離だよ?、高く飛んだって上昇と下降だけになっちゃうじゃないか。どうせそんなに速度を出さないんだから低くたっていいのになぁ…、と思いつつも少しだけ高度をとるだけで満足してくれたようだった。


 良かった、雲の上まで行けとかじゃなかった。






●○●○●○●






 戻ると、リビングにはモモさんだけが居た。


 「おかえりなさいませ」


 書類仕事をしていたようだったが、手をとめて立ち上がって綺麗なお辞儀をしたモモさんに、ただいまと言ってから尋ねた。


- ロミさんとシオリさん、それとメルさんらしきひとがあっちに居るようなんですけど…。


 帰ってきてまず驚いたんだよ。だってあの3人が『燻製小屋』という食品工場の中に居るって感知したわけで…、作業責任者のミルクさん他数名が一緒にいるみたいだから、勝手に入っているわけじゃなく、たぶん全員あの完全防護の恰好になってるんだとは思うけどね。


 「はい、ロミ様が、工場見学をしてもいいかと尋ねられまして、それならばとシオリ様、メル様もご同行を申し出られまして…」


 それで許可した、と。いいのかなぁ…?


 「まずかったですか?」


- んー、まぁ他所で言いふらしたりはしないでしょうし、もう精霊さんって知ってるわけですし…、あ、ロミさんは何でそんな事を?


 「ああ、帰りにミドリたちからいろいろと話を聞いてしまわれたらしく、それで興味を持たれたようです」


 あー、そういう事かー…。

 ミドリさんは軽々しく言わないはずなので、一緒に居た寮の子たちがポロっと漏らしちゃったんだろうね。

 ロミさんは柔和な態度を取ってるけど、あれで察しはものっそい(物凄い)ので、ちょっとした情報からいろいろと知ってしまったのかも知れない。


- リンちゃんは聞いてたの?


 「はい、村を出る直前に。これから帰ると連絡をした時に聞きました」


 えー?、その時に言ってくれたらいいのに…。


 「でもタケルさまが、飛んで戻ると仰って…」


- あ、そっか、帰ってから聞くよ、って言っちゃったんだった。ごめん。


 「いいえ、でもタケルさま」


- ん?


 「メルさんを除いてあのお二人から言われて、断ります?」


 確かに。


- あー…、無理だね。


 「ですよね?」

 「ミルクからの報告では、お三方とも大人しく指示に従って下さっているご様子ですから、心配は要らないと思いますよ?」


- そうですか、あの恰好がちゃんとできるなら、まぁ、いいんじゃないですかね。


 「あの恰好、そうですね。ふふっ」

 「タケルさまは不満だったんですか?」


- ううん?、食品を扱うんだからあれでも足りないって思うぐらいだよ。


 「「え?」」

 「足りませんか?、タケル様」


- そりゃあ、万全を期すならひとが入らないのが一番でしょう。加工全て機械、あ、魔道具ですか、それにやらせてしまって、ひとは機械を管理するだけ、そうするのが…、あ、魔法がある世界だとまた違うんでしたね。すみません差し出口でした。


 「なるほど、タケル様の元おられた世界ではそういう食品加工が普通だったのですね」


 感心したように言うモモさん。


- もちろん食品によっては人の手が必要な部分もありますし、食品加工の全部が全部、機械ってわけじゃなかったんですけどね。


 「そうだったんですか。ここでは魔法技術を含めて衛生管理は徹底していますから、大丈夫ですよ」


- うん、ありがとう。


 「タケルさまがお礼を言うような事では…」


- リンちゃん、そうじゃないんだ。僕が手作業で作ってた燻製を、ちゃんとした工場で、衛生管理もきちんとやって、その上で研究も重ねてくれているって事が、僕にはありがたく思えるんだよ。


 「タケルさま…」


- だから、それを管理したり他の料理も含めていつも食べられるように作ってくれているモモさんたちにも、僕は感謝してるんですよ。


 そう言うと、モモさんは改めて姿勢を正してから、丁寧にお辞儀をした。


 「タケル様よ、そこで立ったままでは何じゃ、座ってお茶にするのじゃ」

 「あ、そうですね。お姉さまもたまにはいい事を言いますね」

 「たまにはとは何じゃ」


- まぁまぁ、リンちゃんも。


 どうもリンちゃんはここんとこ一言余計なんだよなぁ、ストレスでも溜まってるんだろうか…?






●○●○●○●






 翌日。

 予定通り、ハムラーデル国境砦へと行く日だ。


 今日は生憎の空模様で早朝から小雨が降ったり止んだりというお天気なので、俺の部屋に皆が集まっての転移となった。見送りはモモさんが部屋の中で、ベニさんとミドリさんとアオさんの3人は部屋の入口の外で身を寄せ合って中を見てる状態。

 何で俺の部屋かっていうと、この『森の家』の俺の部屋には端にベッドと机があるだけで、他には何も無いからがらんとしてるってだけの話。他の部屋だとテーブルと椅子とか、クローゼットとかあるんだとさ。何で俺の部屋だけそういうの無いんだろうね?

 まぁ考えてもわからんし、リンちゃんやモモさんに今更尋ねるのも何だかなぁという事で、この部屋から転移すると言われたらそうですかと言うしか無かった。


 ちなみに俺の部屋じゃ無ければどこから、というと、寮の体育館か、アンデッズの練習用ステージが候補だったんだってさ。ステージはともかく、体育館なんてあったのか…。さらに体育館の地下にはプールもあるそうな。福利厚生行き届きすぎだろw


 まぁとにかく、手軽(?)に俺の部屋からというわけで、転移魔法と聞いて緊張気味のロミさん以外がもう慣れた様子で、あ、テンちゃんだけはまた例によって袋に包まれるんだけど、それを目を丸くして見ているロミさんが、自分にも渡されたペンダントを着けて、まじまじとそれを見ている間にさくっと転移が完了し、ハムラーデルの国境砦、その中庭に造った一番上の広い部屋へと到着した。






 そうそう、昨日の夜は食品工場を見学してきたロミさんたち3人が興奮気味にあれこれと感想を言い合って盛り上がっていた。

 おかげでリビングのソファー側に近寄れなくて、俺は食卓の端っこで小さくなって…、とまではしてないけど、そんな居心地の悪さを隠しつつ、モモさんたちと話し、お茶をちびちび飲んでいた。


 時々聞こえてくるロミさんの、ちょびっと魔力の乗った声がね、『430名も住んでる豪邸』とか、『先進的な加工設備』とか、『従業員は女性だけ』とか聞こえるんだよ…。


 430名って、前よりやたら増えてない?、って隣の席でにこにこしてるリンちゃんに尋ねたら、モモさんが『タケル様が、聖なるアンデッズ劇団がここで訓練できるようにと仰ったんじゃないですか』って笑いながら言われたよ。なるほど、劇団の関係者も全部いれたから増えたのか。


 聞けば、食品工場関係も少しは人数が増えたらしいけど、何よりも、その劇団の運営管理と演出関係に加えて舞台スタッフが多いらしい。

 そんなのちょっとは想像したけど、そんなに居るなんて聞いてねーよ…。


 劇団長のキュイヴさんは、俺に配下だと名乗ってたけど、実際は光の精霊さん政府からの出向なんだってさ。彼の部下たちの一部も同様らしい。転移免許を持ってるひとが2人って言っていたのは、同時に多くを運べる大型免許の話なんだってさ。普通免許を持ってるひとはそこそこ居るらしい。まるで運転免許みたいだな…。


 まぁ契約だのの詳しいことを聞いても全然ピンと来ないので、毎度おなじみ『そうですか』、って言うしか無いんだけども。

 彼らがこんな僻地で光の精霊さんの里より窮屈な思いをしなければいいなって思うぐらいだね。


 食品部は応募に試験選別があるそうだ。前回の増員では募集人数の100倍以上の応募があって、里では大変だったらしい。モモさんは『森の家』と里とを往復しまくって大忙しだったそうだ。

 それと同様に、今回の劇団員の募集では応募資格に制限があったにも関わらず、希望者が殺到して選別が大変だったんだってさ。


 例によって後で耳にしたんだけど、『森の家』だと里に出回る前の、つまり流行最先端の料理が食事に出るんだそうで、それがかなり評判いいらしい。しかも寮なので費用もあまりかからず、里よりも給料がいいのでお金が貯まる。周囲は自然が豊富で創作にもいいと言ったのは演出関係のひとだろうけど、生活に不自由は無いらしい。無いどころか大満足で士気も上々だとか。


 前に聞いたけど、通信販売も充実してるとか何とか。でも食品部も含めて意外と利用者はあまり居ないんだそうだ。たまに衣類とか消耗品の注文があるぐらいで、予想していたよりも少ない事に、逆に驚いたってモモさんが言ってたよ。






 ぞろぞろと階段を降りて下の部屋(リビング)へ行ったが誰も居なかった。

 テーブルの上には給水器から汲んだんだろう水が少し残ったコップがひとつ、ぽつんとあったがそれだけで、食器が散らかっていたり床が汚れていたりという事も無く、カエデさんたちは部屋をかなり綺麗に使ってくれたんだなと感心した。


 外はまだ大雨が降り注いでいるのに、ハルトさんとカエデさんは砦には居ないようだった。


- どうします?、砦内部にハルトさんもカエデさんも居ないみたいなんですけど。


 「特に急いでいるわけでは…」

 「この雨の中、外に出ているの?」


- そのようです。以前、ダンジョン前に作りかけの拠点が心配とか言ってましたし、近くまで見に行ってるんじゃないでしょうか。


 俺が前に見たときはダンジョン入り口にフタがあって、それを俺が取り除いたんだけど、当然フタがあったんであのあたりは水没しかかってたんだよね。若干周囲よりも低いせいで池みたいになってたっけ。でもフタを取り除いてからだいぶ経つし、水が貯まっては無いだろう。

 でもこれだけの雨水を流し込んでいるんだから、周囲は近寄れないかも知れないね。

 もし流されたらダンジョンに泥と一緒に…、まぁ普通に溺死確定だろう。


 「魔物が出てきたりはしないの?」


- 雨の水がほとんど流し込まれてるんですよ?、とても出て来れないと思います。


 「それもそうね…」

 「砦に戻ってくるのがわかっているんですから、待つしかありませんね」

 「そうね、メルさんの言う通りだわ。しかしヒマね、何か読むものでもあればいいのだけど…」


 と言って周囲を見回すロミさん。

 カエデさんが放置した本なんかがあっても良さそうだけど、やはり本は高価なものでもあるので、自分の部屋の荷物にちゃんとしまってあるようだった。


- カエデさんが居れば本をお借りできt


 「ダメよ!、ダメ!、絶対ダメ!」


 シオリさんに遮られた。


 「え?、カエデさんが持ってる本って、もしかして」

 「ええそうよ、だからそれ以上言わないで」

 「わかったわ。でもあのシリーズなら私は全部読んだから、暇つぶしにはならないわね」

 「え…?、全部?」

 「そうよ?、貴女が発売禁止にしたのもしっかり入手したわ」

 「なん…てこと…、ま!、まさかヘンドリック(リック)も知ってるなんて事は…」

 「大丈夫よ、彼には見せてないわ、どれも」

 「…そう…、初めて貴女に心から感謝するわ…」

 「ちょっと言い方にひっかかるけど、まぁいいわ。それでタケルさん」


- はい?


 「今、メルさんがそこでしようとしてる魔法の訓練で時間を潰すのもいいけれど、何か他に時間がつぶせるようなもの、もってなぁい?」


- んー、ちょっとお待ちを。


 ポーチに手を突っ込んで探してみたが、ほぼ魚か魔物の死体とか食料品だな、衣類とかもあるにはあるけど、量的比率の差がすごい。またどっかに大量放出しないとなぁ、でもサメみたいなでっかい魚?、とかどうすりゃいいんだろうね。いっその事、リンちゃんに言って肥料にしてもらってもいいかも知れない。


 それはそうと、雨の日に室内で時間が潰せるような…、ってーと、ゲームとかトランプとかそんなのかな…、あ、エクイテス商会で貰ったのがあるじゃないか。


- こういうのならあるんですが…。


 と、1から9までの数字と6種類のマークが書かれたカードが入っている箱を取り出してテーブルに置き、箱を開けて中身を取り出して並べた。


 「まぁ、西洋カルタに似ているわね」

 「貴女物知りね」

 「まぁね、これでどうやって遊ぶの?」


 あまり複雑なルールのものは説明がややこしいし、そもそもこれはトランプとは違ってマークが6種類ある。赤と黒に色分けされておらず、全部黒だけどね。それに俺はこのカードでの遊び方を知らない、一応箱には説明書がついてたけど、今回それは出してない。


 だから、単純な5並べか、神経衰弱がいいだろう。


- とりあえず、簡単なルールのものからで。テンちゃんとリンちゃんもどう?


 「私は見ているだけで良いのじゃ」

 「あたしもです、タケルさま」


- そう?、じゃ、4人ですね。


 と、54枚のカードをぎこちないながらもシャッフルをし、裏返してテーブルに並べて行った。

 規則正しく並べるのではなく、ばらばらに。


 「それで、どうするの?」


 ロミさんは期待しているのか目がきらきらしている。

 シオリさんは少し心配そうな表情。

 メルさんは微笑を浮かべて静観している。三者三様だね。性格がよく出ているように思う。


- これは、順番に2枚ずつ開いて、まず僕からやりますと…。


 と、実際にやってみせて説明をした。

 同じ数字が出れば獲得できて、違っていたらまた裏返し、という風にね。


 そして俺とロミさんが同数獲得で、シオリさんがその次、メルさんが最下位となった。

 メルさんがちょっと悔しそうだったけど、やり方がわかったところで3人で遊んでもらう事にした。


 どうしてかというと、実は俺だとパッシブで何のカードか見えちゃうんだよ。

 だから勝負にならない。

 さっきロミさんと同数にしたのは加減したって事だ。


 最初はテンちゃんとリンちゃんを入れて6名で遊べるかなって思ったけど、ふたりが辞退したのはそういう意味だ。俺も断られてからカードが見えちゃう事に気が付いた。


 カード自体は別に魔力があるとか魔法がかかっているとかいう事は無いんだけどね。

 まさか印字されているインクを感知できるとは思ってなかっただけに、自分でも驚いた。

 こりゃあカード賭博なんてものがあるなら、いや、ラスヤータ大陸にはあるみたいな事をエクイテスさんが言ってたけど、そんなとこだと俺は無双ができちゃうね。

 行かないけどさ、何のカードか感知でわかっちゃうんだからズルいなんてもんじゃ無い。


 逆にイカサマをされてもすぐわかるだろうけども、言ってみりゃ俺のほうがカードを透視してるようなもんなんだからイカサマみたいなもんだ。


 という事は、麻雀のようなのも俺はもうできないね。

 だって相手の手どころか、積んであるものまで丸見えなんだから、次に何が来るかとか、順番が狂わなければ何巡目に揃うとかが分かってしまう。単純に言えば上がりまでの最短で手が作れるという事になる。そんなのズルいだろ?


 「ちょっとロミ、貴女取りすぎよ」

 「シオリさんも正確に覚えればとれるわよ?」


 あ、そっか。ロミさんそういう面は凄いんだった。神経衰弱を選んだのは失敗だったか?


- 途中で場所を混ぜ直すという事もよくやるんですけど…。


 「また覚え直しになるじゃないの」

 「それでもいいわよ?」

 「混ぜ直すなら私のあとにして下さい…」


 メルさんは真剣な眼差しで右手の人差し指を立て、テーブル上のカードを目で追いながら指を小さく動かして記憶の整理をしているようだった。

 小さい子とかがよくやってたなぁ、それ。


 でもまぁ、取りすぎだと文句を言ったり真剣になるというのは楽しんでいる証拠でもある。

 もう何ゲームかしてから、7並べじゃなく5並べの遊び方を伝えても良さそうだね。


 「あっ、それはさっきの…」

 「それを取られては…」

 「ふふっ」


 やっぱりロミさんは記憶力勝負だと相当強いみたいだ。






次話4-044は2021年01月22日(金)の予定です。


20210826:何となく読点から句点に変更。 転移で、 ⇒ 転移となった。



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回も入浴無し。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   見えちゃうなんてズルいですね。


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい登場しませんが一応。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンちゃんの姉。年の差がものっそい。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   まだまだお仕事中。

   珍しく名前も出て来なかったね。


 メルさん:

   ホーラード王国第2王女。

   いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。

   王女らしさは態度や行動にでているようですが。

   いろいろ気苦労してますね。

   基本、居ない時は外を走り回っています。

   ダイエット作戦実行中。タケルには内緒。

   負けず嫌いだけど、知的ゲームだからか、

   それほどでも無い様子。


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   今回も登場無し。次回こそ。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   ロミには負けたくないんでしょうね。


 ロミさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現存する勇者たちの中で、3番目に古参。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   こんなの相手に神経衰弱なんてしたくないですね。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   現存する勇者たちの中で、4番目に古参。

   だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。

   舞台がハムラーデル国境に移ると登場するかも知れないので一応。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   現存する勇者たちの中で、5番目に古参。

   コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。

   アリースオム皇国所属。

   今回も出番無し。


 アリースオム皇国:

   カルスト地形、石灰岩、そして温泉。

   白と灰の地なんて言われてますね。

   資源的にはどうなんですかね?

   でも結構進んでる国らしい。


 トルイザン連合王国:

   ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。

   3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。

   クリスという勇者が所属している。

   3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。

   そろそろ話が進みそうです。


 森の家を管理している精霊さんたち:

   モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。

   それとは別に、寮長ブラン、工場での作業管理責任者ミルク、

   劇団長キュイヴが居る。


 寮の子たち:

   タケルの家とされている『森の家』その隣の、

   燻製小屋という名前の食品工場に勤める精霊さんたちの事。

   寮生活をしているが、自由時間は結構多いので生活を楽しんでいるようです。

   これでも光の精霊さんですから、

   普通の人種(ひとしゅ)とは比較にならない魔力量があります。

   これまで名前が登場したのはアーコなど数名ですが、

   寮には200人ほど居ます。80名ほど増えたそうです。


 聖なるアンデッズ劇団:

   3章で登場し、この4章で初公演となったアンデッズ25名を含め、

   管理運営と演出脚本などで25名、その他スタッフ100名の計150名。

   それら全員が、公演期間が終わると『森の家』に戻ってきます。

   アウトソーシングとか無いのかな…?



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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