4ー033 ~ 精霊様のご加護
ロミさんと一緒にロミさんのお城に来た。
そのお城は平城かと思うぐらい、高さはあまり無く平たい石造りのもので、一見したところお城には見えなかった。2階部分というか平たく広い屋上には木造の物見台と、掘っ立て小屋のようなものがあるし、むしろそれがメインで白く広い土台はただの土台じゃないのかとすら思える。
上空から見下ろして近づいて行ったので余計にそう思うのだが、そこがお城だと傍らに寄り添うロミさんに言われて一瞬、『え?、あれが?』と言いかけた。言うのを踏みとどまって良かった。台の上の木造部分の事かと勘違いしたからね。
その広い土台部分がお城本体で、1階部分は多くの石柱によって支えられている構造のようだ。そして政務関係の部屋は全てそこにあるらしい。
ロミさんの居室や生活の場はその地下にあるんだそうだ。むしろ地下部分がお城本体だと言えるぐらいの規模らしい。もちろん直接の行き来には制限があるが、城勤めの者たちの部屋などもあると言っていた。
降下中は、ずっと下を見ているロミさんを怖がらせないようにと気を遣い、いつもに比べてゆっくりめの速度だったので、俺も地図を作って確認したり、下や都市周辺の様子をサーチしたりという余裕があった。
上空から見ると歪な円形の台地にあるように見えるが、広い視点で見るとどうやらここはいわゆるカルスト地形のような、侵食された凸凹がある地域に築かれた都市だろう。都市の周囲にはごろごろと岩と草原が見えるし、索敵魔法によると街道の周囲には穴や岩がちらほらとあるのがわかる事から、おそらくはそうだと思う。
道理でマッサルクという都市の近くに川が無いんだ。でも緑が多く見えるのは地下水が豊富なのかも知れないね。
遠くを見ると、俺たちがさっき着地したような森なども点在しているし、大きく陥没したんだろう場所もある。これだと鍾乳洞なんかもありそうだね。
ロミさんが身に着けている装飾品に、瑪瑙や筋や縞のあるオニキスが使われていることから、そういうものも産出する地域なのだろう。
「まぁ、うちの国家機密をそんなに簡単に作られてしまっては大変ね、ふふっ」
いまさっき作ったマッサルク周辺の地図を見ながらふむふむと見ていると、横からロミさんも覗き込んでそう言った。
そうだよね、こういう地図って国家機密になっちゃうよね。複雑な地形だったんで地図にして目で確認したかったからなんだけど、ちょっと迂闊だったかな、とロミさんを見た。
- すみません、どうも癖になっちゃってるんで、これは降りたらお渡ししますね。
「助かるわ。でも貴方ならこの国のどこでも、そんな風にすぐに地図を作ってしまうのでしょう?」
- そうですね。まぁ、許可無く他所には出しませんよ。
等高線は記していないから、穴なのか山なのかは地図を見ただけではわからない。でも見るひとが見ればわかるだろう。過去に作られたどんな地図よりも精細だからね。
そんな地図、もし攻め込もうなんて考えている者の手に渡ったら大変だ。存在すればだけども。
「ふふっ、本当、うちに来てくれないかしらね…?」
まだ諦めていないロミさんの微笑みと、俺の手元の地図から見上げた形だからすぐ近くに迫る誘うような視線。それから逃げるわけでは無いけれど、俺はそれには答えずにもう目の前というかすぐ下を指差して言う。
- それはそうと、どこに降りればいいですか?
「あら…、そこの正門のところにお願いできるかしら?」
すっと微笑みを消し、俺から半歩離れて下を指差して言った。
お仕事モードになったのだろう。答えなかった事に対して機嫌を損ねたわけじゃないと思う。
ロミさんに言われたように、正門の内側にある少し広い場所、着陸しやすい平たい石畳のところに着地した。
「物見の兵が私たちに気付かなかったのは、何か理由があるのかしら?」
- あっはい、気付いてもらえる方法で飛んできたほうが良かったですか?
「ふぅん?、そういう風にもできるのね。次はそうして来てもらえるといいわね」
そんな事を言っていると兵たちが駆け寄ってきて5mほどの距離で俺たちを囲むように順に跪いた。
「急な帰還は状況を知るためなの。2時間後に報告を聞くわ。中への連絡はして?」
「了解致しました。既に」
「そう。こちらはお客様よ。私と同じ、勇者のタケルさん。失礼の無いようにお願いね?」
「畏まりました」
代表だろう、装飾のついた兵士が答え、それに合わせて周囲の兵たちがそれぞれ無言で指示をする動きをし、端に居た兵の何人かがそれぞれの方向へと走って行った。
普通なら随伴と見られる俺が居るだけの単身で戻ったロミさんを疑いの目で見たり、確認のための何かアイテムなどを提示するなどが必要だろうけど、城の衛兵どころか誰も彼もがどういうわけかロミさんをひと目見ただけで疑う様子は微塵も無かった。
ここでもっと集中して魔力感知をすればこの時の俺も気づいたと思う。
今はまだ最初だし、兵士たちとロミさんの遣り取りがあまりにも自然だった事に少し驚いていたので気付かなかった。
「上に物見台があったでしょう?」
先導する2人の兵士と俺たちを挟んで後ろに続く2人の兵士、しかし気遣いが見えるような距離で、近くもなく離れすぎずに俺というかロミさんの歩くペースに合わせてお城の内部を歩いていると、来る前にお城の大きさについて言っていた話の続きだろうか、殺風景な廊下だから気を遣ってくれたのだろうか、ロミさんが話し始めた。
「城壁はあるし、街にも門はあるのにどうしてもって言うから許可したのよ…」
何だか不満そうに言う。
- 不満そうですね?
「だってあんなだとは思わなかったのよ?、ひとつだと思ったらいくつも建てるし、倉庫まで作ってしまうし、上に住んでるのまで居るのよ?」
天井が高いので、昇り降りの手間もあるんだろうけど、本当に不満そうだ。
でもそれを俺に言われても困る。
- それはまぁ、お察しします。
こういう場合はあまりあれこれ理由などをこちらが考えて答えちゃダメなんだよ。
相槌を打つ程度の返答でいい。そう教わった。
「でしょう?、今日初めて上から見たけれど、あんなにごちゃごちゃしてるなんて思わなかったわ?、これじゃあ私のお城がただの土台みたいに見えるじゃない?」
なるほど、上から見たからか…、確かに俺も土台だって思ってしまった。ロミさんもそう思ったんだろう。
「広い屋上なのは知ってたのよ。だから隙間に草が生えたりするのを定期的に掃除させてたのよね。そしたら掃除の者たちが大変だからって階段をつける許可をとってから、やけに何箇所も大きな階段を設えたわね、なんて思っていたら物見台の計画だったのよ?」
余程、上から見たそれらが気に入らなかったんだろうか。わからなくはないけど、どうして俺はロミさんの愚痴を聞かされているんだろうね?
そんなこんなで散々愚痴を聞かされてから、『ここから下へ降りるのよ。迎えが来てるわ』と、数人の兵士たちと女官だろうか、女性たち数人がいる広い部屋に入ると、大きな下へ続く階段を手で示して言った。
そうして兵士たちではなく今度はその女官たちに挟まれて階段を下りてまた歩き始めるとさっきまでよりほんの少し暖かい空気を感じた。
「でもね、うちには他所には無い、自慢のものがあるのよ?」
小さな子供が大人に謎かけでもするような、無邪気さを伴っているように見える笑みで言うロミさん。
どうやら愚痴は終わったようで俺も少し気楽になった。
- ほう?、自慢のものですか?
気楽になったせいか愚痴が終わったからか、肌に感じる空気が暖かく思えたせいか、それは俺にもわからないけど、つい普通に反応してしまった。
まさかそのための仕込みが上での愚痴じゃないだろうけどね。
「ふふっ、せっかく戻ったのだから、お風呂に入りたいわ」
愚痴には相槌程度の返事しかしていなかった俺が、興味を示した反応が良かったのか、嬉しそうににこっと笑みを浮かべ、すぐ後ろの女官へと振り向いて言った。
「既に準備を整えてございます」
「このまま向かってもいいかしら?」
「お望みのままに」
「そう。部屋の準備は?」
「既に」
「勇者タケル、そちらの者が客室に案内するわ」
え、そんなに滞在しないよね?、日没までには帰るんだから。
- 客室ですか…?
「たとえそれが数時間の滞在でも、客人に部屋も用意できないなんて思われたく無いの。私がいろいろ身支度をする間、貴方をお待たせするのだから」
- なるほど、
「それとも私に付いていたいのかしら?、それでも構わないけれど…?」
いたずらっぽく言うロミさん。ここは明かりはあるけど、外ほどは明るくないからか、可愛さよりも大人びた、って言ったら俺より実年齢はかなり上なのでおかしいんだけど、そんな雰囲気を纏っているように見えるせいか、艶っぽくも見える。
さっきお風呂って言ったよね?、それはまずいでしょ。
- わかりました。案内してもらえますか?
「畏まりました」
「ふふっ」
後ろの女官さんに振り向いて言うと、ロミさんが楽しそうに笑った。
部屋に通されてすぐ、別の女官さんが来て言った。
「お客様、準備が整いましたのでご案内致します」
へ?、そりゃ俺には荷物とか無いけどさ、待ってろって言われたんだからお茶を飲むなり上等そうなソファーへ座るぐらいの余裕があってもいいじゃないか、と思い、『どこに?』とか『何の準備?』と尋ねる前にそのひとが続けて言う。
「地下にございます、温泉の浴場をご堪能下さるようにと、陛下の仰せでございました」
- おおっ!?
なんだって!?、温泉があるのか!、それは入らなくちゃね!
そうか、それが『自慢のもの』なんだ。なるほど、納得した!
思わず声がでちゃったよ。
「お客様をお待たせする間にとの事です。いかがなさいますか?」
お、有無を言わさずに連れて行くのではないんだな。
- もちろん行きます!、お願いします。
「ふふ、失礼致しました。ではどうぞ」
反応が良すぎたせいか、女官さんが笑ってたよ。
そしてその女官さんの案内で、控え室程度の広さの脱衣所だろう場所へと到着した。
廊下を歩き、階段を下り、と、近づくにつれて空気が暖かい。
硫黄の匂いはしないし、来る時にも思ったけど周囲に火山が無いから火山性のものではないだろう温泉は俺もどちらかというと好みなほうなので弥が上にも期待が高まるね。
用意されていた桶に自前の洗髪用品や石鹸などを入れ、腰にはタオルというスタイルでその脱衣所から扉を開けてもらい、浴室というより浴場という空間へと入った。
広い!、白い!、凄いな、これは凄い。
岩に囲まれた一見自然のままの空間のように一瞬思ったが、洗い場などはきちんと整備されている、調和の取れた浴場だった。湯気も凄いけどそれは奥のほうの熱い湯からもうもうと漂ってきているようだ。
明かりの魔道具が各所にあって、それがいい感じに配置されているのも雰囲気に一役買っていていい。
洗い場には2つの蛇口だろう水とお湯がでる魔道具がついていた。これはラスヤータ大陸でしばらく過ごしたハツの家にもあったものと仕組みは同じだ。でも一組しか無いのは何故だろう?、こんなに広い湯なら、もっと並んでいても良さそうなもんだけど…。
そんな事を思いつつも、用意されていた椅子に座って身体を洗い始めた。
シャワーは無いけど古いタイプの銭湯なんかにあるものと同じだし、使った事もあるので問題ない。俺一人だから取り合いにもならないからね、気にしてもしょうがない。
そして、はぁぁと息を吐いてふちの岩を跨ぎ、湯に浸かった。いいね、これはいい。
こういう瞬間は泉質がどうのとかもどうでもよくなるね。
そうして一息ついて、ふと思った。
この湯、というか湯気も、いつもよりウィノアさんの魔力が多めだ。
他にひとが居ないし、というか手伝いを申し出た女官さんには丁重にお断りをしたからだけど、首飾りを付けたままなので、気にして無かったんだよ。まぁ最近では首飾りが無くても俺の周囲の水という水、水分という水分にはウィノアさんの魔力がたっぷり含まれているのが普通になってるんだけどね。
だからハムラーデルとトルイザンの国境のところで大雨が降ってた時も、俺の周囲の雨水は全部そうだった。でもあれは全体的にウィノアさんが操ってる水だから、例にはならないかも知れないね。
いつもそんなだし、それが多めだったからと言って文句があるわけじゃないんだけど、でも今回は多めだったせいで気付くのが遅れた。今回だけはウィノアさんに文句を言いたい。
「私のお城の自慢、どうかしら?」
湯の中央に鎮座している背丈の倍ほどの岩、詳しくいうとごつごつはしているけど卵型で上部に金糸で縁取られ刺繍された青い布飾りが施された岩、それに片手を添えて腰のやや下から上を見せた美女がそこに居た。美女っつーかロミさんだけど。
- 大変素晴らしいと思います。自慢なのもわかります。
「ふふっ、ありがとう。嬉しいわ。そちらに行ってもいいかしら?」
一瞬見て全力で首を反対に向けて言った俺に、ロミさんは本当に嬉しそうに言った。
そして俺が返事をするまでもなくもうこちらに近づいて来る。
来るなとも言えないので、黙っているしかない。だってここの主だし。
反対を見ていても魔力感知ってものがあるので、大きすぎず小さくもない形のいい胸を隠すように髪を垂らしているとか、堂々と湯を歩みバランスを取るかのように腕を動かすせいか腰のくびれが強調されて美しいとか、いあいあ、そんなに魔力的ガン見してないよ?、周囲を感知しているだけだよ?
あ、底はちゃんと平らな石がきちんと並べてあるよ。だから俺はふちの岩に凭れて座り、肩から上が出てる状態なんだけども。
「今日は魔力が濃いわ、貴方が原因かしらぁ?」
そういいつつ俺の隣に座り、そのまま俺に肩を寄せた。
良かった、誰かさんのように腕をとって抱きしめたりされなくて。
- いつもこうではないんですね?
「ええ。貴方が入ってくる前までは普通の濃さだったわ」
- そうですか…。
もう俺が原因だってばれてるね、これ。
「その首飾り、素敵ね。それって経典にあるものと似ているわね」
経典にあるんですか…、ああ、そういえばこれを見た途端、跪いて祈り始めたひとたちがいたっけ。それでか…。
脱衣所に置いて来るんだったなぁ…。
- 僕は経典のほうを知らないんで、同じかどうかわかりませんけど…。
「あら、そうなの?、何方からそれを?」
ウィノアさん本人からです。でもこれ言っていいのかな…?
「ふふっ、精霊様のご加護があるって本当なのね。凄いわぁ」
ああ、ついに俺の腕に柔らかいモノの感触がそっと当てられた…。
ただ隣に座ってるだけなら良かったんだけどなぁ。
- あの、ロミさん?
「いやに落ち着いているのねぇ、憎らしいわぁ」
さらに押し付けてきた。うーん。
そして肩に頬を…、いやいやちょっと待とうよ、と、言おうとしたら肩に当てていた頬を離してさっとそこに手を添えた。その動きで言葉を飲み込んだ俺。
「これでも動じないなんて、貴方、まさか女性に興味が」
- ありますって、普通です。
とんでもない事を言いそうだったので急いで割り込んだ。
「やっとこっちを見てくれたわ、あちらに見えるのがここの源泉なの。そのままでは熱すぎるから、何段にも道をつけて冷ましてからここに貯めているのよ」
肩に置いた手はそのままで、もう片方の手で湯気がもうもうと立ち込めている方を示した。
- え?、あ、そうなんですね。
急に話題が変わったのに少し驚いたが、温泉の説明をしてくれるんだろうか?
そういう冷まし方をしている温泉も元の世界にはあったと思う。
「ええ。だからあそこは湯気がすごいの。源泉は他にも汲み上げて使っているし、街にも一部流している所もあるけど、街へはこの湯殿のお湯を流しているのがほとんどね」
- へー…。
って、そんな湯に直接入っちゃっていいんですか?、という目で見てしまった。
いや、そりゃだってそうでしょ、汚しちゃまずいじゃないか。気分的にもさ。
「ふふっ、ここはね、特別なの。私しか浸かる事がないお風呂なのよ?」
ああ、だから洗い場が湯の面積に比べて小さいというかあれ一人分なのはそういう理由か。
また肩に頬をというかいつの間にかもう片方の手は俺の左ひざちょい上のとこにあるし、しなだれかかっているという姿勢になっていた。
- ああ、それで…、
「ううん、あれはこちら用ね、奥のほうにもうひとつあるわ。でも私以外に使われた事は無かったわ」
- そうだったんですか…。
「意外ね、自分が使って良かったのかって訊くと思ったのだけど?」
言うところでした。愚問だからやめたんです。
ロミさんは俺の肩から頬を離し、俺の顔を左下から見上げるようにして言った。
近すぎだって。
- あの、ロミさん、ちょっと
近いですと言う前にすっと離れてくれた。
と、思ったら添えていた俺の肩をそのままぐっと掴んで、胡坐をかいて座っている俺の正面へと跨いで乗り、正面から俺の両肩を持って間近でじっと見つめた。
いやそんな真顔で迫らないでくれないかな、怖いんで。
「勇者タケル、貴方は自分がいかに特別な存在であるかを私に示したわ。お返しに私は私にできる方法で、私が貴方にとって特別な存在になれるかを示す必要があるの」
- そ、それがこの温泉ですか?
「……本気なの?」
誤魔化せないようだ、どうしよう…。
「その目はわかって言ってるんでしょう?、今日ずっとそうだったもの」
解ってます。ずっとそう誘われてましたね。最初はそれほどでもなかったけど、靡かない俺に意地になってるのかなとも考えました。でもエスカレートしてるなーってのも思ってました。
飛行中もさりげなく触れてきてたし、食後にここまで飛んできたときは寄り添うときの密着度が上がってましたからね。
まさかふたりっきりの温泉混浴になるとは思わなかったし、考えもしなかったけど、いくら何でもここまでされたら目的がはっきりする。
でも、ここでそういう事に及ぶ気は、俺には無いんだよ。
だってそうしたらアリースオム所属になっちゃうじゃないか。
下世話な言い方になるが、そういう事をするなら後腐れの無い相手にしたい。いや、しないけどね。だって病気とか怖いじゃないか。それだけが理由じゃないけどさ。
精霊さんたちの事があるし、できるかどうかは別にして、もしするならそっちにするよ。見かけが小さいのでそこはちょっとアレだけど、年齢的には問題ないんだし。その姉にだって何度も誘われてるわけだしさ。年齢差を言っちゃダメだけどそこはそれ。
あ、もしするなら、だよ?、仮定の話ね。実際ちょっとなぁ…。
この世界に来てすぐだったらともかく、もう今の俺は気軽にそういう事ができないんだって事は自覚してるんだ。影響が大きすぎるからね。
とにかく、ここまでしてもらって気の毒だけど、ロミさんを相手にしちゃうわけにはいかない。
そりゃね?、俺だって元の世界よりも性欲ってものが少なくなってるにせよ、一応は健康な成年男子なんだから、したいよ?、したいですよ?、でもなぁ、すぐ後からの苦労やら何やらを考えるとなぁ…、その場の雰囲気で済し崩し的にやっちゃいましたって、怖くてできないよ。
そのへん、性欲自体が減ってるせいで理性が勝っちゃうんだよ、きっと。
え?、ここまでされる前に逃げるか回避するようにしなくちゃダメだろうって?、全くその通りでございます。
「ねぇ、私はもう準備できているのよ?」
一瞬考えていた隙に、ロミさんが目の前で熱い吐息をかけながら囁いた。鼻がくっつきそうな距離だった。
まずい!、急いで障壁を!
『そこまでになさい』
「な、何なの!?」
はー、助かった。
ウィノアさんは俺の上に跨っていたロミさんをその姿勢のまま湯の中をスライド移動させて手を伸ばしても届かない位置へと離し、毎度のように湯面から上半身をぬるっと顕現した。
俺は股間を押さえていた右手はそのままに、膝を立てて左手で抱えて座りなおした。
間にウィノアさんの上半身があるので直接は見えないが、ロミさんは俺に跨っていた姿勢のまま、湯に浮いてというか固定されていて、湯に浸かっている部分が動かせないようだった。いろいろ丸見えなのはもう今更だ。
どうにかしようと湯面の上で自由だった両手を湯に入れた途端、その両手も固定されてしまったようで、『動かない、助けて』と、恐ろしさなのか涙目で俺を見ようとするけど間にはウィノアさんの半透明の上半身があるので見えず、改めてウィノアさんを見て、『ま、まさか精霊様…』と、掠れるような小声で呟いた。
『はぁ…、私がお止めしなくてもタケル様ご自身で何とかされると思いますが、見ていられなかったので介入しました。お許し下さい』
くるっと上半身がこっちに180度回転し、溜め息をついてから言った。
アナタ息してませんよね?、毎度思うけどさ。
- いえ、助かりました。
『うふ、そうお思いでしたらお礼に期待しちゃっていいですか?』
- ウィノアさん。
『っと、そうでした』
くるっとまた半回転。
『白と灰の地の者よ、本来このような事に介入はしないのですが、タケル様の場合は別なのです。価値を示すのであれば他の事で示しなさい』
と言うと、すぅっと湯に沈んで行った。
途中のが無ければなぁ…、まぁ、ウィノアさんのせいにすればいいので、俺としては助かったんだけどさ。
下手な断り方をして、恥をかかせただのと恨まれずに済んだわけだし。
「わぶっ!」
あ、急に解除されたからロミさんが。
急いでロミさんのほうに…、行く前に自力で立ち上がった。
- えっと、大丈夫ですか?
「はぁ、驚いたわ、精霊様のご加護ってこういう事なのね…」
違います。
違うんだけど、説明するのもなぁ…。
- いえ、まぁ、その、何と言いますか…
「それはいいわ。ねぇ、正直に言って」
- はい。
「私を自分のものにしたいと思った?」
何という難問を…。
- ロミさんはとても魅力的な女性だと思います。でも、ものにするというのは何か違うと思うんですよ。その、言いにくいんですが、少々古風な考え方かな、と。
ハルトさんやシオリさんのように明治大正時代のひとの考え方だとすると、理解できる。ロミさんはその少し後のようだけど、女性の地位が向上して男女平等という考え方がある程度浸透した、俺たちが生きていた社会とは考え方からして違うと思う。
「そうなの?、コウなんかはたぶん、私を自分のものにしたいとずっと考えていると思うわよ?」
- コウさんもまた、僕からすると古い考え方なのでしょう。ひとに因りけりかも知れませんが。
「なら、言い方を変えるわ。私を抱きたい?」
- 単純に言えば、はい、と答えます。
「単純では無い、という事なのね」
- はい。
「わかったわ。精霊様が仰ったように、この方法で価値を示すのはやめにするわ」
- あのですね、特に価値を示す必要は無いんですよ。
「どうしてかしら?、貴方が私に充分すぎるほどの価値を示したのではなくて?」
ああ、さっきそう言ってたよ。そこが根本的におかしいんだ。
- 価値を示そうとして飛んできたわけでも、お手伝いしようと思ったわけでも無いんですよ。
「わからないわ、どうしてなの?」
- 先輩勇者が困ってるようだったから、僕にできる事ならお手伝いしてもいいかなって。
「……それ、だけなの?」
ロミさんは3度ほど瞬きをしてから続ける。
「地位を望まないならお金、でも無さそうね、何が貴方の望みなのかしら?」
ああ、そういう事だったのか。
ロミさんは俺に戦闘へと赴かせる理由として、命を賭けさせるに値するエサが必要だと考えてたんだ。
そして俺が、ロミさんの考えていた以上に、ロミさんにとっての価値を示したものだから、俺を欲しいと思わせすぎてしまったのもあって、こういう行動に出たのか。なるほど。
- 特に何も。
「無いの!?、だって死ぬのって凄く辛くて苦しかったわ、回復期間もあるのだし、そうなるかも知れないのに、お願いしただけで行ってくれるなんてあり得ないわ?」
そうですよね。姫様がお願いしただけでドラゴン退治に行く勇者って頭おかしいですよね?、と、ちょっと思ったけど、俺の場合はそうじゃないんだよ。
- えっと、剣持って倒しに行けと言われれば僕だって断りますよ。どうしようも無ければ逃げてきますし、現地で方策が立てられないなら戻ってそう報告します。僕だって死ぬのはイヤですから。
1度めの溺死、まぁ寸前だったわけなんだけど、あれは本当にきつかった。
ほんとに死ぬかと思ったってぐらいだし、ウィノアさんの事が無ければきっとトラウマになって水を怖がってたと思うよ。
「まぁ、あはは、あのヨーダさんが聞いたらきっと怒り出すわね、勇者とはってお説教されるわよ、貴方、あははは」
素っ裸で無邪気に笑うロミさん。
もともとお化粧なんて口紅ぐらいだったけど、そういう意味じゃなく、ロミさんの素顔を初めて見た気がした。
●○●○●○●
俺が上せそうだったというのもあるけれど、お互い裸のままで話を続けるのも何だなという事で、そろそろ支度をして報告を聞かなくてはならないし、と、一旦戻る事になった。
蛇足だけど、このまま浸かってたら上せそうだったのは湯当たりって意味と、ロミさんの裸をずっと目にしていると誘惑され続けているようで妙な感じだったからという意味がある。
だって横向いたら『こっちを見て話してちょうだい』、『さっきの誘惑に耐えたのならこれぐらい平気でしょ?』なんて言われて押し切られたんだよ。さっきのウィノアさんで懲りたのか距離を詰めては来なかったけど、口調がね、こっちも立場が微妙に弱いし相手は先輩だしさ、どうにも弱いね、俺。
それで、体操座り(三角座り)で湯に浸かってる俺と、4mほどの距離で正面に堂々と立っているロミさんという構図になっててさ、隠す気が無いのか、それも価値を示すって行動なのか、全部丸見え状態だった。実は内心困ってた。目のやり場にも。
ウィノアさんが去ってからは真面目な話だったし、そのギャップがね、堪らんと言うか何と言うかね…。
とにかく脱衣所で待機していた女官たち、そう、俺を案内してきたひとだけじゃなくて6人も居たんだけど、何故かロミさんまでこっちに出てさ、あっちにも出入り口があるんじゃないのかって思ったんだけど、俺用に用意した服を着せられて、ロミさんはそれを見届けながら肌着をきて座り、髪を乾かさせてたよ。
見届けてたのは、最初、俺はポーチに自分の着替えがあるからと断ろうとしたんだよ。そしたらロミさんに『あら、着て下さらないのかしら…?』って言われてさ。
報告を聞く間だけでも、って譲歩されたので、まぁそれなら仕方ないかってね。
着て帰るのはさすがにほら、まるでアリースオムに所属するみたいじゃないか、だから帰る前にはまた着替えますよと念を押すと、それでいいからってね。
ほら、俺だってハルトさんたちの所が片付いてからになるけど、アリースオムでお手伝いする件があるから、ここの衣装を着る事でそれが円滑になるかも知れないじゃん?、ロミさんが報告を聞く時、俺は傍観者の立場だけど、協力者として紹介されるのに、好意的に見られた方がいいと思ったからね。
ロミさんの準備が整うまで部屋で半時間ほど待ち、案内の女官さんが来て、行った場所は広い会議場だった。
何故かロミさんの隣に座らされ、やっぱり協力者で大切な客だと紹介された。斜め後ろに立ってる女官さんが司会進行のようで、そのひとからね。
俺はこういう場って不慣れで苦手なので緊張してて、紹介されたときに立ち上がろうとしたらロミさんに袖をつままれ、小声で『立たないで』と注意された。片手を少し挙げて合図するだけでいいんだってさ。
そういうのは、先に言っておいて欲しかったよ。おかげで変な汗をかいた。
すぐに報告が始まったが、最初のうちはロミさんが留守中の各地域の経済状況からだった。
他にする事も無いので聞くとも無しに聞いていたんだけど、この国って食料もだけど他の生産物や加工品など全部、自給自足以上の体制が整っている事がわかった。これはある意味凄い事だと思う。そして輸出もしていて、輸入してもいる。輸入品はほぼ輸出用の加工品のための原材料になっている様子で、それで儲けた分を研究開発費として使っていたり、他国の商会や職人を取り込んだりと、まるで元の世界での近代国家がもっと遅れている他国相手に経済侵略を行っているかのような印象を受けた。
何より優れているのが魔道具による工業技術で、来る時に上空から見たんだけど街路が整っているんだよね。そんでもってコンクリートがこの国には存在する。建物の土台や城壁や街の壁なんかも、石材とコンクリートだった。
そういう事ひとつとっても、他国よりも建国が遅かったにも関わらずよくここまで進歩したものだと感心した。
そして最後にやっとコウさんの所の状況の話となった。
今から4日ほど前に伝令が来て、『苦戦しているけれどなんとかします』だそうで、それをホーラードの『勇者の宿』の村に向けて伝令を出したのがその日だそうだ。
「ほらね…?」
って俺をちょっと見て小声で言うんだもんなぁ。だいたい俺からすると、どういう敵が出てどういう状況で苦戦しているのかがさっぱりわからないのは報告とは言えないんじゃないか、って思う。
- どう苦戦しているんですか?
発言していいかどうかわからないので、俺も小声でロミさんに尋ねた。
「わからないわ。注意した事もあるのよ?、でもいつも同じなの」
困ったように薄く笑みを浮かべていうロミさんの苦労が見えるようだ。諦めてるのかも知れない。
- それって、僕が助っ人に行っても受け入れてもらえないのでは?
「貴方もそう思う?、どうすればいいのかしら…」
それは俺が考えることじゃ無いよね?
次話4-034は2020年11月13日(金)の予定です。
20201128:補完訂正。 報告を聞く間でも、 ⇒ 報告を聞く間だけでも、
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
まさかロミと入るわけにはいかないと思っていたのに!
どうしてこうなった!?
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
振り回されてますね。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
今回も名前のみの登場。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
今回も名前のみ。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。
分体も忙しいはずなのに、しぶしぶ阻止しに出てきました。
精霊様のご加護(笑)
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回名前のみの登場。
ロミさん;
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
登場したと思ったら長い。
おかしい、作者的にはこんな予定では…。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
アリースオム皇国所属。
名前のみの登場。
どうやら困ったひとらしい。
アリースオム皇国:
カルスト地形、石灰岩、そして温泉。
白と灰の地なんて言われてますね。
資源的にはどうなんですかね?
でも結構進んでる国らしい。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
こっちの話は大雨で停滞か。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。