4ー038 ~ 訓練魔道具・例の店
- はぁぁ……。
こないだから気になっていた、浴槽の端にある浅い、いかにもここで寝転んで下さいと言われているような部分、そこに仰向けになって大きく息を吐いた。
これは気持ちいいな…、と浸りつつ青空が投影された天井に見える雲がゆっくりと移動しながら形を変えて行くのを目で追った。
時間的にはまだ早いんだけど、そうだ今のうちに、というわけなんだよ。何がって、まぁ、察してくれ。
邪魔が入らなそうな今のうちに、なんて思ってないよ?、全然思ってないよ?
時々湯温を保つためか、湯口から熱めのお湯がでてくるんだけど、その湯口からは逆側にあって、湯面にはささやかだけど波がある。この部分は広い湯船の端にあるからなのか、その波が優しく体を揺らすのもいい。風呂ではもう絶対に眠らないと決めていたけど、これは眠りそうだ。それぐらい気持ちがいい。
水の精霊ウィノアさんもハムラーデル国境で忙しいのかそれとも気を遣ってくれているのか出て来ないし、リンちゃんとテンちゃんはリンちゃんの部屋だ。
ミリィは食卓で眠ってたので畳んだタオルの上に乗せてハンドタオルを布団のようにかけておいたのでまだ起きないだろう。それをちらっと見たメルさんとミドリさんは微笑ましく見ていたけど、ラスヤータ大陸での俺の活躍とやらの話は続いていたからね。
ってかね、多分に脚色と賛美が入ってるんだよそれって。そんなとこ居心地が悪いじゃないか。一体誰の話なんだろうと思ったよ。いや俺の話らしいけどさ。誰だよそんな脚色したのは…。
ミドリさんと言えば昨夜、ミリィにミストシャワーを使ったんだよね。
風呂から出たミリィは、それはもうゴキゲンで大絶賛してたっけ。
何でも一旦普通のシャワーで泡を軽く流したあと、そのままミドリさんの手の上でそのミストシャワーを浴びたらしい。それが凄く良かったんだってさ。俺の時にもしてくれとか言われたけど、曖昧に機会があればとごまかしておいたよ。だってその時のミドリさんの視線と表情が複雑でさ、純粋に微笑んでいるようには見えなかったんだ。
そのあとミリィが冷たいデザートのところに飛んで行って、ミドリさんがこそっと尋ねてきたんだけど、何とも答え辛かったよ…。
「タケル様、いつもミリィちゃんにあんな事をされてたんですか…?」
- え?、あんな事って…?
その複雑な表情のまま人聞きの良くない事を言わないで欲しいんだが。
「だって手の上のミリィちゃん、あられもない姿でしたし、指に胸を押し付けたりしましたし…」
頬を少し染めて言うミドリさん。内緒話のつもりなんだろうか距離がちょっと近い。そしてフローラルな香り。俺のと違う洗髪用品なんだろう。
- ええ。まぁそれは仕方ないかと…。
「タケルさんのはもっと優しかったとか、優しく撫でてくれたとか、お湯の強さやかけ方にも注文が多かったですよ?」
- 撫でたのは別の時じゃないかな…、お湯の強さや場所は見ながら調節してましたね。
「見ながら…?、あれをですか…?」
片方だけ出しているミドリさんの耳が赤いんだけど、そんな赤面するほどの事なんだろうか?、と疑問に思いつつも返事をする俺。
- え、ええ、はい。
「そ、そうですか…、タケル様にとってはあれが普通なんですね…」
と言ってすっと離れて行ってしまったんだけど…、ミドリさんの言うその『あれ』ってどんなの?、と、もうちょっと詳しく聞いておけば良かったんじゃないかって、何か不安になってきたんだよね…。
あ、普通のってのはミリィにとっての普通のシャワーね、俺たちが普段使っている壁に設置されている普通のシャワーの強さと量だとミリィには強くて粒が大きいんだよ。そういう調整や、お湯をかける場所で強さを変えてみたりと、まぁほら、割り切って魔力操作の訓練にしてしまおうという意図もあったわけ。
それに、ミリィが手の上でごろごろ転がって泡を落としてたのでちゃんと見てないと落としちゃうからとか、お湯が溜まらないようにというのとミリィの態勢を見て手指の角度を変えたりするからなぁ、そういう事情もミドリさんに説明しておくべきだったかも知れない。
ミドリさんがどういう風にしたのかはわからないけど、俺のやり方は、両方の手のひらを上に向けて小指側を合わせるのではなく、左手の親指は人差し指と垂直に広げて、そこに右手の小指側を当てて平らにして、お腹のへそのあたりに左手の小指側を当てる感じで揃えて、真上から見下ろすようにするわけ。そこにミリィが寝転ぶ形だ。
これも説明しておくんだったかな…、現場でミリィが説明するだろうと思ってたんだけど…。
ミドリさんのは一体どういうやりかたで、ミリィはどんなあられもない姿だったんだろうね…?
そりゃミリィは全裸なんだからあられもない姿には違いないけども…。でもそんなの詳しく訊けないよなぁ、ミドリさんにも、ミリィにも。
●○●○●○●
翌朝。
いつものメニューをこなし、朝食を食べたあと。
リンちゃんがミリィを『川小屋』へと送り届けて、ついでにサクラさんとネリさんに、魔法の袋を扱うための練習用魔道具も渡してくるらしい。
それを見送るのに俺とメルさんが一緒に庭に出たんだけど、出掛けに、メルさんにその魔道具を渡していた。
ミリィを帰すのは、ハルトさんたちの居るトルイザン連合王国とハムラーデル王国の国境付近ではもうミリィが活躍する場が無いからだ。
ミリィが嫌がるかと思ったんだけど、やけに素直だなと思ったら、どうやら『川小屋』でピヨの相手をするんだそうだ。ピヨの言葉が通じる相手が居なくなってしまっていたし、サイズ的にもピヨの訓練相手にはちょうどいいんだってさ。ミリィも『ピヨちゃんさまが心配かな、もふもふかな』って上機嫌だったので良かった。
「ピヨちゃんのあの抱き心地は癖になりますね、ふふっ」
そのあたりの説明をするとメルさんがそんな事を言っていた。もちろん全面的に同意したい。
大き目のヒヨコサイズだったはずが、でかいアヒルぐらいのサイズになってるんだもんなぁ、ヒヨコのままで。だから頭はアヒルよりでかいし、見慣れないと二度見するレベルで遠近感がおかしくなる。
でもその分、抱き心地は最高にいい。いろいろ突っ込みどころは大量にあるけど、全部無視すれば、あれはいいものだ。言葉も通じるし、賢いし、素直だし。
ところでそのメルさんだが、魔法の袋操作練習用魔道具を渡されたとき、リンちゃんに跪いて両手を胸元で交差する例の宗教的な礼をとって感謝の言葉を言いかけ、リンちゃんに止められて立ち上がらされるという一幕もあった。まぁ俺も見ていて居心地が悪くなるので止めてくれて良かったよ。
メルさんは、申し訳ありませんと言ってから、『普通に頂く礼をとるつもりでしたが、つい染み付いている癖が出てしまいまして…』と言っていた。そういう環境で育ったんだからしょうがないんだけどね…。
リンちゃんもリンちゃんで、渡すときに普通に渡せばいいのに、『我々光の精霊からの感謝を表すため』とか、『より良いものにするためにこれで訓練に励んで下さい』とか言うんだもん、メルさんがそういう態度になっちゃうのも当然の流れだと思う。
それでその魔道具、リンちゃんが予め俺に渡してあったのは、メルさんへの説明と指導を任せようという意図があったんだそうだ。
「え?、タケルさま、まだ試されて無かったんですか…?」
と、困ったように言われてしまった。
- あ、今やります。
まるで出前の催促の電話がかかってきたお店みたいな返事をしちゃったけど、慌ててポーチからその淡いオレンジ色をした石鹸みたいな魔道具を取り出して、いつもポーチを使う時のようにほんのちょっと魔力を通してみると、なるほど、とすぐに理解した。
そういや元の世界での話だけど、出前って言わなくなってたね。こっちじゃ電話が無いから出前って言葉自体が無いんだよね。あ、配達の受付をしてるお店はあるみたい。
- あー、これなら大丈夫、メルさんへの説明は任せてくれていいよ。
「…はぁ、そうですか。ではそちらはお願いするとして、ミリィ、行きましょうか」
「はいリン様」
適当にふよふよ浮いて飛んでいたミリィが、リンちゃんの差し出した手にすぅっと飛んできてお行儀よく座ると、そのまましゅばっと川小屋へと転移した。やけに詠唱が短かかったな…。
そして庭からまた室内に戻り、メルさんにその魔道具の説明をした。
俺も同じものを手に、まずメルさんには魔力を微量に流してもらい、説明が必要かを尋ねると『何となくはわかりますが、一応ご説明をお願いします』との事だった。
この魔道具は前にもちらっとリンちゃんとの話にでたが、空間パズルだ。
元の世界にもよくあった玩具と同等のものや、パソコンやゲーム機にも見られたようなものがこの中にあると表現していいだろう。
もちろんこれは魔法の袋を使うための練習用道具なので、視覚的には見えない。内部の空間を魔力的に感知して、操作をするものだ。
そして空間は段階的に分けられていて、便宜上それを『Lv1~5』と表現するなら、次のようなパズルゲームとなっている。
・Lv1:平面16マスで15個のタイル。スライド操作で絵を完成する。
・Lv2:平面25マスで25個のタイル。周りに散らばっている絵を移動操作で完成する。
・Lv3:落ち物ゲーム。ランダムで平面図形が降って来るのを、対応する受け皿で受ける。
・Lv4:立体パズル。いくつかの部品を組み合わせて立方体をつくる。
・Lv5:立体パズル。箱に立体を詰めていく。
という段階で、実際の魔法の袋でやっているような事が身に付く、訓練ができるという仕様だ。
で、だよ。
これを、元の世界のゲームなんて知るわけがないメルさんに説明をしたんだが…。
Lv2はいいよ?、この世界にもあるんだから。
Lv1の、スライドパズルというものの概念からの説明になった。無いんだってさ、スライドパズル。Lv2のように、はめ込み式のものならあるけど、外せなくてスライド移動させてというのの説明に、少しだけ時間がかかった。
メルさんにとっては、Lv1と2が逆のほうが理解しやすかったのかも知れない。
それでまぁひと通り説明をする事にしたわけ。
あ、別にLv1をクリアしないとLv2ができないわけじゃないからね。
魔力感知的に手前から順番に置いてあるので番号を振ったってだけだし。それも実は場所を移動させて横に持ってきたりすることもできる。できるんだけど、それができるならこんな練習道具は必要ないわけなので、遠いものほどメルさんには感知が難しい、らしい。
なので、パズルがどういうものなのかを説明するだけになったのがLv3以降だ。
そしてそのLv3。
ここからはメルさんにはまだはっきりと感知できないらしいので、メルさんの反応を待たずに説明だけをした。
落ち物ゲームという概念がまず無いので、横にあるでっかいボタンを押すと平面図形が降ってくるのを、それに対応する受け皿をもってきて受ける、というのを説明するのが大変だった。
「ボタン、とは服のこれでしょうか…?」
- あ、いえ、これくらいのもので(と、お皿ぐらいの大きさを手で示して)上からぽんと押すものです。上に『押す』と書いてあるのでわかると思います。
「それも、感知するんですね…」
- はい、そうです。
不安そうに言うメルさんに、励ませばいいのかどうかちょっと考えたけど、このパズルには全部横に台があってその上に青いボタンが設置されてるんだよ。だからそのボタン操作がわからないとリセットができない。
Lv1なら、絵柄とタイル配置が変わるし、Lv2もパズルピースが周囲に配置される違いはあるが同様。
Lv3は上から平面図形が降ってくるし、Lv4と5は2と同じでピースが散らばる。散らばるというほどには数が無いんだけど、散らばる。
そのためのボタンスイッチだ。
どれもパズル要素的には、前にリンちゃんが言っていたように子供向けというようなもので、そう難しいものでは無い。むしろパズル的には低レベル過ぎるもので、大人には暇つぶし以外の何物でもない。あ、魔力感知と操作の訓練以外の何物でもない、だな。
とにかくボタン操作を覚えてもらわないと話にならないので、Lv1のそのボタンを押すという操作ができるようになるまで、付き合った。
というか、それができるようになったらスライド操作もできるようになっていた。
ボタン操作だけでLv1クリアだよ…。
だってその15ピースパズルさ、普通に絵柄がぐちゃぐちゃになってるものじゃ無くてね、ほとんど揃ってて、あと1操作で完成するようなのしか出ないんだよ…。暇つぶしにもならん。あ、訓練だったね。ごめん。リンちゃんの言う通りだったよ…。
メルさんへの説明の合間に、ひと通りやってみたけど、どれもだいたい同じぐらいのパズルレベルで、パズルって要素に期待をすべきものでは無かった。操作を覚えるためだからそれでいいのはわかってるけど、やっぱり期待外れだった。がっかりした。
しかもこれ、それ以外の事ができない。
口が無いんだから当然だけど、物を出し入れする事もできない。
Lv1パズルなら故意にピースをばらばらに移動させる事もできなかった。
周囲のピースを遠くに持って行くこともできなかった。
「あの…、私の技量が拙くて申し訳ありません、訓練に励みますのでそう気を落とさないで下さい…」
パズル内容に落胆していたのが表情に出ていたようで、気づくと目の前のメルさんが身を乗り出して、涙目で謝っていた。
- あっ、違うんです、決してメルさんのせいでは無くてですね……。
慌てて慰めた。
「頑張りますから…、タケル様に認められるように頑張りますから…」
でもパズル内容に落胆したなんて訓練道具なのに言えなくて、今にも零れ落ちそうな涙を目にしたメルさんを宥めるのに難儀した。
モモさんはさっきまで見てたのに、仕事をしているふりなんてしないで助けてくれればいいのに…。ミドリさんとアオさんもそそくさとどっか行っちゃったしさ。
テンちゃんなんて最初は俺の隣に居たのに、いつの間にか部屋に隠れてんだよ。
こういう時こそ、助けて欲しい。
●○●○●○●
何とかメルさんを落ち着かせて、俺はロミさんを迎えに『勇者の宿』へと向かった。
出掛けにモモさんから、『お客様にはこちらのペンダントを着けるようにお願いします。そちらのコンソールで登録処理をするまでの間、必要なんです』と渡されたのを持って行く。
今回は東門のほうを通ろうと思ってそっち側へと行くと、ベニさんが率いる配達チームが戻ってくるのとすれ違った。近づいてるって感知してたので速度を緩めて駆け足ぐらいの速度にした。
「おでかけですか、タケル様」
- あっはい、今日はベニさんが配達だったんですね。
「はい、最近はモモさん以外でローテーションなんです。あ、こちらはケリーとリリーとマリーとノーラです」
「「「こんにちわー」」」
- こ、こんにちわ。
「「「きゃー」」」
返事しただけなのにめっちゃ喜ばれた。
「もう、貴女たち、タケル様に失礼ですよ」
「は、はい!」
「すみません、つい、あ、一昨日タケル様を村で見ました!」
「お土産屋さんのとこでした!」
- お土産屋さん?
「えっと、串焼きの串を回収してるとこです」
- ああ、あそこで見られてたんだ。
んじゃあの時に居た3人か。
「はい、ノーラは居なかったんですけど」
見ると頷くノーラさん。
「どなたかにお土産買ったんですか?」
- え?、いや買ってないけど…?
「ほらぁ、タケル様はあんな安物買わないって言ったじゃんー」
「でもモーラもラリーもカーラも、勇者隊のひとからもらったりしてたしぃ」
「アーコなんて何人も何個ももらってるみたいだけど」
「アーコは要領いいよね」
「だよね、あのお店、別の所で下取りもしてるからそれで小遣いになるって言ってたよ?」
「わー、そんなのあったんだ」
え?、何だか繁華街によくあるブランド品がぐるぐる回るシステムみたいだな。
- ベニさん、あの装飾品のお店ってそういうシステムの系列なんですか?
「え?、あ、すみません調査不足で…」
「ベニさんに聞いてもダメですよタケル様ぁ」
「そうですよ、ベニさんにはまだ早いって言うかー」
「初心って言うかー」
「ちょ、ちょっと貴女たち!?」
「ねー」
「「ねー」」
ねー、じゃねぇよw
おっと、助けておこう。
- ベニさんは仕事のほうで頑張ってるって聞いてますから。
「え、そんな…」
ぶわっと赤面するベニさんは置いといて。その反応に目を丸くしている4人がそっちに話題をもっていく前に尋ねた。
- それでそのお店って、もしかして男性に安く装飾品を買わせて、プレゼントされた女性はそれを下取りに持って行って装飾品をお店が回収し、また売りに出してってサイクルになってるって事ですか?
「あ、はい、そうみたいです」
「私はもらった事ないんですけど、もらってた他の子たちはそうやってお小遣いにしてる子も結構います」
「アーコは常連です」
「シータもモーラも結構利用してなかったっけ?」
「アーコほどじゃ無いんじゃない?」
「アーコはおねだりが上手」
「そうなの!?」
「上手く買わせてお小遣いにしてる」
「あの子派手だもんね」
「よく一緒にいるイーコも稼いでる」
「へー、いいなぁ…」
いいのか?
- それって、相手の男の人、複数いるって事だよね?
「アーコは複数います」
「でもだいたい決まってる子のほうが多いです」
- その、男の人たちは知ってるの?
「たぶん、知ってると思います」
「お金を直接渡すのは良くないみたいで、だからこういうやり方みたい」
良くないってのは何がだろう?、体裁か?、税法的な事か?
- 良くないって?
「えっと…」
マリーさんがちらっとベニさんを見て躊躇した。他の子たちもベニさんに遠慮をしている様子だ。
それで察した。
直接お金を渡すのは娼婦扱いになるって事だろう。
彼女たちは体を売っているわけではないので、お金のやり取りが発生するのは気分的にも良くないという意味だという事だと。
- あ、言わなくてもだいたいわかったから。
「はい」
そういう事ならまぁ、問題は無さそうだ。
高価な品では無かったし、誰も不幸になっていない。今の所は。
- あと、これ訊いていいのかわかんないけど、お小遣いが足りないの?
「あ、全然そんなこと無いです!」
「里よりお給料いいです!」
「自由時間も多くて通販もあります」
「お仕事もつらくないです!」
え?、通販?
- そ、そう。問題無さそうね…。
そう言えと言われてるんじゃなければ、だけども。
「タケル様のおかげです!」
え?
「みんな感謝してるんですよ!」
- あ、そう…。
「アンデッズの演劇、今度観に行くんです!」
「練習中のは見学しちゃダメだったんです」
- へー…。
そりゃまぁそうだろうね。
「でも寮の子たちは優待券もらったんですよ」
と、ベニさん。
「ベニさんは初演観れたじゃないですかー」
「それはそうだけど」
「あたしたち初日はダメだって言われたんですよ?」
「アリシア様を見れる機会なんてめったにないんですよ!?」
「それはそれで緊張するのだけど」
「贅沢です!」
「「贅沢ですよ!」」
「ご、ごめんなさい」
おっと、助けないとw
- 初日に見たかったの?
「んー、初日って何か特別じゃないですか」
「アリシア様って、普段見れないんですよ」
「うんうん、特別行事とか、偉い人じゃないと」
「そうそう、タケル様が初来光した時とか」
はつらいこう?、はつは初だろうね、らいは来。こうは何だ?
まさか光か?、何だかすごい表現だな。
「あー!、あの時タケル様見ました!」
「私も見ました!、後ろからだったからちょっとしか見えなかったけど」
「あたしは2階の窓から見たもん」
「そっか、ケリーはノーラと仲いいもんね」
それが2階の理由なんだろうか…?
「ノーラは行政庁舎通りにある魔法用具店の娘なんです」
- へー、ああ、あのお店。
「わぁ、知ってるんですか、ノーラのお店」
「(私のじゃない)」
- あ、うん、一度行った事があってね、恰好のいい紳士が丁寧に応対してくれたんで覚えてるよ。
「私の父です。ありがとうございます」
- あ、どういたしまして。
と、まぁこんな風に、世間話を少ししてから彼女らと別れ、東門に到着した。
その手前あたりの小川沿いには、ロミさんの護衛たちがキャンプを張っていたけど、もう居なかった。
形跡はあったけど、きちんと片付けられていたのは普通の事だ。
この世界の精霊さんたちも人種たちも、そういうマナーって言うのかな、几帳面なほどしっかりしていて驚くね。
例えば地面に穴を掘ったならちゃんと埋めてあるし、焚火なども土を掛けただけではなく、燃え残りが全く残されていない。焦げ跡も埋めてしまっているので、キャンプ地や野営の形跡というと、草を刈った跡や何かを埋めたらしい形跡が残っているだけ、となっている。
ゴミなんてもちろん残されていない。
草を刈ったりしてもそれは馬などの食料になったり、燃料にしていたりで残っていないか、次のために持って行ってしまっているそうだ。
よく知らないんだけど、生の草なんて燃やすもんなのか?、って思って尋ねた事がある。
虫や魔物除けになるとか、火力の調節になるとか、移動中に編むとかいろいろ用途があるんだってさ。
「何の意味も無く草刈りなんてしませんよハハハ」
なんて、答えた兵士さんは言っていたっけ。
などと思い出しつつも、やたらと機嫌がいい東門の兵士たちに『タケル様はこちらのご利用は初めてですね』と、何かの系列店で登録確認されたような言い方をされて通り抜けた。
●○●○●○●
- おはようございます、ロミさんはいらっしゃいますか?
「はい。そちらでお待ちでございます」
ロミさんの居るお店に着くと、中の様子が前と少し変わっていた。
たぶんこれが本来のお店の姿なんだろう、陳列棚があり、カウンターには店主らしき男性、その隣には売り子だろう女性が居て、間仕切りのように棚があってその奥にテーブルと椅子が打ち合わせ用だろうか、用意されていてそこにロミさんが待ちくたびれたような様子で座っていた。
前回と違い、ロミさんはアリースオム風の衣装ではなく、この店にある布でホーラード風というか町娘のようなデザインの袖などがひらひらしていない服、でも生地は上等なものなので、かなりいいところの娘さんか若奥さんのような印象を受けた。髪は結っておらず、左右を軽く捻って後ろの飾りで留めているのもよく似合っていた。まぁ美人は何をしても似合うってもんだよね。
- お待たせしました。
「本当に待ったのよ?、朝食の前に来てくれるって思っていたからお茶を飲んで待っていたの。おかげでお腹がたぷたぷだわ」
薄笑いはご機嫌斜めなんだろうか?、愛想笑いなんだろうか?、それとも別の意味なんだろうか?、わからんので普通に応対するしかない。
- それはすみません。ちょっと朝からばたばたしていまして。朝食がまだでしたらどこかで食べますか?、それとも何かポーチから出しましょうか?
「んー、そうね、頂けるのかしら?」
俺の提案にロミさんは、やっぱり癖なんだろうか、右手の人差し指を顎のすこし右にすっと当て、小さく首を傾げてほんの少し左上を見る仕草を1秒ほどした。
- はい。
「前とは違うのがいいわ。軽いものがいいわね」
軽いもの、というと肉が少なめという認識でいいんだろうか?
いろいろあるんだけどどうしようかな。と、ポーチに手を突っ込んで考える。
- んー…、いろいろありますよ、甘いの、辛いの、中華料理っぽいもの、イタリア料理っぽいもの。あ、和食っぽいものも。
「…一体どれだけ…、え?、和食?」
擬音がつくとしたら『キラーン』だろうか。そんな反応。
- はい、和食と言ってもあくまで似ているってだけで、そのものじゃないんですが。
「例えば?」
- お味噌汁っぽいもの、とか、魚と根菜の煮物っぽいものとかでしょうか?
「ぽいばっかりね、ふふっ、ちょっと出してみて下さる?」
- はい。まずこれがそのお味噌汁っぽいもので、
言いながら1人前のお椀を取り出した。普段なら鍋なんだけど、これは時間のあいたときにこっそり作って楽しみにとっておいたものなので1人前のお椀だ。
「まぁ、懐かしいわ、頂いても?」
輝かんばかりの笑顔。
- どうぞ?
「ん~~いい香りね、昆布のお出汁なのね?、それと、豆が違うのかしら、このお豆腐も少し味が違うわね、でも美味しい。懐かしいわぁ」
そうなんだよ。味噌も豆腐も、当然醤油もだけど、豆からして違う。おそらく麹菌も違うだろう。そういう『似ているだけ』の和食素材だ。だから『っぽい』がつく。
- そうなんですよ。昆布も似ている海藻を入手したのでそれを使ってます。
「あら、そうだったのね。それで煮物というのは?」
- あっはい、これですね。
と、これもまたブリ大根っぽいものを取り出した。
「これはお大根…?」
- に、似ている感じの別の根菜です。
筋が堅いのでその部分は別のものに使った。なので円筒形では無い。というかその根菜自体の形がそもそも大根とは違うんだからしょうがない。
「柔らかくて味が染みていて美味しいわ、和食って言ったのもわかるけれど、やっぱりお醤油も少し味と香りが違うのね」
- はい。ですから和食っぽいもの、と…。
「ううん、文句はないの。とても美味しいわ。これもその、メイド服の方が作ったの?」
- いいえ?、これらは僕が作りました。
「まぁ、そうなの!?、貴方って不思議な人ね、ふふっ」
- あ、一応言っておきますけど、
「価値を示しているわけではない、でしょ?、わかってるわ」
- ですか。
「私が勝手に貴方に興味を持つのはいいのでしょう?」
それには答えなければならないのだろうか…?
と、複雑な表情を俺がしたのだろう、ロミさんは続けて言った。
「ふふっ、ところで白米は無いのかしら?」
- 残念ながら…。
一応、あるにはあるんだよ。でも元の世界の米じゃないんだ。
味がもう完全に違う。だから水だけで炊くとそれが顕著でさ、だから諦めた。パエリアなど、濃いめの味付けで何かと一緒にすれば何とかって程度だったけど、リンちゃんに言わせるとその穀物は挽いて粉にし、何かに加工して食べるのが普通で、そのままを調理して食べる物では無いんだそうだ。
「そう。中華料理というと中国の料理という意味で合ってる?」
- はい、だいたいそういう意味ですね。日本に入ってきてから変化したものもありますが、そういうのはロミさんのあとの時代の話です。僕の知ってる中華料理はだいたいそれです。
「中国の料理というと重たいものしか知らないのだけど、軽いものというと、蒸したものかしら…?」
- そうですね、こういうのです。
「あら、可愛らしいわ、こちらのは聞いたことはあるわ。この赤いのや黄色いのは?」
- それは蒸しパンです。中華料理とは違うんですけど、同じ器にいれてたんで。
白いのは小籠包だ。元の世界では飲茶なんて言われてたようなメニューだけど、ロミさんの時代にその言葉が入ってきていたかどうかは知らないので言うのを避けた。
「何かつけて食べると聞いていたけれど、これには無いのね」
- はい、そのままどうぞ。
実は、からしが無いんだよ。見つけられてない。リンちゃんに訊いてみたけど、リンちゃんがそもそも辛いのを好まないので通じなかった。わさびに似たものがあったのはリンちゃんが食べた事のない調味料だったかららしい。用意したモモさんGJだ。
あ、そっか、モモさんに尋ねればよかった。
「美味しい…、これはいいわね。手軽だし食べたという実感が湧くわ。…そしてこれは甘い香りだけど、果物が使われているのかしら?」
赤というかピンク色の小さな蒸しパンを手にそう尋ねた。
- あっはい、そうです。甘いパンです。
「パン…?、そうね、言われてみればパンと言ってもいいわね、とても柔らかいのが信じられないくらい…、うん、うん、美味しいわ、これに使われている果物ってどこで穫れるのかしら…」
- 僕も知りません。名前も知らないんですよ。
「まぁ、ふふっ」
そんなこんなで何気に結構食べてたんじゃないかな?、俺も少し付き合って食べたしさ。
お店を出て少し歩いていたとき、『美味しいし楽しかったからつい食べすぎちゃったわ♪』と、明るい所だからか可愛く、後ろにthprとついてもおかしくないぐらいの表情で言って、俺の腕に手を添え、寄り添ってきたが、まぁこれぐらいならいいかと何も言わずに東門のほうへと歩いた。
この時、この村にはちょくちょく『森の家』の横にある燻製小屋の寮の精霊さんたちがうろついているのをうっかり忘れていた。
来るときにすれ違ったばっかりなのに。
裏手に出てすぐに飛んで出れば良かったよ…。出入りの記録には残らないけど。
そして東門でロミさんと2人、鑑札を見せて村の外に出た。
詰所の奥で誰かが『50年来の勇者カップルか!?』なんて言ってた。こそっと言ってたけどしっかり聞こえたからね?
それ、キミタチは知らないだろうけど精霊さんに言わないでね?
そう心から願った。ほんと、マジで。
ロミさんにも聞こえてたと思う。でも俺がロミさんを見たらにこっと見返しただけだった。
このひとはそういう場数を踏みすぎてるんじゃないかと思う。
そしてロミさんに、モモさんから預かったペンダントを説明して着けてもらい、森には入らず飛行魔法でロミさんと一緒に『森の家』の庭に移動した。
着陸すると、リンちゃんたちが出迎えてくれた。
が、そのリンちゃんの斜め後ろに……。
次話4-039は2020年12月18日(金)の予定です。
20201212:何となく変更。 必然の流れ ⇒ 当然の流れ
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は珍しくタケルひとり。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
次から次へと。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
最近タケルに寄り添えていないね。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
今回は名前のみ。でもそれが基本。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
今回は大人しいね。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。
今回もおなじく出番無し。話には出てますけどね。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
食べすぎ注意。大丈夫か?
食べては寝て…。
しばらくは川小屋でピヨともふもふ生活です。
メルさん:
ホーラード王国第2王女。
いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。
王女らしさは態度や行動にでているようですが。
いろいろ気苦労してますね。
基本、居ない時は外を走り回っています。
ダイエット作戦実行中。タケルには内緒。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も登場せず。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
現存する勇者たちの中で、2番目に古参。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
現在はロスタニア所属。
勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。
ロミさん;
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現存する勇者たちの中で、3番目に古参。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
一昨日ぶりの登場。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
現存する勇者たちの中で、4番目に古参。
だけどロミがなかなか起きなかったため、起きたのはクリスのほうが早い。
舞台がハムラーデル国境に移ると登場するかも知れないので一応。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
現存する勇者たちの中で、5番目に古参。
コウがこの世界に来た時には既に勇者たちは各国に散っていた。
アリースオム皇国所属。
今回も登場せず。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
こっちの話は大雨で停滞中。
森の家を管理している精霊さんたち:
モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。
何とモモさんが…、ベニさんにも変化が…。
アオさんの特技が出ましたね。
森の家のとなりの燻製小屋という名前の食品工場で働く精霊さんたち:
名前がでてきたのは数名ですが、たくさんいます。
工場の隣にあるでっかい寮に住んでます。
交代制で、休みの日は勇者の宿の村か東の森のダンジョン村などを
うろちょろしてます。
待遇はいいらしい。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。