4ー037 ~ おおごととこごと
最初だけは、客席の反応は穏やかだった。関係者しか居ないからだろうか、事前に聞いてはいたけれど実際に見たのは初めてだったような精霊さんたちが戸惑っていたのが目立ったぐらいで、そう、全体的にみればやはり穏やかだったと思う。
リーダーゴーストが目覚めてから墓地に八面体を持っていくまでの間は、彼が周囲をあてもなく彷徨い歩きながら、自分の事を思い出せず幽霊という存在であることへの悲しみを表現するという暗いシーンだった。
その間に、初めて彼のような存在を見た観客たちも徐々に落ち着いていった。
彼の演技が俺から見てだけどかなり真に迫ったものだからか、彼がレア存在だからかはそれぞれだろう、舞台への興味が上回って行ったように思えた。
もしかすると、観客への配慮で、目の前の現実――光属性のアンデッドという矛盾――を受け入れるためにそういうシーン構成にしたのかも知れない。
舞台装置も事前にモモさんから聞いていたように凝っていた。
常に彼が舞台の中心となるように上下左右に移動するんだよね、だから舞台演劇というよりもまるで映画か何かのように、俺には感じられたぐらいに自然だった。
そして観客たちと同様に、舞台の彼も自分という存在を受け入れて行くんだけど、彼らアンデッズと話したことのある俺には、まぁそうなるだろうなぁ、って予想はついていた。
だってさ、こっちに向かって大仰なジェスチャーと満面の笑みで言うんだよ?
『悩んでちゃダメだ、思い出せないもんはしょうがない!、幽霊でも生きてりゃいいことあるさ!、あっははは』
ってさ。
さっき悩んで悲しんでいたのは何だったんだってぐらいの前向きさは相変わらずだけど、まぁね、それが彼らという存在だもんなぁ…。
俺はがっくりしながらの苦笑いだったが、観客の反応はもう何と言うか、大喝采だった。
大喝采で大爆笑で声援もたくさん飛んでいた。『がんばれー!』とかね。ブラボーとは言ってなかったけどそんな意味の声援もあるみたいだ。隣のリンちゃんがこそっと言ってくれた。
それから各所で目覚めていた、あるいはこれから目覚めて這い出て来る幽霊や骨たちが徐々に集まる頃にはもう見ている事に耐えられない客が増えていて、時々『もう、だめ…』と笑いと喘ぎがすごい事になっていた。
俺が彼らから聞いていた、室内で骨の女の子が骨の男にばったり出会い、『ギャーお化けぇ!』って両手を上げて走って壁にぶつかって肋骨を折ったり、初めて外に出てリーダーゴーストを見て『す、透けてる!、幽霊だぁ!』って腰を抜かす骨とかのシーンもあった。
その度に観客たちは湧き、笑い声が場内を揺るがせた。
アンデッズの演技は自然で、通常の彼ら彼女らが普通にやっているような事だったので、存在自体以外の違和感は全く無く、とても良かったんだけど、舞台のこちら側はもう彼らが何をしても受けるんじゃないかってぐらいになってしまった。
セリフが音声だったら観客の笑い声で聞こえなくなるところだけど、魔力音声というか魔力しかないので笑い声によってかき消されるような事も無く、観客たちは心置きなく?、いやおそらく耐えきれずに笑っているんだろうね。
関係者席ではアオさん他数名が崩れ落ちて床で笑っていたし、アリシアさんも声を出して笑っていた。
俺の両側でもテンちゃんとリンちゃんがよく笑っていた。場内の雰囲気に釣られたのかミリィも笑い転げていたし、後ろの席でメルさんも楽しそうだった。最初は息を呑んでいたけどね。そういえば伝えるのを忘れてたんだよ。アンデッズの劇団だってことをさ。そりゃ驚くよね。幽霊ならまだ魔法的な演出かと思うかも知れないけど、骨は驚くよね。
メルさんと言えばアリシアさんという存在がすぐ近くに居ることについて、重々言い聞かせられていたんだろうね。それと、メルさんの服と同様にミリィの服にも周囲の魔力から保護するような魔法が施されているようだった。
この席のあたりは特に、魔力量の凄まじい精霊さんたちが集まってるからね。そういう保護がないとミリィのように影響を受けやすい者には耐えられないのかも知れない。
舞台のほうの話は進み、俺が登場する場面では、あ、もちろん俺の役をしている役者さんだけど、何と空中花道とでも言おうか、障壁魔法で作られた花道に映像を投影している中を歩いて舞台のアンデッズに近づいていき、粗末な武器や包丁と鍋のフタを構えたアンデッズたちがそれらを捨てて土下座するのは客席に向けてという演出となっていた。
そこから一旦俺がその場所から連中を連れて医療施設跡の地下まで連れて行った所までが前半で、ここまでですらもう観客たちは湧きに湧いた熱気が感じられた。すごかった。
そして一旦幕が閉じ、客席が明るくなって休憩時間に入った。
休憩中、アリシアさんが隣のソファーから輝くような笑顔で、『あらすじは聞いていたけどここまで楽しいお芝居だとは思いませんでした』とべた褒めだった。アリシアさんの周囲の人たちも皆が笑顔だった。
俺が作ったわけじゃないんだけどなぁ…。多少の演出はあったにせよだいたい事実そのまんまだし、その演出に俺は関与してないし…。
でも、母艦の様子をファダクさんが映像情報込みで伝えていたようだし、演劇の許可が下りたんだから受け入れられていたのはわかっているけど、笑顔で褒められるのは悪い気はしなかった。
何て言うかさ、彼らという存在が光の精霊さんたちに受け入れられたんだっていう実感?、っていうのかな、もうとっくに俺の手からは離れていて、肩の荷なんて偉そうに言っていいかわかんないけど、それが下りたんだなって、良かったなって、そう思えたんだ。
後半はそこから光の精霊さんの母艦へ連れて行かれ、この演劇をする事になったという所までなんだが、途中で大地の精霊ドゥーンさんとアーレナさんから浄化魔法をかけられる場面まであった。
舞台効果や演出のすごさもあり、何の略だか知らないけどSFXやCG演出さながらの魔法技術がふんだんに使われていて、迫力も凄まじかった。
だってさーこれ、舞台から客席までの劇場内空間すべてが舞台なんだよ。そんでもって幽霊たちはワイヤーで吊らなくても飛び回れるし壁は抜けるし、骨たちだってCGを使わなくても自然に歩いて動くわけだ。腕がとれたり拾った顎の骨を取り付けたりするし。幽霊に負けていない。
俺に連れられて空中を移動する場面でも、まるで本当に俺がそこで飛行魔法を使っているかのような演出がされていたし、舞台も立体的に、移動中は背景の投影だったけどそんなのも気にならないぐらいに自然に見えた。
解説のリンちゃんによると、飛行機械の技術を使っているんだそうだ。
それがあってどうして俺みたいに単独で飛ぶのが無かったんだろうと思ったけど、そんな不安定で馬鹿げた事は普通は考えませんと言われた。飛ぶならきちんと安全対策をした道具を開発します、と。それが飛行機械というものらしい。そうですか、と言うしか無かった。
だから俺の代わりにリンちゃんが飛行魔法を使ったとき、あんな地表すれすれだったのかな…?
話を戻して大団円?、なんだろうか、このようにして彼らが生きて行く道が決まりました、これからも精一杯生きていきます、という締めくくりで演劇が終わり、出演者全員が舞台に並んで挨拶をした。観客総立ちでの大喝采だった。
観客たちには立てないひとも居たようだけど、まぁ総立ちと言っていいだろう。笑いすぎて目鼻が赤い人たちも大勢だったし、彼らの演劇、初演は一般公開じゃないけど大成功と言えた。
普通ならそこで終わるらしいんだけど、今回はアリシアさんが立ち上がって祝辞を少し述べ、それだけならいいんだけど、俺まで挨拶させられたのには参った。聞いてねーよ…、先に言っておいて欲しかったよ、それと模範解答とかさ。めっちゃくちゃ緊張したよ…。
アンデッズは俺が挨拶して良かったと褒めると、『兄貴が見て下さってるんで頑張りました』とか言うしさー、何故かそれが大ウケで驚いたよ。どうすんだよ精霊さんたちから兄貴とか呼ばれたら…。
そうそう、お祝いの花とかを楽屋や入り口脇に飾ってあるようなやつね、入ってきた時にはたくさんあったんで気付かなかったんだけど、リンちゃんが手配して俺の名前で贈ってたらしくてさ、もちろん精霊さん政府関係からのもあるので、全部じゃないんだけど、それのお礼も言われてさ、俺はそんなの聞いて無かったから妙な返事をしたかも知れない。
それで例によって、『花なんて貰ったの生まれて初めてです』、『俺たち匂いや色とかわかんねぇんですけど』とか言うもんだからまた場内が笑いの渦になった。
これはあとで聞いたんだけど、彼らはそこらの物の色などはほとんどわからないんだそうだ。魔力を一定以上発している物が、少し色づいて見える程度なんだと。ドゥーンさんから浄化魔法をかけられて強化されたとき、幽霊の色が濃くなって透明度が減った事があったんだけど、自分たちの場合はそういう強化状態になったら色がわかるんだそうだ。普段の状態だと色は判別できないんだってさ。
一応、俺には幽霊たちの服や肌や髪などの色が違うのが見えている。精霊さんたちにも見えているんじゃないかな。
ああそうだ、劇中では骨たちはぼろぼろの布っぽくした布や服を着ていたんだけど、舞台挨拶の時は番号がでかでかと描かれたシャツを着ていた。精霊語だから俺には読めないけど背中の番号は人種でも使われている数字だから読めた。
彼らはそれがなくても区別がついているけど、劇場スタッフからすると区別が付きづらいので、名前に対応した番号を服につけるようにしたんだそうだ。幽霊の場合は見た目が違うからね、一応服や名札があるらしいよ。骨と同じで名前は番号だけど。
アンデッズは公演中はこの劇場の裏手にある宿舎で生活をするんだそうだ。公演期間が終わるとまた『森の家』に戻って次の演目まで練習生活に入るんだと。移動はキュイヴさんともうひとり転移免許をもっている精霊さんがいるらしい。
●○●○●○●
昼食はぞろぞろと別の建物へ馬車で移動して、昼食会だった。
俺はもう自分が場違いと思い続けて今更と言い続けていたけど、劇場に馬車に豪華な建物やら室内やらが連続していてもう何が何やらという心境だった。
リンちゃんの指示通りに乗り降り歩き、形は両側のリンちゃんとテンちゃんをエスコートしているように見えなくも無いだろうけど、完全にリンちゃんが俺をエスコートというか動かしていると言っても間違いでは無いだろう。
メルさんとミリィは従者という立場になるらしく、別室に案内された。最初は渋っていたミリィだけど、別室だと周囲を気にせず食べ放題だと言われ、嬉々として案内の精霊さんについて別室へ向かった。メルさんは、『今は食欲がありませんが、少し落ち着けば。ミリィちゃんを見ていれば食欲も湧くと思います』と微妙な笑みで言って追いかけて行った。
そうだろうね、何でも美味しそうにすごくよく食べる子だからね。
元の世界の映画などで見たような、豪華で煌びやかな昼食と部屋を想像して覚悟していたけど、俺たちが案内されたのは結構あっさりとした部屋で、人数も15名、BGMはあったが演奏者は居なくて、テーブルと席はあったが立食式という、食事よりも歓談がメインという部屋だった。
なるほど、確かにミリィにはこっちよりも別室のほうがいいだろうね。
どっちかというと俺もそっちが良かった…。無理だろうけど。
改めてアリシアさんに挨拶をし、演劇の成功を賞賛されると、そこから次々に偉い精霊さんが俺に挨拶と賞賛を伝えてきた。
そうなるだろうなぁ、と薄々思っていたけど、やっぱりかーという感じで挨拶を返しお礼を言い続けた。俺の次に何故かリンちゃんへ挨拶をするというのが大半の流れだった。
リンちゃんが並び順を変えて俺の隣ではなくテンちゃんの隣に移動したのが不思議だったけど、挨拶をする人の流れのためだったんだとわかった。
テンちゃんの事を知っている精霊さんも居たようだった。けどテンちゃんに声をかけずに何とも言えない妙な表情でちらっと見ただけだった。劇場の責任者と名乗った精霊さんはテンちゃんの事を知らないようで、そういう精霊さんと同じく普通に『テーネブリシア姫様』、『リーノムルクシア姫様』と呼び掛けていた。
前にお世話になった母艦からもファダクさん他数名がそちらの関係者席に居たらしく、挨拶された。俺も見知っている精霊さんだったので安心した。
その後のラスヤータ大陸の状況や、母艦内部の話などをさらっと話してくれたあと、他の母艦からもファダクさんのような立場の精霊さんたちが居るらしく、この初演に来ていたドリーチェさんという女性の精霊さんを紹介された。
ドリーチェさんはファダクさんより立場が上っぽくて、ファダクさんを呼び捨てで、ファダクさんのほうはドリーチェ様と呼んでいた。
彼女はテンちゃんを知っていて、俺への挨拶の途中から涙目になり、俺に『テーネブリシア様のこと、よろしくお願いします』と心から喜ばしい表情で涙ながらに言われた。
テンちゃんに直接挨拶をしたのはこの精霊さんだけで、目線を合わせるためか膝をつき、互いに手袋越しではあったが両手をしっかりと握り合い、『本当に良うございました』とテンちゃんにも何度も言い、テンちゃんも何度も頷き『漸くなのじゃ』と返し、流れ落ちる涙にも構わず見つめ合う両者。テンちゃんは黒いヴェールの内側でドリーチェさんと同じように涙を流していた。
それは、俺にはかける言葉が見つからない、宗教画のような光景だった。
アリシアさんとその周囲の数名が、少し離れたところから笑顔で見守るような雰囲気を漂わせて見ていたが、ドリーチェさんにはファダクさんが、テンちゃんにはリンちゃんが後ろからそれぞれ声と手をかけて引き離すまで続いていた。
長かったそれらの挨拶が途切れ、やっと食べれるのかな、食欲はあまり無いけど食べだしたらそれなりに食べれるだろうか、なんて思っていたが甘かった。アリシアさんが席に着いてお茶をするのに呼ばれてしまい、お茶は頂けたけど食べる余裕が無くなったからだ。
「タケル様は私たちに良い事をたくさん運んできて下さいます」
とても美しい笑顔で言われた俺はどう返事をすればいいと言うのだろう…。
曖昧に笑みでごまかしてお茶を口にした俺にアリシアさんは言う。
「タケル様が水の者へご指示された水攻めは、竜族の拠点に多大な戦果を挙げているようで、私たちが手を出せずにいた地域も、何とかなりそうな希望が見えてきました」
あれ?、んじゃ場所は知ってたけど手出しを控えていたってこと?
- 場所、ご存じだったんですか…。
「はい、あのあたり一帯は広範囲に水の者と地の者が保護をした生物が多く地表に存在しているので、地下深く隠れ潜んでいる竜族たちにこちらからは手が出せなかったのです」
そっか、ウィノアさんは隠してるつもりだったってことか。
「タケル様が破壊されたダンジョンが、そこで陥没現象として観測されていたのでその地に多くあったのだと判明していたのですよ」
崩して埋めた影響がそんな場所に…。
「それがこんな手段で、容易く水の者を動かし、地の者の重い腰を上げさせ、さらには私たちに救済を依頼してくるだなんて、思いもよりませんでしたわ」
いやいや俺が指揮したみたいに言ってるけど違いますからね?、『いっそ雨でも降らせたら?』とは言ったけど、そんな事全く考えもしてなかったし、救済を依頼?、何がどうなってんの?、リンちゃん笑顔でお茶飲んでないで説明してくれない?
テンちゃんも笑顔で頷いてないでさ。ところでヴェールしたままだとお茶飲みづらくない?、それ。
- 救済を依頼とは…?
「はい、以前から地の者は、陥没した場所に棲息する生物を救済していたのですが、今回のように規模が大きくなりますと私たちが手を貸さざるを得ない状況になってきたようで、表層の土地ごと他所へ移動させています」
うわー、また大規模なことに…。
- そ、そうなんですか…。
「はい、そちらのドリーチェが指揮してその作業をしているのです」
へー、それで今日ここに呼んでたって意味もあったのか。
見ると笑顔で頷いていたので、こちらも会釈で返した。
「彼女は1500年前の私たちの移動の時にも指揮をしていたのですよ」
へー…、というしかない。
実績があるってことね。
「水の者はめったに私たちに連絡をしないのですが、そうして救済をしたあとは、その地に水を降らせて埋めてしまうと言っていました。地の者も協力をすると」
何だか天変地異が…。
「何千年ぶりかで私たち精霊が協力をして、世界地図の一部が変わるのです」
うわぁ…、そんな事になってたとは…、でも大丈夫なんだろうか?、一応きいておこう。
- あの、大丈夫なんですか?、気候変動とかいろいろ…。
「タケル様はお優しいのですね。大丈夫ですわ、人種に災害が降りかかるような事はありません」
- そう、ですか。
「はい、私たちはどうしても急激な変化や破壊と創造というような手段しか思いつきませんし、そのようにしてきたのです。しかしタケル様はそうした手段ではなく、自然に穏やかな変化をさせるような手段を思いつかれます。今回のもそうした手段ですから、ご心配には及びませんわ」
え?、どうにも理解が追い付かない。
土地ごと移動させたり、世界地図の一部が変わってしまうような事が、自然に穏やかな変化なんだろうか?
しかしもうこれ、俺がどうの言って止まるような事じゃ無さそうだし、俺にはどうしようもないな。うん、もう聞かなかったことにしちゃっていいよな?
- そうですか、えっと、よろしくお願いします。
「はい」
にっこり笑顔で言われた。
もう何だか食欲全然なくなっちゃったよ。あー、お茶が美味しいな。苦みもいい感じのさりげなさ。香りも落ち着くし、目の前は超美人が微笑んでいるし、左右は美少女姉妹だ。
アンデッズが天国だと言ってたけど、この部屋って美男美女しか居ないな。俺以外。うん、天国だな。話の内容はもうどうでもいいや。大丈夫って言ってるんだから大丈夫だろう。
アンデッズの演劇を観に来て、何かとんでもない話を聞いたような気がするけど、夢だな、これは夢だ。そういう事だよ。
そういう事だよ…。
●○●○●○●
気付いたら『森の家』の庭だった。
というぐらい、言われるまま微笑んで頷いて、部屋を出て大満足のミリィを手に乗せて、馬車にのって、合流したモモさんたちに頷いて、シュバふわ。『森の家』に帰ってきたってわけ。
皆が着替えに行っている間、俺は着替えないので食卓に座り、モモさんがさっと用意してくれたお茶をちびちび飲んでて、そうだ、昼食全然食べて無かったんだ、と、やっと食欲というものを思い出してもそもそとポーチから適当に食べ物を出して食べていると、着替え終わったミリィがひょろひょろ飛んできて、勝手にお皿のものを食べ始めて、そこでやっと正気に戻った。
- え、ミリィまだ食べんの?
「え?、ダメかな?」
- いや、ダメじゃないけど、あっちでたくさん食べたんじゃないの?
「食べたけど、目の前で食べてたら欲しくなるかな」
そうなのか?、満腹って知ってるか?
- わからなくはないけど、程々にね?
「はーい」
返事をしてまた食べ始めたミリィに苦笑いをして、俺も食事というか軽食だけど再開していると、順次着替え終わって集まってきた。
「私も欲しいのじゃ」
テンちゃんがまず隣に座ってそう言い、
「タケルさま、小箱のお茶を淹れましょうか?」
リンちゃんがいつものメイド服姿で、ロミさんからお土産にもらったスォム茶を手に尋ねた。
- あ、うん、お願い。
「ミリィちゃんはまた食べているんですか…」
普段着で部屋から出てきたメルさんは呆れたように言って斜め向かいに座った。
「本当によく食べますね、ふふっ」
ミドリさんがそのメルさんの隣に、続けて言った。
「アオは笑い疲れたみたいで部屋で寝ています」
「確かに凄く面白かったけど、私たちは原稿を先に読んでいたから…」
「そうですよ、それにすぐ横であんなに笑い転げられると逆に冷静に、あ、タケル様、し、失礼しました」
モモさんとベニさんも戻ってきて言ったんだけど、ベニさん?、何か失礼な事あった?
「ベニったら、タケル様はそんな事でご気分を害されたりしませんよ」
「気にし過ぎなのじゃ。ほれ、当のタケル様はわかっておらぬようなのじゃ」
はい、わかってません。
そこにお茶の用意をお盆に乗せたリンちゃんが台所から戻ってきた。
「タケル様が入手されたお茶だそうです」
- あ、スォム茶って聞いてます。
「ほう、初めて聞く名なのじゃ。ふむ、よい香りなのじゃ」
「あら、これは高級品ですね」
「いい香りです」
「わぁ…」
カップに注がれるお茶が周囲に香りを漂わせ、それぞれがそう反応した。
うん、いい香りだよね、最高級品ってロミさんが言ってたし。
「ほんとにいい香りですね、これ、どうしたんです?」
そう言いながらリンちゃんが手でどうぞと示し、俺にはカップを前に置いてくれた。
- 『勇者の宿』の向かいのお店でね、お茶に呼ばれてさ、美味しいって言ったらお土産にくれたんだよ。
テンちゃんがカップを手にしながら俺のほうをちょっと半眼で見ているのがわかった。モモさんは意味ありげな微笑みをしている。
リンちゃんには伝えてないのか…。
「そうなんですか、これ、すごく高いものなのでは?」
- んー、ああ、美味しいね。うん、最高級品って言ってたよ。
「なるほど、そう言われても納得できますね。美味しい」
「うむ、これほどのものはなかなか無いのじゃ」
「美味しいわ」
「美味しいですね、あたしは初めてです、こんななんですね、最高級品って」
「私も初めてです、何だか飲んでしまうのが勿体ないですね、ふふっ」
と、精霊さんたちが言い、
「いい香りかな、でもお茶ってちょっと苦手かな…、あ、美味しいかな、これなら飲めるかな」
と、まるででっかいスコップを持っているかのようなミリィがテーブルから主張をし、
「ほ…、これは素晴らしいお茶ですね、スォム茶と仰いましたか…、はっ、まさか…?」
と、メルさんは気付いたようだった。
「メル様は何かお気づきなのでしょうか?」
「い、いえ、私も初めてです、このお茶。とても美味しいです」
「そうですか…」
「ねぇタケル様、あのアンデッズ、聖なるアンデッズの演劇、ほとんど事実って聞いてましたけど、あんな風だったんですか?」
モモさんは何か言いたそうだったが、ベニさんが俺に問いかけたので黙った。
- え?、はい、そうですよ。ちょっと過剰な部分もありましたけど、ほぼ事実そのままですね。
俺が都市防衛システムを破壊したり、魔塵製造機械を吹っ飛ばして帰還しちゃったりという部分は省略されてるけどね。アンデッズに関しての部分はほぼそのままだ。
「あの、大地の精霊が浄化魔法を発動した場面もですか?」
- はい。あのシーンは凄かったですね。
実は、あの場面でも省略されている事がある。ハツとメイリルさんとミリィが居なかった。
だから、メイリルさんの事について、幽霊のひとりが気付いた事をドゥーンさんに話す場面も省略されている。
ミリィは自分が居ない事については気にしていないみたいだけどね。
どばーっとドゥーンさんが浄化魔法を浴びせた場面は過剰とも言える演出がCGさながらに表現されていて、すごく眩しかった。実際の浄化魔法も使われていたので、アンデッズが光り輝くようになっていたし、幽霊はコントラストがくっきりはっきりし、骨はぴかぴかになっていた。
「浄化魔法であんなになるなんて、驚きを通り越して感動しましたよ!」
「そうね、台本を知っていてもあれには驚くわね」
「そうですよね!」
「うむ、私も驚いたのじゃ」
と盛り上がる精霊さんたち。
「どばーっとなってぴかぴかになってたかな!、びっくりしたかな、面白かったかな!」
テーブルの上でスプーンを両手で掲げて会話に参加しようとするミリィ。うんうん、と頷いておいた。ちゃんとそういう子も相手してやらないとね。
「お借りした石板に表示されていましたが、あれって本当に浄化魔法だったんですね…」
と、メルさんは小声ではあったけど、違うところに驚いていたようだ。
「そうですよ、そういう演出じゃなく、あれは本当に浄化魔法だったんです」
隣のミドリさんがそれに返事をしていた。
そっちを見ている間に、俺のすぐ後ろに席を立ったベニさんが来ていた。
「あの劇の合間にタケル様はあの地を取り戻して下さったんですよね?、ご自身はあのように動けなくなるくらいになってまで…」
「ベニ…」
涙ぐんで両手を胸元で握りしめて言うベニさん。俺は振り向いていいんだろうか?、返事をするためには振り向かなくちゃいけないよね?、とりあえずカップを置いて、と。
- まぁ、そうですね、結…
「ごめんなさい!」
果的には…と続けたかったのにがばっと抱きつかれた。背中に程よく柔らかい良い感触が、じゃなくてベニさんどうしたんだ!?
「んなっ!?」
「「ベニ!?」」
「ベニさん!?」
- え!?、ベニさん?
「タケル様…、あたし、愚かでした、ああ…、タケル様…」
後ろに振り向くひまもなかった。前にまわされた腕をぽんぽんと叩きながら落ち着くように言おう。
- ベニさん、ちょっと落ち着こうか…?
「もう、ベニったら…、タケル様、申し訳ありません、ちゃんと言い聞かせますから…」
モモさんがベニさんの後ろから宥めるように背中に手を添えた。
- ええ、まぁ構いませんよ、ベニさん、手を。
そっと手首を掴んで抱き着いているのを解くように少しだけ力を入れると素直に従ってくれたので、そのまま俺も席を立ち、後ろのベニさんに向き直った。すこし腰を曲げて目線を合わせると、ベニさんも紅潮した顔を上げた。目がうるうるしている。
- 急にどうしたんです?
「あ…、私、愚かだったんです。タケル様の事、何も知りませんでした…」
まぁそりゃ一緒に居ないしなぁ…、モモさんには情報が伝わってたかも知れないけど、知ろうとしなければモモさんだって伝えないだろうし。
- 大丈夫ですよ。
「あの、でも、」
- ベニさんは悪くないから。
と言ったとたん、目から大粒の涙が零れ落ちた。
え?、と思ったらがばっと抱き着かれた。今度は正面から、俺がちょっと屈んでいるので肩口に密着だ。両腕ごと抱きかかえられたので腕が不自由なんだが…。
「ありがとうございますぅ…、心を入れ替えてお尽くししますぅ…」
- うん…、うん…?
とりあえず落ち着いて離れてくれないと、姿勢がつらい。
そう思って腰のところに手を、というかそこしか手が届かないんだからしょうがない、添えた。
「あぁ…、んはぁ…」
あれ?
えっと、俺への態度がきつかったりしたのを反省して、謝ったってことだよね?
何か息遣いが変わったような…。
「む、早く引き離すのじゃ」
「は、はい!」
何かに気付いたテンちゃんが言い、モモさんとリンちゃんがベニさんを俺から引き剥がした。
「部屋に連れて行きます」
モモさんがベニさんを抱えるようにして連れて行った。
俺はとりあえず頷いてから座り直した。
「はぁ…、全く、其方は罪な男なのじゃ」
「全くですよ、タケルさま。よりによって腰に魔力を流すなんて驚きですよ」
え?
- あれ?、ベニさんの腰に魔力なんて流しちゃってた?
「はい。慰めるように優しい魔力を手にして与えてましたよ?」
「無意識にやっておるのじゃ。恐ろしいのじゃ」
そりゃまぁ、慰めようとはしたけれど…。
- 魔力を流したつもりは無かったんだよ、あとで謝らないと…。
「やめておくのじゃ」
「そうですよ、謝られたらベニさんが可哀そうです」
- そういうもんなの?
「そういうもんです」
「うむ」
「あの…、どういうことなのでしょう?」
メルさんの疑問もわかる。俺もそう思ったからね。
テンちゃんは視線でリンちゃんにパスしたようだ。
「はぁ…、タケルさまの優しさの籠った魔力は、我々精霊にとっては多幸感に包まれるような気持ちにさせられてしまうんです」
「そうじゃな、耐性が無いベニのような普通の精霊にはむしろ毒と言えるのじゃ」
「毒…」
毒とか言われたよ…。
「毒とまでは言いませんが、ベニさんはまだ若い精霊ですから…」
見かけがベニさんよりだいぶ若いリンちゃんが言うと妙な感じだけどね。
「特にさっきのように、タケルさまがベニさんを思って手を触れたような場合は、効くでしょうね…」
「実際かなり効いておったのじゃ」
触れちゃダメなんだろうか…、いやまぁ、無闇やたらと触れたりはしないけども。
「効いて…?」
「それはもう効果は抜群なのじゃ」
「それにしても、いつかはそうなっても仕方ないだろうとは思っていましたが、演劇の興奮とここで見聞きした事だけでベニさんがあのように素直になるなんて、さすがはタケルさまです」
「うむ、やはり風呂が効いたのじゃ」
ちょ、それ言っちゃうの?、テンちゃん…。
「風呂…?」
「あっ」
うわー、失言だったっぽい…、知らないよー?、俺は言わないからね?
「どういう事ですか?、お姉さま」
「いやその、ちょ、ちょっとだけだったのじゃ、ちょっとだけ、私と、モモとベニでタケル様と一緒に、」
「お ね え さ ま…?、聞いてませんよ?」
リンちゃんがゆらりと立ち上がって後ろからテンちゃんに迫った。
「も、モモから聞いて、おらぬようなのじゃ、なら仕方ないのじゃ」
慌てて立ち上がろうとしたが間に合わず、肩を掴まれて座ったまま上半身を捻って答えるテンちゃん。
隣でぶるんと胸が揺れている。見てないよ?、感知してるだけだからね?
「じゃあ今聞きましょうか。そう言えばさっきベニさんが変化したのに真っ先に気付きましたね、お姉さま」
「それは隣に居るのじゃから…」
「では風呂が効いたというのは?」
「入ってすぐに湯あたりしてしもうたのじゃ」
「へー…、そうですか…、ちょっとお姉さま、向こうでお話ししましょうか」
「へ?、い、痛いのじゃ、痣になってしまうのじゃ、いたたた」
リンちゃんにがしっと腕を掴まれて引っ張って行かれた。失言するから…。
俺に矛先が来なくて本当に良かった。
「と、ところでタケルさんはあっちの大陸ではそんな事になっていたんですね」
「そ、そうですね、大変だったみたいですね」
「演劇から省かれていた話なんですか?、その、『あの地を取り戻した』というのは」
「あ、そうですよ、私が知っている事だけですがお話ししましょうか?」
「ぜひ、お願いします」
何やらメルさんとミドリさんが話題をそらすほうへ全力を出したような雰囲気だった。
俺に問いかけられているわけじゃないので、すっかり冷めてしまったスォム茶の残りをくいっと飲んだ。
あ、これ冷めても美味しいかも。
ミリィはテーブルの上でいつの間にかだらしなく眠っていた。お腹いっぱいで話に付いて行けなくなったせいだろうか。
次話4-038は2020年12月11日(金)の予定です。
20201204:訂正。 来ていたのは ⇒ 来ていた
20201207:なぜか濁点が抜けていたのを訂正。 タメ ⇒ ダメ
20201209:抜けを補完。 俺のちょっと半眼で ⇒ 俺のほうをちょっと半眼で
20201217:送り仮名が欠けてました…。 ⇒ 漸く
20210105:後半に1か所、名前を間違えていた事に気付いたので訂正。
20220524:助詞抜けを補完。 これほどのもの ⇒ これほどのものは
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回は話題に出ただけ。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
現実逃避が多い主人公。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
そういう事の無いようにしていたのに、テンがぶち壊してますね。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
公の場ですからね。
それでもかなり砕けているほうらしいです。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
失言の姉。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。
今回も出番無し。話には出てますけどね。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
食べすぎ注意。大丈夫か?
メルさん:
ホーラード王国第2王女。
いわゆる姫騎士だけど騎士らしいことを最近していない。
王女らしさは態度や行動にでているようですが。
いろいろ気苦労してますね。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回は登場せず。
ロミさん;
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
今回は名前のみ。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
アリースオム皇国所属。
今回は登場せず。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
こっちの話は大雨で停滞か。まだ続くけど、重大なことが。
森の家を管理している精霊さんたち:
モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。
何とモモさんが…、ベニさんにも変化が…。
アオさんの特技が出ましたね。
ファダクさんとドリーチェさん:
ファダクについては3章を。
ドリーチェさんは当話本文を。
いずれも光の精霊さんの、大型母艦で指揮を執る立場の精霊さん。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。