4ー031 ~ お誘い
ミリィを『森の家』の精霊さんたちに紹介した。
誘導された席順は、短辺側に俺とその左隣にリンちゃん。
俺側の長辺手前からテンちゃん、モモさん、ベニさんで、リンちゃん側の長辺手前から、メルさん、ミドリさん、アオさんね。
そして、俺のポケットから出てその俺の目の前でテーブルの上に、ミリィがまだ緊張を隠せない様子でピシっと正座してる。さっきまで直立不動だったけど。俺からはミリィの背中が見えているわけ。
ミリィは最初、精霊さんが何人もいる事に驚いて恐縮していたけど、ハツの家で大地の精霊さんのふたり、ドゥーンさんとアーレナさんが居たじゃないか、って俺が言うと、ミリィじゃなくメルさんのほうから小さくため息が聞こえた。
「はぁ…、タケル様にはこの状況が普通なのですね…、あっ、声に出てましたか!?、申し訳ありません決して不満などでは無くむしろ光栄に思っております!」
見ると呟きを聞かれてしまって焦ったのか、椅子を下りて例の宗教的跪礼で、両膝を床につき、両手を胸に交差して当て、頭を垂れた。そうされると背丈の関係で俺の位置からだと直接は見えなくなるんだが…、向かい側のモモさんとベニさんからも見えなくなってるよね。
説明しておくと、両手を交差して胸に当てること、両膝を床または地面につけること、それは宗教的か、その当人が崇める対象に行う最上級の礼だ。
王侯貴族に対しては、片膝で右手を左胸に当てるのが最上級。その場合は、右膝が床または地面だ。帯剣している場合に抜きづらくなる姿勢という理由らしい。左利きの場合?、それは聞いてないから知らないよ。
膝が汚れる事に関しては、この世界の人たちは全く気にしていないわけではないが、予め、前に布を敷いて置くなどの準備ができない場合もあるので、多少汚れがついてもあまり気にはしていないようだ。
「やめてくださいメルさん、私たちは貴女が崇める対象では無いと言ったはずです」
リンちゃんがそう言いながらさっと立って、メルさんの背中から立ち上がらせようとするのを隣のミドリさんも補佐した。
「メル様、大丈夫ですよ?、私たちから見てもタケル様のご周囲は特殊すぎて恐縮しますもの。ふふ、メル様は人種の国の王女様なのでしょう?、なのにそのように恐縮されてしまうのですね」
ミドリさんが続いて言ったけど、それはフォローだか何だかよくわからないな。
「はい、それはもう…、ミドリ様もなのでしょうか?」
「そうですよ?、それはそれは」
「ミドリ」
「はい、とにかく大変なんですよ」
モモさんが割り込んで笑顔で優しく呼びかけると、ミドリさんは取り繕ったようにごまかした。有無を言わせない笑顔ってやつだな。魔力がちょい多めだったんで俺の前のミリィだけじゃなく、俺までちょっとびくっとしちゃったよ。それでちらっとモモさんが視線をこっちに向けたんで、つい視線をそらしてしまった。前のミリィも同じようにしてた。
「そうなのですね…、少し気が楽になりました、あ、リン様ありがとうございます」
席に座りなおしたメルさんがお礼を言い、リンちゃんも席に戻って、それからは前回ここに来てまた出てからの話をしたり、ミリィたち有翅族が普段どのような生活をしているかという話をした。
今ミリィが着ている服の話が出た時は、リンちゃんが細かい説明をしながらミリィが立ってモモさんたちの前をゆっくり歩くという、何だかファッションショーのような場面になったりもした。
それで、今回俺が戻った理由についてはリンちゃんから聞いているようだったけど、勇者としての義務みたいなものなので単身『勇者の宿』に行ってくるよと話すと、リンちゃんが俺の左腕を両手で掴んで『またおひとりで行かれるんですか…?』と不安そうな表情で言外に連れて行って欲しそうに言われた。
- 今回は別に戦闘とか索敵とかじゃないし、ただ『勇者の宿』でホーラード王国の使者に会って所属の話をするだけだからさ、
「でも…」
- それにほら、リンちゃんも用事が、ね?
ちらっとモモさんを見て言うと、くすっと笑ってフォローをしてくれた。
「リン様、明後日に例のアンデッズ、ああ、『聖なるアンデッズ劇団』でしたね、それの初演が開催されるんですが、タケル様にご同行される方々のお話はまだアリシア様のほうに連絡していないんです。タケル様のご意見も伺わなくてはなりませんし、ヌル様、」
「私も観たいのじゃ!、タケル様ぁ…」
モモさんの話に名前が出た途端、チャンスとばかりに鋭く言って、テーブルの角を乗り越え…てるのはその大きな胸だけどすごいな、むにゅーっと擬音があてられそうな勢いで、じゃなくて、上目遣いでお願いモードだよ。この誘惑度の高いこと。
発言を遮られたモモさんだけじゃなく、ベニさんやミドリさん、アオさんもテンちゃんのそんな態度に驚いて息を呑んでいるのがわかった。
モモさんたちからの挨拶を受けてからここまでのテンちゃんは、鷹揚な雰囲気を崩さずに居たからね、そりゃ急に甘えるような態度になったら驚くだろう。
って、さらっと流しそうになったけど、明後日ってもうすぐじゃん。それと、俺が観劇するのは確定なのか。やっぱりアリシアさんから直接誘われたせいだろうなぁ…。
- ああうん、モモさんの話が途中だからちょっと待とうか。
「う…、わかったのじゃ。モモよ、続けるがよいのじゃ」
「は、はい、続けます。初演の観劇は関係者や上層部の方々のみに限定されておりますので、タケル様にご同行される方々のお話は、アリシア様の側近にご連絡をされるよりも、直前のお話ですので直接アリシア様にご連絡が可能なリン様にして頂きたいのです」
「なるほど、それでアンデッズがここには居なかったのですね。キュイヴがすぐに転移して行ったのもそういう事情ですか」
「はい。この段階においては彼がする事はもう無いはずですが、それでも現場に居る事が仕事と言えますので」
ぶっちゃけたなぁ、でもそういうもんだよね、責任者ってのはさ。
アンデッズが居ないってのはここに到着してから俺も感じてた事だ。施設はできてたけどね。おかげでこの家の庭が全体的な中心みたいになってたよ。一応まだ一部は森が見えてるけど、この先ここが中庭みたいになるのかなってちょっとイヤな予感がしたね。
「そうですか、それでタケル様、お姉さまの同行を認めて下さるんですか?」
- え?、あ、うん、リンちゃんは行くんでしょ?
「はい」
- モモさんたちは?
「私たちには別枠で席がございます」
あ、関係者、ね。
- じゃあここでお留守番ってのも酷だし、一緒に行けばいいんじゃないかな?
と、見回したところで、満面の笑みを浮かべているテンちゃんとは対照的に、期待の眼差しで見上げているミリィと、自分はどうすればという雰囲気が少しだけ漏れているメルさんに気づいた。
- あ、ミリィとメルさんはどうしよう…?
「あたしもいいのかな?、いいんですか?」
「わ、私はその、不都合なら別に…」
「ミリィはともかく、メルさんはおそらく彼らの言葉がわからないのでは?」
「あ…、魔力感知ですか…」
ミリィはアンデッズの言葉が理解できる。これはミリィたち有翅族が声に魔力を乗せて話す種族だからだ。アンデッズは骨と幽霊だからね、そもそも声というものが無い。会話は魔力でやっている。
でもメルさんはまだそこまでのレベルに到達していないというか、ミリィの言葉をわずかしか理解できないので、観劇しても意味がわからないだろうという事だ。
「はい。ですからタケル様のご許可があればご同行されても良いと思われますが、言葉の問題だけではなく、決して他言しないことや跪かない事など、守って頂かなくてはならない事がいくつかございます」
これはモモさんが真面目な表情で言った事だ。
おそらく俺に同行するという事は、アリシアさんとその側近たちが居る近くだって事だからだろう。まさにイアルタン教の信者であるメルさんが崇める対象の傍なんだから、観劇の場で跪いて祈りを捧げ続けられても困るからだろう。
それでも同行を希望しますか?、と言外に告げているかのようなモモさんたちやリンちゃんの視線に、メルさんは決断を強いられている形となった。
彼女の頬に汗が一筋流れたのがそれを物語っているね。気の毒ではあるけど、俺からはどうしようもない。
俺としては、同行するにせよ辞退するにせよ、メルさんの決定を尊重するつもりだよ。俺としては辞退したいけど、できないんだよね…、だからどっちでもいい。
「わ、私は…、お許しを頂けるのであれば、その、タケル様の従者として同行したく存じます」
「うむ。よう言ったのじゃ。リンよ、メルが着て行く服を出すのじゃ。その意気に吾が特別に保護をかけてやるのじゃ」
「…はぁ、わかりました。ではメルさん、お姉さま、あちらで衣装合わせをしましょうか」
「はい」
「うむ」
とんとん拍子というような感じで決まってしまった。
3者が席を立って、なぜか俺の部屋の扉から入って行った。いやまぁ、俺の部屋ってったって、ここで寝泊りしてたぐらいしか使ってないんだけども。
「じゃあミリィちゃんはこちらで衣装を作りましょうか」
そしてミリィに声をかけるミドリさん。
「え?、あたしにですか?」
「ええそうよ?、そのままでもいいけれど、折角の機会ですもの、特別な場で着るきらきらきれいな服、欲しくないかしら?」
ミリィがちらっと俺を見たので、一応頷いたら、『欲しいかな、欲しいです』と嬉しそうに言ってから、ふわっと飛び上がってふよふよとミドリさんの方へと移動した。
残ったのは俺とモモさんとベニさんの3人だ。『お茶を淹れ直しますね』とベニさんが台所へと立ったので、俺とモモさんだけが席に残っている。
- そう言えば光の精霊さんたちって、みんながアンデッズの言葉が理解できるわけじゃないんですよね?
「ええ、それはそうですね」
- じゃあ彼らの演劇って、伝わらない人もいるんじゃないですか?
「初演に関しては関係者のみですので問題ありませんが、一般公開の時には字幕用の障壁が設置される予定です」
へー。
字幕はもちろん精霊語らしい。そりゃそうか。
いろいろ感心するやら呆れるやらな舞台装置の話もしてくれた。
「ふふっ、あまり全てをお話してしまうと当日のお楽しみが減りますね」
なんて笑いながらモモさんは言っていたけど、そもそも演劇のストーリーは実際に俺が居た場面を主題にしたものなので、お楽しみも何も無いと思うんだよね。一応はアドリブやら演出やらが追加されているんだそうだけどさ。
そういう話をきいてから、俺は『勇者の宿』へと使者が来ているか見に行き、来ているなら話をしてこようと出かける事にした。
●○●○●○●
『勇者の宿』の村へは『森の家』から身体強化で走ってほんの数分、普通に歩いても1時間かそこらの距離だ、飛べばほんの一瞬で着く。
でも今回は村の外の門からちゃんと入る事にした。いやほら、通行記録みたいなのもあるからね。今回は特に、所属がどうのって話をするのに戻ってるんだから出入りに記録が残っていたほうがいいだろうって、何となく思ったからだ。
久々にまともに門から入ったんだけど、何だか以前よりもひとが多い気がする。
串焼きの露店とか、小物の露店とか並んでるし、前に見た時にはこんなの無かったよなぁ…?
「お兄さん、そこの黒っぽい服の小粋なお兄さん、そう、貴方ですよ、貴方、おひとついかがですか?、最近話題の『勇者のおすそ分け』、ご存知ありませんか?」
無視して通り過ぎるのが普通だろうけど、つい黒っぽい色の、って言われて見回してしまい、俺か…、って思ってしまった。術中にハマってるなぁ、でもまぁ仕方ない。美味しそうだと思ってしまったのもあるからね。
- ええ、まぁ聞いたことはあります。それがそうなんですか?
しらじらしく、そうだと言われたらウソだと判断して去るつもりで問いかけた。
「いえ、これはそれを真似ただけですが、それでも美味しいと評判なんですよ、1本2ゴールドです、お安くしてます。どうですか?」
2ゴールドか。確かに安い。香りからすると角ウサギの肉だろう、それだけじゃ無さそうだけど、見た感じ野菜も串に刺さっている。焼き鳥でいう『ねぎま』のような感じで、さらに小麦粉をつけて焼いてタレをつけているようだ。手間が掛かっているのに値段が2ゴールドってのはいいね。
- じゃあひとつもらいます。はい、2ゴールド。
「はい確かに。どうぞ、お熱いので気をつけて」
受け取ってその場で食べようとしたら確かにこれは火傷しそうだ。少し冷ますつもりで歩き始め、食べてみるとタレに工夫がされていて美味しい。醤油とか無いのによくこの味が出せたもんだと感心した。
「お兄さん、食べ終わった串はこちらに捨てて下さいねー!」
ちょうど食べ終わったぐらいのところで路地から声が掛かった。
何てタイミングだよ。すごいな。
- あ、助かります。
と言って近づき、声をかけて来た若い男性が持ち上げる小さな木箱に串を入れた。中には既に何本も串が入っていた。回収まで考えられてるんだなぁ、と感心した。そりゃそこらにポイポイ捨てられたら危ないもんね。
「美味しかったですか?、今後のため、ご意見、ご感想を聞かせてもらえると幸いですが」
へー、企業努力ってやつか。素晴らしい。
- 美味しかったですよ、特に文句もありませんし、間の野菜もちょうど良かったです。
「そうですか!、それは何よりです。ではこちらから1本引いて下さい。串1本無料券が当たるかもしれませんよ?」
面白いサービスを考えるもんだ、と思いながら差し出される箱から突き出ている何本あるかわからないぐらいの串サイズの棒を一本抜き取った。先に赤い印がついていた。
「わぁお!、大当たりですよ!、無料券じゃないんですが、大当たりはこちらの商品をなんとなんと半額で買うことができるんです!、ここいらじゃ手に入らない石を腕のいい職人が飾りつけたものでして、輸送費などを考えると私どもは半額では採算がとれないのですが、そこは大当たりを引いたお兄さんのため!、若い女性たちはこんなのを贈られれば大喜び間違いなし!、大当たりを引いたお兄さんの強運なら、あ、ほら、あちらの可愛らしい女性たちがこちらを窺ってますよ!?、ほらほら、お土産に贈り物に、ここらじゃ手に入らない装飾品、いかがですか!?、大当たりですよ?、お兄さん」
やけに大当たりを連呼するなぁ、くじは引いたあとさっと隠してしまったし、もしかしたら全部赤い印がついてるんじゃないか?
最初は企業努力に励むいいひとたちだと思ってたけど、これって全部グルじゃないのか?、半額と言えば安く思って買っていくひとが結構いるんだろうけど、俺は騙されないぞ?
何だか急に胡散臭い集団だと思えてしまったじゃないか。俺の感心を返せと言いたい。がっかりだ。
と言うかこの程度の装飾品なら俺が自分で作ったほうがいいものができる。
だって鎖の繋ぎは甘いし、石って宝石ですらなくて色がついてるちょっときれいな石を磨いただけなのも混ざってる。他はガラスっぽいしさ、まともなものが無い。
なので、急ぎの用事があるんで、またの機会に、と言ってさっと逃げた。
あ、装飾品の値段を聞いて無かったので、もしかしたら安価な装飾品を普通に売っていて、買いやすくするための雰囲気作りのほうを頑張りすぎているだけで、そう阿漕な商売では無いのかも知れないね。考えてみりゃ宝石とは言って無かったし。確かにここらに無い石で合ってるし。
ちなみに通りの反対側から俺の様子を窺っていた若い女性たちは、『森の家』隣接の燻製小屋という名前で呼ばれている食品工場で働いて寮に住んでる精霊さんたちだよ?、ここらで若い女性ってったらその精霊さんたちしか居ないんだからさ。
現在はこの村って、『森の家』のところの寮に住んでる光の精霊さんがちょこちょこ居るようで、数人ほど魔力の多いひとの存在が感知できた。2・3人でかたまってるのはいいけど、ひとりで、じゃないな、隣に村人がいるのはいいのかな?、まぁいいんだろうけども。デートだったりしてね、堀の木のところだし。
ひとりでお店の中にいるひともいた。『勇者の宿』の向かいだな。
飛んでくる時に癖になってる索敵魔法を使ったんで知ったんだけど、やけに人が多い。村の外に川があって、村の用水路はその川から引き込んでいて、また川に戻すようになってるんだけど、その川べりに百人規模の、軍隊か?、キャンプ地になってた。
使者ってそんなに護衛が必要なんだろうか?
このキャンプ張ってる側って、俺が飛んで来たよく知ってるほうの西門の反対側というほどでもないけど違う門の外なんだよね。西門と言っても北西で、そっちが正門。そこしか馬車の出入りが無い。東門は小さくて、すぐに川もあるし、どっちかというと裏門っぽい。
東の森のダンジョンやその村に行くにはそっちのほうが近いように思えるけれど、定期馬車はそっちに出入りしないし、宿からも西門のほうが近いので、そっち側はあまり利用しないんだ。普段は閉じてるしな。
つまりこの村から東の森のダンジョンに行くのには、西門から出てぐるーっと回るってわけ。
最初の頃の俺はそんなの知らなかったんで、西門から出て東へいって森を突っ切っていたわけだ。
だから『森の家』は勇者の宿のある村の北に位置するし、納品にきてるミドリさんやアオさんたち光の精霊さんたちは西門じゃなく東門、これも北東にあるんだけどこっちを利用してるみたい。荷車も小さいし、通用口の幅でも通れるからね。
余談ついでだけど、最近ではその東門の通用口は彼女らのために昼間は開放してるんだとか。ついでに詰め所も人数が増えたとかなんとか。理由はお察しだね。
『勇者の宿』の近くまで来ると、なんだか周りが賑やかだった。
これが使者一行なのかな、こんなに大げさなんだろうか?、と疑問に思い、『勇者の宿』に近づくと『勇者隊』じゃないがどうみても兵士らしい人たちから誰何された。
「待て、行き先を言え」
- えっと、僕ですか?
「そうだお前だ、どこへ行くのかを訊いている」
- 『勇者の宿』ですが。
「目的は」
- 待ち合わせ、でしょうか?
「相手は誰だ?」
言わなくちゃいけないのかな…。
- ホーラードの王都から使者が来るらしいってのは聞いているんですが、誰ってのはわからないんです。
「何っ!、すると貴様が新しい勇者か?!」
- あっはい、一応そういう事になってます。
「そうか、しばし待て」
そう言ってすぐ、近くの兵士を顎で合図した。されたほうの兵士は駆け足で『勇者の宿』の向かいの店に駆け込んだ。
あのお店って何だったっけな…?
すると程なく、4人の兵士に護衛された派手な柄の衣装を纏った若い女性が出てきた。派手というか、元の世界の高地民族みたいな柄って言うか、んー、ペルシャ絨毯みたいな柄というかそんなの。赤地に金色も含めていろんな色が使われてる豪華な分厚い布。それに派手すぎない程度に肩や腰には薄い布も使われている。
というのをぼーっと見ていると目が合った。にっこり微笑んだ。雰囲気が輝いている。20歳前後?、それぐらい若く見えて、すげー美人さんだ。シオリさんともサクラさんとも違うタイプ。笑顔が可愛くて美しいと素直に思えた。
え?、アリシアさんやモモさんとは比べないのかって?、あの精霊さんたち人間じゃないじゃん。文字通り纏ってるオーラが全然違うんだからさ。
魔力と言えば、このひと結構魔力量が多い。飛んで来る時に感知したのはこのひとだ。光の精霊さんじゃなかった。先輩勇者だろうか?
で、そのひとが数歩の距離まで来ると、俺を囲んでいた兵士たちがさっと片膝をついた。
髪も天使の輪って言うんだっけ?、艶々だ。香油で固めている光の反射じゃなくて、自然で健康な髪の輝きが頭頂部にある。これがあるのって光の精霊さんたちやリンちゃんが持ってきたシャンプーとリンスなどを使ってるサクラさんたち、それから光の高級石鹸を使ったハツたちぐらいなんだよね、この世界で俺が見たのって。それぐらい珍しいって事だ。
側面はそれぞれ輪のように結ってあるけど後ろは垂らしていた。髪飾りは細い鎖と小さな宝石でできているけどさりげない感じで引き立ててる。何だかこの場でひとりだけ映画か何かの別世界みたいだ。
と、まるでその映画でも観ているような気分で見とれていたら話しかけられた。
「貴方が新しい勇者?」
微笑んだ表情を崩さずにそう尋ね、さっと俺の姿を値踏みするように視線を動かしたのがわかった。
- あっはい、えっと、もしかして先輩…、ですか?
「センパイ?、ああ、先に勇者になったって意味ね。そうよ?」
右手の人差し指を顎の先からやや右側にずれたところにあてて小首を傾げ、すぐに離して視線を俺に戻して言った。
先輩ならちゃんと挨拶しないとな。
- 勇者番号4番、ナカヤマ=タケルです。タケルと呼んで下さい。よろしくおねがいします、先輩。
「そう、礼儀正しい事はいい事ね。勇者番号2番、マサダ=ヒロミよ。ロミって呼んでいいわよ?」
そうか、このひとがロミさんか。シオリさんと因縁のある。ロミさんはどう考えてるかまだわからないけど、少なくともシオリさんはまだ恨んでるっぽかったし。
「ふふっ、じゃあちょっとこっちについてきてくれる?」
と言って振り返ろうとしたので呼び止めた。
- あ、ロミさん、ホーラードからの使者が『勇者の宿』に来るって聞いてまして、その…
「使者ならまだ来てないわ、それまで少しお話しましょ?、いいでしょう?」
そういう事ならしょうがない。先輩だし。
- わかりました。
返事をして歩き出すと、周囲で片膝をついていた兵士たちがざっと立ち上がった。ちょっとびっくりした。
店に入ると、カウンターの前に臙脂色の布をかけられたテーブルと椅子があり、本来並べられてただろう反物の束やその棚は全て端に寄せられていた。これ、商売の邪魔をしたってことじゃないのかなぁ…。
兵士に椅子を引かれてロミさんが座ると、カウンターの奥からロミさんと同じような、でも柄が素朴というか、派手ではあるけどロミさんよりは落ち着いた柄の衣装を纏った若い女性たちが数人、ぞろぞろと、それぞれに茶器などを持って出てきた。
それをロミさんと俺の前に並べ、お茶を淹れると兵士たちと同じように壁際に控えた。
え?、こんな人数に囲まれてじっと見られながらお茶すんの?、居心地悪いんだけど…。とロミさんを見るとお茶の器を底のお皿ごと持ち上げ、優雅な仕草でカップを手にして少しだけ口にした。
そう言えばカップの底にお皿って、この世界に来てから初めてかも。
「うん、美味しいわ。タケルって言ったかしら、貴方もどうぞ?」
- あっはい、頂きます。
ロミさんとは違って、カップだけを持ちあげてひと口飲もうと近づけると、いい香り。飲むと上品な香りに包まれて抜けていく。これかなりいいお茶じゃないかな。元の世界の烏龍茶っぽい感じもするけど、そんな高級な烏龍茶って飲んだことがないのでわからん。ただ言えるのはコンビニや自販機のとは比べ物にならないぐらい美味いお茶だってことぐらいだ。
- おおぉ、これ美味しいですね、何て言うお茶なんですか?
「うふっ、気に入ってくれたのね、嬉しいわ。これはね、スォム茶って言うの。最高級品よ?」
スォム茶か、ソムとスオムの中間ぐらいの言い方だからこの表記でいいはず。
俺はマナーとかは全然自信がないからアレだけど、こういう上品な超美人とお茶をするのはイイね。にこにこと嬉しそうにしてるから俺まで楽しくなる。アリシアさんと差し向かいでお茶して談話した経験が役立った気がする。あの時はマジで緊張しまくっててお茶の味なんてわからなかったからね。俺にいろいろと話を促してくれたので緊張が解け、お茶の味もわかったけど、そいやあのお茶もいいお茶だったな。名前聞けばよかった。
- へー、スォム茶ですか、初めて頂きました。
光の精霊さんたちがよく飲んでるお茶は、薄い黄緑色なんだよね。あっちも美味しいけど、植物の種類が根本から違うので比較できない。
それに、リンちゃんが淹れてくれるお茶は何度かごとに色も香りも違うものになったり、お茶請けや食事に合わせてるのもあって何種類もあるから、今更名前を聞いても覚えきれる自信が無い。
「そうでしょうね、こっちには卸してないのだもの。そっちの焼き菓子も美味しいわよ?」
- はい、頂きます。
木のお箸が用意されていたので手ではなくそれを使って小さなその焼き菓子をお皿からひとつ取って食べた。齧らずにひと口で済むのはいいね、粉が落ちない。
その2種類あったうちの1つは、仄かに漢方薬みたいな香りがした。甘さは主張せず控え目でお茶の上品さを損なわない。合うし、美味しい。薄焼きってのも理由なんだろうか。
- あ、美味しいですね。お茶に合います。上品な味と香りですね。
と言ってお茶を頂くと、ロミさんは少し驚いたように言った。
「ふぅん、あまり驚かないのね。口が肥えてるのかしら?」
そしてカップをテーブルにそっと置く動作で身を少し前にして、テーブルに肘から手までを横にして置いた。その間ずっと俺を見たままだ。そのまま覗き込むような視線になった。好奇心を隠さない様子がとても妖艶だ。あ、唇を少しぺろっと舐めた。
最初は美しさより可愛さが前面に出ていて、室内に入ってからは可愛さが潜んで美しさが、そして今は妖艶さだ。すごいな。光の加減でこうも印象が変わるものなのか。
ただ見てるだけならいいんだけど、狙いが俺って思ったらちょっと怖くなってきたので視線を外し、壁際の兵士や女性たちを見回した。微動だにしてないな。ある意味すごいというか怖いんだけど。
……いや、さすがにこれはおかしいだろ。
扉が閉まってるせいか外の音もあまり聞こえないし、あ、これ結界だ。微弱だからわからなかったんだ。えーっと、カウンターの端に置いてあるあの香炉が魔道具か。
あの程度の、と言うかたぶん普通の人が通り抜けても壊れそうな強度の結界なら問題ないが…、なるほど、遮音じゃなく布一枚垂らせば減衰する、ってコンセプトか。
「まあ、そんなに警戒しないで欲しいわ。貴方に危害を加える気なんて無いのよ?、あの香炉は煙たくならずに香り成分だけをふわっと漂わせるものよ?、火を使わない代わりに魔石を使うの。ついでに外からの音を減らして静かにする結界も張るのだけれどね、ただの便利道具よ?」
俺が周囲を見てから香炉を注視したのに気付いて、でも余裕な雰囲気を崩さないようにロミさんが言った。
- そのようですね。それで僕に何かご用でも?
「せっかちなのね。ふぅ、もう少しお茶を愉しみたかったのだけれど、まあいいわ。それで勇者タケル、貴方うちに来る気は無ぁい?」(※)
- うち、と言うとアリースオムでしょうか。
「そうよ、よく知ってるのねぇ。貴方相当凄いみたいだし、どう?、私に協力してもらえないかしらぁ?」
- 今のところは、所属という柵はあまり気が進まないんですよね…。
ホーラードを希望しているのはそういう柵が少ないだろうと思っての事でもある。
「わかるわぁ、国の命令で国境に詰めたりしなくてはならないものね。その点、うちは私が頂点だからそんな心配は要らないわよ?、それに、いろいろといい目を見せてあげられるわよぉ?」
と、周囲に立っている女性たちに視線を送り、また俺を見た。
それって女性を宛がってってことですかね、そういうの間に合ってるんですけど。
ほら、そんなこと言うから胸元がもぞもぞし始めたじゃないか。そっと手で押さえておこう。出てこないで下さいねウィノアさん。マジで。ややこしくなるので。アナタ今ハムラーデル国境のとこで大忙しでしょうに。
- そうですか。でもそういう意味で自由にさせてもらえていますし、このままホーラード所属ってことでいいかなって考えてるんですよ。
「ふぅん…?」
と、一瞬、ほんの一瞬だけ冷めたような目になったと思ったら姿勢を正し、お箸でお茶菓子をひとつ摘み、それをゆっくりと上品な動作で口にした。そしてお箸をそっと置いてお茶を飲み、目を細めて小さく『ほ…』と息を吐く。
たったこれだけの動作がどうしてこうも魅力的に感じられるんだろう?
お茶菓子とお茶を堪能しているようにも見えるけど、それ以外の意図があるようにも見えた。現に俺がロミさんから目を離すことができなかったし。
そして湯飲みを置いて、手を、音が鳴らない程度に合わせて微笑んだ。目は笑ってないけど。
「貴方のところにホーラードの姫がひとり付けられたって聞いてるわぁ。それが理由かしらぁ?」
- あ…、なるほど、そう取られてしまうんですね…。
「そうね。異性の王族を宛がえば勇者を獲得できる、という過去の例があるんだもの。ホーラードは結果的に他国を上手く出し抜いた、という事になるわねぇ」
そういう意図でメルさんを俺のところに寄越したわけじゃないと思うんだけどなぁ…、でも今このひとにそう言ってもしょうがない気がする。
「ふぅん?、反論しないのね。不満そうなのに」
- あ、済みません、所属については今のところ他に思いつく所が無いので、どうしたものかと。
「うちに来てくれるのが最良だけど、ホーラードならそれでもいいわ。そこなら所属なんて関係ないもの。いまコウ、ああ勇者コウね。その子を遣わせているのだけれどぉ、どうも捗捗しくないのよぉ。それで手伝って欲しいの。どうかしらぁ?」
- それっていつぐらいにとか期限はあるんですか?
「そうね、今すぐ私と一緒に帰ってもらうのが理想なのだけれど、貴方、空を飛べるそうじゃない?、アリースォムまでどれぐらいの時間で行けそうかしら?」
- えっと、今すぐはいろいろと無理がありますが、そのアリースオムまでの距離はどれぐらいですか?
「皇都まで道のりで言うとボーセイド王国側もホーラード王国側も同じぐらい、そうね…800kmはあるわね。ボーセイド側のほうが少し近いけれど険しい山地があるので大人数だと大変なのよ。ホーラード側も少しはましとは言え、やっぱり山地を抜けることになるわ」
- それは…、ここまで大変だったんじゃないですか?
「わかるぅ?、そうなのよぉ、寒くなると山脈越えの道が使えなくなるから、ぐるーっと遠回りして3ヶ月近くかかったわ」
- あ、村の東に駐屯している兵士たちってロミさんの護衛だったんですか。
「あら?、そちら側の門から来たの?」
- いえ、西の正門側からですけど。
「ふぅん、詰め所で聞いたのね。そうよぉ?、もっと少なくていいって言ったのに、聞いてくれないんだもの。大げさよねぇ。余計に時間がかかって大変だったわぁ、だから貴方が一緒に帰らなくても、あとで飛んでくるって言うのなら、私が戻るまでに追いついて来てもらえればいいわぁ」
- はぁ…。
と、曖昧に返すと、
「なぁに?、はっきりしないわねぇ?」
- あ、いえ、正直なところ、所属が決まってからそういう自由が利くのかがわからなくて…。
「ふぅん?、貴方ならどこに所属しても自由に動けると思うわよぉ?」
ロミさんは何やら企んでいるかのように嫣然と微笑んだ。
次話4-032は2020年10月30日(金)の予定です。
20201024:本筋には無関係な箇所ですが1文だけ追加。
20201027:衍字をひとつ削除。 反物の束がや → 反物の束や
20220524:言葉足らずな部分に追加。 ホーラードから ⇒ ホーラードの王都から
(作者注釈)
※ ロミの言う「お茶を愉しむ」とはロミの地元での隠語で、男女の会話という意味です。そんなもんタケルに通じるわけが…。
●今回の登場人物・固有名詞
お風呂:
なぜか本作品によく登場する。
あくまで日常のワンシーン。
今回も無し。おかしい…よく登場するというのがウソになってしまう。
タケル:
本編の主人公。12人の勇者のひとり。
舌だけじゃなく目も肥えてるからロミの誘惑にも耐えられる。
リンちゃん:
光の精霊。
リーノムルクシア=ルミノ#&%$。
アリシアの娘。タケルに仕えている。
またひとりで面倒事に!、って思うんでしょうね。
アリシアさん:
光の精霊の長。
全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊。
だいたい出番なし。名前だけ登場。
テンちゃん:
闇の精霊。
テーネブリシア=ヌールム#&%$。
後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。
リンちゃんの姉。年の差がものっそい。
今回大人しいね。
ウィノアさん:
水の精霊。
ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。
一にして全、全にして一、という特殊な存在。
まだまだお仕事中。分体も忙しいのでタケルの首飾りも大人しい。
忙しいけど話は聞いてたりする。
ミリィ:
食欲種族とタケルが思っている有翅族の娘。
身長20cmほど。
また翅が無い有翅族に。
新しい服、どんなでしょうね。
メルさん:
ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。
メルリアーヴェル=アエリオルニ=エル=ホーラード。愛称がメル。
剣の腕は達人級。
『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。
実は『サンダースピア』が使い難い雨天は苦手。
精霊さんたちに振り回されてますね。
ハルトさん:
12人の勇者のひとり。現在最古参。
勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。
ハムラーデル王国所属。
およそ100年前にこの世界に転移してきた。
『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。
今回出番無し。
カエデさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号10番。シノハラ=カエデ。
この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、
ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。
勇者歴30年だが、気持ちが若い。
でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。
正直、ついてこなくて良かったと思う。
サクラさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。
ティルラ王国所属。
名前だけの登場。
シオリさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。
『裁きの杖』という物騒な杖の使い手。
ロスタニア所属。
名前だけの登場。
クリスさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号5番。クリス=スミノフ。
黒甲冑の中身。勇者もこうなると哀れです。
今回登場せず。
ロミさん;
12人の勇者のひとり。
勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。
現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。
やっとまともに登場しましたね。
コウさん:
12人の勇者のひとり。
勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。
アリースオム皇国所属。
名前のみの登場。
トルイザン連合王国:
ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。
3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。
クリスという勇者が所属している。
3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。
こっちの話が進まないねぇ…。
保護された2人:
アリザン軍の指揮官と補佐官。
また出番なし。そのうちまた出るんじゃないかな。
いつでるんだろう?
森の家でタケルを出迎えた精霊さんたち:
モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。
ミルクは隣に建てられた燻製小屋という名前の食品工場の作業管理責任者。
ブランはそこで働く精霊さんたちのための寮の管理責任者。
今回初登場のキュイヴさんは演劇関係施設と演劇関係の管理責任者。
演劇関係は3章を参照。
勇者の宿の村にちらほらいる精霊さんたち:
『森の家』の隣にある寮に住んでいる、
燻製小屋という食品工場の従業員たち。
寮の関係上、全員女性。
見かけが若い女性がほとんど。
休みの日は村などに出かけて買い物などを楽しんでいる。
村の兵士たちなどの目の保養と元気の源となっている。
でも彼らに精霊という事は内緒。
中には貢物をいろいろ貰ってる子も居るようですね。
※ 作者補足
この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、
あとがきの欄に記入しています。
本文の文字数にはカウントされていません。
あと、作者のコメント的な紹介があったり、
手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には
無関係だったりすることもあります。
ご注意ください。