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4ー030 ~ 森の家へ

 翌日。

 まだ大雨が降りしきる中、外の水はダンジョンへと地表を伝って集められているようだった。多少の高低差なんて何のその、まるでフィルムの逆回しのように坂を這い上がってきてダンジョン方向へと下り行く(さま)は、ウィノアさんが操ってるんだと知っていても不思議なんてもんじゃ無い。


 一旦ハルトさんの居る砦本部に行って、俺を呼びに戻って来たカエデさんが、『外の水の流れが何かヘンでした』ってちょっと興奮気味に言っていた。何だかまるで台風の時に興奮する子、あ、いや、そういう種類の大人もいたっけね、そんな感じだった。何なんだろうね?、まぁそういう趣味嗜好なんだろうけども。


 「あ、ハルトさんが砦本部の会議室で食事してたんで、話すなら今ですよ」


- わかりました。んじゃちょっと行ってきます。


 砦の内部はだいたい落ち着いたらしく、俺はカエデさんから場所を聞いてハルトさんの所へと向かった。


 中庭に造った小屋は、その中庭の壁際に立てた柱の上に作ってあるので、入り口を出ると中庭が見下ろせる。梯子を上がって入り口までのところに少しスペースを作ってあるんだよ。着陸時とかを考えてさ。

 で、見下ろした中庭には小屋を造った時には無かった天幕がいくつかできていた。


 「タケルさんが水を外に流すようにしてくれたので、中庭も使えるようになったんですよ。助かるってハルトさんたちが言ってましたよ」


 見下ろしてると入り口の布を手で横に避けたままカエデさんが言った。


- あ、もしかして一緒に行くんですか?


 「はい、そのつもりですけど?」


 笑顔で言われると断れないな。別に困らないし。


- じゃあそこを出てもう少しこっちに寄って下さい。


 「へ?、あ、タケルさんの近くだと雨に濡れませんもんね。さっき出て戻るだけでもびしょ濡れになっちゃいましたし、へへへ」


 抑えていた布から手を離して背を少し屈め、小悪党みたいに揉み手をしてつま先で歩くような感じで俺のすぐ後ろにきて背中に寄り添った。近いよ。そこまで寄らなくてもいいのに。それにここは上に部屋を造ってあるんだから濡れないのに…。

 でもまぁすぐそこだからいいか、と、ちょいと飛行結界で一緒に包んで中庭を斜めに滑るように降りて雨がかからない通路のところに着地し、結界を解除した。


 「うぇっ!?、えー!?、何ですかこれ!、一瞬じゃないですか、濡れないのはわかってましたけど、じゃあ梯子って何のためにつけたんですか!」


 俺の背に両手のひらをぴたっとつけていたのを離して握り、そのまま振り向こうとした俺に半歩ぐいっと迫ってきた。何で!?


- え?、飛べないと梯子でもついてないと上がれないじゃないですか、だから…


 一応言っておくけど、梯子のところも上に部屋がせり出しているから、登り下りしてる間は濡れないはずなんだよ。風があれば濡れるかも知れないけど、今回のはただの大雨で、風はほとんど無いからね。多少は自然発生した風が吹く事もあるけど、ここは中庭だからそういうのも無い。


 「そうですけど!、そうですけど、何かズルいですよ…」


 ゆっくりとその握った手を下ろして肩まで落としてがっくりと俯いた。


- (ずる)いですか…?


 「あっ、ズルくないです!、ごめんなさい、つい」


 覗きこもうとしたらがばっと頭を上げられた。びっくりした。何なんだ。


- そうですか、とにかくハルトさんの所へ行きましょう。


 「はい」


 と返事をし、扉の無い砦内部への通路をすたすたと歩き始めた。先導してくれるようだ。






 カエデさんに案内された会議室では遅れて食事をしていた数名が端のテーブルでお茶を飲んで寛いでいた。そこにハルトさんも居た。テーブルには羊皮紙の束があり、各自1枚か2枚を手にしていたが、特に何か議論をしているような様子では無かった。


 「おお、タケル殿。中庭の排水工事をしてくれて助かった。そのおかげで避難作業が早く終わったぞ。手が取られずに済んだからな。ははは」


- それは良かったです。


 まさか小屋に風呂とトイレを設置するのに中庭の地下を勝手に使いました、そのついでに、作業中は中庭の雨水が邪魔だったから排水路をつけて外に流すようにしました、なんて詳しくは言えないね。


 「ああ。それで話があるんだったか、別室へ行こうか」


- 別に聞かれて困る話ではないので、ここでいいですよ。


 「そうか、まぁ座ってくれ」


 カエデさんが横に持ってきた椅子を置いてくれたのでそれを寄せて座った。自分の分もちゃんと持ってきて座っている。四角いテーブルには両側に3名ずつ、奥の辺にはハルトさんだけ、こちらの辺に俺とカエデさん、という配置になった。


 「長くなるなら茶を用意するが?」


- いえ、それほどでもないのでお構いなく。


 「そうか。それでタケル殿が一度『勇者の宿』に戻るという話だったか?」


 俺が戻る話ときいて、両サイドの6名に緊張が走り、俺とハルトさんを交互に見た。それぞれ動きは違うけどちょっとコミカルだ。思わず少し笑みが浮かんでしまった。


- はい、今はこのような状況で、ダンジョンには大量の水が流れ込んでいますから、魔物は出てきませんし、戦闘もありません。ちょうど僕が『勇者の宿』に用がある時期なのですよ。


 「所属を決める時期、だったか」


- はい、それですね。


 「聞いて良ければどこに所属するつもりか聞かせてくれるか?」


- ホーラードに所属するつもりでいます。


 「ふむ…」


 ハルトさんが少し眉根を寄せて考えるような表情になった。


- 何か不都合でもあるんですか?


 「いや、12名の勇者枠が一杯になった現在なら構わないだろう」


- という事は、僕が居なかった頃には問題だったと?


 「ああ、ホーラードには『勇者の宿』があるからな、所属はできるだけ周辺国にという暗黙の決まりがあったのだ。だからホーラードに所属している勇者は居なかったはずだ」


- なるほど、枠が埋まったので問題無いと。


 「無所属の勇者、つまりは見習いと言われる勇者だが、それはホーラード王国が面倒を見る形になっているのは知っているな?」


 確認しているように言われたので頷く。ハルトさんもそれにひとつ頷いて続けた。


 「だからホーラード所属の勇者はタケル殿しか…、ん?、いや、ひとり居たな、所属を決める暇すら無いほど寝たままのやつが」

 「あ、トールさんですか」


 ああ、シオリさんが言ってたっけ。会った事無いらしいけど。


 「ああそれだ、そのトールがまだ所属が決まっていない。ゆえにホーラード所属の勇者という事になっているが…」

 「あたしも見た事無いですよ、復活したって聞いた時にはまた寝てるみたいでしたし、ハルトさんは会った事あるんですか?」

 「ああ。彼が『勇者の宿』に来た頃に一度会って話をしたな。剣や戦い方の事も話したぞ。だがそれ以来すれ違いでな、そんな無茶をするような者には思えなかったんだが…」

 「どんな人なんですか?、あたしが知ってるのは復活してもまたすぐ死ぬ人っていう印象しかないんですけど」


 どんな印象だよ。

 そう言えばシオリさんもそんな印象って言ってたっけ…?


 「ん、なかなかしっかりとした考え方をした人物だったぞ?、剣の型も正しく見えたし、サクラやコウと同じくここに来る前に剣を学んでいたのだろうな」

 「そんな人が何で…?」

 「それが俺にもわからんのだ。話をしようにも機会が無くてな…」

 「あたしより先輩でサクラさんの後のはずなのに、ほとんど寝てばっかなんだもん」


 寝てると2人が言っているのはたぶん、死んで復活するまでの回復ターンの事だろう。何度か言ってるけど、実は死ぬ寸前に強制転移で、治るまで寝たままという事らしいけど。


- あの、トールさんの事はいいので、お話を続けてもらっていいですか?、ホーラードに所属する話なんですが。


 「ああ、済まん。それでタケル殿で勇者枠が埋まったという話だったか。そのトールの事は置いておくとして、枠が埋まったのならホーラード所属の勇者が増える事が無いという事なのだ」


- 各国のバランスがどうのって話でしたね。


 「そうだ。シオリから聞いたのか?、その通りで、現状は各国に所属する勇者の数が良い感じに同じとなっている」


 ハルトさんとカエデさんとジローさんが所属するハムラーデル王国。

 サクラさんとネリさんが所属するティルラ王国。

 シオリさんとカズさんが所属するロスタニア。

 ロミさんとコウさんが所属するアリースオム。

 それと、クリスさんが所属するトルイザン連合王国、だっけ。

 ハムラーデルだけ3人なのは、ジローさんが砂漠の荒野にある塔の監視と警戒で動けないかららしい。


 「ゆえに、ホーラードに所属をしたいなら通るだろうと考えたのだ」


- なるほど。そういう事情があったんですね。


 「そうだ。それで『勇者の宿』に戻り、使者と話してからも決定には時間がかかるが、ここにはいつごろ戻れそうだ?」


- 話すだけならそう時間もかかりませんよね。ですが僕の家がその東の森にありまして、そちらで少し用があるので、まぁ数日かそこら見て頂ければと。


 「家があるのか?、珍しいな。まぁ俺もアンデルスには家があるが…」

 「森に作っちゃったんですか、タケルさんの家。だいたいみんな所属が決まってから王都に借りたり貰えたりするんですけど、見習いのうちに家作っちゃうなんてさすがタケルさん」


 アンデルスってのはハムラーデル王国の首都の事らしい。

 所属が決まると、王家から下賜(かし)されたり、貸与されたりするのが普通なんだそうだ。

 例外もある。例えばシオリさんはロスタニア王都シヴァツクにある水の神殿内部に住んでいて、カズさんは騎士団から部屋を借りているらしい。サクラさんとネリさんは2人でひとつの家を下賜されたみたいだけど、王都に居る間は王城の一室に居る事を強制されるので家がどんななのか全く知らないらしい。強制と言ったのはネリさんね。サクラさんが苦笑いで訂正していたけど。


- それでその家を管理してもらってるひとたちが居るので、『勇者の宿』に戻ったついでにいろいろする事があるんですよ。


 「へー、森の中の家の管理人…、何だかステキですね。いいなぁ…」


 カエデさんが一体何を想像しているのかは知らないけど、あそこはもう家というレベルを超越してるからね?、むしろ学校設備というか工場や会社のような規模になってる。それに加えてアンデッズの皆さんのためだとかで室内演劇場だっけか、練習用とは言っていたけどできるらしい。いやもう建てられて使われてるはず。どうせそこに演劇関係者のための寮だとかそんなのもできてるんだろう。考えたくない。

 たぶんカエデさんもハルトさんも、そんなのは想像も付かないだろうね。俺も詳しくは言いたくない。


 とにかく俺の家ってことで『森の家』がそんな事になってる以上、気は進まないけど顔ぐらい出しておかなくちゃいけないだろう。


 それと、何やらアンデッズたちの演劇の初演がどうのって言ってたし、そっちもどうするんだって話なんだよなぁ…。

 リンちゃんもテンちゃんも観たがっていたし、アリシアさんから誘われてるだけに、断りづらいのがなぁ…。何せアリシアさんって光の精霊の長で、最古の精霊さんだし、言ってみりゃ精霊の頂点の偉いひとだ。誘われたら断れないよなぁ、普通に考えてさ。


 「そのように不安そうにせずとも、おそらく希望が通るだろう」

 「そうだよ、タケルさんはすっごい実績があるんだから、どこも欲しがってると思うし、本人の希望が重視されると思いますよ?、心配要りませんよ?」


 そっちの事で不安顔になってたわけじゃないんだけど、否定すると説明しなくちゃいけなくなりそうだからそういう事にしておこう。


- そうですか、ありがとうございます。


 「うん。それで一度戻ってまた来るのなら、通常であれば数ヶ月、俺でもここから往復するとなるとひと月は欲しいものだが、タケル殿なら数日で済むのだな。雨はいつ止む予定だろうか?」


- あと4・5日は降り続けると思います。ダンジョン内部が水で埋まればそれまでに止むかも知れませんが、予定ではそうだと聞いてますので。


 「……そうか…、何とも凄まじい話だな」


 まぁそうだよね、他のひとも居るのでハルトさんが言及を避けたのは精霊さんの話なのか、それとも元の世界で聖書などで有名なノアの洪水の話なのか、どっちかはわからないけど、そう言う気持ちもわかる。


 「ねぇタケルさん、あたしも一緒に行っていいですか?」


- え?


 「ダメだぞ?、俺とカエデはここでは重要な立場なのだ」

 「え?、でもタケルさんを呼びに行ったときだって、」

 「あれはハムラーデルと魔物侵略地域だから許される。それに今回はこの大雨で災害に備えて俺たちはここで待機し、指揮を()らねばならん。特にお前は兵士たちの士気を高めるためにいろいろと動いて貰わねばならんのだ。不在は困る」

 「あー、やっぱり…」


 良かった、ついてくるって言われたらどうしようかと。

 いや別に構わないっちゃ構わないんだけどね。でも今回は『森の家』のほうがね、アンデッズとか演劇とか、あと工場とか寮とか…、だいたい精霊さん絡みだからなぁ。

 カエデさんは『森の家』が光の精霊さんたちに管理されてるって事を、もうリンちゃんに聞いて知ってると思うから、ついてきても問題無いと言えば無いんだけど、移動がリンちゃんの転移で行く以上、まず『森の家』に到着してしまうわけで…、んー、説明はリンちゃんたちに丸投げしちゃってもいいけど、ただでさえメルさんは絶対ついてくるだろうし、って!、そうだメルさんに全部知られてしまっていいんだろうか…?


 メルさんって一応あそこの場所を使う許可を出した責任者でもあるんだよね、だったらいいのか。

 いいのか…?、いやここで今考えてもしょうがないか。


 「それにな、予定通りかそれより早く雨が止んだ時には、ダンジョン周りの調査をしなくてはならんだろう?、こちらが予定していた建設中の拠点への被害や、状況によっては場所も考えねばならん。する事は多いのだ。わかってくれ」

 「そうですね、わかりました。済みません」

 「そういう訳で、不在の間は、タケル殿?」


- あっはい、聞いてます。


 「そうか、不在の間はこちらに任せてくれて構わない。だがその…、ダンジョンの事もあるので、できるだけ早く戻って来て貰えると助かる」


 言いにくそうにしてるのはウィノア(水の精霊)さんがやってる事だからだろうね。水で埋まったまんまだったら入れないし。俺に相談しなくちゃって思うんだろうなって場合も予想できる。

 何だか精霊さんの窓口みたいになってる気がするな、俺。いいけどさ。


- はい。勇者隊のひとの話では、『勇者の宿』に使者が来るのが1ヶ月後という事でしたけど、それによって多少は戻ってくるのが遅くなるかも知れません、そこは(ゆる)して下さい。


 「それなら大丈夫だろう。使者は早めに動いて『勇者の宿』で待機するはずだ。勇者隊の宿舎にはそのための部屋もあったと思う。早めに到着する事はあっても、遅れる事はそうは無いはずだぞ」


- そうでしたか。では僕は準備ができ次第、移動します。中庭の小屋はカエデさんが自由にして下さって構いません。あ、ハルトさんは一緒に来てもらえますか?、また登録しないと入れないんですよ。


 「ん?、俺は別に、」

 「ハルトさん」

 「ん?、おお、そうだな、ではお願いしよう」


 使う事はないと言いたかったところ、カエデさんが呼びかけて、頭に畳んだ布を載せたのを見て意見を変えた。風呂か。風呂なのか。なるほど。






●○●○●○●






 ハルトさんとカエデさんに見送られ、俺とリンちゃんとメルさん、俺のポケットのふちを持って胸から上を出しているミリィ、そしてすっぽりと白っぽくて分厚い布で全身を覆われたテンちゃんの5名は無事、『森の家』に転移した。

 もちろんリンちゃんが唱える転移魔法によってだけど、ちょっと詠唱がいつもより長かったように思った。魔力の動きも複雑だった気がする。


 出発前にリンちゃんが俺に確認をした。


 「家具類は置いたままでいいんですね?、タケル様」


- うん、戻ってくる予定だし、カエデさんたちも使うからね。一応、他のひとの部屋は入らないように言ってあるよ。


 「そうですか、特に見られて困るような物はありませんが、そうですね、石版を壊されると困るぐらいでしょうか…」


 それは壊そうとしない限り壊れないよね?、上に敷物もあるし、壷みたいな花瓶を飾ってあったしさ。カムフラージュかな。


- 問題無さそうだね。じゃあ行こうか。


 「はい、ではお姉さまはこれを」


 と、リンちゃんが畳まれた布をテンちゃんに差し出した。


 「む?、何なのじゃ?」

 「こうして…」


 分厚くてでっかい布かなと思ったら、筒状になっているようだった。

 それを広げて袋の底を床にあてる形で広げ、ふちを両手で持った状態でしゃがんだ。


 「はい、お姉さまはここに」

 「あっ、魔力遮断用の布ではないか!、いやじゃそんなものに入るのは!」

 「でも入って頂かないと転移できません。ここに留まると仰るなら構いませんが…?」

 「う…」


 言葉に詰まったテンちゃんが俺へ(すが)るような目で見てくる。

 なるほど、そういう事か。でもそんな目で見られてもなぁ…。


- 結界じゃだめなの?、リンちゃん。


 「自分で張った結界なら可能です。実際いつも転移の時はそうしていますし、そのため同行者にはそれぞれの位置を示す道具をお渡ししているんです」


- ああ、ペンダントになってるやつ。


 リンちゃんが毎回俺だけなぜか渡さずに他のひとには渡してたペンダントね。


 「はい。それは術者の魔力を登録してあるので、それを基準に全体を薄く包んで転移するんです。ですがお姉さまの魔力はそういった繊細なものを打ち消してしまいますので、安全のため、転移にはこれが必要なんです」


 テンちゃんの服にもそういう効果があるみたいだけど、完全に防いでいるわけじゃ無い。そんなの着ると普通に魔法が使えなくなってしまうし、どちらかというと服の効果はそれではなく、他の人がテンちゃんに直接触れないようにするためのものだ。

 実はテンちゃんの髪が肩までなのも、そういう理由なんだそうだ。

 他にも服にはいろいろ魔法効果があるそうだけど、詳しくは知らない。


 「それに、内側にあまり多くの魔法効果があると手間なんです。ですからお姉さまは諦めてここへどうぞ」


 と、広げて置いた袋のふちを支えながらテンちゃんを見上げるリンちゃん。

 対照的に悲しそうというか何というか、何とも言えない表情でそれを見るテンちゃん。

 魔力遮断結界でもダメってんならしょうがないよね。というかそういう魔力的な異物が少ないほうがいいのだから諦めてもらうしかない。


- テンちゃん、ちょっと我慢してくれないかな。置いて行くのはイヤだしさ。


 「其方がそう言うなら我慢するのじゃ…」


 そう言って袋のふちをまたいで立つ。

 リンちゃんは無言で袋のふちを上にあげていき、テンちゃんの頭の上できゅっと縛り、後ろ側にあったフタをぺらんと持ってきて、手前にあるボタンに紐をくるっとかけてから、ペンダントをエプロンのポケットから取り出してそこに取り付けた。


 「むー、息苦しいのじゃ」

 「我慢して下さいお姉さま。すぐ終わります」


 そしてリンちゃんはいつものように俺にひしっと抱きついて詠唱、これらのやりとりを無言で、笑っちゃいけない雰囲気だからか、笑顔とは言いがたいちょっと(ゆが)んだ表情で見ている周囲は全く気にせずに転移魔法が終わった。


 行ってきますと言う暇すら無かった。






 転移した先はホーラード王国は『勇者の家』のある勇者村と、東の森のダンジョン村の間に広がっているその東の森にある、『森の家』の庭だ。勇者村も東の森のダンジョン村も、どっちも通称名で、それで呼ばれているからベタな名前なのはしょうがない。俺も正式名称なんて聞いた事が無い。ハルトさんは聞いたことあるらしいけど忘れたと言っていた。

 メルさんにも尋ねたけど、何と、『森の家』の土地に関しての使用許可を出した時の書類にも『勇者村の東の森』と記し、それで登録されたんだそうで、『誰も知らない正式名称の方が時間がかかりますから』と言っていた。


 ところでその登録時の事だけど、王都というか王城まで行ったらしい。

 いつの間に!?、と思ったら、何と、王城にあるメルさんの部屋に石版を設置したんだってさ。2度びっくりだよ。ほんといつの間に。


 リンちゃんも加えてふたりから詳しく聞いたところ、ちょくちょく『森の家』にやってくるチーム『鷹の爪』の2人、サイモンさんとプラムさんに、モモさんが指名依頼(クエスト)を発行したんだそうだ。もちろん事前に相談して快諾されてからの話で、冒険者ギルドをきちんと通して手続きをしたものだったらしい。


 それで。チーム『鷹の爪』の4名は、王都までえっちらおっちらと石版を運び、広い部屋のある宿へ泊まったと。そしてプラムさんがモモさんから渡された腕輪を光らせて伝え、モモさんがリンちゃんに光通信で連絡をして、『川小屋』からメルさんと一緒に『森の家』へと転移、待機していたモモさんとメルさんが一緒に『鷹の爪』の居る王都の宿へと転移したんだと。

 それでメルさんがひとりでこっそりと石版を王城へと持って行き、自分の部屋に設置した、という流れだったんだってさ。


 一応はメルさんはそこそこ見栄えのする格好、王城内部を歩いていても不思議ではないような衣服に『森の家』で着替えてったらしい。『リン様にお借りしました』って言ってた。


 その間に『鷹の爪』のクラッドさんとエッダさんが王都の冒険者ギルドへと、モモさんの完了サインが入った書類を提出し、ギルドに預けられていた謝礼金を受け取って来たわけ。

 宿ではモモさんとサイモンさんとプラムさんが談笑に花を咲かせていたらしいけど、たぶんプラムさんはあまり会話に参加できなかったんじゃないかな、そんな気がする。


 帰りはモモさんが全員連れて『森の家』へと転移し、待っていたリンちゃんとメルさんは『川小屋』へと帰ったんだと。『鷹の爪』のひとたちは『森の家』で一泊、夕食をごちそうになるなど普通に(ねぎら)われる以上に喜んだそうだ。


 話がそれまくったけど、とにかく王都というか王城のメルさんの部屋に転移石版があるという事と、『森の家』に関してはホーラード王家から許可がでているという事だ。


 「おかえりなさいませ、タケル様、リン様」


 リビングを出てすぐのところで(ひざまづ)いている7名を代表してモモさんが言う。ひとり増えてる?


- ただいま戻りました。


 どうもモモさんたちに(ひざまづ)かれるのはこちらが恐縮するなぁ、と思いながらも呼びかけられたリンちゃんへと視線でパスした。

 到着してすぐにテンちゃんの袋を(ほど)いていたリンちゃんが姿勢を正して返答した。


 「ただいま戻りました。まずはお姉さま、この者たちのご挨拶を受けて下さい」


 そしてテンちゃんにそう言い、テンちゃんが『うむ』と頷いて、リンちゃんがモモさんに目線で合図をした。


 「お(はつ)にお目にかかります、タケル様の(もと)、リン様の補佐をしております、モモと申します。これらは同様に補佐をする者たちでございます」


 ミドリさん、アオさん、ベニさんの3名が順に名乗り、ミルクさん、ブランさんがすぐ隣の食品工場と寮の責任者だと名乗り、そして最後にもうひとりが名乗った。


 「この(たび)は大役を仰せつかりまして大変光栄でございます。演劇部よりタケル様配下へと参じました、キュイヴと申します。タケル様、ヌル様、宜しくお見知りおき下さいますようお願い申し上げます」


 名前が示すようにというか、たぶん俺にわかり易いようにそうしてくれているんだろう、髪の色が銅色だ。

 しかしどうにも言葉選びが堅いというか何というか、演劇部ってったら演劇関係の役所に居た人だよね、だったらしょうがないのかな。リンちゃんも何だか微妙な表情だし。


 「うむ。(われ)の事はヌルでもタケル様がつけてくれたテンでも良いのじゃ」

 「ありがたきお言葉でございます」


 何故かゴキゲンなテンちゃんに、モモさんが頭を下げた。


 「さ、では中で話しましょう」


 リンちゃんがその雰囲気を払うように前に出て言った。

 ああうん、俺も助かったような気がする。返事しなくて済んだし。どうも苦手なんだよ。


 「はい」


 モモさんが返事をすると4名がさっと立ち上がり、開けっ放しだったリビングの扉から入ってお茶の支度を始めた。残りの3名はそれぞれ持ち場である工場や演劇設備に移動するようだった。

 茶器などは既に用意されていたので、俺たちが着席するのを待っているような雰囲気でこちらを見ていた。

 その視線に誘導されて座る俺に合わせるように、他の皆も誘導された席に着いた。


 あ、ポケットのミリィを紹介しないとね。






次話4-031は2020年10月23日(金)の予定です。


20201016:何と国名ミス…。訂正しました。

20201017:妙なので訂正。 誘導されるように~ように、 ⇒ 誘導されて~ように、

20230602:今頃になって名前ミスに気付く始末‥orz。 サクラさんとカエデさん ⇒ サクラさんとネリさん



●今回の登場人物・固有名詞


 お風呂:

   なぜか本作品によく登場する。

   あくまで日常のワンシーン。

   今回無し。おかしいな、そろそろ…。


 タケル:

   本編の主人公。12人の勇者のひとり。

   丁寧に話すだけならともかく堅苦しいのは苦手。

   あ、初めて勇者全員の名前が登場したんじゃないかな?


 リンちゃん:

   光の精霊。

   リーノムルクシア=ルミノ#&%$。

   アリシアの娘。タケルに仕えている。

   転移魔法も大変なんですよ。きっと。


 アリシアさん:

   光の精霊の長。

   全精霊中最古というような存在。実は凄い精霊(ひと)

   だいたい出番なし。名前だけ登場。


 テンちゃん:

   闇の精霊。

   テーネブリシア=ヌールム#&%$。

   後ろの部分は精霊語のため聞き取れない。

   リンちゃんの姉。年の差がものっそい。

   袋詰めで転移。


 ウィノアさん:

   水の精霊。

   ウィノア=アクア#$%&。後ろの部分は精霊語。

   一にして全、全にして一、という特殊な存在。

   まだまだお仕事中。分体も忙しいのでタケルの首飾りも大人しい。


 ミリィ:

   食欲種族とタケルが思っている有翅族(ゆうしぞく)の娘。

   身長20cmほど。

   また(はね)が無い有翅族(ゆうしぞく)に。

   セリフが無かったかな!


 メルさん:

   ホーラード王国第二王女。いわゆる姫騎士。

   メルリアーヴェル=アエリオルニ=エル=ホーラード。愛称がメル。

   剣の腕は達人級。

   『サンダースピア』という物騒な槍の使い手。

   実は『サンダースピア』が使い難い雨天は苦手。

   セリフが無い…、でもちゃんと一緒に居ます。

   描写を足すべきですかね…?


 ハルトさん:

   12人の勇者のひとり。現在最古参。

   勇者番号9番。オオミヤ=ハルト。

   ハムラーデル王国所属。

   およそ100年前にこの世界に転移してきた。

   『フレイムソード』という物騒な剣の所持者。

   見送りにきて微妙なやりとりを見せられて当惑してました。


 カエデさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号10番。シノハラ=カエデ。

   この世界に転移してきて勇者生活に馴染めず心が壊れそうだったが、

   ハルトに救われて以来、彼の元で何とか戦えるようになった。

   勇者歴30年だが、気持ちが若い。

   でも言動はタケルからするとちょっと古臭い。

   本音を言えばタケルについて行きたい。

   だからちょっと言ってみただけ。


 ネリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号12番。ネリマ=ベッカー=ヘレン。

   ティルラ王国所属。

   今回は名前だけ。


 サクラさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号1番。トオヤマ=サクラ。

   ティルラ王国所属。

   同様に名前だけの登場。


 シオリさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号7番。クリバヤシ=シオリ。

   元の世界での苗字は当人が知らないのでこの世界に来てから付けたもの。

   現存する勇者たちの中で、2番目に古参。

   『裁きの杖(ジャッジメントケーン)』という物騒な杖の使い手。

   現在はロスタニア所属。

   勇者姫シリーズと言えばこのひと。カエデは大ファン。

   名前だけの登場。


 クリスさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号5番。クリス=スミノフ。

   黒甲冑の中身。勇者もこうなると哀れです。

   名前のみの登場。


 ロミさん;

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号2番。マサダ=ヒロミ。

   現在はアリースオム皇国皇帝を名乗っている。

   名前のみの登場。


 コウさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号8番。ヨシカワ=コウイチ。

   アリースオム皇国所属。

   名前のみの登場。


 ジローさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号3番。イノグチ=ジロウ。

   ハムラーデル王国所属。

   名前のみの登場。


 トールさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号11番。ミサキ=トオル。

   名前のみの登場。


 カズさん:

   12人の勇者のひとり。

   勇者番号6番。サワダ=ヨシカズ。

   ロスタニア所属、のはず。

   名前のみの登場。


 中庭に造られた小屋:

   ハムラーデルのトルイザン連合との国境砦に2つある中庭に、

   タケルが造った小屋。

   壁際の隅に3本、柱を立ててそれを支柱にして上に建設した。

   ゆえに中庭自体の面積は圧迫していない。

   最初は部屋だけだったが、風呂とトイレが増設された。

   現在はリンによってホームコアが設置され、室内はとても快適に。

   タケルたちが居ない間はカエデさんが寝泊りに使います。。

   ハルトさんもお風呂などを利用するようだ。


 トルイザン連合王国:

   ハムラーデル王国の東に位置する連合王国。

   3つの王国があり、数年ごとに持ち回りで首相を決めていた。

   クリスという勇者が所属している。

   3つの王国は西から順に、アリザン・ベルクザン・ゴーンザンと言う。

   こっちの話が進まないねぇ…。


 アリザバ:

   トルイザン連合王国のひとつ、アリザン王国の首都。

   余談ではあるがベルクザンの首都はベルクザバ、

   ゴーンザンの首都はゴーンザバという。


 保護された2人:

   アリザン軍の指揮官と補佐官。

   また出番なし。そのうちまた出るんじゃないかな。


 おひい様と呼ばれる女性:

   ベルクザン王国のえらいひと、でしょうね。

   おひい様なんだから姫様なんでしょう。なら王族ですかね?


 クラリエ:

   ベルクザン王国、筆頭魔道師、らしい。

   マゾいですね。


 容姿の揃った5人の女性:

   クラリエの部下たちでしょうか。

   筆頭魔道師の部下なんだから魔道師たちですね。


 黒い甲冑のひと:

   セリフ無いですね。

   最強の人形って言われてましたけど。

   中身はまぁ、お察しの勇者クリス。


 森の家でタケルを出迎えた精霊さんたち:

   モモを筆頭に、ミドリ、アオ、ベニの4名は幹部らしい。

   ミルクは隣に建てられた燻製小屋という名前の食品工場の作業管理責任者。

   ブランはそこで働く精霊さんたちのための寮の管理責任者。

   今回初登場のキュイヴさんは演劇関係施設と演劇関係の管理責任者。

   演劇関係は3章を参照。



 ※ 作者補足

   この登場人物・固有名詞紹介の部分全ては、

   あとがきの欄に記入しています。

   本文の文字数にはカウントされていません。

   あと、作者のコメント的な紹介があったり、

   手抜きをしたり、詳細に書かれているけど本文には

   無関係だったりすることもあります。

   ご注意ください。



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2019年05月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
なるほど。わかりません。
2020年01月にAI分析してもらいました。ファンタジーai値:634ai だそうです。
同じやん。なるほど。やっぱりわかりません。
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