4ー034 ~ 上空からの偵察
報告会議はあっさりと終わり、俺はロミさんに言われるまま別室での会議に参加させられた。
一応紹介されたが、いわゆる大臣職というか、内閣じゃないけど内閣首脳会議のようなもののようで、自分で言うのも何だけど俺が居るのは場違いも甚だしいと思った。
最初はやっぱり国家としての話で、先ほどの報告会議を受けて、方針に変更がないかを確認するものだった。
多少案件の追加はあったようだが、特に問題も無いのであっさりと終わり、問題のコウさんがいる場所の話になった。
「勇者タケル様はどのようにご助力頂けるのでしょうか?」
ここにいるひとたちはそれぞれ重責を担っているだろう肩書だが、たぶんロミさんの次に偉いというような、さっき宰相と紹介された男性が俺に尋ねた。視線が俺に集まる。ロミさんは隣で薄く微笑んだままだ。
- まず状況がわからないのでは何とも言えません。ですから情報収集をしたいと考えています。
こう答えるしか無いんだけども。
だって報告が報告の体を為していないんだから計画なんて立てようがない。
「ご尤もですな。その情報収集を如何にされるのかをお聞きしたかったのですが」
詳しく説明しても、それで納得してもらえるかどうかがわからないから、言わなかったんだけどなぁ…、でもこう言われてしまったんだし、しょうがない、簡単に言ってみるか…。
- そうでしたか、それは失礼を。まず現地を上空から走査します。そして比較的魔力量の多いものの位置を記した地図を作成します。前線拠点で状況を聞き取り調査し、こちらである程度聞き取った情報と合わせ、問題解決に際して最低条件と最高条件を割り出します。これが基本骨子ですが、皆さんに予めお伺いしておかなくてはならない事が2点あります。今お聞きしても構いませんか?
「待ちたまえ。その基本骨子に我々が納得した上での話では無いのか?」
「上空からというのはどういう事でしょう?」
「地図を作成してからでは間に合わないのでは?」
「調査と言ったが戦士団から何人同行させるのか!、私は聞いていないぞ!?」
おおう…、向こう半分の席に居るひとたちが一気に…。
こっち半分の席のひとは落ち着いているけど。
「ノーランド、いいかしら?」
ロミさんが斜め前のひとに声をかけた。ノーランドさんは俺に質問をした宰相だ。
「はっ」
彼は短く返事をして右手を左胸に添えて小さく頭を下げた。
「騒がしいわ。私のお客様に恥ずかしい真似をしないでね?」
ノーランドさんとのやり取りで察せられていたのだろう、既に向こう半分は静かになっていたが、ロミさんはそれには構わず釘を刺すように威圧的に言った。
何と、その声には少し魔力が乗っていた。精霊さん以外で初めて…、でもないか、ミリィたち有翅族は普通にやってたね。でもそれを除けば初めてだ。もちろん俺以外でだけど、あ、ロミさんも勇者だし、そう考えれば別に不思議でも無いのか。
「うん。私が今日ここに戻って来られたのは、こちらの勇者タケルさんにお願いして無理を聞いてもらったからなの」
静かに注目する面々を見回してひとつ頷き、ロミさんは続けた。
微妙に事実と異なっているけど、そこは方便というものだろう。
「ホーラードの『勇者の宿』からここまで、1時間も掛からなかったわ。と言えば彼の能力の凄まじさがわかるかしら?、タケルさん、マッサルク周辺の地図を作っていたわね?」
全員が息を呑み、目を見開いていたが、反論したりしない事にちょっと感心していると、ロミさんは俺に逆側の手を差し出した。
- あっはい、どうぞ。
ポーチから畳んで入れてあった地図を取り出して渡すと、返事の代わりににこっと微笑んで小さく頷いた。そしてA4サイズより少し小さなその紙を手元で広げてさっと目を通してからノーランドさんへと差し出すロミさん。
ロミさんと俺は肘を張れば当たるぐらいの近さだけど、ノーランドさんは互いに手を伸ばすと届く程度の距離だ。
「確認したら回してちょうだい」
「はっ」
彼は少し身を乗り出して頭を下げつつも受け取り、姿勢を正してそれを見てピタっと動きを止めた。そしてこちらを見て何かを言いかけて口を少し開けたが声を出すことをせずに、隣のひとへと地図を渡す。
順次そうして同じような反応と動きが地図と共に伝わって行く様子は何とも言えない妙な面白さがあったが、それには構わずロミさんが小声で俺に言った。
「ねぇ、あれって和紙、植物紙よね?、うちでも研究させているのだけれど、まだ他所には出してないのよ。どこで手に入れたのかあとで教えて下さらない?」
あ…、使い勝手がいいから気にせず使ってたよ。迂闊だったかな…?
別に言ってもいいと思うけど、この星の裏側だって言ったら何て言うだろうか…。
- …はい。
と、返事をすると、地図が一周して戻ってきたので身を乗りだして受け取り、ロミさんの前に置いた。各自が何か言いたげな視線でそれを追って、俺とロミさんと地図を行ったり来たりしているのがわかる。でもさっきロミさんに言われたからだろう、無言だ。
「貴方たちも驚いたでしょうね。私も横で見ていたのだけれど、彼はこれを描くのに息をする程度の時間も掛からなかったわ。彼の行動に私たちの常識は全く通じないと思ってちょうだい。ねぇタケルさん?、『瘴気の森』は魔物が出て来るという事以外は川を隔てて海まで続いているという事しかわかっていないの。貴方は先ほど最高条件と最低条件を割り出すって言ったわね?」
- はい。
「現時点で考えられる最高条件は、瘴気の原因と対処ね。どうかしら?」
まぁそりゃそうだろうね。あまりにも情報が少ないのだから。
- その『瘴気の森』まではどれぐらいの距離で、森の範囲がどの程度かで変わってきますよ?
「直線でだいたい150kmぐらいね。貴方のほど正確ではないけれど、地図があるわ」
そうロミさんが言った瞬間に、ノーランドさんの隣のひとが向こう半分に居たひとりに合図をし、そのひとが席を立って足早に部屋を出て行った。さっき戦士団がどうの聞いてないぞって言ってたひとだ。
- そうですか。それと、現地での人員がどれだけいて、現状では何が問題で苦戦しているのか、そういった点も含めて現地で責任者の方々と話し合えば良いのか、それとも一度こちらへ持ち帰って皆さんと検討すればいいのか、そこを伺っておかなくてはなりませんね。
「そうね」
- こちらに上がって来ている情報が少なすぎるのも問題でしょうか。
「ええ。本当に」
ロミさんは相槌をうちながらにこにこと笑顔のまま俺を見ている。
これって、俺がちょっと見てきますって言うのを待ってるんじゃないか?
しょうがないなぁ…。今日そこまでするつもりじゃ無かったんだが。
- …その『瘴気の森』って周囲はどうなってます?、川を隔てて、って言ってましたけど。
「川のこちら側は低木と荒地よ。瘴気のせいね。そして低木が増えて木々が繁るあたりに村落がいくつかあるわ。川の分岐のところにも村落があるわね。あとは…、そうね、川の水の色が途中から変わっているんだそうよ」
- それも瘴気が原因で?
「わからないわ。下流のほうは魔物が多いらしいのよ」
- という事はダンジョンがあるかどうかも
「わからないわね」
- ところでコウさんには何て言って行かせたんです?
「陳情が上がってきているから現地で話を聞いてきてくれない?、って言ったら『お任せあれ』って行っちゃったのよ」
何だそりゃ…。
- 兵士を連れて、ですか…。
「そうね。ガイ」
「はっ、コウ様が魔物討伐のためと仰いまして、200ほど」
ガイと呼ばれたのはノーランドさんの隣の、さっき地図を取ってくるよう合図をしたひとだ。軍務関係のトップなんだろうか。
- その内訳を教えて下さい。
「は?、内訳、でございますか?」
あれ?、なんで意表を突かれたような返事?
普通、兵ってのは騎士なのか歩兵なのか弓兵なのかってのがあるはずだけど。
- はい。剣で戦うのか騎乗して戦うのか槍なのか弓なのか、それぞれの数を聞いておきたいんです。
「無いの」
何と答えたものかとガイさんが困っている様子を見かねてか、ロミさんが答えた。
- 無いって、全員が剣持って戦うだけって事ですか?
「ううん、うちの戦士たちは剣だったり槍だったり弓だったりするの」
- 兵科が無いって事ですか…。
「隊によっては分けているわ。でもそれはその隊の内部事情。うちとしては何々隊何人、という管理方法なのよ」
ああ、傭兵団を扱うようなもんか。
- なるほど。それが200人、という事ですね。
「はい。3隊で200人に少し足りませんが…」
だいたい200、って事か。
- あの、もしかして輜重隊も含めての人数ですか?
「はい。全部で、でございます」
じゃあ実際の戦力としてはその半分ぐらいと見ておかないと。いや、半分も無いかも知れないな。
と言っても、実際役に立つのかどうか分からないから何とも言えないね。
そこに地図を取りに行ったひとが息を切らせて戻ってきた。
彼は入室してお辞儀をしてから、ガイさんにその丸められた羊皮紙を手渡して元の席へと下がった。ガイさんはノーランドさんにそのまま手渡し、ノーランドさんがロミさんと俺の前にそれを置いて広げようと紐を解いた。
テーブルの上にあった細長い錘、ああ、これ何だろうって思ってたらそのための文鎮か。
「ここがマッサルク、この都よ。そしてここが『瘴気の森』。川はこちらの山から流れてきていて、ここで分岐ね。『瘴気の森』のほうへと広がって流れているわ」
わかっちゃいたけど、何と大雑把な地図だろう。
山も森もそこだけ絵なんだけど、俯瞰方向が違うし木の大きさも山も適当だ。まぁそんなもんなんだよね、地図って。まともに測量なんてしてないんだし。
- 方角は合ってます?
「……街道に従って行けば着くわ」
つまり方角も大雑把って事か。
- 直線で150kmというのは?
「……(にこっ)」
ああ、それぐらいだろうっていう事ね。
しょうがないなぁ、まぁ150kmが1500kmって事は無いだろうし、それぐらいなら行って地図作って来る程度なら、お茶飲んで待っててもらえばいいぐらいの時間で戻って来れる。
- じゃあちょっと行ってきますよ。ここでお茶でもしてて下さい。方角が合ってれば20分も掛からないでしょう。では。
「あ、案内を」
- 不要です。
立ち上がった俺に、ノーランドさんが急いで立ち、たぶんこの部屋から外までの案内というかまぁ監視だろうね、兵士をつけようとしたのを断った。
そしてロミさんに連れられて入ってきた側の扉から出たんだが…。
- 何でロミさんも出てきちゃったんです?
「だって、貴方と空を飛ぶのは楽しいんだもの。だめかしら?」
連れて行けという事か…、うん、ダメなんて言わないよ?
だってこのひと今、『飛ぶのは楽しい』って言ってくれたんだから。
ピヨ以外で俺と飛ぶのが楽しいなんて言ってくれたひと、いやピヨは人種じゃないけど、あ、ミリィはどうだっけ?、まぁミリィは自力で飛べるんだから、って言ったらピヨもそうか。
ん?、そういえばハツもメイリルさんも、連れて飛んだ事あるけど悲鳴を上げて無かったわ。んじゃロミさんが最初じゃ無いじゃん。
でもまぁ、楽しいって言ってくれたのは、嬉しいので連れて行けと言うのなら寧ろ歓迎したい。
「ねぇ、だめなのぉ?」
ちょっと考えた隙に俺の腕を持って正面斜め下から言われた。
そういうのはずるいと思う。
●○●○●○●
ロミさんは会議室の外に出て俺の腕を取った時からずっと離さずに、俺が『じゃあ一緒に行きましょうか』と、楽しいって言ってくれたのが嬉しかったので微笑んで言うと、ぱぁっと素直な満面の笑みを浮かべてから俺を引っ張るように肘のところを持って歩きだしたんだ。
いつの間にか前後に女官さんたちが合流していたけど、でも10mから15mぐらいの距離だったので、普通に城内を移動しているひとたちなんだろう、ぐらいにしか思って無かった。
外に出る寸前に、あ、このひとたち護衛か、ってあとで気づいたぐらい自然な合流だった。すごいよね、こういうスキル。
「20分ほどで戻ると思うわ。首脳たちは待たせておいて。お茶のいいのを出してあげて。最高級品じゃなくてもいいわ」
「はい、ロミ様。既に」
「そう。じゃ、行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ。ロミ様、タケル様。そうしてスォ族の衣装で寄り添っておられるとまるで仲の良いご夫婦のようで、私ども一同、喜ばしく存じます。タケル様、ロミ様の事をよろしくお願いします」
え?、いやちょっと待って、そのよろしくってどういうよろしく?
「ふふっ?、さぁタケルさん、今度はこの子たちにもわかるように飛びましょう!、さぁ!」
- あっはい。
ロミさんは女官さんの筆頭のひとだろうか、来た時も受け答えしてたのはこの女官さんだったと思うけど、そのひとからああ言われたのがそんなに嬉しいのか、肘のところを内側から手を添えるように持っていたのを軽く抱え、ふにっと腕に幸せな感触を与えてくれて、じゃなくて、それを揺らすようにして催促をした。
俺は、テンちゃんみたいにすんごいのも幸せだけど、適度なのもこれはこれでいいなと、じゃなくて!、テンちゃんの模倣の飛行結界じゃなく、以前普通に使っていた飛行結界を、テンちゃんぐらいの魔力を込めて強度を上げたバージョンで包んでふわっと飛び上がった。
結界の外ではお辞儀状態だった女官さんたちが目線を上げて目も口も開けて驚いている様子や、門のところや物見台にいるひとたちがこちらを指差して騒ぎ始めている様子が、上空へと浮上し遠ざかるにつれて小さくなって行くのが見えていた。
「あはは、驚いているわね、あははは、あの子たちをこんなに驚かせられるなんてすごいわ。ありがとう、タケルさん。これだけでも楽しいわ」
腕に軽く抱きついているだけだったのを、ぎゅーっと抱きしめて肩に頭を付けた。
- そうですか。じゃ、加速しますよ。
「うん」
加速したにも関わらずやっぱり悲鳴を上げず、むしろ感動したような声を漏らして眼下に見える地域の説明をしてくれた。
「こうして上から見ると、こっちのほうは大きな扇状地だってよくわかるわぁ、マッサルクのほうは石灰岩が多くてこんな川は無いもの」
- そうですね、でもむしろよくあんなカルスト地形に立派な都市を築けたと驚きましたよ。
「カルスト地形?、確か元の世界では山口県の一部がそうだったって今その言葉で思い出したわ」
- よくご存じですね。その通りです。
マジで驚いた。ロミさんがこっちの世界に来たのは13歳ぐらいって聞いてたし、ロミさんは明治末か大正時代ぐらいの生まれのはずだ。そんな地理や地質学の勉強ができたとは思えない。
でもこの国の発展具合を考えると、ロミさんの知識を活用したと考えたほうが妥当だろう。
そう言えばハルトさんが、『ロミは紛れもなく天才だとヨダさんとカナさんが言っていた』って言ってたっけ。天才って言葉で片づけるのはいまいち納得行かないけど、このひとはどういう環境で育ったんだろうと、ちょっと興味がわくね。
「貴方は地図にしていたからわかると思うけど、スォ族はそれを利用してこの地域の中央に居座る事ができたの。彼らは魔道具を作る技術が優れていたので、ヘンドリックと私がこの地に都を築くように指導したのよ」
ヘンドリックさんってここんとこちょくちょく聞く名前だなぁ。
- ヘンドリックさんって?
「まぁ、ふふっ、焼きもちだと嬉しいのだけど、私をこの地に連れてきたひとなの。もう貴方ならわかると思うけれど、自分の価値を私に示そうとしたのよ。昔の話よ」
と、遠い目をして言った。
まぁいろいろあるんだろうね。カエデさんが、シオリさんの登場する勇者本にその名前が出てるみたいな事を言っていたし、それなりに有名な過去の人なんだろう。
- そろそろ『瘴気の森』ですけど、このへんで一度地図を作りますね。
「こうして見下ろすと『瘴気の森』の範囲がはっきりわかるわ…、こんな風だったのねぇ、あの辺りが瘴気の根源って事かしら…?」
ロミさんが指差す『瘴気の森』の中央やや海寄りのところ、そこに濃密な魔力の渦がある。
- そのようですね、その中心に、ちょっとわかりにくいですが何か居ますね。
「そう。貴方はそんな事までわかるのね…」
何が居るのかまではわからないけどね。
今回はそこまでちゃんと調べる時間的余裕が無いので、とりあえずはでかい的がいくつかあるし、そいつらを何とかしておけば持つだろう。
「あら、貴方の杖なの?」
- 借り物ですけどね。便利なんですよ、これ。
俺がポーチからリンちゃんに借りている杖を取り出したのを見て、ロミさんが興味ありそうな目で見て言ったのに軽く答えた。
そして真上に移動し、上空150mから天罰魔法を落とす。
「それってシオリさんが使うって言われてる魔法?」
- 基本的には同じです。あと3箇所やりますね。
といいつつ3箇所目を終えて次に移動。一応移動先でも天罰魔法を使うのに索敵魔法を使ってからになるので、ついでに打ち終わってから上昇して高空から地図を作成しておく。
「あっという間に終わったわね、これでここは安泰なの?」
それをのぞき込んで言うロミさん。
- いいえ、ここには多くの魔物が居るようですから、安泰とは言えませんね。
「なら今していたのは?」
- 魔力反応の大きなのが中心以外に5体居たので、とりあえずそれだけ倒したんです。瘴気がどの程度なのかは降りてみないとわかりませんし、ちゃんと調査しないと降りるのも怖いので、今回はそれらを倒しただけですよ。
「見に行かなくてもわかるの?」
- そりゃあ反応が消えたんですから倒したと見ていいんじゃないでしょうか。
「そうね。私にはそこまでわからないのだけど、貴方が言うなら信じるわ」
そりゃどうも。
- じゃ、地図もできましたし、戻りましょうか。
「あら、コウのところには寄らないのかしら?」
- 寄りませんよ?
「どうして?、聞き取り調査をするのではないの?」
そりゃあだって、貴女が一緒だからですよ。とは言えないよなぁ。
話を聞いた限りでは、コウさんはロミさんにご執心だそうだから、ロミさんが俺にこんな風にくっついてるのを見たら、一体どういう印象を俺に抱き、俺に対する態度がどうなるかなんて、予想するのは簡単だからね。
寄って話を聞くならロミさんを連れて来ないほうがいいに決まってる。
と、ここに飛んできてから気づいたんだよ。
来る前はそんなの考えて無かった。ただロミさんが俺と飛ぶのが楽しいって言ってくれたのが嬉しくてうっかりしてた。いいじゃないか、しょうがないだろ。
- まぁ、あまり会議室のひとたちを待たせるのも何ですから…。
「そうね、それにコウがどこに居るかがわからないものね」
- え?、それぐらいはわかりますよ。勇者は魔力量が多いのでわかりやすいんですよ。
「そうなの?、どこかしら、私にもわかればいいのだけど」
と、俺の腕を片腕で抱えたまま下を見回すようにするロミさん。
- コウさんならあそこですね、あそこにある天幕が並んでるところの、こちらから見て左端から3番目の天幕です。
「あら、あのベガースの天幕ではないのね?」
- ベガースの天幕?
「手前にある大き目の天幕がそうよ、熊のような紋章が見えるかしら?」
- ああ、あれですか。
「そう。そこが本部になるはずなのよ。ベガース隊がコウに同行した戦士団で一番大きいのだから」
- なるほど。じゃあどうしてコウさんはあんな端のほうに…?
「さぁ?、どうしてかしら?、ちょっと近くまで寄れない?」
- このまま近くに寄ると、見つかっちゃうんですよ。
「ふふっ、私は構わないわよ?」
わかってるくせに…。
- 見つからないようにしてなら、近くに寄ってもいいですよ?
「それでいいから寄ってみてちょうだい。戦闘も無いこんな昼間に何をしているのか私も知りたいもの」
というわけで飛行結界の外にテンちゃん直伝の模倣結界を張って、とりあえず真上に移動し、上空100mの位置につけて近距離の索敵魔法を使って見た。
つい普通にそうしてしまったけど、使う直前にはもう下の様子がどうなってるかわかってしまった。天幕は屋根がただの防水布だからね。パッシブの魔力感知だけでもだいたいわかっちゃうんだよ。
「どうなの?、あの天幕にコウが居るんでしょ?、何してるの?」
いやこれ、もう下の様子が天幕で隠れているところ以外、ロミさんにも見えているはずなんだし、中でナニしてるってわかってるでしょこれ…。
- コウさんが居ますね。僕はコウさんと会った事がないので、本人かどうかはわかりませんけど、勇者クラスの魔力量をもつ人物が中に居るのはわかります。
一応そう言ってごまか……せないよなぁ、やっぱり。
「中で何してるの?」
- えーっと、飲食、でしょうか。
「ふぅん…?」
だめだ、コウさんには悪いけど、庇い切れないや。
だって、下の天幕ってこれ娼婦たちの天幕だもん。もろに呼び込みしてるのが居るし、露骨な衣装だし、ふらりとやってきた兵士っぽい男性が、今も娼婦さんのひとりと一緒に隣の天幕に入ってったとこだもん。
「娼婦の天幕で、飲食…、ね。コウの居る天幕って他より少し大きいわね?」
- ええ、まぁ、そうですね。
「コウの他に3人居るわよね?、ひとりはコウに乗っているように見えるのだけど、タケルさんからはどう見えるのか教えて下さらない?」
あちゃー、ダメだ。このひとこの距離だと魔力感知ができるんだよきっと。
だって俺が感知してる中の様子、ロミさんもほぼ同じものが見えてるんだもん。
- そうですね、乗ってますね。
「で、何してるのかしら?」
何って、ナニでしょうよ。
- 何でしょうね?、とりあえず状況はわかりましたし、帰りませんか?
「…ふふっ、いいわ。帰りましょう」
ロミさんはちょっと怖い笑みを浮かべて俺の腕をぎゅーっと抱きしめた。
●○●○●○●
戻ってからもちょっと怖い雰囲気のロミさんが、『もうしばらくは大丈夫よ』と言って、いろいろ有耶無耶にしてしまい、結局俺が作った地図だけを、複製を作るという話だけして、ホーラードへと戻る事になった。
「援軍?、必要無いわ。だって余裕がありそうだったんだもの」
という一声とロミさんの雰囲気で反論なんて全く出なかった。
タイミング悪いにも程があるよ、コウさん…。
しかし何気にロミさんは、声に魔力を、まぁ強くは無いにせよ乗せていたり、100mぐらいなら魔力感知で人の存在を知ることができているようだったし、詳しくは(ちょっと怖くて)聞いていないけどもしかしたらある程度の魔法が扱えるんじゃないだろうか。
帰りは俺が着替えるのを待ってもらってたんだけど、飛び立つのに外にでるため廊下を歩いている時、『また何か月もあの退屈な道中になるなんて…』と、嘆いていたが、『そうだわ、ふふっ』と何を思いついたのか、そこからは上機嫌になっていた。
「来る時は驚く事しか無くて余裕が無かったけれど、貴方の服、手触りがいいのね…」
ロミさんはそう言って肘あたりをそっと持った手だけじゃなく、もう片方の手も動員して腕の部分だけではあるけれど、手触りを確かめていた。そういう微妙な触り方って、なんだかくすぐったいような誘われているような感じなので、できればやめて頂きたい。
でもわかる。この服は本当に性能がいい。撥水機能の事は前にも言ったかも知れないけど、それだけじゃなくて、温度変化によって内側の温度を逃がすか逃がさないか、さりげなく調節してくれている。と言っても魔法的なものではなく、繊維の工夫によってだ。だから最初はそんな事には気づかなかった。
気づいてみるとこれがなかなかのもので、道理で普段着だと汗ばんでも内側は乾きにくいのが、この服だとそういう事が無いし、元の世界でそういう機能性衣類ってスキーウェアなどにあったと思うけど、それ以上なんだよね。
さすがは(元の世界より)未来的な光の精霊さん技術だね。
そんで話を戻すと、表面はその撥水性能のせいか、本当に手触りがいい。あ!、もしかしてそのせいで皆が飛行時とか何かの機会あればくっついて来るんじゃないのか!?
あ、でもリンちゃんはこの服を貰う前からそうだったっけ。ウィノアさんは…どうだったかなぁ、あの精霊さんはそういうの関係あるんだろうか?
いやマジで、あの精霊さんって、許していない時や相手だとたぶん触らせないんだと思う。触らせる、というのの意味が普通じゃないんだけどね、それは置いといて。
手を掴んだり腕を掴んだときに、こちらが掴めるときと、掴もうとしても掴めないときがあるんだよ。前に掴めなかったときにさ、ちょっと工夫してみようかって思った事があるんだけど、それをするとウィノアさんの身体を構成している魔法に干渉してしまいそうだから諦めたんだよね。
ほら、シオリさんが持ってきちゃった魔道具で、すぐ近くのひとの身体状況を魔力的にスキャンするものがあったよね、あれのときにすぐ横に寄り添っていたのがウィノアさんだったんで、もちろん魔道具の限界があるからウィノアさんの身体の事を全部スキャンできていたわけじゃないけど、ほんのさわりだけでもややこしい魔法で編まれているのがわかったんだよ。それに干渉しそうだったんだ。無理やり固定して掴もうとすると、ね。(※)
あ、話を戻すといいながらまた逸れてたよ。
まぁその、上機嫌になったあと外に出るとすっと足を止めて、改めて手触りを確認するようにしてから言ったのが先のセリフだ。
それから女官さんたちとその外側にさりげなく立っている兵士さんたちに見送られて飛び立ったってわけ。
帰りは目的地もわかっているので、来るときよりも早く、40分も掛からずに到着したので日没まではだいぶ時間があった。
なのに、『勇者の宿』の向かいの店でまたロミさんとお茶をしていると、15分ほどして、『使者の方が到着されたようです』と、女官さんがロミさんに報告をし、じゃあ会って来ますという事になった。
まぁね、そりゃロミさんのほうで使者の足止めっていうか調整してたんだからそりゃそうなるよね。
ロミさんはにっこりと『行ってらっしゃい』と、普通に見送ってくれたのが、逆に俺からするともう諦めてくれたのかな、とか、やけにあっさりと見送るんだな、と心配になるぐらいだった。
そして使者に会った。
使者のひとは何だかげっそりと憔悴しているように見えた。一応、ロミさんの話は言わずに白々しくここまでの旅が大変だったんでしょうと道中を労うような言葉をかけたんだけど、あいまいに濁されてしまった。
白々しすぎたかな?、でもどういう足止めだったのかはちょっと気になるね。
事務的に希望はあるかと尋ねられ、ホーラードに所属したいと言うとそうですかと平坦に言われ、差し出された書類にサインをすると、それで終わった。
あっけないなと思ったが、それを持って帰って王都で会議をするらしい。正式に決まったらまたここ、『勇者の宿』に使者を送るそうだ。それで改めて所属国へ赴き、王様に挨拶をするんだと。
ハルトさんが、使者と会ってからも時間がかかるって言ってたもんね。
次話4-035は2020年11月20日(金)の予定です。
※(作者注釈)
『さわり』というのは概要や要点という意味です。タケルの言う「ほんのさわりだけでも」ですが、この場合は概要という意味で使っています。どうやら勘違いしているひとが居るようですので、ここに補足説明をしました。
20201113:1文に『取り出した』が重なっていたので片方を削除。
(訂正前) 俺がポーチから取り出した、リンちゃんに借りている杖を取り出したのを見てロミさんが興味ありそうな目で見て言ったのに軽く答えた。
(訂正後) 俺がポーチからリンちゃんに借りている杖を取り出したのを見て、ロミさんが興味ありそうな目で見て言ったのに軽く答えた。
20201116:数がわかりにくいので訂正。 あと5箇所 ⇒ あと3箇所
20201123:何だかおかしかったので訂正。
(訂正前) 結界の外ではお辞儀状態だった女官さんたちが目線を上げて目も口も開けて驚いているのが遠ざかって行くのが見えていて、門のところや物見台にいるひとたちも指差して騒ぎ始めているのが分かった。
(訂正後) 結界の外ではお辞儀状態だった女官さんたちが目線を上げて目も口も開けて驚いている様子や、門のところや物見台にいるひとたちがこちらを指差して騒ぎ始めている様子が、上空へと浮上し遠ざかるにつれて小さくなって行くのが見えていた。
20201128:距離訂正。 500 ⇒ 150
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
さすがに今回はお風呂無し。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
内心ではまた温泉に入りにアリースオムに行きたいと思っているようです。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
今回も名前のみの登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
今回も名前のみ。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。
今回は出番無し。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回も名前のみの登場。
ロミさん;
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
登場したと思ったら長い。
まだ登場が続く。うーん…、おかしい。こんなはずでは…。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
アリースオム皇国所属。
登場はしてる。
どうやら困ったひとらしい(笑)。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
会議室に居たひとたち:
アリースオムの重鎮たちですね。
女官さんたち:
有能ですね。年齢はさまざまです。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
こっちの話は大雨で停滞か。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。