4ー039 ~ シオリとロミとメル
「ロミ!、ここで会ったが100年目よ!」
あれっ?、なんでシオリさんがここに!?、ってヤバくね?、この状況。会わせちゃダメな2人なんじゃないか?
「80年ぐらいじゃなかったかしら?」
シオリさんは目を三角にして怒りを表現し、ずんずん歩み寄ってきたけど、ロミさんはどこ吹く風だ。
着陸時にロミさんに言って半歩の距離を開けてもらっていた俺は、すすっと近寄ってきていたリンちゃんとテンちゃんに引っ張られ、ロミさんに迫るシオリさんから離れた。助かった。ちょっとびびって逃げ遅れるところだった。
「誤差よ!誤差!、貴女また昔みたいな事をしようとしてるんじゃないでしょうね!?」
「昔みたいな…?」
と、ロミさんは可愛らしく右手の人差し指を顎のやや右に添えて小首を傾げ、斜め上の宙を見た。
「とぼけないで!、また私から、気になっ、じゃなくてタケルさんを盗る気でしょう!」
え?、俺?、今『私から』って言った?
と、耳を疑うシオリさんの発言に驚いてシオリさんを見たけど、彼女の視線はロミさんに固定されていた。
「あら、タケルさんってモテるのね、ふふっ、益々気に入ったわぁ」
ロミさんは俺を見たのでその動きに釣られてつい視線をそちらへ動かすと視線が合い、にっこり微笑んだ。対照的なふたりだなぁ。
って、シオリさんって別に俺に気があるとかそういう素振りなんて全然無かったよね?
普通に勇者の先輩後輩だったと思うし、シオリさんがイアルタン教だからその関係でちょっと俺に一目置いていたっていう、それだけのはずだよね?、モテるとかモテないとかじゃ無い。
「貴女の悪い癖、あの時だってヘンドリックを誑かしたのと同じ事をしようってったって、今度はそうは行かないわよ!」
「あれはあの人も悪いし、貴女にも原因がある事なのだけど、昔の事をまだ根に持ってるだなんて、しつこい女は嫌われるわよ?、ふふっ」
「な、何ですって!?」
「昔の話はさておき、タケルさんに関して貴女は何だと言うのかしら?、特別な関係だとでも言うの?」
うぉ、俺を引き合いに出すのは勘弁してくれ。
「…た、タケルさんとは…」
ロミさんから視線を下げて俯き加減になるシオリさん。
答えなくていいのに、俺が勇気を振り絞って止めようとして半歩踏み出すのに頑張ったけど両袖をくいっと精霊姉妹に引かれ、その間にロミさんがシオリさんをのぞき込むようにして煽った。
「タケルさんとは?」
「一緒に入浴までした関係よ!」
既に紅潮していた顔をさっと上げ、ロミさんを見下ろしてきっぱりと言った。
え、ちょw、いや確かに結果的にそうなった事はあるよ?、でもあれは宗教的なものだからノーカンだろ?
と、俺が内心焦り始めてるのにも関わらずロミさんはニヤリと笑みを浮かべた。
「ふぅん?、潔癖な貴女にしてはよくやれたわね。でもそれくらいなら私もしたわ。彼の上に跨って愛を囁いたしぃ」
え!?、ちょ、ロミさん!?
シオリさんはロミさんの言葉に目を丸くし、途中をすっ飛ばしたような角速度で俺を見据えた。こ、怖いんだけど!
「んな…!?、た、た、タケルさん貴方という人は…!」
リンちゃんとテンちゃんが両脇で俺の腕をしっかりと掴んだ。動けない!
そこに迫り来るシオリさん。
視界の隅でロミさんがニヤニヤ悪い笑みを浮かべているのを誰も気付いていないんだけど!
- え、誤解です!、してません!
「そんなわけがありますか!、この女がまた、ま、跨った、って!、往生際が悪いですよ正直におっしゃい!」
- で、ですから、してませんって!
「タケルさま?」
うひっ、リンちゃん!?
- あ、え、うぃ、ウィノアさん、証明をっ
『はい。タケル様は何もしておられません。私が介入して引き離しました。寸前でしたが』
「寸前とな!?」
「寸前…!?」
ロミさんが小さく、ほんの小さくだけど、舌打ちをした。
いあいあテンちゃんはもう知ってたでしょ、『安心したのじゃ』って言ってたじゃん!
「寸前というのなら、吾もそうなのじゃ。問題無いのじゃ」
「お姉さま?、聞いてませんよ?」
「1度は許せと言ったのじゃ、其方もそう言ったのじゃ」
「寄り添っただけです!」
「全裸での。それに其方は添い寝を何度もしておるらしいのじゃ。寸前と言うなら其方が一番近いのじゃ」
え?、添い寝?、そんな事あっt…、ああ、キチン宿とか東の森のダンジョン村の宿であったあった。でも寸前って言葉の意味が各自異なるような気がする…。
けど俺を挟んで左右でそういう話は…。
「ねぇ、貴女ホーラードの王女でしょう?、タケルさんを繋ぎ留めるのが緩いんじゃないかしら?」
ロミさんがリビングの出入口のところに控えていたメルさんに優雅に歩み寄りながら問いかけていた。
「ロミ様、私はそのような事は考えておりません。タケル様はとても魅力的なお方ですが、私も分を弁えております。それにこれまでそのような機会はありませんでしたし、精霊様方を差し置いてなど畏れ多い事ですから」
「精霊様方?」
あ、到着したら紹介しようって思ってたのに、シオリさんが詰め寄ってきてしまったから…。
「はい」
薄く微笑んで答えるメルさん。こちらも優雅さでは負けてないね。余裕の微笑みだ。
そこにシオリさんが言う。
「貴女は未熟だから気付かないのかも知れないけれど、リン様とテン様は精霊様ですよ、それと先のお声、タケル様をお助けしたお声はアクア様その方です。あ、もしかして貴女だけには聞こえなかったのかしら?、それなら仕方な、」
「聞こえたわ。私の城ではお風呂の時もアクア様のお力に包まれるのはいつもの事だもの。タケルさんとの入浴のときは顕現なさったわ」
「そ、そう、それくらい私だって、ぁあるわよ?」
「そうね、名誉司教ともなればそれくらいあるわよね」
「と、当然、ね」
「あ、毎日朝晩、泉にお祈りを捧げるとちょくちょくお声を賜りますよ」
「何ですって!?」
「それはすごいわね」
ついにメルさんまで参加し始めちゃったよ…。
でもメルさんは何だか達観しているような雰囲気だ。
もしかして、光の精霊さんの里で聖なるアンデッズ劇団の観劇をした経験が大きいんだろうか…、口止めはされてたけども。
「のぅリンよ?」
「はい?」
「あれはめったに姿を現さんものでは無かったか?」
こっちはこっちで話が始まったし。
「そのはずなんですけど、タケルさまと居ると頻繁に出て来るんですよ…」
「其方、前と言う事が違うのじゃ」
「あれはあの石像に関しての話でしたから」
「そうか。思えばこの短期間で何度も見ておるのじゃ」
「それはお姉さまが呼ばせたからでは?」
だよね?
「…そうとも言うのじゃ」
「…そうですか。それでタケルさま、あれはどうしましょう?」
と、視線でロミさんたちのほうを示すリンちゃん。
「『川小屋』で留守を任されていた時には毎日お声を聞けましたね」
「そういう事もありましたね。ふふん、貴女は『川小屋』を知らないのだったわね、あの清らかで心を映す鏡のように澄んだ精霊様の泉、貴女にも教えてあげたいわ」
「あ、シオリ様、精霊様の泉ならそちらにもありますよ」
「そ、そうなの!?」
「はい、そちらの隅に」
「私としたことが何てことでしょう、お祈りを捧げなくては…」
と、シオリさんがこの庭の隅にあるウィノアさんの泉のところに近づいていき、その後ろにロミさんとメルさんが付いていった。
うーん、止めるタイミングを逃してしまった気がする。
- まぁ、とりあえず妙な言い争いじゃ無くなってるみたいだし、祈って気が済んだら来るでしょ。
「そうですね…」
「つまり放置じゃな」
そうとも言うね。
ここで立って見ていても仕方がないので、3人が仲良く泉の前で膝をついて祈り始めたのから目線を戻した。
- 中に入ってましょうか…。
と、俺の腕を抱えているふたりに言い、開けっ放しのリビング出入口の内側でどうしたものかという表情で並んで立っているモモさんたちに小さく会釈をし、中に入る事にした。
「あの、タケル様、お客様はお泊りに?」
俺たちが食卓のほうに茶器とお茶請けが用意されていたのでそちらに座ると、モモさんがお茶を淹れて3人が茶器を配置して席に着き、ひと口飲んだところでモモさんが言った。
ああ、そういえばロミさんは泊めて欲しいって言ってたっけ。
- あっはい、そうみたいです。お付きの人とかみんな返しちゃったみたいで。あ、荷物なら預かってます。
ロミさんから着替えなどの入った中くらいの背嚢ひとつを預かってるんだよ。
他の荷物は全部持ち帰らせたんだってさ。もっとたくさんあると思ってたからちょっと驚いたよ。『だってタケルさんに言えば何でも揃いそうだもの。最低限の着替えだけあればいいと思ったの』と俺の腕に手を添えて斜め下から笑顔で言ってたよ。いやその通りだけどさ。
思い切りがいいというか察しが良すぎると言うか何と言うか、だね。
「ではお部屋にご案内した時に出せばいいんですね」
と言ったのはリンちゃん。
- あ、シオリさんも泊まるって話になってるの?
「さぁ…?」
さぁ、てw
- え?、聞いてないの?
「一応、タケルさまの所属がどうとかで、王都へ行くらしいですよ?」
- へー、え?、何で?
俺の所属が関係すんの?
「できれば転移でと仰っていましたので、タケルさまのご許可があればと言っておきました」
いや何でと言ったのは手段じゃなくて理由のほうなんだが。
「日程には余裕があると伺ってますので、一応お部屋は2階にご用意してあります」
と言ったのはモモさん。
うん、まぁ、泊まるってんならどうぞ、って感じだな。
- あ、お手数をお掛けします。
「いいえ、私たちはタケル様にお仕えしているのですから」
と笑顔。
- それでも、お礼ぐらい言わせて下さい。実際助かってるのは確かなんですから。
「まあタケル様ったら、それですと私たち精霊はタケル様にお礼を言い続けなければなりませんよ?」
- えー…。
それは困る。居心地が悪いじゃないか。
「ふふっ」
「うふふ」
そうして皆でくすくす笑うのも居心地良くないなぁ…、見ているにはとてもいい光景なんだけども。
とりあえずお茶請けのクッキーをひとつ摘まんで食べた。
●○●○●○●
シオリさんたちが祈りを終えたのがわかると、モモさんたちはさっと席を立ち、自分たちが使った分の茶器を片付けて新たに用意をし、お茶請けに追加をして俺とテンちゃんとリンちゃんが並んで座っている後ろに立った。
メルさんを先頭にしてリビングに入ってきた3人を、手で入り口側の席を示して座ってもらった。
彼女たちがお茶をひと口飲み、お茶請けを食べたタイミングでシオリさんとロミさんをモモさんたちに、俺と同じ勇者で大先輩のおふたりですと紹介し、こちら側のモモさんたちも、もちろんリンちゃんとテンちゃんもロミさんに、光の精霊さんですと紹介をした。
ロミさんは一瞬だけ表情が強張ったが、すぐに微笑みを取り戻した。半信半疑だったんだろうね。
そこからは仕事があるということでミドリさんとアオさんは燻製小屋の方へ行ったが、モモさんとベニさんは俺の後ろに控えて立ったままだった。
シオリさんに王都へ行く理由をちゃんと聞いておきたかったが、メルさん以外から何だか緊張した雰囲気を感じたので、その前に話しやすいだろうとシオリさんに元魔物侵略地域、現バルカル合同開拓地の様子を尋ねてみた。
「そうですね、順調に開拓が進んでますよ。タケルさんに架けてもらった橋のおかげで南北の行き来が増えましたし、農地も家畜もかなり増えてきましたね」
「雨の少ない地域ですが、水は豊富にあるので今後の収穫に期待できそうです」
「強いて挙げれば街道の傷みが激しいのが難点、と言ったところでしょうか」
あー、街道かー、轍がと言うか、車輪でだいぶ削れてたもんなぁ、俺が見ただけでもひっきりなしに馬車が移動していたし…。
「それでね、タケルさんが考えて架橋してくれていたのが本当に助かってるんです」
- え?
俺何かしましたっけ?
「え?、って、水運の事を考えて橋脚や橋の高さを考えて造ってくれたでしょ?」
- あ、あー…。
そんなの忘れてたよ…。
「架橋のおかげで渡船組合にも余裕ができたの。それで水上輸送をさせることができるようになったのよ。一部、橋の改造が必要な場所もあったのだけど、とても助かったの。あの時ちゃんと考えてくれてありがとう」
- あっはい、どういたしまして。で、改造って?
「あ、タケルさんの橋は問題ないんです。木造で、こちらで計画して架けたほうの橋の話だから」
- あ、そう、ですか。
俺が架けた橋だったら改造はかなり大変だったろうけど、そうじゃないならまぁいいか。
「そうなの。タケルさんの橋を改造なんて無理があるわ。だからあの時私が下手に口出ししなくて良かったって、改めて感謝してるのよ」
あ、リンちゃんとテンちゃんが両側で得意げな顔をしてる。何故かふたりとも笑みを浮かべてすっと胸を張った。
「タケルさん、そんな事までしていたのね、本当、うちに欲しいわぁ、うふふ」
「ダメよ、ロミには渡さないからね?」
「あらどうして?、ロスタニアに取り込もうってわけじゃないのでしょう?」
「それは…、できれば来て欲しいけど…」
「なら私と同じじゃないの」
「だ、ダメよ、アリースオムは遠いもの」
「それはロスタニアだって同じじゃないの」
「そうだけど…」
「…(ふふっ)」
何故かメルさんがさりげなく得意げだ。俺がホーラードに所属するつもりだってってどこからか聞いてたのかな。
まぁ、ロスタニアに所属する気は全然無いよ。アリースオムにもだけどね。
シオリさんがあの時弱気な態度だったのは、『タケルさんはロスタニアに所属する気はありませんよって前に伝えておいたんですよ』ってメルさんからあとで聞いた。なるほど。それでロスタニアに所属してもらうのは諦めたけど、アリースオムに所属させるのを何としてでも阻止したかったってわけか。
「だから来たのね?、ならここでのんびりしていていいのかしらぁ?」
「どういう意味よ!?」
「んー、そうね言ってもいいかしら。私がどうしてここにひとりなのか。それはうちの者たちを全部アッチダ経由で本国へと返す手配をしたから、と言えば、鈍感な貴女でもわかるかしらぁ?」
「ふんっ、それくらいの事、貴女ならするでしょうね」
「あら、余裕なのね」
「当然です。昔の私とは違うんですもの。私だけでも余裕で間に合うのだけど、メル様も精霊様方もついてますからね」
「ふぅん…、そこまで言うのならタケルさんはアリースオムに貰おうかしら…?」
「だ、ダメよ!、絶対ダメ!」
「なら阻止してみなさいな」
おっと、これはまずい。
- あ、ちょっとロミさん、やめて下さいね?
「タケルさまを困らせるような事をするのであれば、我々を敵に回すと思って下さい」
「そうなのじゃ、水の者も地の者も引き上げる事になるのじゃ」
あ、え?、ちょっとそれは洒落にならないんじゃ…
「あ、あの、冗談というか、シオリさんを煽っただけの戯れなので、精霊様方を敵に回すなんてそんな大それたことは考えてません!」
あ、青くなったロミさんは初めて見るけど、ここは明るいからか可愛らしさが損なわれていないのがすごいな。と、素直に感心している場合じゃ無い。
- リンちゃん、テンちゃんも。大丈夫だから。
ロミさんだってそこまで俺の所属を確保しようとはしていないと思う。
諦めては無いみたいだけど、ホーラードならそれはそれで構わないって言ってたんだしさ。
「そうですか?」
「吾も、その戯れに乗っただけの事なのじゃ、のうリンよ」
「そうですね、お姉さま」
それでも行き過ぎだってば。脅しが効きすぎてんじゃんよ。
- ロミさんもですよ、シオリさんを揶揄うのは程々にして下さい。
「…ごめんなさい、つい」
「何が『つい』よ、私まで血の気が引いてしまったわ」
そうだよね、わかる。水や地の恵みが無くなるんじゃないか、って想像したら、特に自国の民の事を考える立場なら尚の事、そら恐ろしくもなろうってもんだ。
あ、そう言えば光の恵みってあまり言わないけど、もしアリシアさんから見放されたらその地域ってどうなっちゃうんだろうね…、あまりにもひどい想像しかできないので考えたく無いんだが。
「そうね、間違えたわ、私が知っている限りでは、ティルラやハムラーデルもタケルさんを確保するためにホーラードの王都アッチダへと人員を出したみたいだから、それを阻止してタケルさんの希望通りホーラードへの所属に決まるようにしてみれば?、と言うつもりだったの」
え?、ティルラやハムラーデル?
サクラさんたちやハルトさんたちはそんな風には全然見えなかったんだけど…。
というのが表情に出ていたのか、ロミさんは俺をちらっと見て続けて言った。
「タケルさん、ハルトさんやサクラはそういう事を考える立場じゃないの。ハルトさんは口を出せる立場には居るけれど、このひとと違ってタケルさんの有用性を報告するだけだわ。でもその結果、国がどういう方針をとるかなんて、言わなくてもわかるでしょう?」
そういう事か、なるほど。
- ええ、そうですね。
「ふぅん?、焦った様子がないところを見ると、私を信用しているのか、それとも…」
「貴女を信用ですって!?」
「そうよ?、タケルさんはハムラーデル国境での問題に段落したらうちに来てくれるってくれるって約束してくれたわ」
「タケル(様)さん!?」
- 落ち着いて下さい、所属という意味じゃありませんから!
もー、ロミさんわざとそういう言い方したろ…。
「ロミ…」
「いいじゃないの、ちょっとした表現の違いだわ。だいたいうちだって困ってるのに、貴女たちが情報を握りつぶしたんじゃないの。だから私が直々にこうしてタケルさんにお願いしに来る事になったのよ?」
え?、ロミさん?、って思って口を挟もうとしたらロミさんがちらっとこっちを見て微笑みながらシオリさんと反対側の片目を一瞬閉じた、うぉ、ウィンクされたよ。★がいくつかエフェクトで飛んできたような気がするぐらいの。キラッって感じの。生まれて初めてだよ女性からウィンクされたのって。やっべ、すっげぇ嬉しい。ステージでアイドルがそういう事をして、目線が合ったと勘違いして自分に対してだって思いこんだファンのような気分だよ、いや、そんなの知らないけど何となく。くいっと袖を両側から引かれたので舞い上がりそうだった気分も消えたけど。
「握りつぶしてなんか、」
「貴女、総務と軍務は漸く掌握したようだけど、それ以外は部下の手綱もとれていないのかしら?」
「う…」
そう言われてシオリさんには心当たりがあるのか、黙ってしまった。
「そちらの王女様も他人事じゃ無いわよ?、貴族の8割4分が他国の影響を受けているってご存じかしら?、それぞれ過半数じゃないから何とかなっているけれど、それを貴女のご家族はご存じなの?」
「え…、それは…」
メルさんにもその矛先が向いた。
でもメルさんは未成年の王族なんだから国政などの事はそこまで詳しく知らないんじゃないかな、それを問い詰めるような言い方をするのは可哀そうだ。
やっぱり練度も格も違いすぎる。ウィンクしたのはきっと適度に止めてね、というサインだったんだろう。だからここで止めようと思う。
- ロミさん、そのへんにしませんか?
「…わかったわ、タケルさん」
俯いてしまったシオリさんとメルさん、そのふたりとは対照的に姿勢正しく優雅にカップを手にとって飲んだ。
「あら、香ばしくて美味しい、これは何てお茶でしょうか?」
「穀物と茶葉を焙じたブレンド茶です。我々が一般的に飲んでいるもののひとつですよ」
こちらを見て問いかけたロミさんに、答えたのはリンちゃんだった。
「気に入ったのなら貴女がタケルさまにお分けしたお茶のお返しとしていくつか見繕いますよ」
「まぁ本当ですかリン様」
カップを置いて両手をそっと合わせて嬉しそうに言うロミさん。
「ええ。タケルさま、よろしいですか?」
- え?、あ、うん、いいんじゃないかな。
「という事ですので、後程お部屋へお持ちします」
「ありがとうございます、とても嬉しいです」
そこからは俺にはわからないお茶の詳しい話がロミさんとリンちゃん、それと後ろで立っているモモさんとでしばらく繰り広げられた。俺はたまに振られて相槌を打つだけだった。『あ、うん、美味しかったよ』とか、『そうですね』の2つだけで乗り切った。
3者はお茶の趣味が合うようで、実物を出してきて、それを淹れて味見をしたりと、何だか品評会のようになっていたが、シオリさんが途中で席を立って用を足したりして、それでロミさんもトイレへ行き、温水洗浄便座を試したのか血相を変えて飛び出てきてシオリさんに鼻で笑われたりした。
でもそれシオリさんも通った道じゃん。
そしてそれぞれ、ロミさんはリンちゃんに、シオリさんはモモさんに、メルさんはベニさんに部屋へと案内され、俺もやっと一息つくことができた。
そしてメルさんに言われて庭で魔法の訓練をして、それにシオリさんやロミさんも参加したりという時間を過ごした。
ロミさんはやっぱり魔力感知と操作がよくできていて、メルさんよりも練度が高かったが、魔法自体はあまりよく知らないようだった。初級と言われている魔法ですら覚えていなかったんだ。
練度というのは、感知力と、魔力操作という点ではメルさんも驚くほどで、魔法自体を覚えるとすぐに例の土球を浮かせてその周りに水球を2つまでだったがくるくる回す操作ができたり、身体強化ができるようになったり、簡単な障壁とその移動操作ができるようになっていた。
こっそりシオリさんが悔しがっていた。でもそれをロミさんに見破られていたけど、ロミさんはそれについてシオリさんを煽ったりはしなかった。
どうしてそうなのかはロミさん本人が言っていた。
何でも魔道具の製作や調整を手伝っているうちに身に着けた事だからなんだそうだ。
戦闘面や魔法自体の行使をしてこなかったのは、その必要が無かったからだとも言っていたが、障壁魔法を教えた時の魔力の流れからすると、障壁については護身のためだろう、前々から覚えていたんじゃないかなと思った。
魔法の訓練をひと通りしてから、何故か全員で軽く剣を振る運動をした。汗ばむ程度の軽い運動で終えたんだが、メルさんは『少し走り込んできます』と庭からすごい勢いで走って行き、シオリさんがおそるおそる、『お風呂を頂いても…?』と言って脱衣所へと行ってから、ソファーで寛いでいたらロミさんが着替えを手にリビングに戻ってきた。
リンちゃんは何故かモモさんたちとテンちゃんの部屋に入って、何やら話をしているようだ。まぁ精霊さん同士で話すこともあるんだろうね。
ロミさんは給水器の前で足を止め、『このガラスコップを使ってもいいのかしら…?』と小声で言って、使おうとして戸惑っていたので教えてあげた。
「ありがとう、あら、ほんのり甘酸っぱい香りがするわ。こういうのもいいわね」
と言って俺が腰かけた向かいに座った。
「ねぇタケルさん、ハムラーデルのほうに用事があるって言ってなかったかしら?、のんびりしていてもいいの?」
- あ、えっと、ハムラーデルのほうに戻るのは明後日の夜の予定なんですよ。
ウィノアさんが言っていた3日の猶予のぎりぎりぐらいに戻ればいいかなってね。それまであっちは大雨続きってわかってるんだし、そんなとこに戻ってもする事が無いからね。気も滅入るしさ。
「あら、そうだったのね。いつ行くのか聞いていなかったから、気になっていたの」
- そうですか。まぁそんな予定です。
「そう。なら明日も今日のようにのんびり過ごせるのね。ここは食事も美味しいしお風呂もあるし、過ごしやすくて私も嬉しいわ」
- それは良かったです。って、もしかしてロミさんも行くつもりですか?
「え?、ダメかしら?」
- いえ、ダメじゃないですけど、ロミさんあっちで何するんです?
「だってハルトさんは久しぶりだし、カエデ、だっけ?、その子は会った事が無いのだもの、いい機会だから連れて行ってもらえないかしら?」
- んー、まぁそういう事なら…、
でもいいんですか?、国のほうは、って言いかけてやめた。
だって移動に何か月もかかるのが前提だったんだ。留守でも問題ないに決まってる。
「ありがとう、じゃあお風呂を頂いてくるわ。とても設備がいいってさっき部屋に案内してもらったときに聞いたの。楽しみだわ」
と言って立ち上がってすたすたと脱衣所へと入って行った。
あれ?、今はシオリさんが入浴中のはずだけど、いいのかな…?
「ただいま戻りました、今はお風呂は空いていますか?」
脱衣所のほうを見ていたらメルさんが帰ってきた。
あ、いや魔力感知でロミさんの脱衣なんて見てないよ?、ただぼーっと扉を見てただけ。ほんとほんと。
- 今シオリさんが入浴中で、さっきロミさんが脱衣所に入って行ったところですけど…。
「ああ、それでそちらを見ていたんですか」
- え?、そうだけどそうじゃないですよ?
「ふふっ、何を慌てているんですかタケル様、私たちの裸なんて見慣れているでしょう?」
なんつー事を。
- み、見慣れてませんからね?、そんな人聞きの悪い事いわないで下さいよ。
「そうなんですか?、自慢できるほどのものではないのでお恥ずかしいですが言って下さればいつでもお見せしますよ?」
- え…?
「と、ちょっとテン様っぽく冗談を言ってみました」
メルさんは帰ってきた時にはすでに運動直後だからか上気した表情だったので、赤くなっていてもわからないんだよ。
- は…、びっくりしました。
「そんなに私が冗談を言うのが珍しいですか…?」
- あ、いえ、そういうわけでは…。
「ふふっ、たまにはこうしてタケル様とお話するのもいいですね。すみませんでした」
- えっと、程々にお願いします…。
心臓に悪い。普段が普段だからね。まさかメルさんからそんな冗談がでるなんて思ってもいなかったので、ドキドキしちゃったよ…。
「では私もお風呂を頂くとします」
と言いながら脱衣所へと入って行った。
メルさんは何だか聖なるアンデッズ劇団を観に行ってから、少し雰囲気が変わったような気がする。
次話4-040は2020年12月25日(金)の予定です。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
入浴はあるけど描写なし。関連の言及はあるね。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
全く次から次へと。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
根回しやらで大変。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
今回は名前のみ。でもそれが基本。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
しらじらしい。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。
ちょっとだけ出番あったね。
メルさん:
ホーラード王国第2王女。
いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。
王女らしさは態度や行動にでているようですが。
いろいろ気苦労してますね。
基本、居ない時は外を走り回っています。
ダイエット作戦実行中。タケルには内緒。
たまにこうして困らせてみたくなるんですかね。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は名前のみ。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
ひさびさの登場でこんなでしたね。
ロミさん;
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
強いっすねー。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。
舞台がハムラーデル国境に移ると登場するかも知れないので一応。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回も登場せず。
ヘンドリック:
80年前にシオリとロミに関わったひと。故人。
シオリが登場する勇者姫シリーズにも登場してたりと、
ちょくちょく名前がでるみたいです。
愛称はリックのようで。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
こっちの話は大雨で停滞中。
森の家を管理している精霊さんたち:
モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。
精霊会議か?
森の家のとなりの燻製小屋という名前の食品工場で働く精霊さんたち:
名前がでてきたのは数名ですが、たくさんいます。
工場の隣にあるでっかい寮に住んでます。
交代制で、休みの日は勇者の宿の村か東の森のダンジョン村などを
うろちょろしてます。
待遇はいいらしい。今回は出てきてませんね。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。